艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー 作:オーバードライヴ/ドクタークレフ
それでは、抜錨!
「じゃ、始めようかの」
真っ白の割烹着を着たのは初春である、その横には同じく割烹着姿の初霜と若葉が立っている。
「はぁ、まさか私が参戦することになるなんて……」
「初霜は嫌だったかの?」
「いやって訳じゃないんですけど、その……料理に実はあんまり自信がなくて……」
「大丈夫じゃ、わらわが心得とるからな」
初春がそう言って白い三角巾で髪を縛っている。若葉は三角巾を結ぶのに手間取っていて、結局初霜に結んでもらっていた。
「で、何を作るんです?」
「わらわたちのお題は“肉じゃが”じゃ。肉じゃがはうちが作るから付け合せのお味噌汁とお浸しを頼めるかの?」
「わかった。」
「が、頑張ります」
それを聞いて初春はぱぱっと包丁とまな板を取り出し、人参に玉ねぎ牛肉と材料を並べる。
「ふたりとも、ジャガイモと人参の皮をむいて乱切りにしてくれるかの? 玉ねぎのくし切りも余裕があればでいいからお願いできる?」
「任された。」
「わかりました」
そうやっている間にも用意がテキパキと進められていく。野菜とは別のまな板で牛の薄切り肉を適当にカット。間宮さんと鳳翔さんと月刀大佐で3人分、少し量を多めにして4人分で作って少しづつつまめばいいかと思いながら適当に肉を切る。
「ジャガイモってこれぐらいの大きさでいいんでしょうか……?」
「んー? それぐらいかの。次のは気持ち小さ目に切ると味が染みやすいかもしれんのぅ。切ったジャガイモは水に晒しといてくれるか?」
ボールに水を張り、ジャガイモを投入する初霜たち妹艦の様子を見て、初春はほう、とし静かに感嘆の溜息をついた。意外にも手早く進めるのは若葉だ。人参の皮をピーラーで手早く切ると乱切りで仕上げていく。それを見て初春は少し驚いていた。若葉が包丁の使い方を心得てるとは思っていなかったのだ。
初春はその間にも肉に砂糖をまぶして下味をつける。糸こんがなかったので普通のこんにゃくを底が深めのフライパンで乾煎りして取り出す。
「~♪」
初春は料理が嫌いじゃない。創意工夫でおいしくもなるし、味を損なうこともある。そのさじ加減を見極めて成果がすぐに現れる。それが結構楽しいのである。
「3人いれば調理も楽じゃのう。基地に戻ったら子日に料理でも教えてみるかの」
初春はそんなことをつぶやきながら油を引いたフライパンに牛肉を投入した。
さっそく漂い出した肉のいい匂いに負けじと合挽き肉を炒めだしたのは睦月・如月・弥生の睦月型連合である。睦月たちに課されたお題はコロッケ。みじん切りにした玉ねぎと肉一緒に炒めているのはどこか恥ずかしそうにピンク色のエプロンをしめた弥生である。横でサイコロ状にしたジャガイモにくしをさす睦月の姿がある。
「こんなもんかにゃー」
抵抗なくぷすりとくしが刺さったのを見極めて弥生の方を見る。
「そろそろジャガイモ大丈夫そうだよー。そっちは大丈夫?」
「玉ねぎ、もしんなりしてるし……肉も火が通ったと、思う……」
「うん、じゃあ、火を止めてー、ジャガイモをすりつぶしながら合わせる! だよね?」
「そうそう、頑張ってねー」
確認をとられた如月は付け合せのためのごぼうをささがきにしながら笑う。
「これじゃあ、睦月の試験というより私の試験かしら?」
「むー、ちゃんと睦月の試験ですっ! 如月はアシスタント!」
「はいはい」
そう膨れる睦月だが、どこか危なっかしいエプロン姿で動き回る睦月の姿は慣れているとは言い難かった。それを眺める如月の目線は慈愛にあふれてどちらがメインかわからないのがアレである。
「睦月は案外舌肥えてるのよねー」
如月の次の仕事はコンロはが空かないとできないため少々手持無沙汰である。あく抜き中のごぼうとスライスした玉ねぎを見ながらそんなことを考える。味が濃いものよりも下味を利かせた料理などを好むところは案外姉らしいのかもしれない。今回参加してない望月は“んぁ? ソースがあればなんとかなるでしょ、あとマヨネーズ”という濃い味信者と化している。そう考えると案外睦月はいいのかもしれない。
……玉ねぎのみじん切りで指を切りかけたり、跳ねたお湯で熱がっていたりと、おっちょこちょいを直せばの話であるが。
「もっとしっかり潰した方がいいかな?」
「ごろっとしたジャガイモがあっても、いいと思います」
そんな会話を交わしながらコンロの前で悪戦苦闘する姉と妹。タイトルをつけるなら“むつきとやよい はじめてのおりょうり”だ。
「コロッケ、破裂させずにできるかしら……」
コロッケは何気に難易度が高い。茹でる、炒める、揚げると三拍子揃っている。今回無難なポテトコロッケにしたのは一番簡単だからだ、クリームコロッケなどに挑戦した日には阿鼻叫喚な事態になりかねない。
「それに、月刀大佐の前で姉に恥をかかせる訳にいかないしね」
「如月ー? 何か言ったー?」
「ふふっ、何でもないわ。コンロ片方空いた? そろそろポタージュの用意を始めたいんだけど」
「あ! ごめん。空けなきゃいけないの忘れてた!」
「焦らなくて大丈夫よ。熱湯だから気を付けてねー」
如月は笑いながらごぼうの水気をきってバットに空けると、コンロの方へと足を向けた。
「……お姉ちゃんたちがすごく心配なのです」
初春型、睦月型が和気藹々とうまくいってるのを見つつ、電は観客席でそわそわしていた。残り時間は30分を切り、そろそろ温かいものの調理に入るところだ。
「まぁ、なるようになるでしょ。のんびり構えてようよ。のんびり」
隣に座るのは高峰だ。航暉は間宮さんたちと一緒に審査員席にいるため隣にはいない。その席に一緒に見てていいかい?と高峰が腰掛けてきたのである。
「心配になるのはわかるけどね。オムライスとは難易度高いのをぶつけられたしね」
「暁お姉ちゃんに玉子料理は鬼門なのです……!」
「何があったんだい?」
「前に司令官さんが風邪で倒れた時にみんなでおひるごはんを作ったことがあったんですけど……だし巻に挑戦したお姉ちゃんが、その……」
「失敗したんだ?」
高峰がそういうと、電はこくんと頷いた
「スクランブルエッグというより、ぐちゃぐちゃ卵って感じのものが完成したのです」
「あぁ……」
「そのお姉ちゃんが半熟玉子のオムライスなんてできるとは思えないのですっ!」
なぜかそう力説する電。笑っていいのか何なのか判断ができなかった高峰は曖昧な笑みを返した。そのまま視線を暁チームのブースに向ける。メンバーはもちろん暁と響、雷である。
三人とも割烹着。暁はエプロンよりも割烹着の方がいいと言って割烹着に袖を通していた。理由は何でもエプロンするよりもなんだか大人の女性って感じじゃない?というものだ。確かに日本昔ながらの女性がそれを着ていれば大人って感じがするのだが、着ているのは揃って小柄な暁型である。
「……どう見ても給食当番なんだよなぁ」
三角巾ではなく白い衛生帽子であることもそれに拍車をかけている。雷がフライパンを握りケチャップライスを作っているところだ。玉ねぎのスライスに苦戦しているのは暁である。
「代わろうか、姉さん」
「大丈夫よ! レディなんだから、これくらい……!」
そういって包丁を当てては涙を流すを繰り返しているのを見て高峰は肩を震わせた。
「やっぱりカズのところはバラエティに富んでて面白いね」
「そうですか……?」
「あぁ、やっぱりカズの方針なんだろうねー、あれ。ここまで艦娘を自由にするところも少ないしさ、規律を第一とする軍隊では珍しいほうだよ」
わかるでしょ? と高峰が言うと電は頷いた。
高峰が僅かに目をすっと細めた。
「電ちゃん、カズのこと、どう思ってる?」
「どうっていうと……?」
「上官として、というのがベストなんだろうけどね……それだけじゃなくて月刀航暉っていう男をどう思ってる?」
いきなりそんな言葉を言われ、電は押し黙った。暁が包丁で指を切りかけたらしく、小さく悲鳴が上がる。ちょっとした騒ぎになるが電は気がつかなかった。
「司令官さんは……司令官さんは大切な人です。司令官さんのためなら、私は戦えるって思ってるのです」
その言葉に高峰は僅かに眉を顰めた。そのことに誰も気がつかない程度に僅かだった。
「司令官さんは私を、いなづまを助けてくれたのです。キスカ撤退戦、ヒメちゃんと話した時だって私を信じてくれたのです。いつだって撃てるようにしてたのは知っています。でも、撃たずに話が終わるのを待ってくれた。それが嬉しかったし、そんな人を死なせたくないな、守りたいなって考えるんです」
役立たずと言われた電を連合艦隊の中でも活躍できるまで強化した。その功績は確かに大きいのだろう。自分に劣等感を持っていた電を変化させた影響は計り知れない。
「いつか、司令官さんが異動してしまうってこともわかってるんですけど、怖くてたまらなくなってしまうのです。だから考えない様にしています」
「いなくなってしまうのは怖い?」
「……怖い、です」
「そっか……」
高峰はどこか憐れむような、落ち込んだような色を目に浮かべた。それを隠すように笑って目線を前に戻す。睦月チームがコロッケの“揚げ”に入ったらしく、会場がどよめいている。
「電ちゃん。仮定の話をしよう」
電が会場の様子を見守る高峰を見上げる。電の眼にどこか不安げな表情が見える。
「カズが大量殺人犯だって言ったら、電ちゃんはどうする?」
「はい! 終了です! 皆さん出来上がりましたか~?」
青葉が明るく宣言する。会場は拍手に包まれた。3チームともなんとか盛り付けまでたどり着き審査員3人分の用意が整っていた。
「それではまず……睦月さんチームの料理からです! 睦月さん、メニューは何でしょう?」
はいっ!と返事をした睦月が慎重にカメラの前に料理を運ぶ。
「コロッケ定食、二種類のソースを添えて、ですっ!」
副題付きの定食とはいささか驚きではあるが何とか綺麗に仕上がっている。
「ポテトコロッケとごぼうと玉ねぎのポタージュスープを作ってみました。ソースはウスターソースとケチャップを合わせて煮詰めたブラウンソースと、大葉と大根おろしと醤油とレモンで作った和風ソースです!」
そう言ってる間に如月と弥生が審査員にコロッケ定食を配膳していく。
「大根おろしとコロッケって意外な組み合わせですねー。それでは実食と参りましょう!」
それじゃ、いただきますね。と審査員長の間宮が箸をとった。和風ソースをかけてゆっくりと口に運ぶ。
「あ、和風ソース合いますね。さっぱり入っちゃいそうです」
「粗くつぶしたジャガイモのホクホク感もおいしいです」
それを聞いた睦月と弥生がハイタッチする。それを見てから笑ってごぼうポタージュをスプーンで掬ったのは航暉である。
「うん、ポタージュもおいしくできてる。しっかりごぼうの味が効いてるな」
それを聞いてうれしそうなのは如月だ。タイミングを見計らって青葉がマイクを取った
「さて、そろそろ判定と参りましょう。判定は持ち点一人10点の30点満点、20点以上でクリアです。審査員の皆さん、用意はいいですかー? それでは睦月さんのコロッケ定食 二種類のソースを添えての判定をどうぞ」
それぞれ数値が書かれた札を掲げる。
「8点、7点、8点! 合計23点! 合格判定でました!」
会場が拍手に包まれる。
「鳳翔さん、どうでしたか?」
7点を出した鳳翔に青葉がマイクを向けた。
「オリジナルのソースなど工夫されててよかったのです。少し栄養が偏ってしまうかなと思ったので7点にしましたが、料理としての完成度は高く仕上がってると思います」
「最初から高い判定が出ますねぇ! それでは次、初春さんの料理に行きましょう。初春さんお願いします!」
「初春特製、肉じゃが定食じゃ。肉じゃがとじゃこ酢、味噌汁、ごはんにも日本酒にも合うぞ。本当は青菜のお浸しでも作りたかったところなんじゃが、材料がなくてのぉ」
そういいながらもきれいに盛られた料理が航暉たちの前に並べられた。
「……肉のパンチがすごいです。ご飯が進みそうですね」
そう言うのは間宮である。初春は得意げに笑う。
「砂糖で下味をつけたからの。関西風すき焼きを参考にさせてもろうた」
「あー、なるほど。だから味しっかりしてるのにくどすぎないのか……」
航暉が感心しながら肉じゃがをつまむ。その横では鳳翔がじゃこ酢を口に運んで笑った。
「……これは日本酒が欲しくなりますね」
「鳳翔さん、さすがにここでお酒はNGですよ」
笑いながらそう言うのは青葉だ。会場も少し和む。
「それでは判定、どうぞ!」
間宮から順に7点・9点・8点と合計24点と高いスコアが現れた。初春、静かにガッツポーズ。もう少し創意工夫があれば最高でしたとは間宮の談である。
「さて、最後は暁さんチームです。それでは、どうぞ!」
「暁型特製、オムライスよ!」
場が一瞬静まり返った。
……申し訳ないがこの後の状況はある駆逐艦の尊厳を守るためにも描写は控えさせてもらいたい。
ただ、ことが終わってから「あれでも姉さんを止めようと頑張ったんだよ……」とある銀髪の駆逐艦が愚痴っていたとだけ付け加えておく。
「結果としては初春が通常駆逐艦、睦月と暁が二流駆逐艦かぁ、戦闘では結構いいとこ行くんだけどなぁ、ムラがでかいか」
航暉はそんなことを言いながら伸びをする。2日間にわたって続いた演習が終わったのである。
「芸能人格付けチェ〇ク風にランキングにしたらしいけど、こうなると結構へこむなぁ……」
部下の睦月と暁がそういう扱いになるのは少々不本意なのである。ジョークを利かせたパロディネタだからそこまで真に受けるべきものでもないのも確かなのだが。
「で、べそかくほど悔しかったのか? 暁」
「……う、うるさいわよ。そ、そんなんじゃないもん……!」
「そっかそっか」
航暉は暁の頭をなでる。子ども扱いしないでと言われるかと思ったが、されるがまあ間になっていた。
「もしかしたら次があるかもしれないし、料理の練習でもしてみるか?」
頷く暁。
「んじゃ、龍鳳にでも頼んでみよう。それじゃ、行こうか」
「……? どこへ?」
「おいおい、自分で頼んどいて忘れたのか? 間宮さんとこだよ。間宮パフェ奢ってほしいんじゃなかったのか?」
「――――――! いいの!?」
「演習お疲れ様記念だ。みんなで行こう。間宮さん、悪いけど」
「ふふっ、では30分後くらいにいらしてくださいね」
間宮が手を振って出ていくのを見送って航暉は立ち上がった。
「さてっと、片づけ手伝ってから行こう。明日にはウェークに戻る訳だしね」
「うんっ!」
暁の顔に笑みが戻る。それを見て航暉は笑う。
「それじゃ、片づけ開始!」
散っていくウェーク基地のメンバーを見つつ航暉も腕まくりをした、こういう時は上が動かないと示しがつかないのである。あたりを見回して、観客席のところに電が一人でぼーっとしているのを見つける。
「電、どうした?」
「はわっ!?」
電は驚いたように顔をあげ、航暉を見る。
「な、何でもないのです」
「? そうかい? なら撤収を手伝ってから間宮さんのところにパフェ食べに行こう」
「はいなのです」
航暉がセットの解体のチームに混じっていく。電はそれを見て胸に手を当てた、自分の服を握りしめ、つぶやく。
「司令官さん、あなたは……」
電は深呼吸を一つして航暉の後を追った。
「……で、高峰さんの意見は?」
カズのことか?と高峰は聞き返した。広報局の建物を出ると息は白く曇る。
「ううん、電のこと。キーに使えそう?」
「とりあえず種はまいた。あとは芽吹くかどうかだが……芽吹かないほうがマシかもしれんな」
「撒いたのは麦? それとも毒麦?」
その答えを聞いて高峰は笑う。
「さあね、芽吹くまでは見分けがつかん。無理に集めるなら実りの良い麦まで刈ってしまう。……実った時に毒麦だったら、束ねて焼かれるだけさ」
高峰は自嘲するように笑った。
「頼むよ。最悪の場合にはお前が最後の切り札になるかもしれん」
「わかってます。追いかけるのも艦隊戦も負けませんよ! 速きこと島風の如し、ですっ!」
その答えを聞いて高峰は背を向ける。夜闇に溶けゆきながら高峰はつぶやいた。
「カズ……お前はいったい何者だ?」
その問いにはどこからも答えは返ってこなかった。
「へ? もう一回やる? 今度は最初からチーム戦? ちょ、ちょっとまて! その間の島嶼防衛どうする気だ!?」
ウェーク島に帰った航暉の下に届いた連絡がもうひと騒動起こすのはしばらく先の話である。
イベントE-4までなんとか終了しました。野分実装でホクホクです。
バケツが残り4コ、めちゃくちゃぎりぎりでした。
……それで勢い余って陽炎型メインで始めた新作がこちらになります。
つ「TACLDETACH3.3――海上保安庁第三管区第三執行班」
URL:http://novel.syosetu.org/38544/
お暇があればどうぞ。舞風とか陽炎とか不知火とかが好きな人はぜひ(ダイレクトマーケティング)。
感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
高峰が何かを企んでいる様子。次回からシリアスタッチに戻ります。
それでは次回お会いしましょう。