艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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絶対やると決めていたことにしろ、書くのはつらいChapter6です。

それでも、抜錨!


Chapter6-1 雷の叫び

 

 

 

 電は静かに前を歩く。後ろにちゃんと人影が確認できる速度でゆっくりと歩く。

 

「たかだが9カ月程度じゃそこまで変わらんなぁ」

「そうですね」

 

 あくまでつっけんどんだが返事をしておく。電は軽く後ろを――――正確には後ろの床を確認してすぐ視線を前に戻した。そして思考回路を巡らせる。

 電単体で相手取ることは不可能だ。どういう手品を使ったのかわからないが、電が行動を起こした段階で雷に危害が及ぶ。それに雷に押し倒された時、混乱していたとはいえなすがままにされてしまった。―――――今も右腕が傷む、この状況で暴れてというのは現実的じゃない。艤装もなければ大の大人とパワーゲームをして勝てるわけがない。

 

 考えろ、考えろ。その思いだけが加速する。

 

「おぉ、電。ん、その後ろの人はどうしたのじゃ?」

「あ、利根さん。……司令官さんにお客さんなのです」

「お客さん?」

 

 利根と廊下ですれ違う。利根はそれを聞くと軽く目礼した。

 

「はて、連絡なんて来てたかのぉ……」

「帰りの輸送機に乗り遅れてしまったらしいのです」

「ほぉ、だから“お客さん”か」

 

 なのです。と言いながら笑う、笑えて―――――いるだろうか?

 

「いつ帰れるかわからんとは思うがゆっくりしていくといいぞ!」

 

 利根が豪快に笑うが電は内心びくびくだった。後ろの男が一番嫌いな接し方だ。

 

「そうだ利根さん」

「ん? どうした?」

 

 電が振り返る。

 

「今から司令官さんに話を取り次ぐので天龍さんに訓練プランのプレゼンは後にしてくださいと伝えてもらえますか?」

「伝えておこう」

 

 そういうと利根が敬礼をして去っていく。電と雷、男が答礼。

 

「……行きましょう」

 

 電が階段を上る。その階段を登った先3階に司令官室がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「のぉ、天龍」

 

 その足で2階の538水雷戦隊が揃っているブリーフィングルームに入った利根がそう言って笑った。

 

「利根、俺に用か?」

「用と言えば用じゃな。電と雷以外揃っているな?」

「いきなりなんだよ」

 

 利根がドアを閉めた後表情を切った。真剣な表情をする。目を走らせ、天龍に龍田、暁、響、島風が揃っているのを確かめた。

 

「何かあったのか?」

「司令官さんにお客さんだそうなのじゃが、連絡を受けている人はおるか?」

「客? 電なら把握しているだろ。どれ――――」

「通信はなしじゃ。もう電にはあった。天龍よ、昨日の夜訓練プランを思いついたのは本当か?」

「いや、爆睡だったけど? なあ龍田?」

「そうねー。私より早く寝たもんねー。それで、利根さん。何がありましたかー」

「怪しい男を連れて電と雷が司令官室に向かってる。吾輩は電から天龍の訓練プランのプレゼンは後にするよう伝言を授かったのじゃが、天龍、そんな予定はないな?」

「ねーな、そんなもん。第一、訓練プランのプレゼン資料なんて用意したことはねぇ、司令官なら計画書と口頭説明だけで理解する」

 

 天龍は隻眼で利根を見る。

 

「怪しいと思うわけだ」

「うむ。雷が一言も話さなかったことも気になるし、電の笑みも少々ぎこちなかったのでな」

「その男の人の様子は」

 

 響がそう言うと利根は顎に手を当てた。

 

「身長は175前後、かなり筋肉質。……左頬に傷があったかなぁ」

「……利根、電はその男の方を見たか?」

「いいや。見てなかったと思うが……それがどうかしたかの?」

「それともう一つ。そいつの瞳の色、解かるか?」

「確か……赤、じゃな」

 

 それを聞いた天龍が立ち上がった。

 

「龍田、急ぎで大鳳か龍鳳を呼んできてくれ、艦載機があった方が早い。利根、筑摩を連れてこい。スクランブル要員も含めて全員に出撃用意をかけとけ」

「ちょ、ちょっとどうしたのよ!」

 

 慌てたのは暁だ。電たちが関わってる条件だけに気が気ではないのだろう。

 

「急いでくれ、司令官と電たちが危ない! ……くそっ、なんで今更あの野郎が出てくるんだ」

「天龍ちゃん……明らかな越権指示だけど、理由はなんなのかしら~。その男の人はお知り合い~?」

「鬼龍院彰久特務大尉! 風見大佐隷下のウェーク基地の整備主任で―――――」

 

 天龍が叫ぶ。

 

 

 

「―――――俺の左目を焼きつぶしやがった男だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノックの音に航暉は手を止めた。二回、わずかに間が空いて一回。

 

「どうぞ」

 

 ドアを開けて誰かが入ってくる。その影を認めて航暉は笑った。

 

「私に用事ならアポを取っていただきたかった。それだったらコーヒーぐらいはご馳走しましたよ」

「あぁ、構ってくれるな。カフェイン入りのものは苦手なんだ」

 

 そう言った男に航暉はあくまで笑顔で応じる。だが目の色が急速に冷えていった。

 

「それで、人質を取ってまで何の用です。鬼龍院彰久、貴方は今横須賀の精神病院にいるはずでは?」

「大尉を付けろ、俺を知ってたことは褒めてやるがね」

「引継ぎの書類が一切なかったから大変だったんですよ? これっぽっちもなくて、どんな奴が管理してたのかと憤慨して調べたので一通りは」

「ふん、話に聞いた通りめんどくさがりって訳ではなさそうだ」

 

 鬼龍院はドアを閉め、鍵を回した。

 

「で、何の用です?」

「あぁ、そう時間を取らせるつもりは無いよ。月刀航暉、遺書書いて死んでくれ」

 

 それを聞いて電は目を見開いた。鬼龍院は口角を吊り上げ懐から何かを取り出した。電がとっさに航暉の間に割り込もうとする。

 

「動くな電!」

 

 その声に電は肩を跳ねあげる。

 

「動くな、電」

 

 航暉がゆっくりと言い直した。電は鬼龍院を睨んだまま動きを止める。

 

「ほーぉ、あの穀潰しが司令の弾除けになるか。案外いい目をするようになったじゃねぇか」

 

 電は鬼龍院が持っている拳銃Five-seveNを、正確にはその引き金を注視した。

 

「趣味で痛めつけるだけの奴らよりはマシで健全な基地運用していると思ってるが? で、俺に死んで欲しいんだっけな、まったく、それくらいなら人質使わなくてもよかったのに」

 

 そう言った航暉は笑った。慌てて振り返った電にも笑って見せる。

 

「それで? 最後の晩餐は用意してあるのか?」

「腹が減ったら地獄で出してもらえばいいだろう?」

「そりゃないなぁ、ワインがあったかどうかは知らんがパンぐらいならあるだろう?」

「聖者気取りか、司令官サマ」

「司令官サマサマ。なんならそのパン代くらいは経費で落としてもばれないくらいの権限は持ってる」

 

 航暉は軽口を叩きながら笑っていた。そうしながら万年筆を取り上げると鬼龍院の方を見る。

 

「デスクの中に便箋が入ってるんだが開けてもいいか?」

「立場をわきまえてるようで結構、DD-AK03、デスクから便箋をとりだしてやれ」

 

 雷がそばに寄っていきデスクの引き出しを開けた。中には私信用の便箋が入っている。和紙のような風合いの縦書き便箋だった。

 

「で? シナリオは?」

「あ?」

「俺が自殺する理由さ。ヒメ事案の重責? 人間関係不信? それともフィリピン関係?」

「ま、実際なんでもいいんだがな、“生きることが嫌になりました”って感じでよろしく」

「だったらなおさら人質なんていらなかったなぁ……」

 

 航暉はそういいながら万年筆のキャップを外し、金色のペン先でさらさらと時を書いていく。

 

「雷、悪いな。迷惑かけて、電も」

 

 航暉はそう言うと雷の目を見て笑いかけた。そのまま電と目線を合わせる。

 その笑みに電は恐怖を覚える。

 

「どうしてとか聞かないんだな」

「聞いたところで冥途の土産にもなりはしないさ。こんな仕事だから恨んでくる相手には事欠かない……で? もし聞いたらどんな答えが返ってくるんだい?」

「敵に情けをかけるようなオヒトヨシに軍務を続けさせる理由は無い、かな?」

 

 鬼龍院の言葉に青ざめるのは―――――電だった。

 敵に情けをかける――――十中八九ヒメ事案のことをさしていると見て間違いないだろう。床がぐらりと揺れた気がした。立っていることもままならなくなりそうだ。

 

「なるほど戦争が今すぐ終わってもらっても困るというわけだ」

 

 もしそれがこの状況の理由だというのなら。

 

「月岡コンツェルンに顔が効くあんたならわかるだろうに。対深海棲艦戦に関わる軍需が日本を日本たらしめてると言うことは言うまでもないはずだ。今すぐに戦争が止まるとどれだけの失業者が出ると思う?」

 

 電は、司令官を殺す理由を作ったことになる。

 

「詭弁だな。国連軍の最終目標はなんだ?」

 

 航暉はペンを走らせていた手を止める。紙からあげられ相手を見据えた目は一種の覇気を感じさせた。

 

「世界平和の実現だろうが。深海棲艦の撃滅はその手段にすぎん」

 

 そのまま腕を組んで相手を見据えるとどこか勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 

「深海棲艦の撃滅は人類の悲願とされてきた。その理由は相手の目的が知れず、勝利宣言をすることも白旗を上げることも叶わなかったからだ。深海棲艦の目的が知れ、講和を結ぶことができれば戦争は終わる。兵器を作っていた人たちも戦後復興に駆り出されるからすぐ廃業というわけでもあるまい」

「だから、ヒメ事案の対応に間違いはないと?」

「そう確信しているが?」

 

 鬼龍院の言葉に航暉はそう答える。改めて航暉は万年筆でさらさらと言葉を書きつけていく。書きつけられていくその言葉を雷はただ見つめている。体はそこから目線をそらすことを許さなかった。

 

 

毎日の艦隊、部隊運用の重責に耐え

兼ね、夢を達することも道を見いだ

せないまま、ただ流る時をないがし

ろにすることに疲れ果ててしまった。

 

 

「せめて墓になんて刻めばいいかくらい考えさせてほしいもんだが……」

 

 航暉はそんなことを言うと鬼龍院がへっと笑った。

 

「“馬鹿につける薬はない”でいいんじゃないか?」

「それだったらせめて女の子に銃を向けられたいね」

「ほう、ならそれをかなえてあげよう。銃はどこだ?」

 

 航暉は溜息をつきながら笑った。

 

「電、後ろの棚の上から2番目の段、右端のファイルを頼む」

 

 電はゆっくりと壁際により、指示されたファイルに手を伸ばす。

 

「まて、DD-AK03にやらせる。DD-AK03今の指示を実行しろ」

 

 鬼龍院の言葉に雷が動く。上の棚から何とかファイルを取り出すとそれがダミーファイルであることがわかる。それをデスクに置いて開くと緩衝材のハードスポンジに包まれて自動拳銃が入っている。

 

「……ベレッタのM93Rとはなかなかエグい趣味だこと」

「結構使いやすくてね、サブウェポンにはちょうどいい」

 

 そういいながら書き終えた紙をひらひらと振る。

 

 

 

而して私にはこの席に拘ってはなら

ぬ理由もある。加えて深海棲艦を穿

つ矢を番えるべき格はなくその手腕

も足りぬ私が長など、どうしておご

りたかぶったことができようか。日

なが悩みしことであるが、本日今日、

死することを決心した。

 

 

 

「こんなんでどうだ? あとは僕本月本日を以て目出度死去仕候間この段広告仕候也……とでも書いておくか?」

「死に目に会えず残念でしたってか?」

 

 洒落が効いてていいだろう?と航暉は笑いながら朱肉で拇印を押し、サインを書きつけた。

 

「で、あとは死ぬだけかい?」

「そうだな。あと一つだけ聞かせてくれよ」

 

 鬼龍院は笑って銃を下ろした。動こうとする電を航暉は目で制して言葉を待つ。

 

「高々兵器になぜそこまで入れ込む? なぜだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「睦月、聞こえるか?」

「すんごくもごもごしてますけど……なんとか」

 

 艤装を背負った睦月が耳を壁に当てていた。コップを増幅器にして壁越しに音を聞こうと耳を澄ましている。その横にいるのは不安げな表情を浮かべた如月と天龍龍田、暁と響だ。

 

 睦月は目を閉じて状況を探る。

 

 やっているのはコンクリマイクの真似事だ。壁越しに会話を聞き取ろうとしている。

 

「えっと……聞こえた」

 

 睦月がチューニングを終えた。ソナーのスキルを応用してよくやると天龍は感心した。

 

「なぜ?……彼女たちを兵器として扱うこと自体が間違っている」

 

 聞こえたことを睦月が読み上げる。睦月の目が一瞬揺れた。

 

「ディ、DD-AK04にしてもDD-AK03にしても深海棲艦を倒すための兵器に過ぎない。兵器は扱い方を間違えれば暴走し、害悪となる」

「“艦娘は人に非ず”か?」

 

 睦月の背が震えるのを見て。如月がその背をさすった。

 

「確かにふつうの人間ではないだろう。だが、兵器としてその尊厳を黙殺してよい存在でもない。確立した自我を持つ個としての一面を持つ以上、それを尊重する必要があると思っている」

「危険思考そのものだな。核ミサイルに核ミサイルの発射ボタンを押させるようなもんだ」

「睦月、鬼龍院で間違いないか?」

 

 天龍が声をかけると睦月は頷いた。その体が震える。

 

「もう突入した方がいいんじゃなかい?」

「それに睦月も限界よ」

 

 響が小声でそう言った。加勢するのは如月だ。それを止めたのは龍田だ。

 

「まだ龍鳳さんたちの用意が終わってないわぁ。今突入して逃げられたらどうにもならないもの」

「如月、まだ、まだ大丈夫。提督が……提督がまだ戦ってる」

「睦月……」

 

 睦月は震えながらもそう言った。

 睦月も如月も知っているのだ。あの男が何をしたか。あの男がいる基地で何があったかを知っている。

 だからこそ、今逃げるわけにはいかないのだ。

 ここに電を置いて逃げてしまった、自分に戻らないために。

 

「人間が人間を完全に掌握することが不可能なように、人間が艦娘を完全に掌握することもまた不可能だ」

 

 睦月が聞こえた声を読み上げていく。おそらくは、航暉の声。

 

「ならば互いに独立した主体を持つ存在として信頼関係を築くことで、双方向な関係を確立しなければ、最大限のパフォーマンスを発揮することはできない」

 

 睦月は如月の手をぎゅっと握った。

 

「常に正しい判断というものは存在しない。それは常にその場のTPOに左右され、その場の最善が後の誤りとなる可能性を十分に内包しているからだ。お前のいう、人間至上主義の方針は5年前なら最善だったかもしれん。だがもう違うぞ」

「天龍ちゃん。大鳳さんたちの展開が完了したわ。艦爆合計48機が上空待機中。彩雲も10機がいつでも追えるように用意できてるわ。利根さんたちも動ける」

 

 龍田の報告に天龍が頷いた。

 

「10年近く戦ってきて、どれだけの命が散っていった? 死を美化するつもりはさらさらないが、それぞれがそれぞれの理念を持ち誰もが平和を願って戦ったはずだ。それでどれだけの人が死んでいった?」

 

 航暉の言葉が、睦月の声で伝わっていく。

 

「人によって守りたいものは違うだろう。家族、名声、尊厳、財産、国益。どれも優劣をつけていいものじゃない」

 

 それを聞いて天龍は右手を上げた。突入用意。

 

「今日日前線で戦う兵は誰だ? 答えろ、鬼龍院」

 

 航暉の声はすでに怒声の域に達していた。

 

「艦娘たちだろうが。俺たちが俺たちの都合で戦うことを強制している艦娘たちだろうが。幾千もの屍の上に平和を築く、そのために俺たちは艦娘たちに手を汚させる。物言わぬ屍は何を願った? 俺たちより先に死んでいった兵隊は何を信じて戦った? 今俺たちがするべきは何だ? 一刻でも早く戦争を終わらせ、平和を築く以外に何がある。一人でも多くの人を守るために戦争を終わらせる以外に何ができるというんだ」

 

 しばらく無音。

 

「決まりだ。非常に残念だよ、月刀大佐。DD-AK03」

 

 直後に聞こえた音に睦月は顔を上げた。

 

「金属音! 誰かが拳銃か何かを取り出しました!」

「ドアブリーチ! 行け!!」

 

 天龍が叫ぶ。暁と響の砲が扉を破るとほぼ同時に。

 

 

 

「やめてぇぇえええええええええええっ!」

 

 

 

 雷の悲鳴と。

 

 

 

 タタタンとあまりに軽い、M93Rの三点バーストが轟いた。

 

 

 

 




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次回「Chapter6-2 電の思い」

それでは次回お会いしましょう。

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