魔法少女と黄金の獣   作:クリフォト・バチカル

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推奨BGM:Krieg(dies irae)
      【アースラ艦内】Noil me Tangere(dies irae)


16:時空管理局と交渉人

 その日、世界が震撼した。

 

 比喩表現ではない、物理的に揺れたのだ。

 それも、大地がではなく空間そのものが。

 引き起こしたのはジュエルシードと言う蒼い宝石。

 うずらの卵程度のちっぽけな石が引き起こした災害は世界中に原因不明の揺れを齎した。

 

 

【Side 高町まどか】

 

 夕暮れの街中に暗雲が立ち込め雷が降り注ぐ。

 私は空を飛べるなのはを先行させ、優介と共にジュエルシードが発動した場所へと急いでいた。

 

「拙い……拙過ぎるわ!」

 

 焦りが浮かぶが、一刻も早く戦場に着くようにと走る以外出来ることは無い。

 

「正史の通りとは言え……止められなかったか……」

「正史の通りじゃ……ない! 違う点が2つ。

 その2つの違いが……致命的に拙いのよ!」

 

 走りながら喋るのは苦しいが、正直叫ばないと気持ちが焦る一方で耐えられなかった。

 

「2つって?」

「1つ目はユーノが居ないこと。

 広域結界を張る人間が居ないから、次元震の被害が直接この世界に降り掛かるわ」

 

 そう、すずかの家や温泉宿では気付いていなかったが、ユーノが居ないせいで結界を張る人間が居ない。

 魔法の秘匿の面でも周囲の被害と言う面でも非常に拙い。

 しかし、なのはは適性の問題か結界魔法の習得が遅々として進まないし、私や優介はデバイスが無い為結界魔法の行使は厳しい。

 早く来なさいよ、管理局!

 

「そ、そんなことさせるか!」

「だから焦ってるの。

 いいから……もっと早く走りなさい!」

 

 とは言いつつも、正直優介が御神流の修行で鍛えている私と同じペースで走れることに驚いた。

 正義の味方を目指して鍛えていたのだろうか。

 

「ああ、一刻も早く止めないと。

 それで……もう1つの違う点って?」

「正史と違って……厄介な奴らがいるでしょ。

 あんな目立つことしたら……襲ってくるわよ」

「聖槍十三騎士団か!」

 

 すずかの家や温泉宿の時は姿を見せなかったが、恐らく探査能力が低い為だろう。

 そうでなければ、ジュエルシードを目的としている以上必ず襲ってきたはずだ。

 今回は街中で、しかもわざわざ相手に合図を送っているのも同然の状態となってしまっている。

 

「早く行かないと……フェイトとアルフが殺されるわ!」

 

 

 そうしてジュエルシードの暴走現場に着いた瞬間、蒼い光が放たれ世界が震えた。

 

 見ると、光を放つジュエルシードをなのはのレイジングハートとフェイトのバルディッシュが挟み込む様に交差しているところだった。

 放たれる凄まじい魔力に2つのデバイスに罅が入り、なのはが弾き飛ばされた。

 

「きゃあああぁぁぁ!!」

「ぐ……!?」

 

「なのは!?」

 

 ちょうど私達の方に飛ばされてきたなのはを、優介と一緒に何とか受け止める。

 

 フェイトは何とかその場に止まり耐え凌ごうとしていたが、やがてなのは程ではないにしろ後方に弾き飛ばされた。

 

 ジュエルシードは不気味に脈動している。

 

 フェイトは傷付いたバルディッシュを待機状態に戻し、暴走を始めようとしたジュエルシードを直接封印しようと駆け寄る。

 しかし、その瞬間脈動していたジュエルシードは再度強い光を放ち周囲へと衝撃が走る。

 

「うあああああぁぁぁ!!」

「フェイト!!」

 

 近付いていたフェイトはたまらず吹き飛ばされ、人型へと変身したアルフに受け止められる。

 

 正史よりも暴走が激しい。

 正史ではフェイトがジュエルシードを素手で掴み傷を負いながらも封印した筈だが、近付く前に吹き飛ばされてしまった。

 ジュエルシードは脈動を激しくし、その度に断続的に衝撃波が放たれてとても近付けない。

 

「拙い、このままだと周囲に被害が!?

 下手をしたら街が吹き飛ぶかも知れない!」

「そ、そんな……」

「ここから宝具で撃ち抜いたらダメか?」

「今のあの状態で下手に衝撃を与えたらどうなるか分からないわよ!?

 封印魔法なら兎も角、攻撃は当てないで!」

 

 私の言葉になのはと優介が青褪める。

 おそらく、私の顔も血の気が引いているだろう。

 感覚的にだが、このまま暴走が続けば世界まではいかないものの街どころかこの国ぐらいは滅ぶだけの力を感じる。

 何とか近付いて直接封印しようと試みるが、衝撃波が強力でなかなか近付けない。

 反対側でフェイトとアルフも必死の形相で何とか近付こうとするが、その度に弾き飛ばされている。

 

 駄目か……。

 

「あ~あ、見てらんないわね~」

 

 そんな暢気な言葉が私達の後から放たれた。

 聞き覚えのある声に慌てて振り返ると、そこには予想通りのピンク色の髪の少女が黒い軍服を纏って立っていた。

 口元に手を当てて嘆息しているその姿に腹が立つが、余所見をしてた間に放たれた衝撃波をもろに受けてしまいたたらを踏む。

 

「ほらほら、余所見してないでちゃんと構えてないと危ないわよ~」

 

 誰のせいだと思ってる!

 そう怒鳴りたい気持ちで一杯だったが、必死に抑え込む。

 危険人物に背を向けるのは本意ではないが、暴走するジュエルシードからも目を離しては居られない。

 

「そうそう、その調子その調子~」

 

 こんなに腹が立ったのは初めてかも知れない。

 しかし、怒りに震える私を無視するように、少女──ルサルカはすたすたと私達の横を素通りしジュエルシードへと歩みを進める。

 

「な、ちょっと……!?」

「危ない!」

「駄目だ! 近付くな!」

 

 断続的に衝撃波を放っているジュエルシードに向かっていく彼女に、私達3人は思わず叫ぶ。

 私は兎も角、残り2人のお人好しは心配の要素が強い様だが。

 しかし、そんな2人の心配を余所に、ルサルカは衝撃波などまるで存在しないかのように歩みを変えることなく進んでいた。

 反対側に居るフェイトとアルフもジュエルシードに近付くのを止めて、信じられないものを見る様に彼女を見ている。

 

 結局ルサルカは何事も無いかのようにジュエルシードの元まで近付き、そのまま掴んだ。

 

「ほ~ら、良い子にしてなさいよ~」

 

 そんな気の抜ける台詞と三角のテンプレートと共に、あれだけ猛っていたジュエルシードはその魔力を…………止めた。

 

「な、一瞬で!?」

「デバイス無しでジュエルシードを封印した!?」

 

 フェイトとアルフが呆然としている。

 こちらもなのはは同じ様に呆然としている。

 しかし、私と優介は別の事に気付いて先程以上に顔を真っ青にしていた。

 

 今ルサルカが使った封印魔法はこの世界の魔法だ。

 三角のテンプレートが見えたことから、ミッドチルダ式ではなくベルカ式である様だが、重要なのはルサルカ・シュヴェーゲリンと言う人物がこの世界の魔法を使用したことだ。

 私や優介の推測では彼女達はこの世界に元々居た存在ではなく、何らかの転生特典によって存在している可能性が一番高い。

 その場合、彼女がこの世界の魔法を使えるのは後付けによるものだろうが、それは即ち本来のルサルカ・シュヴェーゲリンよりも強くなっていることを意味する。

 前回の遭遇戦でヴィルヘルムに攻撃がまともに効かなかったことから、彼らがエイヴィヒカイトと言う力をそのままにこの世界に存在していることは分かっていた。

 しかし、どうやらそれに加えて更にこの世界の魔法を習得し強化された状態であるらしい。

 ただでさえ強力な相手の戦力が想定していたよりも更に上であると言う事実に頭が痛くなる。

 

「さて、私はもう帰るわね。 またね~」

 

 そんなことを考えていると、ルサルカは前回同様に手を振りながら転移していく。

 

「な!? 待って!」

「く! ジュエルシードが!?」

 

 ジュエルシードを持ち去られたことにフェイトとアルフが慌てて止めようとするが、時遅くルサルカは姿を消していた。

 

 後に残されたフェイト達と私達はしばらく睨み合っていたが、やがてフェイトとアルフは飛び去っていった。

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 翌日、木のお化けの様な暴走体をフェイト達と協力して封印しようとしていた。

 アルフが結界を張り、私と優介が襲ってくる根っこをそれぞれ剣で斬り伏せる。

 そして出来た隙に2人の魔法少女が砲撃を放つ。

 

「撃ち抜いて! ディバインバスター!」

「貫け轟雷! サンダースマッシャー!」

 

「「ジュエルシード、シリアルVII……封印!」」

 

 ジュエルシードは封印され、暴走体は姿を消した。

 しかし、なのはにとっても私達にとっても今回の暴走体は前座に過ぎない。

 なのはにとってはフェイトと話をするという目的が、そして私と優介にとってはこの後現れる管理局との交渉があるからだ。

 宙に浮かぶジュエルシードから離れて、2人の魔法少女が対峙する。

 

「ジュエルシードには衝撃を与えたらいけないみたいだ」

「うん、夕べみたいなことになったら私のレイジングハートもフェイトちゃんのバルディッシュも可哀相だもんね」

「だけど……譲れないから」

「私はフェイトちゃんと話をしたいだけなんだけど……私が勝ったら、ただの甘ったれた子じゃないって分かってくれたら、お話聞いてくれる?」

 

 2人の少女がデバイスを構え同時に相手に向かって飛ぶ。

 良く考えたら、鎌を振るうフェイトは兎も角としても、なんでなのはは杖で殴りかかろうとしているんだろう。

 そんな疑問が脳裏に浮かぶが、気にしないこととした。

 2人のデバイスが交差する直前、彼は姿を現した。

 

「ストップだ! ここでの戦闘は危険すぎる!」

 

 そんな台詞と共に、なのはとフェイトのデバイスを両手で掴んで止める少年。

 黒髪に方に棘が付いた黒いバリアジャケット、間違いない。

 

「時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ! 詳しい事情を聞かせて貰おうか」

 

 しかし、現れたのは彼だけではなかった。

 同時に現れ、ノーマークだったジュエルシードを掴み取った少女、そして白髪の男。

 クロノと同様の黒い装いだが、そこに籠められた意味合いは全く逆。

 

「ハッ! 面白いことになってるみてぇじゃねぇか」

「私達の為にわざわざ封印してくれてありがとね~」

 

 聖槍十三騎士団のヴィルヘルムとルサルカの2人だ。

 ヴィルヘルムは強烈な殺気を当たり構わず放っている。

 隣に居るルサルカはそんな殺気の中でも自然体で、逆にまるで戦う気を見せていない。

 この状況ではどちらかと言えばルサルカの態度の方が不気味に思える。

 

「あんた達!」

「ジュエルシードを渡して!」

 

 フェイトとアルフは管理局の登場に一瞬警戒を向けたが、ジュエルシードを優先して聖槍十三騎士団の2人に矛先を向けた。

 2人掛かりでフォトンランサーを放つが、ヴィルヘルムは動こうとせず棒立ちのままそれを受ける。

 

「……で、今何かしたか?」

 

 首をゴキゴキとならしながら、何事も無かったかの様にヴィルヘルムが嘲笑う。

 

「そ、そんな……」

「嘘だろ、効いてないっての?」

 

 自分達の攻撃が全くダメージを与えられないことに、フェイトとアルフは真っ青になる。

 

「そんな豆鉄砲じゃ幾ら撃っても俺ぁ殺れねえよ。

 そら、お返し行くぜ!」

「く……」

「フェイト、逃げて!」

 

 自分達の攻撃を無防備で受けて全く意に介さない相手が攻勢に出ることに2人は怯む。

 

「待て! 戦闘行為を止めるんだ!」

「あぁん?」

 

 そんなヴィルヘルムを止めたのはもう一人の黒衣。

 クロノが青い魔力光でバインドを放ち、ヴィルヘルムの胴体と右腕を固定する。

 

「今だ、逃げるよフェイト!」

「で、でも……ジュエルシードが!」

「今はそれどころじゃないよ!」

 

 ヴィルヘルムの攻撃が止まった隙にフェイトとアルフは離脱していく。

 

「あ、待て!」

 

 クロノが逃げる2人を制止しようとするが、ヴィルヘルムにバインドを掛けた直後の隙を突かれた為にワンテンポ遅れてしまっていた。

 それでも2人を止めようと意識を向けるクロノだが、それはこの状況で絶対にしてはいけないことだった。

 

「余所見してんじゃねぇよ」

 

 バインドを一瞬で力尽くで破壊し、ヴィルヘルムはクロノの所まで飛び上がると拳を振り下ろす。

 反応の遅れたクロノは何とかデバイスで受け止める……が。

 

「甘ぇんだよ!」

「ぐあああぁぁぁ!?」

 

 クロノのデバイスは一瞬で砕かれ、拳はそのままクロノの身体へと叩き付けられた。

 デバイスで一瞬とは言え受け止めたせいか、威力と方向を逸らしたために顔面に風穴を空ける筈だった拳は肩を叩くだけに止まった。

 しかし、鎖骨を折るボキッと言う音がここまで聞こえてきたため、クロノの右腕はしばらく使いものにならないだろう。

 

 空中でヴィルヘルムの拳を受けたクロノは弾き飛ばされるように地面へと叩き落とされる。

 あれだけの攻撃を受けた上に地面に叩き付けられたら命に関わる!

 

「く……!?」

「間に合え!」

 

 私と優介はクロノの方へと飛び出すと、何とか地面すれすれのところで受け止める。

 同じくなのはもクロノの傍へと掛け寄り、レイジングハートを空中に留まるヴィルヘルムへと向ける。

 

「次行くぜ」

 

 そう宣言すると、眼下の私達へと腕を向ける。

 その腕から見えないが何かが放たれたのを感じる。

 直感だが、あれを喰らったら拙い。

 

「なのは!」

「プロテクション!」

 

 ドーム状に展開した障壁に、ヴィルヘルムから放たれた何かが降り注ぐ。

 強固な筈のなのはのプロテクションにみるみるうちに罅が入っていく。

 

「下がるわよ!」

 

 優介がクロノを、私がなのはを抱えて後方へと跳ぶ。

 次の瞬間、なのはのプロテクションは完全に破壊され、先程まで私達が居た所に破壊の雨が降り注いだ。

 地面は穴だらけになり、あのままあそこに居たら私達もあの地面の様に穴だらけになっていたと戦慄する。

 

「ハッ! 上手く逃げるじゃねぇか」

 

 嘲笑すると、ヴィルヘルムは地面に降りた。

 

「待て! 僕は管理局の執務官だと言った筈だぞ!

 管理局に逆らうつもりか!?」

 

 クロノが肩を押さえながら、叫ぶ。

 

「『逆らう』だぁ?

 まるで手前等劣等が俺らより上みたいな口振りじゃねぇか」

「何だと!?

 時空管理局は次元世界の平和と秩序を守る組織だぞ!

 貴様の行為は公務執行妨害に当たるぞ!」

「阿呆が、お呼びじゃねぇんだよ!」

 

 そう怒鳴ると再び攻勢に出ようとするヴィルヘルムだったが、出鼻を挫く様に彼と私達の間に空間ディスプレイが展開される。

 

『待ちなさい!』

 

 そこに映っていたのは緑の長い髪をした女性だった。

 おそらく、彼女がアースラ艦長のリンディ・ハラオウンなのだろう。

 

『戦闘行為を止めなさい!

 管理外世界での許可の無い魔法行使は管理局法に抵触します!』

 

 表情は険しく、言葉遣いも荒れている。

 おそらくは息子を傷付けられたことへの怒りを感じているのだろう。

 

「あん? 手前も管理局員か?」

『時空管理局提督リンディ・ハラオウンです』

「ハッ! 提督と来たか。

 こんな辺境までわざわざ船寄越して、ご苦労なこったな。

 で? 許可? 管理局法に抵触?

 馬鹿が! 手前等の許可なんざ要らねぇんだよ!」

「ベイの言うとおりね~。

 私達に命令する権利なんて、貴方達にあるわけないじゃない」

 

 空間ディスプレイ越しにリンディ提督と話すヴィルヘルムに、静観していたルサルカが加わる。

 

『魔法を使っていたし管理局のことを知っている以上は管理世界の住人なのでしょう?

 それならば、管理局法に従う義務があります』

 

 管理局員に対して真っ向から否定するヴィルヘルムとルサルカの態度に、多少冷静になったのか訝しげに問い掛ける。

 しかし、ヴィルヘルムとルサルカは馬鹿にする様に笑い合った。

 

「ククク……」

「アハハハハハッ!」

『何がおかしいのですか?』

「提督クラスなら知ってる筈なんだけどね~。

 尤も知らなかったで済む話でもないんだけど。

 まぁ、仕方ないから特別に名乗ってあげましょうか」

 

 そう告げると、辺りを静寂が包み緊張感が高まる。

 そうして、彼女らは致命的な言葉を口にする。

 

「聖槍十三騎士団黒円卓第八位ルサルカ・シュヴェーゲリン=マレウス・マレフィカルムよ」

「同じく、第四位ヴィルヘルム・エーレンブルグ=カズィクル・ベイだ」

 

 

 反応は劇的だった。

 一瞬、呆けたようになったリンディ提督は驚愕に顔を歪めると真っ青になる。

 

『な!? ま、まさかあの……』

「状況が飲み込めた様ね。

 それで? 管理局法違反……だったかしら?」

『く……っ!』

 

 嬲る様に嘲笑いながらからかうルサルカに、リンディ提督は唇を噛み締めると悔しそうに押し黙る。

 状況が読めないが、どうやらヴィルヘルムやルサルカは管理局の権力が及ばない立場にあるらしい。

 正直これは私達にとっても予想外であり、また不利な情報だ。

 管理局が到着すれば彼らの動きも抑えられると期待していたが、そう簡単にはいかないようだ。

 

「分かったのなら、さっさと尻尾を巻いて逃げ帰りなさいな。

 私達に優先行動権がある以上、貴方達の出る幕は無いわ」

『しかし! この世界で次元震が発生している以上、放っておくわけにはいきません!』

「ふ~ん。まあいいけど……さっきも言った通り優先行動権は私達にあるから、せいぜい私達が現場に着くまでに事を収められるように頑張ることね」

 

 そう言うと、ルサルカとヴィルヘルムはジュエルシードを持ったまま転移魔法を展開する。

 

「な! 待て!?」

『やめなさい、クロノ!!』

 

 立ち去ろうとする2人にクロノが慌てて制止しようとするが、その行為はリンディ提督に止められる。

 

「母さ……いえ、艦長! どうして止めるんですか!?」

『彼らに対して敵対することは認められません』

「な!? 母さん!?」

 

 母親であり上官でもあるリンディ提督の信じられない言葉に、裏切られた様な表情を見せるクロノ。

 

『それより、そちらの方々から詳しい話を聞きたいので、アースラへ招待して頂戴』

「……分かりました」

 

 ここで怒鳴っても望んだ答えは得られないと見て、遣り場の無い怒りを無理やり抑えるとクロノは頷いた。

 肩を押さえたまま振り返ると、こちらに話し掛けてくる。

 

「そう言うわけだから、済まないが僕に着いてきてくれないか」

「え、ええと、その……」

「分かったわ」

「分かった」

 

 なのはは混乱していたが、私と優介は即答する。

 元々そのつもりであったのだから迷うまでもない。

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 魔法と言うファンタジーなイメージと正反対な近未来的な戦艦の廊下をクロノに案内されながら着いていく。

 しばらく行くと、クロノは扉の前でインターフォンを押した。

 

「艦長、お連れしました」

『入って頂戴』

 

 入室許可を得て自動扉を開けて中に入るクロノに続い、私達3人もリンディ提督の私室であろう部屋へと入室する。

 次の瞬間に視界に入ってきた光景に、知っていたが思わず嘆息する。

 畳にししおどし、外人の間違った日本贔屓の代表例のような部屋であったからだ。

 

「時空管理局提督、そしてこの次元航行艦アースラの艦長リンディ・ハラオウンです」

 

 緑色の長い髪をした、中学生くらいの子供が居るとは思えない若々しさを保った女性が抹茶の道具を持ちながらそこに正座していた。

 

「高町まどかです」

「松田優介です」

「えと、高町なのはです」

 

「まずは、貴方達にはお礼を言わないといけないわね。

 私の息子を助けてくれて、ありがとうございました」

 

 そう言うと、私達に向かって頭を下げるリンディ提督。

 

「あ……済まない。僕もお礼を言うのを忘れていた。

 さっきはありがとう。おかげで命拾いしたよ」

 

 リンディ提督の言葉を受け、思い出したようにクロノも慌てて頭を下げる。

 

「いえ、当然のことをしたまでです。

 それよりも、クロノ執務官は治療をした方が良いのでは?

 その肩、完全に骨折しているでしょう」

「確かに折れてるけど、医務室に行くのは話が済んでからにするよ。

 話は聞いておきたいし、あまり得意ではないとはいえ治癒魔法も使えるから治療しながら聞かせて貰う」

「ならいいけど……」

 

 骨折で痛むだろうに真面目だな、と思わず感心する。

 

「それでは、話を聞かせて貰えるかしら」

 

 

 

 

「成程、ジュエルシードを発掘した少年からの念話で……」

「拾ったデバイスの言葉では、発掘者の少年はユーノ・スクライアと言う名前だそうです。

 残念ながら、先程の白髪の男ヴィルヘルムに既に殺されてしまってます」

「そう……」

「そうか……」

 

 既に死者が出ていることに、2人が沈鬱な表情となる。

 一方、発掘者の少年が死んでいることを知らなかったなのはは真っ青になっている。

 

「それで、貴方達が代わりに集めていたのね」

「放っておいたら街中が危険だし、かと言って頼れる相手も居なかったから、自分達で集めるしかありませんでした」

 

 クロノは一般人が関わっていたことに不満気だが、他に選択肢が無かったことも理解したのか特に何も言ってはこなかった。

 

「分かりました。では、これよりロストロギア……ジュエルシードの回収については時空管理局が全権を持ちます」

「え?」

 

 リンディ提督の言葉になのはが呆けたような声を上げる。

 

「君たちは今回のことは忘れて元の生活に戻るといい」

「でも、そんな……」

 

 クロノが関わらない様にと言うが、納得がいかないのか、なのはがおずおずと食い下がろうとする。

 

「これは次元干渉に関わる事件だ。民間人が出る話じゃない」

 

 そうね。

 その通りでしょう。

 ……この後に出てくるであろう言葉が無ければだけど。

 

「まあ、急に言われても気持ちの整理もつかないでしょう。

 今夜一晩ゆっくり考えて、三人で話し合って、それから改めてもう一度お話をしましょう」

「いえ、その必要はありません。

 お話は分かりました。先程勧めて頂いた通り私達は今回のことは忘れて元の生活に戻ることにします」

「え?」

「そんな!?」

 

 私の言葉にリンディ提督となのはが疑問の声を上げる。

 クロノは当然と思っているため特に驚いてはおらず、優介は最初から打合せ済みだから疑問はない。

 

「さて、なのは。優介。そうと決まったらさっさと帰りましょ」

 

 そう言って2人を促すと、私は立ち上がって入口の方へと向かう。

 

「待って下さい!」

「……艦長?」

 

 慌てて止めようとするリンディ提督に、クロノが不思議そうな表情をする。

 

「あれ? 何故止めるんです?

 民間人が出る話じゃないんでしょう? それともまさか……」

 

 目を細めて出来る限り冷たい視線をし、口元に僅かに歪ませて振り返る。

 

「……『手伝わせて下さい』と言わせる筈が当てが外れたせいじゃないですよね?」

「な!?」

「君は一体何を!?」

 

 人手不足の管理局は私達の手助けが喉から手が出る程欲しい。

 しかし、治安維持組織である彼らが一般人……それも子供相手に協力を要請するのは体裁が悪い。

 加えて協力依頼という形を採ると報酬についても問題となる。

 ならば、相手の方から「協力させて欲しい」と志願させれば、体裁も保たれ報酬も要らず、万が一の場合にも責任を取る必要が無い。

 

「私達にとってみれば身近に発生している災害、自分達が何とかする力があれば何とかしたいと思うのが当然よね。

 突き放せば必ず私達の方から『協力させて欲しい』と言い出す……そう言う計算かしら」

 

 良く言われるリンディ誘導説だが、目の前で青褪めているところを見るに図星だったのだろう。

 なお、責める様な口調で話しているが、実際のところ私は別にそれが悪いとは思っていない。

 組織の責任者としては仕方ない部分があるし、そもそも私達は管理局に協力してジュエルシード集めをするつもりだったので、別にそのまま乗っても良かった。

 ただ、2点だけ交渉で呑ませたい条件があったので、先制攻撃をさせて貰っただけだ。

 

 1つ目はデバイス。

 私や優介はデバイスが無い為に飛行魔法を行使しながら戦うことが出来ない。

 これまで何度かフェイトと衝突したが、戦闘域が空中になってしまうと傍観するしかなくなってしまっていた。

 単なる協力者でもデバイスくらいは貸してくれるかも知れないが、今後のことを考えると矢張り専用デバイスが欲しい。

 勿論、今回の事件には間に合わないだろうから取り合えずは武装隊の標準デバイスでも仕方ないと思うが、報酬として作って貰うことを条件としたい。

 

 2つ目は命令の拒否権。

 正史通りであれば海上で複数のジュエルシードを起動させ危機に陥るフェイトを助けることになるが、その後にリンディ提督から叱責される。

 放置すれば地球の危機だと言うのに、悠長に眺めているのが最善と言う彼らは優先順位を間違えているか私達とは相容れない優先順位を持っている。

 一応は善人みたいだから前者だとは思うけど、どちらにせよ個人的に納得いかないので予め潰しておきたい。

 

 そんな思惑を表情に出さずに、こちらを直視出来ずに俯いているリンディ提督を見据える。

 隣に居るクロノは最初こちらの言葉に反発していたが、リンディ提督の態度を見てまさかと言いたげな表情で固まっている。

 しばらく、無言で気まずい時間が流れるがやがてリンディ提督が床に手を付いて頭を下げた。

 

「ごめんなさい。

 貴方の言う通り、人手不足を補うために誘導しようとしました。

 本当にごめんなさい」

「そう。それでどうするのですか?」

「改めてお願いします。私達管理局に協力して頂けませんか?

 報酬に関しても可能な限りのことはします」

 

 態度を変えて、真摯に頼み込んでくるリンディ提督。

 さて、ここからが交渉開始となる。

 

「はい、お手伝いたぁ!?」

 

 ふぅ、危ない危ない。

 いきなり交渉をぶち壊そうとしてくれた愚妹の脳天にチョップを当てて黙らせる。

 なのはは頭を押さえて涙目になりながらこちらを睨んでくるが、無視する。

 

「条件次第で協力しても良いです」

「条件……ですか?」

 

 先程責めたせいでかなり警戒されてるらしく、リンディ提督の表情が険しくなる。

 

「1つ目は、先程対峙していた金髪の魔導師について。

 彼女が姿を見せた場合はなるべくなのはに相手をさせる様にして下さい」

 

 睨んでいたなのはだが、私の言葉を聞いて喜色を浮かべる。

 

「フェイトと呼ばれていた女の子のことね。

 それについては可能だけど、理由を聞かせて貰っても良いかしら?」

「なのはが話をしたいそうですから」

「そう……いいわ、分かりました。

 状況次第で必ずとは約束出来ませんが、なるべく考慮します」

 

 まぁ、これについては管理局側に不利益どころか利益になる話なので、別に断られることはないと確信していた。

 

「2つ目ですが、私と優介に専用デバイスが欲しいです。

 ただ、これは流石にすぐに用意出来るものではないと思いますので、それまでは標準的なものを貸して頂ければと思います」

「専用デバイス……性能次第では高く付くわね」

「AAAランクの魔導師を囲い込むためなら、喜んで予算を回してくれるんじゃないですか?」

 

 軽い皮肉を混ぜてそう言うと、リンディ提督はぐぅの音も出ずに押し黙る。

 

「分かりました、それについても何とかします。

 今のところは武装隊の標準ストレージデバイスを貸し出しますのでそれを使って下さい」

「ありがとうございます。

 それで3つ目、これが最後ですが命令に対する拒否権が欲しいです」

 

 これまでの2つの条件は大して難しいことでもないため殆ど議論もせずに通っていたが、最後に挙げたこの条件は流石に厳しいらしく、リンディ提督の顔があからさまに曇った。

 

「流石にそれは難しいです。指揮系統が保てなくなり、円滑な行動が出来なくなります」

「まぁ、そうでしょうね」

 

 あっさりと言う私に、リンディ提督は呆けたような表情になる。

 

「なので、条件を限定します。

 私達自身や家族・友人、この街やこの世界、それらに被害を齎す命令に関しては拒否権を下さい」

「私達はこの世界に被害を齎す様な命令は出すつもりはありません!」

 

 不本意だとリンディ提督が声を荒げる。

 でも、本当にそうかしら?

 他の世界に被害を齎す事態にこの世界を犠牲にすれば止められるとなれば、実行するんじゃないかしら。

 

「ならば拒否権を貰っても良いですよね?

 そう言った命令が出されなければ別に何も変わらないわけですし」

「……分かりました、良いでしょう。

 貴方達や周囲に被害を齎す命令は拒否して構いません」

「交渉成立ですね。

 内容は後で契約書に起こして下さい」

 

 そう言って手を差し出す私に、リンディ提督は一瞬絶句するが苦笑しながら手を伸ばす。

 交渉成立の握手をしながら、私は周囲の視線が自分に集中していることに気付く。

 話しの中心に居たから注目されるのは当然かも知れないが、向けられているのは呆れや疑念の色が強い。

 

「それにしても、まるで大人と交渉しているみたいだったわ。

 貴方、本当に9歳なの?」

 

 ぎくっ、転生者である私は前の世界の分を合わせれば軽く成人を超えた年齢となる。

 思い返してみれば、年相応の態度からかなり掛け離れていたことに気付く。

 交渉となればやむを得ない部分はあるが、転生者のことを気取られたくは無い。

 

「え、え~と……テレビの真似してみただけですよ」

 

 ……結局、出来たのはそんな苦しい言い訳だけだった。

 

 

 

「ところで、私達の知ってることは話しましたが、こちらから質問しても良いですか?」

 

 私の問い掛けに、リンディ提督は多少警戒しながらも頷く。

 そんな危険人物に向けるような視線を向けないで下さい。

 

「ヴィルヘルムとルサルカ……何故彼らを見逃す様な真似をしたんですか?

 聖槍十三騎士団……彼らがそう名乗った途端に貴方の態度が変わりましたよね」

 

 私の言葉にクロノも思い出したようにリンディ提督に喰ってかかる。

 

「そ、そうだ……艦長、何故彼らを追うのを止めたのですか!?

 聖槍十三騎士団とはどういう集団なのですか?」

「済まないけど、その質問には答えられないわ。

 彼らの存在は極秘事項であり、本局の将官以上でないと教えてはいけないことになっています」

「な!?」

 

 将官以上!?

 提督クラスでないと教えられないって、どれだけ極秘扱いになっているの?

 

「ただ、少なくとも言えることは……彼らとの敵対は徹底して避ける必要があります。

 未回収のジュエルシードが幾つあるかは不明ですが、彼らが姿を見せるまでに回収する速攻戦法が望ましいです。

 もしも彼らが現れた場合は即撤退を厳守して下さい。

 また、彼らが既に保持しているジュエルシードについては、諦めるしかないでしょうね」

「しかし!」

 

 リンディ提督の言葉が納得出来ないのか、クロノが喰って掛かる。

 しかし、リンディ提督はそんなクロノの言葉を切って捨てた。

 

「これは命令です、クロノ執務官」

「……分かり……ました」

 

 不承不承ながらクロノが受け入れ、その場はお開きとなった。

 

 

【Side リンディ・ハラオウン】

 

「………………はぁ」

 

 まさか、管理局上層部で禁忌とされている者達とこんな辺境の管理外世界で遭遇することになるとは思わなかった。

 ガレア帝国……そして、その尖兵たる聖槍十三騎士団。

 二度に渡って管理局が敗北し、屈辱的な条約を結ばされている相手。

 絶対に関わりたくない相手だが、同時にロストロギアがこの世界にばら撒かれている以上は何もせずに撤退も出来ない。

 彼等が関わっている以上、本局に増援を要請しても無駄だろう。

 接触後に増援を要請することは、下手をすれば帝国を刺激しかねない。

 対処に動けるのはこの世界に来ているアースラクルーだけだ。

 そんな中、独自にロストロギア──ジュエルシードを探索していた現地の少年少女。

 

「高町まどかさん、か」

 

 私は先程まで話していた少女──高町まどかさんのことを考える。

 拙いところは多々あれど、10歳にも満たない年齢でありながら堂々と交渉してみせた。

 正直、年齢詐称を疑いたくなるレベルだが……そんな少し調べれば分かるところで嘘は付かないだろう。

 それに交渉力を評価するとしてもあくまであの年齢にしては(・・・・・・・・)であり、こちらの演技にも全く気付いていない様子だった。

 

 先の交渉は彼女の要求をほぼ全て飲んだ形になったが、内容としてはこちらにとっても悪くはない。

 拒否権など発動する機会はないだろうし、黒いバリアジャケットの少女の相手を積極的に請負ってくれるのも好都合。

 管理外世界の住民である彼等にデバイスのメンテナンスは不可能、デバイス・マイスターにコネも無いだろうから、デバイスを渡しておけば必然的に私達管理局に頼らざるを得ず、勧誘の機会は幾らでもある。

 

「尤も、勧誘の機会についてはこの事件を乗り越えられたらの話だけど。

 矢張り、ガレア帝国が一番の問題ね」

 

 現場でかち合ったら即撤退の方針を採るとはいえ、接触の可能性をゼロには出来ない。

 戦力としても勿論脅威だけど、それ以上に条約に抵触して帝国との戦争が再開されてしまうことが何よりも大きいリスクだ。

 それを考えると、現地住民の3人は非常に貴重で有用な存在であると言える。

 管理局員と異なり、管理外世界の住民である彼女達は帝国との間で結ばれた条約には無関係に動く事が出来る。

 協力者となっているところはグレーと言えばグレーだが、言い逃れが可能な範囲だろう。

 

「あんな幼い子達をこんなことに利用するのは心苦しいけれど……」

 

 罪悪感が胸を刺すが、管理局員として提督として、私には部下を守り任務を遂行する義務がある。

 故に、多少の出費を払っても、彼女達を手放すわけにはいかない。

 勿論、優れた資質を持つであろう彼女達が最終的に管理局に入局してくれれば言うことなしであり、約束した報酬についてはきちんと支払うつもりだ。

 

「だから今は、彼女達が無事にこの事件を乗り越えられることを祈りましょう」




(後書き)
 すっかり迂闊な子が定着しつつある腹黒まどかの交渉回……と見せ掛けて、上には上が居るというお話。

 それと、祝・クロノ生還。
 味方が居るって素晴らしいことですね。(厳密にはあの時点では味方でもないですが……)
 1人だったら彼の命は無かったことでしょう。

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