艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー 作:オーバードライヴ/ドクタークレフ
中部太平洋第一作戦群第三分遣隊編最終チャプターと参ります!
題名はこれで「あかつきにとよむ」と呼びます。
それでは、抜錨!
「それでは」
「あぁ、551水雷戦隊の指揮を受けとる。お疲れ様、合田少佐」
「もう大尉ですよ」
ウェーク基地の駐機場、横須賀に向かう輸送機の前で正一郎がどこか寂しそうに敬礼をした。それを航暉は複雑そうな表情で受ける。
「阿武隈に手を出したら許しませんからね?」
「出さないよ。俺を何だと思ってるんだ」
航暉の言葉に二人で笑った。そうして彼は去っていく。
輸送機を見送りつつ航暉は溜息をついた。
「……なーに隠れてるんだ、阿武隈」
「えへへ、ばれてましたか」
「気配でバレバレ。泣いてるところを合田少佐に見られたくなかったんだろ?」
「そんなところまでばれてましたか」
「お姉ちゃんは大変だな」
「ほんとにです」
阿武隈は赤い目をこすって航暉に向かって敬礼をした。
「改めて、551水雷戦隊旗艦、阿武隈です。よろしくお願いします」
「本日付で551水雷戦隊司令官となる月刀航暉だ。こちらこそよろしくな、阿武隈」
互いに敬礼。一人欠けたウェーク基地は、再び動き出そうとしていた。
……と、ここまではよかったのである。
「書類が、終わらん……っ!」
航暉が指揮をとる部隊は532戦隊、535航空戦隊、538水雷戦隊、551水雷戦隊、ウェーク特別根拠地隊と全部で5つ。
軍隊は巨大官僚組織だ。部隊一つ捌くだけでもいくつもの書類がいるのは当然である。それが5つも降りかかってきたら当然のごとく忙殺される。サインと印鑑だけでもかなり疲れ果ててしまうのだ。
「司令官さん、コーヒーを淹れたのです」
何とか8割を捌いたところで電が現れた。手にはお盆を持ち、無地のコーヒーカップが乗っている。
「ありがとう電、正直助かった」
「いえ、司令官さんの役に立てるならそれでいいと思うのです」
その声に少し複雑そうな顔をするのは航暉だ。
「――――――無理はするなよ」
「それは司令官さんにも言えることですよ。しっかり私たちを頼ってください」
「十分頼りにさせてもらってるさ。こういうのは中間管理職の宿命だ。逃げるわけにはいかないしね」
航暉はおどけたように笑う。それを見た電も笑う。そのうちに心は中へと落ち込んでいく。
『仮定の話をしよう。――――――カズが大量殺人犯だって言ったら、電ちゃんはどうする?』
落ち込んだ先はある時の記憶。隣には高峰中佐が座っていた。
『な、なにを言い出すのですか……?』
『言ったでしょ?“仮定の話”だって』
『そんな仮定はあり得ないのですっ! どうしてそんな仮定をするのですか?』
電の声に彼は笑顔のままだった。―――――それが無性に腹が立つ。
『そんなこと、あり得ないのですっ』
『ありえないことを仮定で聞いてるんだ』
『だからといって言っていいことと悪いことが……』
電は反論しかけて言葉を切った。きっといつまでたっても平行線だろう。
『いなづまのことを信じてくれた指揮官はこれまで月刀航暉司令官以外いませんでした。その司令官のことを信じるって決めてるのです』
『そっか……その言葉に嘘はないね?』
『なんでそんなことを聞いたのか教えて頂けますか、中佐さん』
電の声が硬質に変わる。それが答えとなった。階級呼びに変わったのは意図したものか自然にそうなったのか、自分でも判断がつかなかった。
『単純な興味……って言っても納得してくれないだろうね。いいよ。話してあげる』
高峰のどこか楽しそうな声。
『月刀大佐の陸軍時代……電ちゃんは聞いたことがあるかい?』
『いいえ』
『日本国自衛陸軍第二五五歩兵中隊第三強化歩兵分隊……そこに所属したことになっている。いや、所属したというより指揮したことになっている』
『なにか含みがあるような言い方なのです』
『含みを持たせてるからね。この部隊はね、帝政アメリカ主体のPKF……実質連合軍なんだが、それに参加して華渤戦争に参加した。渤海国の難民問題を引き越した戦争だね。それに関わっただけで、その後は国内防衛についているんだ。もっとも華渤戦争でも基地防衛だけで実戦らしい実戦をこなしているわけじゃないんだけどね』
『それがどうしたのです?』
『電ちゃんに質問だ。カズが睡眠障害を抱えているのは知ってるか?』
『え……?』
電が戸惑った声を上げる。高峰はやっぱり知らなかったかと軽く溜息をついた。
『正確には悪夢みたいなものを見るんだそうだ。それもベッドとか布団とかで寝るとそういう夢を見るんだそうだ。だからカズは“ベッドで寝れない”らしい』
『……』
『問題はそれが発生した内容と発生理由だ。ここから先は又聞きでしかないけど、カズが杉田中佐に話したことだから確度は高いと思う』
言いよどむような間が落ちる。
『……カズは子どもを撃ち殺す夢を見るそうだ。そして実際に“子どもを撃ち殺した経験がある”』
『……だから、司令官さんが殺人犯だっていうのです?』
『それを言い出したら軍人全員殺人犯だ。爆撃機の爆撃員とか稀代の大量殺人鬼だね。まぁ、さっきの質問は仮定の話って言っただろ。……話を戻そう、問題は“この経験をした場所”なんだよ。状況はスールースルタン国独立紛争中……場所はフィリピンだ。カズが所属したっていう第二五五歩兵中隊はフィリピンPKFに
双方に沈黙が重く落ちた。
『……どうしてそれを私に聞かせるのです? それをどうして中佐さんが知っているのです?』
『カズは何かを隠してる。それも、日本自衛軍もしくは国連軍上層部が“隠蔽に協力するようなヤバいこと”を隠してる。隠すってことはばれると都合が悪いってことだ。それがカズ本人だけの問題に終始するならそこまで問題ない。だが経歴が改ざんされそれが認可されている以上そういう底の浅い問題じゃない。隠しているのはカズに不都合な問題なんじゃない。軍組織に関わる問題なんだ』
高峰の声色が変わった。いつものどこか軽い声が消える。
『カズが関わったもの……ホールデン関連の事件、ヒメ事案、軍閥をたどればいくらでもダーティな事案が溢れてくる。カズはおそらくそれらの中で国連上層部にとって不都合ななにかを知ったんだ。だから、カズは話さない、いや、話せない』
『なにを……言いたいのです……?』
電の声が震える。どこか恐れが含まれていた。
『結論から言おう。国連海軍は月刀航暉を本気で失脚させようと動く程に警戒している』
『な……』
『電、考えてみてくれ。月刀航暉の部隊運用法は独特だ。戦闘時の積極的な高密度リンクの多用、艦娘を兵器としてではなく、感情を持つ個体として扱う。月刀航暉にその意図があるかどうかは別として、それは艦娘のコントロールに長けているとみられる。だがそれは軍務としてではなく、彼の性格、人格に心酔させることでコントロールしているように映る』
電はその先を聞くことに恐怖を覚える。だが先を聞かない訳にはいかなかった。
『実際に金剛は月刀航暉を自らの付く人と決め、彼に絶対の信頼を置いている。上官の中路中将の命令よりも月刀航暉大佐の命令を優先する。似たような反応は榛名や睦月、響、天龍、利根、赤城、加賀……月刀航暉の指揮下で戦ったことのある艦娘に決して無視できない数存在する』
高峰は電の名を上げなかったが、電はそこに彼女が含まれていることを知る。絶対の信頼を置いているのは確かであり、キスカ島の難民避難の時、もし択捉で待機になっていたらほぼ間違いなく駆けつけるという確信があったからだ。
そこで高峰は一度言葉を切った。高峰の目は電の考えを読み取ろうとするかのように見える。
『軍令に背いてでも上官に従うという“艦娘という私兵”を抱えた月刀航暉が
電は言葉を失ってしまう。
『クーデターだよ。報復と言ってもいいかもしれない。そしてそれができるだけの力を月刀航暉は手に入れつつあるんだ。持ってる知識に人脈、そして――――水上用自律駆動兵装という優秀な駒。だからキスカ沖で国籍不明艦が出た。月刀航暉の人脈を霧散させ水雷戦隊以上の戦力を手に入れさせないために』
『……』
『月刀航暉にその意思があるかどうかは関係ない。月刀航暉がクーデターで実権を握り、不都合なネタをばらされるかも知れない。そういう恐れさえあれば命令は下る』
そこまで来て電は理解した。
『そしてカズには軍を敵に回して戦う気がないだろうしその余裕もないはずだ。カズを抱え込んでいた中路中将が軍から身を引かなければならなくなった以上、軍上層部で航暉を守ってくれる勢力はない。航暉を潰す命令は水面下で何の抵抗もなく承認される』
高峰中佐は――――――
『いま、軍上層部が動けば、カズは潰される』
――――――航暉を守ろうとしている。
『潰す理由はなんでもいい。一番簡単な方法は―――――非戦闘員への意図的な攻撃。子供を撃ち殺したという事実を絡めて、それが非戦闘員だった、意図的に攻撃したのだという証拠さえでっち上げればカズは一気に戦犯扱いだ』
その顔には焦りが浮かんでいた。
『物理的に口封じでもいい、戦術リンクの高負荷で脳を焼かれで死亡なら疑われにくい。航暉の艦隊運用スタイルなら十分にあり得る』
『――――――なら、いなづまは司令官さんの盾になります』
電は高峰の言葉を切るように言った。
『いなづまにできることは限られていると思うのです。でも、今いなづまは司令官さんの部下です。司令官さんを守ることは任務の一つに入ります』
電はそういうと微笑んだ。
『司令官さんのためなら戦えるって思えたのです。だから、今だけでも自分のこの考えを信じたい。戦えるって思えた自分を否定したくない。だから、いなづまが司令官さんを守ります』
それを聞いた高峰が溜息をついた。
『その考えが上層部の恐れることなんだぞ』
『それでも、です。それに、そういう高峰中佐もこちら側なのではないのです?』
高峰が口角を吊り上げた。
『一本取られたかな。でも、忘れるな。電のその行為がカズを陥れる結果になるかもしれない』
『はい』
『考えたくもないが本当にカズが離反する可能性もある』
『それはいなづまたちで止めるのです』
高峰は溜息をついた。
『――――――俺はカズのそばにいられない。頼むぞ』
『頼まれたのです』
「――――――電? どうした?」
「なんでもないのです。早く仕事を終わらせて休んだ方がいいのです。電も手伝います」
「そう?」
航暉は飲み終わったコーヒーカップをデスクの脇に置き、笑った。
「じゃぁ、頑張りますか」
「なのです!」
電は笑う。
願わくは、高峰中佐との約束が杞憂に終わることを。
自らが司令官を守れることを、ただ願う。
しかしながら時計は残酷に時を刻み。
―――――――その時はすぐにやってきたのだ。
雷にはちょっとした日課があった。朝食の後、業務開始の前の朝の巡回である。スクランブル待機やよほどの夜間訓練がない限り朝は基地の中を見て回る。腹ごなしにもちょうどよかった。
「本当は料理とかで役立てればいいんだけどねー」
料理は主計科のスタッフがやるし、司令官の補佐は最近専ら電の仕事である。もっと頼ってもらいたいというのが雷の本音なのだが、それを前に押し出し過ぎてお節介なやつと思われたくないのもまた本音だ。
「そのさじ加減がわからないのよねー……」
雷はそういいながら外に出た。昨日の夜は慌ただしく補給物資を下ろしていいた輸送機はもういなくなっており、駐機場はがらんとしていた。
「昨日補給ってことは……あと5日くらいはサラダとかが出るわね。やっぱり野菜があると違うわ」
朝にレタスとハムのサラダが出たことを思い出しながら笑う。主食がロールパンとごはんから選べたにも関わらず、ほぼ全員ごはんを選んだことも一緒に思い出したのだ。訓練にしろ何にしろ、兵の仕事は肉体労働である。それなら腹に溜まって元気が出る白米に行き着くのはある意味当然と言えた。なにより、食べなれている。エネルギーになるなら糖分のような気もするがあれはすぐスタミナ切れになる。
フリーズドライの長ネギとかはいつでもあるもののやっぱり生野菜があると気分が違う。一週間はサラダとか果物とかが食べられる。それだけで結構うれしいものなのだ。
雷はそのままぐるっと建物を回って海沿いへ。今日も砂浜は白く澄んでいる。遠くは紺碧に、足元に向かうにしたがって翡翠、白へと変わっていく外海も今日は穏やかだ。
「波がないっていうのも楽なんだけどねー……面白くはないよねー」
波打ち際を見てから電は引き返そうとして……棕櫚の木々の間に人影を見つける。誰だろう?
雷はとてとてと寄っていく。近づくと見覚えのない男だった。この海のど真ん中に民間人が来ることはあり得ないので軍関関係者であることは間違いないのだろう。
「あなた、どちら様?」
「あ、艦娘の人か。輸送隊なんだが、置いてかれちゃったみたいでね。途方に暮れてたのさ」
頬に一文字の傷をつけたその人は身分証を見せながら笑った。
「輸送隊って……今朝早くに帰っちゃったあれ? もう、おじさんドジねぇ」
「返す言葉もないね」
「そう言うことならしれーかんに言えば何とかしてくれるはずよ。案内してあげる」
雷が背を向けた直後、体が硬直した。
「―――――――?」
首筋に違和感が走る。強制的に電脳が活性化され、何かを送りこまれるのを感知した。
「―――――人間に気楽に口を利くんじゃないよ、DD-AK03」
目の前に警告文が現れては消える。声を上げようにも筋肉という筋肉が言うことを聞かない。体勢を維持できずに膝をつく。
体の感覚が朦朧としていくのに意識だけが冴えていく。電脳への不正規アクセスが正規アクセスに改ざんされていく。これは―――――ウィルスプログラム? 自動で展開されるはずの攻勢防壁が作動しない。いつの間にか正規の命令として処理されていく。
だめ。
叫ぼうとしたが、叫ぶことも叶わなかった。命令系統が書き換えられていく。
上官は国連海軍極東方面隊中部太平洋第一作戦群第三分遣隊司令官、月刀航暉大佐。
その一文が削除されていく。
やめて!
それに上塗りされるように新たな一文が現れる。
国連海軍極東方面隊後方支援部情報課、鬼龍院彰久特務大尉
それが示すのは雷の上官が挿げ替えられたと言うこと。その不条理に声を上げようにも雷の体は瞬き一つ許さない。
「さて、DD-AK03」
首の後ろに差し込まれていた機械が外された。体の制御は戻らないままだ。
「DD-AK03に指揮官権限で命令、月刀航暉のところに案内しろ。途中誰かが襲ってくるようなことがあれば対象を排除、不可能なときは私が離脱するまでの時間を稼ぎ、その後――――――」
右手に何かを握らされた。これは……ナイフ?
「――――――自害しろ。わかったな」
「はい」
恐ろしく冷え込んだ声が答えた。聞き飽きた自分の声だがぞっとするような声だ。
体が言うことを聞かない。ナイフを袖口の中に隠すように動く自分の体を雷は必死に動かそうとする。
なんで、なんで動かないの。
体の感覚は残っている。視覚、聴覚、嗅覚、触覚はすべて正常、だのに、体の制御だけが外部コントロールに移された。
いやだ。いやだいやだいやだいやだ!
ひとりでに立ち上がった自分の体は、建物の位置口の方へと体を向ける。
「お姉ちゃん、そろそろ仕事なの……」
司令部棟から出てきた影は電だ。
来ないでと叫びたいがやはり体は言うことを聞かない。電の目が見開かれる。
「あなたは――――――!?」
「久々だDD-AK04、まだ死んでなかったのか」
「お姉ちゃんに何を――――」
「騒ぐな。DD-AK03、DD-AK04を無力化しろ」
体が前に飛び出す。電の足を払い、バランスを崩した相手の右手を掴み捻り上げる。そのまま地面に押し倒し、マウントポジションをとった。電の驚いたような怯えた目が雷を捉える。
「お姉ちゃん、もしかして、体を乗っ取られてるのです……?」
答えない。答えようとしても体が言うことを聞かない。
「このシステムはまだ開発段階でね、うまくコミュニケーションを取らせることができないんだよ。そうだDD-AK04、ここの司令官に用があるんだ。DD-AK03に案内させる気だったけど、一緒に来い」
男の声が上から降ってくる。電の瞳が一瞬収縮し、すぐに戻った。
「司令官さんになにをする気ですか……」
「機械は知る必要がない。DD-AK04、案内しろ」
「――――――わかりました、案内します。お姉ちゃんをどけてもらえますか」
「いいだろう。DD-AK03、自害条件にDD-AK04が反抗した時を追加。その上でDD-AK03の上からどけ」
「はい」
雷がどくと電が制服についた砂をパンパンと払った。
「……大丈夫なのです」
電が雷だけに聞こえる声でそういった。
「案内します。―――――鬼龍院大尉」
電が歩き出すその後ろに男が、男の隣を歩くように雷の体がついていく。
0900WAKT.――ウェーク島時間午前9時。始業のベルが鳴った。
……Chapter6の頭から急転直下です。
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次回「Chapter6-1 雷の叫び」
それでは次回お会いしましょう。