聖闘士星矢 9年前から頑張って   作:ニラ

13 / 56
10話

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……何だって、俺がこんな目に」

 

 痛む身体に鞭を打ちながら、俺は夜の山中を走り回っていた。

 身体の各所に針に刺されたような傷あり、動く度にそこから強烈な激痛と血が吹き出している。

 

 今までは比較的穏健派だと思っていたのに……何だって急にこんな様変わりを。

 

「クライオス……何処に居る!!」

 

 物陰に隠れるようにしている俺に向かって、この傷を付けた張本人が大声を挙げる。

 夜の中でも目立つ黄金色の鎧、そして蒼い長髪と真っ赤な爪を持つ男。

 そう、蠍座・スコーピオンのミロだ。

 

 何故ミロに狙われているのか?

 それは俺にも理解不能だ。

 

 本日の稽古が終わった後のことだ、俺は夕食前の散歩に出かけたのだ。

 まぁ、少しだけ考えるところがあってなんだが……。

 その時の俺の悩みは『何故、最近になって他の黄金聖闘士達の襲撃(稽古監督)率が高いのだろうか?』と言う事についてだった。

 

 先日、俺が少しばかり調子に乗ってシャイナやカペラ達にお痛をした後からだ、

 何故だか『連中(徐々に敬意を払わなくなって来ている)』は時を見計らったかのように登場しては俺を拉致していくようになった。

 修業が終わったかと思えば、アイオリアが、デスマスクが、アルデバランまでもがそんな行動に出ている。

 いつの間にか聖域に帰ってきていたカミュも、さも当然の事であるかのようにそれらと同じ行動をとり、

 俺に『無理矢理』氷の闘技を教え込もうとしてくる始末。

 

 え、断れよって? 『俺には絶対零度は無理だ!』って言ったら……なんて言ってきたと思う?

 

『そんな事は気にするな……。忘れたか?

 絶対零度の凍気を生み出すことなど、このカミュにも不可能だという事を。確か、以前にも言ったはずだが……?』

 

 と言って、全く聞く耳を持ってはくれなかった。

 『それが解ってるのなら人にやらせるな』と言いたいが、この人は氷河にも似たような感じだった気がしたので諦めることにした。

 

 もっとも、周りの聖闘士がそんな壊れ具合を発揮する中で、唯一アフロディーテだけは今までと変わらずに俺に接してきたのだが……。

 まぁそれさえも、『元々望んでいない所作振る舞いの稽古』であるため、心が休まる事など有りはしない。

 

 兎も角だ、そんなこんなで睡眠時間もバッチリ削られ。

 今ではここ一週間の合計睡眠時間が、なんと僅か20時間以下と言う悪環境です。

 『この儘では死ぬのでは?』と思い至った俺は、シャカの修業終了と同時に散歩(と言う名の逃走)に出たというわけだ。

 

 だが、それが今の悲劇の始まりだった。

 

 夕焼けを見つめながらボーッと考え事をしていた俺の背後に誰かの気配を感じた。

 『何だ』と思ってそちらに視線を向けると、そこには蠍座のミロが立っていて……。

 まぁ何だ、ここ最近の事で少しばかり感情反応気味な俺は、少しだけ顔を引き攣らせてミロを見つめたのだが。

 

 なんだったかな?

 確か……そう、ミロは俺に一瞥をくれるとこう言ったんだ。

 

『これも必要な事だと受け入れろ』

 

 と、そして次の瞬間。

 

『……ぐぅああああああ!!』

 

 俺はスカーレットニードルを一度に4発、この体に受けたのだった。

 

 そんな訳の解らない襲撃を受けた俺だったが、目の前のミロはすかさず次弾を打とうと構えを取っていた。

 当然悠長に『何でこんな事を……』等と言っている余裕など有るわけも無い。

 俺は痛む身体を無理矢理引っ張って、その場から逃走をしたのだった。

 

 だが、俺としては全力で逃げているのだが、怪我のせいか元々の地力の差か睡眠不足の影響か……まぁ確実に地力の問題だとは思うが逃げきることはままならず。

 5発目、6発目……と打ち込まれ、今では既に12発のスカーレットニードルが身体に直撃していた。

 

 俺は、身を隠している岩陰から覗き込むようにしてミロの事を確認すると、本人は辺りをしきりに見渡して俺の事を見つけようとしている。

 

「『出て来い』って……出て行く訳ないだろうが」

 

 ズキズキと痛む胸を手で抑えながら俺は呟いた。

 

 ふと、そのミロの姿に秋田県の『ナマハゲ』を思い出したのだが……まぁどうでも良いことか。

 

 俺は乱れそうになる呼吸を無理に押さえ付け、小宇宙を小さく……とは言え、今にも倒れそうなので、意図せずとも小さく成ってしまうのだが。

 兎も角、そうやってその場から撤退することにしたのだった。

 

 

 

 それからどれだけ走っただろうか?

 距離的にはどうかは分からないが、少なくとも体力の限界近くまで動いたのは確かなはずだ。

 俺は切り立った山々が乱立する場所に到着すると、背中を岩肌に落ち着けて腰を落とした。

 

「――――今日は、いつも以上に死に直面していた気がするな……」

 

 荒れている筈の呼吸を整えながら口に出して言っているが、本当に呼吸が荒れているのか怪しく成る。

 だんだんと身体の感覚が麻痺してきているのだ。

 

「ちょっとマズイかな……コレ」

 

 瞼も重くなってきて、俺は項垂れるように力なく沈み込んでしまった。

 あぁ……ここに来て既に3年。

 地味にまずいかな……と本気で思う。

 

 強烈な眠気が俺の身体を襲い、徐々に意識が落ちていった。

 だからなのだろう。

 誰かが近づいてきたことも、その人物が何かを口にしたことも、俺には聞こえなかったのだ。

 その法衣を見に纏った人物の事を……

 

「誰かと思えば……お前は……確かクライオス? 何故此処に」

 

 

 

 

 第10話 その素顔の下には

 

 

 

 

「はうぁッ!?」

 

 自分が死ぬような夢を見ていた気がした俺は、ガバっと一気に跳ね起きた。

 そして息を何度かつくと自分の顔をぺたぺたと触ってみる。

 

「良かった……生きてる」

 

 俺はそう言って大きく溜息をついた。

 いやしかし何だな、地味にぶっ飛ばされたり、凍ったりしてたけど……今回のは本気でヤバかったな。

 なんせ、あぁいった意識の飛び方は初めてだったし。……夢、だよな?

 

 俺は自分が生きていることに安堵して、「はぁ~」とまた溜息をついたのだが、そこで自分の置かれている状況の不可思議さが解ってしまった。

 

「なんだコレ?」

 

 言いながら自分の寝ていた寝床を押すと、程よい反発力が返ってきて俺の腕を押し返す。

 身体の上にはフカフカの掛け布団(恐らく羽毛布団)が掛けられていた。

 

「何でベット?」

 

 此処で少し説明をすると、普段の俺が寝ているのは布団……と呼ぶのも憚れるような環境だったりする。

 石畳の上に茣蓙(ござ)が敷かれており、その上で薄布を被って寝ている。

 断じてこんな、フカフカのベットではないと断言出来る。

 

 ……え? シャカ?

 あの人はベットに決まってるでしょ。

 

「訳がわからん……しかも無駄に豪華な作りに見えるこの内装……」

 

 そう、ベットだけではない。

 視界に映る物がもう――――何と言うかロココ調? 『何処の貴族趣味の人だろうか?』って作りなのだ。

 少なくとも聖域に来てから早3年。

 こんな作りの部屋に来たことは、今までに一度も無いぞ。

 と言うか、こんな部屋がある事すら知らなかった。

 俺がそんな風に頭を捻っていると、部屋にある唯一のドアが開き

 

「……ふむ、どうやら目を覚ましたようだな」

「――――ッ!?」

 

 何故か教皇(サガ)が姿を現したのだった。

 被り物の所為でその表情を読み取ることは出来ないが、少なくとも俺には優しげな顔を浮かべているように感じられる。

 

 ……まぁ何だ、ちょっとばかり推察をしてみようか。

 俺は夢を見た……と思っていたが、どうやらミロに襲われたのは現実の出来事だったようだ。

 そして体力の限界に差し掛かり、意識を失った。

 次に目が覚めると、そこは見も知らぬ部屋の中。ざっと自分の事を見渡すと怪我の手当を施されており、

 どうやら『何者か』が俺の事を介抱してくれたらしい事が伺える。

 んで、その『何者か』と言うのが――――

 

「……ん?」

 

 今現在、俺の目の前に居る法衣を身に纏った聖域のトップ。

 小首を傾げて疑問符を浮かべている人物。

 つまりは教皇(双子座・ジェミニのサガ)だったんだよ!?

 

「どうしたのかね? 何か、私の顔に付いているか?」

「いえ、別に……と言うか、被ってる兜の所為で良く見えませんから」

 

 見つめ過ぎたのだろうか。

 サガ(言葉は兎も角、心の中でまで教皇とは呼べない)が俺にそんな風に返したのだが、

 

「ほう……そうか、取った方が良いかね?」

「いえ! 別にそういった訳では!!」

 

 などと恐ろしい返し方をされてしまった。

 まぁ、俺はサガの顔を知らない事になってるから、別段顔を見たとしても問題ないのだが…………あれ?

 ってことは、逆にこんな焦った態度は疑惑を呼ぶ事になるのか?

 

 ……いやいや、今はこれがベストな筈。そう信じたい。

 いきなり教皇と顔を合わせれば、誰だって驚いたり焦ったりするはずだ。

 必要なことは、可能な限り『普通の候補生』を強調して自分の身の安全を確保すること。

 出来うる限り当たり障りの無い会話に徹し、少しでも速くこの場所から立ち去らなければ……。

 

 幾ら何でも本気の黄金聖闘士に狙われて生き抜く自身なんて無いし、生き死にの闘いをくぐり抜ける覚悟も有りはしないからな。

 

 あーでもな……サガが目の前に居るのに、『ギャラクシアン・エクスプロージョン』を見ることが出来ないなんて。

 ……ショックだ。

 

 俺はそんな事を考えながらこの場に於ける行動方針を決定し、当たり障りの無い会話を振ることにした。

 そして自身の身体をグルリと見渡し

 

「あの……これは教皇様が?」

 

 と、身体に巻かれた包帯をサガに見せるようにしながら聞いた。

 若干の血が滲んでいるが、痛みや痺れは既に感じない。

 恐らく、上手く手当が成されているのだろう。

 

「あぁ、少しばかり不恰好かな? 一応、昔とった何とやらで、私が手当をしてみたのだが?」

 

 と、微笑むようにしてサガはそう返してくる。

 俺はそのサガの言葉に、そして仕草や雰囲気に心がザワつくのを感じた。

 

 ヤバイ……これが仁・智・勇を兼ね備えた、神の化身とまで言われた双子座・ジェミニのサガか。

 言葉の一つ一つに力を、温かみを感じて……一種の安心感を感じてしまう。

 コレを素でやってるとしたらとんでもない奴だぞ。

 

 シャカも――――まぁある意味では力を感じるのだが、コレとは種類が違うしな。

 むぅ……しかしだ、という事は今は『善サガ』と言うことだろうか?

 だから俺の手当や介抱なんかもしてくれた?

 

 チラリと視線をサガの背中に伸びている髪の毛へと向けると、成程……。

 髪の毛が黒くもなければ灰色でも無い、淡い青色をしている。

 間違いなく善サガのようだ。

 

 だがそれは僥倖。

 上手くすれば、問題なくここから帰れると言うことだからな。

 だが俺のその願いは、次にサガが発した言葉で俄然怪しく成ってしまった。

 

「しかし……何が有ったのか知らないが、もう少し気を付けた方が良いな」

「はい?」

「クライオス、お前が倒れていた場所は代々教皇のみが立ち入ることを許された星詠の丘。スターヒルの入り口だ」

「……スターヒル? …………スターヒルッ!?」

 

 俺はその名前を聞いて大声を挙げてしまった。

 スターヒル……先程のサガも言ったが、代々教皇が星を読む為に登る地上でもっとも空に近い場所。

 そして喩え黄金聖闘士と言えど、無断で立ち入ることを禁止されている場所である。

 成程、ミロが追跡を止めたのはそういう理由からか……。

 

 だがそれ以上の問題が今の俺には存在している……。

 それは『スターヒルには、前教皇シオンの亡骸が放置されている!!』という事だ。

 

 そして俺の目の前にはそのシオンを亡き者にした双子座・ジェミニのサガが居る。

 

 …………詰んだのか? 俺。詰んじまったのか!?

 

「突然大きな声を出して……どうしたと言うのだ? ……クライオス」

 

 ゆっくりとした口調で、俺にそう問いかけてくるサガ。

 今のサガの髪の色から判断するに決してそんな積りは無いのだろうが、一つ一つの所作が俺の事を品定めでもしているように感じてしまう。

 

 内心冷や汗ダラダラ。

 それでも努めて表情を作り、苦笑を向けてサガに口を開いた。

 

「あー……いえ、その……教皇のみが立ち入ることを許された場所――――スターヒルの事は師であるシャカからも聞かされていたのですが、

 まさかあの場所がそうだとは思いも寄らなかったもので……。

 ――――あの、もしかして俺って……処罰の対象なのでしょうか?」

 

 と、俺は怯える子供のようにサガに尋ねた。

 まぁ事実、今の俺は見た目に関しては怯える子供なのだが。

 

「ハハハ……いや、確かにあの場所は聖闘士なれば誰もが知っている場所ではあるが、未だ候補生であるお前が知らなくとも仕方の無い事。

 その事を咎めたりはしない。

 それに、お前を発見したのはスターヒルの入り口……そこから更に絶壁を登った先が本当のスターヒルなのだ。

 詰まる所スターヒルに立ち入った訳ではないのだから、その心配は無用だ」

 

 優しくそう言ってきたサガに、俺は「よ、良かった……」と小さく言葉を漏らした。

 後は『黒サガ』が出る前に帰ることが出来れば安全だ。

 俺が胸をなで下ろしながら考えていると、今まで目の前に立っていたサガが俺が腰を掛けたままに成っているベットに同じ様に腰掛けてきた。

 

「――――クライオス……こうしてお前と話しをするのは初めてだな」

「? えぇ、村で会ったのが最初で最後だったかと……」

「修業はどうだ? 辛くないか?」

「それはまぁ……聖域に来た時からずっっっと辛いですけど、最近は特に。やたらと死にそうに成ることが多くて」

 

 先程からと変わらずに優しげな口調で聞いてくるサガに、俺はついつい本音を言った。

 要は『最初の頃から死にそうに成ることが多かったけど、最近ではそれに拍車がかかったように成っている』という事だ。

 結構切実な問題だと思うのだが……

 

「ふむ……とは言え、聖闘士に成るというのは多かれ少なかれ苦行が付いて回るものだよ」

 

 と、やんわりと諭されてしまった。

 そう何だろうか?

 聖闘士に成るには、皆が皆、俺のように黄金聖闘士に生命を狙われるような責め苦を受けるのか?

 確かに、星矢も修行中にアイオリアと知り合っていたみたいではあるが……。でも、あれ?

 

「だが解せないな。君の身体についていた傷は、恐らくだがミロのスカーレットニードルだろう? 何故そんな……」

「いえ、何でと聞かれても……突然ミロに襲いかかられたとしか。――――でも、結構黄金聖闘士の人達って俺に技を仕掛けてきますが?」

「…………何だと?」

 

 俺が言った言葉に、何故かサガは言葉を詰まらせて聞き直してきた。

 何だ? とは思いもしたが、それ以上考えること無く俺は言葉を続ける。

 

「直接の師であるシャカを筆頭に、シュラ、カミュ、アイオリア、アフロディーテ、デスマスク、アルデバラン……今回の事も含めればミロもですが。

 現在聖域に居る黄金聖闘士の技は一通り受けたことに――――……何で生きてるんだろ、俺」

 

 指折り数えて思い出したら、急に気持ちが欝になってしまった。

 そもそも、何でシャカやアイオリア以外に色々されてるんだろうか? 俺は……。

 俺が下を向いて『ふふふ……』と呟いていると、話しを聞いていたサガは口元に手を当てて何やら思案している。

 

「少し尋ねるが、それは本当かね?」

「……? 全部を全部って訳じゃないですが、一人一種類程度には」

「アイツら……」

 

 呆れたような口調で、サガは頭部を押さえた。

 何やら俺の言葉に感じるところが有ったようだが、俺はそんなサガの反応に感動した。

 今までイケイケと言うような黄金聖闘士たちばかりに囲まれていたが、コレこそが大人の反応、大人の感想なのだろう。

 えー……っと、逆算するとこの頃は……二十歳そこそこ位か?

 

 …………まぁ、十分大人だ!

 

 しかし――――と、俺は目の前のサガに視線を向ける。

 

 『ギャラクシアン・エクスプロージョン』って格好良いよな?

 一度、目の前で見せて貰えないものだろうか?

 いや、他の黄金聖闘士の技も十分に格好良いとは思うんだよ。

 ただその中でも、俺は『ギャラクシアン・エクスプロージョン』が特に好きだというだけの話し。

 此処まで色んな黄金聖闘士の技を見てきたのだから、どうにか見れないものかな……と、どうしても考えてしまう。

 

 でもなぁ……それをすると死出の旅立ちに直結しそうだしな。

 

 それにこんな所で小宇宙を燃やすような事をすれば、サガの小宇宙を感じた他の黄金聖闘士が集結してしまうかしれないし……。

 確か表向きには、海界の動向を調べるために調査に出ているという――――行方不明として扱われている筈だからな。

 手詰まりかな?

 

「どうしたのだクライオス? なにやら難しい顔をしていたが?」

「はい? ……そんな顔をしてましたか?」

「あぁ……何か悩みがあるような顔だったな」

 

 とはサガの台詞。

 優しさから来た言葉なのだろうが、今の俺にその質問はいただけない。

 当然

 

『ギャラクシアン・エクスプロージョンを見せてください!!』

『何故それを知っている!!』

 

 ドカーン☆

 

 って成るだろうからな。

 

 むぅ……上手く言葉を濁しながら伝えてみるか? 今は白サガだし、案外上手く行くかも。

 

「教皇様……実は、教皇様に御教授願いたい事があるんです」

「随分と持って回った言い方を知っているのだな? ……まぁ良い。それで、私に何を聞きたいのだね」

 

 俺はベットからピョンと飛び降りて、テクテクと歩いてドアの近くまで移動をする。

 何故かって? それは勿論『もしもの時のため』に決まっている。

 

 そして俺は一泊呼吸を置くと、サガに視線を向けた。

 

「――――銀河の星々を砕くにはどうすれば良いのでしょうか?」

「…………どういう事だ?」

「いえ、ですから銀河の星々を砕くには――――」

「聞こえている。……私が言っているのはな、クライオス。何故、そんな事を私に聞くのか? と、いう事を聞いているのだ」

 

 あーあー……やっぱりだ。

 かなり不信感を顕にしてる。

 さっきまでニコヤカに笑っていた顔が、今では訝しむような伺うような視線に変わっている。

 

 やっぱり軽いノリで『それくらいの事は御安い御用だ』とは行かないか。

 まぁ俺自身、そんな事には成るわけがないとは思っていたけどさ。

 

「いえ……実はですね、前に第二の師であるアイオリアが

 『小宇宙とは己の体内に宇宙を感じ、宇宙創造のビッグバンに匹敵する力を生み出すことだ。それによって聖闘士とは、銀河の星々をも砕く力を振るうことが可能になる』――――と言っていたものですから」

「第二の師と言うところに疑問を感じずには居られないが……ならばアイオリアに聞けば良いのではないか?」

「所がですね。『お前にはまだ早い……と言うよりも俺に聞くな!!』と言って取り次いではくれないのですよ。

 俺の予想では、アイオリアも良く解って居ないのではないか――――と睨んでるのですが」

「…………」

 

 俺の言葉にサガは『らしいと言えばらしいな……』と何やら納得した様子だ。

 因みに、今の話は完璧な作り話だ。

 あのアイオリアが、俺にそんな事を話してくれる訳が無いだろう。

 

 彼は何時だって全力で殴るだけなんだから。

 

「それで、物の序でに私に聞いてみよう……と?」

「はい――――いいえ! まさかそんな違いますよ!!

 あ……でも、これは序に聞いてるってことに成るのか?」

 

 幾らか緩んだ表情で聞いてくるサガに、俺はついつい本音をぶちまけそうになったが慌ててそれを正した。

 そして何か良い言い方は無いものかと考えたのだが……まぁ結局は思いつかなかった。

 

「すいません、何だかそうみたいです」

「全く……まぁ一応だが、私はそれをお前に教えることが出来る」

「本当ですか!!」

 

 駄目かと思ったのだが、よもや上手く行くとは。

 俺はこの後に見せてもらえるだろう『ギャラクシアン・エクスプロージョン』に表情を綻ばせたのだが。

 

「だが、私からそれを教えることはしない」

「はれ?」

 

 アッサリと期待を裏切られた。

 まぁ、そりゃそうだよな。

 さっきも言ったけど、サガは一応は行方不明って扱いになってるんだもんな。

 それが教皇の間から小宇宙を感じたら、誰だって変だと思うだろうからな。

 

 俺は自分に言い聞かせるようにそう考えたのだが、一度良い方向に考えてしまったためか表情が落ち込んでしまう。

 

「……そんな顔をするな。簡単なアドバイス程度の事はしてやろう。

 ――――良いかクライオス、聖闘士の闘技の基本は小宇宙だ……それは理解しているな?」

「はぁ……小宇宙を用いて身体能力を底上げしたり。何らかの作用を持たせたり操作したりと多岐にわたります」

「そうだな。

 まぁ私に言えることはだ、その小宇宙を何処に作用させるかと言うことだな」

「何処に? ですか」

「それは自分で考えるんだ。クライオス、何でもかんでも人から教わっていては成長は見込めないと思わないか?」

 

 サガはそう言うと俺の頭に手を置き

 

「頑張れ、頑張って立派なアテナの聖闘士を目指せ」

 

 と激励をしてくれた。

 それに対して、俺は年甲斐もなく嬉しく成ってしまった。

 そして『何でこんなまともな人が、アテナ抹殺とか教皇殺害とかしてしまったのだろうか?』と思った。

 

 アテナの盾の光を浴びたとき、サガの身体から立ち上る妙な黒い靄……。

 アレが黒サガの原因なのだろうが……何なのだろうか、アレは?

 

 弟のカノン曰く『サガよ、お前はこの俺同様に生まれながらの悪なのだ』との事らしいが……これが悪か?

 俺自身そこまで人を見る眼が有るわけではないが、俺にはどう見ても善人にしか見えん。しかも超弩級の。

 確かシャカだって星矢達に『私から見た教皇は……正義だ』と言っていたからな。

 

 だが俺は先程の疑問、『何でこんなまともな人が、アテナ抹殺とか教皇殺害とかしてしまったのだろうか?』がどうしても気になってしまったのだ。

 『二重人格』という事で片付けられた内容ではあるのだが、

 この表に出ている善性が主人格だとするのならどうして悪の人格があぁも強制力を持っているのか?

 それが気になって仕方がない。

 

 カノンの言うとおり元々が悪だったのか? もしそうならば何故聖闘士に成ろうと考えたのか?

 それともカノンの読みとは別に、何か他の……二重人格とも別の理由が有るのではないか?

 俺はそれに興味を持った。

 

「あの……教皇様。最後にもう一つお聞きしても良いでしょうか?」

「ん、何だね? 私に答えられることなら良いのだが」

 

 神妙な顔つきで問いかけた俺に、サガはニコッと微笑んで返した。

 一瞬その笑顔に問いかけるのが憚れたが、俺は息を飲んで質問を投げかける。

 

「教皇という職は、代々その時の黄金聖闘士の中から選ばれるんですよね?」

「……そうだな」

「ならば『教皇様も元は聖闘士だった』……それを踏まえた上でお聞きしたいのですが、

 ……何故、教皇様は聖闘士に成ろうと思ったのですか?」

「ほう……これはまた」

 

 ジッと見つめながら言う俺に、サガは「ふむ……」と口元を覆うようにして考える仕草をとった。

 

「何故……か。理由を言葉にするのは然程難しくはない、この地上の平和を守りたかったからだ」

「地上の平和を……ですか?」

「そうだ。私はこの地上と、そしてそこに生きる人々を愛しているのだよ。

 だからこそ、それらを付け狙う邪悪から守りたいと本気で願い、聖闘士となったのだ」

 

 俺の見つめる先に居るサガからは、嘘を言っているような雰囲気は感じられない。

 正真正銘本気で言っているように思える。

 まぁ神の化身とまで言われた人物が本気で隠し事をしようとした場合、俺如きが看破出来るとは思っていないが。

 

 とは言え、コレでは何も解らないに等しい答えだ。

 俺はもう一歩だけ、踏み込んだ質問をサガへと問いかけた。

 

「――――では、それが今も昔も教皇様の御気持ちなのですか?」

「ッ!?」

 

 言葉に詰まったような、あからさまに驚いたような反応をサガは見せる。

 まぁ、俺のような子供にそんな質問をされるとは思っても居なかっただろう。

 とは言え、これで少しはサガの反応を見ることが出来るはずだ。

 

 俺がそう思い視線を向けていると、サガは自身の眉間に皺を寄せた。

 そして呟くように「私は……」と言うと、胸元をギュッと握りしめた。そして搾り出すように

 

「そう……そうだ。私は……女神アテナと、地上の恒久なる平和の為に『この道』を選んだのだ」

 

 と言ったのだった。

 俺はその様に『聞くべきでは無かったか?』 と思ったが、とは言えここまで言ったのだからと言葉を続ける。

 

「その事に、『貴方』は悔いは無いんですか?」

「……悔いが無い――――とは言えないな。

 私が良かれと思いやった事が、万人を幸せにしているとは言い難い……それは世界中の人々は勿論、聖域の下に居る聖闘士達にも言えることだ」

 

 半ば沈痛な面持ちで言うサガ、俺は『あぁそうか』と納得をした。

 『嘘はついてい無い』という事を。

 そしてサガ自身が今の自分と理想とする自分、また善と悪の二つの心で揺れ動いている事を。

 

「私は悔いているのだろう。

 今の自分にも、そして数年前の自分にも……いや、それ以前にもだろうが」

 

 独白のように言うサガに、俺は一つの確信を得た。

 

 主に『多重人格障害』と言うものは元々の人格とは別個の、完全に独立したもう一つの存在である。

 主人格だから~とか、副人格だから~とか、そういった区別など無い。其々が一つの個人として存在しているものなのだ。

 もしこれが本当に二重人格だとするのなら、サガは自身のもう一つの人格など知るはずも無いし、

 またその人格が行ったことを理解出来るはずが無い。

 

 にも関わらず、こうして自分のことを良く解っているという事は――――

 

 などと、俺が調子にのって分析していると……

 

「だが、私は自分で……自らこの道を選んだのだ。

 ……だから、喩え踊らされたとしても……それが地上の平和に繋……がると――――クッ」

「きょ、教皇……様?」

 

 徐々にではあるがサガが冷や汗を掻き始め、何やら苦しそうに悶え始めたのだった。

 俺はその反応に嫌な予感をビシバシと感じた。

 

「私は本当に、真に地上の平和を――――だが」

 

 それでもサガは何か言葉を告げようとするが、呼吸も乱れだし途轍もない危険信号を発しだした。

 これはそう、これは間違いなく黒サガ降臨の兆し!?

 どうするかを、どうするかを考えなくてはいけない!!

 

 ここから颯爽と立ち去る? →駄目、絶対に駄目。

 もしそんな事をすれば、きっと黒サガに『クライオスが謀反を働いたぞ!!』とか言われて生命を狙われるようになる。

 と言う訳で、逃げると言う案は駄目。

 だからと言って、当然『ぶっ飛ばす!!』といった選択肢など有りはしない。

 返り討ちが関の山だからな。

 だったら此処は――――

 

「しっかりして下さい、教皇!!」

 

 何とか『白サガ』に持ち直して貰うしか無い!

 俺は苦しそうにしているサガの手を掴んで励ましの言葉を投げかける。

 正直こんな事で良くなるかなんて解らないが、今の俺にはこんな事しか出来はしない。

 

「ハァ、ハァ……だ、大丈夫だ。だがクライオス、私に近づくな……この儘では、私は」

 

 マズイ、マズイ、マズイ!!

 少しづつ髪の色が変化してきた。

 アニメ版か? 色素が抜けるように灰色に染まっていく。

 

「教皇! 気をしっかり持って!! 教皇!!」

 

 だが俺の呼び掛けに反して、その髪の色は変わっていき蒼い部分が殆んど無くなって来ている。

 この儘じゃジリ貧。

 待っている未来は『クライオス死亡・9年前から頑張って:完!!』ってな事に――――ッ!!

 

 落ち着け落ち着くんだ俺。

 どうやら今のサガは『教皇』と言う単語に過剰反応している節がある。

 ならば、それを言わずに安心させるには……

 

 俺はそこまで考えたところで苦しそうにしているサガの頭に手を置き、次いで子供をあやすようにギュッと頭部を抱きしめた。

 そして小宇宙を燃やし始める。

 

「……クライオス、何を……している?」

「――――落ち着いて……少しづつで良いから深呼吸をして下さい」

「うっ……クゥ――――ハァ、ハァ」

 

 俺の言葉に従い、サガは乱れる呼吸を落ち着かせようと深呼吸をしていった。

 そして少しづつではあるが呼吸が整っていく。

 俺がとった方法とは、要は小宇宙を燃やして相手に安心感を与えようという方法だ。

 何処での事だったか覚えていないが、良くアテナが小宇宙を燃やすことで安心感を得るといった描写が――――

 

 あれ?

 

 でも小宇宙を燃やすことで安心感を得るのなら、星矢達がやっても誰がやっても同じ効果が出るはずだよな?

 少なくとも、星矢達の戦闘中の描写にはそんな素振りは見られない……。

 ってことは、あれはアテナ専用の固有スキル?

 

 つまり、俺のこの行動には余り意味が無いってことか!?

 だったら何で乱れた呼吸が整って――――

 

「…………」

「あ、あの……教皇?」

 

 押し黙ったままで居るサガに恐る恐る声を掛け、俺はチラリと視線を髪の毛に向けると……なんと蒼く戻っている!!

  ――――なんてことは無く。

 今ではしっかりと灰色をしていた……。

 

 灰色!?

 

「フフフ……まさか子供相手に、こんな無様を晒すことに成るとはな」

 

 止めてくれ……そんな『曽我部さん』の声で言うのは止めてくれ。

 俺はサガの変化に心臓がドキドキしっぱなしで……イヤ、一応言っておくけども、生命の危険が――――ってことでのドキドキだからな。

 

「クライオス……もう良い離してくれ」

「はい……その、眼が赤いんですけど大丈夫ですか?」

「問題ない」

 

 俺が手を離すとサガは身体を起こして立ち上がり、そのニヒルな笑みを俺に向けてきた。

 

 うわぁ……アニメ版の黒サガだよ。

 

 灰色に染まった髪の毛、そしてまるで充血したかのようなその眼。

 俺はいつでも動き出すことが出来るように、心の準備だけはしておく事にした。

 全く、毎日を虐めに耐えながら生きているのに……何だってこんな目に合わなくてはいけないんだ。

 

 神は俺が嫌いなのか?

 

 ……いや、神はアテナなんだろうけどさ。

 

「済まなかったな……無様な姿を晒した。コレで教皇だと言うのだから……情けないことだ」

「いえ……全然、そんな事は――――あの……教皇様の具合も余り宜しくない様ですし、俺はコレでお暇を……」

 

 俺がサガの様子に怯えながらもそう言うと、不思議なことにサガは「そうか……」とだけ言った。

 その言葉に俺は、喜び半分で疑問が半分だった。

 

 黒サガが、どうしてこんなに物解りがいいのだろうか?

 

「クライオス、今日は迷惑を掛けた。お前を介抱するつもりが最後は逆にな……。

 お前さえ良ければだが、今度またこの教皇の間まで来ると良い。いつでも入れるようにしてやろう」

「冗談でしょ? 俺は唯の聖闘士候補生ですよ?」

「構わん」

 

 本来教皇の間とは、黄金聖闘士と言えどもそうそう好きに来て良いような場所ではない。

 それを何だってサガは俺に対して『いつでも~』等と言うのだろうか?

 

 気に入られた?

 

 いやいや、有り得ないな。

 気に入られることをした覚えが無い。

 『さっきの事』がそうだったとも言えなくも無いが、それが本当にそうだろうか? と聞かれれば首を傾げるしか無い。

 

 可能性としては……俺を介抱する際に誰かに見られている。

 もしくは殺した後の処理に何らかの弊害が有る……もしくはその両方か。

 

 だったらこのサガの言葉は、俺を監視出来るようにという事だろうか?

 

「覚えておきます。……出来れば今度は、聖闘士になってから会いたいですけどね」

 

 俺はそう言って返した。

 少なくとも、暫くの間は一対一での会話をするのは遠慮したいからな。

 

 そう言って部屋から出ようと踵を返すと――――

 

「――――クライオス」

 

 と、サガから声をかけられた。

 正直これ以上この場所に居るのは遠慮したい、と言うか……『早く帰って落ち着きたい』と思っている俺としては無視をしたい所なのだが、

 とは言え流石にそんな不敬を働くわけにも行かず、視線をそちらの方へと向けた。

 

「今回はお前の質問に答えてばかりだったか……最後に私からお前に尋ねておこう。

 ――――お前は、一体何を知っている?」

 

 両の眼を見開くようにして問いかけるサガ。

 だがそれは問いかけると言うのとは違う、問い詰めると言った方が良いような言葉だった。

 

 俺の背中に嫌な汗が流れている。

 他の黄金聖闘士達が、普段俺に向けるモノとは違うような……そんな圧迫感が感じられる。

 

 倒れ込みそうに成る心を無理矢理に奮い立たせ、俺は努めて冷静に言葉を返した。

 

「……俺が知ってることなんて、有って無いようなものですよ。

 何が本当で、そして何が違うのかも良く判りませんし」

「…………」

「ただ――――教皇が苦しんでいるのは良く分かりました」

 

 そこまで言ってから、俺はサガから視線を外して部屋を出て行った。

 そして後ろを振り返らずに、一気に階段を駆け下りていく。

 

 後ろを見るのが怖かったからなのだがね……。

 

 因みに、俺は教皇の間から帰る途中に咲いていたデモンローズを拝借し(一応アフロディーテには一言告げた)、

 それを天蝎宮のミロの寝室にぶち撒けてやった。

 見えるところに数十本、ベットの下にも大量に、そしてベットの隅にも少量配置。

 少しばかりのささやかな仕返しの積りだったのだが、

 後日死にかけたミロが双魚宮に運ばれたと聞いて『やり過ぎた』と反省したのだがそれは別の話。

 

 一仕事終えて処女宮に戻った俺を待っていたのは

 

「シャカ、俺はやれば出来る男だ」

「何のことだね?」

「今日はクライオスに『スカーレットニードル』を12発打ち込んでやったぞ」

「…………馬鹿かね君は?」

 

 とにこやかに言うミロと、それをバッサリと切り捨てるシャカの姿だった。

 この時の俺は、『ミロ……マジ死ね』と思ったのだった。

 

 これが原因で、シャカが黄金聖闘士達をそそのかし、最近の俺の睡眠時間を削っていることが解ったのだが……まぁ結局解決にはならなかった。

 

 何でかって?

 シャカに止めさせるように言っても無駄だからだよ。

 先ず間違いなく、俺の言葉になんか聞く耳持たないだろうからな。

 もうそれは、この数年の付き合いで理解したのだよ……俺は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教皇の間

 

 サガは一人、謁見用の椅子に座って虚空を見つめていた。

 とは言え、それは意識を手放しているとか、単純にボーっとしているという事ではない。

 その瞳は確かに宙を見つめているが、それでも何かを見据えているような……そんな眼をしていた。

 

 そして誰ともない声が教皇の耳に響く。

 

《何故、クライオスをそのまま帰したりしたのだ?》

「何故とは随分なことを聞いてくるな? よもや殺せばよかった……とでも言うつもりか?」

 

 サガはニヤリ、と笑いながら嘲笑うように言った。

 だが声はそのサガの言葉に動じる様子もなく、淡々とした口調で言葉を返す。

 

《私はお前がそのような行動に出なかったことに、心底安堵している。そしてそれと同時に、驚いてもいる》

「ふん、勘違いするな。私が貴様に環化された等とは思わないことだ。今ここでクライオスを殺すのは、割に合わないと判断しただけのこと。そんな事は貴様とて理解している筈だ」

 

 サガのこの言葉は、先程のクライオスの考えとある程度は合致していた。

 クライオスはサガに保護されるまで、黄金聖闘士である蠍座のミロに稽古という名の虐めを受けていた。

 もしあの段階でクライオスを殺してしまえば、喩え上手く後処理をしたとしても必ずや弊害が出るだろう。

 追跡していたミロの言葉、そこから最後に居たと思われる場所の特定までは自ずと可能だろう。

 

 そしてその場合、クライオスの状況(スカーレットニードルを受けていた事を考慮に入れた場合)を鑑みて、

 『遠くに行ける筈が無い』との結論に達する。

 ならば、『スターヒルの近くに居たクライオスは一体どうなったのか?』――――と、そうなる訳だ。

 

 如何にサガとは言えど、そんな状況ではクライオスを手にかける訳にも行かない。

 それに加え――――

 

「奴は何かを知っているのやも知れんが……それだけで殺すわけにはいかん」

《お前は……一体何を考えている?》

「フフフ、貴様も感じたはずだ……クライオスのあの小宇宙を。

 私はいずれ、海界のポセイドン、冥界のハーデス、天界のゼウス等を退け、遍く世界の頂点に君臨する。

 その為には強い力を持った聖闘士の存在は、必要不可欠」

 

 そうそれが今のサガにとって、ある意味では討ち漏らしたアテナの捜索と同等か、若しくはそれ以上に重要なことだった。

 現在、教皇の間の奥に有るアテナ神殿には、あらゆる邪悪からの攻撃を防ぐ『アテナの盾』所謂、神話で言うところのアイギスの盾がある。

 数年前、アイオロスによって如何なる戦いに於いても勝利を得るという『勝利の女神ニケ』は持ち去られてしまったが、

 ならばそれに変わる最強の矛が必要なのだ。

 勿論、黄金聖闘士達はその筆頭ではあるが、だからと言ってそれだけで良いとはサガは思っていない。

 

 更なる聖闘士達の充実化。

 白銀聖闘士は勿論の事、青銅聖闘士やその他の雑兵にも数や質が必要だと考えている。

 それに現在では聖域に……いや、サガに対して叛を示している天秤座・ライブラの童虎、そして牡羊座・アリエスのムゥ。

 この二人に変わるような聖闘士を……いや、理想としては『本当の意味』で代わりとなるような聖闘士が欲しいと思っているのだ。

 

《その為にクライオスを使うと言うのか?》

「その通りだ。クライオスの反応を見る限り、喩え何かを知っていたとしてもそれを何者かに言う事はないだろう。

 もっとも、いざと成れば我が魔拳を使い傀儡とするのみだがな。

 ――――フフフ、フハハハハハハ!!」

《サガよ……お前は……》

 

 声は一言そう発すると、それ以降口を出さなくなった。

 教皇の間にはただ一人、サガの笑い声だけが響く。

 

《クライオスよ……頼む。もし、もし何かを感じている……知っていると言うのなら。アテナを、地上を……この私から救ってくれ》

 

 その声、サガの善性が最後に漏らした最後の言葉は、笑い声を上げているサガの耳には届かなかった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。