1942年5月27日、1人の男が暗殺された。
男の名前はラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ、ナチス・ドイツの秘密国家警察ゲシュタポ長官にして裏では首切り役人と称された男だ。
暗殺を行ったのは表向きイギリスとチェコ亡命政府によって差し向けられた暗殺部隊であるとされたが、その実はラインハルト・ハイドリヒの権力増大を恐れた上官ハインリヒ・ヒムラー。
しかし、襲撃を受けた場所にあったのは乗っていた車の残骸と大量の血痕のみであり、死体は終ぞ見付かることはなかった。
「ふむ、不思議な気分だな。異世界とはいえ自分の死体を見下ろすのは」
暗がりに1人の男が佇んでいた。
男の足元には1人の男が致命傷を負って倒れており既に息絶えている。
死体を見下ろす男と男に見下ろされる死体、両者の容姿は双子の様に酷似していた。
「そもそも異世界であると言うのに、容貌といい地位といいここまで同じになること自体が不思議と言えば不思議か。
まぁ安心するといい、『私』よ。国とお前の名は私が代わりに拾い上げよう」
そう言うと、男は振り返ると姿を消した。
後に残った死体は伸びてきた影に飲まれて跡形もなくなった。
そして約3年後の1945年5月1日。
首都ベルリンが陥落寸前となり総統アドルフ・ヒトラーを始めとして高官達が自害して果てる中、死んだと思われていた1人の男が姿を現す。
【Side ラインハルト】
「懐かしい光景であろう、我が爪牙達よ」
端から戦火に包まれつつあるベルリンを上空から見下ろしながら、騎士団員に話しかける。
「嘗て私はこの火を贄に永劫回帰の果てへと旅立った。しかし、此度はそれも不要。
故に……卿ら、思うところを為すがいい。遠慮は要らん」
その言葉を告げた途端、背後に居た騎士団員達は四方八方に散っていく。
世界が違えどここは故国、それが連合国に攻め落とされ様としている様には無関心で居られないのも無理はない。
特にヴァルキュリア──ベアトリスは気迫が違った。
内側に向けて広がっていた戦火が止まり、逆に外側へと広がり始める。
早くも騎士団員達が前線に辿り着き、連合国軍の蹂躙を始めたのだろう。
さて、頃合いだ。
「親愛なるドイツ国民諸君。
私はラインハルト。秘密国家警察ゲシュタポ長官ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ。
殺されたことになっていた男だ」
魔力で声を強化し、ベルリン市街全てに対して語りかける。
「さて、知っての通り現在ベルリンは連合国軍に攻め落とされようとしている。
私の部下が抵抗しているが多勢に無勢、突破を防ぐのは難しいだろう。
………………………………それで、卿らはどうする?」
姿が見えるのは一部だが、誰もが困惑しているのを感じる。
「座して死を待つか? 嬲られ殺され死後も貶められる、屈辱的な死をただ待つか?」
困惑が少しずつ納まり、静けさが広がっていく。
市街の外周で起こる爆音や銃声が、静寂の中で良く響いた。
「救いの神は訪れない。ならば諦めて死を受け入れるか?」
言葉は聞こえない、しかし私には確かに聞こえた。
力で捩じ伏せられようとしながらも、それに対して「否」と告げる魂の叫びが。
「否と言うなら──戦え。
戦い勝って運命を乗り越えてみせよ。
その手で己の、愛する家族の、親しい友の命を守れ。
殺した敵兵の数だけ、それらの命が守られる。
殺されたくなければ──殺せ」
ベルリン市街のいたる所から戦気が立ち昇り、うねりとなる。
心地よいそれに身を任せながら、私は最後の号令を掛ける。
「さぁ、各々の欲する処を為すがいい!卿らにはその力を与える!
広場に集え!武器はそこにある!
その手で勝利を掴め、ジークハイル・ヴィクトーリア!」
ベルリンの人口はおよそ300万人。
武器を持てぬ幼子や老人を除いても200万人以上は居るだろう。
勿論、その殆どが訓練などを受けたことのない一般市民であり、技量など在る筈もない。
故に用意したのはパンツァーファウスト、それも外装こそ地球のドイツ製に似せてあるが中身はガレア帝国製で誘導性付き。
500万丁のパンツァーファウストによる砲撃、例え撃つのが素人であってもベルリンを囲む連合国軍を壊滅させるに十分な物量だろう。
「突破を防ぐのは難しい、とは思ってもいないことを仰る。
騎士団員達だけで事足りるのではないかな?」
扇動を終え魔力の拡声を止めた私に背後から声が掛けられる。
「嘘ではない、私は無勢の方が突破されるとは言っておらん。
それと、連合国軍を壊滅させるだけであれば騎士団員だけで十分だろうが、あまり注目が集まり過ぎても困る。
『謎の人物達に助けられた』よりは『危機に陥った市民が国を救うために立ち上がった』の方が耳触りも良かろう」
「成程、確かに」
振り返ると、そこには暫くの間直接顔を合わせることのなかった友人が居た。
「久しいな、カール」
「ああ、久方振りだ。獣殿」
久し振りに顔を合わせたが、カールの様子は以前と全く変わらない。
黒円卓の制服ではなく、以前の世界で纏っていた様な黒のローブを着ている。
「今回も不参加かと思ったぞ」
「これは汗顔の至り。しかし、ご容赦願いたい。
貴方からの頼まれごとで手が離せぬ故に」
苦笑しながら言葉を返すカール。
「仕事を頼んだのは確かに私だが、200年近く一度も顔を見せんとは思わなかったぞ」
「…………………………………………………………」
詰問に対し、カールは沈黙し目を逸らす。
「時に……宜しいのですかな?」
「何がだ?」
話を逸らして誤魔化そうという意図が透けて見えるが、言葉の内容に気に掛かったために問い返す。
「確か、貴方はなるべく流れを変えたくないと仰っていた筈。
この戦争でドイツ帝国を勝利させることは、その方針に反するのでは?」
成程、確かに。
私は正史の流れを変えることを望んではいない。
別段、正史を神聖化しているわけではないが、流れ通りに進んでくれた方が情報源と出来る故に有難い。
とはいえ……
「構わんよ。
確かに流れ通りに進むことが計画上望ましいが、必須ではない。
やりたいと思ったことを捨ててまで遵守すべきことではない」
そう、正史の流れなどそうなれば手間が省ける程度の価値しかない。
ならば、この欲求を優先すべきだ。
それに元々そろそろ地球に基盤を築いておく必要があったのだから、その意味でもここでの選択はこれしかない。
「ならば、ご随意に」
「ああ、まずは連合国を捩じ伏せるとしよう」
【Side out】
第二次世界大戦末期、ドイツは死に体であり誰もが連合国軍の勝利を確信していた。
首都ベルリンまで攻め込まれ瀕死と言っていい状態であったドイツは、しかし1人の男の復活と共に不死鳥の如く蘇る。
国民総てが戦場に立ち、攻め寄せる連合国軍に対して苛烈と称すべき飽和攻撃を開始、逆に壊滅させてしまう。
武器弾薬が枯渇しつつあったドイツがどうやってそのような数の兵器を用意したかは不明である。
ベルリンを包囲する連合国軍が滅んだ後、死んだと思われていた元ゲシュタポ長官ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒは高官達が自害し空隙が生じていたドイツの権力を掌握、散り散りになっていた軍を再編成し反撃を開始した。
新生したドイツ帝国軍は豊富な物資と的確な指揮のもと、次々と戦果を上げていった。
フランスに止めを刺し、ソヴィエトを蹂躙し、イギリスを攻め落とす。
ドイツのこの反攻に焦ったアメリカは、かねてより開発していた新型兵器『原子爆弾』を脅迫の意味も込め、ドイツの同盟国である日本に投下することを決定する。
なお、ドイツ自体を狙わなかったことは、人種の問題が大きな要素となっていたと推測される。
しかし、広島・長崎に原爆を投下すべく飛び立ったエノラ・ゲイとボックスカーは何れも標的を視界におさめることもなく、国籍不明機に撃墜され太平洋の藻屑となった。
1945年8月9日、ワシントンD.C.とニューヨークにドイツ空軍の空襲が開始される。
そして6日後、アメリカ合衆国はドイツに対し降伏、第二次世界大戦は正史とは逆の結果で終結した。
皮肉にもその日は8月15日、正史のポツダム宣言と同日であった。
連合国を打倒したラインハルト・ハイドリヒは国際連盟に代わる新たな共同体の設立を提唱、1945年10月24日にドイツ国、大日本帝国、イタリア社会共和国、ハンガリー王国、タイ王国の5ヶ国を常任理事国として地球連合が設立された。
ラインハルト・ハイドリヒは事務総長の座に就くことを求められるがこれを辞退、加えて軍部からも引退を宣言する。
掛け値なしに救国の英雄として目された彼の引退宣言に多くの者が惜しみ引き止めようとするが、結局ラインハルトは軍を辞め、企業を設立する。
彼の設立した企業──ゲルマニア社は兵器産業を主として営み、世界を制したドイツの軍部に圧倒的な影響力を持つラインハルトの下、一気にシェアNo.1を獲得。
その資金力を元に他の分野の企業を買収あるいは設立し瞬く間に巨大コングロマリットに成長したゲルマニアグループは、世界を経済面から動かせるだけの力を有するようになる。
一方、遠い次元世界の果てでは次元世界平和連盟からその治安維持局が独立分離し新たな組織となる。
時空管理局と名を変えたその組織は最高評議会三名の元、次元世界の治安維持を任とする本局と発祥の地であるミッドチルダを守る地上本部で構成され、次元世界を次々と開拓し腑分けをしていく。
管理局によって世界は幾つかの種類に分類された。
1つ目は管理世界。管理局の管轄であり、一定レベル以上の魔法文明が条件となる世界。
2つ目は管理外世界。文明が存在するが魔法技術が発展しておらず、管轄外となる世界。
3つ目は無人世界。文明が存在しない世界。
4つ目は観測指定世界。管理世界ではないが特定の理由により、観測対象とする世界。
そして最後に隔離世界。世界規模の感染兵器や伝染病による汚染などの事情により立ち入ること自体を禁止する世界。
およそ半世紀前、かつての平和連盟に大打撃を与えたガレア帝国の傘下である28の世界は、第1~28の隔離世界と位置付けられた。
和睦の条件によって立入が禁止されていることもあるが、それ以上に時空管理局にとってガレア帝国に対する敗北は抹消したい過去であるため、彼の国が半鎖国状態であることを良いことにその事実を隠蔽する方針を採ったのだ。
機密資料と無限書庫の情報を除き、ガレアの名はあらゆる媒体から抹消され、表ではその名を口にすることも禁忌となる。
無論、二桁に及ぶ世界が攻め落とされた大惨劇は情報媒体から取り除いても人の記憶には残っていたが、数十年も経てばそれも大分薄れるのは自然な成り行きだった。
しかし、結果として10年に1度の停戦保証金の支払いは表の予算に載せることが出来なくなり、巨額の使途不明金を設けることになる。
そして、その行為は管理局の暗部を助長する結果となった。
情報の隠蔽と言ってもそれは一般人や下位や中位の局員の話であり、上層部はガレア帝国の存在とその国との間で起こったことを知らされている。
しかし、人々の記憶からガレア帝国の存在が薄れるだけの時間が経つと言うことは、管理局の上層部もその危険性を正しく認識出来なくなるということでもある。
半世紀の間に旧平和連盟の要職に在った者は一部を除き世代交代を迎えており、当時の恐怖を記憶している者たちは殆どが現役から退いている。
現在の管理局上層部は和睦後の再成長の時期に要職に就いた者達である。
およそ数十年に渡って次元世界の最大勢力として覇権を手にしてきたと自負する者たちが、停戦保証金の支払いを始めとする屈辱的な条約を唯々諾々として許容出来るわけもなく、大いに不満を抱えることになる。
最上位の最高評議会は彼の国の事を鮮明に記憶していたが、同時に自分達が次元世界を管理するべき存在であると自任する彼らはあるいは部下達以上に帝国に屈している現状を認められなかった。
故にそれは必定であったのだろう。
第二次ガレア征伐艦隊の派遣、管理局の創設からおよそ20年後にそれは開始された。
暴走、暴発と呼ぶべき行為であったが、管理局とて勝算もなくそのような暴挙に出たわけではない。
その勝算の根拠となったのはここ数年で管理局が開発したとある兵器だった。
【Side イクスヴェリア】
「アルカンシェル、ですか?」
『城』に呼ばれて管理局が再侵攻を企てているという情報と共に聞かされた名前に私は首を傾げる。
「ああ、管理局が新たに開発した空間歪曲と反応消滅で対象を殲滅する魔導砲だ。
諜報局によれば、その効果範囲は発動地点を中心に百数十キロに及ぶらしい」
成程、あれだけの大敗北を喫しておきながら良く再侵攻などする気になったと思ったが、新兵器の威力に勝算を抱いたのであれば納得がいく。
確かに、半径百数十キロを壊滅させる砲撃を複数の艦船から放てば、こちらがどれだけ艦隊を集結させても一網打尽になってしまう。
砲撃の威力だけであればエレオノーレの『狩りの魔王』の方が上だが、こちらは単発なのに対しあちらは集中砲火、真っ向から撃ち合えば結果は見えている。
加えて言えば、それだけの威力・範囲を持った砲撃であれば通常兵器の効かない騎士団員をも殺傷可能だろう。
直撃すれば平団員であれば死を免れず、幹部クラスであっても重傷を負うことになる筈だ。
ならば、前回採ったこちらの宙域に艦隊を集めて待ち伏せすると言う作戦は採れない。
しかし、他に良い案も思い付かない。
兄様やメルクリウスであれば単騎でも壊滅出来るかも知れないが、わざわざ私が呼ばれた以上はそれをする気はなく私に何とかしてみろ、と言うことなのだろう。
兄様の期待に応えなければ、そう焦りながら必死に考える。
撃たれれば壊滅必至なのだから、必要なのは撃たせないための方策だ。
撃たれる前の奇襲攻撃?
Nein、相手の編成規模にもよるが前回より少ないことはないだろう。
初撃で全滅させるのは難しく反撃を免れまい。
超遠距離からの殲滅戦?
Nein、効果範囲が百数十キロに及ぶのであれば、射程距離はそれを超える筈。
それだけの距離を超えて一方的に攻撃する兵器はこちらにも無い。
機動兵器による接近戦?
Nein、確かに近付けば撃てない類の兵器だが、そこまで近付くことが出来る確実性はない。
加えて、機動兵器のみで数十隻の艦隊を沈めるのは現実的ではない。
有効な作戦が思い付かずに頭を悩ます私に兄様が助言をしてくれる。
「撃たせたくないのならば、撃てない場所で戦えば良かろう」
撃てない場所?
そうか! 魔導砲である以上は魔力素の存在しない虚数空間内ではまず間違いなく使用出来ない。また不安定な空間である次元空間内でも役に立たない可能性が高い。
それらの場所では管理局側はほぼ無力だがこちらには使用出来る戦力がある……黒円卓の騎士団員だ。
虚数空間に奴らの艦隊を引き摺り込むのは難しいが次元空間は通り道、そこで待ち伏せして騎士団員によって叩く。
これがベストの作戦だろう。
しかし、強いて問題を挙げるとすると……。
「次元空間での騎士団員による迎撃、これがベストかと思いますが……宜しいですか?
こちらが次元空間内で戦闘可能と言う札を明かしてしまうことになりますが……」
「構わん。
対策の模索に10年、捜索に20年、修復に10年、そして『鍵』の製造に10年と見れば頃合いだろう。
我らが居ない世界で何に使用するつもりだったのかは知らんがな」
? 兄様が何かを納得しているが、理解が出来ない。
「あの……?」
「ああ、すまん。こちらの話だ。
先程も言った通り、その程度の札は見せても構わんよ。
ザミエルにマキナ、シュライバーとベイを連れていくがいい」
思い出した様に告げる兄様に疑問が残るが、続いて告げられた言葉に気を取り直す。
三騎士と吸血鬼、それだけの戦力があれば攻めてくる艦隊を全滅させるのに十分だろう。
「承りました」
頭を下げて玉座の間を退出する。
4人は『城』の何処かに居る筈だ。
早く探して出撃の準備を整えなければならない。
奴らがこちらの宙域に転移する前に襲撃しなければならないのだから。
【Side 最高評議会】
「馬鹿な! 全滅だと!?」
暗い空間に突き立つ三本のシリンダーに浮かぶ脳髄のうちの一つから叫びが上がる。
彼らは時空管理局最高評議会、平和連盟時代からの指導者であり肉体の寿命から解放されるため脳髄のみとなってなお管理局を支配する3人の絶対権力者だ。
征伐艦隊からほぼリアルタイムで届けられる情報を受け取った彼らは、凶報に絶句する。
「全艦にアルカンシェルを搭載した15隻の艦隊だぞ!?
奴らの戦力が100隻あっても勝てる戦力だった筈だ!」
絶対の勝算を持って送り出した戦力が報告の間もなく消息を絶ったことに失った背筋が凍る。
原因を探るべく情報を更に分析し、真実を明るみに出そうとする。
「次元空間内で反応が消えただと?
災害か? それとも奴らの仕掛けた罠に掛かったか?」
「災害の可能性は低いだろう。
こんなタイミングで起こるとも思えぬし、仮に起こったとしてもそうそう全滅はしない筈だ」
少しだけだが冷静さを取り戻し、情報分析の結果から推測し議論を交わす。
「ならば可能性としては、罠に掛かったか奴らの襲撃を受けたか。
いずれにしても、帝国は次元空間内で行使出来る戦力を保持していることになるな」
「確かに……。しかしそれでは、アルカンシェルも役に立たぬな」
一撃で艦隊すら全滅させ得るアルカンシェルだが、次元空間内では撃つこと自体が出来ない。
帝国打倒の切り札であった兵器が最初から使用することすら出来ないという事実に衝撃を受けるが、落胆ばかりしてもいられない。
「こちらも次元空間内で行使可能な戦力を備えなければならぬな」
「うむ、暗部も動員して有効策を探るとしよう」
当面の方針が纏まるが、最初から一言も発していない評議長がここで重々しく口を開く。
「今後の方針はそれで良いとして……今回の一件をどう収める?」
そう、今回の後始末をしなければならない。
大きいのは失った艦隊の扱いとガレア帝国への釈明だ。
「征伐艦隊の存在自体が極秘裏のものだ、敗北を広めるわけにはいくまい」
ガレア帝国の存在自体を一般局員には知らせていないため、征伐艦隊の派遣も表には出していない。
しかし、次元航行艦15隻の損失は表沙汰にせずに処理するには大きすぎた。
「そうだな。
隔離世界への調査団の派遣、しかし事故により壊滅した。
そんなところか」
「うむ、それでよかろう」
結果、犠牲となった局員は戦死ではなく事故死として扱われる。
遺族に対する補償もそれに従うため最小限のものとなるが、彼らにとっては瑣末なことに過ぎない。
「あとは、ガレア帝国か」
「ああ、奴らの報復攻撃が始まる前に釈明をせねばならん」
半世紀前の侵攻では報復によって10もの世界が滅ぼされた。
ここで同じ轍を踏むわけにはいかない。
「此度の侵攻は管理局の総意ではなく一部の局員の暴発、それで収められぬか」
「こちらの主張はそれで良いとしても、それだけで納得はせんだろう。
停戦保証金の引き上げと幾つか条約の条件を増やすくらいは必要になるな」
「忌々しいが、やむを得ん。
対策を取るにも数十年は掛かる。今全面戦争となってはこちらの敗北は必至だ」
苦渋の決断だが、全面戦争よりはマシだ。
臥薪嘗胆の志で今は耐え忍ぶしかない。
「では、その方向で交渉をさせるとしよう」
「「異議なし」」
評議長の宣言に書記と評議員が賛同し、議論は締め括られた。
【Side out】
二度目のガレア征伐艦隊派遣は前回同様に壊滅的な被害を出し失敗に終わった。
しかし、今回は前回とは異なり報復攻撃は行われず、その前に交渉が執り行われた。
最高評議会から交渉団に任命されたレオーネ・フィルス、ラルゴ・キール、ミゼット・クローベルの3名の提督を待っていたのは聖槍十三騎士団の三騎士と下記の要求だった。
1:停戦保証金の支払間隔を10年に1度から5年に1度へ短縮すること。
2:管理世界を除く世界への優先行動権をガレア帝国が有すること。
3:管理局はガレア帝国に戦力の報告義務を負うこと。
4:管理局が管理世界を拡大する際にはガレア帝国の許可を得ること。
5:第1管理世界ミッドチルダ、および時空管理局本局におけるガレア帝国軍の駐留を認めること。
6:時空管理局最高評議会の過半数をガレア帝国から派遣された人員とすること。
あからさまに足元を見た要求に、交渉団の顔が青褪める。
加えて相手方の交渉の席に着いている3名の内の1人、白騎士ウォルフガング・シュライバーの放つ殺気に3名共が冷や汗が止まらなかった。
外見だけ見れば幼く中性的な容姿の美少年だが、騎士団員中で最も直接多くの人間を殺した殺人狂。
隣でこれまた圧倒的な覇気を放つ巌の様な男が抑え付けていなければ、とっくの昔に襲いかかって来ていただろう。
3名からなる帝国側の交渉団だが、ただただ殺気を振り撒く狂人とそれを抑える鎖役で2名は交渉には関与せず、実質赤騎士1人が交渉相手だった。
なお、交渉の様子をモニタ越しに見ていた最高評議会の面々は赤騎士の容貌にくぎ付けになっていた。
別段、その美貌に見惚れていたわけでも、半身を覆う火傷に目を顰めていたわけでもない。
その姿が半世紀前の和睦の席に姿を見せたものと全く変わっていなかったからだ。
聖槍十三騎士団の騎士団員が歳を取らないという噂はあったものの、実際にそれを目の当たりにしては驚愕を隠せない。
特に、最高評議会の面々は延命のために自らの肉体を捨てた者達、しかしモニタの向こうの騎士達はそれを嘲笑うかのような若々しさを維持している。
その秘密を何とかして突き止めたい最高評議会だが、現状ではそんな要求を出せる訳もなく歯噛みをして見ていることしかできない。
内心では殺気に震えながらも表には出さず毅然と交渉する3名の提督は、何とか条件の一部を撤回、あるいは緩和させることに成功する。
帝国軍への駐留と最高評議会への参画はなくなり、管理世界の拡大も許可を取る必要はなく報告のみとなる。
代わりに停戦保証金の支払間隔は3年に1度になり、金額は据え置きのため約3倍の負担となった。
交渉団も管理局の財政状況から何とか負担増を避けようとしたが、それと引き換えとしても撤回させねばならない条件があったためやむを得ない様子であった。
この負担は管理局の財政を圧迫し、そのしわ寄せは地上本部にまで及ぶことになる。
(後書き)
マイルド獣殿によるベアトリス救済回、あと懲りない管理局。
なお、WWⅡIFについてはあまり深く踏み込むつもりはありません。
半世紀の間にせっせと軌道修正を掛けるでしょう……神父さんが。
派手に歴史に介入した獣殿の存在も、インターネットも普及していない戦後から権力と財力を持った存在が隠蔽に掛かれば情報を秘匿出来る筈です。