決意を新たにした日の翌日。蓮華は学校をサボり、街へと繰り出していた。その隣にはしろがピッタリと寄り添っている。蓮華は上下ともに黒のデニムとワイシャツ、髪は珍しく束ねておりその上に浅くニット帽を乗っけていた。しろは膝下まで来るパーカーを羽織り、頭はキャップの上からフードを被っている。一見すると怪しげな二人組にすれ違う人々は訝しげな眼差しを送っていた。蓮華の風貌から高校生には見えない為、蓮華が学校をサボっている様には思われていない。
とはいっても、それ以上の犯罪の匂いを漂わせているのだが。
「……どこ…………いく?」
「服買いに行くんだよ、お前の」
「……?……なんで??」
「なんでじゃねぇよ。お前服それしかねーだろ」
そう、蓮華の言う通りしろは外に出れる様な服が一着しかないのだ。さらに言うならば、今しろが着ているパーカーも蓮華の物であるためしろの服は一着もない。
「……ふく……ある」
「全部オレのだろ?しろ自身の服を買うってこと」
「……なる」
そうこうしている内に大型ショッピングモールに到着。子供服売り場まで難なく着くことが出来た。
「ほれ。金やるから好きなの買って来い」
「……れんげ…………は?」
「そこのベンチで待ってる。終わったら呼びに来いよ」
あくびを噛み殺しつつ踵を返し、ベンチに向かって歩き出す蓮華。しかし服を引っ張られる感覚に足を止め振り返る。見ると、しろが服の裾を指で摘み不機嫌そうに蓮華の顔を見上げていた。
「……やだ」
「は?つってもオレがこの中入ったら不審者だろ」
「……おけ」
「いや、なにもOKじゃないから。それに自分で選んぶんだからオレいらねぇだろ」
「えらべ」
「こういう命令口調の時だけ早くね!?つか自分の好みとかあんだから選ばなくてもいいだろ?」
「……」
「わかった、行くから!無言で引く力強めんな!服がミシミシいってるから!!」
「……はよ……こい」
「だから口調が……はぁ。もういいや」
しろに負け、引っ張られながら子供服売り場まで連行される蓮華。その背中には何とも言えない哀愁が漂っていた。
***
「……?」
「はいはい、どっちも似合ってるよ。……いって!?蹴るな、叩くな!わかった、ちゃんと考えるから!!」
案の定不審者を見る目に晒され、精神がガリガリと音を立て削られていた。その様子を気にも留めず、しろは服を体の前にかざし意見を求めていた。いつもの濁った目を死んだ魚の様に悪化させた蓮華が適当に返事をすると、しろの批難のローキック&ブロー。痛みに顔をしかめながらも気を取直し、蓮華は少し真剣に服を選び始めていた。
「これはどうだ?女の子っぽいだろ?」
そう言って手に取ったのは赤のチェック柄のスカート。一応女の子という所を優先的に考えた結果らしい。
「……ん」
スカートを受け取ったしろは、ジッと見つめ天高く掲げた後、何故か頭から被った。
「ちょっと待て!それはシャンプーハットじゃない!!下に履くやつ!」
「……りょ」
「ばっ!?ここで服脱ごうとするな!更衣室に行け!!」
「……どこ?」
「ああああ!もう!!」
絶叫を上げながらしろを抱き上げ、更衣室を探しに走り出した。周りの人の目が不審者を見る冷たい目から、娘に手を焼くパパを見る暖かい目に変わっていることに蓮華は気付くはずも無かった。
ちなみに、しろが下着を着けておらず蓮華が再び絶叫するのはその数分後の事だった。
***
「なんで学校休んでんのにドッと疲れてんだろ」
「……ざまぁ」
「……ドンマイって言いたいの??」
「……そう」
「励ましたいって気持ちは嬉しいけど、それ追い討ちにしかなってないから!!」
「?」
「無自覚なのがホント怖いよ……」
覚束無い足取りで帰路についている蓮華と上機嫌に歩きながら時折スキップするしろ。服数着に加えまさかのしろが下着を持っていない事に気付き数着買い込んだ結果、荷物が山の様になった為郵送してもらう事にしたらしい。手持ち無沙汰の両手をポケットに突っ込み、ヨタヨタと歩く蓮華の姿はチンピラにしか見えない。
「……れんげ…………めし」
「せめてご飯つってくれ。……クソ、なんでこんなに言葉遣いが悪くなってんだ」
自分に原因があるとは微塵も思っていない蓮華は、ブツブツと文句を垂れ流す。それでもこの辺りで美味しいお食事処を携帯で検索する所を見ると、しろにはとことん甘くしてしまうようだ。めぼしい店を見つけ、しろに言おうと目を遣る。その時、
ビュンッ!!
と、つむじ風に似た何かが脇を駆け抜けていった。それを神妙な面持ちで見送った蓮華はしろの頭を乱雑に撫で付ける。
「……悪い。めしはもう少しおあずけだ」
「……ん」
食べ物の事ではいつもは毒を吐くしろが静かに頷くのを嬉しそうに見ながら蓮華は電話をかけた。目当ての相手は数回のコールの後、電話越しでも分かるほどにイラついた様子で答える。
『なんだよ!今忙しいんだっ!!』
「そいつは悪かったな。唐突にお前の声が聞きたくなっちまってな」
『……ふざけてんなら切るぞ』
「冗談だよ。捜してんだろ?お前んとこの姫さん」
『ッ!!どこにいる!?』
「さあね、ただ向かった方向からすると外周区の方だろう。心当たり、あんだろ?」
『ああ!わるい、恩に着る!!』
「貸し1だからな。気張れよ蓮太郎《ヒーロー》」
通話が終わり、携帯をポケットにしまう。顔を上げた蓮華の鼻先で雫が一つ弾けた。天を見上げる蓮華に雨粒が次々と叩き付けられる。しばしの間呆然と雨に打たれる蓮華の手をしろが優しく引っ張る。
「……かえろ?」
「……そうだな。悪いな、今日もオレの料理で我慢してくれ」
「……いい。…………それに」
まだ気が抜けたままの蓮華によじ登り、頭に覆いかぶさるように体を預けたしろが蓮華の顔を逆さまに覗き込みながら言葉を紡ぐ。
「れんげ……の……めし。……すき…………だから」
「……さんきゅ」
「……ん」
蓮華は無理矢理な笑顔を顔に貼り付け、しろを安心させる。それを見て満足したのかいつもの無表情のまましろは地面に降り立つ。蓮華はしろの手を取り、足早に家を目指した。その心に渦巻くのは、延珠の状況を推理しての悲哀。この状況を作り出したであろう蛭子影胤への憤怒。そして一向に変わらない世界の不条理に対するやり場のない気持ち。だが、それ以上に悪意に満ちたこの世界を純粋無垢なしろに知られたくないという焦りだった。
この事件は早々に終わらせる。
雨で冷えた蓮華の思考で導き出された答えは、シンプルで同時に難解な答えでもあった。