艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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だからここで、さよならをしよう。
それでは、抜錨


00010100 Si Vis Pacem, Para Bellum PHASE5

 

 

「……最深部はこの真下、私のIDはまだ生きているはずだ」

 

 そう言ったのは中路章人中将だった。彼がゆっくりと先導するように奥へと消える。奥は色合いが一変し、青のような光度を落としたLEDがまばらに光るだけだ。それがキャットウォークをおぼろげに浮かび上がらせた。そこを迷いなく進む中路についていきながら天龍はどこか呆れたように目を細める。

 

「で、本当にいいのかよ。司令官を奥に連れてっても」

「必要なリスクさ。……こういう言い方は好きじゃないが、月刀がここで機能不全を引き起こせば、深海棲艦との和解は極端に遅くなる可能性が高い。今彼に必要なのはメンテナンスだ。その仕上げにはどうしても“彼女たち”が必要だ」

 

 真下に続く階段を下りながら杉田は僅かに振り返る。最後尾を固める高峰は拳銃を手にしたまま周囲を警戒している。その前を進むのは両脇を電と雷が固めた航暉だ。

 

「そして航暉が戻ってきた以上、もうこれでCSCに義理立てする必要はない。もっとも今はポストCSCシステムの用意はできてないから、今すべてのシステムを破壊することは避けなければならないのは確かだ」

「ならこの奥で何をさせる気だ?」

「供養だよ。死んだ月詠航暉の願いの代理執行とも言うかな」

「まさか……」

 

 中路が足を止める。それに合わせて一行も足を止めた。ただの壁面にぽっかりとタッチパネルがあるのが妙に映る。そこに中路が手を当てた。

 

〈生体認証開始・中路章人管理主任、音声認証を開始します〉

「……Si Vis Pacem, Para Bellum」

 

 合成音声の女性アナウンスに中路が答える。それにすぐにシステムが反応した。

 

〈声紋照合、正規登録管理者です。システムロックを解除します〉

 

 壁面の一部が奥に一度入り込んでから再び手前へ、それがドアとなり真上にスライドする。

 

「――――――平和を欲さば、戦に備えよ、ねぇ」

「人間はいつの時代も抑止力に頼って戦争を回避してきた。その点では間違っていないだろう」

 

 杉田の声に中路はそう言って中へと入った。仄暗いシステムのパイロットランプだけが照らした空間に煌々と明かりが灯る。

 

「これは……」

「これがゴーストダビング装置――――――いや、“ホールデン”の本体だ」

 

 両脇に並ぶのはいくつもの機械。

 

「……通信ノイズがない、完全な電波暗室か」

「有線は繋がるがね。ここで全てが統括される。もっともサブは他の電脳実験施設にもあるし、サブの一つが日本国暫定首都、長野にも設置されてる。公には長野がメインとされているけどね」

 

 中路がそういいながらゆっくりと進んでいく。

 

「自律駆動兵装開発計画……それの正式名称を知っているか?」

「ライ麦畑計画……か?」

「それは隠れ蓑となった予備青年士官教育プログラムのほうだな。それではなく、この施設を作った本当の計画の名前の方だ」

「知らないな」

 

 杉田が答えると中路は小さく笑った。

 

「ホールデン、私達はその名前をプロジェクト名にしたんだよ」

「ホールデン……」

「HOLDer of Excellence Network……これまでの歩兵を覆す機械の兵隊、その超越した能力を持つものを複数同時に運用する。そのためのネットワーク整備と個体の開発。そのためにいろいろなものを作った。この施設もその一つだ」

 

 いくつもの大振りな機械には確認用の窓が空いているが。その奥は暗くて見通すことはできなかった。その窓の間を歩く。

 

「運用のためのネットワーク、そこには自律駆動兵装に登録されているPIXコードがいくつも記録・管理されている。それを元に最適なパッチを常時アップデートすることで自律駆動兵装は自己を維持できる。そう言うシステムになってる」

「……そしてそのネットワークが今の中央戦略コンピュータ(CSC)ってわけか」

「そうだ。中央戦術コンピュータ(CTC)をはじめとした通常コンピュータのネットワークがそのバックアップも兼ねているが、CSCに勝る処理能力がある訳じゃなかった。そしてその処理能力が300を超える水上用自律駆動兵装の運用に不可欠だった。だから止められなかった」

 

 中路はそう言って進み続ける。

 

「皮肉なものだ。名は態を表すというのか、まさか“ホールデン”が蓄えられたPIXコードから自我を獲得し、ホールデン・コールフィールドのように振る舞いだすなんて考えていなかった。今となっては見通しが甘かったとしか思えないがね」

 

 そうして、ひとつの操作盤の前で立ち止まる。

 

「ホールデンを隠すなら麦畑とライ麦計画なんて名前を付けたが、まさかそこから本当の“ホールデン”を生み出そうとするなんて思ってもいなかったよ」

 

 中路はそういうとその操作盤に触れる。そしてその前に会った機材がわずかな機械音を上げ始めた。

 

「スーパーコンピュータを上回る処理能力を持つ演算装置……」

 

 高峰が戦慄したような声を上げる。

 

「まさか、脳?」

「あぁ、ゴーストダビングで一つ当たりの処理能力は落ちるが、それでもスーパーコンピュータを上回る処理能力を誇る。もっとも、生体維持に必要な部分もフルに使えばの話になるがね。それをいくつも並列させたものが、これだ。現在は832の脳殻がここに繋がれたまま演算に駆り出されている。もう、表向きに存在しない子供たちだ」

 

 中路はそう言うと目を閉じた。

 

「中には自我を保っていると見られる個体も存在する。彼女たちもまた、そのなかの二人だ」

 

 操作盤の前の機材ののぞき窓がほの明るく光る。

 

「……君たちのお兄さんを連れてくるのに、ここまで時間がかかってしまった。寂しかっただろう。いま、代わるよ」

 

 中路が操作盤の前を空けると航暉を呼んだ。ゆっくりとその前に立つとのぞき窓の奥に記憶にあった顔が浮かんでいた。中路がマイクを渡す。

 

「……久しぶり、だな。琴音、雪音」

――――うん、久しぶり、カズにぃはずっと雪音に首ったけだったけどね/ No.023_

――――お久しぶりなのです、カズにぃ/ No.024_

 

 声はなく、画面に文字列が現れる。名前が表示される訳じゃないがどっちがどっちかわかる。

 

「元気にしてたか、なんて聞くのも変だな。……だめだな、言いたいことはたくさんあるのにな。今更何を言えばいいかもわからない」

――――無理に話さなくてもいいのです。カズにぃはカズにぃだもん。カズにぃの考えてることなんてわかるもん、ね?/ No.024_

――――そうね、雪音もわたしもずっとカズにぃのそばにいたんだもん/ No.023

「そっか……そうだな」

 

 航暉は操作盤に触れる。

 

「……なぁ、雪音、琴音」

――――なに?/ No.023_

「俺は、間違ってたかな」

 

 現れる文字列を指でなぞる。声は聞こえないが、それでも確かにそのトーンがわかる。

 

「どこから、俺は間違えたんだろう。どこから俺たちは間違えてたんだろうな」

――――きっと間違えてなかったと思うよ。カズにぃは/ No023_

――――私もそう思うのです/ No.024_

「優しいな、お前たちは。それでも、きっとどこかで、何かを間違えた。だからこそ、お前たちはこの独房に囚われ、俺はただの殺人鬼と成り果てた」

 

 航暉はそう言うとゆっくりと目を閉じた。

 

「間違えてなかったなら、こうなるべくしてなったのかな? それだとすこし、寂しい気がするよ」

「司令官さん……?」

 

 航暉の横に来た電が彼の袖に触れる。

 

「電、安心しろ。全部をここでなかったことになんてしないから」

――――そっか、電ちゃんもいるのです?/ No.024_

「あぁ、いるよ。話すかい?」

――――少しだけいい?/No.024_

「もちろん。雷もいるからね。ちょっと待って」

 

 航暉は一歩下がって電と雷を操作盤の前に呼んだ。

 

――――直接会うのは二回目なんだけど、きっと覚えてないよね。月詠琴音です/ No.023_

――――月詠雪音なのです/ No.024_

 

 画面にそのように連続して文字列が浮かんだ。

 

――――兄がご迷惑をかけたみたいで申し訳ないのです/ No.024_

「いえ、そんなことないのです……雪音さん、でいいのです?」

――――どんなふうに呼んでもいいですよ/ No.024_

「しれーかんの妹さんよね?」

――――そうよ、うちの馬鹿兄の騒動に付き合わされちゃって大変だったでしょう?/ No.023

「「まぁ、はい」」

「……自覚はしてるが即答されるといろいろ思うところがあるな」

――――カズにぃは黙ってる!/ No.023_

――――少しは反省するのです!/No.024_

 

 妹たちの反応に航暉は肩を竦めた。

 

「でも、嬉しかったんじゃない?」

 

 雷がマイクを取った。

 

「16年間も、あなたたちのことを忘れずにいてくれた。あなたたちのことを考えてくれた」

――――もちろんよ? 私たちが生きていたことを覚えていてくれる。私たちがどうなったか、知っていてくれる。カズにぃがいたから、私達はここで耐えられた。カズにぃが生きてるってわかってたから私達はこうしていることができた/ No.023_

――――もう一度、カズにぃに会いたかったのです。だから生き残ったのかもしれないですね/ No.024_

「琴音、雪音……」

――――でも、でもだよカズにぃ/ No.023_

「?」

 

 航暉が疑問符を浮かべると、新たな文字列が現れる。

 

――――もう私達だけを見なくていいの。そろそろカズにぃは自由になっていいと思うの/ No.023_

――――電ちゃんに雷ちゃんがいるのです。もう私達がついていなくてもいいと思うのです。カズにぃ、私達ももう大丈夫です。だから、カズにぃも自由になっていいのです/ No,024_

 

 それを聞いて航暉は一歩前に出た。

 

「戦術リンクに繋ぐたび、俺はどこかお前たちの影を感じてた。やっぱり……」

――――そっか、気がついてくれてたんだ/ No.023_

「気がつかないと思ったか? 俺はお前らの兄だぞ?」

――――それもそっか/ No.023_

 

 その文字列にどこかもの悲しさを感じるのは、間違っているだろうか?

 

――――カズにぃ、私はまだ私かなぁ/ No.024_

「当然だ。お前はお前だよ、雪音。お前らはお前らだ。お前らは俺のたった二人の妹だ。それを否定ることは俺も許さんよ」

――――あは、やっぱりカズにぃはカズにぃだ。そういう強引なところ小学生のころから変わらないね/ No.023_

「そういう琴音たちは、大人になったな。いつの間にか、大人になった」

――――そうでもないのです。カズにぃに追いつきたくて背伸びして、手を伸ばしているだけなのです/ No.024_

 

 小さく笑った航暉はゆっくりと手を前へ。二人の納まるその箱の前へ。

 

「……見えるかい、雪音、琴音。やっと迎えに来た」

――――うん、見える。でも、手を伸ばしても、もう届かないかな/ No.023_

「そっか。……じゃあ、どうすれば届く?」

 

 航暉の問いにわずかに時間が開いた。

 

――――雪音、いい?/ No.023_

――――もう大丈夫なのです/ No.024

 

 ふたりで何かを確認するような会話があって。

 

 

 

――――カズにぃ、私達の生命維持装置を停止させてほしいのです/ No.024_

 

 

 

 そう、表示された。

 

「……やっぱりそうなるか」

 

 航暉は苦笑いを浮かべて、操作盤に触れた。

 

「似た者同士か、“俺”もお前たちも」

 

 操作盤にバーチャルキーボードが表示された、それをタイピングしていく。それを見て高峰が拳銃を構える。

 

「おいカズ、お前なにを――――――!」

――――警告 高峰春斗中佐 CSC内部でのこれ以上の武力行動は許可しない。強行介入開始/ No.023_

 

 高峰の視界にその言葉が表示されると同時、その姿勢のまま動きが固まる。電脳の一部にロックがかけられている。体の制御権が乗っ取られた。

 

「くそっ!」

「高峰、大丈夫だ。全部をここで止める気はない。この二人を止めるだけだ」

――――高峰さん、大丈夫なのです。“月刀航暉”を信じてあげてほしいのです/ No.024_

 

 高峰の視界にはそう表示される。その先では画面をひたすらタイプする航暉の姿があった。

 

「……これで終わる訳じゃない、解かってるだろ?」

――――もちろん。でもこれがきっと“これ”をとめる最初の鏑矢になるわ/ No.023_

「鏑矢なんて言葉、どこで覚えてくるんだか」

 

 航暉はひたすらにキーを叩き続けた。

 

「なぁ、一つだけ聞いていい?」

――――なぁに? カズにぃ/ No.023_

――――なんなのです?/ No.024_

「幸せだったか?」

 

 そう問いながら航暉は“ホールデン”維持管理システムにアクセスしていく。管理用のセキュリティパスはNo.023が解除していた。一度もとがめられることなく潜りこむ。

 

――――なぁんだ、そんなこと?/ No.023_

 

 笑っているのだろうか、その声は。

 

――――当たり前なのです/ No.024_

――――こんなに意地っ張りで、強引で/No.023_

――――誰よりも強くて、誰よりも優しいお兄ちゃんは世界中どこを探してもいないのです。カズにぃは世界一の私達のお兄ちゃんです。そんなお兄ちゃんを持てた私達が幸せじゃないはずないのです/ No.024_

――――私達は幸せよ。だからカズにぃも幸せにならなきゃ/ No.023_

 

 その表示を見て航暉は笑った。

 

「……妹たちにこう言われたんじゃ、そう簡単に死ねないじゃないか」

――――当然。私達の分もしっかり生きて/ No.023_

――――お土産話はたくさん欲しいのです/ No.024_

「いつか、もう聞きたくないってぐらい聞かせてやるよ」

 

 航暉の手が止まる。

 

――――ねぇ、カズにぃ/ No.024_

「どうした?」

――――小さい時に読んでくれた本、まだ覚えてるのです?/ No.024_

「どの本だい?」

 

 そう問いかければ少しだけ間をおいて文字列が現れる。

 

――――“ぼくは、あの星のなかの一つに住むんだ。その一つの星のなかで笑うんだ”/ No.024_

「……“だから、きみが夜、空をながめたら、星がみんな笑ってるように見えるだろう。すると、きみだけが、笑い上戸の星を見るわけさ。”……サンテグジュペリ、『星の王子様』か、そういえば寝る前にちょっとずつ読んでたっけ」

――――うん。大好きだったの。あの本/ No.024_

「そっか。俺も好きだった」

――――“だれかが、なん百万もの星のどれかに咲いている、たった一輪の花がすきだったら、その人は、そのたくさんの星をながめるだけで、しあわせになれるんだ。”私たちのこと、好きでいてくれる? まだ、覚えててくれる?/ No.023_

「当たり前だ、バカ」

 

 航暉がそう言って俯いた。

 

「……スキュラ、どうせ見てるんだろ?」

 

 航暉がぽつりと呟くと、電脳通信がつながった。それもその場にいる全員に同時に繋がった。

 

《えぇ、ちゃんと眼に乗ってるわよ。で? どうするの?》

「CSCを3秒だけオフラインにしろ。このシステムを設計したプログラマーはお前だ。どうせバックドアの一つや二つ残してるな?」

《まったく、最後のバックドアをこんなことに使う気? 次にハードアタックする機会があったとしても、その時はもう私に提供できる切り札は無いわよ?》

「合図を送ったらオフラインにしてくれ」

《……おまけで4秒、有効に使いなさい》

 

 航暉は首の後ろからQRSプラグを引き出した。制御卓にはジャックポートが顔を出している。

 

「そうだ。忘れるところだった。雪音、琴音」

――――なんなのです?/ No.024_

――――どうしたの?/ No.023_

「帰ったらソフトクリーム食べにいこうって約束、破っちゃってごめんな。またいつか」

――――いいよ、気にしてないわ/ No.023_

――――次会った時に、です/ No.024_

「そうだな。次会った時に。正直、もうこの世で会うことがないことを願うよ。俺はもう少しこっちで頑張る。だから向こうで元気でいてほしい。不甲斐ない兄からの最後のお願いだ」

 

 航暉はジャックポートにジャックをあてがった。

 

 

 

――――約束なのです。カズにぃも元気で頑張って/ No.024_

――――約束したからね? カズにぃ、元気で/ No.023_

「あぁ、元気でな」

 

 

 

 航暉は笑ってから目を閉じる。

 

「スキュラ、3カウントでいくぞ」

《了解、いつでも》

「3、2、1……」

 

 ゼロのカウントと同時にジャックにQRSプラグが叩き込まれた。同時に膨大な量のコマンドが制御卓のスクリーンを流れていく。

 音は無かった。きっちり4秒で航暉はコードを引き抜いた。

 

「……気が済んだか、月刀」

 

 杉田の声が響いた。

 

「CSCは復旧、いまリアルタイムで接続していた端末にはエラーが返されただろうが、もう問題ないはずだ」

 

 航暉は淡々と答えた。高峰がふっと力を抜く。体の制御が戻ってくる。

 

「月詠姉妹は?」

「どこかに消えたよ」

 

 航暉はそう言ってゆっくりと膝をつく。

 

「司令官さん!」

「大丈夫だ、大丈夫だから……」

 

 航暉はそういいながら俯いた。でもそれをすぐに否定する。

 

「……ぜんぜん大丈夫じゃねぇよ。どうして俺は3回も妹に死なれなきゃいけなかったんだよ。どうしてだよ、畜生……」

 

 床に水滴が落ちる。

 

 

 

「大好きだったよ。お前らが大好きだったんだよ。なんでお前らを殺さなきゃいけなかったんだよ畜生――――――っ!」

 

 

 航暉の絶叫がこだまする。その背中を雷がさすった。電が彼の頭を抱く。

 

「泣きたい時は、泣いていいのです」

「……電、雷」

「はい」

「どうしたの、しれーかん」

 

 航暉の声が揺れる。

 

「約束してくれ。命令でもいい。解釈は任せる。……絶対に生き残れ」

 

 ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「お前たちが琴音や雪音じゃないことはわかってる。お前たちは電であり、雷だ。でも、今だけは、今だけは許してくれ。もう、これ以上妹たちを失うのは、もう無理だ。4回目はもう、耐えられない」

 

 電にすがるようにその肩を抱く。震える両手は確かに血が通っていた。

 

「絶対に俺より長く生き延びろ。無茶なこと言ってるかもしれない。それでも、生き残ってくれ、頼む」

 

 なんと残酷な願いだろう。自らが見てきた、耐え切れないような思いを相手に強いる。それを航暉は是としない、だとしてもそう言わなければ耐えられなかったのだ。

 

 

 

「……ひとりはもう、いやだよ」

 

 

 

 その震えた呟きに、電は目を細めた。その拍子に目じりから水滴が落ちる。

 

「大丈夫なのです。司令官さん。私はここにいます」

「そうそう、しれーかん、私がいるじゃない!」

 

 答えはなかった。ただ嗚咽が響くだけだ。ただ、それだけの時間が続いた。

 

 

 

 

「……すまんな、迷惑かけた」

 

 どれだけの時間が経っただろう。互いの腫らした目を見てどこかバツの悪い表情をしながら航暉が立ち上がった。

 

「……もう大丈夫か? カズ」

「あぁ、もう大丈夫だ」

 

 航暉は小さく笑った。

 

「……俺のM93R、今高峰が持ってるのか?」

「あぁ、それが?」

「ここに置いていくよ。もう、必要ない。あの子たちはもういないし、もうそれにこだわる必要もない」

「……そっか。ほら」

 

 高峰から銃を渡され。それを制御卓の脇に置いた。

 

「今度こそ、いこうか」

「なのです」

「うん」

 

 電と雷が頷く。天龍が笑って航暉の方に近づいて来る。そのまま肩を叩いた。

 

「もう勝手にいなくなるんじゃねぇぞ、俺たちが待ってる。そこに帰ってこい、司令官」

「あぁ、そうするよ」

 

 航暉は頷いた。

 

「航暉」

 

 その彼に一つ、声がかかった。中路だ。

 

「……お前には、もうこっちがいいだろう」

 

 中路が彼の頭に帽子をかぶせた。黒の制帽、国連海軍の上級士官用の制帽だった。

 

「私はおそらく予備役に落とされることになる。私の電脳も限界が近い。……みんなのことを頼む」

 

 中路が敬礼の姿勢をとる。航暉はそれに答礼を返した。

 

「さて、帰ろうか」

「あぁ、行こう」

 

 一丁の拳銃を置いて去っていく。それが一人と二人の墓標の代わりとして、置いていく。

 

 

 

 

――――Bon Voyage._

 

 

 

 

 制御卓にはただそう表示されていた。

 

 

 




いろいろ思うところがありますが、Si Vis Pacem, Para Bellum終了です。いかがでしたでしょうか?

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回 第三部エピローグ『11111111 スターティングポイント・イズ・ヒア』
全てはここで終わり ここから始まる

それでは次回お会いしましょう。


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