カノン島。
日毎に噴煙を撒き散らす、活火山を有する小さな島である。
もっとも、小さいと言っても麓には集落があり、人の営みがあるのだからそれなりの大きさを有してはいる。
まぁ、裏で世界に冠たる
…………まぁ、今の俺にはその方が都合が良かったような気がするが。
「――――ったく、何だってんだこの街は! シケすぎだろうが!」
「確かに、な。聖域から然程離れては居ないとは言え……これでは華やかさが足りなさすぎる」
「(特産の無さそうな集落だから、流通が少ないんでしょ。……と言うか、辺境の田舎みたいなものなんだから華やかさを求めても仕方が無いでしょうに)」
苛立つように文句を言う二人の聖闘士に呆れたようなツッコミを返しているのは誰か?
まぁ、俺な訳だが。
では文句を言っているのは誰なのか? と言うと、それは
今回の俺は、この二人を引率にカノン島まで療養に来ているのだ。まぁ、精神的にオッサンな俺は、気分的にはこっちが引率の先生といった状態である。
……修学旅行の付き添いをする教職員は、こんな気分なのだろうか?
今だってちょっと目を離すと、デスマスクは店の軒先に並んだ食材にケチを付けては店の人と揉めているし、アフロディーテなどは道行く婦女子に薔薇を渡して何やら甘い言葉を囁いている。
……いや、止めてよ二人共。
「んだよ、お前だってうまい飯が食いたいだろうが? だからこうして、もっと良い材料を仕入れるように交渉してんだぞ?」
それは、そうかもしれないけど、ある物で何とか頑張ってくれよ。
「クライオス、私はアフロディーテだぞ? 例え私が何もしなくとも、周りがそれを放っては置かないのだ」
だったら、周りの反応に応えるのを辞めてください。
全く、どうしてこんな厄介な二人が俺の療養に付き合うことになったのか。……正直なところ、俺からすれば完璧に胃痛ものである。
まぁ、そもそもだ。
俺の休暇に付いて来るといった時点で既に何かが可怪しいのだ。しかも、仮にもこの二人は聖域の最高戦力の一柱だぞ?
それがホイホイと、たかが
そのうえ誰が付いて来るか? を決めるときに、最終的にとった方法がジャンケンである。
弟子を持っているシュラ、弟子申請中のカミュ、そして新たに弟子をとったらしい我が本当の師匠シャカはそのジャンケンに参加はしなかったが――――それでもやり過ぎである。
正直なところ、残りのラインナップだったらアルデバランに来て欲しかったのだが……デスマスクとはあまり反りが合わない様だし、アフロディーテと一緒だとアルデバランは
「おい、クライオス。とりあえず1週間分の食料を買ったからよ、荷物に追加しておけ」
「デスマスク、ちゃんとワインも買ったのか? 泥水を啜って食事をするなど御免だぞ、私は」
「抜かりはねぇよ。ちゃんと箱買いしたっての」
其処は抜かっても良かったんじゃないか?
ギリシアじゃ若い内から、食事にはワインと相場が決まっている。水が不味かったり体に悪かったりとで、飲料に向いていないからだ。とは言え、地獄のような修行をくぐり抜けた聖闘士の肉体が多少の泥水程度でどうにかなる訳もなく、二人の行っているやりとりは完璧に個人の趣味嗜好が主である。
……少しくらいはサバイバルを経験したほうがいいのでは?
なんて考えつつもデスマスクの購入した商品を担ぐ俺は、もう随分とこの手のことに慣れてきてしまったのだろう。
一応、この中で一番疲弊してるのは俺なんだけどね。
「さっき声をかけた女性に尋ねたが、カノン島の火山はまた活発に動きを増してきたらしい。近づくのは危険だと言っていたぞ?」
ナンパしてたわけじゃなくて、軽く情報収集をしていたらしいアフロディーテからの情報。なるほど、しかしその情報源が女性限定だということに少しだけ苦言を挟みたい。
しかし火山が活発に、か。
療養って何処でやるんだったか? 火山の火口だっけ?
ここまで来ておいて何だけど、死んだりするんじゃないの、それって?
「へぇ~火山が活発にねぇ。まぁ、行くだけ言ってみようぜ。実際にどうなってるのかなんて、見てみるまでは解らねぇよ」
「そうだな。遠目に見るには確かに噴煙が上がっているが、それはここでは然程珍しい光景ではないらしい。どうなっているのかは直接見るに限る」
二人の意見に俺は賛成した。
此処まで来ておきながらトンボ返りとかは勘弁だが、療養するにしてもそれが出来る状態かどうかは調べる必要があるだろうからな。
――と、火山に向かって足を進めていった。
とは言え、この時の俺は自然の力というものを少なからず舐めていたのかもしれない。
集落を抜け、山へと向かうにつれて地面の質感が変わっていく。地面というよりも灰や、冷えて固まった溶岩による岩肌が増えていったのだ。
富士の樹海やその周辺も似たような状態なのだろうか?
マウントフジ。その名前に懐かしさは感じるが、残念なことに富士の樹海に思い入れはない。
徐々に剥き出しの岩肌が目立つようになると、頂上付近から溢れている煙で視界が埋まりだす。
完全に見えなくなることはないが、それでも火山地帯特有の硫黄臭さや何かを焼くような焦げ臭さが鼻につくようになっていた。
……コレは確かに、結構キツイかもしれない。
小宇宙を高めれば多少の不便な状況でも生きていけるが、俺は此処に療養に来ているのだ。わざわざつらい思いをする必要性が全く見えない。
頂上についてみれば尚の事、煙はモクモクで息苦しい状態は続いている。名残惜しいが、帰るしか無いだろうか?
「(療養をするには、ちょっと――)」
と、俺がそう言いかけた時のことだ。
「――ちょうど良いんじゃねぇか?」
「あぁ、手頃な具合だな」
と、デスとアフロの2人が宣った。
思わずに「は?」と、顰め面を浮かべる。
「噴火って言ってもよ、コレならまだ完全にそうなるとも限らねぇだろ。だったらちょうど良いだろうが」
「(なにが?)」
「君の修行に決まっているだろう、クライオス」
「(…………は?)」
眉間に皺を浮かべる俺とは違い、2人の黄金聖闘士はキラリと目を輝かせていた。
俺、修行は聖衣の修理と怪我の治療が終わってからにしてくれって言わなかったっけ?
「勿論聞いてたけどよ」
「我々がソレを聞く必要が何処にあるのだ?」
恨めしい視線をぶつけた俺であったのだが、どうやら2人にはそんな視線など意味が無いものであったらしい。
キョトンとしたような表情で逆に返されてしまった。
あぁ、そうでしょうよ。
勝手に良いように考えてた俺が悪かったですよ。
※
――だからって、コレはないと思う。
グツグツと吹き上がるマグマ。
軽く1000度は超えているのだろう、見ているだけで目眩を起こしそうな大地の炎を眼下に捕らえ、現在の俺は――
「(死ぬ! コレは久しぶりに死にかねない修行だ!)」
全身を鎖で捕らえられ、火口の奥深くで縛り付けられていた。
さながらアンドロメダの神話、火山バージョンといったところか。
「今現在、このカノン島の火山は噴火の兆候が出てきている」
「今回の修行は、お前が小宇宙を使ってその噴火を抑えこむってことだ。簡単だろ?」
「(内容は簡単でも、実現レベルは果てしなく高いッ!?)」
そりゃ、神のレベルにもなれば惑星の軌道すら操ってしまうのも解る。それと比較すれば地球の一地域にあるマグマ溜まりの操作なんて大した物ではないのだろう。
だが、俺は聖闘士とはいえ一応は人間だぞ?
神ではなく、れっきとした普通の人間だ。
聖闘士の立場から見ても、化け物のカテゴリーに片足突っ込んでるような黄金聖闘士ならば今言ったような事も出来るのだろうが…………そういった位置に俺も含めないでほしい。
「良いかクライオス。基本的には小宇宙を操って何かをするって意味じゃ、普段やってることと大差はねぇ。今回はその対象が地球の奥から溢れてくるマグマだってだけのことだ」
「(だけって……)」
「恐れずにやってみせろ。そもそも、お前はカミュから凍気の技を教わっているのだろう? そういう意味では、ある意味簡単な修行方法だぞ?」
「(いやいや、仮に絶対零度を生み出せても、俺の小宇宙じゃ飲み込まれて終わりでしょうが!)」
「まぁ、そうならないためにもセブンセンシズに目覚める必要があるな?」
「お前、男だろ? ガタガタ言わずにさっさとやれ」
まさか俺よりも精神年齢が若い奴に、男について語られるとは思わなかったぞ。
正直、俺を捕らえている鎖が仮にアンドロメダのチェーンと同等の能力を有していたとしても、今の俺ならば鎖を断ち切って逃げ出すことが可能だろう。
白銀聖闘士の実力は伊達ではなく、その程度の事ならば鼻歌交じりにすることが出来る。ミスティが言ってただろ? 青銅と白銀ではその実力に虫ケラと神ほどの差が有るのだと。
そのため逃げるだけなら容易いのだが、残念なことに今の俺には監視役として黄金聖闘士が2人も張り付いてしまっている。
青銅と白銀が虫ケラと神の関係ならば、白銀と黄金もソレと同じか更に酷い差があるのだろう。
正直、奴らがいる状態では上手く逃げ出せるようには思えない。
ならば覚悟を決めて、修行を熟すしか無いのだろうか?
「(…………むぅ)」
唸るようにしながら紅く染まっているマグマに目を向ける。
これ、どうにかなるのか?
最悪自分の体だけでも護るようにしないといけないが――
「――あぁ、そうだクライオス。言い忘れていたが、カノン島の火山は本当に限界が近い。麓の者達も感じていたようだが、実際に見て見ると情報以上に一杯一杯なようだ。もしオマエが火山を抑えることに失敗した場合……我々は兎も角として、麓の村は全滅するかもしれんな」
この土壇場で、サラリと嫌なこと言うな!
コレじゃ本当に逃げることも出来ないじゃないか!
……クッソ! 本当にもう、コイツラって本当に何なんだよ!
焼けそうなほどに燃え滾っているマグマを前に、俺は気合を入れる。
勝手に他人の生命を賭けの対象にするとか、本当にもう止めてくれよな!
「ハァアアアアアアアアア!」
体の奥に眠る小宇宙。
ソレを高め、燃焼させて目の前のマグマに向かって全く逆の現象を引き起こすように、俺は意識を集中していった。
本来、体内に眠る小宇宙を燃焼させて現出させることで、聖闘士は様々な奇跡の技を可能にする。
一番手っ取り早い攻撃手段としては、高め小宇宙で対象の原子核を破壊する方法や、または原子の動きを加速させて熱を生み出すと言った方法が多い。
しかしソレとは対照的に、
原子の働きを停滞させ、結果的に冷気を生み出して叩きつける――もしくは氷結させるといった方法を取る。
言ってしまえば少しばかり面倒な手法なのだが、それでも慣れてくると多少の無理は効くようになる。
絶対零度とまではいかなくとも、ダイヤモンドダストと同程度の凍気を放ち続ければ何とか成るのだろうか?
俺は疑問を感じつつも、目の前のマグマに対して凍気を撃ち放っていった。
だが――
「(むぅ、不味いな……)」
抑えの効かなそうな状態になっているマグマを前に、もう一度全身から凍気を放つ。
これで何度目になるのか判らないが、どうやら俺が捻り出す程度の凍気では1000度を優に超えるマグマが相手ではどうしようもないようだ。
撃てども撃てども、俺の放った凍気は大した効果もなくマグマの熱に飲み込まれてしまっている。
やり方が悪いのだろうか?
凍気を生み出して放つのではなく、直接この辺り一帯の環境に働きかけて原子の動きを止めてしまえば少しは違うのか?
しかし……ソレをしても大丈夫なのか?
創りだした凍気を押し出してブツケルよりは幾分効果を期待できそうではあるが、しかし一帯を覆う程となると……いったいどれ程の小宇宙が必要になるのやら。
こんな時、シャカなら簡単にやってのけてしまうのだろう。
……シャカ、か。
結局のところセブンセンシズに目覚めなければならない――ということなのだろうが、俺がまだシャカの弟子であったころ、アイツはなんて言っていた?
確か、
『視覚、嗅覚、聴覚、触覚、味覚の五感、霊感や超能力などの第六感を超えた先にある第七の感覚をセブンセンシズと呼ぶ。この言葉に当て嵌めれば、我々聖闘士操る
『――だが、小宇宙の真髄である
『五感を失い、その更に向こう側を『見る』ことで第七感の片鱗を感じることは可能かもしれないが、ソレは余りにも愚かしい方法でしか無い。何故ならそれは、世の理を知るために神仏と対話をしたいと願い、自らの命を絶つ事と同義だからだ』
『
…………思い出してみても、謎かけめいたことを言っているようにしか感じられないのだが。
しかし、此処に何かしらのヒントが隠されているのだろう。
なら、もう少し掘り下げて考えてみてはどうだ?
そもそも、小宇宙を燃やすとはどういうことなのだ?
俺は元々にあった知識と、そして周りの黄金聖闘士達の言葉からソレを漠然と受け入れていたが、果たしてその言葉は正しいのか?
だいたい小宇宙を燃やすといった時に、俺は一体何をしているんだ?
『自身の内側にある小宇宙を解き放つのだ――』
この言葉をそのままの意味で捉えてしまうから、多くの聖闘士はセブンセンシズに目覚めることが出来ないのではないか?
そう考えれば、シャカの説法めいた言葉の数々にも納得の行く部分が多い。
つまり、小宇宙は正確には生み出すものではない。
それがセブンセンシズの、本当の答えなのではないだろうか。
だとすれば、俺が『ソレ』をするために何をすれば良いのかは余りにも明白である。
「スゥ~ハァー……」
煮えたぎるマグマを前に、俺は放っていた凍気を抑えて呼吸を整える。無駄に小宇宙を使っても意味が無いと判断したからだ。
熱せられた空気が肺の中に入り込み息苦しく呼吸を邪魔してくるが、それも次第に気には成らなくなってきた。心が深い部分へと入り込み、自身の肉体に起きている変化を自分とは別のモノとして捉え始めたからだ。
ゆっくり、ゆっくりと。
俺の意識は微睡みながらも確かに深く深く沈んでいく。
しかしそれでも自分自身のことを確実に理解して、把握しているのだ。
今の状況で吹き出したマグマを浴びれば、俺は一溜まりもないだろう。しかし今ならば解るのだが、決してそうはならないと断言できる。
(――――あった)
深く深く意識を沈め、俺が何を
「ふぅ…………ッ!」
今まで以上により深く、確かに小宇宙を感じ取った俺は、その源泉から漏れだしている分ではなく、更に其処を押し広げるようにして小宇宙を高めていく。
あぁ、これだ。
なるほど、コレだったのだ。
初めて小宇宙を使った時は何が何だか解らなかった。
それから特に意識するでもなく使い続けていた小宇宙だが、ソレの出所はこんな所にあったのだ。
コレならシャカの修行の内容に禅が組み込まれていたことにも納得がいく。奥深くにまで自身を見つめ直すことが、最終的には必要なことであったのだ。
あぁ、しかし、今なら解る。黄金聖闘士の持つあの絶対感が何であるのかを。
コレを出来るか出来ないかというのは、まさに神と虫けらの差があると言って良い程の隔たりがある。
体の奥底から渦巻くように溢れだしている例えようのない程に強大な小宇宙。コレは確かな万能感を持つ者に与えてしまうだろう。
鎖で繋がれた腕を上へと持ち上げ、頭上で両手を組み合わせる。
高められた小宇宙を更に圧縮させた俺は、その力を全方位に向かって解き放った。
「…………オーロラ・エクスキューション」
発せられた声の直ぐ後に、周囲一帯どころか火山の奥深くにまで広げられた小宇宙がその効果を遺憾なく発揮するのであった。