ミッドチルダのクラナガンは戦場と化していた。
しかし、存在そのものが破壊されつつある本局と比べれば、限定的な被害だったとも言える。
何故なら、本局のそれがガレア帝国の総攻撃であるのに対して、クラナガンで起きているのは8ヶ所に陣取った黒円卓の防衛戦だ。
被害に遭っているのも返り討ちにされた管理局員ばかりであり、一般人の被害は少数だ。
しかし、ある意味においてはこの戦場は本局のそれよりも絶望的だったとも言える。
本局で行われているのは圧倒的な物量による殲滅戦だ。
それは勿論恐怖ではあるのだが、今クラナガンで行われているのは圧倒的な筈の物量が個によって殲滅されると言う逆の構図。
力の差を如実に表すその光景は、目撃する局員達の中に静かに絶望を広げていった。
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2メートルを超える巨漢がその巨体に見合わぬ速さで縦横無尽に動き回り、手に持つ巨大な槍で局員達を薙ぎ払っていく。
バリアジャケットの上からでも甚大なダメージを齎すその攻撃に、管理局員達は既に逃げ惑うばかりだ。
「奴は死体だ、攻撃しても意味がない。
あちらの女性を狙え!」
機動六課からオーリス三佐経由で齎された情報を元に、トバルカインではなく操者であるリザ・ブレンナーに矛先を向ける局員達。
トバルカインに対する恐怖もあいまって、たちまちに100を超える射撃魔法がジュエルシードの前に佇むリザへと降り注ぐ。
「Panzerhindernis」
しかし、リザはバリアタイプの防御魔法を行使し、その射撃を軽々とやり過ごす。
局員達の狙いは間違いではない。
トバルカインは屍であり攻撃を受けても一切怯まない、唯一と言って良い弱点が操るリザ・ブレンナーだ。
かつての彼女であればトバルカインの操作以外の戦闘手段を持たず、狙われれば相応のダメージを負っただろう。
しかし、彼女はこの世界に来てからこの世界独自の魔法技術を習得した。
攻撃魔法はあまり好まない彼女だが、防御魔法についてはかなりの練度で習得しており、今の彼女の防御ならばSランクオーバーの砲撃魔法でも防げてしまう程の水準となっている。
「ごめんなさいね、確かに私はカインの弱点になり得るけれど、狙われるのが分かっていれば準備もするわ」
防御魔法で自身を守りつつトバルカインを操作して攻撃する今の彼女に死角は存在しない。
デバイス任せに防御魔法を展開しつつ、トバルカインの操作に集中する。
リザに対して攻撃を集中させるということは、トバルカインに対しての注意が散漫になるということでもある。
射撃の雨が通じなかったことに棒立ちになった数人の局員のところにトバルカインが跳躍し、偽槍を叩き付けた。
槍が叩き付けられた場所は大きなクレーターが出来、その場に居た局員達は吹き飛ばされた。
「
およそ人の声とは思えぬ悍ましい声で詠唱が開始される。
周囲を囲んでいた局員達はその声に顔を顰めながらも、慌てて対処を行う。
「電撃の能力を使うつもりだ、総員耐電の護りを備えろ!」
バリアジャケットの術式を変更し、電撃に特化した装備へと切り替える。
ジャケットの表面に電流を流し易い素材を敢えて配置することで、電流を逸らして術者を護るものだ。
「
詠唱の終わりと共に、呪いが広がった。
「な、なんだこれ!?」
「電撃じゃないぞ!」
「話が違うじゃねえか!」
初代トバルカインの覇道型の創造により、周囲に腐食空間が形成される。
電撃に備えていた局員達は為す術無くその呪いを浴び、デバイスもバリアジャケットも、そしてその身さえも腐り落ちていく。
「ひぃぃぃっ!」
「た、助けてくれ!」
最早蹂躙されるだけとなった局員達を、リザは呪いの外から物憂げな表情で見詰めていた。
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2つ目のスワスチカでは、カソックを着た神父が管理局員達と相対していた。
局員達は射撃や砲撃で神父に対して攻撃を加えるが、神父はそれを防御も回避もせずに身に受けながら全く意に介していない。
悠然と歩きながら攻撃を加えた管理局員に近付き、拳打を叩き付ける。
ただそれだけの単純作業で、局員は見る見るうちにその数を減らしていく。
「無駄ですよ、その程度の攻撃では幾ら繰り返しても聖餐杯は砕けません」
神父の繰り出す拳打はバリアジャケットの上から衝撃のみで骨を、内臓を粉砕していった。
管理局員からしてみれば、魔導師が素手でねじ伏せられると言うのは異様な光景であり、恐怖が蔓延していく。
しかし、希望はまだあった。
情報によれば、この神父は技を使う時にその防御に穴が空くという話だ。
まともに戦っても攻撃が通じないならば、相手がそれを使用するまで耐え忍ぶしかない。
幸いにして、彼の機動力はそこまで高くない。
遠巻きにして近寄らず、中遠距離からの攻撃に徹すれば何れは使うしかない筈。
中遠距離からの牽制に戦術をシフトした局員達の姿に、神父は嘆息する。
「ふむ、このままでも何れは倒せそうですが時間が掛かりそうですね。」
神父は足を止め、遠巻きに自分を囲む局員達を見回した。
「已むを得ません、ならば私の創造をお見せしましょう」
そう言うと、神父は身体の前で両掌を上に向けて詠唱を開始する。
「
来た、と囲んでいた誰もが考えた。
念話を用いて攻撃のタイミングを計る。
強力な技が来ることは間違いないが、それが同時に現状で唯一と言っていい突破口だ。
数人が全力で防御を受け持ち、それ以外の局員は穴の空いた防御に攻撃を集中させる……それが唯一の勝機。
「
黄金の十字に似た陣が彼の前に展開される。
局員達は前のめりになり、その瞬間を逃さぬように緊張感を高める。
「
しかし、何も起こらなかった。
「…………………おや?」
異常事態に神父は首を傾げる。
「
何か詠唱を間違えたかともう一度唱えるが、矢張り何も起こらない。
「…………………???」
しばらく首を傾げて悩んだが、やがて結論を出す。
「まぁ、いいでしょう。
このまま素手でも戦うことは出来るでしょう」
それは、彼を囲む局員達にとって彼を倒す唯一の機会が失われた瞬間だった。
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「
「
詠唱の完成と共に、夜が広がった。
つい先程まで昼間だった空間が夜に飲み込まれる。
その異様な光景に、地上本部の部隊員達は呆気に取られた。
しかし、すぐに焦りを浮かべた。
何故なら、今自分達を覆っているのはただの夜ではなく吸血鬼の胃。
この場に立っているだけで精気を吸われ干からびる。
管理局員達は慌ててデバイスを構え、夜の支配者である吸血鬼へと向けた。
「ハッ、遅ぇんだよ!」
その言葉と共に、夜の中央に居たヴィルヘルムは姿を消した。
そして、同時に周囲の空間から杭が突き出し、射撃魔法を放とうとしていた局員達の何人かが串刺しになる。
「ぎゃあああああぁぁぁぁ!」
「がっ! ごぼ……」
手足を貫かれたり胴体に大穴をあけられた者達が転がり、局員達は騒然となる。
ここは彼の体内に等しく、その何処からでも杭は生まれてくる。
ヴィルヘルムが最初から創造を用いたのは現在が昼間であり彼にとっては忌むべき時間であったためだが、捕縛に向かってきた部隊にとっては最悪の事態だった。
この空間内に居る限り、勝ち目は殆ど存在しない。
しかし、事前情報として有力な情報もあった。
その情報は、この空間では彼は特定の物に対して非常に弱くなるというものだ。
それは十字架、炎、腐食、銀、聖水等、第97管理外世界で吸血鬼の弱点とされているもの。
その情報は現状において唯一の希望であったが、同時に問題もあった。
ミッドチルダにおける宗教は聖王教会のみであり、彼の教会のシンボルは剣十字であり求められているものとは形が異なる。
この世界においては彼に有効であろう十字架など殆ど普及していない。
聖水についても同様で、聖王教会ではそんなものは手に入らない。
腐食については攻撃手段としてそう簡単に準備出来るものではない。
銀は準備は可能だったが、ここで問題となったのが質量兵器を禁じる管理局法だ。
銀を武器として用いる場合に最も有効なのが銃弾としての使用だが、管理局においてはその手段がない。
撃ち出す銃も、銀を弾丸に加工するノウハウも無いのだ。
よって、彼等に選べる選択肢は1つだけだ。
「撃て!」
隊長の号令と共に、炎の射撃魔法が周囲の空間へと放たれる。
その先にヴィルヘルムの存在は無いが、彼がこの空間に同化しているのであれば対象を選ぶ必要はない。
至る所に火炎が着弾し燃え上がる。
その瞬間、空間が僅かに揺れた。
姿を消していたヴィルヘルムが虚空から現れ、局員達を睨む。
「テメェら、やってくれんじゃねぇか」
その身に傷付いたところは無いが、多少なりともダメージはあったらしく怒気を露わにしている。
充満する殺気に、歴戦の局員達ですら息を呑んだ。
「いいぜ、それならお望み通り直接ばら撒いてやらぁ!」
そう叫ぶと、前身から杭を生やしたヴィルヘルムは局員達の方へと突っ込んでいった。
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4つ目のスワスチカでは櫻井螢が自身の聖遺物、緋々色金を形成し戦闘を繰り広げていた。
撃ち込まれる射撃魔法を剣で打ち払い、回避する。
回避と同時に炎を放ちながら接近し、斬り払う。
前者の3ヶ所に比べれば、ここでの戦闘はまだまともな戦いになっていたと言えるだろう。
それは一重に、彼女の戦闘スタイルによるものだ。
形成位階の力を行使する彼女は基本的に剣術と体術の混合であり、数を圧倒する類の戦術ではない。
また、聖餐杯と異なり全ての攻撃を無効化する様な防御力も有しておらず、攻撃を無視して行動する様な戦術も選択出来ない。
「タイミングを合わせて放て!」
故に、大勢の局員に囲まれて遠巻きに射撃魔法を撃ち込まれた場合、ダメージは皆無に等しくとも防戦一方になるのはやむを得ないことだった。
「くっ………」
追い詰められたとは言えないまでも、苦戦と言っていい状況に螢は思わず顔を顰める。
彼女にとって、功績を上げ双首領に偽槍の呪いを解いて貰うことが望みを叶えるために唯一出来ること。
それ故に、任務は絶対に失敗出来ない。
「私は……負けられないのよ!」
イザークに英雄の資格無しと断じられ、ベイに串刺しにされ、心は折れた。
居場所の無い黒円卓に居続けて、逃げ出したくなる日々を重ねてきた。
それでも逃げ出さなかったのは、唯一の味方であるベアトリスの存在と……そして兄に対する未練のため。
胸に宿した
螢は聖遺物を眼前に構え、詠唱を始めた。
「
「
緋々色金がその姿を儀式剣から大太刀へと変え、螢の髪が炎の色に染まる。
彼女の身体と聖遺物から炎が噴き出し、周囲を火の海に変えていく。
「く……炎が!」
「取り乱すな、耐火防御に切り替えろ!
射撃魔法は冷却系をベースに放て!」
「了解!」
突然吹き荒れる炎に周囲を囲む局員達も慌てるが、隊長の指示に従いすぐに炎に対する対処を開始する。
「確かに魔法弾なら透過も効かないし、冷却系が一番効果的なのも認めるわ。
でも──」
そう言うと、螢はその身を炎に変えて消える。
突然の事に戸惑う管理局員達の背後で燃え盛っていた炎が揺らめき、姿を消した螢を形作る。
「その程度で消される炎なら、1000年も燻ってたりはしないのよ!」
「がぁ!?」
指示を出していた隊長に対して斬り付け、ついでとばかりに周囲に居た数人の局員達に炎を叩き付ける。
溜めこみ続けた鬱憤と一緒に噴き出した炎はその勢いを増すばかりだった。
(後書き)
深刻な状況の筈なんですが、何故か神父だけ微妙にギャグっぽく……。
いえ、彼の創造は獣殿の聖遺物である聖約・運命の神槍を限定使用出来るというものなわけですが、果たして獣殿本人が形成位階以上で使用している時に借りられるのかと。
dies原作では獣殿降臨後に使用される場面がありませんので分かりませんが、所有者はあくまで獣殿ですから多分無理なのではないかと思っています。
神父「貸して下さい!」
獣殿「私の番が終わったらな」
神父「Σ( ̄□ ̄;」
しかし、彼の技は死亡フラグなので、こちらの方が管理局員にとっては最後のチャンスが断たれた形で恐怖です。