【後半】Cathedrale(dies irae)
虚数空間のヴェヴェルスブルグ城の謁見の間にて、黄金の獣が常の如く玉座に片肘を付いて腰掛けていた。
その視線の先には黒円卓の騎士団員──ヴィルヘルムとルサルカの2人が跪いていた。
周囲には騎士団員の殆どが並び立っている。
居ないのは、メルクリウスとトバルカイン、そしてイザークのみ。
「ただいま戻りました、ハイドリヒ卿」
「ご要望の品もここに」
ルサルカが傍らに置いていた台を前へと差し出す。
その上には蒼い宝石、ジュエルシードが8つ載っていた。
差し出されたジュエルシードを王の下へと運ぼうとエレオノーレが前に出るが、ラインハルトはそれを手で制してジュエルシードへと手を向ける。
8つの宝石は浮かび上がると、ラインハルトの下へと吸い寄せられるように移動する。
傍らへと浮かべたジュエルシードの内1つを手に取りしげしげと眺める黄金の獣。
しばらくそうすると、手に持っていたジュエルシードを他の7つと同じ様に宙に浮かべて眼下の2人へと目を向ける。
「確かに受け取った。
ベイ、マレウス。ご苦労だった、卿らの働き見事なり」
「「ハッ!!」」
称賛の言葉に2人は頭を下げると他の団員と同じ様に列へと並ぶ。
「しかし、ハイドリヒ卿。
このジュエルシードという遺物、全部で21存在すると聞いております。
残り13個については宜しいのですか?」
命があれば自分が残りの回収を……そんな思いを滲ませながらエレオノーレが問い掛ける。
ヴィルヘルムやルサルカが敬愛する主から称賛の言葉を賜ったことへの嫉妬の念がそこにはあった。
「構わんよ、必要なのは8個だけだ。
次元干渉型の魔力の塊が8つ、その意味……卿らなら分かるであろう」
「成程……承知致しました」
「まぁ、使用する場面は当分先の話だ。
それまで預けておくぞ、カール」
玉座の横、ジュエルシードが浮かんでいた辺りにいつの間にか影絵の様な男が立っていた。
「ああ、承ったよ、獣殿。
陣もこれを前提に組んでおきましょう」
「ああ、頼む」
8つのジュエルシードはメルクリウスの右手に吸い寄せられるとその姿を消した。
「ところで、獣殿。
黒円卓の騎士団員全員を招集したのは何故ですかな?」
「なに、面白い見世物を全員で見物しようと思ってな」
ラインハルトが手を振ると、彼から見て正面に大型の空間ディスプレイが展開される。
騎士団員の視線がディスプレイに集中する。
そこに映し出されていたのは、空中で対峙する2人の少女。
1人は白いバリアジャケットを纏った栗色の髪の少女、もう1人は黒いバリアジャケットを纏った金髪の少女だった。
魔人達の目の前でモニタ越しに戦闘……いや決闘が開始される。
互いにデバイスを打ち付け合った2人は離れると射撃魔法を撃ち合う。
なのはは誘導型、フェイトは直射型、互いに撃ち合ったシューターはぶつかり合うことなく交差し狙った相手へと飛んでいく。
なのはは飛行魔法で機敏に動きギリギリのところでかわす。一方フェイトは弧を描く様に飛んで避けようとするが、誘導型のシューターを振り切ることが出来ずにディフェンサーでやむなく防いだ。
彼女達の戦い振りは年齢を考えれば破格だが、黒円卓の魔人達から見れば稚拙なものだ。
なのはは魔法に触れてから1ヶ月程でしかないし、フェイトは訓練を受けているとは言え実戦経験はそれほど多くない。
そんな未熟な彼女達だが、その決闘を見下す者はこの場に居ない。
誰もが感じているからだ、彼女達がその信念を賭けて戦っていることを。
魂の強度を拠り所とするエイヴィヒカイトの使い手からすれば、戦闘技術の練度などよりも魂の密度の方が遥かに重要だ。
その意味において、画面の中で繰り広げられている決闘は確かに魂のぶつかり合いを魅せていた。
射撃魔法の撃ち合いが落ち着くと、互いのデバイスでの撃ち合いへと移行する。
その間にも、相手の背後から誘導弾による狙い撃ちや、自身の背後からの追い抜く形での直射弾など、互いに持てる技量の全てを相手へとぶつけ合う。
最初こそ拙かった技量は同等の相手と切磋琢磨することで加速的に向上を見せていた。
それに比例するように、互いの想いも何処までも研ぎ澄まされていく。
黒円卓の面々は言葉には出さずとも、昂揚を露わにしていた。
遥かに格下とは言え、確かに存在する決闘の空気はモニタ越しに彼らの戦意を刺激する。
特にベイとシュライバーは唯一絶対の主の前でなければ、とっくに誰彼構わず戦いを吹っ掛けていただろう程に殺気を振り撒いている。
距離を離して乱れた呼吸を整えていた2人だが、ここでフェイトが勝負に出る。
遠距離発動のライトニングバインドでなのはを磔にすると、切り札を展開する。
フォトンランサー・ファランクスシフト、38基のスフィアから放つ合計1064発ものそれは、余さずバインドで回避出来ないなのはへと叩き込まれる。
更に残ったスフィアを掲げた腕に集めてトドメを放とうとするフェイトの前方で、煙が晴れていく。
そこに居たのは感電しながらもファランクスシフトを耐え抜いたなのはの姿があった。
今度はこっちの番だと言わんばかりに放たれるディバインバスターがフェイトの放ったトドメの一撃を飲み込み、フェイトへと迫る。
必死で展開したシールドでボロボロになりながらも何とか凌いだフェイトに対し、上空から最後の一撃が降り注ぐ。
スターライトブレイカ─、収束砲撃魔法と呼ばれるそれは術者や周囲の魔導師が使用しばら撒かれた魔力を集め、一気に放出する攻撃魔法。
先程の意趣返しと言わんばかりにバインドに捕われ身動きが取れないフェイトに対し、容赦なく叩き付けられたそれは一瞬にしてフェイトの意識を刈り取った。
海へと落下するフェイトを救おうと、なのはがその後を追った。
パンパンパンっと手が打ち鳴らされる音に、モニタに見入っていた騎士団員が玉座の方へと目を向ける。
そこでは、黄金の獣が微笑みながら拍手をしていた。
「素晴らしい語らいであった。
互いの想いをぶつけ合うこの様は、何とも胸を打つ。
かつてのツァラトゥストラとその親友の語らいにも匹敵しよう」
「確かに、私も思わず見入ってしまったよ。
なるほど獣殿が皆を集めただけのことはある」
「この世界に愛されし彼女らに祝福を。
そして願わくはいずれ成長し戦場で相見えんことを」
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騎士団員が退出した玉座の間では、黄金の獣と水銀の2人が佇んでいた。
「ところで、獣殿。
私にだけ残れと仰ったのは何故かな」
「なに、卿の意見が聞きたくてな」
先程と同じ様に空間ディスプレイを展開するラインハルト。
そこに映っていたのは先程と異なり、近未来的な施設の中だった。
固定されて動かないその映像はアースラの艦橋を写す監視カメラの映像だった。
「管理局の次元航空艦の映像かな。
彼らもまさかこちらに筒抜けになっているとは思わないでしょうな」
「外に対して如何に堅固であろうと、内部からは容易く崩せるものだ」
艦橋にはディスプレイが展開され、時の庭園に乗り込んだ武装隊の姿を映している。
大扉を抜け、玉座に腰掛けるプレシア・テスタロッサに対し、武装隊が投降を呼び掛ける。
プレシアを取り囲むのと同時に、横にある扉を抜けて数名の武装隊員が奥へと進む。
そこに在ったのは生体ポットに浮かぶ金髪の少女の姿だった。
『私のアリシアに近寄らないで!』
玉座に居た筈のプレシア・テスタロッサがいつの間にか生体ポットの前に立ち、武装隊員を鎧袖一触に薙ぎ払う。
武装隊員は艦長であるリンディの指示で転送で収容される。
『もう駄目ね、時間が無いわ。
たった6個のロストロギアでは、アルハザードに辿り着けるかどうかは分からないけど。』
生体ポットへ縋りつくように、語り出すプレシア。
サーチャー越しに管理局……いや、管理局に捕われた娘へと声を投げ掛ける。
『でも、もういいわ。終わりにする。
この子を無くしてからの暗欝な時間も、この子の身代りの人形を娘扱いするのも』
その言葉に身を竦めるフェイト。
『聞いていて? 貴女の事よ、フェイト。
折角アリシアの記憶をあげたのに、そっくりなのは見た目だけ。
役立たずでちっとも使えない、私のお人形。』
この言葉に隠しきれないと悟ったのか、オペレータのエイミィが背景を語る。
『最初の事故の時にね、プレシアは実の娘……アリシア・テスタロッサを亡くしているの。
彼女が最後に行っていた研究は、使い魔とは異なる使い魔を超える人造生命の生成、そして死者蘇生の秘術。
フェイトって名前は、当時彼女の研究に付けられた開発コードなの。』
『良く調べたわね、そうよその通り。
だけど駄目ね、ちっとも上手くいかなかった。
造り物の命は所詮造り物、失った物の代わりにはならないわ。』
再び、生体ポットに浮かぶ娘へと縋るプレシア。
『アリシアはもっと優しく笑ってくれたわ。
アリシアは時々我儘も言ったけど、私の言うことをとても良く聞いてくれた。
アリシアはいつでも私に優しかった……。』
陶酔する様な声、過去を思い出し優しい表情を浮かべるプレシア。
しかし次の瞬間には同一人物とは思えない程冷たい目で、これまで娘と呼んでいたフェイトを睨む。
『フェイト、やっぱり貴女はアリシアの偽物よ。
折角あげたアリシアの記憶も、貴女じゃ駄目だった。
アリシアを蘇らせるまでの間に私が慰みに使うだけのお人形。
だから貴女はもう要らないわ……何処へなりと消えなさい!』
突き放す仕草と共に、彼女はフェイトを捨てた。
そして、更に暗い笑みを浮かべながら決定的な言葉を放つ。
『良いことを教えてあげるわ、フェイト。
貴女を創り出してからずっとね、私は貴女が……大嫌いだったのよ!』
トドメとなる言葉に、フェイトはデバイスを取り落とし崩れ落ち、なのはやまどかに支えられた。
その目に光は無く、ただただ絶望だけが浮かんでいた。
ジュエルシードが暴走し、中規模次元震が発生する。
対処に奔走する管理局員達を、モニタ越しに傍観する聖槍十三騎士団の2人の魔神。
「で、どう思うかね、カール?」
プレシア・テスタロッサと管理局、そしてフェイトの遣り取りを一通り見届けたラインハルトは、傍らに立つメルクリウスへと問い掛ける。
「先程の遣り取りかな?
いや、悲劇としては中々に胸を打つものであったよ」
「それはどうでもよい。
それよりも……フェイト・テスタロッサ、あの娘の魂はどうなっている?」
その言葉に、微笑みを浮かべていたメルクリウスの表情が真剣なものになる。
「成程、そう言うことか。
確かに、興味深い」
「人造でありながら、あの娘には確かに魂が存在している。
この世界の『座』は空席であり、魂は自然な循環しかしない。
命を落とせば魂は拡散してエネルギーとなり、生命が創造されれば新たに魂として宿る。
それがこの世界の法則……人造生命は自然な生命の創造と異なり魂が宿る余地はない」
「ですが、事実として彼女には魂が宿っている。
であるなら、答えは1つのみ。
あれはアリシア・テスタロッサの魂の複製、肉体の複製時に合わせて魂も複製したのだろう。
勿論、それを行った当人は魂の存在すら知らぬ様子故、偶然の産物であろうがね」
魂の複製、それは加工よりは難易度が低い。
とは言え、誰にでも為せると言うものでもない。
意図的に行える者は、この世界においてはこの場に佇む2人、そしてイザークの3人だけだろう。
本来であれば魂の存在を認識し、それを操るエイヴィヒカイトの高位階を修めなければ不可能な筈の偉業を成し遂げたのは、娘の蘇生に掛けるプレシアの執念の賜物と言える。
「魂が複製されているなら、何故プレシア・テスタロッサはフェイト・テスタロッサが娘ではないと断じている?」
「魂が瓜二つでも、人格が一緒とは限らぬよ。
ペルソナ、確かそんな風に呼んでいた学者が居たな。
アリシア・テスタロッサと言うペルソナとフェイト・テスタロッサと言うペルソナ、彼女の感じている差異などその程度のものでしかない」
もしもメルクリウスの言が正しいとしたら、プレシアは娘と全く同一の肉体と魂を持つ存在でありながら人格のみを見て拒絶したことになる。
それは何と悲劇であり、何と愚かなことか。
「所詮は表層でしか判断出来ない者の短慮か、ならばいっそ外見のみで満足していれば幸福だったろうにな。
しかし、疑問は残るな。
そもそもフェイト・テスタロッサが生み出されたのはアリシア・テスタロッサの死後数年経ってからだ。
魂を複製しようにも、とっくに拡散してしまっている筈ではないか」
プレシア・テスタロッサがプロジェクトFの研究を始めたのはアリシアの死後。
そして、技術の確立までに数年掛かっている。
「ふむ……これは推論になるが、『座』が空席であるために死しても魂はしばらく拡散せずに留まっているのではないかな。
以前の世界であれば死ねば即座に魂は肉体から離れたが、この世界では死んでも肉体と魂の繋がりが途切れるだけで魂は肉体から離れず、肉体が腐敗等で原型を止めない程に崩れて初めて魂が解放され拡散するのだろう」
「卿の言が正しいとするなら、肉体を保存してあれば魂の拡散を防げる、と言うことになるな」
「逆に、保存されている肉体に魂が宿ったままであれば、推論が正しいと証明されるかと」
ラインハルトはその言葉に、先程の遣り取りで映っていたアリシア・テスタロッサの映像を再度ディスプレイに表示させる。
「……流石に、映像では魂の有無までは判断出来んか。
生きて動いているなら兎も角、死体ではな」
「如何に我々でも、それは流石に。
直接見れば分かると思うがね」
「今更あそこに乱入する気はない、カール。
まぁ、検証する機会は今後幾らでもあろう」
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ディスプレイの光だけが灯った暗い部屋で、1人の少女が立ち上がる。
共に歩んだ相棒に支えられ、絶望に砕けた心を掻き集め、このまま終わりたくないと願い。
『私達の全てはまだ始まってもいない。』
傷付いたデバイスを魔力で復元し、フェイトは黒いバリアジャケットを身に纏う。
『だから、本当の自分を始めるために……今までの自分を終わらせよう。』
そして少女は戦場へと向かう。
その様を、黄金の獣はただ沈黙して見詰めていた。
(後書き)
観戦モード獣殿……と言うか、目的を果たして撤退モード?
ちょ、獣殿!? まだリリカル終わってませんよ、引っ込まないで!(苦笑)
魂云々の件は色々と見解がありそうです。
尤も重要なのは結論の方なのですが……正直無印の最後は大体予想が付きそうですね。
ちなみに、作中では殆ど表現していませんが、今回の殊勲賞はシュピーネさんです。