魔法少女と黄金の獣   作:クリフォト・バチカル

69 / 80
推奨BGM:Deus Vult(dies irae)


69:正義の終焉

「それで、どうするのです?」

「決まっている! 断じて降伏など出来るものか!!」

 

 広い会議室に多数の人物が集って議論を行っていた。

 集まった者達は老年の者が多く、一番若い者でも40代程だ。

 それもその筈、ここに居るのは次元世界を統べる時空管理局の中でも最上位に近い権力者達だ。

 中将以上の階級を持つ者と少将の極一部の者だけがこの場に呼ばれている。

 最高評議会が亡きものとなった今、事実上次元世界の行く末を決めるのはこの場に居る者達なのだ。

 

「当然だろう、次元世界の秩序を司る管理局が屈するなどあり得ん」

「とはいえ、全面戦争というのも……」

 

 しかし、この場には最高権力者『達』が集まっているが、最高権力者は居ない。

 階級として最上位の者は居るが、それとて1人ではなく複数人だ。

 それ故に、議論が紛糾した時にそれを止められる者が居ない。

 

「何を弱気な!

 断固として戦い、黴の生えた帝国など叩き潰すべきだろう!!」

「それが出来ないから、あのような条約を結ぶ羽目になった事を知っているだろう!?」

 

 この場で議論されているのはおよそ一時間程前に、ガレア帝国皇帝ラインハルト・ハイドリヒから突き付けられた降伏勧告に対してだ。

 降伏勧告を受け入れるか否かにおいては、満場一致で否と纏まった。

 管理局の内部派閥は強硬派と穏健派に2分されるが、その双方共に管理局が外部に屈することは認めない。

 しかし、ならばどう対処するかという点においては議論は一向に纏まらなかった。

 強硬派は全面戦争を辞さない覚悟で臨むことを訴え、穏健派は交渉により活路を求めることを主張した。

 

 ガレア帝国のことは禁忌として情報統制が図られているが、この場に集う最上位の者達は当然ながら隠されている情報も把握している。

 彼の帝国の規格外と呼べる戦力についてもだ。

 いや、厳密には戦力を正確に把握していたかと言えば、情報が少ない為に正確さには疑問があったと言えよう。

 何しろ、ガレア帝国は半鎖国状態で全ての情報を閉ざしていた。

 唯一その姿を見せたのが二度に渡る管理局の侵攻だが、その2回ともに侵攻部隊の生存者はゼロ。

 一度目の侵攻の際に行われた報復攻撃のみが帝国の戦力情報として記録されている全てになるが、何分時が経ち過ぎていて参考にならない。

 

「あちらの戦力が不明である以上、最大戦力を投入するしかあるまい」

「次元航行艦の所在は?」

「本局に駐屯している艦が57隻。

 各次元世界に散らばっているのが150隻程だが、その内1日以内に集結出来そうなのが80隻程だな」

「奴らの侵攻がいつ始まるか分からんが、少なくとも130隻の艦隊で迎え撃てるわけか。

 それなら何とかなりそうだな」

「時間次第では残りの70隻も間に合う筈じゃ、そうすれば約200隻……まず負けることはあるまいて」

 

 強硬派の者が中心となって、戦力評価を行う。

 穏健派はそれを苦い顔で見るが、敢えて口を出すことはしない。

 全面戦争になることは望ましくなくても、交渉のために戦力をチラつかせることは有利に働くからだ。

 

「ふむ、それならば交渉するのもありか」

 

 しかし、その流れは強硬派のとある提督が口にした言葉で乱された。

 

「何だと!? 何故交渉などする必要がある?

 全力で迎え撃てばよかろう!!!」

 

 穏健派ならば兎も角、強硬派の中からそんな言葉が聞こえてきたために、短気な者は激昂して叫んだ。

 言葉には出さずとも、強硬派の者達は裏切り者を見る様な眼でその提督を睨んでいた。

 

「落ち着け、何も交渉で片を付けようと言うのではない」

「どういうことだ?」

「簡潔に言えば、時間稼ぎだよ。

 時間を稼げば稼ぐほど戦力を集結させられるのだから、交渉で時間を稼ぐ裏で次元世界に散っている次元航行艦を集めればいい」

「む…………………………」

 

 告げられた正論に、先程まで激昂していた者達も思わず黙り込んだ。

 

「確かにそうだな」

「よし、ならばその方向で進めよう」

「交渉については貴様達で進めるがいい」

 

 黙って議論の行く末を見ていた穏健派に対して、強硬派が告げた。

 穏健派からすれば到底受け入れられない話だ。

 交渉を行うこと自体は方針に合致しているが、強硬派の言う交渉は最初から纏まることを期待していない茶番だ。

 反論しようと穏健派の代表格が口を開くがそこから言葉が発せられる前に、事態は急変した。

 

 会議場の巨大スクリーンが勝手に立ち上がり、映像が映し出される。

 

「な、なんだ!?」

 

 会議場の管理局高官達はざわめきながらも、そのモニタに注目する。

 そこに映し出されたのは次元航行艦の艦長席に座る、黒い軍服を纏った少女だった。

 栗色の長い髪を後ろで1つに纏めたその少女は未だ10代半ばに見えた。

 少女は管理局の頂点達が呆然と見る中で、その口を開いた。

 

≪ごきげんよう、管理局の方々。

 私はイクスヴェリア・ハイドリヒ。

 ガレア帝国宰相にして陛下より此度の管理局本局への侵攻を任されている者です≫

 

 良く通るその声が会議場に居る全員の耳に届いた瞬間、ざわめきが止まった。

 そして、次の瞬間会議場のあちらこちらで怒号が上がった。

 暫くの間黙ってそれを見ていたイクスヴェリアだが、頃合いを見てサッと手を上げて遮った。

 その動作に敵対している筈の高官達ですら思わず声を潜めて様子を見る。

 

≪無駄な遣り取りをする気はありません。

 刻限です、陛下の告げた降伏勧告の返答を伺いましょう≫

「降伏など出来ん」

 

 イクスヴェリアの言葉に、強硬派の代表格を務める提督が答えを返す。

 しかし、拒絶の回答にもイクスヴェリアはその端正な貌を一切変えない。

 

「だが、話合いの余地はあると考えている。

 先程交戦の理由としていた侵攻計画については最高評議会の独断に過ぎない。

 彼等が亡くなった今、戦争を行う理由は無い筈だ」

 

 先程、強硬派に反論しようとしていた穏健派の代表格がイクスヴェリアが口を開く前に言葉を続ける。

 さり気無く侵攻計画の責任を死んだ最高評議会の者達に押し付けていたが、他の者達にそれに気付きながら表情には出さない。

 その程度の腹芸が出来ない者はこの場に居ない。

 

≪話合いの余地などありません。

 降伏か死か、貴方達が選べるのはその2つだけです。

 先程言った通り、私達は無駄な遣り取りをする気はありません。

 降伏を受け入れなかった以上、貴方達には死を与えます≫

 

 そう言うと、通信は一方的に切断された。

 

「く、取り付く島もなしか!

 先程の通信は何処からだ!?」

 

 提督の1人が通信の発信源を探る様に連絡しようとするが、それを遮る様に哨戒からの緊急映像が送られてくる。

 それを見た提督は、会議場のスクリーンにその映像を映し出す様に指示を出した。

 映像に移っているのは管理局本局の近隣の次元空間だ。

 

「? どうしたのだ?」

 

 何も無い空間が映し出されたことに疑問の声が上がった次の瞬間、次元転送によって何かが顕現してきた。

 それは一隻の次元航行艦だった。

 緊張していた者達が安堵の溜息を洩らす。

 たった一隻の次元航行艦では脅威とはなり得ない……そう思った者達が次の瞬間硬直した。

 次々と転送反応が起こり、次元航行艦が後から後からこの空間内に姿を現す。

 本局に対して艦首を向けた次元航行艦の数は既に100を超えて、それでも止まらない。

 次元航行艦の出現が止まった時、そこには指揮艦である近衛艦隊14番艦マリアージュと8つの国境艦隊の内の7艦隊からなる274隻のガレア帝国の侵攻艦隊が本局の全周囲を包囲していた。

 

「「「「────────っ!?」」」」

 

 会議場に集った高官達はあまりの衝撃に声も出なかった。

 正確な数を数える余裕のある者は居なかったが、どう見ても200隻を超えている。

 管理局の総戦力を超える大艦隊が自分達を取り囲んでいる、その信じ難い光景を素直に受け入れることが出来る者はいなかった。

 

 そして、蹂躙が始まった。

 

 

【Side イクスヴェリア・ハイドリヒ】

 

 

「第1艦隊から第4艦隊は本局に向かって総攻撃、第5艦隊から第7艦隊は周辺からの増援に備えなさい!」

 

 私は管理局本局の4方を取り囲んだ艦隊に指示を出し、そのまま艦長席を離れると艦橋内の広いスペースへと移動する。

 通常であれば何も無い場所だが、今回に限っては違う。

 そこには死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体──100体の新鮮な死体が並べられていた。

 

 別に私が猟奇趣味に目覚めたわけではない、これは管理局に対して攻撃を仕掛ける為の材料だ。

 ハッキリ言って取り囲んだ艦隊の攻撃だけでも勝利は確実だと思うが、兄様の命令である以上は手は抜かない。

 

形成(Yetzirah)──死者の花嫁達(Braute Toten)

 

 私の詠唱と共に、光る玉が100現れて並べられた死体にそれぞれ同化していく。

 光が同化した死体は元々の性別や体格に関係なく、175cm程の女性の姿へと変わっていく。

 姿を変えた死体は、ひとりでに立ち上がり整列する。

 

 屍兵器マリアージュ……それが彼女達の名前。

 私の契約した聖遺物『死者の花嫁達』によって生み出されるマリアージュ・コアを死体に埋め込むことによって生み出される兵器。

 武装化した両腕で戦闘を行い、殺した相手を自分と同じ屍兵器に変え、行動不能になると燃焼液に変化して自爆するこの殲滅兵器は、逃げ場のない密閉された空間で用いれば文字通り相手を皆殺しにするまで止まらない最悪の戦術を実現する。

 

 

 

「幾星霜 翼無き背に独り震えても

 心に響く愛を抱きて眠る 浅き眠りの向こうで貴方と逢う」

 

 しかし、私は躊躇わない。

 元より兄様に着いていく為ならば、あらゆるモノを振り捨てる覚悟を1000年も昔に心に誓った。

 

 

 

「過ぎゆく時の中 弱き魂と身体に独り震えても

 伝えあった心と愛しさが強さをくれる」

 

 

 

 ましてや、無辜の民ならば兎も角、相手は三度に渡ってガレア帝国(兄様)に歯向かった愚かな管理局。

 ならば、慈悲など無用。

 

 

 

「あの日見上げた澄んだ空の下 いつかまた出逢えることを信じて」

 

 故に、私は全力を以ってこの役割を完遂する。

 

 

 

創造(Briah─)

 黒妖世界・永遠追随(Svartalfaheimr Pirschjager)

 

 

 

 

 詠唱の完了と共に、私の眼前に並んでいたマリアージュが次々と消えていく。

 私の渇望は「兄様の近くに居たい」というもの。

 能力は「私自身または私の一部であるものを転移させる」こと、それ単体では何の攻撃力も持たない能力だ。

 虫一匹殺すことは出来ない。

 

 制約も厳しく、兄様に近付く方向での転移しか出来ない。

 現在の位置関係では兄様の居るミッドチルダと我々の間に本局があるから飛ばすことが出来るが、逆方向には飛ばせないし兄様が移動すると飛ばせる方向が変わってしまう。

 その代わり、転送魔法と異なり距離の制約は無いし、次元空間がどれだけ隔たっていても無関係、極め付けは結界などで護られた場所であっても無視して飛ばすことが出来る。

 

 管理局の本局まで艦隊を運んだのもこの力だ。

 おかげで200回以上も自分で腕を切り落とす羽目になったのは辛かったが、兄様のためであれば躊躇う必要など存在しない。

 

 形成位階で創り出すマリアージュと組み合わせれば凶悪な効果を発揮する……と言うかそれ以外の使い道など兄様を追い掛けるくらいしかない能力だ。

 100体のマリアージュは57体を本局に駐屯している次元航行艦に、残りの43体を本局内に直接送り込んだ。

 どちらも内部で殺戮を行いながら増殖していくだろう。

 

「さあ、今宵の恐怖劇(グランギニョル)を始めましょう」

 

 

【Side out】

 

 

 時空管理局本局は次元空間上に浮かぶ建造物であり、その全長は100kmを超える。

 下手な小国よりも規模の大きい巨大建造物であるが、今は文字通り落日の時を迎えようとしていた。

 四方を囲む156隻からなる次元航行艦の主砲は防衛のために周囲を取り囲んでいた管理局の艦隊諸共、着実に本局を削っていた。

 あまりに巨大であるが故に短時間で破壊されることは無いが、一方的に攻められる状況が続けば時間の問題だろう。

 

 加えて、何処からか現れた女性兵士がその両腕を機関銃に変えて中に居る管理局員を殺害していった。

 勿論、管理局員も一方的に攻撃されていたわけではなく、デバイスを手に抵抗を行った。

 しかし、女性兵士に殺された局員が殺した者達と同じ姿に変わり、局員を殺す側に回り始めたことにより、徐々に犠牲者は加速度的に増えていった。

 

 内外から苛烈な攻撃に曝される状況に、高官達は必死でガレア帝国に対して交渉を呼び掛けたが、通信は繋がることすらなかった。




(後書き)
 イクスの詠唱はとある歌の歌詞を元にしましたが、歌詞からの引用禁止の規約に引っ掛からない様に言葉を弄ってる内に原形が……。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。