艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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第二部最終話と参ります。

※警告 この回は流血表現など残酷な描写が含まれています。苦手な方は特に注意してください。

それでは、抜錨!


Chapter6-2 電の思い

 

 その時、雷は一瞬で航暉の目が変わるのを見ていた。

 

 瞬きすら許されない現状の中、セーフティが解除された銃を航暉の右こめかみに突き当て、引き金に力を込めたのだ。

 叫び声が出たのか出なかったのか、それは自分でもわからなかった。

 

 雷管を撃針が叩く寸前、即ち鉛玉が飛び出す寸前に雷の右手を航暉は掌底で叩き上げる。同時に航暉は大きくのけぞるように椅子に体重を預け銃口から頭を遠ざけた。飛び出した鉛玉は航暉の瞼をなぞるように飛び抜け、壁に三連星を刻む。

 掌底で突き上げられるようにバランスを崩したことに加え、銃の跳ね上げるような反動で、雷の右手は大きく上に振り出されることになった。それを打ち消そうと体は力を入れる。右手を押し下げるように筋肉を緊張させた。その瞬間を航暉は待っていた。

 

 その手を掴んで今度は思いっきり真下に引き下げたのだ。雷自身の力と総重量1キロを超えるM93Rを持った右手を引っ張られ今度こそ修正不可能なまでにバランスを崩した。雷は背中を叩きつけるようにデスクに倒れ込む。それでも雷の体は動きを止めない、左手に持ったナイフを振り出すとそれを航暉の頭に向けて振り抜く。

 直後、肉を刺す感覚が帰ってきた。雷の頬にぽたりと有色の雫が落ちてきて、頬を汚して垂れていく。出どころはナイフの鍔、その先にある―――――月刀航暉の右腕。

 

 彼は、笑っているようにも見えた。その笑みが雷を心配させない様にしているのが丸判りで、笑いきれてなくて。眉から血をしたたらせているのを無視して笑おうとしていて、痛みに耐えているのが目に見えていて――――

 

 

 その笑みが雷を傷つける。

 

 

「ちっ!」

 

 その舌打ちの音がしたタイミング、航暉は雷の右手から銃を叩き落とした。足元でガシャンと鉄が落ちる音がする。どこか遠くで銃声が鳴った。航暉の姿がぶれる。黒いジャケットの右肩に風穴が空いて、そこからジャケットがどす黒く染まっていく。ドアを粉砕した勢いそのまま誰かが飛び込む気配がした。

 

「司令か―――――!? てめぇ!」

 

 天龍の声。ここからは見えないがあそこまで問答無用で怒鳴る“てめぇ”は初めて聞いた。そのてめぇの相手は鬼龍院か、私か、どっちだ。雷はそんなことをとっさに考えた。

 

「天龍! そいつを殺すな!……あがっ!」

 

 雷は血で濡れた左手でナイフを引き抜いた。ぐじゅりと嫌な感覚と共に切っ先が現れ、航暉が呻く。噴き出した血を被りながら、雷の体はそのナイフが航暉の喉元めがけて突き出した。

 

 ワイシャツの襟を真っ二つにしながらナイフが首筋を通過する。航暉はその手を押さえたまま足を払った。二人そろってデスクの影に倒れ込む。

 

 マウントポジションを取ったのは航暉だ。ナイフをむしり取り、それも弾き飛ばした。両手に獲物がなくなった雷は航暉の首筋に両手を回した。雷の両手ではカバーしきれない太い首筋、彼の喉仏を親指で押し込むようにして絞めていく。

 

 

「しれーかん! 撃って!」

 

 

 声が出た。視界の先にはベレッタM93Rが落ちている。

 

「私を撃ってよ! 眼を撃てば脳まで届くでしょ! お願い! 私しれーかんを殺したくない!」

 

 両手で彼の首を絞めながら、叫ぶ。

 

 

 

「だから、撃ってよ! 私を止めてよ! お願い……だから!」

 

 

 

 航暉は両腕で雷の手を押さえると力ずくで腕をほどく。右腕と肩から血が溢れていく。まるで地面に貼り付けにするように両腕を抑え込んだ。

 

「―――――お れに部下 を 撃て ってか」

 

 冗談じゃないと潰れた声で吐き捨てて航暉が叫んだ。

 

「だれか来てくれ」

 

 飛んできた睦月が叫び声を上げる。

 

「ていとくっ!?」

「俺のQRSプラグを引き出してくれ」

「提督、血が……」

「早く!」

 

 睦月が航暉の首筋からコードを引き出した。

 

「雷……今からお前の電脳を一度ロックする」

 

 航暉は顔を深くしかめた。笑おうとしたらしかった。

 

「必ず助ける。それまで待てるか?」

 

 頷こうにも頷けない。それでも何とか言葉にしようと口を動かす。

 

「わかった……」

「いい子だ。必ず助ける、必ず止める。迎えに行くから、それまで……死ぬなよ」

 

 航暉は雷を抱きとめるように態勢を崩し、雷の首を動かない様に固定した。そのまま横を向かせる。

 

「睦月、プラグを雷に接続しろ!」

 

 首筋に違和感が走る。一瞬視界が乱れ、全ての感覚が途切れるその刹那に。

 

 

 

 待ってろという声と、航暉の体温を確かに感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……貴様ぁ! 雷に何をした!?」

 

 航暉が体を起こすと、天龍が鬼龍院をつるし上げていた。脇腹には天龍の刀が貫通している。

 

「天龍、代われ」

 

 航暉が睦月の手を借りながら立ち上がるとそう告げる。

 

「電、無事か?」

「は、はい!」

 

 血のせいで右目が開けられない航暉がそう聞くと電が震えた声で返事をした。

 

「ここにいるのは睦月と電、天龍と……あと誰だ?」

「司令官、まさか……」

「あと誰がいる、視野がぼやけて見えん」

「如月と暁、響、龍田さんです!」

 

 隣の睦月がそう言うと航暉は頷いた。

 

「暁、伊波少尉のところに行ってバーナー一基と身代わり防壁(アクティブプロテクト)ありったけ、あと簡易中継器を持ってきてくれ」

「わ、わかったわ!」

「響と電は雷の様子を見ててくれ。電脳にロックをかけてるから反応は無いと思うが万が一変化があったらすぐに伝えろ」

「了解」

「な、なのです!」

 

 航暉はそう言うと右手に下げた拳銃を手に鬼龍院に近づいた。

 

「天龍、下がってろ。龍田、そこで待機だ」

「お、おう」

「わかったわぁ」

 

 書類棚を背にして座り込んだ鬼龍院を航暉は見下ろした。血のにじむ右手一本でM93Rを構える。セーフティ解除、セレクタはセミオートに変更した。

 

「さて、鬼龍院。雷の電脳に何をぶち込んだ?」

 

 航暉が問うても返事はない。銃口をわずかに下げ、引き金を引いた。その音に電は目を逸らそうとして、止める。

 

 逃げちゃだめだ。これは……私のせいで起きた惨事だ。逃げるな、電。

 

「が、がぁあああああああああっ!」

「気絶したふりとは趣味のいいことで。おめでとう、義体化しない限りはこれでベッドの上で芋虫生活確定だ。答えろ。雷の電脳に何をぶち込んだ?」

 

 航暉の表情は変わらない。表情を忘れたかのような無表情で痛みに叫ぶ鬼龍院を見下した。

 

「……答える奴がいると思うか……?」

「さぁ?」

「敵に情けをかける売国奴に味方する奴に話す気なんか」

 

 さらに銃声。先ほどと同じ場所に一発。悲鳴が響くがその悲鳴すら押しつぶすように口許に何かを突っ込んだ。突っ込んだのはナイフの柄、無理矢理に下あごを押し下げるようにして悲鳴を潰す。

 

「叫んでいいとは言ってないんだ。答えろ。雷の電脳に何をぶち込んだ?」

 

 航暉はよろりと体を揺らすように膝をつくとその膝を刺さったままの天龍の剣の柄に乗せた。声にならない悲鳴が響く。

 

「さて、答える気になったかな? いま視界が朦朧としていてね、急所を外してあげられる自信もないんだ、そろそろ答えてくれないか?」

 

 ナイフの柄を口から引き抜くと荒い息だけが返ってくる。

 

「……それがお前の、本性か」

「答えてやる義理も糞もねぇよ」

 

 航暉は相変わらず無表情で右手の銃口を相手に押し付けた。そこに伊波ハルカを連れた暁が返ってくる。小さな悲鳴が上がる。

 

「で、何をぶち込んだ?」

「あ、……アイマイミーだ。解除コードは知らされてない……」

「そりゃどうも」

 

 航暉は鬼龍院の頭を鷲掴みすると後ろの書類棚に打ち付けた。今度こそ本当に気を失った鬼龍院が脱力する。

 

「龍田」

「何かしら~」

「こいつを医務長のところへ連れていけ。止血などの処置をしたのち電脳錠と手足拘束の上監視しろ」

「監視までですか~」

「暴れるなどした場合は実力行使を許可する。万が一、誰かに危害を加えた際は」

 

 航暉は言葉を切った。

 

「その場で撃ち殺せ。大佐権限での命令だ」

「了解よぉ」

 

 その声に電は目を見開いた。航暉はそんな命令を出すとは思えなかったのだ。驚いた気配を感じたのか右半身を血に染めながら航暉が笑った。

 

「電、言ったろ。俺はそんなできた人間じゃないって」

 

 その声は初めて聴く声色のようで、耳に馴染んだ声色だった。

 優しいだけじゃ、救えないのかもしれない。

 雷を救おうとしてくれているのはわかっている。

 

 それでも

 

 司令官のこんな姿を見たくなかったと思うのは、間違ってるだろうか。

 

 航暉は血塗れでデスクのそばまで行くと膝を折るようにしてデスクにもたれた。

 

「提督!?」

 

 睦月がそれを支えようとやってくる。この算段になって航暉が油汗でびっしょりになっていることに気がついた。

 

「睦月、悪い。服の右腕の部分、切り裂いてくれるか?」

「は、はい……」

「伊波少尉、そこにいるな?」

「そんなことより! 血を、血を止めないと!」

「バーナー、持ってるな?」

「え、あ、まさか……」

「貸せ」

 

 航暉が左腕を伸ばす。伊波少尉は手に持ったバーナーを胸に抱え込んだ。

 

「司令官……」

「命令だ! バーナーを渡せ!」

 

 その怒声の声量に全員が首を竦めた。その声量に伊波少尉はバーナーを渡してしまう。

 

「月刀大佐、まさか……!?」

 

 睦月に服を割いてもらって露出した傷を確認した航暉は服の切れ端を加えた。そして、バーナーに火をつけ、目をつむり、傷口にかざした。

 

「―――――――っ!」

 

 時間にして1秒足らず、それでも皮膚の表面は焼けただれ、肉の焼ける匂いが漂った。

 

「司令官さん、何をしてるんですか!?」

 

 バーナーの火を止めて航暉は口に含んだ布きれを吐きだした。

 

「これで血が止まった! 目も覚めた」

「バーナーで止血ってんな無茶な! 死ぬ気か司令官!」

「この程度で死んでたまるか」

 

 天龍にそう言って、弱々しく笑う。よろよろと立ち上がった航暉が雷の後ろに回り込む。

 

「簡易中継器と身代わり防壁(アクティブプロテクト)。急がないと雷が危ない」

「そんなことより月刀大佐、早く治療を」

「野郎の腕の一本や二本で部下一人救えるなら安いもんだろ」

「しかし……!」

「それよりもこっちを急がないと手遅れになるんだよ!」

 

 航暉はそう叫んだ。治療を促そうとした伊波少尉が気迫に押され、一歩下がる。

 

「雷の電脳に突っ込まれたアイマイミーは電脳殺人に使うウィルスだ。強烈な幻影と幻聴効果で自らの意志で自殺させるプログラムコード、発動キーはおそらく俺の殺害実行だ。もうウィルスが動き出してる!」

 

 航暉はデスクの一番下にある大きな引き出しを開く、中に入っているのはウェーク島戦術コンピュータ(WTC)の制御ユニットだ。それの制御レバーを引き上げる。警告音が司令室に鳴り響いた。それを無視して航暉は独立運用(オフライン)モードに叩き込む。

 

「ウィルスの発動から完了までおおよそ30分。それまでにウィルスを除去しなければ、雷の電脳がサージ電流で破壊される。今動かなければ、雷は!」

 

 そう言ってコードを簡易中継機に繋いだ。並列回路でWTCにも接続。

 

 

 

「……もう、俺のせいでガキが死ぬのは懲り懲りなんだよ」

 

 

 

 そう絞り出した航暉の手を小さな手がそっと包んだ。

 

「司令官さん」

 

 電が自分の首筋から引き出したコードを中継器に突っ込んだ。

 

「一人じゃ、いかせないのです」

 

 電がそういいながら航暉の顔を覗き込んだ。航暉のどこか戸惑ったような瞳が見える。

 

「私は旗艦です。そして司令官さんの補佐役でもあるのです」

 

 電は彼の頬に触れる、瞼から流れたまだ乾いてない血が、彼女の手に残る。

 

「司令官さんはいなづまを信じてくれました。ヒメちゃんと話すことを許してくれくれました。私がわたしであることを許してくれました。だから」

 

 電は彼を抱きしめた。傷に触らないように、優しく。

 

「私についていかせてください」

 

 電はそう呟くように言った。

 今の司令官は危うい。今一人で行かせたら、二度と帰ってこない気がするのだ。

 

「私がしっかりしていれば、こんなことにならなかったかもしれないのです。司令官さんを守ることなんてできてません。まだ弱いいなづまのままです。でも、せめて私に司令官さんをサポートさせてください。……私もお姉ちゃんを助けたいのです」

 

 司令官が雷を救うなら、その司令官を私が連れ戻す。

 

「だから、一人でいかせません」

 

 それを聞いた響が中継器にコードを差し込んだ。

 

「妹が死にかけてるのを黙って見てるわけにもいかないよ」

 

 そう言って航暉の目をのぞき込んだ。

 

「少しは恩を返させてくれ、司令官。自棄になってた私を諭してくれたのは、司令官じゃないか。電をこんなにも強くしたのも司令官さ。だからたまには、艦娘らしく、司令官を守らせてくれ」

 

 暁が、睦月が続く。

 

「ジェントルマンが無茶してるのに黙ってちゃあレディの名が泣くじゃない」

「軍用電脳なら出力が必要だよね、提督」

 

 如月が最後に空いているソケットにコードを突っ込んだ。

 

「たまには私達にもかっこつけさせてくださいね」

 

 それを見て航暉は黙る。航暉は中継器を雷の電脳に直結した後、自分のコードを直接雷に繋いだ。

 

「まったく、どいつもこいつも馬鹿ばっか……」

「その筆頭がお前だろうが司令官」

 

 天龍がそう言って肩を叩いた。

 

「司令官、勝算は?」

「七割……いや、7割5分」

 

 天龍にそう返して航暉は深呼吸をした。

 

「全員アクティブプロテクトを装着しろ。天龍」

「おう」

「一人でもアクティブプロテクトが吹っ飛んだら中継器のコードを引き抜け」

「わかった」

「伊波少尉はデスクから状況のウォッチ頼む」

「わ、わかりました!」

 

 航暉はただ俯いた。

 

 そして、彼女の電脳に繋がった。意識はすでに彼女の電脳に吸い込まれ、彼のアバターが電脳に突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分がどうなったかなんて興味はなかった。

 あたりは薄暗いジャングルのような熱帯雨林が広がっている。自分を嘲笑うかのように鳥の鳴き声が響いていた。その中で自分は白いワンピースを着て、裸足で歩いてる。

 

「……何やってんだろ」

 

 雷はそう呟いた。

 自分の意志じゃなかった。体を操られていた。

 それが言い訳になるのだろうか?

 

 司令官

 

 私が傷つけた。どんなに繕ってもその事実は変わらない。

 その考えを振り払おうとして空を仰いだが、薄暗い光が落ちてくるだけで気分なんて晴れなかった。

 

 

 私のせいじゃなかった。そんなつもりじゃなかった。傷つけたくなんてなかった。守りたかった。

 

 

 どんなにそう思ってもその声はすぐに腐敗して、饐えた臭いを撒き散らす。言い訳を並べていることは自分自身が一番よく知っていて、すり替えたことを声高に主張する。

 

 あの時、何ができただろう?

 私に、何ができただろう。

 それを考えることすら億劫になってくる。

 

 

 

 

 あぁ、そうか――――――

 

 

 

 

 

「私が死んじゃえば、良かったんだ」

 

 

 

 

 

 思えば簡単だった。自らの記憶ごとすべてを焼き切ればよかったんだ。自意識が残っており、それにプログラムが寄生している以上、自らの意識を焼き切ればよかった。それで話が済んだはずだ。

 そうすれば司令官を傷つけることなくすべてが終わった。司令官や電たちに会えなくなるのは怖いが、私が彼らを殺してしまうよりよっぽどマシだった。

 

「私、最低だ……」

 

 今からでも遅くないだろうか。どうせ司令官に合わせる顔もない。殺そうとした相手にどんな顔をすればいい。

 

 

 光景がフラッシュバックする。

 あぁ、最後にみた司令官の顔が血塗れだったなんて、ひどい話もあったもんだ。

 私にはちょうどいいだろうか。ちっとも役立たなかったな。妹の電はあんなに頑張って誰かを守ろうとした。天龍さんたちもきっと今後司令官を助けるのだろう。

 

 足を引っ張るしかできない私に何の価値がある。

 

 グダグダ迷っていることさえもうやめてしまったほうがいいだろう。

 また誰かを傷つけてしまう前に。

 

 

「しれーかん、どこ?」

 

 

 せめて最後は、あの声を聴きたかったと思うのは傲慢だろうか。もう一度一目でいいから見たいと思うのはきっと強欲なのだろう。

 ジャングルを見回しても、人影どころか生きてるものの気配がない。鳥の声が聞こえるはずなのに、どこか死んだ雰囲気だ。

 

 

「あは、なに言ってるんだろう。もう、こえもきこえないわ……」

 

 

 あぁ、そういえば最後に司令官、きつく抱きしめてくれたっけ。

 そういえば電もされたことないって言ってたな。ちょっと申し訳ないや。でも、それにちょっと嫉妬してくれれば、スパイスとしては最高よね。

 

「ごめんね、みんな。雷、楽しかったよ。ダメなお姉ちゃんだったけど、電、ちゃんとしれーかんを守るんだよ」

 

 地面に銃が落ちている。あぁ、司令官を撃とうとしたやつとおんなじだ。目を撃ちぬけば脳まで届くかしら。その銃を拾い上げてしめった土をはらい落とすと新品のように見える。十分に機能するだろうと自分の右目に押し当てた。

 

 あとは引き金を引くだけだ。

 

 

 

「しれーかん、雷ね。貴方のことが大好きだったんだよ」

 

 

 

 仄暗い銃口をのぞき込みながら、雷はつぶやいた。ゆっくりと膝をつく、ひんやりとした土が心地よい。もしここで倒れたとして、私は土に戻れるだろうか。

 

「嘘でもいいから、一度でも、雷が必要だって言ってほしかったな。雷じゃなきゃだめだって、お前じゃないと駄目なんだって言ってほしかった……貴方の隣には、もう電がいたもんね。私が追いつけるはずなんて、ないもんね……」

 

 あぁ、妹まで憎くなってきた。そろそろ本格的に駄目らしい。

 

「でも、しれーかんは覚えててくれそうだね。だって、殺そうとした女の顔なんて忘れるはずないもん」

 

 できればそんな終わり方をしたくなかったと言っても、もう遅い。

 

「ダメダメだな、私」

 

 せめて笑って引き金を引こう、それが一番私らしい。

 

 

「じゃあね、しれーかん」

 

 

 指に力を込める。あぁ、司令官の声が聞こえた気がした。それで、満足だ。

 

 

 

 そのはずだ、満足しなきゃいけないはずなのに。

 

 戻ってこい。

 

 そんな声を聴いた気がした。だめだ、決心が揺らぐ。

 

 

 

 

 

 

 会いたいよ、司令官。でも会えるわけがないのだ。

 

 

 

 

 

 

 直後、周囲が弾ける。衝撃、弩に弾かれるってきっとこんな感じだ。意識が一気に覚醒する。

 

「何勝手に自己完結しようとしてんだ、雷」

 

 誰かが両手で銃を押さえこんでいた。

 

「しれーかん……?」

「おう、迎えに来たぞ」

 

 銃を抑え込む手が白くなるほどに強く握りしめていた。ゆっくりと銃を動かし、誰もいない方向に銃口を向けた。

 

「どーして……?」

「どうしてもなにも、迎えに行くからそれまで死ぬなって言っただろう。んな物騒なモノ持ってたのは後でしっかり叱るとして、ちゃんと生きてるうちに間に合ってよかった」

 

 航暉が雷の指の一本一本をほぐすように開いていく。その様子を雷は黙って見ていることしかできなかった。

 

「……私、しれーかんに大けがさせたのに」

「大した問題じゃない。今生きてる」

「それでも……傷つけたじゃない」

「傷ってのは男には勲章になるのさ。時に女を守ってできた傷は一生誇れる。大切な人だとなおさらだ」

「私は……その大切な人に入ってる?」

「じゃなかったら、ここまで来ないよ」

 

 人差し指をトリガーから外し、親指、中指とほぐしていき、薬指をほぐした時、その銃が地面に落ちた。その影が掻き消える。

 

「大丈夫。誰も死ななかった。いくらでもやり直しがきくし、いくらでも取り戻せる。……なぁ雷」

「?」

「勝手にいなくなろうとするんじゃないよ。ちゃんと、雷の場所はあるじゃねえか」

「……うん」

「姉妹揃って心配してるぞ」

「うん」

「睦月たちもお前を助けようと頑張ってんだぞ」

「うん」

「それはな、雷だからなんだぞ。わかってるか?」

「うん」

「ほんとに?」

「うん」

 

 そう言うと航暉は雷の前に回り込んでそっと頭を撫でた。

 

「雷、つらかったな。よくがんばった」

 

 それを聞いた途端、彼女が決壊する。

 

「しれーかん……雷、頑張ったよね」

「あぁ」

「すっごく、怖かった。しれーかんを殺しちゃったんじゃないかって、怖かったんだよ……?」

「あぁ」

「すっごくすっごく、怖かったんだからね!?」

「あぁ、心配かけたな」

 

 

 

 

 

「怖かった、怖かったたんだからあああああああああああっ」

 

 

 

 

 

 縋り付くようにして、雷は大声を上げて泣いた。こんな泣き方をしたのはいつ以来だろう。艦娘になってからこんな泣き方してない気がする。

 

 

 そう思った直後、ノイズが走る。感じた違和感は急速に膨らんでいく。

 

 

「雷、どうした?」

「しれーかん……? なにか、変よ」

 

 違和感の正体はわからず腫れた目で航暉を見上げた。

 再び、ノイズ。

 

「わ、わたし……」

 

 司令官が笑ったように見え、そのまま彼は雷を抱きしめた。

 

「大丈夫だ、ウィルス除去が始まった。目が覚めれば、ウェーク基地にいるはずだ」

 

 ノイズがひどくなる。首の後ろに違和感がある。QRSプラグが刺さっているのだ。

 熱帯雨林が遠のいていく。その中で雷は違和感の正体に気がついた。

 

 

 

 

「わたし、昔―――――――――」

 

 

 

 

 そして、視界が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃんっ!」

 

 うっすらと目を開ける。何かが覆いかぶさってるらしく、やけに薄暗い。目のピントを合わせようとするも近すぎて見えない。

 

「私が誰だかわかりますか!?」

「……ぇ、いなづまでしょ?」

 

 ほぼ声で判断したがその影が急激に遠のく。

 

「~~~~~~~~~~よかったぁ」

 

 直後に胸の方が苦しくなる。誰かが頭を乗っけているらしい。

 視界のヴェールが晴れてきてやっと周りが見えるようになってきた。ゆっくりと頭をもたげると胸の位置に茶色の髪の塊が見える、赤茶色のバレッタも見えるから電だろう。

 体の感覚も大分戻ってきていた。何かを枕にして横になっているらしい。

 

「……心配したのです」

「なによもぅ、雷は大丈夫よ?」

「全く持って大丈夫じゃないだろう?」

 

 後ろから声がかかると銀の髪が頬に触れた。

 

「もう少しで本当に電脳が吹っ飛ぶところだったんだ。今の今まで目が覚めたらなにも覚えてないんじゃないかって全員ひやひやしてたんだよ」

「ご、ごべんばざい」

 

 枕にしてるのは響の膝だったらしく、響は雷の頬を両手で押さえてぞき込んでいた。その状態だと謝罪もまともにできない。

 

「このバカヅチ! すっごいしんぱいしたんだからねっ!?」

 

 いきなり振ってきた嗚咽交じりの怒声に雷は身をのけぞった。

 

「……ごめん、暁姉ぇ」

「ほんとよ。みんなみんな、本気で心配したのよ!」

「うん。ごめん……」

 

 あー、謝ると言えば司令官にも謝らなきゃなー。そんなことを想いながらまだ上手く回らない頭を必死に回す。

 

「ってしれーかんは!?」

「無事目が覚めた?」

「しれーかん、ごめんなさ……ってその腕の火傷なに!? というよりなんで手当もしてないの!?」

 

 航暉は苦笑いで受ける。

 

「ほら雷にも言われた。目も覚めたことだしさっさと医務室行くぞおら」

「あぁ、そうだ……な……」

 

 安心したからか航暉の視界が一気にぼやけていく。

 消えゆく視界の中で航暉は思う。

 

 

 

 最悪だ、と。

 

 

 




え? ここで終わり? という感じがしますがこれで第二部終了です。

キリがいいので少しだけ裏話を。……というより作者がこの作品に求めるものを少しだけ

第二部では人間を主軸に置いて物語を展開してきました。

読み返すと……いろいろ大問題ですね。キャラの掘り下げはなってないし戦闘無茶苦茶だし誤字脱字とか問題外……。ここまで読まれた方、大変だったと思います。

第二部、中部太平洋第一作戦群第三分遣隊編はかなりの挑戦でした。

だれがサイバー戦争と艦隊戦を同時にやろうなんて思いついたんでしょう? 人が乗った魚雷艇相手に艦娘ぶつけたりするのもたぶんこの作品だけだと思います。最後とか艦娘に無理矢理司令官の頭撃たせるとか何やってんの状態。ってかそんなん需要あんのか、作者が見たいだけじゃねえか。これ世に出していいのかなぁとか結構悩んでました。毎回つらい思いしてるの艦娘ですし。好きな子いじめて楽しむガキか俺は。

まぁ、出しちゃったもんは仕方ない。

第二部は自分の中では”人”の章だと思って書いてきました。人と接し、人を守り、人と戦う。酷いことをされたり、誰かの思惑に踊らされたりしながら、それでも彼女たちは戦い続ける義務を負う。時に上の都合で死にかけて、それでも世界は彼女たちに戦うことを強いる。その世界を構成しているのは人間です。
自分の紡ぐ世界は複雑で、恐ろしくて、悪意もあって、厳しいものです。深海棲艦という人外の敵が現れてもなお人間同士の争いをやめられない薄汚れた世界です。……そんな世界でも戦うんだと言ってくれる強さを求めているのかもしれません。そんな世界でも善意があると信じたいのかもしれません。

だから、そんなシーンを書きたくて、電たちを追っています。
世界はプリズムのようにいろいろな偏光を見せ、善意も悪意も欲望も希望も見せる。そんな中で電たちを絶望させないためにどうすればいいか。悩みながら続けていこうと思います。

艦娘がかっこかわいい作品はたくさんある、本当にたくさんある。艦娘たちの心をきれいに切り取って見せる作品もある。頭脳戦を展開して息詰まる攻防を見せてくれる作品もあって、どれも読むたびに俺じゃ敵わないわと思うことだらけです。

それでも、いつの間にか400を超える(というよりもう500近いんですね……)読者の皆様が読んでくださっている。いつの間にか、暖かい感想やエールをくださる方々がついてくださっている。こういう企画どうよと言って下さる方もいれば、この作品の世界に鋭く切り込んでくださる感想を頂くことがある。
この作品を続けられるのは間違いなく読者の皆様、そしていただける評価や感想、メッセージに支えらているからです。改めて感謝を。本当にありがとうございます。

もうしばらくはこの世界を追っていこうと思います。
どうぞこれからもこの世界の電たちをよろしくお願いします。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。

次回から第三部 横須賀鎮守府付属海軍横須賀病院編を開始します。

この章は話の本質部分というかここを書きたくて始めた作品です。そしてこれまで以上の「爆弾」だと正直思ってます。
第三部は第二部のオリジナル要素を煮詰めたような展開です。特にChapter6、ウェーク島基地司令射殺未遂事件のような展開が続きます。
あまりにオリジナル要素が強いため嫌悪感を抱く方もいらっしゃると思います。第三部以降も続く場合はダイジェスト版みたいな感じでフォローを入れますので……
第二部のノリがちょっとという方はここでプラウザバックを強くお勧めします。

さて、長々と語りすぎました。




それでは次回、お会いしましょう。

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※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。