艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

77 / 159
物語は……進まん!
そんな今回ですが、なんとか抜錨!


00000001 ヨコスカ・アップサイドダウン PHASE1

 

 

 

「だっから、さっさと転院しなさい、月刀大佐」

 

 ウェーク基地の医務室で六波羅夏海が青筋を浮かべながらそう言った。

 

「ここの設備だとこれ以上の対応は不可能。その腕を腐らせないでつないでおくだけで精一杯なの。横須賀に戻って再生医療を受けるなり義手にするなり対策をしなさい。あと右目の治療も!」

 

 その怒りを真正面で受けているのは当然ベッドに転がされた航暉である。包帯でぐるぐる巻きにした腕と右目を覆うように巻かれた包帯で印象は全体“白”。病院着の上着もその印象を強くした。

 

「まったく、止血する必要があったからってよりにもよって高出力バーナーで焼いちゃうかな。火傷治療の方が刺し傷より悲惨よ、おかげで二の腕より先の神経ほぼ死んでるし」

「……耳が痛いな」

「痛いこと言ってるんだから当然。これで懲りてなかったら困る」

 

 こんなことになっているのも3日前に発生した“ウェーク基地司令官射殺未遂事件”のせいである。その被害にあった航暉が右腕と右目にダメージを追っていた。他には司令官室のドアが吹っ飛んだり、血糊で染まった床の張替などでかなりのお値段が吹っ飛ぶらしい。

 

「ご、ごめんねしれーかん」

「雷ちゃんは悪くないわ。この事態の4割は月刀大佐の選択ミス。残りの6割は鬼龍院の攻撃のせい。雷ちゃんの落ち度は一つもないわ。―――――伊波少尉に感謝しなさいよ? 大佐の血液補填のために全血で750mlも出してくれたんだから」

 

 航暉のベッド脇のスツールで申し訳なさそうに縮こまっているのは雷である。電脳汚染を受けた雷は今出撃停止措置の真っ最中である。やることもないので「しれーかんのお世話くらいはやるっ!」と専属の看護婦役を務めている。そんな彼女の頭をポンポンと叩いて夏海は優しい目をした。航暉の方を見たときはもう冷え切っていたが。

 

「大佐が動きたくない理由もわかるけど、そう言う訳にもいかない事情があってね」

「しれーかんが動きたくない理由って?」

「鬼龍院のバックには明らかに軍関係者がいる。その状況で不特定多数の軍人が集う軍の病院になんて行ったらいつ殺されるかわかったもんじゃない。そうよね?」

「それよりもその方法が艦娘への介入プログラムだったことの方が怖いね。いつ反逆者に仕立て上げられるかわかったもんじゃない」

 

 航暉はそう言って動く左手で頭を掻いた。

 

「部下を乗っ取られるのは懲り懲りだからな、できる限り目の届く範囲で運用したいってのが本音だね」

 

 夏海にそう言うと彼女は何やら二つのバインダーを取り出して振って見せた。

 

「そんな大佐に悪い情報と悪い情報があるけどどっちから聞きたい?」

「どっちにしても悪いじゃねえか。優先順位が高いのは?」

「ん? じゃあ命令レベルの高い方からいこうか。ちょっと関係者呼んでくるわ」

 

 夏海がそう言って病室を出ていくとほんとにすぐに帰ってきた。

 

「司令官さん、体調は大丈夫なのです?」

「寝てたら体が鈍りそうだ」

 

 夏海に連れられてやってきたのは電である。電もスツールに腰かけると、夏海は航暉にバインダーを手渡した。

 

「二つあるんだけど、一つは電ちゃんの転属命令書。転属先はヒメ事案緊急対策本部、国連海軍総合司令部直属よ。どうやらヒメからご指名があったみたいだね」

「わ、私がなのです?」

「当然だろうな、ヒメにとっては艦娘とファーストコンタクトを取ったのはおそらく電だ。これまで指名が来なかったのがおかしいくらいだ」

 

 膝の上に置いたバインダーのページをめくる。

 

「転属というよりは貸出扱いってことか、部隊の所属はそのまま、勤務地だけを変更すると」

「で、横須賀ってわけよ」

「なるほどな、だから俺の治療もグアムじゃなくて横須賀ってことか」

 

 ウェーク基地から一番近く、高度治療ができる病院があるのは帝政アメリカ領のグアムだ。グアムには中部太平洋艦隊の司令部もあることもあり、中部太平洋で何かあるとグアムに向かうことになる。

 

「まぁ、なんで横須賀かっていうとこっちもでかいんだけどね」

 

 そう言って渡されたのはもう一つのバインダー。

 

「……艤装研究開発実験団への出頭命令? 雷に? なんでだ?」

「元凶が不思議そうな顔しない。電脳6つに中規模スーパーコンピューターを繋いで並列処理させたって言っても30分で電脳最深部まで潜ったわけでしょ? そんな脆弱性を放っておくわけないじゃない」

「あー……ってことは俺のせいか」

「どう考えても大佐のせいよ。それもルート権限を書き換えられた状態からだから向こうはてんてこ舞いになってるらしいわよ」

「その脆弱性を埋めるためのパッチをつくるからそのサンプルとして雷を貸せってことか」

「そうね。で大佐も大けがしてるしまとめて横須賀で治療してきなさいってこと」

 

 航暉はそれを聞いて頭を掻いた。

 

「……このままじゃ任務復帰は無理だし仕方がないよな」

 

 航暉は苦笑いを浮かべる。そうして一時的にではあるが、航暉がウェーク基地を去ることが決定したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それではあとは頼みます」

 

 臨時司令を引き受けてくれた大佐に敬礼を送り、航暉は輸送機に乗り込んだ。横には電と雷もついている。

 昨日の夜は艦娘たちがメッセージカードを書いてくれたり、いろいろに別れを惜しんでくれた。

 

「俺は2ヶ月そこらで帰ってくるし、雷は2週間もあれば戻ってくるんだけどね」

「一番長期になりそうなのが電かぁ……」

「ヒメとの交渉次第だから先が読めないんだよなぁ……」

 

 輸送機の中で航暉はどこか寂しげな苦笑いを浮かべた。その表情は電たちも同じである。

 滑走路を蹴って飛び出した輸送機の窓から遠くウェーク基地を眺める三人。

 

「……少し寂しいな」

「基地のみんなで家族のようなものなのです。寂しいのは、当たり前のことかもしれないですね」

 

 そう言った電に雷が笑う。

 

「じゃあ、父親はしれーかんで決まりでしょ?」

「こんな大家族の長になれるほど甲斐性ないぞ俺。ちなみに母親は誰になるんだ?」

 

 そう言うと、雷は顎に人差し指を当てて考える。

 

「それっぽい人いないわねぇ……バツイチ?」

「おいコラ。言うことに事欠いてそれはないだろ」

「でも龍鳳さんも幼な妻にしてはアレだし、医務長としれーかんがくっついてる図は浮かばないしなぁ……あ! あたしがいるじゃない!」

「それこそ犯罪臭がするから却下だ。ってかそうなると利根や筑摩よりも数段年上設定なるぞ?」

 

 それを聞いた電がくすくすと笑う。

 

「雷お姉ちゃんがお母さんだと、いなづまが親戚のお姉さんポジションになるのです?」

「親戚設定ありなら子供は……睦月型のみんなか島風?」

「キャラ濃いなぁ……」

 

 航暉が頭を抱える。

 

「そういえば、司令官さんのご家族の話って聞いたことないのです」

「俺か?」

「あ、あたしも聞きたーい!」

 

 話題を振られて航暉は少し笑った。

 

「あんまり面白くないぞ? 大家族っていえば大家族だけどな。親父におふくろ、姉1人に兄1人、妹が3人。あと使用人数人」

「使用人!?」

 

 雷が驚いた顔をする。航暉は苦笑いだ。

 

「月刀家は軍関係に顔が広くてね。家も結構広いから家族だけじゃ仕事が回らないのさ。だから執事にハウスメイドがいる」

「ってことは……しれーかんってかなりお坊ちゃま?」

「かもな」

「す、すごいのです……」

 

 なんだか目をキラキラさせている部下二人に苦笑いで返す。

 

「もっとも、最近は実家とも疎遠になって、ていうか大ゲンカして家を飛び出したもんだから最近会ってない」

「ご家族とは仲悪かったのです?」

「下の双子の妹とは仲良かったけどね、あと執事の虎爺、今では連絡も取ってない。アイツら今どうしてるやら……」

 

 航暉はそう言って窓から空を眺めた。その顔はどこか寂しげに見える。

 

「ご実家ってどちらなのです?」

「ん? 北陸州だ。金沢……って言ってわかる?」

「えっと……舞鶴の近くだったわよね?」

「まぁ近くって訳じゃないけどな。日本海側ってのは合ってるし舞鶴の哨戒圏だ」

「……ってことはこの機会に会ってくるってのも難しいですね」

 

 電の言葉に航暉は笑った。

 

「会いに行くのも気が重いんだよなぁ。クソジジイに挨拶に行くのも面倒だし」

「クソジジイって……」

月刀利郁(つきがたとしふみ)……70目前にしてまだ権力に縋り付いてるただのジジイさ」

 

 そう言って航暉は顔を顰め、肩をさすった。

 

「痛いのです……?」

「いや……。さすがに気圧がさがるとあれだな。少し違和感がある」

「無理はしないで……って言っても機内だからやりようないわよね」

「まぁ数時間だ。ゆっくりやるさ」

 

 航暉はそう言って笑って見せる。機体は一路横須賀を目指して飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なぁ、青葉」

「んー、なんですか?」

 

 オフィスでひたすらにキーを叩いていた高峰が横で同じようにキーを打っている青葉に声をかけた。

 

「ウェークの司令官射殺未遂事件、どう見るよ?」

「高峰中佐は管轄外ですよね」

「なんだよ、友達の安否を気遣うのに理由がいるか?」

「理由云々じゃないですよー。それって三課の仕事なんですから六課の青葉たちが首突っ込んだらなんて言われるか……」

 

 それを聞いて高峰は笑った。

 

「首を突っ込むつもりはねぇよ。三課も優秀だ、うまくやるさ。俺が聞きたいのは個人的な見解、感想、その他噂程度の話。青葉、お前はどう見る?」

 

 そういいながら高峰は胸ポケットから箱を取り出す。

 

「青葉」

「少し休憩ですか? ご一緒しますよ!?」

「ヤニを吸ってくるだけだぞ?」

「それでもですよ」

 

 そう言うと連れだって屋上に出る。8階建ての横須賀国連合同庁舎の屋上からは青く海が見えていた。屋上の喫煙コーナーはまばらに人がいる程度である。輸入ルートが断たれ煙草も高級品になったし、健康志向が後押ししたせいで喫煙率も大分低くなった。それでも高峰は煙草を手放せずにいたのである。

 真っ黒の紙箱から煙草を取り出すとフリントライターで火をつける。

 

「……高峰さんって、ずっとフリントライターなんですね」

「ん? あぁ、これカズからの貰いもんだ」

「月刀大佐から?」

「あぁ、あいつも海大時代は愛煙家でね。そん時に使ってたのをもらったのさ。フリントライターはオイルもいらないし、まず壊れない。火打石さえ乾いていれば極低温化でも問題なく作動する。煙草なんかに使うにはコツがいるが慣れればどうってこともないしな」

「月刀大佐がタバコ好きだったって初めて聞きましたよ?」

「そうか? アイツはダヴィドフのクラッシックをよく吸っててさ、煙草の趣味で言い合いになったこともあるんだ。あれも結構うるさい」

 

 そう言って高峰が笑う。

 

「そう言う高峰さんはジョンプレイヤースペシャルって訳ですね」

「この煙草らしさが好きなんだけどねぇ」

 

 そういいながら吹かした煙が冬の青空に溶けていく。

 

「青葉……ライ麦計画(Program-R.Y.E.)って聞いたことあるか?」

「ライ麦計画……? たぶんないと思いますけど」

「俺も名前ぐらいしか知らん、というより名前しか出てこない」

 

 煙草を口の端に咥えたまま高峰は空を仰ぐ。

 

「予備青年士官教育プログラム……。ここまでは出てくるんだ。だがその先の一切の情報がロックされてる」

「教育ってことは後方支援部のプログラムですか?」

「それも不明……だが、これに関わったと思われる人物が何人か割れた。ごく最近になってな」

 

 それを聞いた青葉がどこか胡散臭げな目を向けた。

 

「……なーんか嫌な予感するんですけど」

「俺も見た時はしたよ。……一人目、風見恒樹元大佐」

「ウェーク基地の元司令官……ですよね?」

「あぁ、二人目、合田直樹元中将」

「……元北方第二作戦群司令」

「三人目……中路章人中将」

「……元西部太平洋第一作戦群司令……高峰さん、すごくヤな予感するんですけど」

「今、ライ麦計画に関わったって思われる人物が死亡もしくは証言能力不能に陥ってる。……明らかに証拠隠滅を図ってるんだよなぁ」

 

 高峰は一度煙草から口を放し、青葉の方を見た。

 

「風見元大佐と合田元中将は殺害、中路中将は電脳自殺に失敗して言語能力喪失。偶然にしてはできすぎてる気が……」

「青葉もそう思うよな。それにもう一つ、32分前に入ってきた情報だ」

 

 高峰がコードを差し出してくる。青葉は受け取ると、それを首の後ろに差し込み、うえっ、といって引きぬいた。

 

「予告なしになんてもん見せるんですか!?」

「声がでかい。……風見元大佐をよく知る鬼龍院彰久特務大尉が自殺した。自殺に見せかけた他殺の可能性もあるそうだから今四課が動いてる。個人的にはカズに風穴開けてくれやがった人物だから複雑な気分だ」

「月刀大佐に……ってこれ!?」

「気がついた? 死んでる人物をたどるとなんらかの形で月刀航暉に行き着くんだよ」

 

 高峰はフィルター直前まで燃えた煙草を灰皿に落とすと溜息をついた。

 

「こうなってくるとカズ自身が怪しく見えてくるんだよなぁ。そんなはずはないってフィルターをかけてる俺でさえそう見えてくる。まぁ、あんまりに露骨だからパフォーマンスって線が出てくるけどな」

「これ……どうするんですか?」

「どうするもこうするもないだろ」

 

 高峰は溜息をつく。

 

「ライ麦計画について少し探りを入れるよ。裏に誰がいるにしろ、ここまで上級将校を殺しているとなると性質が悪すぎる」

「探りって言っても、ロックかかってるんですよね。探りってどこから……?」

「青葉、お前どれだけこの仕事やってるんだ? いくら情報を潰しても必ずどこから顔を出す。人の口に戸は立てられぬって言ってな、そこからいけば結構いけるもんさ」

「内部スパイをするつもりです?」

「まさか。ただのHUMINTだよ」

 

 対人諜報活動――――それを聞いた青葉がニヤリと笑う。

 

 諜報員と聞くとスパイを真っ先に思い浮かべることが多いが実はそうではない。スパイは非合法に諜報活動を行う人物のことを指す。諜報活動のために非合法なことをせざるを得ないことがあるのは事実だが、それだけではなく合法的に諜報活動を行う集団も数多く存在する。

 国連海軍特別調査部――――“特調”もその一つだ。人を相手取った組織のため、対深海棲艦戦争と化している今の戦争では優先順位は下がるものの、重要な任を担うことには変わりはない。国連軍に反感を持つ国家の折衝や各種下地交渉を行う一課から始まり、全部で九つの課が稼働している諜報組織。その一つのチームに高峰は所属していた。

 高峰の専門は防諜活動(カウンターインテリジェンス)、即ちスパイ活動の炙り出し、特に通信諜報(コミント)を中心に暗躍する非合法諜報員(イリーガル)を摘発するのに特化した嗅覚を持っていた。

 

「直接動くのは苦手なんだけどね、しかたない。身内の電脳に潜って攻勢防壁に焼かれましたとか笑えんし、地道にいくぞ」

「当てはあるんです?」

「とりあえずは、な」

 

 高峰が笑う。煙草の箱をポケットに無造作に突っ込むと笑った。

 

「最初の一人は誰にします?」

「とりあえずすぐに面会できそうな奴から当たってみよう」

「というと?」

 

 

 

「AV-CT01、水上機母艦“千歳”……風見大佐のお気に入りだった艦娘だ。なにか知ってる可能性はある。風見元大佐殺害の件でまだ横須賀に勾留処置になってるはずだ。とりあえず面会手続きを経て堂々といこう」

 

 

 

 階段室に入った高峰の口角が吊り上がった。普段は見せない獰猛な目線が前を射る。

 

「久々の狩りだ。気取られることなく慎重にいこう」

 

 そう言って高峰は建物内へと消えていった。

 

 

 

 




さて、千歳おねぇ再登場フラグです。
煙草の銘柄は知り合いのオススメです。自分は愛煙家じゃないのでそこまでわかる訳じゃありませんが……

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
さて、舞台は横須賀に移ります。この先のシナリオ……組んであるけどその通りに行く気がしない……!

それでは次回お会いしましょう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。