艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー 作:オーバードライヴ/ドクタークレフ
そんなんですが、抜錨!
「……で? 言いたいことは?」
「は、反省してます……」
横須賀に帰還して早々に怒られているのは暁だ。何とが艤装を下ろすぐらいの余裕はあったが、すぐにこうして怒られていると恥ずかしいやら情けないからで結構複雑である。
「で、何で怒られてるかわかったか?」
「指揮権譲渡のステップ完全無視での突撃と、その後の無謀な接近戦について……よね?」
「そうだ、霞が飛び出してきてくれたからよかったものの3対1での戦闘になるってわかってるんだからひとりで無茶する必要もないだろう?」
半分涙目で正座している暁をのぞき込むのは天龍だ。
「攻撃に自信があるのは結構だが、それだけだとなんにもできないだろう。部下がいる時ぐらいは落ち着け、特に今回は護衛任務だろうが。せめて艦隊はどっちに向かえばいいかぐらいは指示を出して、指揮を預ける相手の返事を聞いてから動け」
指摘はもっともであり、暁にも自覚があるためぐうの音も出ない。その横で腕を組んでいた木曾がニヤリと笑った。
「まぁ、その辺にしてあげな。旗艦経験もあまりなかったんだろう? いきなりそこまで考えて動けってのも難しいさ」
そう言うと木曾は暁の頭を少々乱雑に撫でた。
「な、何するのよー!」
「いいじゃねぇか、チビスケ。褒めてるんだぜ?」
「木曾、このチンチクリンを甘やかすな」
「チビスケだのチンチクリンだの、こども扱いもいい加減にしろー! この眼帯!」
「「あ゛?」」
「す、すいません、なんでもないですです……」
いきなりおとなしくなった淑女。がたがたと震えだす彼女を見て天龍は頭をガシガシとかいた。
「はぁ」天龍が溜息をつき、
「はぁ」木曾が溜息をつき、
「はぁ」航暉が溜息をついた。
それに暁たち三人は驚いて飛び退いた。それを見て溜息を深くつく航暉。
「そこまで驚くか? お疲れさんだ。ほれ、飲み物」
航暉はそういいながら缶コーヒーを投げてよこした。天龍と木曾にはホットの微糖、暁はホットココアの缶だ。買ってからちょっと時間が経っているからか、ちょうど飲みやすい温度になっている。天龍と木曾は片手で難なくキャッチしたが、暁は慌てて何度かジャグリングのようにココア缶を放り投げていた。
「司令官、いつから見てやがった?」
「結構ずっといたぞ、木曾は久しぶりだな。MI撤退戦以来か」
「久しぶりだな、月刀提督」
木曾が敬礼を向けてきたので航暉も答礼を返す。その光景に天龍はなぜだか違和感を覚えた。缶コーヒーに口を付けながら天龍は考える。
――――――どこか、ぎこちない?
「月刀提督はここにいて大丈夫なのか? 演習の安全監督をしていると聞いてたが」
「初春の演習は高峰中佐が担当しているから大丈夫だ。あまり長時間は抜けられないけどね」
そんな会話を交わす二人を見つつ天龍は頭をひねっていた。なぜ目の前の上官に違和感があるのだろう。
「様子って?」
「あぁ、広報資料の撮影っていうこの演習の第一目的を完全無視して至近距離の剣技に走った部下の様子とか、それを嬉々として受けて立った仮想敵約の艦娘の様子とか、それを見てヒートアップしてたのにそれを棚に上げて説教たれてた教官役の艦娘の様子とかを、ね」
この時になって天龍は理解する。
あ、この司令官地味に怒ってる。
その雰囲気に木曾も暁も顔がさっと青ざめる。
「温いもの飲んで落ち着いたところで、少し話をしようか」
これ逃がさない気だ。天龍はそう悟って肩を落とした。
一方その頃、大分傾いた日の中で初春率いる護衛艦隊は全速に近い速度でかっ飛ばしていた。
「潜水艦を巻くのに時間を取りすぎたのぉ。今から全力で走っても時間ギリギリじゃ」
「でもなんとか潜水艦には勝てたんですから良しとしましょう?」
先頭をひた走る初春に後ろから声をかけたのは五十鈴だ。それを聞いた長良は苦笑いを浮かべる。
「まさか長距離走をここでやることになるとは思ってなかったなあ」
「わたしは、全力に……近いんですけど……ね」
艦隊に守られながら上がった息でそう答えるのは祥鳳だ。この中では一番足が遅い分速度を上げるのは負担がかかるのである。
「すまんのぉ、わらわの作戦ミスじゃ」
「作戦ミスというよりは私達の準備不足じゃないかしら? 対潜で動けるのは私くらいだったし」
五十鈴がそう言うと最後尾を進む駆逐艦、雪風が暗い顔をした。
「すいません。ゆきかぜがもっと早く気づいていれば……」
「雪風のせいじゃないと思うよ。右舷後方からの雷撃なら反応すべきは僕か長良さんだ。それより先に左舷後方を警戒してた雪風が先に気がつくんだから、僕たちの面目丸つぶれかな」
雪風と並走する時雨がそうフォローを入れると長良がバツの悪そうな顔をした。
「それにしても雪風ちゃん目がいいんだね
「あれは落ちかけた双眼鏡のレンズカバーを拾おうとしたらたまたま……」
「それで潜望鏡を発見できるんだから幸運ってすごいわね」
五十鈴が笑いながら会話に参加する。それを耳にしながらも初春は僅かに眉を顰めた。
「なんだか嫌な予感がするのじゃが……何か電探に映ってはないかの?」
「クリーンだけど……あ」
「ど、どうしたの、長良姉?」
「あ」というのは戦場で一番聞きたくない言葉でもある。いいことも悪いこともあるがたいてい悪いことであり、起こってほしくないことが状況予測として瞬時に頭の中を駆け巡る。
「7海里先が一瞬だけ光った気がしたんだけど……クラッター波かな」
「思い込みは厳禁じゃの。総員戦闘用意、……時雨、雪風」
「うん?」
「なんでしょー?」
「何が出てくると思うかの?」
夕暮れの近い時間帯、青みを増してきた空をバックに初春が振り返った。それを見て時雨が口を開く。
「そうだね。……この時間帯なら空母は来ない。着艦するころに夜になっちゃうからね。7海里先にいるとしたら戦艦や重巡でもなさそうだ。おそらくは――――――水雷戦隊」
「魚雷を用いた夜間奇襲、じゃな?」
「その可能性が高いと思うね。それなら日暮れを待って攻撃してくる理由もわかる」
時雨の意見に頷いて、初春は笑う。
「ならどうすればいいじゃろうか、雪風よ」
「そーですねー、こっちから仕掛けちゃいますか」
雪風はそう言うと自分の太ももあたりをいじりだす。左足の太ももには探照灯が縛り付けられている。それをいつでも使えるようにしながら雪風は笑った。
「初春さん、仕掛けるならゆきかぜを切り込み隊長にしてくれませんか?」
「うむ、ではどれだけの人員が必要じゃ?」
「では時雨さんを」
「ふたりで十分か?」
「こっちに三人必要でしょう?」
雪風は笑うと双眼鏡にレンズカバーをかけ、手に砲を持った。
「不沈艦の名は伊達じゃないのです。いいとこお見せしますっ!」
「雪風との共闘は久しぶりだね。少し気合を入れるかな」
時雨もそう言って笑う。背負った主砲のほかに右手に持った副砲を確かめると笑う。
「それでは二人に戦闘を頼もうかの、わらわは後方サポートに徹しよう。それでは行動開始なのじゃ」
初春の声にゆっくりと部隊が行動に移す。
「まずいかもしれませんよ」
そういったのは用意を進めていた神通だ。
「まずいというと?」
沈みゆく夕日を見据えたまま神通は口を開く。
「ゆっくりと隊を二つに分けてきてるみたいです」
「こちらに気がついたのでしょうか?」
「そうみるべきでしょう」
神通は鉢金をきゅっと結び直した。
「戦場で一番怖い相手はどういう相手か知っていますか?」
神通の言葉は投げかけであり、問いかけであったが、答えを求めてはいないようだった。
「私は戦場で常に冷静である相手が一番怖いです。たくさんの砲弾に死角を走る魚雷、いくつもの閃光に爆炎。特に夜の戦いでは至近距離になるまで敵味方の区別がつかない。その状況下で誰がどこまで戦えるか的確に把握している部隊ほど相手に回して恐ろしい部隊はありません」
戦場と言うのは非日常であり、異常事態だ。その中で正気を保ち、虎視眈々と機会を窺い、的確に相手を見定めたうえで攻撃してくる相手。それを可能にする司令塔がある相手を相手にするのは本当に骨が折れる。
だからこそ神通はそれを味方に叩き込み、その上でその相手を崩すための戦術を教え込んでいた。
「この感覚は、何度経験しても怖いものですね」
「……神通さん?」
陽炎が怪訝な声を出した。直後神通が右腕を上げた。
「探照灯、照射。敵に切り込みます」
神通が煌々と明かりを煌めかせながら先陣を切った。
日が沈もうとしていた。
互いに目つぶししながらの反航戦に入った。
「相手は神通さんかい?」
「間違いないですっ! こんな突撃をまともに受けて立つ相手なんて“あの旗艦”以外にないですよ!」
魚雷を撃つには相手の位置と速度を見極めなければならない。だからこそ雪風は探照灯で相手の目を潰しつつ全速力で接近する。
「時雨、覚悟はいいです?」
「言われるまでもないね、――――――行くよ」
「それは先頭のゆきかぜのセリフですっ!」
文字通りの目くらましをかけながら真正面のライトを感じる。直視したら目がつぶれる。視線をずらしたまま相手との距離を測る。
「時雨! イロハのイでいきますよ!」
「了解」
時雨に指示を出してから雪風は僅かに進路を変更、文字通り相手の真正面に躍り出る。
「神通さんの攻撃がどれだけ恐怖か思い知らせてあげますよぅ」
互いに譲らぬまま距離があっという間に詰まっていく。砲火が轟きだし、演習弾が辺り一面に降り注ぐ。それでも雪風は止まらない。
二水戦名物、逆落とし。
反航戦と言うのも生ぬるいチキンレース。真一文字に接近するこの戦法はクレイジー以外の何者でもないだろう。逆落としはスピリッツのぶつけ合いなんですっ! と雪風は豪語する。一歩間違えば速度差100キロオーバーの運動量で互いに大けがに繋がりかねないこの戦法をまともに取れる人材は限られる。
「一度やりたかったんですよこれ、神通さん。覚悟してくださいね」
無線に乗せずに雪風はそう呟いた。相手の弾丸が肩を掠める。探照灯で目つぶしを受けていなければもう誰何しなくとも相手がわかる距離だろう。交差まであと3秒。
「――――――っせい!」
雪風は重心を大きくずらし右斜め前へと飛び込んだ。直後耳の脇を掠めるようにして神通の砲弾が突き抜けた。衝撃波に耳を傷めながらも雪風は砲を振る。小柄な体をさらにコンパクトにまとめ神通の脇をすり抜けた。探照灯の明かりの影に隠れた眼光と一瞬目が合う。
相手が笑っていたのはおそらく見間違いじゃない。
足元の魚雷を飛び越えるようにそのまま交差、僚艦としてついてきていたらしい陽炎に飛びかかる。
「よりによってあんたか雪風!」
それには答えずに砲を閃かせる。次の刹那には雪風は陽炎の後ろに回り込んでおり、思いっきり陽炎の臀部を蹴り飛ばした。
「いったぁ! ぁにすんのよ!」
スカート越しにお尻を押さえる陽炎に雪風は容赦なく魚雷を放つ。
「神通さんの僚艦を務めるならもっと魚雷を当ててください。つまんないです」
この至近距離で外すことは無いので見極めることなく左へステップ。そろそろ神通がこちらに転進してくるころだ。
「雪風ぇ! 姉を蹴るか普通!?」
「姉さんだから蹴るんですっ! あとで慰めてあげるので今は黙っててください!」
「姉の扱いひどっ!」
夜戦でコントのようなやり取りだが、文字通りの全速で神通が戻ってきたため終了する。神通の砲撃が頭をかすり電探が使用不可になった。問答無用でヘッドショットを狙ってきているところを見ると神通も本気らしい。
そこから先はひたすらな乱戦である。共に撃ち、傷つきながら相手を穿つ決定打を狙う争いだ。
それを尻目に輸送本隊に近づいていく影が一つ。不知火だ。
乱戦になった直後以外に勝ち目はない。だからこそ動いた。
輸送隊に向けて照準を合わせ、魚雷発射管を繰る。直後、不知火は寒気を感じ、雷撃をキャンセルした。とっさに海面を蹴るとその横に水柱がたった。
「……いい判断じゃのう、不知火よ」
「旗艦直々にお相手して頂けるとは、この不知火、光栄です」
「護衛対象に矛を向けられては出ざるおえんじゃろう」
初春はそう言うと扇子を一目だけ開いては閉じるを繰り返し、笑った。扇子が閉じるたびにぱちぱちと音が響く。
「不知火と手合せ願えますか? 初春」
「わらわでよければ喜んで」
先に砲を放ったのは不知火で、直後に初春も発砲。互いに動き回りながらも一気に距離を詰めた。
夜戦の場合は特にそうだが、艦娘同士の戦いは通常戦闘よりも交戦距離が短くなる傾向がある。艦娘同士の戦闘は特殊な場合を除いては演習であり、大胆な戦術が可能になることに加え、新しい戦い方を模索するいい機会にもなるからだ。初春たちの戦いも例にもれず夜闇でも相手の顔が認識できるほどの超至近距離での砲火の応酬となった。
「なかなか当たりませんね」
「そうじゃの、ほれ」
砲を取回す限界に近い距離でくるくると動き回る二人。不知火は笑って砲を避ける。その動きで左足でターン、次の瞬間には魚雷が飛び出している。
「狙いが甘いのぉ」
「その言葉、熨斗つけてお返しします」
仕切り直しをするように初春が下がる。不知火は相手の息が上がっているのを見てニヤリと笑った。
「もう終わりですか? そんなことでは不知火は沈みませんよ」
「ならこれならどうかな?」
直後視界が揺れた。ほぼ接射と言っていい状況でペイント弾が撃ち込まれたのだ。そう気がつくまでに数刹那の時間を要した。
「後方支援に徹するっていった人まで駆り出しちゃってごめんね」
「時雨の服は夜闇に溶けるからのぅ。気を引くだけなら支援の範囲内じゃろう」
初春はそういって時雨とハイタッチを交わす。
「雪風のほうは?」
「痛み分けだね、双方大破。敵の追加戦力が来る前に曳航したいところだね。とりあえず長良に引っ張ってもらうのがいいかな?」
初春は頷き、無線を開く。
「こっちの戦闘は終了じゃそっちは無事じゃな?」
《もっちろん! 初春ちゃんたちは?》
「雪風が大破しとる。長良、ちと手伝ってくれるか?」
《すぐ行くよ》
初春は無線を切って空を仰いだ。
「これでおわりだといいんじゃがの……」
「さて、結果発表―!」
「どんどんパフパフ~」
全員が帰還した夜、参加者が揃ったスタジオでハイテンションにそう言うのは、いまだに元気な青葉衣笠コンビである。
「とりあえず皆さんお疲れ様でした、事故なく海上演習が終わったのでよかったです」
「そういえば青葉さん」
「はいはいなんでしょう衣笠さん」
「海上演習の評価ってどうなるんです?」
「艦隊戦は終了時の行動可能艦の数とクリアタイム、あとは対潜と対艦の技能点で判断です。制限時間は4時間なので大幅にオーバーしてしまった初春さんにはちょっと不利ですかねー」
「味方を捨て置くわけにもいかんし仕方なかったのぉ」
すこし不満そうな顔をするのは初春だ。最初の対潜で時間を喰ったことと、大破した雪風を引っ張りながらの移動だったので時間がかかってしまったのである。
「個人の対空演習の結果は単体評価で暁さんと初春さんはランク維持、睦月さんだけ残念ながらランクダウンとなっちゃいました。現在トップで一流駆逐艦は初春さんだけ、睦月さんと暁さんは同ランクで通常駆逐艦ですねー。さてさて、それでは結果発表に参りましょう!」
青葉の声に会場のテンションが嫌でも上がる。ドラムロールが鳴り終わると青葉が声を張り上げた。
「ランク維持は、睦月さんと初春さんです! おめでとうございます!」
「ちょっと待ってよ! 私もちゃんと任務完遂したじゃない!」
手を振り回して講義するのは暁である。
「講評は夕張さんどうぞ」
「みなさん対艦戦闘ではかなりの好成績を残されています。分け目となったのは前半の対潜戦闘でした。対潜に関してですが睦月さんは担当の伊58と伊19両名から“絶対に睦月にだけはケンカを売りません”というコメント付きで満点評価が下りています」
あ、やっぱりイクさん来てたんだと納得するのは睦月である。どこかで聞いた推進音だと思ったら硫黄島沖で会っている。
「で、暁さんの演習は個人技能としては十分であるものの、指揮系統の混乱を招き、艦隊を危険にさらした可能性があると言うことで減点が入っています。それが一番の敗因ってとこですかね」
暁はその言葉に押し黙る。同じようなことを天龍からも航暉からも言われた後であり、正直堪えていた。
「さてさて、演習はまだまだ続きますよー。とりあえず皆さんにご褒美の紅茶をご用意いたしましたので、皆さんに召し上がっていただきましょう。それではこちらにどうぞー」
どうやら紅茶を振舞ってくれるらしい。暁は立ち上がると後についていく。少々不本意な結果だが終わってしまったものは仕方ない。気分を切り替えて頑張ろう。対空演習のごほうびで間宮パフェも待っているのだ。
それを見守っていたのは航暉だ。横には高峰も見える。
「気づいてんのかなぁ? その紅茶も評価対象だって」
意地の悪い笑みを浮かべる高峰に航暉は肩を落とした。
「で、俺も行かないといけない訳?」
「招待状が出てるんでしょ? 行かないと可愛そうじゃん」
「俺はコーヒー派なんだけどなぁ」
「いいから行った行った」
航暉は高峰に背中を押されて青葉たちの後ろについていくのだった。
あきつ丸でルート固定を画策中。入手後放置していたあきつ丸をレベリングしてたらE-3が終わらないです。
がんばろ。
感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回も演習編! 駆逐艦にこんな技能いるの? みたいな技能盛りだくさんでお送りします。
それでは次回お会いしましょう。