魔法少女と黄金の獣   作:クリフォト・バチカル

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推奨BGM:Letzte Bataillon(dies irae)


05:聖槍十三騎士団

 突如帝制への移行を宣言したガレア帝国であるが、その民はさほど混乱を起こすことは無かった。

 名目上は国家体制の改変とは言え、支配者は元々王位を継ぐことが予定されていたラインハルトであり、それ以外の国家運営も現時点では大幅な変更はない。

 税にしても増税等は行われておらず、むしろ多くの封建貴族が粛清され皇帝直轄領となることで、本来定められた税率以上に搾取されていた者達にとっては、実質的な減税とも言えた。

 民からすれば、何ら変わらない。むしろ生活がラクになったものも多く、歓迎していた。

 

 一方、重臣や貴族達にとっては急激な中央集権化・専制化は望むべきところではなかったが、継承の儀に臨席し恐怖を目の当たりにした者たちにとっては新帝に逆らうことなど考えるべくもないことであった。その場に居なかった者達は反 旗を翻す者も居たが、瞬く間に粛清されることになる。

 地方貴族や反旗を翻した者達の粛清に携わったのは新帝ラインハルト・ハイドリヒが即位直後に組織した直轄部隊、聖槍十三騎士団だった。

 出自も経歴も不明な、突如現れたとしか思えないその者らは、黒衣の軍服を纏い文字通りの一騎当千として皇帝の命令を忠実に遂行し、屍山血河を築き上げた。

 如何なる攻撃もその身を傷付けることは無く、逆にその腕の一振りで人体を軽く引き千切る、人間とは思えぬその力に戦場は恐慌状態となった。

 王位簒奪を狙ったエーリヒに同調していた者達が平定されるまでに掛かった時間は僅かに1カ月程であった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 黒円卓の間、ガレアの王城の地下に新たに設けられたその部屋はその名に相応しく部屋の半ば以上を漆黒の円卓が占めていた。

 円卓に用意された椅子は13、それぞれの椅子の後には通路と扉が設けられている。

 聖槍十三騎士団の再臨から1ヶ月、粛清のためガレア帝国の各地へと散っていた騎士団員がその任を終え集結していた。

 

 Ⅰの椅子の後にある扉が開き、ラインハルトが姿を見せる。

 

「総員、起立!」

 

 Ⅸの椅子に座っていた赤騎士エレオノーレが号令を掛けると、座していた者達が一斉に起立し主の来場を迎える。

 ラインハルトはそのままⅠの椅子へと足を進め、腰を下ろすと片肘を付く。

 

「ご苦労、掛けるがいい」

 

 主の許しを得て、騎士団員達が着席する。

 

 

 ラインハルトは黒円卓に座す騎士団員達を左から右へと見渡していく。

 転生者の能力として視認した対象の名とレベルを見ることが出来るため、改めて各員のレベルを確認する。

 

 Ⅱの席にはトバルカイン。レベルは42。

 聖槍十三騎士団の象徴でもある聖槍ロンギヌス、そのレプリカである「黒円卓の聖槍」に魂を吸われた意志なき死体。

 バビロンに使役される存在ではあるが、幹部を除けば騎士団員の中でも最強クラスの強さを誇る。

 

 Ⅲの席にはヴァレリア・トリファ=クリストフ・ローエングリーン。レベルは14。

 ラインハルトが永劫回帰の果てへ旅立った際に抜け殻となった肉体を下賜し、留守を任せた首領代行。

 なのだが、現在の彼は魂から具現化した状態であり、本来の神父の姿となっている。

 

「……ん?」

 

 ラインハルトはふと疑問の声を上げる。

 妙にレベルが低いことに気付いたためだ。

 

「クリストフ、卿は今どのような状態になっている?」

「どのような状態と仰いますと?」

「聖餐杯を返上し聖遺物がない状態で、エイヴィヒカイトの恩恵も無いのではないか?」

「あ……」

 

 クリストフは今になって気付いたのか絶句する。

 

「まぁ、それについては考えがある。早い内に対処するとしよう」

 

 

 

 Ⅳの席にはヴィルヘルム・エーレンブルグ=カズィクル・ベイ。レベルは39。

 白髪白貌の吸血鬼。

 獰猛な笑みを浮かべ、次なる殺戮を望んでいる。

 

 

 Ⅴの席には……

 

「あの~、ハイドリヒ卿? 私達、どうすれば宜しいでしょうか?」

 

 Ⅴの席は空いており、その左右に少女が立っている。

 左に立つのはベアトリス・ヴァルトルート・フォン・キルヒアイゼン=ヴァルキュリア。レベルは37。

 右に立つのは櫻井螢=レオンハルト・アウグスト。レベルが34。

 本来黒円卓の第五位はベアトリスの地位だが、極東での儀式の前に命を落としたために空席を埋めるためにクリストフが選んだのが櫻井螢。

 結局、魂がトバルカインの内に保管されていたためにベアトリスはこうしてラインハルトの爪牙として存在しているが、そのせいで第五位の人員が重複してしまう事態になっている。

 

「そう言えば、第五位は2人いたな……。

 まぁ、予備ということで良かろう。

 取り合えず、今はイザークの席を借りておけ」

「jawohl!」

 

 ベアトリスは敬礼すると、螢にⅤの席を譲り自らは席の後ろを通ってⅥの席に腰を下ろす。

 イザークの席を借りるのであれば、逆の選択はあり得ない。

 櫻井螢はイザークから英雄の資格無しと見做されているため、螢がその席に座ることをイザークは決して許容しないであろう。

 

 

 Ⅵの席にはたった今ベアトリスが座ったが、本来は空席である。

 第六位はイザーク=ゾーネンキントの予約席だが、イザークは『城』の核たる存在故に『城』以外の場所では顕現出来ない。

 

 

 Ⅶの席にはゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン。レベルは50。

 黒円卓の幹部である3人の大隊長の1人にして、五色の一角である黒化の枠を埋める黒騎士。

 文字通りの鋼の肉体を持つ寡黙な男だ。

 

「カールとの決着後に解放する筈が、直後に転生が始まってしまったせいでそのまま連れてきてしまったか。

 マキナとは改めて話をしなくてはなるまい。

 今の彼が何を望むか……あの世界のヴァルハラでなければ意味がないかも知れんしな」

 

 

 Ⅷの席にはルサルカ・シュヴェーゲリン=マレウス・マレフィカルム。レベルは36。

 その容貌は幼いが、黒円卓の中でも副首領を除けば最年長に当たる。

 無邪気な態度に反して、狡猾で拷問好きという凶悪な一面を持つ。

 

 

 Ⅸの席にはエレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ=ザミエル・ツェンタウア。レベルは51。

 ベルリッヒンゲンと並ぶ大隊長の1人にして、赤化の枠を埋める赤騎士。

 半身に火傷を負いながらも鋭い美貌は些かも失われていない。

 厳格にして苛烈な性格で、ラインハルトへの忠義において彼女の右に出るものはない。

 

 

 Ⅹの席にはロート・シュピーネ。レベルは29。

 優生学を重んじたドイツ帝国に起源を有する黒円卓は容姿も優れた者が占めているが、彼は正直美形とは程遠い。

 爬虫類を思わせる造形もさることながら、その身から滲み出る卑屈さがそれを増幅させている。

 現に今も黒円卓の席に付きながらも過剰に怯え、ラインハルトやメルクリウス、大隊長達の幹部とは決して目を合わせようとしない。

 まぁ、双首領や大隊長が現世に還って来ない様に画策し粛清された身としては寧ろ当然ともいえる。

 

「……と言うか、何故居る?」

 

 ラインハルトは思わず呟く。

 英雄の資格無しと断じた筈だが、まだ席に居るシュピーネに内心で首を傾げる。

 思えば、カールとの決戦においても居たか。

 

 まぁ、こうして存在している以上、もう一度チャンスをくれてやっても良いだろう。

 それにシュピーネの得意分野は戦闘ではなく諜報。

 やがて来る『ラグナロク』においては何かの役に立つかも知れない。

 

 シュピーネは相も変わらず怯えている。

 

 

 XIの席にはリザ・ブレンナー=バビロン・マグダレナ。レベルは26。

 泣き黒子が目を惹く妖艶な女性。

 黒円卓の中では比較的穏やかな性格であり、クリストフが首領代行を務めていた際にはその補佐役としていた。

 尤も、他の面々がそういった役目にそぐわない者達ばかりというだけかも知れないが。

 

 

 XⅡの席にはウォルフガング・シュライバー=フローズヴィトニル。レベルは52。

 3人の大隊長の最後の1人であり、白化の枠を埋める白騎士。

 一見すると少女と見紛う幼い少年だが、その性格は凶悪極まる。

 殺しにおいて他の追随を許さぬ殺人狂、黒円卓の面々は須らく殺人者ではあるが、その中でも最も多くの人間を直接その手に掛けている。

 

 

 そして、最後のXⅢの席にはカール・エルンスト・クラフト=メルクリウス。レベルは984。

 黒円卓の副首領にして生みの親、数多の名を持つ影絵の男。

 ラインハルトにとって唯一無二の友であるその男の正体はかつての世界において『座』に在った水銀の端末。

 ラインハルトに敗北して取り込まれたとはいえ、その力は何一つ衰えてはいない。

 

 

 

 一通り騎士団員達を見渡すと、ラインハルトは話を始めた。

 

「さて……先ずは任務ご苦労であった」

 

 

 

 

【side ルサルカ】

 

 黒円卓の間に座り、左前に座すハイドリヒ卿の言葉に耳を傾ける。

 今の私はハイドリヒ卿の一部であり、形成によって魂から肉体を具現化させている状態だ。

 以前の私はハイドリヒ卿に喰われることを忌避していたが、いざ成ってみると案外悪くない。

 ハイドリヒ卿の一部とは言え意志は独立しており、彼がそう望まない限りは自由意志を阻害されることもない。

 更にはハイドリヒ卿が滅びない限り永遠の命を約束されていると言っていい。

 

「さて……先ずは任務ご苦労であった」

 

 ハイドリヒ卿の言葉に、この一ヶ月の間就いていた任務を思い返す。

 任務は粛清、帝位に就いたハイドリヒ卿に対する不穏分子である地方貴族達を一族や私兵諸共に虐殺すること。

 粛清自体はドイツ帝国時代にも何度も行っていたから目新しいものではないが、規模が違った。

 この一月で私達聖槍十三騎士団が殺害した人数はおよそ20万、全員が参加したわけでもないため一人頭およそ2~3万。

 この数字は私が前の世界で60年掛けた殺害数の約3分の1に当たる。

 一月で行われたことを考えれば驚異的な数字と言って良いだろう。

 ベイやシュライバーも嬉々として殺し回っていたし、私としても個人的な趣向にも合っていて不満は無かったが。

 

 しかし、この世界の存在は驚嘆に値する。

 私がこの世界において意識を取り戻したのは1ヶ月前。

 記憶にある姿よりも少し若返ったハイドリヒ卿により、この世界に顕現させられた。

 一応、その際に記憶を付与されているらしく大まかな事情については把握しているつもりだ。

 

 曰く、ハイドリヒ卿は別の世界からの転生者であったらしい。

 曰く、ハイドリヒ卿を転生させた外なる神は転生者同士の殺し合いを望んでいるらしい。

 曰く、その戦場に選ばれたのが私が今居る世界で、ハイドリヒ卿の知るアニメの世界を元にしているらしい。

 

 ハイドリヒ卿を超える存在とか想像出来ないとか、ハイドリヒ卿と敵対することになる他の転生者が哀れでならないとか、アニメを観賞しているハイドリヒ卿とかシュール過ぎて逆に笑えないとか色々思うことはあるが、藪蛇になりかねないので口に出すことは止めておくことにした。

 思えば、黒円卓の黎明の刻に抱いた何故あのような存在がこの世界に居るのかという思いは全く以って正しかった。ハイドリヒ卿もメルクリウスも、人の眼に触れる場所に居ること自体が異常な存在だ。

 

「これからの事に関してだが、既に大まかな事情は把握している前提として具体的な面について説明しよう。

 この世界の正史において舞台となる事件が開始されるまで、我らの当面の目標はこの国をより強大にすること。

 事件は我らの知る地球において起こるためいずれはそちらに介入するつもりだが、それは数百年は先の話。

 また、いずれ起こる『ラグナロク』に備え、虚数空間内への『城』の永久展開を行う。

 その為にはスワスチカの構築が必要だ」

 

 スワスチカ、それは黄金練成の練成陣でありゾーネンキントの疑似流出における媒介である。

 鉤十字の形を描くように点在している八つの箇所において、一定の質・量の魂を捧げられることで開かれる。

 生贄を捧げる方法は単純に殺すことでも可能だが、闘争によって為される方が良質になる。

 国を強大にする、そしてスワスチカを開く。

 それらは詰まる所、周辺国家に片っ端から喧嘩を売り殺戮の限りを尽くすと言うことを意味する。

 その言葉を聞いて殺人狂2人が凶悪な笑みを浮かべているのを横目で確認する。

 

「それともう1つ、卿らにはこの世界に存在する『魔法』を身に付けてもらう」

 

 そう、この世界に来て驚いたもう1つが『魔法』という存在だ。

 私は元々黒円卓への加入以前から『魔導』に踏み込んでいたが、私の知る『魔導』とこの世界の『魔法』はかなり事情を異にする。

 粛清の際にも『魔法』を使う騎士を自称する者達を見掛けたが、デバイスと言う機械を用いて一定の式によって結果を表出させるそれは、私が見る限り神秘の類と言うよりは魔力を動力源としているものの科学の要素がとても強い。

 

 ふと気付くと、私の前に3センチ程の鉤十字の形をしたペンダントが置かれていた。

 周りを見渡すと、他の騎士団員達の前にも同じものが置かれている。

 

「このベルカ文明においては武器型のアームドデバイスの方が主流であるが、卿らは既に武器として聖遺物を持っているためストレージ型とした。

 形態変化の機能は組み込んでいない。銘は外装そのままではあるが『ハーケンクロイツ』。

 騎士甲冑は卿らが今纏っている聖槍十三騎士団の制服。

 格納空間もそれなりのスペースを備えている。

 他にも射撃、砲撃、防御、拘束、結界、飛行、転移、強化、回復と思い当たる魔法を全て登録済だ。

 まぁ、全てを習得せよとは言わんが、最低でも飛行と転移は覚えておけ」

 

 その言葉に少し震えながらそのデバイスを手に取る。

 ハイドリヒ卿は簡単に言ったが、用意されたデバイスはおそらく現時点で考え得る最上の品なのだろう。

 思わぬ下賜に少し興奮が湧くが、隣で歓喜のあまり滂沱の涙を流しているエレオノーレを見て気分が冷めてしまう。

 て言うか、かなり引いた。

 

「この世界の人間はリンカーコアという器官を持ち、それにより世界に満ちた魔力素を取り込み魔力に変換する。

 この世界の人間として転生した私と異なり卿らはリンカーコアを持たんが、要は魔力が使用出来れば良い。

 聖遺物があれば魔法は使えるだろう」

 

 確かに、聖遺物の持つ魔力で魔法の運用は出来る。

 でも、私はメルクリウスを除けば黒円卓で唯一エイヴィヒカイトを知る前から魔導に足を踏み入れていた。

 私なら、聖遺物を使うまでもなく魔法を使用出来る筈だ。

 創造と魔導の合成こそ私のスタイル。

 ならばこの世界の魔法も習得し組み合わせ、私の渇望をより高みへと届かせて見せる。

 

「1月後、隣国に宣戦布告を行う。

 卿ら、それまでに戦支度を整えておけ」

 

 

 

【side ラインハルト】

 

 騎士団員達への命を下し、玉座の間へと戻る。

 それぞれ魔法を習得するべく散って行ったが、カールだけは私と共に玉座の間へと着いてきた。

 玉座に腰掛ける私の横にカールが佇む。

 

「さて、カール。 卿には聞きたいことと頼みたいことがある」

「何かな、獣殿」

 

 お互いに向き合うこともなく、視線も合わせずに会話を始める。

 

「まずは聞きたいことだが、卿、この世界の『座』がどのような状態か分かるか」

 

 この世界に来るに当たって最大の懸念事項であったこと。

 前の世界の『座』と同じ仕組みがこの世界に存在するのか、存在するのであれば現在は誰がそこに居るか。

 

「獣殿も感じておられると思うが、前の世界の『座』に相当する空間の存在を私は確かに感じている。

 複数の世界を内包するこの世界においても同じような場が存在することは間違いない。

 しかし、先任者が居るのであれば今この時、何の反応も示さないのは不自然と言えよう。

 貴方や私の様な世界を踏み抜きかねない規格外の魂が現れれば放ってはおけぬ筈。

 よって、私の結論としては『座』というシステムはあるが空席というものだ。

 先任者が居ない以上、流出を行えば容易く書き換えが出来るだろう」

 

 『座』の状態については概ね同感だ。

 この世界で流出が行えるのは私とカールだけだろうから、当面空席のままにしておいても問題ない。

 

「彼奴らの介入を避けるため私は当分流出を行うつもりはないが、卿がやるか?」

「いや、やめておこう。それでは元の木阿弥だ」

「まぁ、それが賢明だろう。

 ところで、『座』が空席の場合に死した魂はどうなる?」

「生憎私も初めての経験ゆえ推測の域を出ないのだがね。

 魂と言うのは移ろい易いもの、『座』による干渉が無ければ肉体から解き放たれた途端に霧散するでしょう。

 そして霧散した魂のエネルギーはやがて寄り集まり新たな魂が生み出され、肉体に宿る」

「成程な、それが本来の自然な循環か」

 

 輪廻転生と異なり、一度霧散した魂は新たに生み出されるそれとは完全に別物と見るべきだろう。

 『座』のエゴによって左右されない、魂が本来辿る自然なサイクル。

 霧散した魂から新たに魂が生み出されるまで、相当な時間が掛かることだろう。

 

「それと、先程言った頼みたいことだが2つある。

 クリストフの肉体への移し替えとスワスチカの候補地選定から基盤の構築だ」

 

 クリストフは本来の肉体から抜け殻となった私の身体に魂を移し替え、私の肉体を聖遺物としてエイヴィヒカイトを行使していた。

 しかし、現在のクリストフは肉体から抜け出した魂のまま形成によって具現化している。

 他の騎士団員達は魂に紐付く形で聖遺物を有しているが、クリストフのみは例外となる。

 現在のクリストフは聖遺物もなく、エイヴィヒカイトも使えぬ状態だ。

 

「スワスチカの件は良いとして、クリストフの肉体はどうするおつもりかな。

 以前は魂を蓄えるための旅路に不要だった肉体を下げ渡しましたが、

 今の貴方には永劫回帰の彼方で魂を蓄える必要などありますまい。

 そもそも、この世界では魂の回帰自体が起こるか分からぬことであるし」

 

 回帰させていたのは卿だろうに。

 そんなことを思うが、目の前のこの男はそんなことは承知の上で言っているので敢えて言及しない。

 

「無論、そのような非効率なことをするつもりはない。

 今更それを行ったところで、魂の総量からすれば微々たるものにしかならなかろう。

 クリストフの肉体については、私の遺伝子からクローンを作って使用させるつもりだ。

 この世界は一見元の世界の中世に近く見えるが、一部の技術については20世紀の地球を凌いでいる。

 魂を持たない複製としてではあるが、クローンの生成技術が確立されていることは確認済だ。

 無論、クローンの肉体では物質的には兎も角、霊的な強度など存在しないであろうが、

 なに、器さえ耐え得るのであれば魂は流し込んでしまえば良かろう」

「なるほど、試す価値はありそうだ。

 複製とは言え獣殿の肉体、霊的な要素は複製されなくとも複数の魂を収める器としては最適だろう。

 流石に今の獣殿の内包する魂の総量は複製では耐えられんだろうが、数百万程度であれば十分可能な筈。

 かつての聖餐杯と同等に持っていくことが出来るかも知れないな。

 了承した。肉体の準備が整えば、魂の移し替えは私が執り行おう」

「ああ、頼む」

 

 返事を返すと、カールはそのまま入口へと歩いていく。

 入口に辿り着くと衛兵によって大扉が開かれるが、その際に扉の向こうに居る人影に気付く。

 茶色の髪を腰まで伸ばした少女、この世界での妹に当たるイクスヴェリアがそこに居た。

 王制から帝制に移行し、私が皇帝になったことにより、イクスヴェリアも王女から皇女へと身分が変っている。

 玉座の間を訪れようとしていた様だが、心の準備が整う前に開いてしまった扉に硬直している。

 

「おや? これはこれは皇女殿下、ご機嫌麗しく。

 陛下にご用事ですかな」

「え、ええ……」

 

 カールがにこやかに話しかけるが、ボロボロの外套を羽織った胡散臭い影絵の様な男に、イクスヴェリアはどう答えていいか分からず、曖昧な返事を返す。

 

「ご兄妹同士、色々と話すこともありましょう。

 それでは、邪魔者はこれにて退散させて頂きますよ」

 

 そう言うと去っていくカール。

 イクスヴェリアはしばらくその後ろ姿を見送っていたが、カールが角を曲がって見えなくなった辺りで振り返ると部屋に入り玉座の方へと歩いてくる。

 階段の下まで来ると跪き、頭を垂れる。

 

「兄……いえ、陛下。ご機嫌麗しく」

 

 一瞬、兄と呼ぼうとして言い直す。

 帝位に就いたため、これまで通りの呼び方ではいけないと気付いたのだろう。

 

「頭を上げよ。

 それと、公式の場と言うわけでもない。今まで通りの呼び方で構わんよ、イクス」

 

 そう言うと、ホッと安堵した表情で頭を上げるイクスヴェリア。

 

「あの、その、兄様……お聞きしたいことがあるのですが……」

 

 躊躇いながらも話出すイクスヴェリアの姿にこの少女をどう扱うか考える。

 この世界での妹に当たるとはいえ、肉親としての情は感じていない。

 父が死んでも叔父を殺しても特段感じ得ることはなかった。

 とは言え、懐いてくるものを撥ね退ける気も起きない。

 求められれば与える、元より私はそのような性質だ。

 

「あの者達、兄様が任じられた聖槍十三騎士団と言う者達は何者ですか?」

 

 イクスヴェリアは継承の儀でザミエルが顕現するところを見ている。

 薄々はあの者達がどのような存在か察しているのだろう。

 

「卿も見ていただろう、槍に封じられていた私の爪牙達だ。

 そもそも、あの聖槍は王位の証などではなく、私の本来の力を封じた半身。

 この世界に誕生したその時から封じられていた私の力と爪牙が、聖槍との再契約によって復活した。

 つまるところ、そういうことだ」

 

 真実をそのまま話したところで理解出来ないであろうから、嘘ではないが曖昧な答えを返しておく。

 

「あの槍が兄様の半身?

 兄様は……兄様は何者なのですか?」

 

 まぁ、当然の疑問だろう。

 しかし、何処まで話したものか。

 

「聖槍十三騎士団第一位首領にしてガレア帝国皇帝、では不服か?」

 

 納得の行く答えではないだろうが、イクスヴェリアは俯きしばらく黙るとこちらを真っ直ぐに見据えてくる。

 

「……分かりました。最後にもう1つだけ教えて下さい。

 兄様、これからこの国で何を為さるおつもりなのですか?」

 

 イクスヴェリアが戦争を忌避する性格であることは分かっている。

 この問いへの答えで訣別が訪れるかも知れんが、私は他の答えを持たない。

 

「私は総てを愛している。それが何者であれ差別はなく平等に。

 私の愛は破壊である。ゆえにそれしか知らぬし、それしか出来ん。そしてそれこそ我が覇道なり。

 全て壊す。天国も地獄も神も悪魔も、森羅万象、三千大千世界の悉くを」

 

 真っ直ぐとこちらを見据えるイクスヴェリアにこちらも真っ直ぐとその碧眼を見据える。

 

「それで、卿はどうするのだ。イクス……いや、イクスヴェリア・ハイドリヒよ。

 私に反旗を翻すというならそれも良かろう」

 

 そう言ってやると、一瞬泣きそうな顔をして俯く。

 しばらく黙りこくっていたイクスヴェリアだが、やがてぽつりと言葉を言葉を漏らす。

 

「私は……」

「ん?」

「私は、戦争は嫌いです」

 

 まぁ、予想通りの答えと言えよう。

 それを以って訣別の宣言と見做し、会談を打ち切ろうとするが。

 

「でも……」

 

 続いた言葉に気を惹かれ、向き直る。

 

「でも!それでも私は兄様が好きだから!

 兄様とずっと一緒に居たいです!」

 

 涙を流しながらも再び私を見据え、叫ぶイクスヴェリア。

 その内容に、少々の意外さを感じた。

 懐かれていると言う自覚はあったが、思っていたそれよりも強い感情であったようだ。

 

「私と共に歩むと?

 戦争が嫌いなのだろう?

 私の楽土は鉄風雷火の三千世界、私と共に来るということは即ちそこが卿の道になるということだ」

 

 反駁するが、イクスヴェリアは涙を袖で拭いキッパリと宣言する。

 

「それでも、です」

「物好きだな。まぁ良かろう、好きにするがいい。

 力が欲しいなら、それも与えよう」

「はい!」

 

 求められれば与える、元より私はそのような性質。

 私と共に来たいと言うのであれば、否はない。

 黒円卓の席に空席は無いが、番外を設けても問題は無い。

 聖遺物も用意せねばならんな。




(後書き)
レベル設定は魔導師ランクとの関係で下記のイメージで考えております。
  A  :15
  AA :20
  AAA:25
  S  :30
  SS :35
  SSS:40
  EX :50
なお、レベルが倍=強さが倍ではありません。

50でEXなら3桁の水銀は何か? バグです。

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