聖闘士星矢 9年前から頑張って   作:ニラ

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52話

 

「聖域内で異変が起きている、だと?」

 

 疲れと怪我を負った身体に鞭を打ち、書類という名の敵と戦っていた俺の元へ嫌な報告が入ってきた。

 アーレスとの決戦まで未だ時間が有るが、それでも遊んでいて良いわけじゃない。通常業務はそのままに行うし、白銀聖闘士(ウチ)の場合は不貞聖闘士の討伐任務なんかも引き続き行う必要が有るからだ。

 

 正直な所、こんな時くらいは誰か別の人に業務を変わって欲しいくらいだ。

 だが残念なことに、未だにオルフェ以外に仕事を任せられる人材は存在しない。それに実際にオルフェに任せても、早々に好き勝手を始める輩が現れるため長期間の委任は出来ないしな。

 

 だからハッキリ言うぞ。

 これ以上は、もう余計なことをしたくはないで御座る……。

 

「まぁ、なんだ。異変が起きてるって、そんな事は当たり前だろう。現在の聖域内は非常厳戒態勢って奴だぞ」

「ですが……」

 

 報告に来た雑兵に厳しい言い方をしながら、俺は手を振って下がるように言う。だが雑兵は尚も食い下がるようにしながら動こうとしない。

 おいおい、勘弁してくれよ。

 

「クライオス様、違うのです。アーレス神殿とは別の場所で異変が起きているのです!」

「……アーレス神殿とは別の場所? いやいや、冗談だろ?」

 

 嘘や冗談であって欲しい。これ以上余計なことは起きないで欲しい。そう思っているのに、この世界の神々は厳しい人達ばかりだからなぁ。

 まぁ、残念なことに、俺は今まで神の優しさなんて感じたことはないのだがね。

 

 はぁ―――っと、思わず漏れる溜め息を隠しもせず、俺は疲れた顔を雑兵へと向けた。

 

「わかった。聞かせろ。何処で異変が起きている?」

「それが―――」

 

 困ったような表情を浮かべながら報告してきたその場所は、俺からするとかなり意外な場所であった。

 まぁ、想定外って奴だよ。

 

 

 ※

 

 

 報告に有った場所へと、俺は一人でやって来ている。

 誰か別の人間を寄越すことも考えたのだが、『何かがあった場合に困る』と考えて単独で来たわけだ。

 報告に有った場所は何処かと言うと、ソレは天蠍宮と人馬宮の丁度中間地点。只々十二宮の階段が存在するだけの場所である。

 

 本来、こんな場所に異変なんて起きようもない。何せ只の通路なのだから。

 しかも聖域の中枢とも言える十二宮で、そうそうは異変なんて起きるわけがないのだ。

 

 ……まぁ、時折に神からちょっかいが入って色々起きるが。

 

 いや、ソレは、まぁ、特殊な例だと思って欲しい。精々が数百年に一度程度の割合だ。

 そもそも今回の事例は、小宇宙を感じることが出来ない雑兵からの報告だったのだ。だから、そ~言った『敵の小宇宙が―――』的な内容ではないだろうと思ったのだ。

 

 とは言えやはり念には念を、だ。

 なんでもない場所なら俺も其処まで気にはしなかったのだが、『人馬宮』という名前が出てきてしまうとそうも言ってはいられない。

 何故なら、人馬宮にはアイオロスの伝言が残されている。他の黄金聖闘士に追われている状況で未来の聖闘士へ言葉を残していたアイオロスだ。

 もしかしたらソレ以外の何かが、通路に残されていても何ら不思議ではない。

 

 そして、ソレがもしも教皇に係ることであれば大問題である。

 可能性は殆どゼロであろうが、しかし万が一を考えて俺が一人で対処するべきだと考えたのだ。

 

 クソ! 色々と知っている中間管理職の嫌なところだよ。

 

 だが、現場に来てみてビックリである。

 

「これは……確かに異常事態だな」

 

 思わず零した言葉と共に、頬を冷や汗が伝っていく。

 視界の先には気持ち悪いくらいに『蛇』が蠢いていた。

 うぞうぞと、一箇所に留まるように100ほどの数が寄り集まっている。

 

 昔、前世の頃だが、テレビで冬眠から目覚めた大量の蛇が動き回っている映像を見たことが有る。規模はソレには満たないが、まるでソレを見せられているような気分である。

 

 しかし、聖域内でこんな蛇が大量に出るなんて聞いたことがない。

 何かの前触れか? ……いや、聖戦がもうすぐ始まると言えば始まるんだが。

 

 状況を観察するべく周囲に意識を向ける。

 だが、誰かが近くで監視している様子もない。ただの自然現象なのだろうか……。そう思った瞬間、

 

「む、これは……」

 

 微かに、ほんの微かにだが違和感を感じた。

 目を細めてジッと見るが、目に見えるモノではない僅かな違和感が此処で感じられる。

 

 俺は、その違和感をほうっておく訳にも行かず、蛇達の前へと足を進めてドカ! と腰を下ろした。

 そして座禅を組み、目を閉じて瞑想を始める。

 

 心を落ち着け、自分という概念を無くし、自然や空間に溶け込ませていくのだ。恐らくだが、此処には何かが在る。

 

 こう言ってはなんだが、俺の直接の師匠がシャカで良かったと思うよ。

 

 

 ※

 

 

 

「日が落ちる、な」

 

 山々の後ろへと日が沈み、薄暗闇へと変わっていく。

 日本で言う逢魔が時という時間。

 聖域から然程遠くはない、神話の時代に造られたアーレス神殿の奥に彼は居た。

 ニューギニアから、クライオスによって聖域へと連れてこられ、そして、山羊座のシュラの弟子と成ったテアという少年だった人物だ。

 だが、今の彼は聖域の候補生達が身に着けているような粗末な衣服を着ては居なかった。

 それは、輝かんばかりの白い衣服だ。

 豪奢な刺繍の施された、彼のためだけに作られた法衣を身に纏った彼は―――いや、神こそが軍神アーレスなのである。

 

 アーレスは沈みゆく太陽を眺め、目尻に僅かな涙を溜め込んでいた。

 

「……アヴァドル」

「はっ!」

 

 沈む太陽を、そして周囲の山々を見つめていたアーレスの声に間を置かず返事をする影がある。

 アーレス配下の狂闘士の一人、恐怖(ポボス)のアヴァドルであった。

 

「この世界は、美しいな」

「はい」

「大地に降り注ぐ太陽。流れる川。自然に色つく草花。青く染め上がる大海原。自然と呼ぶに相応しい、これらのなんと美しいことか」

「確かに、素晴らしき物であると思います」

 

 一切の淀みなく、アーレスの言葉を肯定するアヴァドル。

 アーレスはその様子を目視することもなく、また確認するでもなくただ視線を外へと向けていた。

 

「自然というのは、ソレはすなわち神々(われわれ)の作り出した物だ。其処には神の愛情と厳しさ、そして妥協のない美しさが同居している。動植物も含めて、な」

「………」

「もっとも、これは私の意見に過ぎない。神々とは言え別個の存在だ。それぞれに個性を持っている。私と同じ様に世界の美しさを讃える者が居れば、其れ等を無価値と判断する神もいる。アポロンやゼウスなどは、何方かと言えばこっち側であろうな。ゼウスもアポロンも、人というものをどうでも良い物と考えている」

 

 クツクツと笑いを堪えるようにしながら言うアーレスの表情は、年相応の子供でしかない。

 しかし、だからこそ感じることが出来る神々しさと美しさを兼ね備えていた。

 

「私は彼等とは違う。私は人を愛している。この地上に生きる、数多くの人々を。アテナと同じくな」

 

 聖域を治め、世界の平和と秩序を護る女神アテナ。

 アテナは世界を愛し、人々を愛する女神であるが、アーレスの言葉はその女神を肯定するものであった。

 

 だが、アーレスのそれはアテナとは決して相入れることは出来ない感情である。

 

「―――とは言え、私のソレは女神の愛とは形が違う。私は、人の持つ感情が好きなのだ。それも、とびきりに強い生への感情がな。詰まりは怒りや哀しみの感情がだ。その感情を、より強く、より簡単に人間どもから引き出すには、さて……何が良いと思う?」

「……戦、でしょうか」

「その通りだ。フハ、フハハハハハハ、解っているなアヴァドル」

 

 余程にアヴァドルの言葉が嬉しかったのか、ここに来てようやくアーレスはその視線をアヴァドルへと向けた。

 其処には目一杯の笑みが浮かんでいる。

 

「戦だ。戦なのだ。戦いの中に放り込まれた人間どもが、心の奥底から捻り出す感情こそが、怒りや哀しみなのだ。

 ……どうしようもなく美しいぞ? 奴らの晒す、その感情というのはな。自らが神であることも忘れて、思わず表情を崩すほどにな。

 だか私はソレが見たくて、聞きたくて、感じたくてな、ククク、だからこそ戦を引き起こすのだよ。

 地上の覇権? くだらないな、そんな物は。私は神だ。戦に狂った、戦神なのだ!」

 

 笑いながら、この世界の神々が持っている余裕と言うものを持たないアーレスは、まるで人間の様に自身の感情を吐き出していた。

 果たして、これは神の持っている感情なのか、それとも器と成っているテアの肉体がなせることなのか?

 

「―――フフフ、アヴァドルよ。私は貴様ら人間の尺度で見た場合、可怪しいのかな?」

 

 口元を釣り上げて、意地の悪い顔を浮かべながらアーレスは問いかける。

 ソレに吊られるように、アヴァドルも僅かに笑みを浮かべた。

 

「確かに、人の常識で考えれば十分に可怪しいとは思いますが……。しかし、アーレス様は神でありますから。人の常識で考えても意味はないでしょう。

 それに―――」

「それに?」

「私も、人の表す感情が好きでして。特に恐怖に怯える感情というのはーーー堪らなく好ましい」

「フハ、この異常者が」

 

 暗くなり、光が届かなくなるアーレス神殿の奥で、軍神は声を上げて嗤うのであった。

 

 

 ※

 

 

 さて、瞑想を初めてどれほどの時間が経っただろうか?

 気がつけば、既に日は落ちて夜になっている。

 

 瞑想に入ったときには周囲いっぱいに蛇が居たのだが、今では影も形もなくなっていた。

 まぁ、ソレも当然なのだろう。

 

 一通りの確認を終えて思ったのは、聖域というのはそれなりに歪んでいるということだ。

 まぁ、恐らくは今日のような異常事態は二度とは起こらないであろう。

 

 ………多分。

 だから、

 

「そろそろ家に帰ったほうが良いんじゃないか、シャイナ?」

 

 俺は物陰から様子を窺うようにしているシャイナへと声をかけた。

 瞬間、ビクッと肩を震わせるシャイナの様子を感じ取ることが出来たが、当の本人は何でも無かったかのように姿を表してくる。

 自分で言うのも変だが、聖闘士として体裁を保つと言うのは大変だよ。

 シャイナは此方を一瞥すると、軽く息を吐いてから姿を現した。

 

「此処に私が居ることに気付いてたんだね。流石はクライオスだ」

「まぁ、一応はな。お前も本気で気配を隠そうとはしてなかっただろ?」

「それでも、他の連中になら今のでも十分なんだけどね」

 

 まぁ、なんだかんだで白銀聖闘士もピンキリだからな。

 俺がピンかどうかは置いておくがな。

 ………いや、独り身という意味での『ピン』では在るけどさ。

 くそっ……オルフェぇっ!

 

「お前の所に提出する書類が有ったんだけどさ、聞いたら、お前は調査に出掛けたって言うし。探してみたら大量の蛇に体中を巻き取られてる状態だっから心配したんだよ」

「あぁ、そんな事になってたのか。意識が飛んでたから解らなかった」

「一応は小宇宙が燃えてたから大丈夫だと判断したんだけど。………お前、もうちょっと自分のことを大切にした方が良いんじゃないか?」

 

 自分を大切にだって? いやいやいや。この聖域に於いて、俺ほど臆病で自分を大切にしつつ、日々の行動方針を『いのちをだいじに』で動いてる人間は居ないと思うぞ?

 

「小首を傾げて意外そうな顔してるけどね。その辺りが自覚がない証拠だと私は思うよ?」

 

 自覚、か。いや、まぁ、そりゃさ。

 白銀聖闘士の中では頑張ってる方だと思うよ?

 次々と妙な仕事を任されて、体と心を休める時間も取りにくい状況だとも思うけどさ、でも、だからって自分を大切にして無い訳じゃないんだぜ?

 

 ただ『自分を大切にした結果、今の状況になってる』ってだけなんだよな。

 

「ねぇ、クライオス。私達は同じ時期に修行を始めた、謂わば同期って奴じゃないか。確かに私は、お前みたいに頭は回らないかもしれない。だけど、それでもアンタの事を心配してるってのは本当なんだよ?」

「心配? 俺がか?」

「そうさ」

 

 何やら、可怪しな話になってきたな。

 シャイナが俺を心配するって? あの女番長みたいな性格をしたシャイナがしおらしく俺のことを気に掛ける……。

 いやいや、有り得ないよな?

 俺がいつフラグを立てたってんだ? ………あ、修行時代に仮面を割ったのはノーカウントな。

 アレは何方かと言えば、フラグはフラグでも死亡フラグの方だから。

 

「他の聖域で修行をした奴らだって同じ考えだよ。皆、お前の力になりたいと思ってるのさ。………まぁ、魔鈴のことは判らないけどね」

 

 あぁ、なるほど。危うく早合点するところだった。

 要は仲間意識の表れってことね。

 けど、そりゃそうだよな。

 アテナと良い感じに成っちゃう星矢に対して、報われない横恋慕する未来があるシャイナが、よりにもよって俺に惚れるなんてことが在るわけがない。

 

 勘違いする前に気がつけて良かったよ。

 

「ありがとう、シャイナ。なんだかんだで、俺は皆に頼りきれてないって事なんだろうな。けど、お前がそう言ってくれるなら、もう少しだけ寄りかからせて貰うとするよ」

「あぁ、そうしなよ。アンタは一人で何でもやり過ぎだからね」

 

 仲間には優しいなぁ、シャイナは。

 その優しさをもっと発揮して、俺の代わりに書類整理をしてくれるなら尚のこと嬉しいんだが……。流石にソレは高望みし過ぎか。

 

「そうだ、クライオス。何なら、私がアンタのやってる書類仕事を代わってやろうか?」

「―――は?」

「最初は上手く出来る自信はないけど、其処はお前が教えてくれさえすれば」

「………」

 

 きりきり舞いになってる書類仕事を、シャイナが、俺の代わりにやるって?

 おいおい、何の冗談だ? 悪質にも程がある。

 シャイナが冗談でも、こんな事を言うわけがないだろうがっ!

 

 だって、シャイナは何方かと言えば脳筋族脳筋科に分類される御方だぞ!

 

「シャイナ……お前、偽物じゃないよね?」

「………は? なんだって?」

「いや、だって、聖闘士界の裏番と恐れられるシャイナが、まさかそんな殊勝なことを言ってくるとは夢にも思わなくて―――」

「――――もう一回聞くよ。なんだって?(ビシィッ!)」

 

 一瞬、シャイナの小宇宙が激しく高ぶり、その余波で仮面の一部に小さくはない罅が入った。

 あ、ゴメンナサイ。

 これは間違いなく本人だったわ。

 

 深く邪推した俺が悪いの?

 だって、シャイナを知ってる奴なら皆同じことを考えると思うよ?

 

「クライオス?」

 

 あ、すいません。なんでもないです。

 え、仕事? 本当にやるの?

 

「ちゃんと、クライオスが教えてくれるんだよね?」

 

 えーっと、いやソレは、その……も、勿論ですとも!

 ゆくゆくは俺の手など煩わせなくとも大丈夫なように、基本からしっかりと―――え? メインの仕事は俺がしなくちゃだめ? お手伝い的なポジション?

 ……メイド―――いや、秘書かな?

 

 え、肩書を? ………あ、はい。分かりました。

 

 と、まぁ、そんな感じで、俺はシャイナから放たれる威圧感に恐怖を感じ、シャイナを白銀聖闘士総括の『第一秘書官』に任命してしまったのだった。

 

 だってさ、黄金聖闘士を相手に感じる死の恐怖とは種類が違う怖さだったんだよ。

 仕方ないじゃないかっ。

 

 シャイナにあんな圧力をかけられたら、お前らならもっと早く音を上げてるって。

 まぁ、お前らって誰だよって気もするけどさ。

 

 

 

 


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