魔法少女と黄金の獣   作:クリフォト・バチカル

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推奨BGM:たいせつなこと(nanoha)


38:はり裂けそうな心 【本編】

【Side 高町まどか】

 

 P・T事件や闇の書事件から約2年。

 私達は小学5年生として学校に通う傍ら、管理局の嘱託魔導師として働く2重生活を送っている。

 それは私だけでなくなのはもフェイトもはやても、後は優介も同様だ。

 

 しかし、5人の中で飛び抜けて任務への参加が多い者が1人居る……なのはだ。

 思えば2つの事件から2年後のこの時期、正史ではなのはの撃墜事件があったのがこの頃の筈だ。

 あの事件は体調を考慮せずに働き詰めだったなのはが蓄積された疲労により普段通りの動きが出来なかったことが原因だ。

 同じ轍を踏まない様に何度も口を酸っぱくして任務を減らす様に諌めてきたのだが、なのはは何故か聞く耳を持たない。

 今日も学校を早退して任務に向かおうとするなのはを慌てて追い掛けて学校の昇降口で呼び止める。

 

「なのは、ちょっと待ちなさい!」

「なに、お姉ちゃん? 任務に行かなきゃいけないから、用があるなら早くして」

「その任務のことよ。何度も言ってるけど、貴女のスケジュールは無茶だわ!

 今日の任務は私が代わるから、貴女は休みなさい」

「私が受けた任務なんだから、お姉ちゃんには関係ないでしょ」

 

 そう言い捨てて、踵を返し外へと向かうなのは。

 私は咄嗟に引き止めようと、なのはの肩へと手を伸ばす。

 

「待ちなさいって言って……」

 

 パンッ!と音を立てて、伸ばした私の手がはたかれる。

 

「……え?」

「うるさい!」

 

 起こったことが受け入れられず、思わず呆然としてしまう

 叩かれた私の手の甲は真っ赤に染まり、後から熱を帯びた痛みが滲むように湧いてきた。

 

「え……あ……な、なのは……?」

「お姉ちゃんはいつもいつも……っ!」

 

 憎悪すら籠った眼で睨み付けられ、私は思わず怯んでしまう。

 私が何も言い返さずに居ると、なのはは再び踵を返して走り去る。

 私は、何も出来ずにただ呆然とその背を見ていた。

 

 

 

 放課後、どうしてもなのはの様子が気になって、本局へと向かう。

 リンディ提督が左遷されてしまったため、私達とやりとりをする相手は彼女の友人であるレティ・ロウラン提督になっている。

 

「え? なのはさんが行った任務?」

「はい、ちょっと様子がおかしかったのでどうしても気になって。

 今から合流出来ませんか?」

「合流と言っても、そろそろ任務も終わるころよ?」

「そうですか……。ちなみに、どんな任務か聞いても良いですか?」

「あまり詳しいことは話せないけど、無人世界での捜査任務ね。

 ヴィータさんや他の武装隊員と一緒に行って貰ってるわ」

 

 レティ提督の言葉に、私は顔から血の気が引くのを感じた。

 

 異世界での捜査任務、ヴィータや武装隊員と一緒。

 どちらも正史でなのはが墜ちた事件と符合する。

 

「そ、その世界。もしかして気候は冬ですか?」

 

 信じたくない気持ちのまま、レティ提督に確認する。

 手が震えるのを必死に抑え込む。

 

「え? ええ、その筈よ……ちょ、ちょっと!? まどかさん!?」

 

 それを聞いた瞬間、私は部屋を飛び出し転送装置へと走った。

 背後でレティ提督が戸惑いながら叫んでいるが、それに頓着して居る余裕は私には無かった。

 

 

 走りながら通信で頼み込んでなのはの居る世界への転送の許可を貰う。

 レティ提督は事情を説明するように言っていたが、生憎と未来知識などと答えるわけにはいかない。

 混乱した頭では上手い言い訳も思い付かず、ただただ愚直に頼み込むことしか出来なかった。

 レティ提督は根負けしたのか、なのはの行った任務への協力要員として処理してくれることになった。

 

 転送された先は文字通りの雪国だった。

 バリアジャケットで大分緩和されているが、それでもかなりの寒さだ。

 もしもバリアジャケットが無かった凍死してもおかしくないレベルだ。

 しかし、今の私には寒さに震えている暇はない。

 

「ライジングソウル!なのはの居場所を、レイジングハートの位置を特定して!」

≪All right,My master. ………………She is 10 kilometers to the north.≫

 

 10km……遠いがカートリッジを用いて全力で飛行魔法を使えば数分で行ける距離だ。

 

「カートリッジ、ロード! 飛ばすわよ!」

≪……Yes,My master.≫

 

 無茶な指示に不服そうなライジングソウルだが、事情が事情だけに何も言わずに飲んでくれた。

 そうして飛行魔法で飛ぶこと4~5分、前方に特徴的な白いバリアジャケットが見えて来た……なのはだ。

 近くにはヴィータや武装隊員も居る。

 ガジェットらしき機械と戦闘しているが、まだ無事の様だ。

 

「間に合った!」

 

 安堵に溜息を付く私だったが、次の瞬間に凍り付いた。

 なのはは私に身体の左側を向ける形で宙に浮遊しているが、その背後の空間がブレた。

 あの反応は空間転移ではない。

 スゥッと色が付きその場に現れた姿を見て、私は硬直を無理矢理に捩じ伏せて全力で飛び出す。

 

「ライジングソウル、カートリッジフルロード!」

 

 全てのカートリッジをロードし、出せる最高速でなのはに向かって飛ぶ。

 

「避けなさい、なのは!」

 

 口には出したものの、彼女が私の言葉に反応するよりも私がそこまで行く方が早い。

 しかし、私の眼の前で姿を現した機械は鋭角な多脚の一本を振り被り、なのはへと突き出す。

 抱き抱えて避けるのは間に合いそうにない。

 私に出来るのは凶器が当たる直前のなのはを突き飛ばすことだけだった。

 

「きゃあ!?」

 

 全く反応出来てなかったなのはが突然の衝撃に悲鳴を上げるが、私はそれ以上の衝撃に見舞われていた。

 ずぶりという音を立てて、機械兵器の脚が私の腹部に突き刺さる。

 バリアジャケットをあっさりと貫通した脚は私を串刺しにしてそのまま背中側へと抜けた。

 刺された腹部からは痛みよりも熱さを感じた。

 

「か……は……っ!」

 

 押し出される様に、口元から血の塊を吐き出す。

 ああ、これ……致命傷だ。

 マズッたな、こんなところで死ぬつもりなかったのに。

 ホント世界は「こんなことじゃなかった」ことばっかりだ。

 それとも、転生時に主人公の家族になれば『ラグナロク』でも味方が増えて生き残れるかも、なんてあくどい事を考えた罰だろうか。

 利用するつもりだったのに情が移って、結果そのせいで死ぬんだから、私って……。

 

「私って……ほんとバカ」

 

 腹部から脚が引き抜かれ、私はその衝撃で意識を失った。

 

 

 

【Side 高町なのは】

 

「避けなさい、なのは!」

 

 突然聞こえて来た聞き覚えのある、しかしここには居ない筈の声に驚愕する。

 声は私の2人居るお姉ちゃんの内の1人、まどかお姉ちゃんのものだ。

 昔、お父さんが事故で大怪我を負って入院してしまった時、家族のみんなが忙しくて構ってくれなかった時にただ1人だけ私と一緒に居てくれたお姉ちゃん。

 私は家族の中でお姉ちゃんが一番好きで……そして一番嫌いだった。

 

 お姉ちゃんと言いつつも、私達は双子であり歳も身長も全く同じだ。

 外見だけであれば、どちらが姉でどちらが妹かなど分からないだろう。

 でも、外見が一緒でもお姉ちゃんと私は全然違う。

 

 お姉ちゃんは私と違って運動音痴じゃない。

 お姉ちゃんは私と違ってアリサちゃんと同じかそれ以上に頭が良くて、テストは毎回満点を取っている。

 お姉ちゃんは私と違って優介君とすごく仲が良い。

 

 魔法のことを知った時も、私自身の才能を見付けられたととても嬉しかったけれど、お姉ちゃんはあっさりとレイジングハートを私に譲った。

 ……まるで自分は色々なものを持っているから要らないお下がりはあげる、と言うみたいに。

 暫くして自分のデバイスを管理局に作って貰ったお姉ちゃんは、射撃や砲撃しか出来ない私と違って、近距離から遠距離までなんでもこなす万能さを見せ付けた。

 

 同じ日に同じ様に生まれて来た筈なのに、与えられたものは全部一緒の筈なのに、私と全然違う。

 お姉ちゃんは全てを持っていて、私は余りものばかり。

 

 最近、私が管理局の仕事をするのにお姉ちゃんは文句を付けてきていた。

 私はそれに反発して、逆に可能な限り任務を受ける様にしていた。

 誰かの役に立つことで、お姉ちゃんの余りものじゃなくて自分自身の価値を見付けたかった。

 今日も任務に出掛ける前に文句を言われて、ついカッとなって叩いて怒鳴ってしまった。

 真っ赤に腫れたお姉ちゃんの手を見て罪悪感が沸いたが、逃げるように出てきてしまった。

 

 そんな悪い子の私にばちが当たったのか、捜査任務の帰りに正体不明の機械兵器に襲われた。

 普段であれば何て事の無い相手だったけど、何故かすぐに息切れしてしまい私は宙で息を整えていた。

 お姉ちゃんの声が聞こえたのはそんな時だ。

 

「きゃあ!?」

 

 振り向いて反応するよりも早く、左肩の当たりに物凄い衝撃が当たって私は数メートル程吹き飛ばされ何とか態勢を整える。

 

「な、何なの!?」

 

 態勢を整えた私は振り返り、自分を突き飛ばしたであろうものを見る。

 ……が、そこにあったものを私は何だかすぐには認識出来なかった。

 蜘蛛の様な機械の脚が一本伸び、そこに何かが突き刺さっている。

 最初は何かのオブジェの様に見えていたが、少しずつ認識が追い付いてくる。

 私と同じ栗色の髪、蒼いドレスの上から甲冑を付けた様なバリアジャケット、レイジングハートの姉妹機である杖型デバイス。

 

「お、お姉……ちゃん……?」

 

 返事はない。

 機械兵器の脚に刺されて、ぐったりと力無くぶら下がっているお姉ちゃん。

 機械兵器はお姉ちゃんをぶら下げている脚を振るうと、お姉ちゃんを振り落とした。

 お姉ちゃんは放物線を描く様に、私の方へと飛んでくる。

 私は反射的に抱き止めるが、掌に温かい何かを感じて腕でお姉ちゃんを支えながら掌を見る。

 それはお姉ちゃんの血で真っ赤に染まっていた。

 

「い、いやあああああぁぁぁぁぁ!?」

 

 漸く事態を完全に把握し、目の前が真っ暗になった様な錯覚に陥る。

 

 なんで? どうして!?

 どうしてお姉ちゃんがこの世界にいて血塗れになってるの!?

 

 

 ……ホントは分かってる、私のせいだ。

 無茶する私を心配して助けに来てくれたんだ。

 あんな風に突き放したのに、来てくれたんだ。

 お姉ちゃんが庇ってくれなかったら、ここで血塗れになってるのは私だった。

 私が言うことを聞かないで無茶したせいで、お姉ちゃんが血塗れになってる。

 私が悪い子だから、お姉ちゃんが死にかけてる。

 私が……

 私が……

 わたしが……

 ワタシガ……

 

 

 

 気が付いた時、私は本局の手術室の前に居た。

 目の前の扉には手術中の赤いランプが点灯している。

 まるで夢の中の様に記憶が飛んでいて、どこをどうやってここまで来たのか分からない。

 

「なのは!」

「なのはちゃん!」

「…………………………………………」

 

 呼び掛けられて振り返ると、フェイトちゃんにはやてちゃんに優介君が小走りに走って来ていた。

 いつもなら嬉しく思うけれど、今は顔を見られたくない。

 思わず俯いて下を見る私に、3人は戸惑っているようだった。

 

「まどかはどうなんだ?」

 

 優介君に問い掛けられ、私は首を振る。

 

「まだ、分かんない」

「……そうか」

 

 私達は無言になって、手術室の扉を眺める。

 

 

 数十分後、フッと手術中のランプが消えた。

 緊張に思わず息を飲む。

 固唾を飲んで見詰める中、ドアが開いて手術着を着たお医者さんが出て来た。

 お姉ちゃんが助かったのか、聞きたかったけど怖くて声が出なかった。

 

「取り合えず、一命は取り留めました」

 

 マスクを外しながら告げられたその言葉が理解出来るまで数秒掛かったが、思わず安堵に溜息を付いた。

 ホッとしたら涙が出てきて止まらなくなってしまった。

 隣ではフェイトちゃんが気が抜けたのか座り込んでいる。

 

「?」

 

 しかし、助かった事を告げた割には、お医者さんの顔は緊張したまま強張っている。

 

「詳細について説明したいのですが、ご両親はまだ来られていないのですか」

「あ、彼女は管理外世界の出身なので……連絡はして貰っているんですがここに来るまでにはまだ時間が掛かると思います」

「そうですか……」

「あ、あの……私が聞いちゃダメですか?」

「貴女は……ご姉妹ですか。

 分かりました、ご家族であればよいでしょう。

 それではこちらに来て下さい」

 

 地球であれば子供の私に教えてくれないだろうけど、ここは管理局だから無碍にはされなかった。

 私はフェイトちゃん達と別れてお医者さんの後について別室へと入る。

 

「まず、最初にお伝えしておきますが高町まどかさんは一命を取り留めたものの、無事ではありません」

「そんなっ!?」

「彼女は腹部を太い刃状の凶器で刺され、出血多量と呼吸停止に陥りました。

 幸いにして応急手当が適切だったために息を吹き返しましたが、呼吸停止により脳に酸素が行かず障害を負ってしまったと思われます」

 

 お医者さんの不穏な言葉にじわじわと恐怖が湧いてくる。

 

「そ、それで……お姉ちゃんはどうなったんですか?」

 

 聞きたくない気持ちと絶対聴かなければいけないと言う思いで綯交ぜになりながら質問する。

 

「植物状態です。今後目覚めるかどうかは分かりません。

 しかし、諦めないで下さい。

 同じ様な状態から快復した患者さんも居ます」

 

 最初の一言で、目の前が真っ暗になった。

 植物状態。

 ドラマとかでしか聞いたことのない単語が頭の中をぐるぐると回る。

 お医者様が後半何か言っていたが全く耳に入らなかった。

 そしてそのまま、私は意識を失った。




(後書き)
「孤独の」コンプレックスはありません。
 しかし、コンプレックスがないわけでもありません。
 依存はしつつも、何処かでそれと相反するような複雑な気持ち……。

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