艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー 作:オーバードライヴ/ドクタークレフ
「しれーかんに何をしたの?」
雷は目の前の少女を睨んだ。
「なにも、と言ったら信じる?」
「まっさか。しれーかんの叫び声がして慌てて出てきたら、そのしれーかんが蹲ってて貴女がその横で笑って立ってる。物証がある訳じゃないけど、状況的にはクロよね?」
東京シティ内廃棄区画、秋葉原地区、そこにある部屋で雷とスキュラは向かい合っていた。3階の真っ暗な部屋には小さな非常灯だけが灯っている。その隣の部屋では巨大なコンピュータがフル稼働しており少しでも電力をそちらに回すためだ。その部屋に航暉は何も言わずに入っていった。
「別に彼の精神をいじったとかそういうことじゃないわよ?」
「何をしたかって聞いてるの」
「……アイデンティティ・インフォメーションって知ってる?」
「個の情報……個性を数値に置き換えて電脳で把握させるためのコードだったと思うけど?」
雷がそう言うとオレンジ色の非常灯に紫色の瞳が光る。
「そう。義体化のイニシャライズとかに使うやつね。もっとも真の意味でのアイデンティティ・インフォメーションはリアルタイムで変化し続けるから把握なんて困難なんだ。人は成長し変化する。それまでの経験、そしてその記憶と思い出からアイデンティティ・インフォメーションは干渉を受けるからね。それでも個人の行動予測が可能なように、急激に全てが書き換えられるような場合はまず存在しない。だからそのアイデンティティ・インフォメーションの中でも変化しにくい部分をまとめた
「その説明必要なのかしら?」
「まぁね」
スキュラが呑気にそう言うと雷が目をさらに細くして睨む。
「……つまり、しれーかんのアイデンティティ・インフォメーションに何かしたの?」
「何かをしたのは私じゃない。私はそれをあるべき状態に戻しただけだ」
「あるべき状態?」
聞き返されたスキュラはくつくつと笑う。
「改ざんされてたんだよ、記憶が。それも何回にもわたってね」
「……」
「言っとくけど私が何もしなくても遅かれ早かれああなってたよ、彼。そしてこれ以上遅くにああなってしまうと、こちらでも庇いきれなくなる」
「庇うってなによ。何から庇うのよ!」
半分怒声に切り替わった雷の声にスキュラはやはり笑みを崩さない。
「軍から」
「軍、から?」
「そ。まぁ殺されるって訳じゃないだろうけどね。今軍に戻っても少しずつ狂っていくのを見る羽目になるよ?」
「どういうことよ」
「ライちゃんなら記憶あるでしょ? 鬼龍院特務大尉の電脳ウィルス」
「……!」
「あれのマイナーチェンジ版。あれ、元は日本陸上自衛軍の電脳ウィルス。それの亜種。大本は昔私が作ったやつで、それを元に今の軍属技師がいろいろいじったみたいだけどね」
「……それがどうつながるのか全然見えてこないんだけど」
スキュラが笑う。
「あたしが製作を依頼された時の使用目的は“記憶の短絡を起こさせ相手をコントロールするための簡易洗脳ウィルス”だった。スタックスネット型のウィルスで使い終わったら自己消滅するように組んだから最初の侵入時に検知できなければウィルスの存在にすら気がつけない。普通の洗脳と違ってパターン決めて生成したウィルスを感染させてあとは起動キーを送るだけだから、一斉に何人でも同時に洗脳状態にすることが可能だ」
歌うようにそう言ってスキュラは立ち上がる。
「もし、ガトーがそのウィルスに感染していたとしたら、そしてそのウィルスの感染元が軍のサーバーだとしたら、どうする?」
「……どうするって聞くってことはしれーかんは感染してたのね?」
「うん、ばっちり。しかも“起動しっぱなし”でね。いつから起動してたのか知らないけど」
「……」
「私はそれを止めただけよ」
納得して頂けた? と言ってスキュラは微笑んだ。
「なら洗脳が解けたんでしょ? ならなんでしれーかんは……」
「どうしてあたしを無視して行っちゃったの? かな?」
スキュラは腕を組む。非常灯の明かりは彼女の輪郭だけを映し出した。
「それをしっかり説明するにはかなり時間がかかるんだよね。まぁ一言で言うと……」
スキュラの輪郭がぐにゃりと揺れた。笑みを深くしたのだろうか。
「君と電の存在が彼にとって悪夢そのものだからだよ、雷ちゃん?」
朝焼けの空に翼端から雲を曳きながら彗星が海面に向けてダイヴする。対空砲火をすり抜けてただ一隻の敵艦に向けて頭から突っ込む。放たれた爆弾は敵艦に向けて吸い込まれていくが、その背中から伸びる龍の尾のような部位に叩かれ、ずらされた。それでも何とか直撃を免れた程度、極至近距離での爆発のはずなのだが、それでも傷一つない敵に山本は舌打ちをした。
「爆弾一発ではどうにもならんか……。CVL-ZH02龍鳳」
《は、はい!》
「制空権何とかならんか?」
《これでも可動機全機投入しての全力です! これ以上は……!》
「CA-TN01利根、三式弾で防げるか?」
《やってみるが、保証はできんぞ》
「ならやってくれ。532の直掩3機を前線の支援に回せ。もう一度同じ場所を叩く」
《りょ、了解!》
高峰は涼しい顔で指示を出していく山本に内心舌を巻くと同時に困惑していた。
(なんだこの攻撃一辺倒な指示。攻めしか考えてない)
攻撃は最大の防御というような指揮にわずかに手を止める。
(艦爆艦攻の直接指揮による高精度航空攻撃……艦戦重視のカズとも違う方向性の“天才”か)
三個戦隊使って戦況は拮抗―――――いや、若干こちらが不利。相手の底が読めない。
相手は一隻のみ、そこから航空機が発艦するのを確認し、同じ船から戦艦クラスの砲撃が飛び出し、雷撃も確認できた。
「551睦月、ソナー波の解析は?」
《こちら睦月、砲撃と雷撃の嵐で海面ひっちゃかめっちゃかなんで細かいところまではわかりませんけど……海中に怪しい影は無いです》
睦月がそう言うと高峰はひとり頷いた。
海上には敵艦一隻以外に影はなく、対空・対艦レーダーは正常に起動しているし、空中で先頭を繰り広げている航空機からの映像でも敵艦影は攻撃中の一隻を除き確認できていない。敵に位置は正確に掴めている状況だ。それは高峰が視る戦況とも合致している。だが敵艦の情報が不足する場所が存在していた。それが水中である。
高峰は水中からの魚雷攻撃を警戒していた。もし潜水艦が潜んでいたとして魚雷を撃って当てるには深度を調整しなければならない。その時には必ず動きが出る。その音を聞き取るのがソナーだ。そして水中探索、そこからの対潜戦闘に明るいのが睦月だ。
「了解、睦月はそのまま対潜警戒を続行。551はそのまま咸臨丸を護衛しろ」
《551阿武隈了解です!》
睦月を咸臨丸から離すことはできない。潜水艦が襲ってくるとしたら咸臨丸のような輸送船を狙ってくるだろうと予測できるからだ。その時に対潜指揮をとれる睦月が必要になる可能性が高い。
それと同時に睦月を最前線に向かわせたいとも考えてしまう。
(もっと正確な海中データがあれば……)
距離が延びれば伸びるほど、ソナーの結果は誤差を生じさせ、難解になっていく。海中の音波の進み方は反射したり屈折したりと一定ではない。それを修正することは非常に難しい。
(それでも、何とかするしかないよな)
ひとりそうこじると高峰は意識を前線に戻した。同時にチリッとした痛みを感じる。誰かが被弾した。非常用スイッチがまとめられた
「島風!」
爆炎の影から飛び出しながら島風は相手を睨んだ。
「至近弾だったはずなのに……」
左の足首に鈍痛が走る。それでも無視して動くしかない。今ここで死ぬわけにはいかないのだ。
敵の砲弾から掠った。掠っただけでこれである。もしあと数瞬気がつくのが遅れていたら、文字通り海の藻屑となっていたとぞっとする。敵には重巡の命中弾4、至近弾多数、艦爆の直撃2、至近弾4が出て相手はやっと小破になったかどうか。
「ルーカン!」
一番小型の自律砲台が真上に迫っていた敵の艦爆機を蹴散らした。
《お姉ちゃん!》
「大丈夫、まだ動ける! 攻撃続行!」
無線に乗った妹分の声を聴きながら、島風は速度を上げようとする。ダメージのせいだろう、36ノットが限界となりそうだ。
「この島風がやられるなんて……!」
それでも止まる訳にはいかない。さっきの砲撃で背負った魚雷管がやられなくてよかった。魚雷は駆逐艦の持つ切り札なのだから。
「ケイ! ついてきて!」
相手に向かって飛び込んでいく。どこか驚いたような、とぼけたような笑みを浮かべる敵はそれを見てさらに笑みを深くする。それを見た島風は背中に冷や汗をかきつつ速度をあげられるだけあげた。そのま相手に向かって突っ込んでいく。
「まさかこれをやることになるとはね……神通さんに感謝かな」
島風はそう呟いた。
島風がまだ純粋な艦だったころ、第二次世界大戦時の所属は第二水雷戦隊、華の二水戦と呼ばれた攻勢部隊だ。その記憶が呼び覚まされる。その速力を活かしての戦いはできなかったが、それでもその戦術は生きている。なにせ島風自身も二水戦の旗艦として戦ったこともあるのだから。
前へ踏み込め。どの艦よりも速く。
「私にはだれも、追いつけないんだから!」
雷撃用意。相手の砲がこちらを向いていた、その砲を見て一瞬足が止まりそうになる。それでも前へ。援護するように砲弾が飛来した。おそらく……鷹の目を使った利根の精密砲撃。
「いっけ――――――――っ!」
背負った魚雷管が魚雷を吐きだすと同時、相手の主砲が閃いた。
相手の目は赤く輝き、至極嬉しそうに細められていた。
それを認めたのを最後に彼女の記憶は途切れることとなる。
「島風!」
セーフティを無視して感度を最大まで上げる。それでも繋がるはずの戦術リンクの反応はフラットな波形を返すだけだ。戦域を示した海域図からも島風のシンボルが消え去っている。高峰の手が強く強張った。
現状だけ言えばそうだ。だがこの状況でそんな楽観視ができるはずがないのだ。もっとも考えられる可能性は。
敵艦の攻撃による撃沈。
「落ち着け高峰、てめぇが焦ってもどうにもならねぇ」
酷く落ち着いた声でそう咎めるのは杉田だった。鷹の目用のヘッドデバイスを付けたままそう言って引き金を引く。敵艦に向かって吸い込まれていく砲弾は過たず敵艦にあたるが、わずかに敵を揺らしただけだった。
「くそ! 微風! 島風は見えるか!?」
《こちら微風、お姉ちゃんは……え?》
通常無線に一気にノイズが走る。
「微風、おい! 誰でもいい、538応答しろ。おいっ!?」
高峰の焦った声が戦闘指揮所にこだまする。同時に警報が鳴り響いた。
「不正規アクセス警報!? なんでこんなタイミングでハッキングされるんだ!?」
同時にマップから指揮下にあった艦の情報がどこかに転送されていく。転送された艦から通信回線がクローズに移行されていく。微風、暁、響、龍田、利根…………。
「おい、どうなってる? 戦術リンクの通信コードが書き換えられてるぞ!?」
「俺が知るかよ!? ハッキングの迎撃が追いつかない」
高峰は叫びながら
「高峰君。クラッカーの迎撃はできるかね?」
「迎撃よりも艦娘との指揮系統を奪われないことを優先します! このままじゃ、艦娘全員乗っ取られる!」
「了解した、現在使用しているコンピュータ群ネットワークを独立運用に、CTC、CSCオフライン」
「助かります」
高峰は短く答えてからキーボードを叩く。
「杉田、一度オフラインにしろ! 全員乗っ取られるぞ」
「了解。オフライン」
「なんだこの尋常じゃないパワー、デカトンケールクラスのスパコンがバックにいるぞ。個人レベルでできる攻撃じゃない」
防壁の再構築も間に合わない。ハッキングに使われてる信号が乱数を元に暗号パターンを変更していることは予測がつくものの予測が立つ前に次のテーブルに飛んでおり解読ができない。
「防壁042突破ってことはネットワーク丸々乗っ取る気かクソっ!」
「高峰中佐! 電がハックされてる!」
前方にある予備の管制卓から声が上がった。天龍の慌てたような声に交じって、少女の呻き声がかすかに響く。
「だめ……しれいか さ……」
「コードを引き抜け! 早く!」
「ダメっ!」
電が叫ぶのとほぼ同時、天龍が電のうなじから伸びるQRSコードを引き抜いた。同時にスクリーンがブラックアウトし、オレンジ色の文字が浮かび上がった。
生死去来
棚頭傀儡
一線断時
落落磊磊
その文字が消えると、消える直前の画面が戻ってきた。全艦“作戦行動中”のタグが出ているがコントロールは効かない。だが隊としての陣形が整えられている所をみると、利根あたりが指揮を代行しているのだろうか?
「司令官さん……です」
電がぽつりとそう言った。
「このリンクパターン、司令官さんのパターンなのです……」
息荒くそう呟いた電の肩を支えながら天龍が聞き返した。
「このハッキングが司令官の仕業だって言うのか?」
電が弱々しく頷くとそれに被るように山本が声を上げた。
「コントロールシステムに戦闘系プログラムがロードされ始めたぞ」
山本の指摘が正しいことを示すように画面にプログラムが新たに実行されたことを示す表示が現れた。
「ARCADiA-Network System――――――!」
それと同時に航空隊が作戦を開始するように動き出す。数機の烈風が恐ろしい勢いで加速し、一気に敵機の陣形を崩し、蹴散らしていく。
「まさか……」
無線は途切れ、戦闘の推移だけが送られてくる画面をただ茫然と見上げる高峰。
あれは、あの動きは……。
「カズ……?」
ウェーク・ウィークポイント編はそろそろ大詰めですかね。年内に終わらせたいところです。
世の中はクリスマス、皆様いかがお過ごしでしょうか?
自分はフリーの男が集まって(彼女なしとも言う)クリスマス野郎会です。忘年会とかも重なって酒で潰れるのが先か寝不足で潰れるのが先かのレースになっています。
感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回は微風のターン、島風は……?
それでは次回お会いしましょう。