艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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そろそろまえがきになにを書けばいいかわからなくなってきたよ!

何が何だかわからないまま、抜錨!


00000011 ヨコスカ・アップサイドダウン PHASE3

 

「初めまして、だな。急にすまない。千歳」

「いえ、私も時間が余って余って仕方ないですから」

 

 ガラス越しの面会室。底にいるのは銀のような灰色のような髪色をした女性。高峰はそれがAV-CT01千歳であることを確認して笑いかけた。

 

「そりゃそうか。ここで飼い殺し状態だもんな、辛いわな」

 

 そう言うと千歳の目線が落ちた。

 

「あの……電、DD-AK04たちは?」

「あれ? 情報行ってない? もう中部太平洋第一作戦群の主力級になったよ」

「え、その話、本当だったんですか?」

「なんなら写真あるぞ、青葉」

「はいっ!」

 

 面会室の端で立っていた青葉がごそごそと何枚かプリントアウトした写真を並べる。月刀司令隷下の551への査察の時の写真やMI撤退戦後の写真、中部太平洋第一作戦群第三分遣隊の集合写真などを並べる。

 

「あぁ……睦月ちゃんたちも戻ってきたんですね」

「そこの現指揮官、月刀航暉大佐は俺の同期だ。人柄は保証する。電なんかもうゾッコンだし、睦月も対潜要員としてスカウトが来てるらしい。仲良くやってるいいチームだ。この前なんか北方で深海棲艦の上位種の拿捕に成功、今、電は横須賀で国連海軍総合司令部直属で動いてる」

「なんだか、昔の電じゃないみたいですね」

「そうなのかい? 俺は月刀大佐が指揮官になってからしか知らないからずっとそんな感じなんだが」

「戦いに出るのを怖がっているような……誰かを傷つけることをとても恐れている感じで、ずっとそんな感じだったんです」

「傷つけるのを恐れてるってのは今でもそうかもしれないな。でも、強くなった。今度機会があれば連れてこよう」

「ありがとうございます。そこまでしてくれるってことは一つの交換条件と言うことですかね?」

「うん? そんなつもりはさらさらないんだけどね。とりあえず今からする質問について知ってることを教えてほしい」

 

 そう言うと千歳は困ったように笑った。

 

「私に知っていることであれば、ですが」

「大丈夫、元々あなただけに聞くつもりもない。たくさんの人に聞いて、その上で判断する」

 

 そう言うと高峰は胸ポケットに差したペンの頭をいじった。

 

 

 

「さて、ライ麦計画というのに聞き覚えがあるかい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 横須賀鎮守府付属海軍横須賀病院。

 

 義体化や電脳化、再生医療などの外科手術でトップクラスの実績を誇る病院は横須賀軍港の軍用地の端に位置する。15階建てという大規模な建物は軍人だけでなく民間病院から回されてきた重篤患者も含め常にパンク寸前の激務で業務を回していた。

 

 そこの13階、軍専用フロアにある高官用個人病室1306号室には軍人にあまり見えない二人の少女の姿があった。

 

「ほら、しれーかん! あーん!」

「だから左手使えるから……」

「あーん!」

 

 半ば強引に病院食を口に突っ込まれた航暉はゆっくりと咀嚼する。熱も下がったし粥から白米になって最初の食事だ。料理が乗ったベットテーブルを挟んで航暉の膝にまたがるようにした雷がスプーンを手に航暉に甲斐甲斐しく料理を運ぶ。

 

「美味しい?」

 

 そう笑顔で言われると航暉は首肯せざるを得ない。実際病院食としては美味しい部類に入るだろう。

 

「お姉ちゃんばかりずるいのです……」

 

 それを上瞼だけを器用に閉じたじとっとした目線で見据えるのは電だ。働きづめだった電に休息をと言うことで久々のフルオフの一日なのだが、目の前でこんなことを繰り広げられると精神的にくるものがあるのである。

 

「前は龍鳳さん、今回はお姉ちゃん……」

 

 そう言うつぶやきで航暉はウェークの記憶がフラッシュバックする。11月1日事件とウェーク島基地所属の人員は呼んでいる、航暉にとっては悪夢以外の何者でもない事件だ。まぁいろいろあったのであるが、本人以外にとっては些細なことなので、ここではあまり触れないでおく。まぁ、いろいろあって“司令官にあーん”はいろいろ禍根を残しているとだけ伝えておこう。

 

「それにしてもやっと普通の食事だもんね、しれーかんもたいへんねぇ」

「明日にはもう義手の装着、その後リハビリか。先は長いな。目の方はさっさと治ったからいいんだけどな」

 

 そんなことを言いながら航暉は右肩をさする。あるべき手がそこにないというのは結構痛々しい。

 

 そんな会話をしていると、コンコンとドアがノックされる。雷が飛び上ってベッドから飛び降りた。

 

「どうぞ」

 

 入ってきたのは国連軍の制服を着た男性だった。年は60くらいだろうか、若い頃は体を鍛えてたのだろうとなんとなく想像がつく体は定規でも淹れたかのようにピンと背が伸びておりどこか風格を感じるものだった。髪は上品なグレーアッシュ、オールバックに固めたその姿は年相応の気品にあふれていた。

 その姿をみて、真っ先に反応したのは航暉だった。右手がないことを思い出して、慌てて左手を額に上げる。ほぼ同時に電も敬礼。雷はきょとんとしていた。

 

「あなた、だれ?」

「自軍のトップぐらい覚えとけ! 山本五六元帥だ。国連海軍極東方面隊の総合司令長官!」

 

 航暉の小声の早口にそう言われ、雷が真っ青になりながら敬礼。

 

「左手で申し訳ありません。部下が大変失礼いたしました。山本元帥」

「いやなに、突然の訪問だったからな。驚かせてしまったようですまなかった。月刀大佐はマニラでの観艦式の時に通信した時以来かな?」

「はっ、その通りです。その節は大変お世話になりました」

「通信一つであの場を押さえられるのならばいくらでもするさ。君が恐縮する理由は無い」

 

 凛と澄んだバリトンは場を一気に引き締めた。その後ろには何やらブリーフケースを持った女性秘書が控えている。

 

「この度は災難だったな、月刀大佐」

 

 スツールに腰掛けながら山本はそう言った。

 

「いえ、私も軍属の身、死の覚悟はしております。腕一本で生き長らえたのですから僥倖というものでしょう。……海軍元帥御自ら護衛を付けずにいらっしゃるとは、どのような要件でしょうか」

 

 航暉がそう聞くと山本は朗らかに笑った。

 

「月刀大佐に少し用事があってな」

 

 航暉は山本が「用事」と言ってきたことで、非公式かつ内密な話であると判断する。極東方面隊のトップが下りてくる以上、かなりの重要度だ。

 

「電、雷、人払いを」

「了解なのです」

「あぁ、すまないがDD-AK04電は残ってくれたまえ。君にも関係がある。DD-AK03雷も話を聞いていなさい」

「え? あ、はっ! 了解なのです!」

「わかりました」

 

 航暉はそれを聞いて目の前の元帥と視線を合わせる。

 

「……それで、御用事とはなんでしょうか」

「この度のキスカ島難民輸送作戦、及び北方棲姫、ヒメの拿捕、大変ご苦労であった。その厳しい状況下で死者ゼロ、喪失艦ゼロで作戦を成功させたという功績は近年稀に見る快挙だと司令部は考えている。また高等種の深海棲艦を拿捕するというのは世界中のどの軍を見ても前例がないほどの戦果だ」

 

 そう言うと航暉はすまし顔を繕ったまま先を待った。横では電がどこか複雑そうな表情で元帥を見つめている。

 

「戦術中央コンピュータの試算によると、ヒメの拿捕によって戦争は最短であと3年、当初の試算より5年以上早く終結する可能性があると弾き出した。実際に何人を救ったかなど計算することに意味はないが、この戦果で億単位の市民が死を免れたかもしれん。それだけの功績を月刀大佐とその部隊が成したのだと極東方面隊司令部をはじめ、各上層部は認識している」

 

 電はそこまで話が大きくなっているのかと驚いていた。

 

「まだ公表されていないが、この功績をたたえ、国連軍長官のドメック・ガルシア元帥より月刀航暉国連海軍大佐に殊勲十字章が贈られる」

 

 航暉は眉を顰めた。

 

 国連軍の殊勲十字章――――国連軍人が得ることができる勲章の中では名誉勲章に次ぐ第二位の勲章であり、国連軍が国連議会を通さずに送ることができる最上級の勲章でもある。

 

「大変失礼ですが、その評価を出すには時期尚早かと」

 

 航暉はそう言って横に立つ電たちに目を向けた。

 

「それに、その戦果は電をはじめとした部下に送られるべきものだと私は考えています」

「司令官さん、それは……」

「私の戦果は彼女たちの声に耳を傾けた程度、それを戦果と認めるのならば、ですが」

 

 電の声を押し切るようにして航暉はそう言った。

 

「……実に謙虚で日本人らしい意見だ。だが、国連軍には兵器として登録されている彼女たちに与える勲章は設定されていない。彼女たちの代表として受け取ってもらいたい」

 

 航暉は笑ってそう言う山本のことをまじまじと見つめたまま何かを考えているようだった。

 

「拒否されると、推薦した私と極東方面隊のメンツが潰れてしまうから受け取ってもらえると助かる。……頼む。お願いできないか」

 

 元帥自らに頭を下げられ航暉は焦った。航暉は頭を上げてもらい、「わかりましたっ」と半ば叫ぶように言う。

 

「受勲するほどの格も戦果もないとは思いますが、作戦参加者の代表として受け取らせていただきます」

「正式な手続きに時間がかかるが4月の半期末には授賞式があるはずだ。とりあえずはこのまま話を進める。……そしてもう一つ、こちらが本題になる。DD-AK04、電、君にも関わる話だ」

「……ヒメ事案、ですね?」

 

 航暉が声のトーンを落として聞き返した。山本が頷く。

 

「事態は急速に変化している。現在の軍組織では対処しきれない事態が今後予想される」

「予想されるのではなく、そういう戦略に切り替えるのでは?」

「月刀大佐は手厳しいね。その通りだ」

 

 そう言うと山本は後ろで控えていた秘書を目で呼ぶと、ブリーフケースからホロ投影機を取り出した。

 

「本日、国連海軍総合司令部より第50太平洋即応打撃群の新設が認可された」

「第50……」

「……太平洋即応打撃群?」

 

 電と雷が頭の上にはてなを浮かべる。航暉が呻くように口を開いた。

 

「十桁目ゼロ番台……特設艦隊を創設する気ですか?」

 

 部隊名の数字には意味がある。たとえば電の所属、第538水雷戦隊。百の位の5は極東方面隊――太平洋西側とその付属海を担当する艦隊群の所属であることを、十の位は艦隊所属、中部太平洋艦隊の中で攻勢部隊たる第一作戦群に所属することを、一の位は戦隊番号を示す。常設されているのは510番台の北方艦隊、520番台西部太平洋艦隊、530番台中部太平洋艦隊、540番台の南方艦隊だ。そのほかに550から580番台はそれぞれの艦隊の第二作戦群に、590番台は潜水艦隊に割り振られる。それで全てのはずだった。

 しかし今言われた第50太平洋即応打撃群はそのどれにも対応しない、500番台の部隊となる。

 

「極東方面隊総司令部直属、最優先ラインの作戦部隊だ。海軍だけでなく、空軍、陸軍の作戦ユニットも参加する統合作戦群。真の意味での攻勢部隊として設立される」

 

 そう言うとホロスクリーンに組織図などの部隊概要が現れる。

 

「作戦カテゴリⅣ以上の重要作戦に投入される海域の枠にとらわれない精鋭部隊だ。権限は既存艦隊と同等、作戦行動中は兵站・情報・支援などあらゆる面において最優先で処理されるという面では既存艦隊よりも上位としてあつかわれる」

「……海域防衛に関わらない攻勢組織の設立。それによる海域の奪還及び深海棲艦の制圧を主任務とする、そんなことろですか?」

「近いようで遠いな。正確には深海棲艦への武力交渉の実働部隊といった所だ」

 

 そう言うと山本が手を組んだ。

 

「ヒメの確保によって人類は深海棲艦と交渉するという可能性を得た。だが、交渉をするためには相手に交渉のテーブルについてくれなければ話ができない。だから、相手のトップを会議室まで連れてくる。それが新設部隊の目標だ」

「なるほど、そうなるとその部隊は深海棲艦との接触がこれまで以上に多くなる。もちろんヒメの情報も必要になる。できることなら平和的に交渉、無理なら実力行使で連れてこい。そういうことですか?」

「その通りだ」

 

 山本元帥はそう言って笑って見せる。

 

「だから、電をその部隊にというお話ですか」

「正確には打撃群旗艦を任せるつもりだ」

「わ、わたしが……艦隊旗艦っなの、ですっ!?」

 

 それに頷く元帥に航暉も雷電姉妹も言葉を失った。

 

「それって……どの艦隊旗艦よりも優先順位上ってことですよね?」

「その通りだよ、DD-AK03雷」

「あの長門さんよりも、ですよね?」

「北方艦隊旗艦BB-NT01長門と平時は同等の扱いだが、作戦実施中に相反する要請が出された場合は打撃群旗艦の要請が優先的に実施される」

 

 雷の質問にさらっと返って来て、雷はどこかふらふらと壁にもたれた。

 

「電が……連合艦隊旗艦より上になるなんて……」

 

 件の電は状況が読みこめていないのか、口をパクパクとさせている。

 

「事態を飲み込んでもらえたようで何よりだ。ヒメの手綱を握れるのは現状DD-AK04電のみだ。勿論、深海棲艦とのネゴシエーターを彼女ひとりに任せるつもりもないし、個人と個人の関係性に世界を預けるつもりもない。だが、それを待ってもいられない状況だ」

 

 そう言うとホロが切り替わる。暗闇の中で何かが燃えている映像が映し出された。

 

「一昨日の映像だ。ブラジリア連合の軍港、サントスが急襲を受けて壊滅した。死者最低で3400、軽症者まで含めると万単位になると見られている」

 

 電が口許を覆うようにしていた。航暉はその映像を越しに山本を見た。

 

「深海棲艦との戦いで唯一拮抗できているのは極東方面隊だけだ。それでも島嶼奪還まで行き着ていない。このままでは深海棲艦との交渉がまとまる前にどこかの方面隊が……壊滅する。今危ないのは南北アメリカ方面隊だ。南アメリカの民間人をまとめて避難させる計画も始動したとも聞く。もっとも、5億人規模の難民なんて、今更受け入れられるキャパシティを持つ地域はない。逃げる場所なんてないが、南北アメリカ方面隊は南アメリカまでカバーしきれる戦力を、もう持っていない。後1年もしないうちに南アメリカを放棄する決断を迫られる可能性もある」

 

 だから、と山本は言って、電を見た。

 

「和平交渉を急ぐしかない。太平洋一帯で停戦条約が発効すれば南北アメリカ方面隊は大西洋に専念できる。その交渉をする相手を是が非でも交渉テーブルに引き出さなければもう後がないんだ。そのためには、DD-AK04電、君の力が必要だ」

 

 沈黙が下りる。誰もが次の言葉を探していた。

 

「……いなづまには、少し荷が重いのです」

 

 そうつぶやくように言った。

 

「今でも、結構いっぱいいっぱいなのです。自分の一言が、世界を壊しちゃうかもしれないんだって結構いっぱいいっぱいなのですよ?」

 

 震えた声は航暉の耳朶を打った。

 

「司令官さん」

「……あぁ、なんだ?」

 

 航暉は電の方を見る。電は今にも崩れ落ちそうなほどに震えていた。

 

「私に、出来るっていってくれませんか? いなづまなら大丈夫だって言ってくれませんか?」

 

 そう言って電は航暉の目を見返した。

 

「私は、この世界が平和な世界だといいなって、思ってます。いまはそうじゃなくて戦時中だってこともわかってます。だから、早く平時にしたいのです。それが私にできるかもしれないって思うと、私はそれをするべきだと思うのです」

 

 元帥に目で詫びてから、航暉はベッドから起き上がる、まだ少しふらつくが電の前まで行くと片手でそっと肩を抱いた。

 

「大丈夫だ、電。お前ひとりで戦ってるわけじゃない。お前ひとりが頑張ってどうにかなり問題でもない。だから、無理するな。怖いままでいろ、辛い時はつらいって言え、出来ない時はできないって言え」

 

 航暉は笑って見せる。

 

「なぁ、電。最初にウェーク島基地に俺が赴任した時、ルール作ったの覚えてるか?」

 

 ゆっくり頷く電。

 

「ちゃんと周りに耳を傾け、自分の意見も言って、チームとして乗り越えていく。黙っていたらだれもわからない。聞かなければ理解もできない。それじゃあ、相手を疑って戦うしかできない。だからあんなルールを作ろうって言ったんだ。あの時の電は、自分の意見を言わなそうだったからね」

 

 航暉は電の肩を叩いた。

 

「でももう大丈夫だろう。電、お前が行きたいなら、行って来い。電の実力は俺が保証する。お前は全くもって手放すのが惜しいぐらいの実力者だ」

「……ありがとう、なのです」

 

 そう言って背中を押した後航暉は振り返った。雷は彼の顔にどこか悪戯じみた笑みが浮かんでいるのを見る。

 

「……って感動的に終わればいいんでしょうけど、そこの指揮官は誰を想定しています?」

 

 航暉は山本にそう言って笑った。

 

「さすが五期の黒烏筆頭だと思えばいいかね?」

「この話、電には命令と言うことで配置転換命令書を一枚交付するだけで済みます。そこに私にそれを説明する必要はない。ですよね?」

 

 山本が笑った。

 

「月刀航暉君、君には第50太平洋即応打撃群の前線指揮官を務めてもらう。来年の4月1日の部隊発足を持って月刀大佐は一階級特進、准将として任についてもらうことになる予定だ」

 

 それを聞いて電は航暉の顔を見上げた。どこか寂しそうな、嬉しそうな複雑な表情だった。

 

「そのための殊勲十字章の受勲もあるんでしょう?」

「この部隊は深海棲艦との交渉という任を帯びる、だからこそ過去に接触した経験を持ち、かつ、説得に成功した経験者を配置する必要がある。DD-AK04電はそれを成し、それを管制したのは月刀大佐だ。これからの活躍を期待するよ」

 

 そう言うと山本は立ち上がる。

 

「私も忙しい身でね、そろそろいかないとならん。……正式発表があるまではくれぐれも他言無用で頼むよ、月刀大佐。水上用自律駆動兵装の配置などで意見を聞くこともあると思う、その時は協力を期待する」

「はっ!」

 

 航暉は左腕の敬礼で山本を見送った。

 

「……まっさかこんなことになるとはなぁ」

「……なのです」

「……まったく、台風みたいに過ぎ去って行ったわね」

 

 残された三人がへたり込む。元帥の前で極度の緊張を強いられた上に内容が内容だった。さすがに疲弊する。

 

「とりあえずはこれからもよろしくってことになるのかな?」

「なのですね……」

 

 今は12月初頭で4月頭に部隊設立なので、少なくともあと4カ月はウェーク島基地の司令官を続投することがほぼ確定したのである。

 

「それでも、四月までかぁ……」

「ウェーク島基地司令も1年弱しかやらない訳か、癒着を防ぐために頻繁に異動するとはいえ短いな」

「というよりその期間で中佐から准将とか聞いたことないわよ?」

 

 雷の声に航暉は頭を掻いた。

 

「俺もびっくりだよ。昇進じゃなくて特進扱いで無理矢理階級上げてる感じだもんな」

「それだけ司令官が優秀ってことなのです」

「部下に恵まれたからだと思うがなぁ……」

 

 そんなことないのですっ!という電が航暉に半ば抱きつくように寄り添った。それを見て雷は僅かに青筋を立てた。

 

 航暉の異動が確定した以上、新設部隊に異動にならない限り航暉の部下ではいられない。現状確定しているのは電のみ。

 

 

 

 なんとなく、腹立たしい。

 

 

 

「しれーかーん! ご飯の途中だったもんね、お腹すいてるでしょ! この雷が食べさせてあげるわ!」

「え、ちょ、なにいきなり……ふごっ!」

「お姉ちゃん! そんなにいっぱいご飯詰めたら窒息しちゃうのです!」

 

 わいわいと昼下がりが過ぎていく。

 

 騒いだことで看護師に怒られながら、電も雷も思うのだ。

 

 

 

 

――――――こんな日常が続けばいいのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんでこんなに硬くプロテクトかけてあるんだ?」

 

 高峰は自分のデスクで天井を仰いでいた。

 

「お疲れですっ」

「あ、青葉、どうだった?」

「ダメですねー。合田直樹元中将の線も切れましたー」

 

 戻ってきた青葉を逆さに見ながらそんなことを聞く。

 

「……こうなると航暉の白を証明した方が早い気がするなぁ」

 

 高峰は隣に座った青葉にコードを差し出した。青葉はそれを受けとってうなじに差し込む。

 

〈……状況を整理しよう〉

 

 有線による電脳通信を開始する。

 

〈ライ麦計画―――――Program R.Y.E.は第三次世界大戦の間に発足したプロジェクトの一つで日本国が行った予備青年士官教育プログラムと同一〉

〈で、それ責任者の一人は合田直樹元中将で、風見元大佐と交友があった。……で、そのことは千歳さんの証言と一致〉

〈千歳は風見元大佐が酒に酔った時にライ麦だけはまずかったと言っていたのを聞いている〉

 

 青葉がそれを聞いて腕を組んだ。

 

〈予備青年士官教育プログラム自体は深海棲艦登場後に凍結されたらしいものの、その全貌は不明ですよね。それって75年……〉

〈76年だ。2076年、国連海軍が水上用自立駆動兵装の運用を始めて各国軍が縮小を迫られたころさ。予算もなくなったから凍結ってところだろうな〉

 

 高峰は通信をしながらキーを叩く。データの閲覧記録を探っていく。

 

〈怪しいのは怪しいよな。教育隊のプログラムになぜ防衛情報総司令部(DIH)が絡んでるんだ?〉

〈第三次世界大戦期といえば日本はいろんなところにPKFとして派遣されてたんでしょう? その時のことを青葉は知りませんけど、その時の士官の数って足りてたんですか?〉

〈不足気味だったのは確かだ。日雇い士官(パートタイムオフィサー)なんて呼ばれる奴らも出ててな。その頃から日本PKFの質が落ちたって言われるようになった〉

〈青葉の勘なんですけど……非公式の臨時士官の教育とかをやった計画なんじゃないですか?〉

〈あり得るのはそのあたりなんだけど、なんか引っかかるんだよなぁ〉

〈どのあたりがです?〉

〈ここまで高いプロテクトを張る必要がない〉

 

 高峰はそう言って目を細めた。

 

〈反乱因子の炙り出しのための疑似餌の可能性も考えてたが、こりゃマジモン臭いぞ〉

〈えっと……?〉

〈千歳の証言は電子情報として共有されない。そこの整合性を揃えての偽情報を用意する必要はないだろう?〉

 

 かなり凶悪な防壁を揃えているものの、それがかなり巧妙に秘匿されていることもその可能性を強くした。

 

〈判断するには情報が足りんな。千歳との面会から一週間かけてこれだけしか集まらないとは思ってなかった〉

 

 高峰はそう言うと首を回した、コードが揺れる。

 

〈中路中将の方から探るのがいいかもな。古鷹とは仲良かったし古鷹なら何かきいてるかもしれん〉

〈あー、やっぱりそうなっちゃいますか〉

 

 青葉が困うったような声を出す。

 

〈どうした〉

〈いま古鷹に中路中将の話はタブーなんです。電脳自殺をした後からかなり参ってて、下手するとパニック状態になっちゃうんです〉

〈……ほかに聞けそうなのは、赤城とかか?〉

〈中路中将ずっと補佐官古鷹で固定してたんであんまり期待しない方が〉

〈だよなぁ……それに中路中将が口を滑らせてるとは思えないんだよな〉

〈ですよねぇ……〉

〈とりあえずもう一度千歳のところ行ってみるか。電もつれていけるといいなぁ〉

 

 そんなことを言って笑っていると。高峰の電脳に通知が届く。

 

「ん?」

 

 電脳通信を解除、ウィルス入りのメッセージのことを考えて一度通信を完全にオフ、ウィルススキャン、レスポンスノーマル。通信が切れたことで不審に思った青葉が顔を覗き込んできた。

 

「高峰さん?」

「カズ宛てのメッセージのBCC?」

 

 ブラインドカーボンコピーのメッセージに高峰は眉を顰める。タイトルはブランクのみで何も記されていなかった。

 

「B-P? なんだこれ?」

 

 そう呟いた直後低く、ずんと揺れた。数瞬遅れて轟くような爆音。

 

「な、なに!?」

 

 青葉の声を無視して椅子を蹴倒して立ち上がった高峰が窓に張り付く。

 

 

 

「……くそっ、やられた!」

 

 

 

 どす黒い煙が上がっている建物が一つ。

 高峰の記憶に間違いがなければあの建物は――――――海軍横須賀病院。

 直後に全員に緊急メッセージが送付された。

 

 

 

 

 

 横須賀病院13階にて火災発生。付近職員は避難してください。

 

 

 

 

 

 高峰が階段へ走る、その後ろを青葉が慌てて追いかける。

 

「高峰さん、どこ行く気ですか!?」

「あれがただの火災なわけあるかっ!? 爆破テロだ! しかもその標的は十中八九、月刀航暉だ!」

 

 外に飛び出した高峰が見上げたビルでは轟々と炎が猛っていた。助けに行くことなど不可能なのは遠目にもわかっていた。

 

 

 

 

「生きてろよ、馬鹿野郎」

 

 

 

 

 高峰の噛み殺した叫びは炎の音にかき消された。

 

 

 

 




前半の“司令官にあーん”の概要は同時連載中の艦隊これくしょん―軽快な鏑矢―を読んでね★(ダイレクトマーケティング)

はい、ヨコスカ・アップサイドダウンの本編入ります。
本編開始までに2万5000字とかどんだけ使ってるんだろうとか思いますが、ここから本編です。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回は事件現場よりお送りいたします。

それでは次回お会いしましょう。

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