聖闘士星矢 9年前から頑張って   作:ニラ

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現実世界が忙しいと、何も書く気力が沸かないものだなぁ……。


47話 中間編最終話

 

 

 日本での悪巧みは上手い具合に事が進んだと思う。

 今後は聖域の開発計画に率先的にグラード財団を食い込ませる事で、聖域に於ける後々の城戸沙織の影響力を高めていくことが出来る筈だ。

 

 ……まぁ、下手をしたら『癒着』とか『談合』とか言われてしまうかもしれないが、そーいった細かいことは後で考えることにしよう。

 俺が平和な人生と安らかな老後を迎えるためには、若いうちに多少の苦労をする必要があるのだから。

 

 ――で、

 

「ただいまー!」

 

 と、休暇が明けて仕事へと復帰した俺は元気良く執務室の扉を開け放った。

 期間は僅かに1週間。

 短くも貴重な休暇であったが、しかし相変わらずのんびりと過ごした休暇とは言えない俺の日常。

 まぁ、小宇宙を燃やすとか戦闘行動がなければ、それだけでも十分に休暇か、俺にとっては。

 

「――って、何があったんだ……この惨状は?」

 

 扉を開けた俺を出迎えたのは爽やかイケメンなオルフェの笑顔ではなく、書類の山に埋もれるようにしながら突っ伏して寝ているオルフェの無残な姿であった。

 

 ……まぁ、書類仕事に追われてこうなったということは十分に予想出来る。

 

「おい、起きろオルフェ」

 

 ユサユサと肩を揺らし、夢の世界にトリップ中のオルフェを覚醒させる。

 『うー……』なんて唸るような声を漏らしつつも、オルフェは寝ぼけ眼をこちらへと向けてきた。

 

「ぁ……お帰りなさい。クライオス」

「なんだか凄い顔してるな、何なんだこの惨状は?」

「クライオスが休暇に入った日から……マトモに寝ていなくて。他の何人かの白銀聖闘士達が鬼の居ぬ間に――とでも言うように勝手な振る舞いをし始めて、その対処にも追われて…………」

 

 ……あぁ、成る程。

 流石に犯罪を犯す程の馬鹿共ではないのだろうが、今まで無理矢理に色々と仕事をさせてきたツケが出てきたらしい。

 ボソボソと語るオルフェの言葉に、俺は溜め息と同時に肩を落とした。

 

 簡単に言えば、命令無視が目立つようになったということである。

 もっとも、何も仕事をボイコットするという訳ではない。

 彼奴等にも一応とは言え聖闘士としての自覚が在る。

 任務のボイコット等をすれば、ソレは逆に自分の存在自体を否定することに繋がることだ。

 幾らなんでも、そんな事は奴等もしない。

 

 だが、

 

「……俺が居ないだけで、此処まで仕事の報告や後始末が雑になるのか?」

「私一人では、監督をするにも限界があります」

 

 申し訳なさそうに俯くオルフェに対し、返って此方のほうがすまなく思ってしまう。

 元々聖闘士は戦うことが仕事だ。

 そのための訓練を積んできただけのオルフェに、『他の者達よりも落ち着いているから』なんて理由で任せきりにしてしまったのがそもそもの間違いだったのだ。

 

「まぁ、解った。後の処理は俺の方でしておくから。お前は今日から1週間休め。俺が許す」

「……良いのですか?」

「俺が無理矢理に1週間の休暇を取り、その皺寄せがお前に行ったんだ。お前だって同じだけ休まなくちゃフェアじゃないだろ」

 

 結構な無茶な理論では在るのだが、しかし今のオルフェに休暇が必要なのは事実だ。

 それに適材適所。

 俺に事務能力が有るかどうかは兎も角として、今のオルフェよりは遥かにマシである。

 コレは俺が、彼の力を過大に評価してしまったからこそ起きた失敗なのだ。

 

 ――まぁ、本気で事後処理に長けた部署を創るべきだと思うが、今は目の前の書類の山を片付けるとしよう。

 

「さて、頑張るか」

 

 自分に言い聞かせるように口にした言葉だったが、その言葉にオルフェは

 

「申し訳……ありません…………」

 

 と、口にしてドサリと倒れ込むのだった。

 せめて部屋に戻れ――――と一瞬思ったのだが、緩やかな寝息を立てる彼にそんな事を言うことはできなかった。

 

 

 

 ※

 

 

 雑な仕事をする連中に必要なのは、要は教育だと思う。

 聖闘士は子供の時から戦うことにばかりに力を注いできたために、社会不適合者を多く作ってしまうのだ。

 

 わかり易い例で言えば、シャカを始めとした黄金聖闘士の面々である。

 彼等は聖闘士の立場から見ても人知を超えた超人であるのだが、社会に適合出来るかどうかで言えば限りなく怪しいと言わざるをえないだろう。

 

 そしてそれらは全て、彼等が挫折らしい挫折を知らず、人間社会に溶け込む努力をしたことがないから発生した弊害なのではないだろうか?

 

 先の未来に起きるであろう聖戦を生き抜くだけならば、まぁ、社会不適合者であっても構わないと思う。

 多少の優しささえ有れば、恐らくは何も困りはしないだろう。

 

 しかし、平穏な生活や安らかな老後を迎えようと思ったらそうは行かない。

 皆が皆、天秤座の童虎みたいに脱皮して若返ることが出来るわけではないのだ。

 歳を重ねれば肉体衰える。

 衰えた肉体で何でもかんでも執り行うことは不可能なのだ。

 そうなれば、最終的には社会の世話になるしか無い。

 

 俺は勿論そのつもりだが、俺の周りにも最終的には老衰で死ぬまで生き続けてほしいのである。

 そして、そういった社会性を身につけるためにも教育が絶対に必要なのだ。

 

 その為、教皇へ直談判を俺は行った。

 内容は――

 

「――――つまり、社会勉強ですよ!」

「……社会勉強?」

 

 溜まりに溜まった仕事を片付け、周囲に迷惑を掛けて回った馬鹿な同僚(白銀聖闘士)達に粛清という名の御仕置を済ませてからこうしてやってきた訳だが……最近になって教皇の威圧感に成れてきてしまっている自分が居るなぁ。

 

 慣れる事に特化しているんだろうか、俺は?

 

 と、ソレよりも『現在から未来の聖域に必要なこと』を説明した俺に対する教皇の反応は、

 

 『よく解からん』

 

 といった感じである。

 社会勉強なんて意味あるのか?

 とでも言いたげな雰囲気だ。

 

「良いですか教皇。この聖域の運営は結局のところ、世界中の国々からの支援で成り立っています。当然、仕事として各地に派遣されることで収入を得ていると言った側面もありますが、一番の収入源は各国からの支援なんです」

「それは……確かにそのとおりだが」

「だったら、ちょっと想像してみてください。例えば派遣されてきた聖闘士に仕事を頼んだとして――――」

 

 ――と、俺の一人寸劇が此処では始まった。

 因みに、内容はこんな感じである。

 

『デス○スク君、君にはとある場所に行って怪事件を解決してきて欲しいのだが』

『あ? なんだって俺がそんな事をしなくちゃならねぇんだ?』

『い、いや、しかし君はその為に此処へ派遣されて――』

『黄金聖闘士であるこのオレ様が、そんなくだらない事に力を使う訳が無いだろうがぁ!』

『んなッ!』

『そんなことよりも腹が減ったな。飯の時間はまだか?』

『~~~~ッ!?』

 

 ――――なんて具合だ。

 因み、話の中の聖闘士が誰とは言わない。

 飽くまでも『もしもの話』でしか無いからだ

 

 もっとも、この説明は思いの外に教皇の心に届いたらしく

 

「それは……拙い。途轍もなく拙いっ!」

「でしょう?」

「デスマスクの愚か者めッ! 奴は私の邪魔をするつもりなのか!」

 

 と、予想以上の反応を見せてくれた。

 いや、『もしもの話』なんだけどね。

 

「そういう訳で、どうでしょう。聖闘士達には社会性を身に付けて貰うため、彼等に一ヶ月の間だけ一般人の中に溶け込んでアルバイトをして貰う――――というのは?」

「アル……バイト、だと? 聖闘士がか?」

「えぇ。だって俺を含めてそうですが、本来人間として社会性を身につけるべき大切な時期に戦うことばかり考えて教育されてきていますからね。そのせいで聖闘士は人間関係の構築が非常に不得手になってしまっています。

 そりゃ、中には教皇のように人付き合いの上手い人も居るでしょうが、皆が皆でそうだという訳じゃないでしょ?

 だからせめて、教皇の5分の1程度にはそんな能力を身に付けて貰わなくちゃ」

「それは、まぁ…………嘗ての私は、『神の化身』とまで言われていたからな」

 

 思わず、ポロッと出てしまった言葉なのだろうが、教皇は自身が双子座のサガとして存在していた頃のことを口走ってしまっている。

 場合によって其処から教皇の正体が露見してしまうと思うのだが、まぁ、本人が気にしていないなら無謀なツッコミはしないでおこう。

 

「神の化身とまでは行かなくても、『流石は聖域の聖闘士だ』と思われるくらいには教育していきましょう。この聖域の治世が永遠に繁栄していくためにも」

「…………永遠に、か」

 

 重く通る声で悩むように言う教皇。

 そりゃ悩むよな。

 既に腹を括って『色々』やっていく事に決めた俺とは違って、教皇は神話の時代から続くこの聖域のトップなんだから。

 だが、だからこそ俺が提示したもしもの可能性も無視できないモノだと理解できる筈だから。

 

 しかし、俺は聖域の治世とは言ったが、教皇の支配云々には触れていない事に気が付いているだろうか?

 

 

 

 ※

 

 

 

 教皇への進言は取り敢えずだが受け入れられた。

 幾分、卑怯な言い回しをしたかもしれないが……まぁ、この辺りは許容範囲だろう。デスマスクには悪かったと思うが。

 とは言え、その代わりとして全聖闘士のアルバイト管理も『俺が』することになってしまった。

 もっとも、精々が順番にバイトを出来るようにローテーションを組むことと、各聖闘士の就労先の管理。

 それから緊急時の連絡方法を考えて整備するくらいのことだ。

 

 なに、それ程に難しいことでは無い。

 ソレに、面倒なことばかりではない。教皇は口約束ではあったが、書類仕事の出来る人間をこちらに回してくれると約束をしてくれたのだ。

 

 まぁ、出来れば俺も椅子に座ってカリカリと書類とにらめっこをしているより、外で拳を振るってる方が楽だ。

 出来る限り早くに事務方には来てほしいものだよ。

 

「――――クライオス!」

 

 と、仕事のために詰め所へと戻ろうとしていた俺に声をが掛かる。

 声を掛けてきたのはシャイナだ。

 未だに幼さが残る年代だが、成長期の速い女性であることから俺よりも幾分背が高い。

 少しばかり嫉妬を感じるな。

 

 だが、そんなシャイナよりも更に背の高い巨漢が一緒に歩いている。

 俺はそっちの方にも軽く視線を向けながら返事をする。

 

「久しぶりだな、シャイナ。元気だったか?」

「私達聖闘士が、そう簡単に風邪をひく訳にも如何なじゃないか。元気なのは当たり前だよ。――けど久しぶりだなって言うのはねぇ……」

「ん、なんだよ?」

「私とアンタが久しぶりになる理由が有るとすれば、ソレはアンタのせいじゃないか。しょっちゅう何処かに行ってるしさ」

「む、そうか?」

「そうだよ」

 

 言われてみてから首を捻って考えてみる。

 確かに何かしらと、聖域を離れることが多い気がする。

 総括に成ってからは大体は聖域内に居たのだが、しかし事後処理として各地に行くことも有ったりしたのでシャイナに出会う確率は随分と低かったかもしれないな。

 

「なるほど。確かにアッチコッチとフラフラしてる俺の所為かもしれないな」

 

 とは言え、だからと言って俺にシャイナと会わなければならない理由が有る訳ではなのだが。

 

「まぁ、ソレはソレとして、ソッチのデカイのは?」

「あぁ、コイツは私の弟子でね」

「そう言えば、今は色々な奴が弟子育成をしてるんだったな」

 

 クイッと親指を向けながらシャイナは後ろに控えるようにして立っている男――カシオスに目配せをした。

 同じ白銀聖闘士でも、既に星矢を始めとした所謂原作組を弟子に持った者達が多い。

 シャイナもそうだが、鷲座の魔鈴やケフェウス星座のダイダロスとか、な。

 ある意味では、カシオスも立派な原作組といえるだろう。

 

「カシオス、こいつはクライオスって言ってね。私と同じ聖闘士の一人さ。ほら、挨拶をしな」

「ど、どうも。俺は、カシオスって名前です」

 

 目つきの鋭く巨漢のモヒカン男が、恐縮したような態度で頭を下げてくるのは色々と違和感があるな。

 というか、コイツの髪の毛は剃ってるわけじゃなさそうだぞ!?

 

「……あの、なにか?」

 

 っと、どうやら頭ばかり見すぎたようだ。

 失敗失敗。

 

「あぁ、はじめまして。俺はシャイナとは同僚になるクライオスだ。君はギリシアの出身なのかな? その言葉のイントネーションからすると」

「は、はい。立派な聖闘士になるには、やはりギリシア出身でなければと思いまして!」

 

 ふーん。

 本心で言っているかどうかは知らないが、なんだかなぁ……といった台詞である。

 実際、青銅聖闘士、白銀聖闘士、黄金聖闘士と見渡しても他所の国の出身だという聖闘士は非常に多い。

 ソレを考えるに、カシオスがどうして『聖闘士=ギリシア出身が望ましい』――なんて考えに至ったのか不思議でならないのだが。

 

「――そうだよカシオス。他所の国の奴等なんかに聖闘士なんて務まるもんか。今でさえ、他の国出身の奴等は迷惑を掛けることばかりしてくれるんだからね」

 

 と、不意に口にしてきたシャイナの言葉にカシオスは『ハイッ! シャイナさん!』なんて力強い返事をする。

 

 そうか。カシオスの意識を妙な方向に固めたのはシャイナか。

 まぁ、確かに。今現在俺に面倒を掛けるような連中は主にギリシア出身以外の聖闘士ばかりだな。

 まぁ、逆にギリシア出身ではない魔鈴やオルフェなんかにもかなり助けられてはいるのだが。

 

 となると、概ねカシオスの意識が変な方に行っているのは少しくらいは俺の所為でも有るということか。

 

「ところで、クライオスはこれから時間は有るかい?」

「時間? ……一応は何故と聞きたいんだが」

「この後、魔鈴の所に行くんだけどね。暇だったら一緒に来ないかと思ってさ」

「あぁ、そういうこと」

 

 シャイナは見るからに腕力的な強さを持っているカシオスを、魔鈴の弟子――星矢にぶつけようとしているのだろう。

 まぁ、カシオスのヤル気と言うか、モチベーションを上げるには丁度良いかもしれない。

 

 ついでに言えば、日本人の魔鈴とその弟子である日本人の星矢。

 この二人をやり込めることで溜飲を下げたい――なんて思いも有るのではないだろうか?

 大人としては諌めて止めるべきなんだろうが……面白そうだし良いか。

 ちょっと星矢に用もあるからな。

 ついでだ、ついで。

 

「よし。そういう事なら俺も一緒に行こう。魔鈴の弟子も、どんな奴なのかを見てみたいからな」

「本当かい!」

「いや、コンナことで嘘はつかないって」

 

 予想外に好反応を示すシャイナ。

 なんだ? 軽くガッツポーズ的に手を握りしめている。

 コレはアレかな? 俺が付いていくことで、カシオスが星矢に対して暴力を奮っても問題ないことだ――的な、免罪符的な役割に成ったのだろうか?

 

 うーん。

 いや、シャイナはそんな根暗なことをするタイプじゃないだろう。

 そうなると……どういう意味のガッツポーズだ?

 

「それじゃあクライオス、早く……いや、ゆっくりでも良いから魔鈴の所に行こうじゃないか」

「うん? まぁ、そうだな。俺達が急いだら、流石に候補生のカシオスには付いて来れないだろうし」

 

 チラッと視線を向けると、カシオスは申し訳ないような表情を浮かべている。

 何とも殊勝な態度に映る。

 コレがあのカシオスになってしまうのかと思うと、時の流れは残酷だと言わざるをえないな。

 

「あ、あの、クライオス様」

 

 軽く半眼になって考えていると、此方の視線が気になったのかカシオスから声がかかる。

 だが……『クライオス様』ってなんだよ?

 

「クライオス様、か? ……いや、俺はそんな大した奴なんかじゃない。敬称に『様』なんて言わなくても良い」

「で、ですが、シャイナさんが言うには大勢の聖闘士を統括する立場の人間だと」

「……まぁ、間違ってないが正しくもない」

 

 正確には、俺が管理できるのは白銀聖闘士面々に限るし、当然だが黄金聖闘士の管理は行っては居ない。

 様々な面で劣っている俺が、黄金聖闘士の管理をするなんて馬鹿げた話であろう。

 ついでに言えば、青銅聖闘士も俺の管理の外にある。

 とは言え青銅の場合は数自体がそれ程に集まっていないことが理由の一つに挙げられるのだが、ね。

 

「兎に角、俺のことは精々クライオスさんとでも呼べばいい。シャイナのことは『さん』付けで呼んでるんだろ?」

「しかし……」

「カシオス。クライオスが良いって言ってるんだ。言うとおりにしなよ」

「…………はい。シャイナさんが言うのなら」

 

 尚も反論をしようとするカシオスを、シャイナが機先を制して止める。

 だが、俺の言葉に言い返そうとした奴が、シャイナの言葉でアッサリと言葉を翻すとは。

 

 俺の威圧感が足りないのか、それともシャイナによる教育の賜物なのか。

 しかし、これから先はきっと『クライオス様』なんて呼んでくる奴等も増えるんだろうな。

 そういった呼び名にも慣れる必要がある、か。

 

 あーやだやだ。

 

 根っこが普通の人の儘だから、どうしても違和感を感じずにいられない。

 黄金聖闘士達はそういった意味では羨ましいよ、本当にさ。

 少しは社会勉強をして、俺の気持ちの10分の1でも理解してくれれば――

 

「――あれ?」

 

 途中まで考えた所で、少し疑問が浮かんでくる。

 隣を歩いていたシャイナが『どうした?』なんて聞いてくるが、ソレどころではない。

 教皇との遣り取りで『全聖闘士のアルバイト管理を俺がする』と決まった訳だが……

 

「もしかして、黄金聖闘士の管理も俺がするのか?」

 

 口にしてみて初めて分かる、ゾッとするような嫌な予感。

 考え出すと悪い方に流れるから考えたくないのだが、しかし考えない訳にもいかない。

 

「胃薬が必要になるかも……」

 

 将来に起こりうる可能性を考え、『はぁ……』と肩を落とす。

 しかし、もはやデモンローズにすら耐性を持つ俺に、果たして普通の胃薬が効果を発揮してくれるのだろうか?

 

「クライオス、本当に大丈夫なの?」

 

 急にガクリと落ち込んだ俺に対して、シャイナが優しげな言葉を投げかけてくれる。

 思わず嬉しさで抱きつきそうに成るが、其処はグッと我慢。

 

「大丈夫だ。問題ない」

 

 と、口にして俺は笑顔を浮かべて歩き出した。

 もっとも直ぐに、さっきの自分のセリフは『大丈夫じゃないセリフ』だった事に気がついて苦笑を浮かべることに成ったのだが、な。

 

 

 ※

 

 

 現在、場所は変わって滝が見える切り立った崖。

 廬山の五老峰ほどではないが、マイナスイオンがたっぷりな場所である。

 

 どうやら魔鈴は此処で星矢の特訓をしているようで、それっぽい少年が縄で縛られて崖下に吊るされている。

 腹筋運動か何かか、コレは?

 

 まぁ、俺も昔は似たようなことをやったよ。

 科学的トレーニングなんて聖闘士には意味が無い。

 コレ、結構重要なことだから。

 

「久しぶりだね、魔鈴」

 

 ――と、俺の疑問を他所に、シャイナが魔鈴への挨拶をする。

 俺も笑顔を浮かべながら手を振ると、魔鈴は顔を向けて返事をしてきた。

 

「シャイナ、それにクライオスも一緒か。珍しいね。二人揃って何をしに来たんの?」

「まぁ、俺は見学だな。総括の仕事も今日は一段落ついてるし。シャイナの方は――」

「うちのカシオスを、お前の所の弟子に合わせてやろうかと思ってね」

「星矢に?」

「へぇ、星矢って名前なのかぃ」

 

 ふんっと鼻を鳴らしたシャイナはスタスタ歩いて滝下に向かって視線を向ける。

 その先には芋虫のようにぶら下がっている子供――星矢が、

 

「鬼ー!悪魔っ!性悪女っ!」

 

 と、魔鈴に対する悪態を叫んでいた。

 

「随分と元気そうじゃないか、お前の所の弟子はさ。けど、教育が悪いようだね」

「ふん。アレくらい気が強いほうが良いさ。誰かの弟子みたいに、ペコペコしてるよりゃあね」

 

 おっと、互いに嫌味を言い合って小宇宙が若干に揺らいでいるな。

 仲が良いのか悪いのか、どうにもこの二人の関係性は判り難いな。

 

「魔鈴。星矢は腹筋運動の最中なんだろ? どの位の時間をあぁしてるんだ?」

「クライオス……。星矢はかれこれ、2時間はあの状態だね」

「2時間、か」

 

 ま、ソレだけ時間が立ってるのなら仕方がない、な。

 

「おい、クライオス。何を――」

「フンッ!」

 

 俺はぶら下がっている縄を掴み、一息に星矢の事を引っ張り上げた。

 ポーンと空を舞う星矢に向かって今度は手刀を振るい、拘束していた縄を粉々に切り刻む。

 

「うわぁっ!」

 

 クルクルと宙を舞っていた星矢は、ドスン!と音を鳴らしながら尻もちを付いて地面に落着。急なことに考えが追いついていないようだが、ぶつけた尻をさすって此方を伺うように視線を向けている。

 しかし成る程。元気そうな少年である。

 

「どう云うつもりなのさ、クライオス。幾らアンタでも修行の邪魔をしないで貰いたいね」

「ぶら下がった状態で2時間も経ったんだろ? なら十分だよ。人間は3~4時間程そんな状態で居ると脳圧が高まって障害が出る可能性があるんだ。俺達聖闘士は普通の人間じゃないが、候補生にまでソレを求めることはないだろ?」

 

 と、もっともらしいウンチクを魔鈴に説明する。

 まぁ、なんだ。科学的なトレーニングは必要ないが、しかし医学的根拠は必要だろ。

 俺達は一応、食事もすれば睡眠も取る人間であるわけなんだからさ。

 

「――さて、初めましてに成るな、星矢」

「いててて、なんだよアンタは?」

「俺はクライオスだ。広い意味では、お前の先輩だな」

「先輩? まぁ、良いや。あんな状態から助けてくれたんだ。あんがとな」

 

 ……口の利き方が悪い子供だな。

 まぁ、ある意味では年相応であるんだが。

 恐れを知らないというかなんというか…………。

 

「クライオス。挨拶はソレくらいで良いだろう。――カシオスッ! ソイツに挨拶をしてやりな!」

「――はい! シャイナさん!」

 

 シャイナの言葉にズンズンと歩いてくるカシオス。

 俺は軽く肩を竦めて見せると、魔鈴は『はぁ……馬鹿馬鹿しい』と溜め息を吐いたのだった。

 

「星矢とか言ったな、貴様」

「あぁ。そう言うお前はカシオスだって?」

 

 カシオスとは違って年相応の背格好である星矢は、対比すると随分と小さく見えてしまう。

 ニヤリと言った笑みを浮かべているカシオスは星矢に向かって手を差し出すと、握手だとでも思ったのか星矢は同じように手を伸ばし――

 

「ギャっ!?」

 

 瞬間、カシオスに蹴り飛ばされていた。

 

「ぐ……あぐぅ…っ」

「今のはちょっとした挨拶だぜ」

 

 グヘヘヘ――っと、本来の表情を浮かべながら星矢の胸ぐらを掴んで立たせるカシオス。

 やはり教育の所為なのだろうか?

 

 此方を伺うように、カシオスはチラッと俺達(魔鈴を含む)に視線を投げかけるが、特に止める理由は無いのでスルーをする。

 すると、カシオスはソレを『もっとやれ』とでも認識したのか星矢に対して一方的に暴力を振るうのだった。

 

 やれ、日本人が聖闘士だと?ふざけるな!

 とか

 聖闘士には俺のようなギリシア人こそが相応しい

 とか

 今のうちに帰ってママのおっぱい――

 とか

 

 まぁ、子供だからな。

 悪口のレパートリーはどうしても少ない。

 しかし、なぁ……。

 何度も言うが、聖闘士ってギリシア出身よりも他所の国から来たって奴等のほうが多いんだよな。

 だから俺自身、余り出身国には拘っていない――と言うか、おいおいカシオスさんや、俺の元々の生まれ故郷の悪口をそんなに言うなよ。 

 

 と、そろそろ拙いか?

 

「其処までにしておけ、カシオス。ちょっとした喧嘩程度なら止めないが、ソレ以上は駄目だ」

 

 振り上げているカシオスの拳を掴み、ギュッと締め付けるようにしながら押さえつける。

 一瞬驚いたような表情を浮かべるカシオスだったが、俺がジッと視線を向けると「は、はい」と返事をして引き下がった。

 

 うーん。なんだか小物臭いな。

 このカシオスが、本当に将来『シャイナのために自ら命を断つ』なんて真似を出来るようになるのだろうか?

 

 と、今はそんなことよりも星矢のフォローが先か。

 

「星矢、良く聞け。今、お前は理不尽な暴力に遭遇した。お前の生まれ故郷である日本で普通に生活していれば、そうそうは無いような状況だな。コレは。だが俺達聖闘士は、そういった理不尽と戦うための力を持つ必要がある」

 

 言いながら膝を付き、蹲っている星矢に言葉を投げかける。

 星矢は聞いているのか居ないのか、少し朦朧としているように見えた。

 

「理不尽に打ち勝つ力を身に着けろ。聖闘士として必要な力を手に入れるんだ。その力が足りなければ、その時は大切な何かが無くなることに成るぞ」

 

 と、そう言いながら星矢の額に指先でトン……軽く突く。

 すると次の瞬間、星矢は意識を手放してガクッと倒れ込むのであった。

 

 上手く、行ったか?

 

 確認のしようはないが、多分大丈夫だろう。

 俺は星矢の首根っこを掴んで持ち上げ、魔鈴に向かって放り投げる。

 ナイスキャッチ! 流石に魔鈴も、グッタリとしている星矢放り出すことはしないようだ。

 

「今日はコレ以上の修行は無理だろう。意識を軽く飛ばしておいたから、恐らく明日の朝までは目覚めないはずだ。帰ってゆっくりと休ませてやれ」

「…………」

「何だよ、魔鈴?」

「いや、随分と勝手に色々としてくれる――そう思っただけだよ」

 

 無言でジッと見つめてくる魔鈴に問いかけると、幾分だが御立腹の様子である。

 まぁ、気持ちは解らなくもない。

 俺に合わせて考えてみれば、机に向かって事務処理をしている最中に黄金聖闘士がやって来て、書類を滅茶滅茶にしたような状態だろうか?

 

 うぁ……きっついな。

 

「――すまない、魔鈴。後で何か埋め合わせをする」

 

 まぁ、アレだ。

 星矢の修行が一日無駄になったかもしれないという可能性を考えるのなら、後で何かしらのお返しは必要なことだよ。

 

 因みに、現在の星矢は魔鈴の腕の中でグッタリとしているわけだが、アイツの頭には俺からちょっとしたプレゼントを植え付けさせて貰った。

 

 俺の記憶が確かなら、星矢が聖闘士に成ることが出来たモチベーションは『生きて帰って姉に会うため』だったはず。

 だからその部分を刺激し、少しでも諦めの感情が沸き立てば自身の姉が何かしらの不幸な目に遭う――といった幻覚を見せるモノだ。

 

 上手い具合に働けば星矢の成長は高まるだろうし、駄目なら壊れるかもしれないが、な。

 

 定期的に様子を見よう。

 強くするための措置で、星矢が壊れてしまっては元も子もない。

 

「クライオス、私たちはそろそろ帰るよ。うちのカシオスはまだ体力が余ってるからね、この後に修業でもつけさせるさ」

「今日みたいなのは今回限りにして貰うよ、シャイナ。コイツが修行で壊れるならまだしも、アンタの所の出来の悪い弟子に壊されたって言うんじゃ目も当てられないからね」

「出来の悪い? フンっ! そのざまで良くも言えたもんだね魔鈴」

 

 互いに互いを牽制し合いながら、小宇宙を燻らせている二人。

 はいはい、止めろ止めろ。

 実力行使で止めるぞ?

 

「――見つけたぞクライオスっ!」

 

 と、不意に遠間から俺を呼ぶ声がする。

 何事か? と視線を向ければ、何やら幾分だけ焦った表情のアイオリアが居るではないか。

 

「アイオリア、どうしたんだ? 随分と慌ててるようだけど……」

 

 まさか黄金聖闘士誰かが死んだってんじゃないろうに。

 いや、流石にそんな状況だったらもっと大きな騒ぎになっているか。

 

「クライオス、お前……その様子だと、やはりまだ知らないようだな」

「知らない?」

 

 黄金聖闘士に『働け命令』が出ることなら知ってるが?

 

「お前が連れてきた、シュラの弟子に成っていた小僧を覚えているか」

「あぁ、テアのことだろ? パプワニューギニアから連れてきた。あのね、俺、まだボケてないよ」

「そうじゃない。…………その小僧が行方不明に成ったそうだ」

「は? 行方不明?」

 

 真面目な顔をして告げてきたアイオリアの表情は、どうやら嘘や冗談を言っているものではないようだ。

 コレがデスマスクやアフロディーテならば、真面目な顔をして嘘を付いてくることもありそうなのだが……。

 

「修行の結果、『居なく成った』ではなくて?」

「聞くところによると、休憩時間中に姿を消してソレっきりとのことだぞ」

 

 休憩時間ってことは、基本的には自分の意志で姿を消したってことだ。

 なんでだ?

 シュラは比較的良識派だから、死ぬような修行も其処までしたりはしないはずなのに。

 

「何を考えてるんだ、テアの奴」

 

 眉間に皺を寄せて、俺は空を仰ぐ様にして見上げるのであった。

 

 

 

 




中間編、此処に終了。
もっと早く書けたんじゃないか? って気もするけど、ゆっくりしすぎた。
次回からは本編――――ではなくて、また外伝の話が始まります。
というよりも、この作品を書き始めた数年前から構想を練って居た話。
軍神アーレス編です。
一応は『聖闘士星矢Ω』が始まるよりも前に考えていたので、アニメのΩとは何の関係もない話ですね。
まぁ、そもそも筆者はΩを見ていないので参考にしようがないのですが……。
ソレが終わったら、ようやく本編開始かな。

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