艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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今回ほど更新は怖い回はないです。
お気に入り半減覚悟でお送りしている第三部、核心部分に入ります。

それでは、抜錨!


00001101 フロムマニラ・ウィズラヴ PHASE2

 

 

 

 ノックと共に杉田は中に入り込んだ。

 

「いきなりどうしたかね、杉田君」

 

 軍の中でもかなり広い部屋……個人執務室の中では最大ともいえる広さの部屋だ。ここで会議をすることもあるのだろう。だからこそこれだけの広さが用意されている。専属秘書もつくのはこの部屋の主、極東方面隊総司令官である山本五六元帥がそれだけの多忙な職務を送っているからだ。

 

「突然の訪問お許しください、元帥。ですがどうしてもお聞きしたいことがございまして」

「聞きたいこと、とは?」

「ライ麦計画……いえ」

 

 杉田は言葉を切った。

 

「水上用自律駆動兵装について少々」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お隣いいかしら?」

 

 電が一人屋上に立っていると後ろから声がかかった。電は振り返る。夕日に染まるコンクリートの屋上は夜の冷気の気配を感じさせている。

 

「ビスマルクさん……?」

「イナヅマが階段を寂しそうに上がっていくのを見ちゃってね」

「見られちゃってましたか……」

「見られちゃってたわよ」

 

 そう笑ったビスマルクは電の隣、柵に寄りかかるようにして立った。

 

「……貴女のアドミラール、すごく大変なことに巻き込まれてるって聞いたわ」

「……なのです」

 

 小さく笑って俯いた電を見てビスマルクは微笑んだ。

 

「大丈夫? 無理してないかしら?」

「今は無理をしないといけない時期ですから」

 

 そう言うと電はもう一度夕日に染まる海を眺めた。海の向こうから夜がやってこようとしていた。アルミの柵は冷え冷えとしており、触れた電の体温を少しずつ奪う。

 

「ビスマルクさん」

「何かしら?」

「……これから言うことは独り言なのです」

「そう」

「……司令官さんを追いかけることがこんなにも怖いことだとは思ってませんでした」

 

 電の声を聴きながらビスマルクは空を見上げていた。

 

「私達艦娘になる前のことを司令官さんは話そうとしませんでした。軍人だったことは知ってましたがどこでなにをしてたかなんて話してくれませんでしたし、私達も聴かなかったのです」

 

 夕日がどんどんと山影に迫っていく。海側の青が濃くなっていく。

 

「司令官さんが何かを隠してることは薄々気がついていたのです。そして限界が近いことも薄々気がついていたのです」

 

 寝ることもままならない睡眠障害を抱えた状態で彼は電たちのそばに寄り添い、戦ってきた。時間が経てば経つほど疲れが溜まっていくのを見ていた。それを電たちは心配していたが、彼はそれをやめようとしなかった。

 今となっては仕事をすることで何かを忘れようとしていたように見える。

 

「それでも止めなかったのです。司令官さんと少しでも一緒にいたかった。優しくて、私達を仲間として扱ってくれることに甘えて、司令官さんとの関係を崩したくなかったから、司令官さんに嫌われたくなかったから、止めなかったし、質問もしなかったのです」

 

 電の海岸線が歪む。

 

「司令官さんはいなづまを信じてくれた、なのに、なのに……いなづまは」

 

 落下防止の柵に乗せた手が強く握りこまれた。

 

「いなづまが止めなきゃいけなかったのに。一番近くにいたのに、どこかおかしいって気がついていたのに、司令官さんに嫌われたくなかったから、止めなかった!」

 

 ビスマルクは電の肩を抱き寄せその胸に抱き込んだ。電の体は痙攣するように小さく揺れていた。

 

「司令官さんに甘えていただけで、いなづまはなにもできてなかった! いなづまたちのために命がけで助けてくれたのに、いなづまは、いなづまは……!」

 

 ビスマルクはなにも言わずただ抱きしめた。

 

 ビスマルクはドイツ帝国本国で旗艦を務めたことがある。だからこそわかる部分がある。

 司令官や旗艦というのは不安や疑念などの心内を胸の中にひた隠し、仲間を率いる立場にある。仲間や部下を信じていないからではない。信じているからこそ隠すのだ。信じてくれているとわかるからこそ隠すのだ。

 状況が絶望的だとしても、どれだけ不安に駆られたとしても、仮面の下に押し隠し、毅然と前を向かねばならない。それが旗艦というものであり、指揮官というものだ。

 

「……手を伸ばすことをしなかったのです。こんなことになるとは思ってなかった。それでも、こうなるかもしれないっていうのはわかってたのです」

「こうなるかもって言うのはなにかしら?」

「いなづまたちを置いてどこかに行っちゃうんじゃないかって」

 

 ビスマルクは電を抱きしめたまま空を見上げた。だいぶ青が浸食してきた。

 

「……私は貴女のアドミラールと話したことはないけれど」

 

 夕日を背負ったままビスマルクはゆっくりと言葉を選ぶ。

 

「貴方にとってアドミラールは大切な人だった」

 

 頷く電。

 

「大切にしてもらった」

 

 再び首肯。

 

「そして、今も大好きなのね」

 

 時間を置いて、首肯。

 

「ならやることは一つよ」

 

 そっと電の肩に手を置いてゆっくりと見つめるビスマルク。

 

 

 

「追いかけなさい、貴女のアドミラールを」

 

 

 

 手を肩から外す。

 

「大好きなんでしょう? 諦められないんでしょう?」

 

 電は答えない。無言の肯定。

 

「だったら追いかけるべきよ。女をそこまで本気にさせた男に振り向いてよって叫びなさい。大好きだって言いなさい。ちゃんと自分のことを見てって言いなさい」

 

 ビスマルクはにかっと笑った。

 

「貴女なら大丈夫よ。貴女みたいないい子に好きだって言われてなにも思わない男なんていないわ。だから、行きなさい。女は度胸よ!」

 

 しばらくぽかんとしていた電だがゆっくりと頷いた。

 

「……まったく、手間をかけさせるぜ」

 

 それを物陰から見ていたのは天龍だ。隻眼を細めゆっくりと溜息をついた。

 

「客人にこんなことをさせてすまなかったな」

「いえ、ビスマルク姉様も私もイナヅマには助けられてますし、もうゲストって訳にもいかないから……」

「そう言ってくれると助かる」

 

 天龍はそういうと上体を振って壁から離れた。

 

《青葉です! 緊急事態なんです!》

 

 その時に入った無線に天龍が眉を顰める。

 

「天龍だ、どうした?」

《中路中将が消えて、古鷹が!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天龍と電が指定された病室に駆け込んだ。

 

「古鷹!?」

「やめるのですっ! 落ち着いてください!」

 

 天龍の視線の先では古鷹が自分のこめかみに拳銃を突きつけ泣いていた。部屋には青葉と古鷹の二人きりであり高峰の姿が見えない。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……!」

《後10秒で現着! 状況は!?》

 

 鳴き声交じりの古鷹の声にかぶさるように高峰からの電脳通信が響いた。天龍は自分の視覚情報を通信に乗せた。

 

「馬鹿野郎っ!」

 

 その怒声が響くと同時に高峰が天龍を押しのけるように飛び込んだ。直後、破裂音。破裂音の出どころは……高峰の右手FN-Five-seveN。

 破裂音は二回、放たれた5.7x28mm弾は過たず古鷹の持っていた拳銃を弾き飛ばし、彼女の右手に破孔を穿った。

 

「……っ!」

 

 そのまま高峰は古鷹の懐に飛び込むと肘鉄を叩き込み、彼女をベッドに叩きつける。うつ伏せに倒れ込んだ彼女に半ば馬乗りになる様に抑え込み後ろから頭を鷲掴みにするように抑え込んだ。

 

「な……何してんだよっ!?」

「あんなん時間稼ぎだ! 殺す気ならとっくに死んでる!」

 

 左手で自分のうなじからQRSプラグを引き出すと彼女に直結する。

 

「じ、時間稼ぎ!?」

「誰かが古鷹の電脳をハックしてやがる! 口封じじゃねぇ、何かをさぐろうとしてんだ。何かを!」

 

 身代わり防壁(アクティブプロテクト)を展開。

 

「古鷹の脳に誰が潜りこんでんのか、ここで確かめる!」

 

 そう言った次の瞬間に、高峰の意識は真っ黒なキューブの前に立っていた。周囲は白。電脳空間に距離の概念は存在しない。左右も上も足元も正確にはただの空間が広がっているだけだ。

 

―――――古鷹のチャットルーム?

 

 そんなことが頭をよぎったタイミングで声をかけられた、

 

「久々かしら、高峰君」

「―――――怪物スキュラ、やっぱりあんたか」

「あんたとは失礼ね、私を呼び捨てにする貫禄を何処で拾ったの?」

「世話になりこそしたが、病院を爆破したり、仲間の脳をハッキングしたりするヤツにつける敬称なんてあるかよ」

「あ、やっぱりばれてたんだ。あの病院の自走爆弾を送り込んだのが私だって」

「カズの病室に入ってから天龍の骨格に仕込まれた爆弾が爆発するまでの時間が長すぎる。あんな殺す気のない爆発だとカズを軍から引き離すのが目的としか思えない。そうだな?」

 

 真っ黒なキューブがくるくると空中で回る。

 

「あら、わかってて泳がしてくれてたってわけ?」

「そうじゃないと話が合わなくなってきたからな。電経由でハックするように仕組んだのもあんただな?」

「正解。ま、ここはガトーとの利害の一致があったからね」

「利害の一致、だと?」

「私は貴方たちがどこまで進んでいるかを知る、ガトーは電ちゃんのアイデンティティ・インフォメーションを閲覧できる」

「電のアイデンティティ・インフォメーション?」

 

 キューブが回転をやめた。ピタリと止まった後、上がぱかりと開く。周囲の色合いが変化した。同時に何人もの姿が投影される。

 

「え、なに!?」

「お、お姉ちゃん……?」

 

 投映されたのは雷電姉妹に天龍、青葉だ。

 

「……見事に枝を付けてたってわけだ」

「御足労頂いて悪かったわね。そしてライちゃんは2日ぶりかしら?」

「その声……スキュラね?」

「そうよ。会えてうれしいわ」

 

 キューブがくるくると回る。それを雷は胡乱な目で見ていた。

 

「しれーかんは今一緒にいるの?」

「あぁ、そうか。ライちゃんは視覚情報まで完全にロック掛けてたんだもんね、見えてないか。ガトーならもう日本にいないよ。昨日の夜無事出国したわ」

「それならどこにいるのです?」

「まぁそう話を焦らなくてもいいだろう、デンちゃん。あんたの司令官は少なくともあと二日は行動を起こせない。向こうでの武器を手に入れられないからね」

 

 キューブが半回転して空中を滑っていく。付いて来いという気らしい。

 

「さて、君たちはガトー……月刀航暉という人間についてどこまで知ってるかな?」

 

 キューブはそう言うと裏返る様に一度展開し、すぐに立方体に戻る。正確には裏返ったのだ。黒かったキューブの色が今度は白に切り替わる。

 

「……カズは元々月刀家の傍系、月詠家の人間だった。下には双子の妹が二人、家族全員が砺波ジャンクションの交通事故で死亡したはずだった。だが、カズは生きていた」

「そう、その時月詠航暉はボーイスカウトのキャンプに行くために立山に行くバスの中だっからあの場にいなかった」

 

 周囲の白一色の空間が歪んだ。風まで吹き抜ければ気の早い枯れ葉が皆の前を吹き抜けた。周囲は秋口の風景に切り替わる。目の前には瓦屋根の平屋の大きな家が映る。

 

「ガトーの脳から抽出した記憶にクリーニングをかけたものだ」

 

 濡れ羽黒の髪をした和服の女性に連れられた少女が二人、年齢的には5歳か6歳ぐらいだろうか? 一人の女の子はすでに半泣きであり、もう一人の女の子の方もどこか悲しそうにしている。その二人の前にしゃがみ込む少年の姿も見える。

 

「あれ、この風景って……!」

 

 少年は少女の二人の頭を撫でて立ちあがる。

 

「ごめんな、すぐ帰ってくるから。ちゃんといい子にしてろよ?」

 

 オレンジ色のネッカチーフを締めた少年がいう。離れようとした少年を引き留めるように半泣きの方の少女がその袖を引いた。

 

「やだ、いかないで。置いてかないで」

 

 もうひとりの少女も頷く。それを見た和服の女性が苦笑いをした。

 

「弱ったなぁ……、僕はそろそろいかないといけないんだけど……。そうだ、帰ってきたら一緒にソフトクリームを食べに行こう」

「ソフトクリーム?」

 

 少年は腰をかがめて本格的に泣き出した少女の頬に触れる。ピクリと全身を震わせた少女を見て少年は頬の涙の跡を親指でぬぐった。

 

「好きだったろ? 牛乳ソフト。街にでてさ、本屋さんとか回って、ソフトクリームを食べにいこう」

「うん。……うん!」

「あたしも!」

「わかったわかった、俺と雪音と琴音の三人で行こう。俺が帰ってくるまでいい子にしてろよ?」

 

 そう言うと、皆が笑った。……この場にいないはずの高峰たちの表情が険しくなっていく。

 

「うん!……やくそく」

「やくそく!」

「約束だ」

 

 直後、明転。その風景が消え去る。宙に浮いたキューブが上機嫌そうに笑う。

 

「どうだい、デンちゃん、ライちゃん。見覚えはないかい?」

「……そんな」

「なんだか電ちゃんたちがカズの妹だったって言いだけだな」

 

 そう言うとキューブが一段と早く回った。

 

 

 

「だとしたら、どうする?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水上用自律駆動兵装開発計画(PROJECT-IDA)なら少佐以上の権限があれば閲覧可能だったと思うが、わざわざ私に聞くことかね?」

「申し上げたはずです。私が聞きたいのはライ麦計画の裏で進められていた方の水上用自律駆動兵装計画です」

 

 窓から差し込む光は日が沈んだことで消え去り、暗めの室内灯だけが灯っていた。

 

「話が見えないね。ライ麦計画といえば……」

「日本国自衛軍の教育プログラムの一つ、予備青年士官教育プログラム(Program of Resaved Youngster-officer Education)。だがそんなちゃちなもんじゃなかった。違いますか?」

 

 目の前の元帥は顔の前で手を組んだ。

 

「それで、そこになぜ水上用自律駆動兵装開発が絡んでくるのかね?」

「それは貴方の方がご存知でしょう。ライ麦計画発足当時の日本国自衛海軍幕僚長は貴方だったはずですから」

 

 それを言うと山本は溜息をついた。

 

「君は運がいい。たまたま私の仕事がひと段落ついていた。そうでなければ追い返していたよ。……続けたまえ」

「はい。ライ麦計画は極秘裏に進められた。理由は未成年の優秀な人材を青田刈りし、それを優秀な士官に育て上げるという手法ゆえ、ジュネーブ条約に触れる可能性があったから……そうですね?」

「高々中佐程度の権限でよく調べたね。その通りだ」

「嘘だ。なぜならばライ麦計画の本来の目的は優秀な人材を集める隠れ蓑に過ぎないからだ」

 

 言葉遣いが粗雑なものに切り替わる。杉田は片足に体重をかけ姿勢を崩した。

 

「そろそろ本音を教えて頂けませんか」

「やれやれ、君はせっかちだな。陸軍時代もせっかちでお節介だったようだが」

「よくご存知で。そんな風にして月刀の過去も知っているので?」

「月刀君は特別だからね。なにせ―――――」

「記憶も全部操作して艦娘の指揮官としての全体最適化(トータルオプティマイズ)に成功したから、か?」

 

 杉田の右手が腰の後ろに回った。

 

「やめたまえ、杉田君。私を殺してもライ麦計画は止まらない」

「だろうな。ライ麦計画――――俺はもっと早く気がつくべきだった。月刀と俺は硫黄島のあの司令部で気がつくチャンスがあった。そして高峰も気がつくチャンスは平等にあったんだ」

「ほう、なににかね?」

「通信システムの脆弱性とそこに仕組まれたバックドア。あれは意図的に残されたもので、そこから俺たちの通信パターンが盗まれどこかに転送されていた」

「転送先はどこだかわかるかね?」

「それはあんたの方が知ってるだろう? なにせ、それをしたのはあんたの指示のはずだ」

「さて、どこだったかな?」

「フィリピンのルソン島山間部やキスカ、……違うか?」

 

 山本はニヤリと笑う。

 

「だからどうしたというのかね? ……非公開ラインがあったところで軍規には反していまい?」

「あぁそうだな。軍規には反していない。だがそれをあんたの口から利けるとは思ってなかったよ“ホールデン”!」

 

 “彼”が笑った。その額に銃口が向けられる。

 

「Program-R.Y.E.……もっと早く気がつくべきだった。J.D.サリンジャーの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』――――――ライ麦畑でつかまえて。ライ麦計画の本当の目的は自律駆動兵装(こども)を救う指揮官(ホールデン)の養成にあった、違うか!?」

 

 “彼”が肩を揺らす。だんだんと振れ幅が大きくなり、最後には大声で笑いだした。

 

「おめでとう杉田中佐。君はやっと答えに行きついた訳だ」

「こんなことは信じたくなかったがな」

「行きつくとしたら君か月刀君だと思っていたよ。君は中路の元に長いこといたからね。ライ麦計画について知っているならわかってるでしょ? 中路がなぜ月刀君に固執するのか」

「……罪滅ぼし」

「その通り、笑っちゃうよね。高々一枚の書類にサインしただけなのにさ」

「そこまで欲しかったのか、月刀の頭脳が」

「正確には彼じゃない。本当に用があったのは彼の妹たちのほうさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雷と電が、カズの妹……?」

「そんなに驚くことかなぁ、これ」

 

 キューブは笑う。

 

「おかしいとは思わなかったの? どうして水上用自律駆動兵装なんて兵器に感情なんてつけたのか。兵器は兵器だ、そこに感情なんて機能を入れてしまえば、その兵器の運用者は兵器に情が湧く。それは明らかに不利なはずだ。理由は単純、機能を付けたんじゃない、排除できなかったんだ」

 

 キューブはくるくると回る、再び反転、今度は黒だ。

 

「自律駆動兵装って名前はね、艦娘が生まれる前、まだ深海棲艦が生まれる前から存在していた。戦争なんて機械にやらせて人間サマはそれを遠くで高みの見物ってわけね。その構想は20世紀から生まれていた。それを推し進めた発展形、それが自律駆動兵装だ」

 

 キューブがクルリと回れば周りの風景が変わる。今度は白い部屋だ。

 

「高峰君は見覚えあるんじゃない? これと同じのがキスカにあったから」

「日本国の電脳実験施設……」

「そうね。笑えるでしょう? こんなものを国外にいくつも作ってたんだから。日本の札付き(タイド)ODAに使う物資ってことで持ち込んだものがこんな形で使われてたんだから」

「……笑っていい問題じゃねぇな」

「どういう面で?」

 

 キューブが問いかければ高峰は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

「……違法人体実験」

「そうね。電脳化によって生じる弊害を洗い出し、その抗体(ワクチン)を作成すること。普通ならそうだった。でも自律駆動兵装開発においてはちがう。何せ必要ななのは人命ではなく、人間のようにその場で判断し、行動しできる都合のいい歩兵、いわば生きた人形を欲していた。だから高性能AIを欲していた。人間のような判断力を持ちながら死を恐れず戦うことを可能にするAIを。そのために“人間の脳を丸々コピーしようとした”」

「ゴーストダビング……」

 

 高峰がなんとかそれだけをつぶやいた。

 ゴーストダビングは個人の個の情報(アイデンティティ・インフォメーション)を大量複写して魂の入っていないものに乗せることで自らの分身を作るという構想の下生み出された技術だ。ただ、元の脳がそれに耐えきれず破壊されることから人間での使用は国際法で禁止されている。

 

「人間の脳の情報をコピーしてそれから必要のない要素を抜き取ればいいじゃないか。そんな風に考えたどっかのマッドサイエンティストの意見が通ってしまい、それが実施された。そのために大量の人間が消費された」

「消費って……」

 

 戦慄したような声を上げるのは青葉だ。

 

「消費よ。“敵国の兵士”なんて隊長クラスより下は情報的価値も薄い。だからせめて有効に使おうとしてそうなったわけ。まぁそれも大きな戦争が終わればできなくなるんだけどね。華渤戦争中はそれでよかった、それでも研究は終わらない。だから次の場所が必要になったそれが……」

「――――――フィリピンか!」

「フィリピン共和国とスールースルタン国の内乱。ちょうどいい規模で泥沼になってくれたから研究ははかどったみたいよ? もっとも、使われたのは敵兵だけじゃなかったみたいだけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、自律駆動兵装に向いてる脳と向いてない脳がある訳だ。誰彼かまわず使う訳にもいかないのは当然だ。私達は軍隊であって蛮族ではないからね」

「被検体の数4ケタ台に乗せてるんだろ、それだけ殺しておいて蛮族じゃないと言い張るか」

 

 杉田の銃口の先で“彼”が笑う。杉田は照星越しの笑みをこれでもかと睨みながら吐き捨てた。

 

「それで何万の味方兵士が救われる。意味ある死だと思うよ。倫理に悖ると言われても倫理なんて時と場所に左右されるものだしね」

「違うな、意味がある死でなければならなかった。自らの存続理由に関わるからな。そうでなければ、自らの心を満たすことができない」

「そんなもんかな。わからないんだけどね」

「そうだろうな、生きたことのないあんたにはわかるはずがないよな。被験者の劣化した(ゴースト)の寄せ集め、それらの混沌から生まれた“魂のようなもの”にしか過ぎないあんたには」

「まぁそれも正しい認識ではある。だが、“僕”は艦娘の誕生に関わった何千もの魂を知り、それらの思いを継ぎ、その魂がせめて無駄ではなかったと言われるために、彼女たちを導く役割を与えられた。そういう意味では君の存在理由に関わるという指摘は適切だ」

 

 そう言うと“彼”は笑みを深くした。

 

「まぁ人としてというよりモノとしてだがね」

「どういう意味だ?」

「あるじゃない、常にすべての艦娘の出撃を監視し、その行く末を見守ってきたものがあるよね?」

 

 “彼”は手を横に広げた。

 

「人は“僕”をこう呼ぶんだ――――――中央戦略コンピュータ(CSC)ってね」

 

 

 

 

 




まだこれ核心部分の前半だし……後半でいろいろ回収するし(汗

……いろいろノリで設定増やすんじゃなかった!

そんな後悔盛りだくさんでお送りしております。アニメ放映前最後の更新でした。
いかがだったでしょうか? 自分のよくやる「設定作りすぎて伏線回収できずに自沈」ってパターンが現実味を帯びてきました。真面目にお気に入り激減覚悟でやってます。

かなりの急展開ですがどうぞよろしくお願いいたします。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回 真実に触れるとき、高峰は、杉田は、雷は、電は――――――
「――――――ありがとう、電、雷。君に会えてよかった」

それでは次回お会いしましょう。

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