魔法少女と黄金の獣   作:クリフォト・バチカル

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推奨BGM:Einherjar Rubedo(dies irae)


66:焦熱世界・激痛の剣

【Side 高町なのは】

 

 優介君と共に転移魔法のスフィアに踏み出し、気が付いたらそこは広いホールの中だった。

 ホールの中央には、私達をこの場所へと連れてきた人が険しい顔で立っている。

 

 紅い髪を後ろで結び、顔に火傷を追っている軍服の女性。

 赤騎士エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ。

 

 10年前の闇の書事件の時に私達の前に姿を現し、当時エース・オブ・エースと呼ばれたフレイトライナー執務官を惨殺した人。

 根っからの軍人思想で一切の甘さを許さない苛烈な性格と、優介君達は言っていた。

 実際、こうして無言で向き合うだけでも威圧感を感じる。

 

「劣等の小僧共が2人か、私も舐められたものだ」

 

 虫けらを見る様な視線で、赤騎士は私達に向かって吐き捨てた。

 ムカッとした私は反射的に言葉を叫ぶ。

 

「劣等!? どうしてそんなこと言うんですか?」

「どうして、だと?

 我等が優秀な民族で貴様らが劣等種であることは明白な事実だ。

 そこに理由など無い」

「私達は劣等種なんかじゃない!

 差別は止めて下さい」

「差別などではない、区別だ。

 何故怒る? 貴様らが非魔導師を見下しているのと変わらんだろうに」

 

 その言葉に、私は一瞬言葉に詰まった。

 

「……私達はそんなことしてません!」

「言葉に窮したところを見ると、自覚はあるのだろう。

 それとも、非魔導師を冷遇するのではなく、魔導師を優遇しているだけとでも言うつもりか?

 優遇される者が居れば相対的に冷遇される者が出るのは当然だ」

「そ、それは……」

 

 確かに、管理局では魔導師ランクが高ければ高い程評価される。

 そういう事実は確かに存在している。

 

「魔導師が優遇されているのでなければ、士官学校を卒業したわけでもない小娘が尉官などあり得ん」

「わ、私はちゃんと陸士訓練校を卒業して……」

「どうせ即席コースで卒業という名目を付けただけだろうが。

 貴様に軍事の何たるかなど理解出来ている様には見えん。

 まぁ、それは貴様に限らず管理局員全てに言えることだがな」

 

 確かに、私やフェイトちゃんが訓練校に通ったのは3ヶ月だけ。

 高ランク魔導師は早く現場に出る様にって言われて、最短での卒業が始めから決まってた。

 軍事の何たるかなんて学んでは居ない。

 

 答えに窮している私を見て、優介君がフォローを入れてくれた。

 

「俺達はそもそも軍人じゃない。

 アンタの言ってることは的外れだ」

「ハッ、軍人でもない癖に侵略には加わって敵を倒すか。

 貴様ら、戦争を遊びと勘違いしている様だな」

「俺達は侵略なんてしていない!」

「そうです!

 私達は次元世界の平和を守る為に……!」

 

 私達は断固として主張するが、赤騎士は鼻で嗤ってそれを却下した。

 

「事実として、ハイドリヒ卿が治める我が国に対して愚かにも2度に渡って侵攻してきている。

 まぁ、皆殺しにしてやったがな」

 

 皆殺し……?

 そんな……そんなこと……。

 

「どうして! どうしてそんな酷い事が出来るんですか!?」

「酷いだと? 戦争で殺すことの何が酷いと言うのだ。

 それともまさか貴様ら、自分達が殺すのは良くても殺されるのは嫌だとでも言うつもりか?」

「私達は誰も殺したりなんかしない!」

「管理局は非殺傷設定を厳守している。

 例え相手が犯罪者だろうと、殺さないためだ」

「非殺傷設定か、なるほど。

 それでそれは──アルカンシェルとか言う兵器にも付いているのか?」

「……え?」

 

 唐突な質問に意味が分からずに戸惑う。

 赤騎士はそれに対して嘲笑いながら言葉を続けた。

 

「アルカンシェル、お前達管理局御自慢の兵器だよ。

 百数十キロに渡って反応消滅させる威力だそうだな。

 なかなかどうして大したものだよ。

 下手な小国なら一撃で消滅させることが出来るだろう。

 空間歪曲をどうやって非殺傷にするのか皆目見当が付かんが、誰も殺さないのなら当然あの兵器も非殺傷なのだろう?」

「そ、それは……」

 

 非殺傷設定は魔法の術式に組み込んで物理的な破壊力を魔力ダメージに変換するものだ。

 そもそも魔力を使用していても魔法ではないアルカンシェル等の兵器には当然ながら付けられない。

 

「だんまりか。

 いや、しかし貴様ら管理局の評価を改めるべきか。

 虫も殺せん臆病者だと思っていたが、数億単位で殺しながら気にも留めないのだからな」

 

 嘲笑うように告げられた皮肉に私は違うと言えなかった。

 アルカンシェルが過去どの様に使われてきたのか、私は知らない。

 少なくとも、10年前の闇の書事件以外で全く使われていないとは思えない。

 

「さて、無駄話はそろそろ終わりにするとしよう」

 

 黙り込んだ私達を見て、赤騎士は話を打ち切った。

 胸ポケットから紙煙草を取り出すと火を付けて名乗りを上げた。

 

「聖槍十三騎士団黒円卓第九位 大隊長 エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ=ザミエル・ツェンタウア。

 我が君より命を受けて推参。

 私の炎で格の違いと言うのを教えてやる。

 その薄汚い思想諸共蒸発して失せるがいい」

 

 赤騎士の威圧感が膨れ上がる。

 私と優介君はその威圧感に対抗するようデバイスを構えた。

 アルカンシェルに対する指摘は気になったけれど、今はそれどころじゃない。

 

「時空管理局機動六課高町なのは──」

「同じく松田優介──」

「管理局法違反で貴女を逮捕します!」「管理局法違反で貴女を逮捕する!」

 

 フンっと鼻で嗤った赤騎士の背後に魔法陣が浮かび上がる。

 あれは、フレイトライナー執務官を殺した時に使った砲撃か。

 

「いいのか、それをここで使っても?」

「何?」

 

 魔法陣が蠢きその内から何かが出てこようとする直前に、優介君が機先を制す様に指摘する。

 

「その砲撃、形成のドーラ列車砲、そして敵を飲み込むまで無限に広がり続ける爆心。

 どれを使っても、この『城』の被害は甚大だろう。

 ラインハルトに忠誠を誓うアンタにとって、それは拙いんじゃないか?」

 

 そう、彼女の力はどれを取っても広範囲高火力。

 基本的に屋内での使用に向いた能力ではないと言う話だ。

 特にこの『城』は彼女が忠誠を誓う主の居城、崩壊させるわけにもいかない以上、彼女は能力の殆どを制限される筈。

 

「……そう言えば、貴様は我々の力を知っているのだったな。

 だが、その知識はどこまでのものだ?

 例えば……そう、こんなのはどうだ」

 

 魔法陣からは砲撃ではなく、数百挺の銃口が突き出された。

 

「なっ!?」

「危ない!!」

 

 私は咄嗟に優介君の前に出て、プロテクションを張る。

 次の瞬間、空間から突き出された数百挺の銃口から銃弾がばら撒かれる。

 万を超える弾丸の雨が私と優介君に降り注いだ。

 

「ぐ……うぅ……」

 

 凄まじい量の攻撃に障壁が軋むが、魔力を振り絞って何とか維持する。

 攻撃が止んだ時には、私と優介君が居る場所のみを円状に残して、周囲は弾痕だらけとなっていた。

 

「すまない、なのは。

 助かった」

「ううん、間に合ってよかった。

 それにしても今のは一体……」

 

 赤騎士の攻撃は砲撃だけと聞いていたけれど、今のは何だったのか。

 彼らの使う聖遺物は1人1つが原則として聞いている。

 彼女の聖遺物はドーラ列車砲であって機関銃ではない筈だし、仮に機関銃であったとしてもあんなに沢山は出せない筈だ。

 

「一息着くにはまだ早いぞ。

 そら、次だ」

 

 魔法陣から今度は綿棒を大きくしたような棒状の物体が10本程突き出された。

 あれは……なんだろう?

 分からないけれど、彼女の言葉からすると攻撃の筈……。

 

「拙い! I am the bone of my sword……熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!」

 

 私は何だか分からなかったけれど、優介君は見て分かったらしく慌てて防壁を作り出した。

 

「Feuer!」

 

 赤騎士の号令と共に筒の先に付いた直径15cm程の物体が火花と共に飛び出して私達の方へと向かってくる。

 10個の物体はそのまま優介君の張った防壁へと衝突し、轟音を上げて爆発する。

 

「きゃあああぁぁぁぁーーーー!?」

 

 私は突然の爆発に驚いて悲鳴を上げてしまう。

 しかし、爆発は防壁に遮られて光と音以外は衝撃も破片も私の方には飛んで来なかった。

 

「機関銃に続いてロケット砲だって?

 一体どうなってるんだ、聖遺物は1人1つが原則な筈だ!」

「既に知っている様だが、私の聖遺物は80cm列車砲だ。

 全長47.3mの巨大兵器であり、その運用には支援要員も含めれば5000人以上を要した。

 つまるところ、それらの師団規模の兵装も含めて私の聖遺物の一部なのだよ」

「そんな……」

 

 つまり、列車砲を動かしていた兵隊の持っていた武器も使えるということ?

 それは5000人以上の兵隊と戦うのと同じってことじゃ……。

 

「矢張り貴様の知識は中途半端な様だな。

 確かに、『城』を必要以上に損傷させるのは私の望むところではないが、

 その程度で私を封殺したなどと思い上がりも甚だしい」

「く……」

「砲撃を封じれば勝てると思ったか?

 だとしたら、甘いにも程がある。

 そもそも、私の本領は大火力戦ではなく軍勢の統率だ」

 

 その言葉と共に、先程の10倍以上の銃口とロケット砲が魔法陣から姿を見せる。

 その光景に、私も優介君も真っ青になって硬直する。

 

「先程とは数が違う。

 障壁などで防げると思わん方が良いぞ」

「なのは、迎撃するぞ!

 投影、開始(トレース、オン)────工程完了(ロールアウト)全投影、待機(バレット クリア)

「分かった!

 アクセル・シューター!」

 

 防ぎ切れないと悟った私と優介君は可能な限り撃ち落とすべく手数重視の攻撃で迎撃を図った。

 優介君の周囲に無数の剣が虚空から出現する。

 私もカートリッジをロードして撃てる限界の数のスフィアを形成する。

 

「Feuer!」

「───停止解凍(フリーズアウト)全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)………………!!!」

「シュートッ!!!」

 

 1対2の射撃戦は同時に火蓋が切られた。

 こちらは2人だが、弾の数では圧倒的に負けている。

 しかし、優介君の追撃で数における不利は覆す事が出来た。

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 その詠唱と共に、優介君の撃ち出した剣が一斉に凄まじい爆発を起こしたのだ。

 撃ち出された機関銃の銃弾の大半がその爆風で吹き飛び、銃口もかなりの数が破壊された。

 私はロケット砲の方を優先してシューターを制御して当てていく。

 制御できる限界ぎりぎりの数だが、ここで迎撃に失敗したら私も優介君も死んでしまうから失敗は許されない。

 

 轟音が止んで辺りに静寂が戻る。

 対峙していた私達は最初の位置から何も変わらずに立っていた。

 迎撃に成功したのだ。

 しかし、かなりの魔力を使ったし精神的にもきつかった。

 肩で息をしている私や優介君と異なり、赤騎士の方は疲労も無く悠然と立っていた。

 

「ほう、中々やるではないか。

 感心したぞ」

 

 赤騎士が称賛の声を上げるが、その上から目線な褒め言葉に喜べるわけもない。

 

「同じ攻撃を何度か繰り返すか数を増やしてやれば押し切れそうだが、時間が掛かるな」

 

 その言葉に私と優介君はギクッとした。

 彼女の台詞は前半は正しいが後半は間違っている。

 先程の攻撃は防げたもののかなりギリギリで、同じことをもう一回やれと言われたら出来ないと思う。

 

「そう言えば、先程言っていたな。

 『敵を飲み込むまで無限に広がり続ける爆心』と」

 

 まさか、『城』の被害を無視して使うつもりだろうか。

 

「貴様らは知らん様だが、あんなものは戦争用の枷に過ぎん。

 私の真の創造は別に存在する」

 

 ……え?

 私は慌てて優介君の顔を見るが、彼は冷や汗を流しながら首を振って見せた。

 彼も知らない赤騎士の真の能力?

 

「枷を外してやろう。

 本来なら貴様らの様な半人前に見せる様なものではないが、2人合わせて一人前と見做してやる。

 光栄に思うがいい、これを知るのは極僅かだ」

 

 

 彼ほど真実に誓いを守った者はなく(Echter als schwur keiner Eide;)

 彼ほど誠実に契約を守った者もなく(treuer als er hielt keiner Verträge;)

 彼ほど純粋に人を愛した者はいない(lautrer als er liebte kein andrer:)

 

 だが彼ほど総ての誓いと総ての契約(und doch, alle Eide, alle Vertäge,) 総ての愛を裏切った者もまたいない(die treueste Liebe trog keiner er)

 汝ら それが理解できるか(wibt, wie das ward?)

 

 我を焦がすこの炎が(Das Feuer, das mich verbrennt,) 総ての穢れと総ての不浄を祓い清める(rein’ge vom Fluche den Ring!)

 祓いを及ぼし 穢れを流し(Ihr in der Flut löset ihn auf,) 溶かし解放して尊きものへ(und lauter bewahrt das lichte Gold,) 至高の黄金として輝かせよう(das euch zum Unheil geraubt)

 

 すでに神々の黄昏は始まったゆえに(Denn der Gotter Ende dämmertnun auf.)

 我はこの荘厳なるヴァルハラを(So-werf ich den Brand in Walhalls)燃やし尽くす者となる(prangende Burg.)

 

 

 

 創造(Briah──)

 焦熱世界・激痛の剣(Muspellzheimr Lævateinn)

 

 

 その瞬間、世界が煉獄へと変わった。

 

 全身に感じる熱気と前方に見える焔、周囲は黒い壁に覆われている。

 酸素が薄く、呼吸が酷く苦しい。

 

「これは……!?」

 

 優介君は何か心当たりがあるみたいだけど、どうやらそれを確認している余裕はないみたい。

 前方に見えていた焔が近付いてきている。

 このままいけば遠からず私達はあの焔に焼かれることになる。

 

 周囲を囲う円状の……いや、筒状の壁。

 遠くから進んでくる焔。

 ここはまさか……

 

「──砲身の中?」

「そうだ、絶対に逃げられぬとはこういうことだ。逃げ場など最初から何処にも存在しないモノをいう。

 勝負ありだ。最早どうにもならん」

 

 ここが砲身の中なら、と思って背後を見るが望んだものは存在しなかった。

 砲口から出られるかと思ったけど、そこまで甘くは無いみたいだ。

 

 彼女は砲身の奥側に立っていて、焔は彼女の背の方から進んできている。

 このままいけば私達よりも早く焔に包まれるが、自爆技……と言うわけではないのだろう。

 ここは彼女の創った世界、彼女は焼かれても死ぬことはないのだろう。

 しかし、私達は助からない。

 あの焔の熱量は焼かれて焼死どころではなく、蒸発するレベルのものだ。

 どうすれば……どうすればいいの?

 

「なのは! 俺が時間を稼ぐから、最大の攻撃で彼女を倒してくれ」

「優介君!? 時間を稼ぐって……どうやって!」

 

 私の質問には答えず、彼は私を庇う様に前に立つ。

 彼の得意とする障壁も、あの焔の前では無力だろう。

 一体どうやって……と考える思考を打ち切って、私はカートリッジをフルロードする。

 

「レイジングハート! ブラスター3!!」

 

 どうするつもりなのかは分からないけれど、彼が時間を稼ぐと言ったのだから私はそれを信じる。

 自分に出来る最大の攻撃のため、ブラスターモードを最大展開し周囲の魔力の収束を開始する。

 幸い、周囲には飽和する程の莫大な魔力素がばら撒かれている、収束砲撃を撃つ為には最高の状態だ。

 目の前の赤騎士の力も、この居城の主である彼らの首領の魔力も、ここに散らばっている。

 

 

 I am the bone of my sword.(身体は剣で出来ている)

 

 Steel is my body, and fire is my blood.(血潮は鉄で 心は硝子)

 

 I have created over a thousand blades.(幾度の戦場を越えてなお 不敗)

 

 Unknown to Death.(ただ一度の敗走もなく)

 

 Nor known to Life.(ただの一度も理解はされない)

 

 Have withstood pain to create many weapons.(その男は一人剣の丘で勝利に酔う)

 

 Yet, those hands will never hold anything.(故にその生涯に意味はなく)

 

 So as I pray, unlimited blade works.(その身体はきっと無限の剣で出来ていた)

 

 

 かつての闇の書事件において、暴走するリインフォースと戦った時にも見た優介君の切り札。

 詠唱の完了と共に彼の足元から炎が走り、世界が塗り替わる。

 

 私が立っていた場所は一瞬の内に砲身の中から剣が墓標の様に立ち並ぶ荒野へと変わった。

 優介君の立つ場所から向こうは先程まで居た砲身が見えており、赤騎士が半ば焔に飲まれた状態で驚愕を露わにしている。

 

「馬鹿な!?

 覇道型の創造……私の世界を塗り潰しただと!」

 

 勝負を覆した優介君だけど、その表情は険しい。

 見ると、彼の足元から伸びた炎が少しずつ押し返され、押し退けられた場所が砲身の中へと戻っていく。

 

「成程、世界同士の潰し合いか。

 良かろう、押し潰してくれる」

「ぐ……うぅ……」

 

 既に焔に包まれて見えなくなった赤騎士の言葉と共に、優介君の世界に対する侵略が加速した。

 侵略してくるのは既に砲身ではなく焔となっている。

 まずい、このままだと焔に飲み込まれるのは時間の問題だ。

 優介君も赤騎士も既に他の攻撃手段を持たず、ただ世界の潰し合いを続けている。

 状況を変えられるのは、私だけだ。

 

「早く! 早く集まって!!」

 

 一刻も早く収束を完了させ、赤騎士を倒さなければならない。

 焦りが膨れ上がるが、魔力の収束は終わらない。

 

「ぐああああぁぁぁ───っ!」

「優介君!?」

 

 焔が優介君を飲み込み始めた。

 苦悶の悲鳴を上げる彼に駆け寄りたいけれど、それをしてしまったら2人とも焼かれて死ぬ。

 今は自分の役目を全力で果たすしか出来ない。

 唇を噛んで自制し、魔力の収束を続ける──終わった!!

 

 しかし、その瞬間優介君は完全に焔に飲み込まれ、彼の世界は砕け散った。

 焔の広がりが加速し、後ろに居た私をあっと言う間に飲み込もうとする。

 後2秒……後2秒早ければ撃てるのに、焔はその前に私を焼き尽くす。

 ダメだ……間に合わない。

 

「──っな!? ハイドリヒ卿!?」

 

 私が諦めかけた瞬間、赤騎士の驚愕の叫びと共に焔が一瞬止まった。

 何が起こったのか分からないけれど……これは最後のチャンスだ。

 

「スターライト───」

「ハッ!? し、しまっ──」

 

 レイジングハートを赤騎士の居るであろう場所へ向ける私に赤騎士は気付いたのか焔の侵攻が再開される……が遅い!

 

「ブレーカーーーーーーーっ!!!!」

 

 過去最大級の威力を持った全力全開の砲撃が焔を貫いて真っ直ぐに飛んでいく。

 

「─────────っ!!!!!」

 

 轟音で聞こえなかったが、赤騎士の声が聞こえた様な気がした。

 次の瞬間、焔も周囲にあった筈の砲身も砕け散り周囲は最初に居たホールに戻った。

 焔に包まれた状態からいきなり戻った事で視界が完全に回復しないが、何度か瞬きをしているうちに元に戻る。

 

「優介君!!!」

 

 すぐ傍に倒れている彼の姿に慌てて駆け寄るが、彼は既に虫の息だった。

 

「こんな……ひどい!」

 

 全身に大火傷を負って、呼吸は既に止まり掛けている。

 助からない……そう、一目で分かってしまった。

 それでも諦められず、得意ではない治癒魔法を必死で掛ける。

 

「なの……は……」

「優介君!? しっかり、しっかりして!」

「無事……か?」

 

 こんな状態でも自分の事よりも私の事を心配してくれる彼に、涙が溢れる。

 

「無事だよ、優介君のおかげで!

 それよりも、優介君の方が……」

「……俺はも……う助から……ないことは……分かっ……てる」

「そんな、そんなこと言わないでよ!」

「……焔に焼か……れる最……後か皮肉……だな」

 

 優介君はそう呟くと、何故か満足そうな顔のまま目を閉じた。

 

「優介……君……」

 

 私は彼の頭を膝に乗せてただ涙を流した。

 

「フン、死んだか」

「な……まだ!?」

 

 正面から聞こえてきた声に慌てて顔を向けると、そこにはボロボロになった赤騎士が立っていた。

 慌てて私は優介君の頭を膝に乗せたまま、レイジングハートを構える。

 

「案ずるな、こちらの敗北だ。

 最早戦う力は残っておらん、一度『城』に融けて出直す方が早い」

 

 苦笑しながら煙草を取り出して火を付ける赤騎士。

 彼女は足元から光となって融けていく。

 

「気を取られ不覚を取ったが……『城』を見る限りはどうやらハイドリヒ卿は御無事の様だ。

 ハイドリヒ卿……御身の勝利を……ジーク……ハイル……」

 

 その言葉と共に赤騎士は消え、後には煙草の残り香だけが残っていた。




(後書き)
 松田優介、退場。
 冬木の大火災で誰も助けられずに炎の中1人生き残り罪悪感を抱えた彼の死に様は「誰かを護りながら炎に焼かれて死ぬ」こと。
 この結果は12話の時点で決めていました。

 それにしても、エレ姐さんの台詞は何故か自然と思い浮かんで書き易い……。

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