艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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 総合評価が600行ってたことに驚きました。
 もう書けるだけ書いちゃえと舞い上がったまま第三部突入です。

 さらに混迷を極める作品ですが、この後もどうぞよろしくお願いいたします。

【警告】
 第三部には独自解釈や独自設定、直接的な暴力描写など不快感を及ぼす可能性がある文章が多く含まれています(というよりそうなる予定です)。15歳未満の方、それら要素に嫌悪感を覚えていらっしゃる方は閲覧をお控えください。特に第二部のオリジナル要素などに辟易されている方は閲覧を控えることを強くお勧めいたします。
 暴力描写を極力排除したダイジェスト版も投稿しております。ダイジェスト版は101話『Yokosuka Cluster Up-side-Down』からです。暴力描写が苦手な方はこちらも合わせてご覧ください。

 当然のことながらこの作品はフィクションです。実在する組織、団体、個人には一切関係ありません。

 これらの内容を理解したうえでの閲覧をよろしくお願いします。




……よろしいですか?

それでは横須賀鎮守府付属海軍横須賀病院編、抜錨!


横須賀鎮守府付属海軍横須賀病院編
00000000 セントニコラス・イン・マニラ


 

 

 

 鳳翔がマニラに戻ってきたのはクリスマスの前だった。なんだかんだあってやっとのことで帰ってこれた。北方といい西部太平洋といいここのところが戦況がひっちゃかめっちゃかだった。

 

 ここのところは鳳翔もいろんなところを転戦していた。理由は単純だった。

 

 空母不足。

 

 商船護衛のエアカバーも含めると圧倒的に空母が足りないのだ。拠点防衛や近海警備は陸上機もつかえるため何とかなってはいるものの、遠洋となるとそうもいかない。どうしても洋上基地たる空母が必要になる。

 鳳翔は空母としては小型のため補助戦力扱いだったがそれでも重要だった。

 

 夜中のマニラ軍港は恐ろしいぐらいに静まり返っていた。内紛はまだ続いているとはいえ大分沈静化した。どこかすえた匂いがする。いい匂いではないが、だいぶ慣れてしまった。彼女の指揮官、浜地賢一中佐がいる場所の匂いだ。

 

「ふふ、きっと部屋は散らかってるのかしらね」

 

 ダニエロアチェンザ地区の国連軍パースに足を向ける。何とか帰ってきた。一緒に東南アジアに下りてきた最上たちとはもう別れた。湾内とはいえ夜間で単独航行だと緊張する。パースを見てほっとした。司令官室がある司令部棟にあかりがともっている。まだ浜地中佐は仕事中なんだろう。相変わらず多忙な司令官だ。

 艦娘専用の出撃ドックに進入、艤装を外して整備を担当してくれる特務技官と妖精たちに艤装を託す。

 

 その足で司令官室に報告に向かう。ほぼ一カ月近く司令官には会えていなかった。勿論通信は毎日のようにしていたし、時には画像通信もあった。それでも面と向かって会うのは一カ月ぶりなのだ。気分が弾む。

 すでに常夜灯に切り替わっている時間。非常口の明かりが眩しい廊下を歩いて司令部に向かう。

 

「……!」

「……。……!」

 

 司令官室から何か話声がする。一つは皐月だと思うが、もう一つは誰だろう?

 

 ドアをノック。ゆっくりと入る。

 

「浜地ていと……く!?」

 

 慌てて飛び込む。中にいるのは目的だった浜地中佐とその秘書艦で、彼を守るように立つ駆逐艦皐月。向き合っているのは開襟の国連軍の制服を着た―――――女性左官。

 

「あ、あなたは……笹原中佐!?」

「あぁ、鳳翔さん。お騒がせして申し訳ない」

 

 そう言うと笹原は笑う。皐月はそんな彼女を睨んだままだ。

 

「だから、なんだっていうんだ! 司令官が悪いことをしたのか!?」

「悪いことだとは一言も言っていないよ、皐月。ただ、彼の記憶に少し用があるんだ。どうしても思い出してもらわないといけないことがある」

 

 終始笑顔の仮面の裏で、笹原がぞっとする声を出している。それを見た鳳翔は戸惑うだけだ。

 

「なにが、あったんですか。浜地司令に何か御用時でしょうか?」

「うん? 用事といえば用事よ。もっとも、軍の正規のお願いじゃないけどね」

「……正規の命令じゃない、個人的なお願いというわけですか?」

「理解が早くて助かるわ。でも外れ」

 

 そう言うと笹原は笑った。

 

「日本国の準法的機関からの協力要請、ってことにしといて」

「だっから、司令官をそんな怪しいことに―――――!」

「文月」

 

 その言いぐさに反感を抱いた皐月が前に出ようとする。それを小さな影が止める。

 

「――――――っ」

「いくら皐月ちゃんでも司令官に手を上げようとするのは許さないよ」

 

 茶色の長いポニーテールを揺らして、文月がそう言った。手に持っているのは――――――旧式のリボルバー、S&W M36レディスミス。両手で真正面に構えるその銃口は正確に皐月の右目を狙っていた。

 

「笹原中佐、あんた……! そんな小さな子に何を持たせてるんだ!?」

 

 それを見た浜地が激昂する。それをどこか優しい笑みで受けた笹原が腰に手を当てて俯く。

 

「そこに怒るのは非論理的だ。普段水上用自律兵装運用士官は艦娘たちに砲を持たせ、深海棲艦を排除するように命令を下している。使ってるのが銃か砲かの違いだ。普段の行動とどう違う?」

「だからって……!」

「だからって、なにかな? 人類を守るために化け物を排除するのは奨励し、実際に指示をだせるが、自己防衛のために銃を握らせることは下劣で許されざる行為とでも言う気かな?」

 

 そう言うとすうと目を細める笹原。

 

「その理論、深海棲艦が消えた後、艦娘たちに振りかざされる理論だって気がついてるよね? 化け物を殺すために人間は人間に従順な化け物を生み出そうとした。残されるのは化け物を殺せる化け物……その化け物を人間は野放しにできないだろう?」

 

 痛い沈黙が下りる。音がないと言うことがこれほど辛いことがあるのかと思いながら皐月は銃口を、正確にはその後ろにある文月の表情を忘れたような目を見つめた。

 

 笹原が溜息をつく。

 

「まぁ、外道なことをしている自覚はあるよ。こんな戦争がなければ、その戦争が腐敗してなければといつも思う。でもそれで大多数を救えるなら、私は何度でもこの手を汚すし部下に汚れ仕事をさせる」

「最大多数の最大幸福ってっか、くだらない」

「そうかな? それならなぜ議会は多数決をやめない。完全一致のコンセンサス会議がなぜできない?」

「そう言う話をしてるんじゃないんだよ。その多数のために少数を踏みにじっていいのかと言ってるんだ」

「私の部下を甘く見ないでよ、浜地中佐。私が皐月をよく知らないように、あなたも文月をよく知らないはずだ。それで決めつけるのは判断が早すぎると思うね」

 

 半ば喧嘩腰の会話が続いたが、あぁ文月、と笹原が声をかける。

 

「もう銃は下ろしていいよ。ごめんね、友達に向けさせちゃって」

「司令官に必要なんでしょぉ? ならしょうがないよ」

「文月……」

 

 皐月がどこか慄いたような視線を送る。その先には屈託なく笑う文月の姿があった。

 

「それが人にものを頼む態度でしょうか、笹原中佐」

 

 鳳翔はそう言って浜地の隣に立った。

 

「私にはただの恫喝にしか見えないのですが、少なくともこちらの納得のいく事情を申し上げて頂けないことには、犯罪行為と判断せざるを得ません」

 

 鳳翔は一歩前へ。浜地を笹原の視線から守る位置に立つ。

 

「お話頂けないのであれば、どうぞ今夜はお引き取り下さい」

 

 それを聞いた笹原が口角を吊り上げた。

 

「―――――ライ麦計画(Program-R.Y.E.)、聞き覚えは?」

 

 浜地は答えない。正確には答えられない。鳳翔の後ろに立ったままの浜地の顔を見て笹原は答えを得たと笑った。

 

「答えたくても答えられない、なぜならそれを聞いたことがあるかどうかすらわからないから、そう言いたい表情ね」

「何を言いたいかさっぱりわからないよ。笹原中佐、ボクの司令官に何をしたいんだよ」

 

 皐月がそう言うが皐月に目を向けないまま笹原が言葉を続ける。

 

 

 

 

「正確には貴方は聞いたことがあるはずよ。そして記憶を消された―――――貴方のすべての記憶と一緒に。違う?」

 

 

 

「な、なにを……?」

 

 驚いた顔で固まるのは皐月だ。鳳翔の声が震えた。

 

「て、提督……? 笹原中佐、あなたは何を……」

「母親の顔、生まれた町の風景、怒られたこと、友達とのくだらない喧嘩の理由。何か一つでも覚えてる?」

「……」

「それの記憶が、軍中枢に奪われたとしたら、どうする?」

 

 全員の視線が浜地に集中する。

 

「司令官……ほんとうなの?」

 

 浜地は答えない、笹原をじっと睨んだまま時が過ぎる。

 

「協力の強制はしないわ。でも一つだけ覚えておいてほしいな」

 

 そう言って笹原は笑った。

 

「その記憶はそこの彼女と無関係じゃない。正確には彼女たちと無関係じゃない」

「……艦娘に関わると言いたいのか?」

「正確には艦娘の今後に関わる問題というべきかな。宝箱かパンドラの箱かは開けてみないとわからないし、人によっては甘味でも人によっては苦味になるだろうしね」

 

 彼女はそう言うと笑った。

 

「……それを探す理由は」

「さぁ? と言いたいところだけど教えておいてあげる。……ある軍人が戦争終結への切り札を手に入れた……かもしれない。あと3年もすれば戦争は終結する。その後、水上用自立駆動兵装はどうなると思う? マニラ基地にいてわからないはずないよね?」

「……」

 

 ほぼ間違いなく、人間同士の戦いに投入される未来が来る。薄々と思ってはいたがそれを考えることはあえてしなかった。

 

「それを覆せるジョーカー、正確にはその一部かもしれないんだ、貴方の記憶は」

 

 そう言うと笹原は仮面のような笑みを深くした。

 

「どう? 少しは興味を持ってくれた?」

「……あなたは俺の何を知っている?」

「深くは知らないわよ。そもそも調べていてあなたに行き着いたのは偶然に過ぎない。そしてそれが意味を持ち始めるまでは興味なんてなかった。そう言う関係性よ、浜地中佐。でも“戦後の艦娘たちの行く末を憂う”という共通項があると私は考えてるわ」

 

 そう言うとメモ用紙を浜地に渡した。

 

「少なくとも戦友ぐらいにはなれると思ってるけど?」

「――――共犯になれと?」

 

 受け取りながら浜地がそう聞くと笹原は破顔した。

 

「あら、非正規戦だってばれてるわけか。……ま、共犯とも言うわね、どう呼ぶかはお好きなように。やっぱりあなた侮れないわ。マニラ観艦式でもセックススパイを見抜いてたわけだし。いい返事を期待してるわ」

 

 そう言って笹原は伸びをした。

 

「それじゃ、お暇させてもらうね。鳳翔さんの目がだんだん据わってきて怖いし。あ、その情報は一回こっきりのルートだから気を付けて。攻勢防壁とかもバリバリ貼ってある軍用極秘データベースにつながる裏口(バックドア)、その先に一通りの概要と“こちらで入手できたあなたの記憶”が詰まってる。それを使って判断してもいい。ただし使ったら即そのルートを廃棄してね。火消しはこっちでやるし、不用意に他のルートを使うと攻勢防壁に脳を焼かれてお陀仏になるから。お六になってみんなを泣かせなくなかったら慎重に考えて使ってね」

「待ってください!」

 

 司令官室から出ていこうとした笹原を鳳翔が呼び止める。

 

「あなた―――――何者ですか?」

 

 笹原は一瞬だけ笑みを深めた。

 

「笹原ゆう、だよ。偽名だけどね」

「……話す気はないと言うことですか?」

「だったら偽名ってことも言わないさ。――――迷惑料代わりに鳳翔さんにプレゼント」

 

 そう言うと何かが投げた。鳳翔はそれを両手で受け止めると手の中のものをみる

 

「……小型カメラ?」

「この司令部の室外機の裏にあったよ。ついでにコンクリマイク。一度しらみつぶしにしたほうがいい。……監視されてるよ。あんたら」

 

 今度こそ笹原は部屋を出ていく。

 

 

 

「よいクリスマスを」

 

 

 

 その笑みはどこか楽しそうだった





はい、浜地提督再登場です。

浜地提督の参加を快諾してくださったはまっち先生に最大級の感謝を。
なお、はまっち先生の『艦これ ある提督の話』とは浜地賢一提督の設定を変えてあったりアレンジが加わっていたりします。合わせてお読みになっている方はご留意ください。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
それでは次回お会いしましょう。

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