艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー 作:オーバードライヴ/ドクタークレフ
……七駆の話も書きたいなぁ。……書く余裕なさそうですけど。
ウェーク・ウィークポイント編、大詰めです。
それでは抜錨!
その時、響の視界にはたった一文だけが表示されていた。
I have control. / DD-AK02_
それが消えると同時、視界にフィルターがかけられたように様々な情報が追加される。
敵まで1.8km、相手の艦首方位、進行速度。それらが不自然なほどに明瞭な視界に投影される。武装管制システムが起動し勝手に狙いを付けていく。
RDY Gun. Attack it. / DD-AK02_
砲撃用意完了、攻撃せよ。響。
艤装の電探情報とリンクされ明瞭になった視界の先に見る敵に向かって砲弾が叩き込まれる。体はその反動を殺そうと前に加速するように動く、そのまま前へと駆けだした。
「この感覚は……」
《響、聞こえてる?》
「姉さん?」
体の自由は効かないが声は出せる。
《無線は生きてるわね。全く、銀弓作戦のリプレイみたいな状況なんだけど、そっちは大丈夫?》
「こっちは……うん、リンクが回復、というより姉さんの電探情報と行動予測がリンクされてきてる」
《へっ? そんなことしてないんだけど……ってホントだ。いつの間に……》
「おそらくは……このリンクの感覚はおそらく……司令官だ」
《……
「どうだろう。自分じゃ判断できないけど……たぶん大丈夫だ」
響はなぜかその確信を持っていた。このリンクは、このリンクの先は……
「間違いないよ。月刀航暉司令官だ」
「くっそ、防壁021突破されたぞ!」
「分散型ウィルスを電の電脳経由で叩き込んだんだ。電のキーを利用して電のアクセス権を掌握、それを使っての管理システムへクラッキング、いい腕してやがる」
「高峰、感傷に浸ってる余裕はねぇぞ! おかげでこっちはただの監視室になってる」
杉田の叫びを聞きながら高峰はひたすらにキーを叩き続ける。
「青葉、聞こえてるか?」
《こちら青葉、クリア&ラウド!》
「ウェーク近海の戦況、そっちのスクリーンにどう出てる?」
司令部からわざと外していた青葉に問いかける、今は極東方面隊総司令部にいるはずだ。
《それが……》
「どうした?」
《指揮官名に月刀航暉と表示されてるんです。
「……カズ、なにやってんだよ」
高峰はそうつぶやくように言うと一瞬手を止めた。
「高峰君、正直な意見を聞きたい」
「……なんでしょうか、山本元帥」
「このハッキング、月刀君のものだと思うかね?」
その質問に今度こそ手を止めた。
「……確かなことは言えませんが、確率は高いと思います」
「その根拠は?」
「月刀大佐は電の電脳キーを所有しています。電への何らかの接触、もしくは電を通じての救難支援要請を回してくる可能性があるとして、その電脳キーの停止は行われていませんでした」
「即ち、電への侵入はいつでも可能だった?」
「はい。そして艦戦重視の航空機動パターン、艤装への介入率の高さの特長も月刀大佐の戦術リンクの特長と一致します。ですが……」
「なんだね?」
山本が聞き返すと高峰は悔しさを耐えるように指を握りしめた。
「電に電脳ウィルスを送り込むようなことをするとは到底思えません」
山本はそれを聞いて顎を撫でてからコードを引き抜いた。
「戦略・戦術双方の中央コンピュータが正規アクセスとして処理している。まずはこれを止めねばな。高峰君と杉田君はこのままここで指揮権の奪還を続行しろ。私は総司令部に行く、CTCとCSCに今指揮をしている月刀君のアクセスをすべて拒否させるように説得することとしよう」
「お願いします」
「くれぐれもDD-AK04電を繋がないように」
「了解しました」
高峰がそう返せば、山本が指揮所を出ていく。高峰はそれを敬礼で見送ることをせずにただ作業を続行した。
「……それで、実際のところどうなんだ?」
「なにがだ?」
「これが月刀のハックかどうかってことだよ」
高峰はキーを叩きながらも杉田の声に目を伏せた。
「十中八九カズだ。だが、理由が視えない。CTCとCSCに月刀航暉と表示された時点でカズが生きていることを知らしめたことになる。その時点で行方をくらます意味がなくなった。なら、不正アクセスでこっちにコンタクトを取る理由は何だ?」
死者を殺すことはできない。航暉にとって今は死んでいた方が都合がいいはずだ。それを覆してまで何かをしようとしている。
行方不明の利点を捨ててまで艦隊を守ろうとしているなら電を経由する必要はない。直接軍のサーバーにアクセスすればいい。なぜ不正規のルートを使って乗り込む必要があったのだ?
「誰かが月刀を騙ってる場合は?」
「この戦闘の進み方を見てもそう言えるか?」
杉田に即答で返すと彼は黙り込んだ。
「……直接確認するしかないか」
「何をする気だ?」
高峰は改めて席に座り直す。うなじに刺さったQRSプラグが揺れる。
「介入元を突き止める。ハードの位置にカズもいるはずだ」
「正気か? パワー負け確定した状況で潜って何になる?」
「諦めるわけにはいかないんだよ、俺たちは。月刀航暉と電は国連が待ち望んだ貴貨だ。これを逃せば二度とないかもしれない講和への貴貨なんだよ。今カズに死なれる訳にはいかない、絶対に!」
高峰はそう言うとコンソールを操作した。
「30分経っても俺が戻ってこなかったらどこかの研究機関にでも放り込め」
「――――――死ぬなよ」
「カズなら聞いてくれるはずだ」
高峰の意識がネットの海にダイヴする。乗っ取られたラインを遡上する。
(お願いだ、カズ)
お前まで俺を見捨てないでくれ。
「……」
空になった魚雷管がかちりと音を立てていた。真っ赤に歪む視界の中で彼女は目の前を見据えていた。自分の体が相手に吊るされているのはわかる。だがその体の信号はとっくに途切れていた。機能としては死に体、相手に掴まれている右手なんてもうおかしい方向に捻じれているし、腰から下の感覚は完全に消えていた。かろうじて電脳が最後の抵抗を続けているといった所だろうか。
「……キヒ」
目の前の相手は笑う。笑い返そうとするがもはや表情すら動かないようだ。
「キヒ、キヒヒヒ……」
相手は彼女を放り投げるようにして持ち替えた。右の手首をもって吊るしていたのを、直接頭を鷲掴みにした、力なく赤く染まった右腕が垂れる。
「キヒヒヒ……」
チタン合金の脳殻を押しつぶそうとするかのように力が加えられていく。もはや痛いという感覚すらない。それでも電脳の活動限界が近いことを理解した。これが押しつぶされるとき文字通り私は終わるんだろうと理解した。
せめて妹の前では避けたかったなぁ。
彼女はそんなことを考えていた。武器も残っていない。体も動かない、無線もつながらないではできることなんてない。そうなれば案外呑気にそんなことを考える余裕もあるのだろう。
暗い掌に覆われた視界はなにも映さない。きっとこのまま終わるのだろう。
「―――――――!」
誰かの叫び声。同時に視界が揺れる。一気に明るくなった視界に処理が追いつかない。
視界が急激に揺れる。何かに引きずられているのだろうか。ノイズの多い視界で誰かに担がれたのを知る。
「まだ生きてる?」
「……」
ピントの調整もできない状況だ。だが声である程度わかる。
「アル、バーニィ! ケイも!」
砲撃の音がくぐもって聞こえる。急激に後進に入ったのだろう。敵の全貌が見えるところまでは下がったらしい。首の後ろに違和感を覚える。どうやらQRSプラグが刺されたらしい。
〈……微風、だよね?〉
「よかった……間に合った……! こちら微風、島風を奪還! 島風は大破状態、戦闘続行不可!」
隣から声がする。揺れる視界で相手の砲が動くのが視える。
《微風! 2秒後左へ!》
「了解!」
有線経由で指示が飛ぶ。この声は……暁か。
微風の右耳を掠めるように砲弾が駆け抜けた。
〈連装砲ちゃん、達は……?〉
「ウルファイスもケイもルーカンもエルフィーナも無事! ウルファイスの弾丸はからっぽだけどね!」
島風の最後の記憶ではまだウルファイスに弾丸は残っていたはずだ。それを使い果たしたと言うことは……微風が操作したことになる。
視界の先では島風と微風を守るように自律砲台が動いている。見えるだけで6基、これを全て微風が操作してるのだろうか。
「ちぃっ! 装甲が硬いっ!」
それを示すように自律砲台の一つが砲弾を撃ちだす。あれはバーニィだろうか。続いてケイ、向こうの主砲が瞬いた。
「アル!」
呼ばれた微風の一番機であるアルフォンスが右に飛んだ。直後に巨大な水柱が立つ。
自律砲台8基を繰るなんていくらなんでも無茶が過ぎる。攻撃をさせようと照準を支持するたびに脳にヤスリをかけられるかのように鋭い頭痛が襲っていた。
「いろいろ言いたいことはあるけど、とりあえず後! 一度退くよ!」
〈……基地は?〉
「お姉ちゃんは自分の心配する! お姉ちゃんはひとりで戦ってるわけじゃないんだからね!」
言われて気付く。あぁ、そうか。仲間を頼るという手があったか。
島風の視界の先に飛び込んだのは暁だろう。その後ろには響の姿も見える。二手に分かれて突っ込んでいく。相手の砲が動いていく。
〈微風、私の声を無線に中継してくれる?〉
「わかった、……オッケー、いいよ」
〈こちら島風、みんな聞こえてる?〉
《おお、無事じゃったか》
〈その声は利根ね。私の魚雷攻撃が通っているはず。向かって左側、あいつの右舷側を狙える?〉
《やってみるわ!》
暁の声。それを聞いて島風は通信終わりを宣言した。
〈微風……〉
「なに?」
〈ごめん、心配かけた〉
「うん。でも生きてたからいいよ。許す」
〈ありがと〉
砲撃音が遠のいていく。戦闘エリアを離脱しようとしているのだ。
結局、いいところ見せられなかったなぁ。
ノイズまみれの視界の中でぼんやりと思う。
独断専行気味だった自覚はある。これはある意味その罰なのかもしれないなと、薄れゆく視界の中でそう思うのだった。
爆風。
それを感じつつも、左へ転舵。右腕につけられた主砲が煙を上げる。
「ヘッドショットでも揺らぎもしないって、どんな神経してんのよ」
暁はくるりと円を書くように砲撃の勢いを流しつつ、左へ左へと回り込む。
「間違いないわ、右舷側を庇ってる」
無線を開いてそう言うのが早いか、視界に文字が表示された。
Go Astern. / DD-AK01_
後進せよ。体はそれを理解するよりも速く動いていた。直感的にそうするべきだと感じたのだ。そしてその目の前を何かが猛スピードで通過した。その衝撃波で耳が痛い。それでも暁の眼はその刹那に通過したものが何であるか見きわめていた。
「――――――大鳳さんの艦爆機!?」
数は3機、高度5フィート―――1.5メートル。いくら波穏やかとはいえ無茶な高度でわずかに機首上げをしながら敵に向けて飛び込んでいく。直後敵を包み込むように爆裂が発生する。それの中で初めて敵の顔が苦悶に歪んだ。
極低空水平爆撃。暁がそれを見るのは二回目だ。一度目は……演習で蒼龍の江草隊が決めるのを見たことがある。それを1.5メートルなんてふざけた高度でできる人物を暁は一人しか知らない。
「……司令官!」
無線に問いかけるが答えはない。その代りに指示が改めて投影された。
Illuminator Links CMPL. RDY Torpedo. SLV / DD-AK01, DD-AK02
暁、響、諸元入力完了、魚雷射出用意よし。全門斉射せよ。
視界に弧が描かれ投射域が表示される。暁は迷うことなく指示を実施。両脇に備えられた2基8門の魚雷管から圧搾空気が噴き出す音と共に魚雷が押し出された。
Go Astern. / DD-AK01, DD-AK02_
再び後退の指示。今度は響にも指示が出た。相手の足を賽の目に区切るように魚雷の雷跡が伸びる。だが、射角をいっぱいにとった雷撃は躱すのも容易い。この攻撃で沈めることは難しいはずだ。
それを見つつ後退していると頭上を砲弾が駆け抜けた。相手の右舷に吸い込まれた砲弾はその舷側を食い破る。
《上手く当たったかしら?》
「ナイスよ筑摩さん! ばっちり!」
相手の顔が歪む。それでも相手は沈まない。直後に相手の主砲が閃いた。暁はその弾道を視る。息をのんだ。
「響!」
響の真横を突き抜ける。直後爆炎。
《……っ!》
「響!?」
《……まだ、沈まんさ。主砲をまるっと持っていかれた。駆動系は正常に動く!》
とりあえずは生きていたことに安堵するもののその声は聴いているだけで痛みが伝わってくる。これ以上の戦闘続行は難しい。
(咸臨丸は逃げ切れる場所まで逃げたかしら?)
そうであってくれと願う。咸臨丸が逃げ切る態勢になるまでここを引くことはできないのだ。
CAUTION! Anti-Shock Position. Breathe Impact.
意識に警告文が割り込む、対ショック姿勢をとれ。暁がお腹に力を入れると同時、敵に向かって何かが落ちていき一気に光球となった。
「――――――――!」
強烈な爆風が暁をシェイクする。ほぼ水平方向からの爆風で体は一気に後退していった。ナノマテリアル被膜が蒸発する音がする。
敵から800メートルは離れたはずだ。それでもこの威力。それが立て続けに2回襲ってきた。
(爆撃? いや、ただの爆撃じゃないわ)
暁は両腕で顔を庇いそれに耐える。爆撃にしては爆風が長い。そこで気がついた。
サーモバリック爆弾。――――――通称、気化爆弾。
爆薬の爆発ではなく、酸化エチレンなどの気体と空気の混合物の爆燃により、
サーモバリック爆弾の威力はその爆轟による爆風が長時間連続的に全方位から襲いかかってくることにあり、それにより人体のような柔らかい物体はことごとく圧搾されることになる。
(それにしても艦娘用の兵装にそんなものを装備してたって聞いてないんだけどー!)
ようやく衝撃波が納まれば何とか目を開けることが可能になった。敵の方を眺める。あれだけの衝撃を受けておきながら沈んでいないのを見て暁は慌てて砲を向けた。そして引き金を引く。
その砲弾が相手にあたる前に相手が海面に吸い込まれて消えていく。アクティブソナー発振。相手はゆらゆらとただ真下に吸い込まれていくようだった。ここの水深は1500メートルほど、気化爆弾で潰れる程度だとしたらその水圧には耐えられまい。
「……終わった、の?」
「みたいだね」
右肩を赤く染めた響がよろよろとやってくる。
《こちら大鳳、みんな無事?》
「暁よ、最後の気化爆弾よね? 思いっきり巻き込まれかけたんだけど……」
《咸臨丸の支援物資の一つ、といっても艤装研究開発実験団が送付した試験モデルね。遅れてごめんなさい、彗星への装備に手間取って……》
「まぁ、間に合ったし大丈夫よ。兎にも角にもこれで海域クリアよね」
《……だったらよかったんだけどにゃぁ》
「睦月?」
睦月の声が無線に乗る。声はどこか疲れ切っていた。
《敵艦は海中をウェーク島に向けて移動中。水中航行能力があるなんて聞いてにゃいしぃ……》
「でも手負いの一体だけなら……!」
《一体だけじゃ無いみたいじゃの》
無線にさらに割り込んできたのは利根だ。
《暁たちから300キロ南に大規模艦隊を捕捉。どうやら奴さんは単騎駆けでこちらを漸減、本隊で殲滅って作戦らしいの》
「300キロってどうして捕捉できなかったの?」
《クェゼリンのレーダーサイトは死んでおるし情報も錯綜しておる、ある程度は仕方があるまい》
利根が悔しそうにそう言った。
《弾薬を消費しておるし、島風が大破、響も中破、吾輩も爆弾を喰らってしもうて中破になってしまっておる。これ以上の戦闘続行は困難じゃ。予定通りマーカス島に向けて撤退する。暁たちはこっちに合流してくれ》
「……りょーかい」
響の手を取って担ぐようにしながら暁は踵を返す。その視界にメッセージが流れる。
Bon Voyage._
それが消えると同時に戦術リンクにノイズが入った。
「司令官……」
どこか冷える背筋を気にしながら暁は咸臨丸に向けて主機の回転数を上げた。
「Bon Voyage.じゃねぇよ、クソッタレ!」
杉田がひたすらにキーを叩く。その横でピクリと痙攣のように体を揺らしたのは高峰だ。
「お目覚めか?」
高峰の体が跳ね起きQRSプラグをむしり取った。
「場所が割れた、東京シティだ!」
「ハードの場所か?」
「秋葉原地区の死んでるはずの回線がアクティブになってる! そして……」
「そして、なんだ?」
高峰は立ち上がって画面を見つめた。そこには戦術リンクの正常接続、CTCとCSCに利根たちの艦隊が復帰したことを示していた。
「昔の仕事の親戚筋が絡んでやがる。……杉田、後は頼む」
「どこに行く気だ?」
「直接出向く。急がないと間に合わない!」
それだけ言い残して高峰は部屋を飛び出した。
「なんで
ただ焦りだけが加速する中、高峰は階段を駆け上がる。その先には公用車を止めた駐車場待っている。
「……しれーかん」
ドアを開けて出てきた彼を見て雷はただそう言うことしかできなかった。
「終わったかい?」
「あぁ、とりあえずはな。島風が沈みかけてたが何とかなった」
「その代償としてこっちの位置が割れた訳だけど、どうしてくれるんだい?」
「わざと通したくせに」
「おかげでセーフハウスも放棄だ。ここも使いやすくて気に入ってたんだがね」
「ご愁傷様」
航暉はそう答えると肩を竦めた。
「……しれーかん、しれーかんよね?」
ふらふらと航暉の方に歩いてきた雷は彼の服の袖をきゅっと握った。彼は彼女の質問には答えない。
「しれーかん、なにがあったの? なにか言ってよ。辛そうなしれーかん見てるのはもういやよ」
それを聞いた航暉がそっと膝をついた。雷の肩に右手を乗せる。
「大丈夫だ、大丈夫だから安心しろ」
「うそだよ、しれーかん無理してるもん。少しだけ聞いたよ、記憶書き換えられてたんでしょ? ずっと戦ってきたんでしょ? しれーかんもうボロボロじゃない……!」
彼の顔から表情が抜け落ちたように見える。その顔が歪んで雷は初めて自分が泣いていることを理解した。
「私がいるじゃない、しれーかん。お願いだから、お願いだから一人で行こうとしないで……!」
「大丈夫だ、雷。一緒にいるから」
そう言って航暉はそっと彼女を抱きしめ、動きを止めた。
「し、れ……か……!」
「……ごめんな雷、電によろしく伝えてくれ」
首の後ろに回った手を外すと雷の体からかくんと力が抜けた。袖の内側を通したQRSプラグがその手元に光る。雷の体はロックされ彼にもたれるように倒れ込んだ。航暉は雷を壁にもたれさせるようにそっと座らせるとその手に何かを握らせた。国連のマークに錨を重ねた国連海軍の徽章だった。
「……行くのかい?」
その背中に声をかけるスキュラ。その声は慈愛の色が感じられた。彼女は持っていた
アタッシュケースを彼に投げ渡す。
「今日の2230、横田から北京経由でクラークエアベース行きだ。国連空軍の函南少尉殿?」
アタッシュケースの中身を見ると空軍の制服に軍IDやミッションナンバーまで交付された異動命令書などが収められていた。IDには函南友一とある。
「クラークに下りたら私の弟子が待っているはずだ。頼るといい。武器ぐらいは入手できるだろう」
「恩に着るよ、スキュラ」
「ここの地下から旧銀座線に出られる。そこから脱出してくれ。私達もそろそろ隠れる。……この子は置いていくんだね?」
「あぁ」
「……それでいいなら何も言わないさ。動くなら早めに動きな。猛スピードで軍の検問を抜けた車がある。到着まであと15分ってところだろう」
「手間をかける」
そう言うと航暉は停止したエスカレーターに足を乗せる。
「ガトー」
呼びかけられて振り返った。
「記憶と思い出を分かつものはない。そしてそれがどちらにあったにせよ、評価されるのは後になってからのことだ。あんたの記憶が導き出した行動が評価されるのはずっと後のことだ、あんたにはそれを背負う義務がある。……それまで死ぬなよ」
それには答えずに航暉はエスカレーターを降りて行った。
「さて、最後の詰めだ。後は頼むよ、スクラサス」
東京はようやく日の出の気配が近づいてきた。スキュラはラッカーのスプレー缶を取り出すと雷が背にする壁に大きく書きつけた。
B-P
「さて、高峰君は止められるかね、これを」
その言葉を残してスキュラも階段を下る。その先にはロロたちが待っていた。
「で? 姉様はどうする気? あたしはこのまま東京シティ内に潜伏するけど」
ロロに言われ方を竦めるスキュラ。
「久々に高峰君に会ってもいいんだけどね。ついていくさ」
「高峰って言うと……あぁ、
「あれはあれで優秀だ、これだけのヒントがあれば追いつくだろうさ」
スキュラはそう言うと配電盤を開けて中を確認していく。
「姉様よぉ、ガトーを応援したいのかい? それとも軍を応援したいのかい?」
ロロがそう聞けばスキュラは笑った。
「その二つは排反事象かな?」
「だってそうじゃん。ガトーが行き着く先は予想ができる。マニラからルートをたどって、あの工場に向かう。そしたらそこで待っているのは……」
「ロロ、あんたはライ麦畑でつかまえてを読んだことはあるかい?」
「はぁ?」
「キャッチャーインザライ、大人になりたいけど大人がきらいな男が好き勝手に思いをぶちまけるだけの小説さ、私は正直好きじゃない」
話の展開にロロは困惑しつつも先を待つ。こういう事象についてはスキュラに何を言っても叶わないと身をもって知っているからだ。
「ライ麦畑から落ちそうな子どもを捕まえるそう言う存在になりたいとかほざいた自意識過剰な青年は、口先だけで誰も救えない。いや、救えないんじゃないな。すでに救っていることにも気づかない。そしてそれに気がつくには青年は一度捕まえられなきゃならなかった」
そう言うと笑って見せるスキュラ、その手には拳銃が握られていた。
「青年にフィービーが必要だったように、彼には救済の手が必要だ。それもとびきりのやつがいる。それは私達じゃないんだよ。わかるかい、ロロ」
引き金が引かれ、あたりの電気が落ちる。その背中はどこか寂しそうだった。
さて、謎が謎を呼び、作者すら混乱しているウェーク・ウィークポイント編が終了です。いかがだったでしょうか?
……あれだけ引っ張っておいて決め手が気化爆弾ってなんだよとか思うんですけどね……、しかも倒せてないという。この雪辱戦をしたいけどどうやったら勝てるか思いつかない……
感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回から第三章最終章(たぶん)フロムマニラ・ウィズラヴ編を始めます。いよいよ解決編と参ります。本当に解決できるのか作者が一番不安ですが。
あ、そういえばコラボ企画が始まりました。
りょうかみ型護衛艦先生『艦隊これくしょん -防人たちの異世界漂流日誌-』×オーバードライヴ『艦隊これくしょん―啓開の鏑矢―』です。
りょうかみ先生の作品に月刀航暉などのこちらのキャラクターが出張しております。自分のキャラクターを使っていただけるというのは初めてなのでドキドキしてます。
りょうかみ先生の作品も面白いのでぜひぜひ、護衛艦とかも出てくる近未来な世界観と作風は啓開の鏑矢で楽しく読めた方ならきっと楽しめます。
りょうかみ先生『艦隊これくしょん -防人たちの異世界漂流日誌-』はhttp://novel.syosetu.org/28882/ です。どうぞご覧ください
今年の本編更新はおそらく最後かなと思います。もしかしたら、何か投下するかもしれませんが……
それでは次回、お会いしましょう。