クラナガン近郊の拓けた土地において、4人の男女が対峙していた。
遠くに見える上空には聖王のゆりかごが浮上し、その周囲では無数のガジェットに対して広域魔法が放たれていた。
見える場所ではないが、スカリエッティのアジトにも機動六課の面々が突入し戦闘に入っている。
各地で戦闘が繰り広げられる中、切り離された様にこの場は静寂に満ちている。
主戦場とは離れた場所での人知れぬ場面ではあるが、今この時こそがこの世界の行く末を決める分水嶺でもあった。
対峙する4人の男女はいずれも『ラグナロク』の参加者。
セイバー、高町まどか
アーチャー、松田優介
バーサーカー、リジェ・オペル
アサシン、セアト・ホンダ
「逃げずに来ましたか」
「余計な連れも居ないみたいだな」
待ち受けていた2人が話し掛ける。
それに対して、まどかと優介の2人は僅かに顔を険しくする。
「貴女が脅してきたんでしょうが」
「他のみんなは今別件で忙しいんでね」
別件、それはスカリエッティのアジトへの突入とゆりかごに対する対処の事を指す。
それに対して、リジェはふと思い出したように疑問を口にする。
「別件と言えば……機動六課の襲撃は防いだ筈なのに、何故ゆりかごが起動しているんですか?」
「それは私達が知りたいわ」
「……まぁ別に今はどうでもいいですね」
そこまで興味は無かったのか、リジェはあっけなく矛先を収めた。
「ところで、戦う前に1つ提案があるんだけど……休戦して同盟を結ぶわけにはいかないかしら?」
唐突にまどかが行った提案に、リジェもセアトも怪訝そうな表情を浮かべる。
「正気ですか?
『ラグナロク』のルール上、3人以上の同盟なんて成立し得ません」
「ああ、生き残ることが出来るのは最大でも2人までだからな」
『ラグナロク』では優勝者は1人、報酬を諦めたとしても生き残れるのは2人。
3人以上の同盟は最終的に破綻することが確定しており、そんな状態での同盟など心からの信頼など置ける筈も無い。
「確かに、恒久的な同盟は無理ね。
でも、強力な第三の敵に対抗する為に一時的に同盟を結ぶことは出来る筈よ」
「第三の敵?
スカリエッティではないですよね……他の転生者ですか?」
「ええ、廃棄区画の地下水道で貴女も一度会ってる筈よね。
彼ら……聖槍十三騎士団に」
「あの黒い軍服の女性ですか。
確かにそれなりに強かったですが……彼ら?
彼女だけでなく他にも居ると言うことですか?」
「ええ、彼女を含めて同格以上の相手が13人。
そして、恐らく背後に居るのはランサーのカードを選んだ転生者よ」
ヴィヴィオを保護した際に地下水道に姿を現した聖槍十三騎士団の1人、櫻井螢=レオンハルト・アウグスト。
彼女があそこで姿を現した以上、介入の時は刻一刻と近付いてきている。
「成程、確かに脅威ですね。
もっと早く知っていれば同盟を結ぶ余地はあったかも知れませんが……」
「ここまで来たら無理だな」
そう言い放つと、リジェとセアトの2人は戦闘態勢を取る。
一度ハッキリと敵対してしまった以上、この状態で同盟を結んだところで背後を気にしてまともに動けない……その意味ではデメリットが大き過ぎて同盟を結ぶ余地は無くなってしまっている。
その様子を見て、まどかと優介も諦めた様にデバイスを構えた。
【Side 松田優介】
「ムーンライト、フルドライブ!」
≪Saucer Mode≫
開口一番でムーンライトを円盤に変形させ、その上に飛び乗る。
一気に上空に飛び上がったと同時に、さっきまで立っていた場所に黒いバリアジャケットを纏った青年が飛び込んできた。
「チッ、空に逃げたか」
舌打ちする彼を見下ろしながら、俺は魔術回路を起動させる。
「
宝具を次々に投影し、地上に立つ彼に向かって放つ。
セアトは自身に向かって飛んでくる宝具を交わしたり手に持ったナイフで切り払うが、その勢いは明らかに以前対峙した時よりも鈍い。
彼の動きは七夜の体術だと推測しているが、飛行手段の無い世界での武術や体術は頭上からの攻撃を想定して作られては居ない。
暗殺術をベースにした七夜の体術でも、頭上から攻撃することは想定していても攻撃されることは考えられてはいないのだ。
故に、これが前回の戦いから考えた対セアトの対策だ。
本来は無限の剣製を使用する為のソーサーモードだが、彼の持つ直死の魔眼を考えると固有結界の展開は寧ろ弱点を差し出すことにしかならない。
直死の魔眼で心象風景を殺されたらどうなるか、想像したくもない。
故に、ソーサーモードはあくまで飛行と回避が目的。
デバイスを攻撃に使用出来ない為、攻撃は投影魔術による遠距離攻撃だ。
「やり辛いな」
しびれを切らしたのか、セアトは一度後ろに下がると上空へと飛び上がった。
あれはこの世界の飛行魔法か、魔力は普通にあるからこの世界に転生してから憶えたのだろう。
飛べない相手ならラクだったのだが仕方ない、この可能性は想定していた。
「I am the bone of my sword……
「疾っ!」
ジグザグに飛行しながら突っ込んできたセアトに対して、熾天覆う七つの円環を展開する。
セアトはピンクの花弁状の盾に対して、手に持ったナイフを突き出す。
熾天覆う七つの円環は一瞬で消されてしまう。
投擲武器に対しては無類の強度を持つ熾天覆う七つの円環だが、概念上直接攻撃にはそこまで強くない。
とは言え、一撃で破壊出来る様なものでもない筈なのだが、おそらく直死の魔眼で『点』を突かれたのだろう。
「
干将・莫耶を投影し、切り結ぶ。
時折、直死の魔眼で『点』や『線』を攻撃されたのか、干将・莫耶が切り裂かれたり消滅したりするが、その度に投影し直す。
「く、キリが無いな!」
セアトが僅かに焦りを浮かべる。
暗殺術を主体とする彼にとっては持久戦は自身の戦闘スタイルの対極に位置するものだろう。
とは言え、こちらとしても投影魔術を使用し続けているため消耗は大きい。
このまま持久戦に持ち込んだとしても、勝負は五分が良いところだろう。
決断すると、俺は手に持っていた干将・莫耶をセアトに向かって……投げた。
「なにっ!?」
突然の行動に、セアトは大きく仰け反って投げられた双剣を回避する。
その間に俺はムーンライトを一気に後方に逃げる様に飛ばす。
「な……待て!」
体勢を崩したセアトだが、すぐに持ち直すと逃げる俺を追い掛ける様に飛行する。
「I am the bone of my sword.」
俺は追い掛けてくるセアトを、いや全てを意識の外に置き、自身の裡にある剣を取り出すことに集中する。
想像し創造するのは、彼女が抜いた選定の剣。
かつて夢の中で見た黄金の輝き。
手の内にその感触を感じると同時に、俺はムーンライトを方向転換させる。
「な!?」
追い掛けてきたセアトは、俺の持つ剣に気付いたのか慌てて停まって回避しようとする。
が、遅い。
俺は手に持った黄金の剣を右下から逆袈裟に切り上げる。
「
黄金の光が回避しようとしていたセアトを飲み込む。
体術で回避出来ない範囲攻撃、直死の魔眼で止められない物体以外の攻撃、対セアトの戦術の2段目だ。
「────────っ!!!」
何かを叫んでいた様だが、俺の耳には届かなかった。
光が止んだ時、セアトは意識を失いゆっくりと地面へと墜ちていった。
【Side 高町まどか】
「さて、こちらも始めましょう。
済みませんが、私は手加減も容赦もする気もありません。
いきなり奥の手を使わせて貰います」
リジェはそう言い放つと、凄まじい魔力を放ち始める。
「
詠唱を聞いて、私は真っ青になる。
何とか止めようと射撃魔法を放つが、彼女から放出され始めた電撃に掻き消されてしまう。
「
雷系の最大呪文、千の雷。
対軍用の広範囲魔法は私向かって放たれることは無く、リジェの手元に凝縮され球状の雷の塊となる。
「
触れれば吹き飛ばされそうな雷球を、躊躇うこと無く握り潰すリジェ。
矢張り、使えたのか。
想定の範囲内とは言え、目の前の光景の半端ではない迫力に戦慄する。
「
千の雷を闇の魔法で取り込んだ、術式兵装・雷天大壮。
警戒し、ライジングソウルを双剣にして構える私の前で、リジェが……消えた。
「え? ───────っ!!」
相手が消えたことで驚いた次の瞬間、左頬に強烈な打撃を受けて私は吹き飛ばされた。
一瞬で10メートル程も飛ばされるが、何とか体勢を整えようとして。
「く……ぐほぉ!?」
今度は腹部に攻撃を受けて地面に叩き付けられた。
体を雷化して秒速150kmで移動する雷速瞬動、情報として事前に知っていても、目の前でやられると全く対応出来ない。
地面に叩き付けられた私は咄嗟に横に転がる。
無様な格好だけど、そんなことを気にしている余裕は無かった。
私が転がった次の瞬間、先程まで居た場所が吹き飛んで小規模なクレーターが出来る。
「わ、分かっていたけど速過ぎる!
こんなの……うぐっ!?」
何とか立ち上がった私だが、次の瞬間に後頭部を強打されて顔面から地面に落ちる。
さっき言ってたけれど、本当に手加減も容赦も無い。
後頭部への打撃で意識が飛びそうになるのを必死に抑える。
ここで気絶したら為す術なく殺されてしまうだろう。
顔面を地面に叩き付けられたせいで口の中は砂だらけだし、鼻から出血してしまっている。
しかし、そんな私に微塵も容赦せず、リジェは蹴り飛ばす。
「ぐ!?」
右に左に、次々と攻撃を受けて翻弄される。
「ぎゃ!」
顔も手足も胴も、あちこちを殴られ蹴られて血と痣だらけになっていく。
「うぅ……」
バリアジャケットは千切れて防具としての役割も衣服としての役割も果たさなくなってしまう。
「………………」
とうとう私は悲鳴を上げることも出来なくなり、ボールの様にただ吹き飛ばされては叩き付けられるようになってしまった。
地面に叩き付けられても何とか立ち上がるが、立っているのが精一杯で最早歩くことすら出来そうにない。
「まだ立ち上がれるとは、大したものですね。
ですが、貴女に勝ち目なんて一欠けらもありませんよ」
「……………………………………」
「もう話す気力もありませんか、それではそろそろトドメです」
遠くの方で聞こえる声に、私は何とか意識を集中して指示を飛ばす。
サンドバッグみたいに一方的にボコボコにされる中で何とか手放さずに握り続けていたデバイス、ライジングソウルに。
デバイスの格納領域に予め入れておいた4メートル四方もある黒いシートが私の前方に広がる。
「!?」
トドメを指す為に真っ向から向かってきたリジェはその黒いシートにぶつかって勢いのまま全身をシートに包まれる。
「これは……?」
「絶縁体の分厚いゴム製シートよ。
雷天大壮は雷の特性が発生するから絶縁体を通り抜けることは出来ない」
口の中の血と砂を吐き出して、黒いシートに包まれたままのリジェの質問に答える。
しかし、黒いシートで見えない中からは長い溜息が聞こえてきた。
「くだらない」
一言切り捨てる様な言葉と共に、リジェは新たな詠唱を行う。
「ラス・テル マ・スキル マギステル
黒いシートの上から下に線が走り左右に割れていく。
「雷天大壮を解除すればこんなものはすぐに切り裂けます」
切り裂かれたシートから、右腕に魔力で作り出した巨大な剣を纏わせたリジェが姿を見せる。
「でしょうね」
「!? ぎゃっ!」
姿を見せた彼女に、私は一瞬で近付くと右腕に持ったライジングソウルを袈裟切りに振り下ろした。
リジェは反応出来ずに薙ぎ払われ、地面へと叩き付けられる。
私はそれを見届けることもせずに、追撃の為にライジングソウルをシューティングモードに移行させる。
「い、今の速さは!?」
戸惑いながら何とか立ち上がるリジェに対して、私は一瞬で魔力を収束すると自身の持つ最強の魔法を放つ。
「昇れ曙の光!サンライト・ブレイカ─!!!!」
「そ、そんな早過ぎ───っ!!!」
驚愕の言葉も途中で途切れ、リジェは私が放った桃色の極光に飲み込まれた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
あちこち痛む身体を引き摺りながら、私は仰向けに倒れたリジェへと近付いていく。
私が近付くまでの間に彼女は意識を取り戻していたが、立ち上がることが出来ない様で視線だけをこちらに向けていた。
「……私の負けですか」
「ええ、そうね。
あちらの方も決着が着いたみたい、優介の勝ちでね」
偶然ではあるものの、そう遠くない場所にもう1人の転生者……セアトが倒れ伏していた。
あちらは意識も無くしているらしく、ピクリとも動かない。
状況を確認する余裕など無かったので顛末は不明だが、見た感じでは優介が勝ったのだと考えていいだろう。
「1つだけ教えて下さい。
私を斬ったあの攻撃、それと最後の砲撃は何ですか?」
倒れたまま問い掛けてくるリジェ。
恐らくは私の放った斬撃の速さ、そして収束砲撃を放つまでの時間の異常な短さを聞きたいのだろう。
「私の転生特典は『御神の剣士の力』よ」
「……成程、あれが神速ですか。
収束砲撃の収束の速さは?」
「神速って言うのは極限の集中力で余計な感覚を削ぎ落して潜在能力を発揮するのよ。
本来は歩法だけど、強引に応用すれば魔法にも適用出来るわ」
「呆れた無茶をしますね。
リンカーコアはそのままなのに無理矢理高速で動かすなんて、罅が入りますよ」
言葉通り呆れた様に溜息を付くリジェに対して、私は苦笑する。
彼女の言う通り、さっきのは後が無い自爆技に近い。
それ以前に受けた攻撃でボロボロになっているため分かり難いが、神速で右足の靱帯が断裂しているし、リンカーコアもかなり痛む。
「まぁ、負けた私がどうこう言うことでもありませんね。
さぁ、さっさとトドメを刺して下さい」
諦観と共にそう口にするリジェに、私は強張る。
そう、これは殺し合いだ。
『ラグナロク』の勝者となるには、敵である転生者は殺さなくてはならない。
管理局は基本的に殺人を否定しており、使用する魔法は非殺傷設定が原則。捕えた重犯罪者も死刑になることはなく、重くても封印刑となる。
当然、私はこれまでに人を殺したことはない。
助けを求める様に優介に視線を向けるが、彼は私と視線を合わせようとはしなかった。
しかし、彼の目には私と異なり迷いはない。
「……どうしたんですか?
もしかしてボコボコにされた腹いせに嬲りものにしたいとかですか?
まぁ、敗者である以上は甘んじて受け入れるしかないですが」
一向に動こうとしない私に、リジェが怪訝そうに問い掛けてくる。
内容はかなり酷いが……。
「やれやれ、手間を掛けさせてくれる。
そんな言葉と共に、炎が降り注いだ。
倒れ伏していたリジェとセアトが降り注いだ炎に包まれる。
「きゃああぁぁぁぁーーーーっ!!!」
「ぐあああぁぁぁぁーーーーっ!!!」
私と優介は反射的に跳び下がるが、全身に傷を負って靱帯も断裂している私はまともに着地出来ずに、尻餅をついてしまう。
「敵を殺す覚悟すらないとは呆れ果てたものだ。
ハイドリヒ卿の懸念された通りだったな」
そんな言葉と共に姿を現したのは、10年前に闇の書事件で姿を見せた時と変わらない半人半魔の赤騎士だった。
「貴女は!?」
「お前……っ!」
何とか立ち上がり、デバイスを構える。
走ることも出来そうに無い為、シューティングモードのままだ。
優介もムーンライトをダブルソードモードにし、構えている。
「案ずるな、今ここで貴様らと戦うつもりはない。
私はただ、勝者がトドメを躊躇うなら代わりに刺してこいと命を受けただけだ。
貴様が敵を殺す度胸が無いのを私が代わりにやってやったのだ、感謝しても良いのだぞ」
「ふざけないで!」
「ふざけてなどおらんさ。
実際、貴様は自分の手を汚さずに殺すことが出来て、安堵しているのだろう?」
彼女の言葉が胸に突き刺さる。
それは私が心の何処かで思っていたことだった。
人を殺すのは厭だ、でも死にたく無ければ殺さなければならない。
誰かに変わって欲しい……そんな風に思わなかったと言えば嘘になる。
「用も済んだことだし私は帰るとしよう。
心配しなくても、すぐに相見えることになる。
その時を楽しみにしているがいい」
「ま、待ちなさい!」
「ま、待て!!!」
制止しようとする私と優介を尻目に、赤騎士は姿を消した。
(後書き)
予選終了です。
微妙に死なせるのが惜しくなりつつあった2人ですが、ここでまとめて退場。
「神速」が魔法に適用出来るか否か。
集中力による潜在能力の発揮だから可能だと思いますが、最早「神速」とは別の何かになっている気もします。
それでも雷天大壮の速度には対処出来ない為、一度解除させてからの不意討ちに。
近くに海があれば別の作戦も採れたんですが……。