聖闘士星矢 9年前から頑張って   作:ニラ

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28話

 

 

 朝、普段目覚めるよりも早すぎる時間に、私は意識を覚醒させられた。

 

「一大事でございます! フレア様!」

 

 そう、大きすぎる声を出してきたのは、私の側仕え兼、護衛をしてくれているハーゲン。真っ直ぐな金色の髪の毛と、そしてこのアスガルドでは珍しい褐色の肌をもった少年です。

 

「むぅ……どうしたのよ、ハーゲン? 朝から大きな声を出して、相変わらず無駄に元気ね」

 

 未だ意識のハッキリとしない私は、気怠い身体を起こしながらハーゲンに問いかけます。そう言えば、私はいつの間に部屋に戻ってきたのでしょうか?

 

「どうしたでは有りません! 一大事なのですフレア様!」

「ん……一大事?」

 

 尚も大きな声で捲し立てるようなハーゲンの声に、私は眉間に皺を寄せて唸り声を上げます。一大事……と言われても、お姉さまが居なくなった事以上の一大事など早々には有りません。そもそも、そのお姉さまだって昨日ちゃんと帰ってきたのに。

 

「あのねぇ、ハーゲン。昨日に行方知れずだったお姉さまが戻ってこられたばかりなのよ? このアスガルドで、お姉さまが居なくなること以上の一大事なんて、そうは無いでしょ? 少しは落ち着いて」

「そのヒルダ様が、再び行方知れずなのです!」

「…………なんですって?」

「ですから、ヒルダ様の行方が昨晩から――」

「また、お姉さまの行方が?」

 

 焦れるようなハーゲンに、私はユックリと諭すようなツモリだったのですが、しかしその後に告げられたハーゲンの言葉は、そんな私の意識を一気に覚醒させました。

 

 何故?

 どうして?

 

 そんな疑問めいた単語が、頭の中でガンガンと反響するように渦巻いています。

 

「ハーゲン! いったい何が? どうしてそんな!?」

 

 まともな言葉にもなっていないような、そんな台詞を私はハーゲンにぶつけます。ハーゲンはそんな私に嫌な顔一つせず、軽く息を吸うと説明をはじめました。

 

「残念ながら私も、詳しい事情は把握しては居ないのです。ですが聞く所によると、昨日の聖闘士が犯人として投獄されたと」

「聖闘士? ……まさかクライオスさんが!?」

「はい」

「そんな……そんなの有り得ないわ!」

 

 昨日の今日で、再びお姉さまが行方不明になった? それは私を驚かせる内容だったけれど、その犯人がクライオスさんだと言うのは更に私を驚かせる内容でした。

 

 そもそも、仮にクライオスさんが犯人だというおなら、何故お姉さまを一度このワルハラ宮に連れ帰ったのでしょう。誘拐の犯人がクライオスさんならば、そんな必要は何処にもなく、最初の誘拐騒ぎの時にコトを済ませてしまえば良かった筈。そんなことは子供の私でも解ります。

 

 それに、昨晩にあったクライオスさんからは、その様な姑息なことをするような嫌な感覚は受けなかった。

 

「ハーゲン」

「はっ!」

「直ぐに支度をします。先ずはジークに会わなければいけません」

「で、ですが、ジークフリートは現在ドルバル様の命により自室での謹慎中でして……」

「謹慎? 叔父様の命令で?」

「はい」

「……謹慎中の者に会ってはならない訳でもないでしょう。準備をして、ハーゲン」

「畏まりました」

 

 お姉さまが昨日の今日で行方知れずになり、そして犯人として捕まったのは昨日現われた聖域の聖闘士・クライオスさん。そして居なくなったお姉さまと、謹慎させられている護衛のジークフリート。

 

 私はこの状況に、嫌な予感を感じずには居られなかった。

 

 

 

 ※

 

 

 ジークフリード

 

「私は……こんな所で何をしているのだ」

 

 ヒルダ様と別れ、フレア様を私室へと御運びした私は、一人でクライオスに告げられた言葉の意味を考えていた。それはヒルダ様が襲われた時の状況や、そうなるに至ったまでの経緯などだ。

 

 奴の――クライオスの言葉が本当であるのなら、それは一つの可能性を示すことになる。正直、『何を馬鹿な』と一笑に付したい気持ちもあるのだが、しかし逆に考えれば、『そうであるのなら辻褄が会う』というのもまた事実。

 

「そして何より、今のこの状況」

 

 早朝、クライオスの言葉に悩まされて一睡もできずにいた所、突然言い渡された謹慎の伝。

 しかも、ヒルダ様が再び行方不明になり、その犯人としてクライオスが捕まったという。 私は、ドルバル様に、『心身を休めるように』と今の謹慎を言い渡されたが、それが更に私の疑念を増すことに成ってしまっている。

 

 ドルバル様のあの時の表情は、普段から眼にしている慈愛に満ちたモノであった。だが、だからこそなのだろうか? クライオスの言葉を聞いた今となっては、それを心の底から信じることが出来ない自分が居る。

 

「――ジーク、ジークフリード。私です、フレアです」

 

 コン、コンと、控えめなノック音と同時に、外からフレア様の声が聞こえてくる。私は慌てて扉に駆け寄ると、フレア様を招き入れるべくソっと開いた。

 

「フレア様!――と、ハーゲン?」

「なんだジークフリード? 俺が居ては不満なのか?」

「いや、そんな事はない。それよりもフレア様、中へどうぞ。ハーゲン、お前も」

「ありがとう。ジーク」

 

 私が中へと促すと、フレア様は返事をしつつ中へと入られる。

 とは言え、その様子は私から見ても焦っているような、焦燥感を滲ませていた。

 

 部屋へとフレア様を招き、私は来訪されたフレア様の言葉を待つ。

 何かしらの御用が、今の状況ならば先ず間違いなく、ヒルダ様に関することで参られたはず。

 そう予測を立てて、私はジッとしているのであった。

 

「聞かせて頂戴、ジーク。昨晩、クライオスさんの部屋からお姉様を送っていったのは貴方なのでしょう?」

「は、はい……」

 

 フレア様の言葉に、再度自身の情けなさが浮き彫りに成ったようで言葉が詰まる。私自身がヒルダ様の不寝番でもしていれば、此のような事にはならないはずだった。

 

「勘違いしないで、ジーク。私は貴方を怒りに来たわけじゃないわ。ただ聞きたいのは部屋に帰った時のお姉さまの様子と、それから……貴方から見た、クライオスさんの印象について」

「ヒルダ様の様子と、クライオスへの印象……ですか?」

 

 ヒルダ様に関してのことは、私から言えることはそう多くはない。

 いや、ヒルダ様の素晴らしさを語れというのであれば、それこそ一昼夜語ることも出来るのだろうが、フレア様が聞きたいことはそういう事ではないだろう。

 

 そのため私から言えることは、『普段とほぼ変わらず、戻られたことに安堵しているようだった』としか答えようはない。

 

 しかし、クライオスに関しては

 

「正直、よく解りません」

「解らない?」

 

 クライオスに関しては、何を考えているのか? 何をしようとしているのか? それらがどうしても曖昧になってしまう。

 アスガルドと聖域の相互関係も、私がこのような思考に陥ってしまう原因の一つなのだろうが、それでもよく解らないのだ。

 

「良い奴――かも知れない、とは思うのですが」

「……」

 

 私の曖昧な返答に、フレア様は表情を曇らせた。

 それはそうだろう。今の状況を打開するための情報集めと考えれば、このような何とも取れるような言葉を快く思うわけがない。

 

 だが

 

「フレア様、少々お耳を拝借しても」

「ハーゲン?」

「コレはですね」

 

 フレア様の斜め後ろに控えていたハーゲンが、何やらフレア様に耳打ちをし始める。

 『フフン』とでも言うように、見透かすような態度が見え隠れするハーゲンに、何故だか無性にイライラが募る。

 そのうえ

 

「あ~、そういう事でしたか」

 

 と、何やら妙な納得をしたフレア様が、観察するような視線を私に向けてくるとなれば尚更だ。

 

「あの、フレア様?」

「良いのです、ジーク。それ以上は言わなくとも」

「は、はぁ」

 

 私の言葉を手で制するフレア様。

 しかし、どうにも何か勘違いをされて居るように思えてならない。

 

「ジーク、先ずは貴方の思いがどうであるかよりも先に、お姉さまの救出を優先しなければなりません。良いですか?」

「それは勿論です。ですが私は」

「謹慎中だというのでしょう? それでも何か、ほんの些細なことでも良いのです。……幾らなんでも、クライオスさんを犯人とするのは無理があることくらい、ジークにも解っているでしょう?」

「それは……」

 

 フレア様の言うとおりだ。

 幾らなんでも昨日の今日で、そのうえヒルダ様を保護した人物が犯人というのは無理がある。

 それこそ可能性がゼロという訳ではないが、一考するほどでも無いだろう。

 

 私は昨晩に帰られたヒルダ様の『表情』とクライオスの『言葉』、そして今朝方に顔を合わせることと成ったドルバル様の『笑み』を思い起こし、口を開く決心を固めたのだった。

 

「お聞きください、フレア様。コレは、クライオスから持たらされた情報なのですが」

 

 そう、最初に断って告げる言葉に、フレア様は耳を傾けていった。

 

 

 

 ※

 

 

 

 クライオス

 

 アスガルド、ワルハラ宮の地下に作られた牢屋。

 今現在、俺ことクライオスはその牢屋内で鎖で繋がれ、両手を固定されて壁際に半ば吊るされた様な状態になっていた。

 

 今朝方にアスガルドの雑兵連中に捕縛された俺は、そのまま宮内の地下であるこの場所に引き立てられて、つい先程まで拷問官のような筋肉男に鞭打ちをされていたのだ。

 

 手枷の嵌められた場所は擦り切れて血が滲み、鞭打ちをされた場所は肉が裂けて血が流れている。

 

(尋問って、これかぁ……拷問の類じゃないのか)

 

 と、内心で思った俺だが、とは言え今の尋問官(かれ)には恐らく理性的な話は出来ないだろう。なにせ尋問官は俺を拷問するということに躍起になり、俺という存在(もしくは聖闘士)にかなりの怒りを顕にしていたから。

 

 基本的に聖闘士や神闘士などの神々の尖兵と言うのは超人の分類に入る『変態』な訳だが、その肉体のレベルは常人と然程変わりはないと言われている。

 自らの身体能力を小宇宙によって飛躍的に上昇させることで、俺達聖闘士は超人的な戦闘能力を得ている訳なのだが、それに対して肉体の防御能力というのは然程高まりはしないらしいのだ。

 そのため、そんな肉体をカバーするために聖衣が存在するのだが……。当然今の俺は、風鳥座の聖衣を身に付けては居ない。

 

 もれなくアスガルド側に没収され、現在は聖衣箱に詰められて地下牢に転がされている。

 

 生身の状態の俺だ。

 常識的な観点で言えば、鞭打ちと言うのはそれなりの効果があげられる拷問方法といえるだろう。しかし彼等にとっては残念なことに、いまの俺は『鞭打ち程度の攻撃』では何も感じないのだ。

 

「ゼハぁ、ゼハぁ!」

「……」

 

 嬉々として鞭を振り下ろしていた拷問官は、今では肩を上下に動かしながら大きく息を切らしている。何度鞭を振り下ろしても、俺が一向に反応を示さないことでムキになりすぎたのだろう。

 

 ……こうして考えると、聖域で何度もぶっ飛ばされた修行時代も無駄ではなかったのかもしれない。更に付け加えるのなら、つい最近に投獄されたスニオン岬の岩牢。あそこの環境に比べれば、今現在状況は大した事はないように思えてくる。

 

 人間、何が後々の役に立つかは解らないものである。

 

「なぁ、そろそろ良いんじゃないか? 鞭打ち程度じゃ、俺が声一つ上げないような変人だって、もう解っただろ」

「自分で……変人とか、言うな」

 

 ギロリと睨みつけながら言ってくるが、その表情には疲れが滲んでいるためか幾分迫力に欠ける。しばし俺と尋問官は視線をぶつけ合っていたが、尋問官はプイッと顔を逸らしてしまった。

 

 休憩にでも入るのだろうか?

 

 唾を吐き捨ててから牢屋を後にする尋問官を眺めながら、俺は今後のことに付いて考えることにするのであった。

 

 世界にとっての最高の結果は、ドルバルを倒してそれに加担する神闘士を排除すること。

 劇場版だろうが、TV版だろうが関係なく、今現在の状況ではそうすることが最良な方法であろう。

 

 次点としては『アスガルドを滅ぼす』――や、『一人でさっさと逃げ出す』――などが有るが、それは後々の事を考えると最悪手だ。

 アスガルドは元より、聖域さえ敵にしかねない。

 

 ……まぁ、今の時点で既に、最初の方法以外では聖域から見捨てられそうでも有るんだが。

 

「しかし……ドルバルが一連の首謀者だというのは間違いはないだろうが、急に行動を起こした理由は何だ? それに、幾らなんでも昨日の今日でまたこんな馬鹿げたことを……」

 

 しばし俺は黙考すると、嫌なことに直ぐ様その原因らしき事が思い浮かんできた。実際それが原因だとは余り考えたくはなかった、一度考えてしまうとそれ以外に原因らしい原因が思い浮かばない。

 

「……はぁ。溜息が増える」

 

 腕を釣り上げられているため自由の効かない肩を、気持ちだけでもガクッと落とした俺は、何とか先に蒔いておくことが出来たジークフリートの行動に期待するしかなかった。

 

「イザとなれば、此処から抜けだしてゲリラ行動かな……」

「――ゲリラ行動ってなんです?」

 

 天井を眺めながら呟いた俺に、上手い具合に合いの手が入る。俺はその声に一瞬驚いた物の、直ぐ様に視線を自身の隣――壁へと向けた。

 

 俺が視線を向けたと同時に、壁の一部がズズズッと音を鳴らしてズレていく。どうやら物語などでも良くある、秘密の抜け道があるようだ。

 ……正直、牢屋に抜け道を作ってどうするんだ? といった疑問もあるが。

 

 僅かにずれた壁の奥からは、見知った相手の気配を感じることが出来る。まぁ、知らない相手も一緒のようだが。

 

「お迎えに上がりました。クライオスさん」

「待ってたよ、フレア」

 

 壁の奥からヒョコッと顔を出して言うフレアに、俺は笑みを浮かべながら返事を返すのだった。

 しかし、どうしたことか

 

「――っ!?」

 

 フレアは俺と視線が合った瞬間に目を見開いてしまう。

 悪どい表情にでも成っていたのだろうか? 

 

「ク、クライオスさん……その怪我」

「え? ……あぁ、コレのことか。多少気にはなるけど、今はそれは後にしよう」

「あ、それでしたら、鍵を探して――」

「大丈夫だよ。ちょっと待っていてくれ」

 

 成る程。鞭打ちをされた怪我を見て、フレアは驚いていたのか。

 怖がらせる表情を作っていたとかではなくて、本当に良かった。最近、どうにも思考が黒い方向に流れていくような気がしてならないからな。

 

 俺はそんな事を考えながら、鎖で繋がれている両腕に力を込めていく。

 

 バキン!

 

 周囲に金属が破壊された、甲高い音が響く。手首を固定していた鎖は、何ら変哲のない鎖だったのだろうか? 力を込めて引っ張ると、思いの外にアッサリと鎖は千切れてしまう。

 

「まぁ、アスガルドだと言っても、流石にグレイプニルみたいな神話級の道具を使うことはしないか」

 

 若干拍子抜けな感は否めないが、俺は残る手枷も無理矢理に破壊して外していった。

 囚われていた間は確かに多少不便な時間ではあったが、それでも聖域での修行(イジメ)に比べれば大したものではない。

 

 ストレッチするように手首や足首を回してみると、幾分違和感が有る用に感じるが……まぁ、ソレほどの問題では無いだろう。

 

「待たせたな、フレア。だが来てくれてありがとう」

「いえ、クライオスさんには、アスガルドの民として申し訳ない気持ちで一杯で――」

「フレア様、お早く。尋問官が戻ってきてしまいます」

「あ、そうでしたね」

 

 眉根を寄せて、申し訳なさそうな表情を浮かべていたフレアを制したのは男の声だった。

 もっとも、未だ少年というようなボーイソプラノであるが。

 

 俺は相手を確認しようとすると、その相手からは胡散臭い物を見るような視線をぶつけられる。

 

「クライオスさん、こちらはハーゲンと言って私の護衛をしてくれている者です」

「ハーゲン?」

 

 あぁ、コイツが――と、俺は内心で零していた。

 ベータ星メラクのハーゲン。

 幼い頃よりフレアと共にしていたことで、彼女を愛するようになり、それが元で視野狭窄に陥った挙句、氷河の事を逆恨みしてしまう奴……だったか?

 

「なんだ?」

 

 ジッと見つめすぎてしまったか、ハーゲンが怪訝そうに眉根を顰めて尋ねてくる。

 

「いや、なんだっけ? 劇か何かに出てきそうな名前だな……っと思って」

「…………」

 

 咄嗟のフォローであったが、上手くはなかったのだろうか? ハーゲンは眉間の皺を更に深いものに変化させている。

 

「あー、なんだ。まぁ、よろしく頼む。俺は――」

「挨拶などいらん。それよりも急げ、解っているだろ?」

「……そうだな。解っているよ」

 

 ツッケンドンなハーゲンの言い様に、

 

(今の時点で、既にフレアに御執心か……)

 

 俺は思わず、そう思ってしまうのであった。

 

 

 

 ※

 

 

 ドルバル

 

「お前達ぃ、もう間もなくだ。もう間もなくで、此の儂がアスガルドを完全に支配する時が来る」

 

 ワルハラ宮の奥に位置する謁見の間。

 今現在のこの場所には、我が意思に賛同する現代の神闘士等が臣下の礼を取っている。

 

 ロキ、ウル、ルング

 

 皆がそれぞれ当千の力を誇り、此のアスガルドを護る為に技を磨いてきた男たち。

 されど、だからこそ今の現状が許せず、儂の考えに同調した者達だ。

 その中からロキが、儂に顔を向けたまま尋ねてくる。

 

「それでは、やはり今朝方の失踪事件は?」

「フフフ。ヒルダの奴め、未だ生きては居るだろうが……既に儂の手中よ。如何にオーディンの地上代行者といえど、今のヒルダは唯の小娘に過ぎぬわ」

 

 今朝方にあの聖闘士の元へと、儂はロキを向かわせた。

 『ヒルダを連れ去った犯人として、奴を囚えろ』とな。

 それなりに頭も回り、そのうえ元々聖域に対しては敵対心の強いロキだ。儂の言っている事がなんであるか? どういう意味があるのかを理解し、上手く行動に移していった。

 

「当初は事故に見せかけ始末をするつもりであったが、よもや今回のような機会が巡ってくるとは思わなんだ」

「ドルバル様、それでは……?」

「うむ」

 

 尋ねるようにして聞いてくるロキに対して、軽く頷きながら返答を返す。それだけで、神闘士達は色めくような表情を浮かべた。

 

「数日のうちにアスガルドを平定し、ゆくゆくは聖域から全世界へと我等が威光を知らしめてくれる」

「おぉ!」

「ついに我ら、アスガルドの民が立つ時が来たのですね!」

 

 目の前で声を上げる神闘士達を。儂は目を細めながら見つつ、昨日に聖闘士から手渡された『手紙』の内容を思い出していた。

 

 差出人は聖域を治める女神アテナの補佐官――教皇。

 

 内容の前半は挨拶を含めた、アスガルドに対する礼を尽くすような言葉の羅列だったが、問題は後半部分。

 それは聖域の教皇めが、儂の本心を知っているといった内容だった。その内容に一瞬ザワツキを覚えはしたが、続く言葉の内容に口元を緩ませてしまった。

 

 『聖域は、その際に何らかの干渉を一切しないことを約束する』

 

 この一文だ。

 儂は神闘士の力を信じているが、だからと言って地上を治めていると言っても過言ではない聖域の力を軽んじてはいない。

 アテナを護るという聖闘士。その中でも、黄金聖闘士の力は十分に脅威となりうるものであろう。

 その聖域が、今回の出来事には一切の手出しはしないと言ってきているのだ。

 

(教皇にどんな腹積もりが有るのかは判りかねるが……好機であることに違いはない。あの聖闘士は何も知らぬようだが……とは言えたかだか白銀聖闘士の一人。敵対したとしても程度が知れる)

 

 と、そこで思考を打ち切る。

 

「ふふ、ふふふ、フハハハハ!」

 

 思わず内から込み上げてくる思いが漏れだし、口から笑みと成って溢れていた。

 

「ヒルダよ。そこで、座して見ているがいい。変わりゆくアスガルドをな」

 

 もはや誰にも止められぬ。

 それこそ、神でも居ない限りはな。

 

「ハハハハハハ――!!」

 

 


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