【中盤】崩れゆく世界(nanoha)
【後半】やすらぎ(nanoha)
【Side 高町まどか】
私となのは、優介とクロノの4人は転送で時の庭園へと乗り込んでいた。
走りながら、先程のサーチャー越しに行われた会話を思い出す。
フェイトの心を砕くプレシアの拒絶、正史で知る内容そのままだったと言うのに思い出しても気分が悪くなる。
彼女にとって必要なことだと思って止めなかったことを、今では後悔している。
思えば、私はこの世界に転生して9年も経ちながら、未だにこの世界のことを現実と受け止められて居なかったのかも知れない。
アニメの1シーンとして物事を捉え、それがどういうことなのかを実感出来ていなかった。
正門の前に辿り着くと、十体を超える傀儡兵が待ち受けていた。
「クロノ君、この子たちって……?」
「近くの相手を攻撃するだけのただの機械だよ」
「そっか、なら安心だ」
なのはの疑問にクロノが答える。
中に人が乗っていないと知って、遠慮は無用とレイジングハートを構える。
しかし、それをクロノが手で制して前に出ようとする。
「この程度の相手に無駄弾は必要無いよ」
「え?」
そもそもなのはは先程までフェイトと戦って魔力をかなり消費している。
多少時間が経って回復しては居るだろうが、万全には程遠い。
だから魔力を温存させるために代わりに前に出るつもりだろうが……。
「魔力の温存なら貴方も下がってた方がいいわ、クロノ」
「どういうことだ?」
クロノを止めて、優介と前に出る。
バリアジャケットを維持したままデバイスは待機モードに戻し、優介が投影で造った童子切安綱を両手に構える。
そう左右の手に1本ずつ。
御神流は小太刀二刀流であるため、優介に安綱を改造して貰いサイズを小太刀と同じくらいにして二本用意して貰ったのだ。
既に原型を止めておらず、これを安綱と呼んでいいものか疑問な代物だけど。
隣の優介はアーチャーの聖骸布を模したバリアジャケットに、いつもの如く干将と莫耶を構えている。
「私達なら魔力消費は最小限で戦えるわ」
「陸戦で接近戦なら得意分野だしな、任せてくれ」
「……分かったよ」
私達の言葉が正しいと感じたのか、クロノは引き下がる。
「さ、行くわよ!」
「ああ!」
優介の返事と共に、私達は同時に前へと駆け出した。
相手の傀儡兵も数体が此方に向けて槍を突き出しながら疾走し始めた。
私は前に突き出された槍先を右手に持った安綱で切り落とし、そのまま相手の左側面へと走り込む。
傀儡兵は槍を振り回すが、切り落とされている為に私には届かない。
そうして出来た隙に頭部を左の安綱で切り落とす。
機能停止する1体目を尻目に、すぐ後ろに居た2体目に切り掛かる。
いくら童子切安綱が名刀でも、鋼鉄の塊である傀儡兵は斬れないし下手をすれば刃毀れするだろう。
しかし、私は魔力で安綱を強化しているため、まるで熱したナイフでバターを切るかの様に抵抗なく斬り伏せることが出来た。
こちらに向かって来ていた数体を優介と半分ずつ斬り伏せて、奥に待機していた残り十数体に向けて疾走する。
全ての傀儡兵を片付けるのに、3分も掛からなかった。
「君達の近接戦闘力は相変わらず理不尽だな」
「陸戦で相手が生物じゃない時だけよ。
空だと足運びが役に立たないし、相手が無機物じゃないと非殺傷設定に出来ない攻撃は気軽に使えないでしょ」
今回は傀儡兵が相手だったから遠慮なく使わせて貰ったが、人間相手に凶器を振るうのは拙いだろう。
「……って、それ非殺傷に出来ないのか!?」
「近接武器で非殺傷なんて魔力刃じゃないと出来ないわよ」
鉄の塊を振り回しているのに非殺傷など出来るわけがない。
なのはやクロノだって、射撃や砲撃は非殺傷設定だろうがデバイスで殴りかかっている時には単なる打撃だ。
杖で殴るのに非殺傷も何もないし、当たり所が悪ければ死ぬこともあるだろう。
そう言ってやると、クロノが気拙そうに顔を背けた。
正門を突破し、長い廊下を走る。
廊下はところどころに穴の様なものが出来ており、私達はそこを避けながら走ることを余儀なくされた。
「その穴、黒い空間がある場所は気を付けて」
クロノが私達3人に向かって注意を促す。
「虚数空間、あらゆる魔法が一切発動しなくなる空間なんだ。
飛行魔法もデリートされる。もしも落ちたら重力の底まで落下する、二度と上がって来れないよ」
正史の知識として知っては居たが、想像するとゾッとする。
底と言ったが、ぱっと見た感じでは何処までも暗い空間が広がっていて底などある様には思えない。
永久に落下し続けることになるのでは、そんなことを考えてしまう。
廊下を抜けると、大広間に無数の傀儡兵がひしめいていた。
奥に階段があり、上と下の階に続いていた。
「ここから二手に分かれる。
駆動炉は最上階に設置されているし、プレシアは下層に居る筈だ」
確かに、ここからは分かれ道だ。
ならばチーム分けは……。
「4人居るから、2人ずつね。
なら、優介となのはは駆動炉に向かって封印して。
私はクロノとプレシアの所に行くわ」
「ちょ、勝手に……!?」
私の発言に、クロノが咎め立てする。
「バランスを考えればこれがベストのチーム分けの筈よ。
近接戦闘の得意な私と優介、中・遠距離が得意ななのはとクロノは1人ずつで割り振るべきだから」
「組み合わせについては?」
確かに、先程の理由であれば優介・クロノ、私・なのはであっても問題は無い。
実際、それでも構わないと言えば構わないのだが。
「あら、かよわい女の子2人で危険地帯を行かせるつもり?」
「「……かよわい?」」
「何か不満でも?」
優介とクロノが呟いた言葉が耳に入ったため、笑顔で睨み付けると顔を青褪めさせて押し黙った。
「と、兎に角こうしている時間も惜しい。
そのチーム分けで構わないから、先に進もう」
「あ、ああ、そうしよう」
動揺した2人が慌てて先を促す。
微妙に釈然としないが、ここで無為に時間を過ごすわけにはいかないことも事実だ。
「なら、まずは道を作らないとね」
「ああ、今度は僕がやろう」
そう言って、クロノは前に踏み出すとデバイスS2Uを構える。
「ブレイズキャノン!」
青白い魔力光の砲撃が放たれ、階段までの間に居た傀儡兵数体を吹き飛ばす。
「今だ!」
クロノの砲撃で階段までは道が出来ているが、この部屋に傀儡兵はまだまだ沢山居る。
出来た道も数秒後には塞がれてしまうだろう。
私と優介が両脇を固めて一気に走り抜ける。
2~3体の傀儡兵が攻撃を仕掛けてくるが、走りながら斬り付けてそれを防いだ。
倒せては居ないが今はそれで構わない。
重要なのは傀儡兵を倒すことではなく先に進むことだ。
「お姉ちゃん、クロノ君。気を付けてね!」
「駆動炉は俺達に任せてくれ」
優介となのはが飛行魔法で階段を上に抜けていく。
「ああ、君達も気を付けてくれ!」
「怪我しないようにね!」
私とクロノは下層へと向かうべく階段を下りずに飛び降りた。
階段を連続して飛び降りながら、最下層を目指す私とクロノ。
階段にも傀儡兵が何体か待ち構えていたが、対処は最小限にして先を目指すことを優先する。
最下層が近付き、扉越しにプレシアの声が聞こえてくる。
誰かと通信で話している様だ。
「そうよ、私は取り戻す。
私とアリシアの過去と未来を!
こんなはずじゃなかった世界の全てを!」
それを聞いたクロノが目の前の扉を砲撃で吹き飛ばし、最下層へと踏み入った。
最下層は岩が剥き出しになっていて、その上既に大部分が崩壊し極彩色の虚数空間が姿を見せている。
「世界はいつだってこんな筈じゃないことばっかりだよ!
ずっと昔からいつだって誰だってそうなんだ!」
クロノが啖呵を切った時、上空からフェイトとアルフが降りてくる。
プレシアはその2人を見て、僅かに動揺する。
「こんな筈じゃない現実から逃げるか、それとも立ち向かうは個人の自由だ。
だけど、自分の勝手な悲しみに無関係な人間を巻き込んでいい権利は何処の誰にもありはしない!」
クロノの言葉に暫く黙り込んでいたプレシアだったが、突然咳き込むと血を吐き出す。
「母さん!」
母親の苦しむ姿にフェイトが堪らず駆け寄ろうとする。
「何をしに来たの?
消えなさい、もう貴女に用は無いわ」
しかし、プレシアはそんなフェイトを睨み付け、吐き捨てる。
フェイトは立ち止まると、プレシアを見据えた。
「貴女に言いたいことがあって来ました」
全員が固唾を飲んで見詰める中、フェイトは静かに目を閉じると話し始めた。
「私は……私はアリシア・テスタロッサじゃありません。
貴女が造ったただの人形なのかも知れません」
その言葉に、僅かにプレシアが動揺する。
フェイトは目を開き、決意を込めて言葉を進める。
「だけど、私は……フェイト・テスタロッサは貴女に生み出して貰って、育てて貰った貴女の娘です」
「だから何? 今更貴女を娘と思えと言うの?」
嘲笑するプレシアにも怯まず、フェイトは真っ直ぐにプレシアを見詰めている。
「貴女がそれを望むなら……それを望むなら私は世界中の誰からもどんな出来事からも貴女を守る。
私が貴女の娘だからじゃない、貴女が私の母さんだから!」
そう言うと、フェイトはプレシアに向かって手を差し伸べる。
プレシアは呆然とそれを見ていたが、やがて微笑みを浮かべると……。
「……下らないわ」
自身の全てを掛けた言葉に返されたプレシアの言葉にショックを受けるフェイト。
そんなフェイトを見詰めながら、プレシアは杖を地面へと突き立てる。
巨大なスフィアが展開し、庭園の崩壊が加速する。
私はその瞬間、身体強化を最大にしてプレシアに向けて掛け出した。
「な!? まどか、何を!?」
背後でクロノが驚愕しているが、構っている暇は無い。
このままでは正史通りにプレシアは虚数空間に落下するだろう……そうはさせない!
正史には存在しない私がここに居る意味があるとしたら、それは悲劇の結末を変えることだと信じている。
『クロノ君、早く脱出して!崩壊までもう時間がないの!』
「了解した! まどか! フェイト・テスタロッサ!」
エイミィの通信にクロノが私とフェイトに撤退を促す。
しかし、私はプレシアに向かって駆けているし、フェイトも動かない。
「私は向かう……アルハザードへ。
そして全てを取り戻す!
過去も、未来も、そしてたった一つの幸福も!」
プレシアの足元に罅が入る。
崩壊し落下するまで残り数秒……でも私が届く方が早い!
フェイトの横を走り抜け、プレシアに手を伸ばす。
しかし、その時フェイトの頭上が砕け大岩が落ちてきた。
「くっ……!?」
一瞬迷うが、プレシアを掴もうとしていた手を止めて、フェイトを抱き抱えて横飛びに跳ぶ。
同時に、プレシアの足元が崩壊し彼女と生体ポットが落下した。
「母さん!?」
自身の事を顧みることなく、ただただ母親を案ずるフェイトの前でプレシアは虚数空間に落ちていった。
私がプレシアを救おうとしたタイミングで、まるで図った様に落下してきた大岩。
やはり正史での悲劇は変えられないの……?
後悔と落胆で黒く染まる思考を追いやりながら、私はアルフと一緒にフェイトを抱えて庭園を脱出した。
【Side プレシア・テスタロッサ】
足元が砕け、アリシアの入った生体ポットと一緒に極彩色の空間へと落ちていく。
薄々気付いてはいた、次元の狭間にあるアルハザードに辿り着くのは困難であること。
例え辿り着けても、アルハザードにアリシアを蘇生する術が存在するかは分からない。
例えかつてのアルハザードにその術が存在していても、それが残っているかは分からない。
例えその術が残っていても、私がそれを使えるかは分からない。
例え私がそれを使えるだけの能力があっても、寿命が持つかは分からない。
いえ、最後だけは確実に不可能だと断言出来る。
無理をして魔法を使ったせいで私の命は完全に尽きている。
気力で何とか持たせていただけで、今意識を失ったら二度と目覚めないだろう。
「一緒に行きましょう、アリシア……今度はもう、離れない様に……」
私と一緒に落下する生体ポットの中のアリシアに向けて呟くと、目を閉じた。
一緒に生きることはもう出来そうもないけれど、一緒に眠ることは出来る。
意識が白く薄れていく……。
身体の感覚が薄れ、落下していることも分からなくなってきた。
「ふむ、まさかここに落ちてくるとはな。
これも縁と呼ぶべきか」
?
もう目を開ける力も残っていないけれど、誰かの声が耳に入ってきて途絶える筈だった意識が僅かに留まる。
「そちらの娘も確かに魂がある……カールの推論通りと言うことか」
声?
ここには私とアリシアしか居ない筈。
虚数空間に落下したのに、他の人間が居る筈が無い。
「まぁ、良かろう。
偶然に助けられたとは言え自力でここに辿り着いた執念、そしてその献上品を以って卿らの登城を認めよう」
閉じた視界だが強い黄金の輝きが私を、いえ私達を照らすのを感じた。
「私の中で母娘共に生きるが良い。
卿の望んだ形とは違うかも知れんが、な」
何かが身体を貫くのを感じ、意識が途絶えた。
(後書き)
スーパークロノタイムが……っ!?(苦笑)
作中に書いていますが、非殺傷設定についてはどうなのでしょう。
少なくともアームドデバイスでどつき合う古代ベルカ式で非殺傷が可能とは思えないのですが……。
ヴィータのハンマーとかで頑固な沁みにされて非殺傷とか言われても。
時代的にも戦争やってた時にそんな発想出て来ないと思いますし。
なお、作中でまどかが「悲劇は変えられないのか」と言ってますが、そんなことはありません。
フェイトを見捨ててプレシアを救うことは出来ましたし、落ちてくる岩を対処することが出来れば2人とも助ける余地はありました。
あとは単純に選択と実力の問題です。
名前を呼び合うのは割愛しますので、無印本編はここまで。
幕間に1話挟んで第3章のA's編に移ります。
(追記)
そう言えば、結果的にベイとマレウスはジュエルシード8個も集める必要無かったってことに……。
まぁ、結果論ですので仕方ないかも知れませんが。