艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー 作:オーバードライヴ/ドクタークレフ
今回から数話はエキストラチャプターということで、ある読者の方から立案いただいた“中部太平洋大規模合同総合演習”を実施します。
それでは、抜錨!
「もー我慢ならないっ!」
暁は司令官の机をバンと叩いてそう叫んだ。
「ど、どうした?」
「どうしたもこうしたもないわ! 初春よ!」
「……あー」
半分納得したような曖昧な表情をした航暉は僅かに距離を置くように上半身をそらした。それすら暁は間を詰めるように身を乗り出してくる。
ヒメ事案にあたる専門チームが到着し、航暉たちがウェークに帰れる日が見えてきたちょうどその頃、近海警備から帰ってきてそのまま臨時の司令室にやってきた暁が航暉につめよっているのである。
「あー、じゃないわよ! 初春ってばレディのことを“こばか”にしたように笑って。頭をなでてくるのよ! レディに対する扱いじゃないわ!」
荒くなった息がかかりそうなほどの近距離で暁はそう叫ぶ。
「そこでよ司令官! 協力してほしいの!」
「きょ、協力っていってもなぁ……」
「どっちがレディに相応しいか、勝負してはっきりさせてやりたいの!」
「勝負、ねぇ……」
「もちろん戦いもそうだし料理とか教養とかレディが身に着けておくべきものでも勝負するの。司令官にはその許可を取り付けてほしいの!」
初春の所属は北方第二作戦群であり、指揮は完全に別系統だ。戦闘なら演習ということでなんとかなるだろうが、そのほかについては正当な理由を提示して先方から許可をとって、それを上層部に承認してもらってとかなりめんどくさい。主に正当な理由を提示してのところがめんどくさいのである。
「……レディなら相手を許容する余裕も大切だぞ?」
「でもでもでもっ!」
「――――――なにやら面白そうなこと話してますね」
やんわりと諦めるようになだめていると暁の後ろから声がかかった。
「あぁ、青葉。ヒメ事案の方で不眠不休らしいけども体は大丈夫なのか?」
「はい、もうぴんぴんです。いざとなれば24時間フル稼働できる記者魂をなめてもらっちゃ困りますよ」
「そこは艦娘魂と言った方がいいと思うわ……」
暁が遠慮がちに突っ込んだが、それを気にせず青葉は笑う。
「さっきの話ですけど、初春さんたちと合法的かつ公式に勝負できればいいわけですよね?」
「青葉さん協力してくれるの?」
「えぇ、面白そうなので、青葉、一肌脱いじゃいます!」
その笑みを見てちょっと背筋が冷えた航暉だが、この時はそれ以上突っ込まなかった。
その次の日、極東方面隊広報局からの正式要請で駆逐艦代表者同士による多種目競技会が“中部太平洋大規模合同総合演習”の名目で作戦スケジュールに組み込まれているのを見て頭を抱える航暉の姿が見られたという。
「それでは、第一回駆逐艦コンペ、いえ、“中部太平洋大規模合同総合演習”開催しまーす! 司会は私、重巡洋艦娘“青葉”と」
「衣笠でお送りします!」
マイクを手にそう宣言したのは見ての通り青葉型コンビである。カンペ要員が拍手!と書かれたスケッチブックを掲げて高い天井の部屋にぱちぱちと音が反響する。拍手の音の出どころは設えられた客席に座ったそれぞれの部隊の僚艦や部隊関係者だ。
ここは横須賀鎮守府内、後方支援部広報局のスタジオ。張りぼてのセットにテレビカメラ3台、たくさんのライトに照らされたホールを眺めて航暉は改めてこめかみを押さえた。彼がいるのは客席最後尾。できるだけ目立たない位置に陣取っていた。
「広報材料の提供ってことで話を付けたにしろ、ここまでやるのか……? しかも今何時だと思ってやがる。ちょうど起床が今頃じゃねぇか」
「いいじゃない、面白そうで。それに早起きは三文の得っていうじゃない」
「暁お姉ちゃんの晴れ舞台ですし見ない訳にはいかないのです」
その航暉の隣でケラケラと笑うのはこの舞台を青葉と共に嬉々としてセッティングした高峰春斗中佐だ。反対隣では電もちょこんと椅子に腰かけ成り行きを見守っている。
「結構みんなやる気じゃない。たまには娯楽も必要だよ」
「合同演習にこんなセットを作るなんて聞いたことないがな」
「まぁ、そうなるな」
そう言っている間にも青葉はハイテンションに進行役を務めていく。
「今回は艦娘の皆さんのいろんな一面を掘り下げようと言うことで現役駆逐艦娘3名の方にいろんなクイズやトライアルに挑戦してもらいます」
「クイズとかトライアルというと? 青葉さん」
「たとえばそうですね。駆逐艦や艦娘についての問題だったり、演習をしてもらったり、あとはそれ以外のスキルについて、いろいろなことに挑戦してもらおうと思います!」
「それは楽しみですねぇ! それでは今回演習に挑戦してもらうお三方を紹介しましょうか」
「そうですね、では今回の参加者はこの三人です、どうぞ!」
一斉にカメラがパンしてセットに入ってくる艦娘を捉える。
「あっちゃー。暁、右手と右足同時に出てる」
「運動会の行進って感じだな」
「お姉ちゃん……」
カンペで拍手!と出ていることと、部下が出ているので航暉は手を叩きながらも苦笑いだ。頭を抱えているのは電である。
「可愛い子ちゃん揃いだけど、この子たちも艦娘なの?」
「はい! 我が国連海軍極東方面隊が誇る駆逐艦、その中でも歴戦の一番艦のお三方です」
青葉はそう言って一番左端に立っている艦娘に近づいた。
「まずは縁の下の力持ち、睦月型の一番艦、睦月さんです!」
「こんにちは! 睦月です、対潜哨戒ならだれにも負けないのです。よろしくお願いします!」
睦月頑張ってーと声援が飛ぶ。応援幕まで持ち込んで何してんだとか、いつ作ったんだよとか航暉はいろいろ突っ込みたい。特に如月、お前いつそのチアのコスプレ手に入れた?
「睦月さんは商船の警備とかで広い太平洋を飛び回ってるそうなのでもしかしたらあったことある人もいるんじゃないでしょうか? 駆逐艦娘の中でも古強者の域に入る彼女の活躍に期待です! さてさてお隣は中部太平洋第一作戦群の暁型ネームシップ、暁さんです」
「暁よ。一人前のレディーとして頑張るわ。よろしくお願いします」
暁はちょこんとスカートをつまみお辞儀をした。カテーシーをまねたらしい。おかげでスカートの下が見えそうになったがぎりぎりで止めていた。
がんばれー! と声が飛ぶ。声の出どころは最前列、雷と響が出張っている。手にはやはり横断幕。だからそれをいつ用意した。
「第一作戦群というと領土奪還をメインとする攻撃部隊! その実力者と言われる暁さんの活躍に期待しましょう。最後は北の海から緊急参戦! 北方第二作戦群から初春型一番艦、初春さんです!」
「わらわが初春じゃ、よろしく頼みますぞ。強者揃いの初春型の名を穢さぬよう全力で取り組む所存じゃ」
そう言って扇子を広げる姿はどこかさまになっていて違和感があまりないのだからすごい。それに指笛が飛ぶ、意外なことに若葉の指笛のようだ。頑張れー!と両手を振るのは子日――――せめて艤装は置いて来い。
「北方の激戦地で戦っていらっしゃった初春さんの活躍を見れるのが楽しみで、青葉、わくわくしちゃいます! それではさっそく演習を始めてまいりましょう!」
航暉は青葉のハイテンションな宣言に溜息をついた。
「ここにいる皆さんは一流の方々ですから当然こちらのセットも一流のものを用意させてもらいました。今からあなたたちが一流の駆逐艦に相応しいかクイズや実技で応えてもらいたいと思います!」
赤いビロード地の椅子に腰かけた三人に説明を加えていく。そのわきでは着々と用意が進められている。
「それでは最初の演習に入りましょう。最初に挑戦して頂くのはクイズです。第二次世界大戦期以降の簡単なクイズに答えてもらいます。ジャンルは艦娘として身に着けておくべき基礎知識から暗号解読まで幅広く用意してるので頑張ってください。問題は全部で10問、7問以上で合格点です」
「もし7問未満しか答えられなかったらどうなるのじゃ?」
「“それなり”の対応に変えさせていただきます」
「なるほど、生き残りをかけたバトルロワイアルって訳ね」
青葉は暁の言葉に上機嫌でその通り!と答えるとここで出題者をお呼びしましょうと誰かを呼んできた。みな拍手で迎える。
「今回の問題は軽巡洋艦の夕張さんに作成してもらいました!」
「よろしくお願いします。解き終わったら後で感想きかせてね」
夕張はそう言うとウィンクを送る。スタジオの隅でそれを見ていた航暉は“そういえば睦月と夕張は仲良かったな”と思い出していた。
「それじゃぁ、フリップボードはいきわたってますね? それじゃあ第1問から参りましょう。夕張さんよろしくです!」
「はーい。では第一問ね」
そういうと後ろの液晶に文字列が表示された。
問1 以下の部隊と指揮官の称号、階級を適切に組み合わせ部隊規模の大きい順番に並べ替えなさい。(称号と階級の重複使用は可とする)
部隊――水雷戦隊 連合艦隊 駆逐隊 機動部隊
階級――大佐 少将 中将
称号――司令 司令官 司令長官
「おぉ、最初は並べ替え問題ですか」
青葉がそう言うと夕張は嬉しそうにはい、と答えた。
「どんな部隊を指揮しているかで相手の称号が変わるので注意が必要です。今回は第二次世界大戦期の日本海軍の階級で並べ替えてくださいね」
そんな会話をしている間にもペンはさらさらと動いていく。一瞬悩むそぶりを見せたのは暁だがそれでも何かを書きつけペンを置く。
「はい、では皆さん回答をオープン!」
何が書かれてるかを青葉が軽く見ていく。
「ふむふむ、ふむふむふむ。全員同じ答えに至ったようですねー」
そう笑って回答を確認すると上から
連合艦隊―中将―司令長官
機動部隊―中将―司令長官
水雷戦隊―少将―司令官
駆逐隊――大佐―司令
となっている。
「さてさて夕張さん、判定は?」
わざわざドラムロールを鳴らして間を伸ばすあたりどこか安っぽい。
「――――――正解です!」
暁、ガッツポーズ。残りの二人は笑みを浮かべるにとどめた。
「さすがにこの辺りは間違えませんねー」
「当然よ。レディーに死角はないわ」
そう言って胸を張る暁に航暉はカメラの外で少し不満げな表情を浮かべている。
「そう言う割にはいまだに俺を司令官呼びなんだよなー。一応戦隊3つをまとめる司令長官クラスの指揮権持ってるんだけど」
「まぁ階級的にはお前“司令”だし」
そう言う高峰は駆逐艦長クラスだろうが、と航暉は笑う。
「司令官って呼ばれるの、嫌なのです……?」
「いやって訳じゃないんだけどね」
航暉の笑みがバツの悪いものに変わる。電も航暉のことを司令官呼びである。
「まぁ艦娘の部隊は既存の括りで語るのは難しい。それにこの問題も“艦娘部隊の実情に触れないように”工夫されてるからこれが実情って訳じゃない。下手に機密に触れちゃまずいし」
航暉がそう言うと高峰もフォローを入れてくれた。
「水上用自律駆動兵装運用士官は特殊だからな。切り札兵器の関係で邪険にもできないが精々30人ちょっとの部下の権限しかない指揮官と千人近いクルーを抱える艦隊司令長官を同列に扱えば既存艦隊との摩擦が生じるし、艦娘の司令官には民間出身者も多い。そこに配慮した複雑怪奇な指揮系統ってわけだ。艦娘も船の記憶もあるから結構呼び方はあいまいだし、それでいいんだと思うよ」
その助け舟に航暉は目で詫びた。そうこうしている間にも問題は次の段階へ進んでいく。
「次は水雷戦隊についての問題です。水雷戦隊は軽巡洋艦と駆逐艦で構成されますが第二次世界大戦の開戦時点において水雷戦隊として成立するには軽巡洋艦1隻と駆逐艦が最低何隻必要か答えなさい」
航暉は6と即答したが、意外にペンが止まっているのが睦月だった。
答えが出そろってみたら暁が8、睦月が6、初春が6と書いていた。慌てだすのは暁である。
「え、駆逐隊2つと旗艦で構成だから、会ってるはずよね!?」
「レディーは少々早とちりが過ぎるかのぅ……」
「うっさい、ういはる!」
「初春じゃ、うつけもん」
カメラ担当は苦笑いだ。もし編集されて一般公開になるとしてもここはカットかなと高峰はのんびりと構えていた。
正解は6隻でしたー。と青葉が言うと地団駄を踏みかねないほど悔しがる暁。勝ち誇ったような笑みを浮かべる初春が暁の神経を逆なでしていく。
「では次の問題参りましょう、次は電探の種類について――――――」
問題は次々に進んでいった。手旗信号の出題では実際に旗を持って言われた問題の答えを紅白の旗で伝えることになったし写真を見てどこの基地かを当てる問題などではうっかり地元の基地の名前を間違えた初春が赤面するなど珍しい光景が見られた。
「……夕張のヤツ、絶対に落とす気で問題を作ってきやがったな」
そう高峰が笑ったのは9問目、軍の知識からは外れて暗号解読スキルを問うという毛色の違う問題が飛び出した時だ。暁は特に残留か否かの瀬戸際に立っているため必死である。
「この問題は10分で解いてもらうねー」
問題文にはFvb ohcl av kv h zopw-av-hpy lelyjpzl hmaly aopz wyvnyht.と表示されている。
「スペースもハイフンも入ってるし簡単でしょ?」
さらっとそう言った夕張に文字列を睨むのは衣笠だ。
「これは簡単ですねー?」
「青葉さん、解かっても言っちゃダメですよー?」
「これくらいなら簡単でしょう、ねー衣笠?」
「――――――真面目にわかんない」
「衣笠、お前もか!」
そう言って出題者側はほのぼのとしているが暁たちは必死である。
「なにこれ……」
頭から煙を出しそうにしているのは暁で。その横ではフリップボードをこつこつと叩いている睦月。初春は文字数かなにかを数えているように見える。
「一番答えに近いのは初春ちゃんかなー?」
それを見て笑みを浮かべ続けるのは高峰だ。
「さすがに早いな。もう解き終わったのか?」
「一応ヒントのつもりだったんだろうねー。衣笠への“衣笠、お前もか!”ってやつ。気がついてるのがいないみたいだけど」
「――――――シーザー暗号か」
「そ。ジュリアス・シーザーのほのめかしたうえでアルファベットの暗号とくればシーザー暗号だ」
シーザー暗号は、単一換字式暗号と呼ばれるタイプの暗号で、暗号化前の平文の各文字を辞書順に一定数シフトして暗号文をつくるものだ。古代ローマのガイウス・ユリウス・カエサルが使ったとされる初歩的な暗号作成法だ。
そんな会話に置いていかれてるのは電だ。航暉は解説は青葉たちの答え合わせにまかせることにしてそのまま高峰に先を促す。
「シフト数は指定がない限り3だが3文字シフトしても意味が通じない。でも一文字の単語があることに気がつけば推測は容易い。―――――今回は7文字シフトだ。ラッキーセブンのつもりかねぇ」
高峰の言葉に航暉が苦笑いしていると意外なことに睦月が“あ、できた”と言ったのが聞こえる。青葉が覗きに行ってニヤリと笑ったのでたぶん正解なのだろう。睦月が困ったように笑っていることもその確信を強くした。
「そりゃ結果がYou have to do a ship-to-air exercise after this program.――――“このあとは対空訓練です”とかだと気が滅入るわなぁ」
「敵の暗号か?とわくわくしながら解くと事務連絡だしね。あとシーザー暗号なんて知識、駆逐艦に必要ないもん」
「それを突っ込んでくるあたり夕張の趣味なのかもね」
高峰は煙草を取り出そうとして禁煙だったことを思い出す。小さく舌打ちをしてから撮影が進むスタジオを見やる。答えは予想通りで、初春もギリギリで答えに行き着いたらしい。
「それにしても、こんなの本当に広報資料になるんかね?」
「さぁ、そのあたりは広報局のお偉いさんの仕事だから知らねぇよ」
部下には使わない粗雑な口調でそういった航暉は小さく笑った。
そんな会話をしている間にも問題が続く。最後はモールス信号の解読問題だ。
「つぎの信号を聞いてなんて伝えてきたかフリップボードに書いてくださいね。それでは耳を澄まして――――――通信開始!」
長短の符号がスピーカーから流れてくる。
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それを聞いて高峰は笑った。
「なるほど、決戦開始の号砲ってわけだ」
そう笑うと航暉は席を立った。次の種目は艤装を背負っての海上演習、その監督官をしなければならないためだ。用意だけはしておかないといけない。
「さて、うまくやってくれよ。ネームシップ諸君」
なんだかんだ言って航暉も楽しむ気満々なのであった。
最後の和文モールス、有名な一文になります。暇があったら解読してみるとその後の月刀大佐の言葉の意味が分かるかもしれません。
感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回はネームシップたちが海上で大暴れ?
それでは次回お会いしましょう。