魔法少女と黄金の獣   作:クリフォト・バチカル

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08:ガレアとミットチルダ

 聖王連合と和睦を結び戦乱を終結させたガレア帝国は周辺世界への攻勢を止め、ほぼ鎖国状態となった。

 現在のガレア帝国は28の次元世界を統べる一大勢力となっており、主世界であるガレア──遷都後、改名──に政府を置き、残りの世界を統べる形態を取っている。

 

 帝政国家であり、軍部と文官の頂点には皇帝自身が立っている。

 軍務においては元帥を兼務する皇帝の下に将、佐、尉、曹、士の階級が設けられており、将官を提督とする艦隊によって構成されている。

 27の駐留艦隊と8の国境艦隊、そして中央艦隊と近衛艦隊が存在し、駐留艦隊は傘下の27の世界に1部隊ずつ展開し治安維持が主任務、国境艦隊は各国境に配置され哨戒と迎撃を行う。中央艦隊は主世界であるガレアの防衛部隊であり5個の艦隊から構成される複合艦隊、最後の近衛艦隊は皇帝ラインハルトの直衛である。

 近衛艦隊を除き各艦隊は旗艦1隻に戦艦5隻、巡洋艦7隻、駆逐艦26隻の計39隻からなっているが、近衛艦隊は皇帝専用艦1隻に大型戦艦13隻からなる。

 近衛艦隊の大型戦艦は皇帝専用艦を1番艦と見做して2番艦から14番艦と番号を振られており、聖槍十三騎士団黒円卓の騎士団員12名と番外のイクスヴェリアの専用艦となっている。

 それぞれの艦は各団員の魔名を元に名付けられている。

 

 1番艦:メフィストフェレス

 2番艦:トバルカイン

 3番艦:ローエングリン

 4番艦:カズィクルベイ

 5番艦:ヴァルキュリア

 6番艦:ゾーネンキント

 7番艦:ベルリッヒンゲン

 8番艦:マレフィカム

 9番艦:ザミエル

 10番艦:シュピーネ

 11番艦:マグダレナ

 12番艦:フローズヴィトニル

 13番艦:メルクリウス

 14番艦:マリアージュ

 

 それぞれの艦には聖槍十三騎士団の騎士団員が1名ずつ搭乗するが、第2位のトバルカインは操作するバビロンから離れられないため11番艦に乗り、第5位は2名居る為に2人が搭乗、第6位は搭乗者が不在のため2番艦と同様に艦隊として動く際には搭乗員のみで操縦することになる。

 

 なお、聖槍十三騎士団黒円卓の騎士団員は皇帝直属であり、将官待遇となっている。特に幹部以上は有事の際に皇帝の代理として動くことを許され、他の艦隊への指揮権限を委譲されることもある。

 しかし、団員内では帝国の階級とは関係ない独自の階級で呼び合うこともあり、非常に混同し易い。

 

 文官は皇帝の直下に宰相として皇妹イクスヴェリア・ハイドリヒが就いている。その配下として内務省、外務省、国土省、経済省、神聖省の5つの省が設置されている。宰相が兼任する神聖省を除き、それぞれの省には統括する大臣が任命されている。これらの全ての機関は主世界ガレアに設置され、各世界は中央政府の配下とされる。各世界の執政官は宰相の直下に位置付けられているため名目上は各大臣と同格だが、その執務において各省庁の意向を違えた場合は最悪反逆と見做されるため、実質的には大臣の下に位置付けられる。

 

 貴族制は一応残っているものの形骸化しており、実質的には廃止されている。軍部においても文官においても人材登用は全て実力主義によって成り立っており、世襲制は認められていない。そんな中、皇帝と宰相、そして聖槍十三騎士団については一切の世代交代が存在せず、ラインハルトの即位から数百年同じ者がその座に就いている。一切歳を取らない彼らに疑問を投げかけるものは当初こそ居たものの、神聖省による教育が浸透してからはそれを指摘する者も居なくなって久しい。

 

 曰く、皇帝陛下は神の化身であり不滅の存在である。

 曰く、皇帝陛下はこの世界を導くために降臨された。

 曰く、皇帝陛下の為に戦い抜いた者は死後召し上げられ永遠を得られる。

 

 皇帝を神聖化し絶対恭順を是とする神聖省の教育は最初こそ多少の反発があったものの、100年を数える頃には当然のこととして受け入れられていた。幼いころからそう教えられてきた者達ばかりなのだから当然とも言えるが、言うは易し行うは難し。数百年に渡って初志から一切外れることが無く洗脳に等しい教育を施し続けてきたのは、皇帝に対し狂信とも言える親愛と忠誠を抱く皇妹イクスヴェリアと赤騎士エレオノーレの執念による。尤も、2人とも当然のことを言っているだけという認識であったし、流出位階に到達したラインハルトは神の化身どころか神そのものと言っても誤りではない。

 

 神聖化すると共にラインハルトは主世界ガレアから姿を消し、基本的にあまり表に露出しないようになっていた。彼が居たのはベルカ世界の崩壊と引き換えに虚数空間内に展開した『城』──ヴェヴェルスブルグ城である。ラインハルト・ハイドリヒの内に存する総軍を具現化させた屍の城は、彼の保有する魂の数が跳ね上がっているために以前の数百倍の規模に達していた。便宜上は『城』と呼称していたものの、既に1つの建築物ではなく世界そのものとなっている。虚数空間内は魔法が使用出来ない空間だがエイヴィヒカイトの運用は可能なようで、『城』の展開に支障は無かった。また、『城』の外では使用出来ない魔法も『城』の中では問題なく使用することが出来た。

 

 武を尊び、皇帝に絶対の忠誠を誓い、死後の祝福を受けるため命を惜しまずに戦い続ける軍事大国。その領土は聖王連合と比して3分の1程度でしかないが、軍事力では圧倒していた。加えて皇帝直属の聖槍十三騎士団の存在。如何なる攻撃も効かず単独で次元航行艦を破壊し得る攻撃力、次元空間内でも行動可能な上に不老不死である彼らの存在はそれだけで世界を破壊せしめるだけの戦力であった。

 

 

 一方の聖王連合。

 聖王のゆりかごを用い次元世界の大半を平定、ガレア帝国と和睦を結ぶことで戦乱を終結させたことにより名実共に次元世界の覇者と言っていい国家となったが、早くも翳りがその兆しを見せる。最大の要因はゆりかごの操主となる役目を終えたと共に連合を統べる聖王家が衰退し断絶してしまったことだろう。強力な指導者が不在の中、他の加盟者が合議制により国家運営を行うが、それぞれの意見に折り合いが付かずに各世界は独立独歩の動きを見せる。名目上は1つの国家となっているために戦争と銘打たれることはなかったが、実質的には戦争と変わらない内戦が頻発することになる。

 

 この頃の大きな事柄として聖王教会の樹立とミッドチルダの台頭が挙げられる。

 聖王教会とは戦乱を終わらせた聖王家の偉業を称え信仰の対象とする宗教団体であり、初代教皇となる青年トリスメギストスの呼び掛けにより聖王連合の古参の名家達が集い設立された。宗教団体であるが騎士団を抱え、1世界の軍と同等の戦力を有している。信仰の中央に据えているのは聖王家であるが、ベルカ文化の継承を重視し他の王についても崇拝の対象としている。和睦を結んだガレア帝国との関係悪化を恐れたため、ガレア皇帝ラインハルトもその崇拝の対象となっていた。

 

 ミッドチルダの台頭については魔法技術の発展が大きな要因となった。これまでの魔法は近接戦闘を主力としていたが、遠距離戦闘を主軸とした新たな術式体系が開発されたのだ。区別の為にこれまでの魔法体系をベルカ式、新たにミッドチルダで提唱されたものをミッドチルダ式と呼ぶようになり、前者の使い手は騎士、後者の使い手を魔導師と呼称するようになる。前者は近接戦闘が主となるために魔法技術だけでなく武術の鍛錬を必要とし、騎士となるためには最低10年の修錬が必要と言われていた。必然として狭き門となり、戦力は容易には増やせない。一方でミッドチルダ式は遠距離の射撃・砲撃を主としており、魔法資質さえあれば即席でも一定以上の戦力とすることが出来た。騎士と魔導師が1対1で相対すれば騎士の方が圧倒するが、多勢に無勢となればその結果は逆転する。そして、ミッドチルダ式はあっという間に広まり多勢となっていた。

 

 聖王連合の自然消滅により治安の悪化や紛争が起こる中、力を伸ばしてきたミッドチルダが危険な質量兵器の断絶と次元世界の交流と平和を旗印に平和組織──次元世界平和連盟を設立する。

 後の時空管理局の前身である。

 彼らは物量を以って次元世界に対し勢力を広げていった。

 聖王教会もそれに協力し、代わりにミッドチルダを始めとする各管轄世界にベルカ自治区を設立し布教に努めた。

 

 ミッドチルダの勢力拡大の根底にあったのは平和を目的としたものであったが、いつしか自分達が次元世界を統一・管理しなければならないという強迫観念に近いものになっていく。

 それに伴い、その行動も相手世界に自身のルールに協調することを要求し、受け入れられなければ武力介入を行うと言った乱暴な手段を採る様になっていった。

 

 ミッドチルダとガレア帝国、正史では交わらなかった2者が相対したのはそんな時期であった。

 

 

【Side ギルバート】

 

 次元航行艦7隻からなる制圧艦隊を指揮しながら、私は内心の興奮を抑え切れずにいた。

 先んじてガレア帝国に送った使者による次元世界平和連盟への加盟要求はにべもなく拒否され、連盟は武力介入による現状打破を決定、私が制圧艦隊の指揮官に任命された。

 ガレア帝国は聖王連合を除けば古代ベルカの戦乱後唯一残った多世界国家であり、連盟に次ぐ勢力を誇っている。

 数百年に渡って鎖国状態が続いているため謎が多く、国内の情報は一切外部に伝わって来ない。

 ベルカ文化の継承を謳う聖王教会には多少なりとも情報がある筈だが、古代ベルカの諸王を崇拝対象とする聖王教会はガレア帝国への侵攻に反発し、情報の提供を拒否した。

 しかし、所詮は時代遅れのベルカ式の騎士を主力とした国家、個人戦力には優れていても戦略レベルの戦力は大したことは無い筈だ。

 これだけの戦力を以ってすれば容易く制圧が出来る筈…………これは連盟の共通認識であり私も同じだった。

 そして、ガレア帝国を制圧すれば一気に28もの世界を平和連盟の傘下に加えることが出来る。

 この侵攻を成功させれば私は他の誰にも負けることのない最高の功績を得ることになる、次期の最高指導者も夢ではないだろう。

 

 バラ色の将来を夢想しつつ、ガレア帝国の宙域に転移した次の瞬間、私は凍り付いた。

 

 いや、私だけではない。

 艦橋に居た全ての人間が目の前の光景を信じることが出来ずに唖然とする。

 

 そこには50隻を超す次元航行艦が勢揃いし、艦砲をこちらへと向けていた。

 特に中央に位置する13隻の戦艦は他の倍以上の大きさを誇り、その威容を見せ付けている。

 

「て、提督! 前方の艦隊より通信が入っております!」

 

 オペレータが振り返り、報告する。

 その様子は恐怖に引き攣っているが、私も同じ心地だ。

 話が違うと喚き散らしたいところだが、事態はそんな暇を与えてくれない。

 

「……繋いでくれ」

 

 7隻と50隻では相手にならない。

 それは向こうも承知しているだろうから、降伏勧告でもしてくるつもりなのだろう。

 忸怩たる思いを抱くが、ここで拒絶しても一方的に鏖にされるだけ。

 姿勢を正し、通信に備える。

 

 艦橋の前方に大型の通信ディスプレイが開かれる。

 そこに映っていたのは黒い軍服を身に纏った栗色の髪の少女だった。

 将来が楽しみな端正な顔立ちだが、こちらを見据える視線は地に這う虫けらを見るように冷たい。

 しかし、若い。若すぎる。どうみてもミドルティーン、下手をすればローティーンではないか。

 普通であれば場にそぐわない筈だが、画面越しですら感じる威圧感故か軍服を纏い艦橋に立つその姿に違和感は無い。

 それどころか思わず跪きたくなるようなカリスマを感じ、こちらの艦橋の誰もが息を飲む。

 

「ごきげんよう、招かれざるお客人。

 私はイクスヴェリア・ハイドリヒ。ガレア帝国宰相であり、此度の迎撃艦隊の総指揮を陛下に任されています」

 

 宰相!?

 目の前の少女がガレア帝国の宰相だと言うのか!?

 嘘だと叫びたくなるが、努めて冷静になるように気を静める。

 宰相であると言うのが本当か否かは兎も角、こうして通信に現れるだけの立場にあることは確実だ。

 下手なことをすれば、こちらの命が無い。

 

「次元世界平和連盟・治安維持局提督ギルバート・アスプリウスだ。

 この度の来訪について説明させて欲しい」

「必要ありません。武装した次元航行艦7隻による無断侵入。まさかこれで話合いをしよう等と言うこともないでしょう。

 先の使者の身の程知らずな要求と併せてガレア帝国への武力制圧を試みたことは明白です。

 我々は先程の転移を以って次元世界平和連盟の宣戦布告と判断し、迎撃と報復攻撃を決定しています」

 

 こちらの言葉は切って捨てられ、死刑宣告に等しい言葉を投げ掛けられる。

 元より青褪めた顔から更に血の気が引くのを感じる。

 

「ま、待ってくれ! 話を聞いてくれ!」

「問題無用です。降伏勧告などもしません。

 兄様に逆らった愚かさを次元空間に散って後悔しなさい」

 

 形振り構わず引き止めようとするが、微塵の容赦もなく切って捨てられ通信が切られる。

 焦りの余りどうしていいか分からずに纏まらない思考を何とか纏めようとする。

 しかし、相手はそんな時間すら与えてはくれなかった。

 

「ぜ、前方より高エネルギー反応! こちらに一直線に向かってきます!」

「シールドを張れ!最大出力だ!!」

 

 反射的にオペレータに指示を出す。

 この艦のシールドは最新式であり、最大出力であれば同型の次元航行艦の主砲すら防ぎ切る程の防御力を誇る。

 あちらの艦の攻撃が如何に強力であろうと、しばらくは持ちこたえることが出来るだろう。

 その間に何としても再度通信を繋ぎ交渉を取り付けなければならない。

 

 次の瞬間、13隻の大型戦艦の内の1隻から放たれた猛火の砲撃がシールドを紙の如く引き裂いて旗艦の艦橋へと直撃し、私は灼熱地獄の中で消し飛ばされた。

 

 

【Side イクスヴェリア】

 

 私が通信を切った次の瞬間、9番艦から砲撃が平和連盟の旗艦に向けて放たれた。

 元より通信途絶後に攻撃を仕掛ける様に指示は出していましたが、こうも早く撃つとは思ってませんでした。

 しかも、あの砲撃……9番艦から放たれましたが次元航行艦の主砲ではなく、エレオノーレの聖遺物『狩りの魔王』ですね。

 タイミングからして予め艦の外に出て機を窺ってましたか、余程我慢の限界だったのでしょう。

 元より使者の要求の時点で激昂していましたから無理もありません。

 

 ザミエルの号砲を合図に、騎士団員達による虐殺が開始される。

 4番艦から飛び出したベイがその身から何百何千と言う杭を射出し、敵艦を針鼠に変える。

 唯の杭ではなく、触れた相手の生気、魔力、エネルギーを略奪する『闇の賜物』。

 艦の中の敵兵が全てミイラになるのも時間の問題だろう。

 5番艦からは雷と炎になったベアトリスと蛍が真っ直ぐに突き進み、それぞれ敵艦を貫通する。

 切り返しながら四方八方から執拗に貫通する2本の攻撃に2隻の戦艦が瞬く間に穴だらけとなる。

 8番艦から巨大な影が伸びて残り3隻の内の1隻をその影に捉える。

 ルサルカの『拷問城の食人影』に捉えられた艦は動きを止め、そこから牙の生えたおぞましい口腔にじわじわと喰われていく。

 11番艦と12番艦からは屍兵と狂獣が敵艦に大穴を開け、内部に突入する。

 どちらも加減も容赦も概念からして存在しない2人ですから、今頃内部では阿鼻叫喚が繰り広げられていることでしょう。

 

 昔の私であればこの惨劇を否定したかも知れませんが、今の私は無辜の民なら兎も角攻め込んできた敵兵に同情することはありません。

 

「……国境艦隊の出番が全くありませんでしたね」

 

 と言うか、近衛艦隊も艦としては攻撃には加わっていないため聖槍十三騎士団だけで十分でした。

 まぁ、彼らの出番はこの後の報復攻撃にあるので良いでしょう。

 騎士団員にも適度にガス抜きをさせないと白いの2名とかが暴走しかねないので迎撃戦は騎士団員の好きにさせましたが、兄様から聖槍十三騎士団の力を平和連盟の宙域内で見せ過ぎるなと言われていますし、この後の報復攻撃は艦隊による攻撃が主となります。

 騎士団員が大人しくしているとは思えませんが……。

 

「ハァ……先が思い遣られますね」

 

 暴れる騎士団員を止めるために奔走する未来の自分を想像し、頭が痛くなる。

 エイヴィヒカイトを修めて不老不死となり病や毒も効かない身体になったが、心労だけはどうにもならない。

 

「まぁ、そう言うな。

 久方振りの戦だ、気が逸るのも無理はあるまい」

 

 !?

 背後から聞こえてきた聞き覚えのある声に慌てて振り返る。

 すると、指揮を執るために立ち上がっていた私の艦長席に兄様がいつもの様に片肘を付いて座っていた。

 皇帝である兄様が突如として現れたことに艦橋が一瞬騒然となる。

 近衛艦隊の搭乗員と言っても殆どの人間が兄様を直接見るのは初めてなのだから仕方がないだろう。

 映像や写真、銅像等でしか見ることの出来ない筈の最上位の人間が目の前に居るのだから。

 

「に、兄様!? どうしてここに!?」

 

 此度の戦争は私に総指揮権を委譲されていたため、兄様の出番は無い筈。

 そのため、皇帝専用艦はガレアに置いたまま残りの黒円卓専用艦だけを出撃させたのだ。

 慌てるあまり、つい人前で兄様と呼んでしまった。

 

「なに、妹の晴れ舞台を見学に来ただけだ」

 

 そんな言葉に顔が紅潮するのを感じる。

 が、次の瞬間あることに思い当り青褪める。

 

「あ、あの……付かぬことを伺いますが、いつからご覧になっていたのですか?」

 

 まさか、先程の敵艦との通信も途中から聞かれたりしていたのだろうか。

 冷徹なキャラ作りをして真面目に相対したつもりだが、兄様に見られていたとなると逆にとても気恥かしい。

 

「ふむ……『ごきげんよう』辺りかな」

「最初からじゃないですか!?」

「中々勇ましかったぞ?」

 

 背伸びする幼児を見る様な目で言われても恥ずかしさが増すばかりで、私は床に両手と膝を付き落ち込んだ。

 

「うぅ……穴があったら入りたいです」

「まぁ、半分は冗談だ。

 見学に来たこともあるが、侵攻予定に挙がっている世界に1つ興味を惹かれたところがあったのだ」

 

 ひとしきりからかい満足されたのか、兄様が本題を告げる。

 それにしても……。

 

「兄様が興味を惹かれる世界……ですか?」

 

 そんな世界があっただろうか?

 私は侵攻対象に挙がっていた世界を思い返すが、どの世界のどんな所に兄様が惹かれたか全く分からなかった。

 しかし、兄様が興味を持たれているのであれば、侵攻対象から外さなければいけないか。

 

「ああ、侵攻対象から外す必要はないぞ。

 私は本物の竜と言うものを見てみたいだけだ。世界に侵攻するついでに狩りに勤しむのも一興」

 

 成程、確かに竜の多数生息する世界が対象に入っていたと記憶している。

 狩り……騎士団員総出の狩りになるでしょうからその世界から竜が絶滅しそうですね。

 兄様と一緒に狩りとか、エレオノーレ辺りがとても張り切りそうですし。

 まぁ、元より攻め込む予定の世界なのだから、原生動物が1種滅びるくらいはどうでもいいことです。

 

「分かりました。その世界は3番目に当たりますので、それまでは私の艦でお寛ぎ下さい。

 それとも、皇帝専用艦を呼び寄せますか?」

「いや、そこまでするほどのこともあるまい。

 邪魔でなければここで構わんよ」

「に、兄様が邪魔などと!? 滅相もございません!」

 

 兄様がとんでもないことを仰ったため、慌ててしまった。

 叫んだりなどとはしたない、気を付けなければ。

 咳払いをして、軽く誤魔化す。

 

「こほん! そ、それでは早速に艦隊を帝国外の宙域に転移させます」

 

 兄様から向き直り、艦橋のオペレータ達に指示を飛ばす。

 

「総員、傾注!

 これよりガレア帝国近衛艦隊及び第1国境艦隊は侵攻を企てた次元世界平和連盟への報復攻撃を開始します!

 総艦、軍規に従い順に転移を開始せよ!」

 

 艦隊が転移を行う際、さほど揺れるわけでもないが安全のためにシートに着席するのが常識だ。

 指示を出し、転移に備える為に私もシートに座ろうと思って振り返り……本来私が座るべき艦長席には兄様が座っていることを思い出し硬直した。

 そう言えば、私は何処に座れば良いのでしょう。

 まさか兄様に退けとも言えませんし。

 

 悩む私に兄様が手招きをする。

 

「何ですか、兄様?」

 

 首を傾げながら近付いていくと、両手で腰を掴まれたと思った瞬間に身体が反転し、気付いた時には兄様の膝の上に座らされていた。

 

「ちょ!? 兄様!?」

 

「何を慌てる? いつものことであろう?」

 

 確かに番外である私には黒円卓の席が無いため、騎士団員が集う際には兄様の膝の上に座らされている。

 最初は恥ずかしかったし騎士団員も微妙な目で見ていたが、数百年も経てばいい加減に私も他の騎士団員も慣れた。

 しかし、騎士団員以外の、それも部下に当たる者達の前でこの行為はもはや羞恥責めに等しい。

 私は兄様の膝の上に座ることに至福を感じながらも、羞恥で顔を俯かせ針のむしろの様に感じる視線の中で早く転移が済むことを祈った。

 尤も、私が祈る相手は兄様しかいないのだから本末転倒だったが。

 

 

【Side out】

 

 

 次元世界平和連盟のガレア帝国に対する侵攻は失敗に終わり、連盟の保有する次元航行艦の5分の1を費やした制圧艦隊は全滅の憂き目を見る。

 これだけでも大損害であったが、平和連盟の苦難は続く。

 制圧艦隊を迎撃したガレア帝国は侵攻に対する報復として、近衛艦隊の13隻と第1国境艦隊39隻を平和連盟の傘下となった世界へと差し向けたのだ。

 その戦力は艦隻数だけ取っても連盟の残存艦数の約2倍に当たり、連盟傘下の世界は抵抗虚しく次々と戦火に包まれた。

 勢力範囲で劣る帝国がまさか自分達の数倍の戦力を保有しているなどとは、連盟にとって青天の霹靂であっただろう。

 この戦力差はひとえにガレア帝国の教育に拠るものだ。ガレア帝国の国民は須らく皇帝のために働き戦うことを至高と思うように教育されている。帝国内で課される税は他の世界よりも高い水準にあり、他の世界でそれを行えば暴動が起きかねないものとなっているが、帝国民はそれを苦に思わず不満に感じることも無い。加えて、国家予算に占める軍事費の割合も平和連盟におけるそれの数倍に相当する。これは戦いに関すること以外では無駄を好まないラインハルトの意向で各予算が必要最小限となっているためだ。通常の帝政国家では高い比率を占める皇族の遊興費など、申し訳程度の予算しか積まれていない。まぁ、皇族と言っても現存するのは皇帝であるラインハルトと妹のイクスヴェリアしかおらず、前者はヴェヴェルスブルグ城に引き籠り表に出て来ず、後者は宰相の任に就いているため必要がないと言うのが正しい。

 

 ここにきて漸く眠れる獅子を起こしてしまったことに気付いた平和連盟首脳部は慌てて帝国に和議を申し立てようとするが、侵攻艦隊とガレア帝国本国共に通信すら黙殺される。

 しかし、大混乱に陥る平和連盟を余所に侵攻される世界が2桁に達した時、連盟に福音となる報せが齎される。

 ガレア帝国への侵攻に反発し不参加を決め込んでいた聖王教会が和議の仲介を申し出てきたのだ。

 藁にも縋る思いでその申し出に飛び付いた平和連盟に対してガレア帝国との間で和議の約束を取り付けることが出来たと第2報があり、帝国の侵攻は一時的に中断された。

 

 和議が開かれたのはミッドチルダとガレア帝国領域の中間座標に存在する世界のベルカ自治区。

 聖王教会の枢機卿を仲介人として争う両者が協議の席に付いた。

 次元世界平和連盟からは事務方の最高職である3名が、ガレア帝国からは宰相イクスヴェリア・ハイドリヒと赤騎士エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ、そして国境艦隊の提督の3名が参加し、交渉を開始する。

 和議交渉は終始ガレア帝国の有利に進んだ。それも当然であろう、一方的に侵攻を企てながら返り討ちに遭い、以降は敗戦に次ぐ敗戦が続いていたのだから。非は全て平和連盟側に在り、かつこのまま交渉が決裂し侵攻が再開されれば平和連盟の破滅は確実、無理難題も唯々諾々と受け入れる以外に道は無い。

 ガレア帝国から平和連盟に突き付けられた要求は概ね下記の4点だった。

 

 ・10年に1度の停戦保証金の支払い

 ・帝国領有域への平和連盟関係者の立入禁止

 ・帝国市民権を有する者の平和連盟内での治外法権

 ・ミッドチルダにおけるガレア帝国軍の駐留

 

 非常に重い条項であるが、不思議なことに平和連盟側が最も恐れていた領有世界の割譲は挙げられなかった。

 10もの世界を攻め落としておきながら和睦が成立すればそこからも去ると言う内容なのだから、疑問に思うのも無理は無い。

 

 それでも平和連盟側は抵抗したが、唯一ミッドチルダへの駐留を撤回させたにとどまり、逆に代償として停戦保証金の金額を引き上げられる結果となる。

 

 なお、平和連盟側は知る由もないが、ガレア帝国側が和睦の最低条件としていたのは立入禁止と治外法権のみであり、停戦保証金は単なる嫌がらせ、ミッドチルダへの駐留は最初から行うつもりのない見せ札であった。また、侵攻世界の割譲については徹底して滅ぼしてしまっているために復興に掛かる手間を忌避するために要求しなかった。領土を渡さずに済んだと安堵している平和連盟はガレア帝国の撤退後に侵攻された世界の被害状況を確認し愕然とするだろう。




(後書き)
 管理局(前身)との邂逅。
 嗚呼、イクスがすっかり歪んでる……

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