【Side 八神はやて】
あ~、やばいわ。
っつうか、優介君、話が違うで。
死んだら化けて出るからな。
彼方此方撥ね飛ばされて激痛を感じながらもどこか遠い世界を見ているような感覚で私は呟いた。
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最初にココに転移してきた時には、私にはいつの間にか死んで天国に来てしもうたのかと思った。
何せ目に入ったのが一面の花畑。
魔王の居城にはどうにも似つかわしくない場所やった。
その上、ここに連れてきたのは優介君やまどかちゃんが言うには、あいつ等の中でも一番最悪な殺人狂って話やし。
見た目的には、女の子みたいな美少年やけどな……勿体無い。
「ようこそ、アルフヘイムへ。
歓迎するよ」
白い髪に端正な顔立ち、華奢な身体はとてもそんな殺人狂とは思えない。
無垢で無邪気な微笑みを浮かべながら、彼は私達に話し掛けてきた。
「アルフヘイム?」
確か北欧神話の……妖精の国やったか?
確かにこの花畑とかそれっぽいけど。
「うん、ヴェヴェルスブルグ城の僕の領域だよ。
どうだい、綺麗なところだろう?」
そう言いながら彼は踊る様なステップでその場で舞った。
彼の手の振りで一面に咲いていた花が空へと舞い、花弁の雨を降らせる。
ちょっと花が可哀相とも思ったけど、その様は幻想的で軍服を着ていなければ花と戯れる妖精の様にも見えた。
「───────っ!!」
「リイン? どしたんや?」
ふと、隣に立つリインが険しい貌をしているのに気付いて、問い掛ける。
「お忘れですか……主はやて。
この『城』が
『城』が何で出来ているか?
確か、さっきあの金ぴかイケメンがこの『城』は数多の死者の魂で……っ!?
「それって……」
「まさか……」
猛烈に嫌な予感を感じ、私もザフィーラも信じたくないと言う声を上げるが、リインは首を振って答えを示す。
「おそらく、この花一本一本が死者の魂で出来ています」
一瞬、綺麗なお花畑が十字架の並び立つ墓地に幻視えた。
こちらの事など気にせずに踊っている少年は、妖精なんかやなくて人を喰らう餓えた狼や。
ひとしきり舞い、死者の魂を散らし踏み躙り満足したのか、白騎士は踊るのを止めてこちらに向き直った。
「さぁ、始めよっか? 戦争だぁ!!!」
無邪気な笑みのままで殺意を露わにする白騎士。
「ハッ、そう簡単に殺れる思うたら大間違いやで!」
「夜天の守護者の名に掛けて──」
「主を殺させなどしない!」
その殺気に身震いしそうになるのを必死に抑えて、戦意を高揚させる。
こう言う相手には飲まれたらお仕舞いや。
虚勢でも士気を保たんと、あっと言う間に殺されてまう。
「いいねえ……愉しくなってきた。
名前が知りたい、ねえ教えてよ。いいでしょう?」
まるで駄々っ子みたいに強請る少年に苦笑しながら、シュベルトクロイツを掲げて名乗りを上げる。
「ええやろ、耳ん穴かっぽじって良く聞き。
時空管理局古代遺物管理部機動六課部隊長、八神はやてや」
「同じく、リインフォース」
「盾の守護獣ザフィーラ」
「こっちが名乗ったんや、そっちも名乗ったらどうや?」
その言葉に、白騎士の雰囲気が切り替わる。
「聖槍十三騎士団黒円卓第十二位、大隊長ウォルフガング・シュライバー=フローズヴィトニル」
世界が一変する。
咲き誇っていた花は彼の足元から一斉に枯れていき朽ちていく。
魂を吸っているのだと理解した時には、私達が立っていた場所は花畑ではなく荒野になっていた。
「総てにおいて、誰より早く、何よりもハイドリヒ卿に忠誠を誓った、あの人の
一番最初の、獣の牙だァ!!!」
戦闘が……始まった。
「久し振りのお客さんだ、特別に最初から御馳走してあげるよ。
その言葉と共に、機械で出来た猛獣が私達の前に現れた。
シルエットは私も良く知るバイクの姿だが、その大きさと何よりも放っている気配が掛け離れていた。
交通手段としてではなく、人を殺す為の兵器としての軍用バイク。
白騎士はバイクに跨ると音を置き去りにして駆け出した。
「泣き叫べ劣等、今夜……ここに神はいない」
その言葉が私の耳に届いた時には、既に凄まじい衝撃で撥ね飛ばされた後だった。
直撃したわけではなく、私とリイン、ザフィーラの間を駆け抜けただけ、それだけなのにその凄まじいスピードから放たれる衝撃は私達を軽々と吹き飛ばした。
騎士甲冑を纏って居なかったら、今の一撃だけで粉微塵やった。
追撃を受けない様に慌てて立ち上がった私の目に映ったのは荒野だけ。
白騎士の姿は何処にも見えない……と思った瞬間、私の前方を左から右へと何かの影が動く。
慌てて右方へと振り向くがそこには誰も居ない。
焦燥感が募る私に後方から轟音と共に銃弾が浴びせられる。
「あぐ……っ!?」
騎士甲冑を纏っていてもその防御力を超えて右肩と左腿に銃弾が喰い込んだ。
激痛に顔を歪めながら、銃弾が飛んできた後方に振り返りながら射撃魔法を放つ。
しかし、既にそこには誰も居らず、射撃魔法は虚しく飛散する。
速いと聞いてはいたけど、まさか
しかも、多分まだ聞いていた能力は使ってない、単純に素の速さや。
まだ全力を出してすらいないってのにこれなんか。
「でも……能力を使っていないなら当たらないわけやない。
ザフィーラ!!」
「ハッ……縛れ、鋼の軛!」
ザフィーラの声と共に白い杭が地面から幾つも生える。
突き刺して相手を拘束する攻性バインドは、しかし白騎士を捉えること無く地面に乱立する。
これで当たってれば儲け物やったけど、かわされることは計算の内や。
「リイン!」
「ハ、我が主。
穿て、ブラッディ・ダガー!」
「合わせるで、フレースヴェルグ!」
ザフィーラの創りだした杭の林の合間を縫う様に、私とリインの白と赤の射撃魔法が交差する。
鋼の軛は白騎士の軌道を制限するためのもの、幾ら速くてもコースが決まって居れば攻撃を当てることは可能な筈。
「イィィィヤッハアアァァァァーーーー!!!」
逃げ場が無い所に無数の射撃魔法を叩き込んだ。
かわせる筈が無い……と確信した瞬間、シュライバーは愉しげな声を上げバイクの前輪を持ち上げて自分を取り囲む杭に向かった。
「バイクで杭を昇った!?」
乱立する杭の一本……ほぼ垂直に突き立っている筈のそれにシュライバーはバイクの前輪を押し付けると、一気に加速してバイクごと宙を舞った。
杭の林を抜けた場所に着地した白騎士に対して、射撃魔法は掠りもせずに杭に当たり消えた。
「残~念、もう少しで当たる所だったよ」
余裕で切り抜けながら、この台詞。
頭に来るわ~、次は絶対に当てたる。
そんな風に思ったのを悟ったのか、白髪少年はニィッと嗤うと口を開く。
「次は当ててやる、とか思ってる?
怪訝に思う私達を前に、シュライバーはバイクで加速しながら詠唱を始めた。
「
その声は天使の様でありながら、どうしようもなく背徳的な歌を唄いあげる。
「
何とか詠唱を止めようと射撃魔法をばら撒く私らを嘲笑う様に、詠唱が終わる。
見た目は何も変わっていない。
だと言うのに、明らかに雰囲気が切り替わった。
その圧迫感にじっとして居られず、再びフレースヴェルグを放つ。
当然ながらそんな攻撃に当たる白騎士ではなく、私の魔法は呆気なくかわされた。
続いて放たれたリインのブラッディダガーも同じ様に避けられる。
しかし、先程までとは明確に違う。
今、あいつは私の撃った射撃魔法を
魔法の軌道から横に避けるのではなく、魔法よりも早く動いた。
奇妙な感覚やった、まるで私の攻撃がスローモーションになったかのようにすら感じたが、実際はその逆や。
これが……まどかちゃん達が言ってた彼の能力……「相手より確実に少しだけ早く行動できる」
反則的や、点や線の攻撃ではどんだけ速くても数が多くてもあいつに当てられへん。
速いのではなく早い……こちらが速ければ速い程、相手のスピードが上がってまう。
でも、対策はバッチリや。
どんな能力でも予めバレとったら無敵やない。
予め能力を知ることが出来たのは僥倖や、何も情報が無かったら手も足も出ずに嬲り殺しにあってたやろ。
「リイン!ザフィーラ!」
「心得てます!」
「お任せを!」
私は少し離れていた場所に居たリイン達のところに駆け寄り、声を掛ける。
そのままリインと私は詠唱に入り、ザフィーラはそんな私達を守る様に前に立つ。
ザフィーラが展開した三角の魔法陣に白騎士が何度も衝突するが、威力は完璧に殺されて私達までは届かない。
盾の守護獣の名に恥じない護りに守られながら私とリインの詠唱が終わる。
「封時結界」
「闇に染まれ、デアボリック・エミッション」
私が自分達を含めて結界で囲み、その中でリインが閉鎖された空間内全体に広域殲滅魔法を放つ。
勿論、私達自身はザフィーラの護りによってダメージはない。
どんだけ速く動けても、逃げ場が無ければ避けられない。
射撃や砲撃と言った点や線の攻撃やない、空間全てを対象とした攻撃こそがあいつに通じる唯一の方法や。
白騎士は悲鳴も掻き消されて闇に飲みこまれた。
「どうや!?」
「やりましたね」
闇が姿を消した時、そこにはボロボロになった白騎士が立っていた。
乗っていたバイクは消え、髑髏の眼帯も何処かに飛んだのか何も無い眼窩を晒している。
倒せはしなかったみたいやけど、ダメージはバッチリ与えられた。
これならいけ──
「嗚呼アァァ亜アアぁぁアーーーーっ!!!!」
「な、何や!?」
「一体……?」
突然叫び出した白騎士に私達は戸惑いの声を上げる。
シュライバーは発狂したかのように只管頭を抱えて叫び声を上げている。
「あああーーー……………… 」
唐突に叫び声が止まる。
不気味な沈黙に冷や汗が流れた。
緊迫する空気はまるで嵐の前の静けさの様だった。
「
先ほどとは異なる詠唱、それは詞だけでなく何かが決定的に異なっていた。
「
先程の詠唱の不遜にして傲慢な空気は何処にもない、それはまるで懇願だった。
詠唱を止めるべきだったのに、雰囲気に呑まれて身動き1つ取れなかった。
「
詠唱が……終わる。
「
シュライバーの白い髪が一瞬にして伸び、右眼に空いた穴からゴプッという音と共に血や汚物が溢れ出す。
「Und ruhre mich nicht an──Und ruhre mich nicht an!」
狂乱状態で何かを叫びながら、シュライバーは本能でこちらに向かって攻撃を仕掛けてくる。
バイクも無いのにそれ以上の速さで突進してきた彼は、先程までは決して行わなかった肉弾攻撃を放つ。
素手だと言うのに、先程まで乗っていたバイク以上の衝撃で私達は3人バラバラに吹き飛ばされた。
シュライバーの腕もそのあまりの衝撃で弾けたが、彼は既に痛みなど感じる程の正気は残っておらず、一切意に介さず追撃に移る。
そして、吹っ飛んだ私の先回りをする時には既に先程弾けた右腕は元に戻っていた。
彼が殺した十万を超える人の命を再生燃料に、攻撃する度に回復しながら白い狂獣は縦横無尽に荒野を駆け巡る。
いや、縦横無尽どころではなかった。
あまりの速さに空気すらも蹴って、3次元の軌道で私達3人を打ちのめす。
私は為す術無くあちらこちらにピンボールの様に撥ね飛ばされて転がる。
あ~、やばいわ。
っつうか、優介君、話が違うで。
白騎士は防御力が無いから攻撃が当たれば倒せる言うたやんか。
実際には、逆鱗に触れたみたいやけどな。
死んだら化けて出るで。
彼方此方撥ね飛ばされて激痛を感じながらもどこか遠い世界を見ているような感覚で私は呟いた。
「Und ruhre mich nicht an──Und ruhre mich nicht an!」
相変わらず良く分からない言葉を叫んでいるシュライバー。
言葉は訳せないのに、何故か意味は理解出来てしまった。
誰にも触られたくないと言う渇望。
騎士団員の誰よりも強い力と誰よりも脆い心を持った哀れな狂獣は、圧倒的な速さで駆け巡る。
最早、手の着けようが無かった。
先程までよりも防御は脆く触れただけでも砕けてしまうほどだが、再生速度が速過ぎて致命傷にならない。
速度は更に上がっているし、そのスピードから繰り出される肉弾戦はバイクや銃弾以上の威力を纏っている。
「Und ruhre mich nicht an──Und ruhre mich nicht an!」
せめて、一瞬だけでも動きが止まれば……。
でも、こんな状態やと例え隙が出来ても何も出来ひん。
そう思っていると、唐突にシュライバーからの攻撃が止んだ。
いや、攻撃が止んだわけやない。
攻撃はまだ続いている……それが私に届かなくなっただけや。
顔を上げると、そこには私を覆う様に被さっているザフィーラとリインの姿があった。
「ザフィーラ!リイン! 何しとるんや!?」
「役目を……くっ……果たしております」
「隙が出来るまで……あぐっ……奴の攻撃は絶対に通しません」
そんな遣り取りをする間にも、ザフィーラやリインの身体には傷が増えていく。
「あかん! そんなことをしてももう……」
「諦め……ないで……下さい」
「耐えていれば……必ず隙が……」
そんな都合のいいことは起きない。
まどかちゃん達が応援に来れる状態とも思えんし、本局の艦隊が到着するにも時間が掛かる。
でも、そんな希望にでも縋らないとこの圧倒的な実力差から齎される絶望に心が死んでしまう。
お願いや神様、私の大切な家族を助けてや……。
「───────っ!?」
その時、奇跡が起こった。
突然、私達の居たこの空間を巨大なピンク色の光が貫通したんや。
それは偶然にも、白騎士の両足を跳ね飛ばしていた。
その砲撃よりも当然早く動けるシュライバーだが、「動ける」ということは「動く」とは別や。
早く動く能力は有していても、それを認識して避けることは本人が意識して行わなければならない。
完全に慮外からの攻撃に、彼は著しくその機動力を削がれた。
「リイン!」
「心得てます!」
「「ユニゾン・イン!」」
最大効果を発揮する為、ユニゾンを行う。
これで効くかどうかは博打や。
効けば私達の勝ち、効かなければ負けや。
「彼方より来たれ、やどりぎの枝!
銀月の槍となりて、撃ち貫け!
石化の槍、ミストルティン!!!」
両足を再生中のシュライバーは動けない。
幾ら早く動く能力でも実際に動いているのはその手足を使って動いてるんや。
だから、今の彼は攻撃をかわすことは出来ない。
スフィアから打ち出された七本の槍がシュライバーの全身に突き刺さる。
大半は何も起きないが、左脇腹に刺さった一本だけが辛うじて効果を発揮し、そこから石化していく。
「Und ruhre mich nicht an──Und ruhre mich nicht an! Und ruhre……」
叫び続けていたシュライバーだが、頭部まで石化してその声が唐突に止まった。
再生する様子は無い、ズタボロやけど私達の逆転勝利や。
「はぁ、しんど~……」
気が抜けてしまったんか、私はそのまま後ろにぶっ倒れた。
「主はやて……」
その時、いつになく力の無いザフィーラの声が聞こえてくる。
私は不思議に思って倒れたままの姿勢で声の聞こえた方向に首を向ける。
「申し訳……ございません」
「ザフィーラ!?」
尋常でない様子に慌てて身を起こすが、その私の目の前でザフィーラは足元から光になって消えていく。私は慌てて手を伸ばすが、彼の身体に触れることは出来なかった。
「ザフィーラ!!!」
唐突な家族の死に呆然として倒れ込もうとした私を、リインが無言のまま支えてくれた。
(後書き)
リインフォースとユニゾンしてもレベル判定的に確率はかなりギリギリでした。
ミストルティンも7分の6が無効化されています。
……この魔法、どう考えても非殺傷設定とか無理ですよね。