艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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500お気に入り記念と言うことでアンケートを取っておりました司令官たちの過去話、その第一位だった笹原×川内をお送りします。

すこしシリアスタッチ、それでは抜錨!


PREQUEL 01 月夜に夢を乗せた行方

 

 

 

 私がその女にあったのは佐世保の桜が葉桜になってからしばらく経ってからだった。

 

「こんにちは、キミが川内?」

 

 茶色に見えるサイドポニーを跳ねさせその女は笑った。品定めをするかのように舐めるような視線を向けてくる。

 

「そう言うあなたは?」

「あ、ごめんごめん。ここの司令補として着任した笹原ゆう少佐よ。米津大佐から話いってない?」

「あぁ、海大からやってくるっていう」

「そ。それがあたし。よろしく、川内?」

 

 人懐っこいどこか纏わりつくような視線。問答無用で警戒線を破って勝手に呼び捨てにしてくる人。

 

「足を引っ張らないでね、下手な指揮は嫌いなの」

「努力するわ。それじゃ、よろしく」

「……よろしく」

 

 あぁ、あたしの苦手なタイプだ。それがその女の第一印象だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その女、笹原ゆうとの正式な顔合わせは翌日の朝礼の時になった。女はあたしの所属する第547水雷戦隊の司令付の補佐官となるらしい、ようは見習いだ。なんでも海大にいた時は中部太平洋艦隊が大苦戦した第二次日本海海戦で予備士官として投入されるほどの実力者らしいが、正直どうでもいい。あたしの仕事に差し障らなければそれでいいのだ。

 

「敷波ぃ~。綾波がいぢめる~」

 

 女はそう言って敷波に抱き着いていた。それでも顔は笑顔だ。時刻は1225JST、日本標準時12時25分、艦娘たちも食事をとる下士官食堂にわざわざやって来て一緒に食事を食べている。あたしの横に座る綾波が溜息をついた。

 

「笹原少佐の書類のミスが多いからです。いじめているわけではありません」

 

 敷波が苦しそうに女の腕をタップした。どうも女が腕をきつく回し過ぎていたらしい。

 

「でもあそこまで厳しいチェックはじめて見たよ?」

「中途半端な仕事は周りに迷惑をかけますからね」

「うー。厳しいなぁ」

「というよりそんな状況でよく海大でれたね、司令補さん」

 

 そう言ったのは敷波だ。女はどこか嫌気の差した笑みで天井を仰いだ。

 

「あたしは現場肌なんだよ。実技なら負けないんだけどね~」

「実技って艦隊指揮ですか?」

 

 綾波が湯のみを置いてそう言った。

 

「そ、実戦経験不足とは言われるけどねー。そこはこれからフォローしてくさ」

「それに付き合わされるのはたまったもんじゃないね」

 

 あたしはそう言ってお盆を持って立ち上がる。椅子が案外大きな音でがたんと鳴った。

 

「ちょっと川内さん。そんな言い方……」

 

 綾波が小声で咎めるように言ってくるがとりあえず無視。

 

「海大の戦場と違って佐世保の戦場では普通に艦が沈むし司令部員も無事じゃすまないんだ。実戦経験を積んで勲章の華にしたいとか考えるくらいならやめておいた方がいいわよ」

「その通りだね。でもね川内、あたしがそう見えるかい?」

「知らないわよ。まだ会ってから2日も経ってないじゃない」

「それもそうか。……ふふっ、気に入った。優秀ってよく言われるでしょ?」

「さあね」

 

 このまま話す気にはなれないから背を向ける。

 

「出撃は2215、送れないようにね」

 

 飛んできた事務連絡にも答える気にはなれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数回出撃する機会があったけれど、あの女が指揮に出てくることはなかった。ビックマウスでないことを祈るだけの日々だ。女も夜型らしく昼間少し眠そうにしている所を見るとどうもイライラする。……周りの目線の冷たさにいつもこう見られているのかと理解した。

 

「川内さんはどうして笹原司令補を毛嫌いしてるの?」

 

 敷波からそう聞かれたのは梅雨時に入ったころだろうか? 待機室のデスクで適当にペンを弄びながら半分上の空で答えていく。

 

「毛嫌いしてるわけじゃないけど?」

「毛嫌いというか……なんとなく話す気がないって感じ?」

「それは否定しないかな。どうも好きになれない」

「なんでだろうね~。結構親身だし、話しやすいと思うんだけどなぁ」

 

 そう言われてペンを止めた。

 

「話しやすいのと話したいのは違うよ」

「でも、笹原司令補、川内さんのこと褒めてたよ。人をしっかり見る優秀な部下だって。あと、川内さんと話したいって言ってた」

「実際に指揮をとらずにわかるもんなんかな、優秀かどうかって」

「さぁ、でも好意を寄せてくれてるのは確かなんじゃない?」

「その好意が打算込々な気がするんだ。なんだか嘘くさい気がするんだよね、あの人」

「嘘くさい?」

「あの笑顔が嘘っぽいというか、どうして笑ってるのかが分からない感じ」

 

 そう言うとそうかなぁ?と敷波は頭をひねる。

 

「笑いたいから笑ってる感じがしない。笑ってる裏になにかある。そう感じるんだ」

 

 敷波はよくわかんないや、と言って視線を逸らした。

 

「でもさ、悪い人じゃない気がするんだよね、あたし」

 

 敷波のその声にはあたしは答えられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の週ぐらいだったと思う。あたしたちに出撃命令が出た。ホンコンの沖合で深海棲艦の襲撃があったらしい。その時に取り逃した敵本隊の撃滅が任務だ。

 

「スタガット1マイル、全艦警戒を厳にして行くよ」

 

 夕暮れが近づく中おそらく敵がいるであろう海域に進入する。各艦の間隔を1マイルずつ確保する単縦陣。

 

 夕日がどんどん沈んでいく。あたしはこの時間が実は嫌いだった。早く終わってしまえと思う。黄昏とはよく言ったものだ。この時間はすべてを曖昧にする。意識も存在も感覚も、視覚情報も曖昧で、誰何をするには明るく、見分けるには暗い、そんな時間だ。だから嫌い。闇なら闇に溶けてしまえばいい、光なら光に包まれればいい。その曖昧な時間が嫌いだ。薄く浮かんだ月にすらイラついてしまう。

 

 その時間に敵艦を見つけるとか最悪だ。そして今回はその最悪なパターンらしい。

 

「敵艦軽巡1、駆逐4、数で押されてるけどなんとかなるね」

 

 軽く判断して速度を上げる。敵からも信号弾が上がった。捕捉された。

 

「米津大佐、交戦許可を」

《547、交戦を許可。帰ってきたらご褒美やるから頑張れよ》

 

 交戦許可に対して了解を伝える。セクハラの米津と呼ばれるうちの上官のご褒美はどうも罰ゲームを受けている気分にしかならないからご遠慮願いたいものだ。

 

 夕闇に相手が溶けていく、どんどん溶けていけ。暗闇の方がこちらに勝ち目がある。

 

「綾波と私でフロント、敷波は後方でバックアップお願い。とりあえず突っ込むよ」

 

 あたしが速度を上げる。その後ろに綾波がついてくる。少し距離を置いて敷波だ。狙うは反航戦。探照灯のスイッチに触れる。

 

「敵先頭から潰すよ。総員砲撃用意!」

 

 探照灯、投射。一瞬の光度の変化にこちらの目もわずかに眩む。それでも不意打ちで喰らわされた相手よりはマシだろう。

 

「―――――テッ!」

 

 鋭いショックと共に発砲、爆炎、飛翔音。夜闇に溶けて水柱が2つ、わずかに閃光。どれかの弾が当たった。初弾にしては上等。

 

「面舵!」

 

 相手も面舵、反航戦に入った。直後再装填完了。砲を向こうに合わせたタイミングで閃光、光の見え方からして照準は……敷波だ。

 

「敷波!」

「わぁってる!」

 

 敷波ならドジは踏むまい。さらに速度を上げて接近。敵の二番手、三番手も発砲してくる。弾幕としては薄いがこの夜では十分に脅威だ。閃光が走る。今度はこちら側、あたしの主砲だ。極端に低い放物線で相手の頭を叩きのめす。

 

「きゃぁ!?」

「綾波!?」

 

 後ろから上がった声にあたしは一瞬だけ振り返る。右肩を押さえて歯を食いしばる綾波が見えた。

 

「綾波、航行できる!?」

「まだ、やれるはず、です!」

「敷波、綾波のカバー! 大佐、攻撃を続行します、……大佐?」

 

 戦術リンクの反応がフラットになっている。背筋が冷える。

 過剰同調事故――――艦娘の指揮に使う戦術リンク、リンク深度を深くすればそれだけ繊細な指揮がとれる、しかしながら、艦娘の痛覚や感情が流れ込むほどにリンクした場合、そのフィードバックで脳をやられることがある。――――過剰同調事故なんて呼ばれ方をするそれが発生した可能性がある。

 

《川内、こちら司令部笹原、米津大佐は現在指揮能力喪失中、代理で指揮をとる。戦闘続行了解》

 

 わずかに舌打ち。無遠慮とも思えるリンク率が弾き出される。さっきの今でここまでリンクするかと正直感性を疑った。

 

《川内、煙幕展張その隙に綾波は一度距離を取って》

「なに、逃げる気?」

《まっさか。こんな美味しい敵をみすみす見逃すとでも?》

 

 その声は弾んでいた。煙幕を張りつつさらに増速。被弾した綾波を覆い隠すようにわずかに取舵を切り相手に寄る。相手とすれ違う寸前に面舵を切り、適当に弾をばら撒きながら離脱する。探照灯を消灯。

 

「で、どうする気よ?」

《決まってんじゃん》

 

 女の声が脳に滑り込む。煙幕の展張終了、限界まで速度を上げて面舵を取り続ける。

 

《さぁ、場面を変えて見せよう―――――用意はいいか野郎ども》

 

 女はそう言った。この夜闇の中誰も見えない中で走る。

 

《それ、3・2・1―――――》

 

 煙幕に突っ込むと同時、自分が笑っていることを知る。

 

 

 

《―――――Let’s Jam!》

 

 

 

 煙幕を突き抜ける、同時に探照灯再点灯。相手の軽巡の真横に突っ込んだ。極至近距離で目くらましを使われた相手が避けようと進路をぶれさせる。その一瞬で勝負がついた。

 魚雷を至近距離で叩き込みほぼ垂直に交差する相手に手をつき“飛び越える”。

 

「――――――!」

 

 相手の驚いた顔を見ながら空中で半回転、その間抜け面に左腕の主砲を打ち込んでさらに1/4回転。着水と同時に同航戦に持ち込んだ。

 

《頭は任せるよ、敷波!》

「結局、あたしの出番かぁ!」

 

 半ばヤケクソの叫び声とともに敷波が煙幕を突き破ってくる。敷波の射線を横切らないようにしながら魚雷を射角いっぱいに斉射水柱が何本も立っていく。

 

《キックバック!》

 

 無理矢理後ろに飛び退くと同時に相手の砲弾がすぐ目の前を横切った。そのまま後ろに蹴り込みながら主砲を叩き込む。燃え落ちる敵を見つつ、砲撃の強いショックをそのまま回転に変えて進行方向を変更。180度回頭、前進いっぱいの反航戦へ。装填が終わった砲から撃ちまくる。

 

 はは。

 

 どこか笑みが漏れてしまう。

 

「戦場って、こんなに狭かったかなぁ……」

 

 夜戦は、特に目視で戦うしかない夜戦は距離が詰まってテンポの速い戦闘になる。だが、今日は違う。

 

 狭いのは狭い。だが、あまりに狭すぎる。戦場をどこか俯瞰するような、相手の砲の動きすら見切っているような感覚。自分以外のすべての動きが緩慢に思える。

 

《ハッピーかい、川内?》

 

 最後尾で砲を向けようとした駆逐ロ級に向けて砲を振る。

 その砲の射線が、魚雷管の向きが、見える。

 

 

 悔しいが、とてつもなく悔しいが。

 

 

「――――――うん、楽しいね」

 

 

《そりゃよかった》

 

 引き金を引く。当たるかどうかは見なくてもわかった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《戦闘終了、此方は綾波が中破、敷波が小破、彼方は全滅。きれいにとはいかなかったけどまあアリかな》

 

 無線越しの声は弾んでいた。

 

「一応感謝しとく、ありがと」

《どういたしまして。あーぁ、夜戦にしては早い時間に終わっちゃったね》

「だね。まぁ、綾波も中破してるしこれ以上の戦闘は不可能だ」

《それはそうだ。綾波、応急処置はいるかい?》

「いいえ、大丈夫ですよ。佐世保まで何とか持ちます」

《一応鹿児島の方に連絡を入れてある。きつかったらそっちに向かって。その時は必ず一報を入れてほしい》

「わかりました」

 

 それを聞いてからあたしは空を見上げた

 

「やっぱり夜空はいい」

 

 だれもなにも見えない夜闇の中なら、誰もが不安になる。

 その不安に自分の不安をすり替えられる。

 

 だから、夜は好きだ。

 

 弱い自分を悟られずに済むから。

 

 薄い月が照らす海を見て軽く溜息をついた。

 

「みんな、帰るよ! さーて、夜だ、楽しんでいこう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨の佐世保に帰投した三人を出迎えたのは件の女だった。防水外套に制帽、制帽には雨衣カバーがかけられている

 

「ねぇ、何したの、あの時?」

「うん?」

 

 わかりきってるくせにと思うが口にはしない。その笑みが気に入らないのもまずは置いておく。

 

「あの夜戦の時の艤装への干渉率、尋常じゃなかった。過剰同調事故を起こした大佐よりも深く潜ってるでしょ」

「うん、それが?」

「怖くないの?」

 

 それを聞いた女が噴き出した。

 

「なによ」

「川内が心配してくれるとはね。話すのを避けられてた出撃前とは大違いだ」

「で、質問に答えてほしんだけど」

「なにしたのって質問には電探の情報を視界情報にオーバーレイしたうえであたしの電脳経由で射角情報を修正してフィードバック、あんたの体で無理のない範囲で動けるエリアかつ優先順位の高い敵を倒すように介入、そんなことかな。で、あんたならどこでどう動くかなんとなく読めるし、実際にやってみると意識のブレも少ない。だから被弾して脳が吹っ飛ぶようなことにならないと思ったから怖くはなかったよ」

 

 その答えを聞いて半ば呆れかえる。

 

「そんなこと裏でやってた訳?」

「案外何とかなるもんでしょ?」

 

 そう返されてもそれだけのタスクをこなしておきながらタイムラグほぼゼロでフィードバックできる人間をまず見たことがない。目の前のこの女は何者だ?

 

「艤装を預けた後、ゆっくり風呂に入っておいで。体を冷やすと風邪ひくよ」

「そんな軟弱にできてないよ、水上用自律駆動兵装(あたしたち)は」

「それでもさ」

 

 そう言った女の声が野太くなる。まるでオペラの男優のような動作だ。背中を向けた彼女の声が響く。

 

「You are not machines. You are not cattle. You are men. You have the love of humanity in your hearts. You don't hate, only the unloved hate. Only the unloved and the unnatural」

 

 その背中はどこか大きく見える。

 

「――――――“独裁者”」

「お、敷波良く知ってるじゃん。はなまるをあげよう」

 

 防水外套の裾から雨水を垂れさせながら女が振り返る。

 

「君たちは兵装としてあつかわれる。でもね、それを容認するべきではないとあたしは考えている」

 

 そう言うと両手を広げる女。笑みの奥にどこかそれだけじゃない色が見える。

 

「君たちは人間の奴隷でもなければ家畜でもない。君たちは人間だ。個を持つ人間にして、この世界を守れだのいうお題目を信じることを強いられている人間に過ぎない」

 

 彼女は笑う。その表情の裏に何があるのだろう。

 

「人間に使われることに慣れるな。人間以下に扱われることに慣れるな。マシーンとして消費されることに慣れるな」

 

 彼女の声が軍の桟橋に吸い込まれて消える。

 

「いつか、戦争は終わる。いつかこの悲劇の毎日にも終わりが来る。その時に君たちには、私の部下には笑っていてほしい。そのために私はある」

 

 そう言うと両手を下ろした彼女は改めて全員に向き直った。

 

「水上用自律駆動兵装の未来は決して明るくない。それは君たちが戦時という状況下において活動を許された猟犬だからだ。だが、その状況は変えることができると私は思う。そのために君たちの力を貸してほしい」

 

 相変わらず笑みを張り付けたままだ。同じ笑みの裏で感情が怒涛のように過ぎ去っていく。

 

「全員の生還、軍人としても、私個人としても感謝する。それの指揮をとったのはあんただ。川内」

 

 彼女が前にくる。あたしよりも少し高い背。濡れたサイドポニーが防水外套に張り付いていた。

 

「私は結構優秀な人間に目がなくてね、かっこいい奴を見ると手放したくなくなるんだ」

「……どうも」

「川内、あんたは私のそばにいろ。そして自分の考えを崩すな」

「……どういう意味よ」

「いつか私は、きっと間違う。その時にあんたはこれを使って」

 

 そう言うと彼女はあたしに何かを押し付けた。訳も分からず受け取ってしまう。

 

「私を撃ち殺せ」

 

 そう言って押し付けられたそれはおそらく私物のSIG SAUER製自動拳銃。

 

「……正気?」

「さぁ? でもその権利はあんたにあると思うよ。あんたはちゃんと人を疑える。司令官を盲信せず、その上で動ける人材だ。そういうやつは優秀だと思うよ?」

 

 彼女は笑って背を向けた。

 

「外で話しててもアレだよね。とりあえずみんな温まっておいで。作戦報告はその後にしよう。美味しいココアを用意して待ってるよ」

 

 終始笑ったままの彼女の背中を見て、三人で首を傾げた。そのあと、なぜか笑えてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「川内、どうしたの」

 

 笹原に呼ばれてコーヒーから顔を上げた。

 

「ううん、最初の出撃のこと思い出してた」

「最初……あぁ、ホンコン沖のやつ?」

「そ。帰ってきたら拳銃渡されて正直ビビったやつ」

 

 そういうと笹原は笑った。今では547の司令官だ。あれから3年、出世したものだと思う。

 

「好きかどうかはわからないけど、信頼はしてるよ、司令官」

「そう言ってもらえると嬉しいね、でもあたしは異端だ。それはわかってる?」

「異端だからって信じない理由にはならないよ。それに、司令官との夜戦は楽しい、これを知るとなかなか他の人につく気になれないよ」

「そうかい? でも約束は忘れないでよ?」

「もちろん、司令官が間違えたら、あたしが止める。そこは違えないつもり。これまでも、これからも」

 

 それを聞いた笹原が笑って―――――どこか寂しそうに笑った。

 

「明日からしばらく、姿を消すよ」

「―――――いきなりだね。どうしたの?」

「まだ話せない。でも、いつか必ず話すし、帰ってくる」

 

 そっか、と言って黙る。それ以上の返事のしようがなかったからだ。

 

「司令官、そろそろ教えてよ。司令官はさ、何を知ってるの?」

 

 やっとのこと絞り出した答えはそれだった。笹原は小さく笑った。

 

「……あんたたちの出生の秘密について少々深いところを知っている、かな? それはかなりの爆弾でね。国連海軍全体を吹き飛ばせるぐらいの威力を持ってる。今からそれを処理してくるよ」

「それは、司令官じゃないとだめなこと?」

「さぁ、でもできるのは私と他数人くらいしか知らない。だから行く」

 

 そう言った笹原の目を見て、あたしは溜息をついた。

 

「止めても行っちゃうんでしょ? 条件があるよ」

「なに?」

「必ず生きて帰って来て、それまでここは守るから」

「了解、旗艦どの。やっぱりあんたは優秀だ」

 

 そう言った笹原はコーヒーをすすった。あたしはそれを見つめる。

 

「……必ずだよ、司令官」

「あぁ、必ず」

 

 

 次の日の朝には本当に司令官はいなくなっていた。人事部には休職届が出され、異常な速さで処理されたらしい、窓口の人が首をかしげていた。どう考えても軍の上層部に噛んでいるのは間違いなく、それだけのヤバい事情に関わっている可能性がある。ついでに文月も一緒についていったらしい。

 

「……まったく、司令官はほんとに……」

 

 早く帰ってきなさいよ、司令官じゃないと夜戦の調子が狂うんだ。

 あたしは口の中だけでそう言って、冬の日差しが入る踊り場で空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 




なんとなく川内型の皆さんは優秀で切れ者な印象を持っています。それで乙女な感覚を持ち合わせている感じです。
二水戦旗艦の神通は言わずもがな、四水戦旗艦の那珂は明るくみんなを引っ張ることに秀でていて、自分の感情を殺してでも僚艦を引っ張る旗艦として戦況を読み、確実に相手を押さえようとするイメージです。三水戦旗艦の川内さんも例にもれず切れ者なんじゃないかと思います。まぁ、三水戦の旗艦として繕っている部分もでかいんでしょうけど。

素はきっと艦これボイスの夜戦キャラなんでしょう。でもそれは信頼できる相手にしか見せない素顔、……なんとなくそんな感じであってほしいという願望を詰め込みました。

実はオリジナルキャラには勝手にテーマソングを考えています。
笹原はジャニス・イアンのWill You Danse?
この曲、一番最後のピアノが途切れる寸前にストップと囁いていることをご存知でしょうか?誰に向けて、何に向けてのstopなんでしょう……
いつかこの曲を題材に話を書いても面白そうですね。

少々無駄話が過ぎたでしょうか。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回は本編に戻ります。

それでは次回お会いしましょう。

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