艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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何とかChapter5最終話!

どうぞお楽しみいただければ幸いです!

それでは、抜錨!


Chapter5-10 戦の果て

 

 

 

 敵の砲弾が迫りくる。

 彼女は泣きそうな顔で笑った。

 間違っていなかった。

 やっぱりこうなるのだ。姿を見せただけでこうなる。

 やはり私たちはこういう存在なのだと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さすが空母が6隻、対空を気にしなくていいネー!」

 

 そう言って砲弾を吐きだすのは金剛だ。高速航行中とはいえ安定した弧を描き、敵艦隊のど真ん中に弾を落としていく。

 

「さすがは高速戦艦、足が速いな」

「当然ヨー! 久々のカズキの部隊だもの、腕が鳴るわ! コマンダータカミネ! 次はどこに飛ばせばいいネー?」

《そろそろ敵の精度も上がっていくからなぁ。近い敵から順番に潰していってくれ。おそらく俺が指示を出すよりも金剛たちが自力で標的を選んだ方が精度は高いはずだ。くれぐれも味方を撃つなよ》

「じゃぁ中央は一水戦の皆さんの花道デース。両脇の重巡から潰していくネー」

《了解……中央の突破は一水戦メイン、打撃群は残りのルートを潰してくれ。標的の割り振りはこちらでするかい?》

「それは旗艦の仕事! 任せなサーイ!」

 

 そう言うと金剛は振り返った。

 

「比叡と霧島で第二小隊、敵右翼の艦隊をお願いしマース、榛名は私と左翼を叩いてくれますカー?」

「わっかりました!」

「はい、榛名は大丈夫です!」

「利根さんたち重巡と長門さんは第三小隊、中央で一水戦の砲撃支援を続行してくだサーイ!」

「うむ、心得た」

「ビックセブンの力、久々に使えそうだな」

 

 その答えを聞いて金剛が笑う。

 

「さっさと終わらせてモーニングティーと洒落込むネー! 第一、第二小隊、散開!」

「ハイっ!」

 

 金剛型が二隻ずつに分かれて散っていく。金剛と榛名は左へ、比叡と霧島は右へ。それを横目に見つつ、長門を守るように陣取った青葉、利根、筑摩が前進する。

 

「全砲門開け。効力射で叩き込むぞ!」

 

 長門はそう言って砲門を前に向けていく。波も少なくこの海ならば波でぶれることもないだろう。

 

「全砲門、斉射! テーーッ!」

 

 黒い煙を伴って遠くへ飛び抜けていく砲弾。それに合わせて重巡三隻の砲弾も前へ駆けていく。

 

「行け、一水戦。道は拓いてやる」

 

 長門の言葉通りに一水戦の上を飛び越えた砲弾は轟音と共に進路に浮かぶ部隊を一掃した。

 出来上がった道を水雷戦隊が駆けていく。35ノットという速力、彼我の速度差は時速120キロを軽く超える。その速度をもって一気に本丸へとなだれ込む。

 

「さっすが長門さんたち!このうちに飛び込むよ!」

「了解っ!」

 

 先頭を曳くのは阿武隈だ。

 

《上空直掩を回してもらう、無理はしないで!》

「わかってる!」

 

 無線越しに合田少佐の声を聴く。それを聞いて阿武隈は笑った。

 

「いくよ、六駆、二十一駆のみんなついてきて!」

「了解!」

 

 さらに速度が上がる、38ノット、隊が出せる全速だ。長門達の砲で処理しきれなかった駆逐艦などがこちらに向かってきていた。味方に近すぎる敵は撃てないからどうしても撃ち漏らしが出る。

 

《阿武隈、交戦を許可。暁と子日で相手の頭を押さえて!》

 

 指揮を飛ばすのは正一郎だ。

 

「レディファーストって訳ね!」

「待ってましたぁ!」

 

 暁と子日はそう言って前に出た。

 

《暁・子日を響・初春がバックアップ、残りの艦は阿武隈を先頭に奥の軽巡を叩いて。最速で切り抜けて“本丸”を叩く!》

「了解です!」

 

 先頭の明瞭な視界で相手の砲弾を読んでいく。

 

「子日! 左へ5メートル!」

 

 子日が指示通りに動くとちょうど子日の右側5メートルに砲弾が落ちてくる。殺傷域のすれすれをなぞるようにして敵の駆逐艦と接触した。

 

「突撃するんだから!」

「ねーのーひーアタッ~クッ!」

 

 暁に続いて子日が飛び出した。アタッカー二人の後ろをそれぞれ響と初春がフォローに入る。そこに生じた空隙に阿武隈が飛び込んだ。

 

「司令官、お願い!」

 

 阿武隈のリンク率が上がる。武装の一部を合田正一郎少佐に預け、阿武隈は前を見据えた。軽巡が目の前に迫っている。

 

 

 

「――――――がら空きなんですけどぉっ!」

 

 

 

 両手首の砲を同時に発砲、相手にヒットして上体をぐらりと揺らす。そこに阿武隈の脇をすり抜けた雷が躍りかかった。手にした錨で正確に相手の横っ腹を砕き、進路を拓く。その奥には駆逐艦が二隻、それを待っていたかのように砲を撃ってきた。錨を振りぬいたばかりで体制の整っていなかった雷に砲が向いている。とっさに電が足を払い盛大にずっこけたおかげで雷は何とか被弾を回避した。

 

「いったーい!」

「ごめんなさいなのですっ!」

 

 その間に飛び出してきたのは初霜と若葉だ。雷と電を射線から庇うように立つとその手の連装砲を発砲相手に正確にダメージを叩き込んでいく。

 

「ほんっと、詰めが甘いんだから」

「大丈夫だ。私が守る。」

 

 若葉と初霜が射線を塞いだあと、横から影が走った。

 

「しまかぜからは、逃げられないよ!」

 

 連装砲ちゃんがきっちりと相手に弾丸を叩き込み、進路は完全にクリアになった。

 

 彼女らの前には敵の“本丸”しかない、最短の直線ルートに乗っていた。水雷戦隊の動きを止めようと両翼に展開していた敵の部隊が砲を向けようとする。その眼前に影が割り込んだ。

 

「この金剛型を目の前によそ見とは今年一番のジョークよネー」

 

 至近距離で戦艦の主砲が閃いた。強い朝日の影で顔を塗りつぶした金剛は主砲の反動で艤装を大きく振り回しながら、その勢いを殺さずに回し蹴り、重巡を吹き飛ばす。

 

 長射程と高威力が取り柄の戦艦が駆逐艦の射程の1/4以下の距離で戦うなどナンセンス。

 

 だが、艦娘はその例外となりうる。艤装を背負う人型という特徴を活かせば至近距離でも戦える。

 

 砲撃と艤装の重みと反動をうまく使った殴打を組み合わせ敵を文字通り蹂躙していく。

 

「金剛姉様!」

「大丈夫ネー!」

 

 一斉に襲い掛かってくる駆逐艦に向かって、金剛は不敵な笑みを浮かべた。

 この至近距離なら狙いもへったくれもない。銃身を向ければ当たる。それぐらいの距離まで来ている。

 まず二隻喰う。残り2隻は魚雷を放ってくる。いい判断だろう。戦艦相手に砲撃戦になれば勝ち目はない。それにこの距離なら砲が当たるように魚雷も当てやすい。

 

「でも、甘いネー。砂糖を入れすぎたミルクティーより甘いネー」

 

 ここで金剛はあえて前進、魚雷の距離を測りつつ前に跳躍。魚雷の上を飛び越える(、、、、、)

 その勢いでほぼゼロ距離まで踏み込んだ。踏み分けた水のカーテンで相手を脅かしつつ砲を振る。カーテンが解けるころには主砲が眼前に広がっていた。

 

「金剛型を相手にしたことを恨むがいいネー」

 

 砲が閃けば文字通り跡形もなく消え去る駆逐艦。その瞬間に酔ってないといえば嘘になる。

 

「姉様!」

 

 後ろに駆逐艦が迫っている。ぎりぎりだが十分に対応できる距離だ。だが金剛の意志より先に艤装が反応した。

 背負っている一番副砲が急速に回転。相手の喫水線目がけて砲撃を叩き込みその反動で体ごと半回転、それに驚いて行き足が遅くなった駆逐艦と向き合うと同時に装填が終わっていた二番三番主砲が閃いた。相手が吹っ飛んでいく。

 

「……まったく、ダーリンは過保護なんだから」

 

 直後に低空を艦娘の艦載機が低空を通過(フライパス)した。挨拶するように翼を振って反転する。

 

「姉様無事ですか?」

「当然ネー。久々にカズキのリンクが楽しめたワ」

 

 そう言って微笑んでから周囲を見渡せば一水戦が敵の本丸に近づいていた。その城郭を守る航空隊は艦娘六人がかりの航空機が総がかりで崩していく。

 

「カズキ、もしかしてあっちの指示をしつつこっちのサポートをしてたのかしら……」

「相変わらずというか、なんというか……」

「カズキらしいと言えばカズキらしいネー。さて私たちは側面に回り込むワ!」

「はい、お姉さま!」

 

 金剛は本丸の位置を見つつ前進していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「比叡姉様、2時方向距離300」

「まっかせてー!」

 

 長女と三女が乱闘騒ぎを起こしてるのを尻目に正攻法で攻めているのは次女比叡と四女霧島の第二小隊である。艤装用のアームを小刻みに調整しながら一水戦に向かおうとする駆逐艦を確実に黙らせていく。

 

「それにしてもみみっちいですね。もっとドカーンと黙らせられませんか?」

「なら姉様、月刀提督に航空支援を要求しては? 次、3時方向距離285、いや288」

「了解。でもなんだか月刀提督を頼るのは癪なんですよねー」

「どうせ、お姉様を盗られたようで嫌なだけでしょう?」

「……そうじゃないけど、たぶん」

「でもどこが気に入らないんです? 優秀で出世頭、家柄もよく優しく紳士的、めったにない優良物件―――――データだけ見てもこれで、データ以上にすごい方だと思いますが」

「なんというか、どこか辛そうなんですよねー。あ、手前の落とすね」

 

 お願いしますという霧島の答えを聞いて相手を沈めていく。

 

「辛そうというと?」

「うーん、なんだか提督、隠し事してるんじゃないかーと比叡の勘がね。それが金剛姉様を傷つけないかなと心配になる……この辺りの匂いは中路提督もしてたからそんなものかもしれないけどね」

「まぁ、秘密の一つや二つ誰にでもあるでしょう? 気にしすぎのような気がします。データによると男女の――――――」

「あーはいはい」

 

 霧島はロジカルな思考回路の持ち主だ。感覚で物事を考える比叡にとっては少々小うるさい存在である。でも霧島の言うことも的を得ているのだ。だからこそ、引っかかる。

 

「うーん、今考えていても仕方ないし……そろそろ相手も減ってきましたし、距離を詰めましょう。金剛姉様も榛名も大暴れしてるみたいですし」

「荒っぽいことは好きじゃないんですけどね」

「“姉御”霧島が何をいうやら。至近距離での殴り合いは一番強いくせに」

「得意と好きは違うんですよ、姉様」

 

 すこしげんなりとした表情の霧島が溜息をついた時、無線がつながった。それを聞いて、比叡と霧島は顔を見合わせることになった。

 

 

 

《―――――――私タチガ何ヲシタト言ウンダ!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「睦月―。潜水艦反応はー?」

 

 語尾がだらっと伸びる独特なしゃべり方をするのは望月だ。あきつ丸の隣を並走しながら睦月は首を横に振った。

 

「大丈夫。反応自体クリーン。今は問題ないよ」

「防空戦一方だと不安にもなるんだけど、ねー如月」

「そうでもないわよ。高角砲なら応戦も楽だし龍鳳さんが守ってくれてるしね」

 

 龍鳳の直掩に入っている如月が笑った

 

「でも確実を期するためにも気は抜かないでくださいね」

「わかってる……」

 

 無表情にそう言ったのは弥生だ。対空砲を撃つと敵機の編隊が散り散りになった。あとは戦闘機同士のドッグファイトの時間だ。

 

「でも。そうも言ってられない感じかしらー」

 

 そう言ったのは龍田だ。頭の上の電探のアンテナがふらふらと揺れる。

 

「だな、こっちでも捉えた。航空隊が追加だ北東から35機、龍鳳だけじゃ辛いだろう?」

「プラス35はちょっと……ですね」

「と言うことだ。前進するぞ、睦月如月ついてこい」

「はーい」

「髪が傷まなければいいけれど……」

 

 天龍は対空砲を動かしつつ敵の航空隊と向き合う。前進しつつ狙いを付けていく。

 

《天龍止まれ!射線に突っ込む!》

 

 聞こえた高峰の声に一瞬あきれた声を上げた。

 

「あ、射線って―――――――」

 

 ――――――なんだよ?と言おうとしたのだが、目の前をゴッ!!!という音と共に何かが通過して声が止まる。

 

「―――――――あん?」

 

 その直後、鼓膜が割れんばかりの勢いで空気の壁にぶっ叩かれた。衝撃波だと理解する前に、後ろから吹き付ける強烈な風に前につんのめる。一歩前に踏み出すと空気自体が熱せられたのだろう。いきなり頬が火傷したように熱く感じた。

 

「あっちぃ! なんなんだ、よ……?」

 

 よく見ると接近していた35機が綺麗さっぱり消え失せている。あとその何かが通った後だけ海面から湯気が見えるのは気のせいだと信じたい。

 

《おまたせ! やっと追いついたわ!》

 

 その湯気の列をたどると遠くにだが人影が見える。

 

「あ! あれって……!」

「兵装実験軽巡、夕張!只今到着しました!」

 

 そう言うのはグレーの髪を緑のリボンでポニーテールにまとめた少女だ。夕張と名乗った少女を見て口をあんぐりと開けるのは睦月たちと天龍である。正確には夕張の持っている武装を見て口をあんぐりと開けている。

 

「ど、どうしたの……?」

「それって……!」

「いつぞや睦月が開発した謎兵器!?」

「あぁ、これ? 今、艤装研究開発実験団(うち)で試験中よ。そういえばウェークで開発できたんだっけ?」

 

 そう。夕張の右脇には夕張の身長を超えるのではないかと思えるサイズの砲が搭載されていたのだ。他の艤装マウントにはなにも乗っていない。

 

「も、もしかしてとは思うが……さっきの攻撃、それか?」

「えぇ、これよ。もっと軽くできるといいんだけどねー。ってどうしたの?」

「―――――高峰中佐、警告遅いぜ」

《悪い。合田少佐のサポートに入ってた》

 

 前の夏にウェーク基地で開発された謎兵器、正式にOIGAMIと名づけられたそれを簡単に説明するなら特大の榴弾砲だった。ただし子弾が詰まった榴弾を衝撃波で海面を割り、大気との摩擦熱で射線上を灼熱に変えるほどの超高速で撃ちださなければの話である。もはやその発射体(プロジェクタイル)の速度自体が最大の脅威だ。

 

「夕張、よくその反動殺せたな」

「実験軽巡舐めないで。こんなの苦労の中に入らないわよ。まだ扱い楽な方よ、これ」

「うわ、艤装実験団恐ろしや」

 

 ふんす、と胸をはる(どこかはりが足りないのはご愛嬌である)夕張は砲を軽く振る。如月は試験に挑んだ暁がこの反動で15メートルほど吹っ飛ばされ砂浜に埋没したことを思い出していた。それをここでさらっと使ってくる夕張に正直脱帽だ。

 

《おーい、そろそろ任務に戻ってくれ》

「あ、わりぃ。すぐ戻る」

 

 高峰にせかされるようにして天龍が踵を返す。

 

「で、もっと試し打ちしたいんだけど……」

「対空目標が飛んできたらな。それ対艦兵装として使われると“ミンチよりひでぇや”って事態にしかならないから。……くっそ、おれの電探も持っていきやがって」

 

 衝撃波と急激な加熱で電探がぐずってるらしい。天龍に片手で詫びると夕張は対空目標を探し始める。どうやら本当にもっと撃ちたいらしい。

 

「そういえば武蔵もいっしょじゃなかったのか?」

「今打撃群の方に向かってるわ」

「そうか。まぁ妥当っちゃ妥当だな」

 

 天龍が笑ったタイミングで無線が走る。作戦共通周波数帯で流れる聞きなれない声に天龍は眉を顰めた。

 

 

《―――――――私タチガ何ヲシタト言ウンダ!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その声を聴いた時、電は息を止めた。

 この声のアクセントに聞き覚えがある。忘れるわけがない。MI撤退戦の時のあの声と同じだ。だとしたらこれは―――――

 

 深海棲艦の声だ。

 

《何ガ楽シクテ私達ヲ屠ル!? 私達ガ貴様ラニ何ヲシタ!?》

「え、どういう……」

 

 阿武隈の困惑した声が響いた。周りも状況がつかめていない。

 

「攻撃が……止んだ?」

 

 すでに海域の深海棲艦は敵の本丸、北方棲姫とその周りの駆逐艦3隻のみまで減っていた。航空隊の攻撃も止む。戦場に奇妙な空白が生まれた。

 混乱からの回復が早かったのは暁型の面々だ。一度あの声を聴いている。

 

 電が僅かに加速する。

 

「電……?」

「こちら電、月刀大佐、応答願います」

《……どうする気だ?》

 

 電は砲を向けたままわずかに笑った。

 

 

 

「深海棲艦との接触の許可が欲しいのです」

 

 

 

 そう言うと電は後ろを振り向いた。それぞれが不安げな表情を浮かべる仲間を見回してから口を開いた。

 

「あの子は、あの深海棲艦はもしかしたら、ううん、たぶん間違いなく戦いたくないと思っているのです。だとしたら戦わないですむ方法があるかもしれません。……交信と接触の許可を頂けませんか?」

「危険だ! そんな危険なことをさせる訳には――――――!」

 

 響が叫ぶがそれを遮るように電も叫ぶ。

 

「今のままじゃ! いつまでたっても戦争は終わらないのです! 相手が戦うことを嫌だと言っているのなら、こちらも攻める理由もなくなる、お互いの妥協点も見えてくるかもしれないのです!」

《……電、接触の許可と言ったな。直接至近距離で話し合う気か?》

「はい」

《危険だってわかってるか? その至近距離ではこちらの砲撃カバーも見込めん。相手が攻撃してからの応戦だと間に合わない可能性が高い。それでも飛び込む気か?》

「はい」

 

 その答えを聞いて不安げに瞳を揺らすのは響だ。

 

「電、電の考えはきっと正しい。でもね、それが電を殺すことになるなら。私はそれを認めない」

「それでもいなづまはそうするしかないと思うのです」

 

 その答えに響は言葉を切った。即答だった。こういう時の電は意固地だ。

 

 

 

 

《司令官、俺も電の意見に賛成だ》

 

 

 

 

「天龍まで何を言ってるんだ!」

 

 無線に割り込んだ援護射撃に響が反応する。

 

《月刀司令官よぉ、もう少し電たちを信じてやれ。――――――お前が来るまでの電は演習でも実戦でも文字通り使えないヤツだった。守れもしなければ攻めれもしない、戦争に向いてない優しいだけが取り柄のヤツだった》

 

 ここまで言われると電も少し不満が募るが無線の主導権は天龍が握ったままだ。

 

《それをお前が育てたんだ。お前が救ったんだ。そんな弱っちかったやつが今じゃどうだ? 戦艦相手でも空母相手でも戦えるだけの力をつけた。広い視野と柔軟な思考を武器に部隊を指揮する能力ならだれが相手でも絶対に負けねぇ。俺はそう思ってる。そんなやつが戦いを終わらせるきっかけを掴んだかもしれねえんだ。深海棲艦が現れてから10年間、誰も手が届かなかったことだぜ? ずっとお前の命令に応えてきただろう。十分すぎる成果を残してきただろう》

 

 だから司令官、と天龍は言葉を切った。

 

 

《自信をもって背中を押してやれ。その部下の功績に胸を張れ。それが上官ってもんだろう》

 

 

 天龍さん、と電は無線に乗せずにつぶやいた。

 

《電、俺は信じてる。俺は戦うしか能のない馬鹿だからよ、戦わなくて済む世界なんて想像できないし、つかめない世界かもしれねぇ。でもお前ならできるはずだ。だから自信を持て。お前は間違ってない。お前が間違ったら俺が叱ってやる。誰かに頭を下げなきゃならなくなったら一緒に下げてやる。だから今は、自分の信じるベストなことを納得するまで突き通してこい》

 

 無線が僅かに沈黙した。溜息をつくような気配、もしかしたら誰かが笑った気配。

 

《――――――赤城と加賀、蒼龍の艦爆隊は上空待機。飛龍の艦攻隊は北方棲姫東側2キロでホイールワゴンを維持して待機しろ。打撃群はすぐに砲撃可能な状態を維持》

「司令官、正気かい?」

《正気でこんなことができると思うか? だが、目が覚めた。――――――電、戦術リンクを予備回線(オルタネート)に切り替えろ。できる限りのサポートはするがなにが起こるかわからん。響の言う通りでもある―――――もしそれで電が危険だと判断したら相手を問答無用で叩き潰す。それを間近で見る覚悟はいいな?》

「わかりました――――――司令官さん」

 

 電は胸に手を当てる。

 

「――――――見ていてくれますか? いなづまのそばにいてくれますか?」

 

 その問いに無線の奥が笑う。

 

《あぁ、見ている。リンクを切るな。絶対だ》

 

 その答えに電は頷く。その後無線の奥にはいと告げた。

 戦術リンクを予備回線に切り替える。そこの反応が強くなる。ほぼ最大強度、自分の中に司令官の存在を感じるほど、強く共鳴した。

 

 

《――――――電、接触を許可する》

 

「はい。――――――こんにちは。はじめまして。深海棲艦さん。少しお話しがしたいのです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《――――――こんにちは。はじめまして。深海棲艦さん。少しお話しがしたいのです》

 

 電の問いかけを無線越しに聞く。航暉は目を閉じ、電の声に集中する。

 

「あきつ丸、撮れてるな?」

「全データ収集中なのであります」

「高峰、お前は戦術リンクから抜けろ。万が一のことがあった時に備えてくれ」

 

 CICの中で航暉はそう言った。高峰が驚いた表情で見てくる。

 

「深海棲艦との通信なんて初めての事態だ。何が起こるかわからん」

「――――――それをわかって最大強度でリンクするか、普通」

「普通なんて異常を内包するものさ。――――俺に何かあった時は、頼む」

「あいよ」

 

 高峰はQRSプラグを引き抜くとモニターの監視に入った。

 

「合田少佐も身代わり防壁(アクティブプロテクト)噛ませてるな?」

「当然です。こんなところで死ぬわけにもいかないので」

「別系統で入ってるとはいえ油断するなよ」

「わかってます」

《――――――帰レ! 私達ハ静カニ暮ラシタイダケダッタンダ》

 

 無線に反応が入る、その声に全員が肩を強張らせていた。航暉は電の視覚情報を流し込んだ。遠くに幼子にも見える影が立っている。艤装には所々に穴が開いている。―――――おそらく金剛たちの砲弾が開けた破孔だろう。

 

《私達ハ生キテイタカッタ。タダソレダケダッタ。ナノニ、オ前達ガ撃ッテクルカラ、皆死ンデイッタ。ルナモ、ソルモ、ラジェンドラモ、ミンナ、ミンナ、オ前達ガ沈メテシマッタ! 長ノ私を守ッテ沈メテシマッタンダ!》

 

 電がその声の主―――――北方棲姫の下へと寄っていく。

 

《クルナッ!》

『わかりました。これ以上は寄りません。でも、もう少しだけ話を聞かせてほしいのです』

 

 電の砲塔は明後日の方向で固定され、魚雷発射管も上向きに固定されたままだ。攻撃の意志がないことを伝え両手の手のひらを相手に見せる。武器を持っていないことの証明だ。

 

『あなたは戦いたくない、できるなら平和に暮らしたい。そうですね?』

《ソウダ! ナノニオ前達ガソレヲ許サナカッタ!》

『……もしかしたら、あなたたちも私達も、間違っていたのかもしれないのです。私達も平和に過ごしたい。そう思っているのです』

《嘘ダ! ナラ、何デ撃ッテクル!? ドウシテミンナヲ殺シテシマウ!?》

『それは……』

 

 北方棲姫の方から一歩前に踏み出した。航暉は隣の管制卓を見やる。電以外の艦を監視している合田少佐に目で待てと伝える。まだだ、まだ電の交渉は続いている。

 

『私たちがあなたたちの言っていることを理解できたのは本当に最近のことなのです。あなたたちがこの言葉で声をかけてくれるようになってから、それからの話です。今でもなんであなたたちが私たちと敵対しているのか、お互いどうすれば戦わないですむのか、わからないでいます』

 

 敵の駆逐艦がすっと距離を詰めた。それでも電は武装のロックを解かない。

 

『あなたの知り合いを私たちは沈めてしまった。きっとあなたは悲しんでいるし、私たちを憎んでいると思うのです。私たちにもあなたたちの仲間の攻撃で沈んでしまった仲間がいます。私と一緒に過ごしてきたある子も沈んでしまいました。その時は悲しくて悲しくて、弱い私は泣いていることしかできなかったのです』

 

 

 

 電は思い出す。

 

 駆逐艦“疾風”。風見大佐隷下の第551水雷戦隊で電のパートナーを務めてくれた艦娘だった。電はその日は出撃できず、彼女の最期を看取ることはできなかった。回収できたのは奇跡的に無傷だったバレッタとへしゃげた主砲、それにくっついていた右手の人差し指のみ。帰ってきた仲間を見て、電はただ泣いていることしかできなかった。三日三晩は食事も喉を通らず、バレッタを握りしめて泣くしかできなかった。

 

 

 

『死んでしまった人はもう帰ってきません。いくら泣いても、いくら怒っても、帰ってこないのです。相手を倒しても、帰ってこないのです』

 

 

 

 その時、同じ部隊だった睦月は一緒に泣いてくれた。如月は黙って肩を抱いてくれた。天龍は半ば狂ったように出撃しその時の残党を狩りつくした。それでも疾風は、電のパートナーは戻ってこなかった。電の手元にはバレッタと思い出だけが残った。そのバレッタは寝るとき以外はいつもつけるようにしている。弱い自分を忘れないために、彼女を忘れないために、今もつけている。

 

 

 

『だから恨むなとはいいません。泣くなともいいません。でも、今からできることを探すことはできると思うのです。みんなが笑って過ごせる海を作ること、それをするために何をすればいいか考えることはできると思うのです』

 

 電はそう言うとゆっくり前に進み出た。護衛の駆逐艦が止めるべきか否かを迷うように揺れる。

 

『もしよければ教えてください。あなたの大切な人は、できるなら平和に暮らしたいと言ったとき、何をしてくれましたか?』

 

 北方棲姫は僅かに俯いた。

 

《……イイ夢ダッテ言ッテクレタ、頭ヲ撫デテクレタ》

 

 本当に大切にしてもらっていたのだろう、その大きな双眼に雫が溜まる。

 

《叶ウトイイネッテ言ッテクレタ。ソノ時ハ一緒ニ散歩シマショウッテ言ッテクレタ! ミンナデ遊ボウッテ言ッテクレタ……!》

 

『きっと分かり合える、話し合えると思うのです。今だってこうやってお話できているなら、きっと、きっと話し合って戦いを止めることができると思うのです。そうすればみんなで楽しく過ごせる海になると思うのです』

 

 もう手の届く距離まで来た。本当に小さい幼子だ。電よりも小柄だろう。

 

『すぐに仲直りとはいかないと思うのです。でもいつか仲良く暮らせる海になるって、私は信じているのです。だから、握手から始めませんか?』

 

 電はしゃがみ込み右手を差し出した。

 

『すぐに友達になれないし、お互い怖いこともつらいこともあるのです。でも、戦いはもうこりごりだ、もう戦争をやめにしようって思ってるところはいっしょだと思うのです。だから一緒に戦争を終わらせていくために頑張っていこうねっていう握手をしたいのです』

 

 北方棲姫は手を伸ばして、それから躊躇った。

 

《――――――信ジテモ、大丈夫?》

『信じてほしいです』

《戦争ヲ終ワラセタイノハ、嘘ジャナイ?》

『嘘じゃないです』

 

 北方棲姫はそれからゆっくりとミトンのような手で電の手にそっと触れた。

 

《――――――アナタノ、名マエハ?》

 

 それを聞かれて彼女は微笑んだ。

 

『いなづまです。あなたは?』

《名マエ、ナイケド、“ヒメ”ッテ呼バレテタ》

『じゃぁ、ヒメちゃん。これからよろしくお願いします』

 

 そっと手を放し、電は北方棲姫――――ヒメを見て微笑んだ。

 

『ヒメちゃんはこの後どうしたいですか?』

《――――デキレバ、モウ戦イタクナイ。デモ、戻ル所モ、ナイ》

 

 ヒメはそう言って俯いた。電はゆっくりと口を開く。

 

『戻るところがないってどういうことなのです?』

《前ノ場所ハ、追イ出サレタ。一緒ニ来テクレタ人モイナクナッタ》

『前の場所って?』

《アクタン》

 

 アクタンと言えばさらに東側、南北アメリカ方面隊の管轄地でそちら側の激戦地だ。どうやら地名の認識はある程度人間側と一致しているらしい。

 

 航暉はそこまで聞き、振り返った。後ろには高峰が立っている。

 

「……どう思う?」

「感情の上下はあるが理性的で自制もできている。精神年齢的にはおそらく10歳前後相当――――いや、もっと上。口調に騙されそうだがかなり思考が発達しているな。偽情報(ディスインフォメーション)の可能性もある」

「騙すつもりも無きにしもあらず、か」

「だがおそらく本当だ。声を聴いている限りではという条件付きだから確証はない」

 

 高峰はそう言って腕を組む。

 

「話は極東方面隊だけのレベルを軽く超えるはずだ。深海棲艦との意思疎通に成功、かつ友好関係の兆しありとなると世界発だろう。この面子でどうにかできる問題じゃない。――――――とんでもない爆弾を拾い上げたな」

『ヒメちゃんはこの後行くあてはあるのですか?』

《―――――――ドコニ行ケバイインダロウ》

 

 ヒメと電の会話も続く。それに耳を向けつつも航暉は口を開く。

 

「判断材料が少なすぎる。だが今決めなければ期を逃す、か……」

 

 航暉は司令卓に向き直った。

 

「北方棲姫を確保する。万一にそなえて打撃部隊は砲撃用意。電、ヒメちゃんに一緒に来ないか伝えられるか?」

『……ねぇ、ヒメちゃん。行くところがないならいなづまたちと一緒に行くっていうのはどうでしょう?』

《……一緒ニ?》

『はい。もしかしたら戦争を終わらせるために何かできることが見つかるかもしれないのです。いなづまよりももっと頭のいい人が沢山いるのです。その人たちと相談したりしながら考えていきませんか?』

 

 うまい、と航暉は内心舌を巻いた。ヒメは悩んでいるようなそぶりを見せる。

 

《……一緒ニ行ケバ、戦争ガ終わる?》

『すぐには無理なのですけど、早く終わらせるための手伝いぐらいならできると思うのです』

《……》

 

 再び沈黙。航暉は背中がじっとりと汗で濡れるのを感じていた。

 

 

《……ワカッタ。イナヅマト一緒二行ク》

 

 

「―――――――シャッ!」

 

 高峰、ガッツポーズ。その間にも航暉は電だけのリンクから全部隊へのリンクに切り替える。

 

「月刀より全艦、電が北方棲姫――――正式名“ヒメ”の説得に成功。ヒメを監視しつつ南下する。一水戦と打撃群は電とヒメを先頭に艦列を組め。進路1-9-5、速度は25ノット以下に抑えろ。航空隊は燃料の少ないものから順次補給、上空に常に艦爆15と艦戦を待機させるんだ。電たちの入港先及び時間は追って連絡する。事態が急変する可能性もある。551と夕張はそのまま護衛任務を続行してほしい。護衛艦群はヒメとの距離を維持したまま航行する」

《こちら打撃群旗艦金剛、了解デース!》

《一水戦阿武隈、了解です》

《機動部隊赤城、了解しました》

《551天龍、了解だ》

 

 帰ってくる答えを聞きながら航暉は額の汗をぬぐった。

 

「極東方面隊総司令部に緊急通信を繋ぐ。あきつ丸、今のデータ、添付できるな?」

「当然であります!」

「とんでもないお土産付きになったな」

 

 航暉はそう言って急告を届けるべく通信回線を開くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリリスクに帰港したのはあの日から数えて三日目の真夜中のことだった。難民たちは船から降りた後択捉島の難民キャンプに合流した。かなりの人口密度になっているので、急ピッチで拡張工事をしているらしい。

 ヒメはとりあえず単冠湾に連れていき国連海軍の監視下に置かれることになった。ヒメは長門とも打ち解けたので(意外に打ち解けるのは早かった)長門が相手をしつつ情報を探るというのがとりあえずの方針だ。日本だけでなく各国の有識者が集まった緊急対策チームが結成されて国連海軍総合司令部の主導で進むことになるそうだ。

 中路中将は意識が回復したものの、言語障害が残ったらしい。その経緯についての調査が入っているが、延々として進まないでいる。慎重な調査云々などと説明されているが、ヒメ事案が飛び込んだためそれどころじゃないというのが本音だ。それよりも空いた西部太平洋第一作戦群司令長官の椅子に誰が座るかという椅子取りゲームのほうが面白いらしい。

 

 

 これがヒメ事案と軍部で呼ばれるようになり、作戦が一通り終了してからあっという間に2週間がたった。

 

 

 その合間にバタバタと世界が動き回る中その中でひっそりと――――。

 

 

 

 合田正一郎少佐の処分人事が下された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大尉への降格処分と減俸3ヵ月、艦隊指揮権の剥奪、か……」

 

 ウェーク島の暗い司令官室の中でぽつりと正一郎はつぶやいた。南国の気候はまだ熱い。ジャケットは脱いでワイシャツ姿の正一郎は大きなボストンバッグに私物を詰め込んでいる最中だ。

 彼には1週間の猶予が与えられた。その間に引き継ぎ書類を作成し私物をまとめなければならない。次の正式な551水雷戦隊の指揮官は決まっていない。正式に決まるまでは航暉が兼任することになっている。

 

「次は後方支援部の補給部門かぁ、書類多そうだなぁ」

 

 ここに着任して三か月弱、短い間だったがかなりの忙しさだったと思う。前線の忙しさから離れることも必要なのかもしれない。そう切り替えなければやってられないのだ。

 この処分も脱走していろいろやったことを鑑みると驚くほど軽い処分だった。文句は言ってられない。いきなり放り出されるわけじゃないし次の仕事もある。食いはぐれることもないなら次の仕事に飛ぶべきだ。そう割り切った。

 

 

「司令官……」

 

 

 551水雷戦隊司令官室に入ってきたのは阿武隈だった。

 

「どうしたの?」

「明日……行っちゃうんですよね?」

「……うん」

 

 ゆっくりと頷いた。阿武隈を少し見上げる目線。いつもの距離だ。

 東向きの窓からは上がったばかりの満月がぽっかりと光を落としていた。四角く切り取られた月光のキャンバスに阿武隈の影が落ちる。

 

「明日で、さよなら……なんですよね」

「うん。今度こそ、さよならだ」

 

 寂しげにそう笑った正一郎の前で阿武隈はぽろぽろと涙をこぼした。慌てる正一郎。

 

「あ、阿武隈っ!?」

「ごめんね、司令官。さよならだってわかってるのにどうしてもどうしても言いたいことがあったんだ。最後に阿武隈のお願い、聞いてくれますか?」

「僕にできることなら、何でも」

 

 そう言うと正一郎は阿武隈と向き合うように立った。阿武隈は彼の肩にそっと手を置いてそのまま抱き寄せた。緊張して彼の体が一瞬強張ったが、すぐに力を抜いて抱き込まれるのに任せた。

 

 

「司令官、ううん。合田正一郎さん。私は貴方が大好きです」

 

 

 目を閉じて、そういいきった。

 

「そっか……」

 

 彼も彼女の胸で目を閉じていた。

 

「はい、大好きです。ずっと好きでした。今も大好きです。きっとこの後も大好きだと思います」

 

 そう言って阿武隈は彼の頭を抱き込んだ。強く抱きしめる。そうでもしないと言い切る前に決心が揺らぐ。

 

「だから、今晩だけは、私の司令官でいてください。私だけの司令官でいてください。そして、明日、私の指揮から外れたら――――――」

 

 阿武隈は彼の体を抱きしめたまま天井を仰いだ。

 

 

 

 

「――――――私のことは、忘れてください」

 

 

 

 

 それが阿武隈の最後のお願いだった。彼は抱かれたままつぶやいた。

 

「覚えてるのも、ダメなんだ……」

「私は司令官には幸せになってもらいたい。絶対に絶対に、幸せになってもらいたいんです。だから私じゃダメなんです。私じゃ司令官を幸せにできないんです……!」

 

 ダメだ、阿武隈は自分の中で何かが決壊するのを感じた。抑えることができない。

 

「私は軍の備品なんです。水上用自律駆動兵装、艦娘、CL-NG06。だから、司令官の部下じゃないと一緒に過ごせないんです。明日からはもうどんなに頑張ったって赤の他人の関係にすら届かない、軍人と備品の関係に戻るんです」

 

 納得したはずなのに。これがベストのはずなのに。

 

「司令官には私よりももっと可愛くて優しい子が似合います。これから司令官は大きくなってきっと素敵な恋をして、いろんなことを知って、泣いて、笑って……もっと素敵な男の人になるんだと思います。だから私よりももっとあなたにぴったりな人を見つけてください」

 

 どうして涙が止まらない。

 

「司令官のいる世界なら、私は戦えます。あなたのいる世界なら守れます。兵器の最期なんて、壊されるか捨てられるかで終わってしまう。それは私も怖いけど、司令官の世界を守るためなら、私はそれでいいんです」

 

 鼻をすすって言葉を飲み込んだ。

 

「――――――だから明日になったら、忘れてください」

 

 正一郎は静かに彼女の肩を押して腕をほどいた。

 

「わかったよ、阿武隈」

 

 その答えを聞いて彼女は笑った。

 あぁ、これでハッピーエンドだと笑った。

 

 

「――――――――――――でも、ダメだ」

 

 

 その瞬間に攻守が切り替わる、阿武隈に抱き着いた正一郎が声を荒げた。

 

「僕も好きだよ! 阿武隈が僕のことを好きだって思ってくれるよりずっと前から好きだったよ! 海大の時も! 父さんが死んだ時も! 551でも! ずっとそばにいてくれたのは阿武隈じゃないか! 何回阿武隈に助けられたと思ってるんだ! 明日になったら忘れろ? 大好きな人を忘れられるほど僕は器用な人間じゃない!」

 

 その後は嗚咽交じりの泣き声だけが部屋に響く。

 

 どれだけの時間が経っただろう。

 

「……阿武隈」

「なぁに、司令官」

 

 互いに赤く腫らした目を向け合った。

 

「必ず、戻ってくるよ。大尉としてキャリアを積んで、海大をイチからやり直して、戻ってくる。それまで、待っててくれる?」

 

 それを聞いてくすりと笑った。大好きな(ひと)にそう言われたら、答えなんて一つに決まっている。

 

 

 

 

 

 

「――――――私的にはオッケーです、司令官」

 

 

 

 

 

 

「ははっ、やっと笑った」

 

 正一郎の言葉に笑ってることを知る。

 

「本当は逆なんだろうけど……」

 

 彼は踵を浮かせ阿武隈の首に手を回した。

 月明かりはその二人の輪郭を映し、その影は際限なく近づいて、触れあった。

 

「しばしの間のお別れとはいえ騎士と王女に必要でしょ?」

「まったく、おませな司令官なんだから」

 

 笑いあっている所でいきなりあたりが明るくなって二人ははっとする。電気スイッチの方を見るとスイッチを押したのはどこか意味深な笑みを浮かべた如月、その隣では顔を真っ赤にした睦月、ドアの向うには暁型の面々と天龍龍田の姿も見える。

 

「仲いいところ悪いけど合田司令官の指揮官退役記念パーティの料理ができたわよー?」

 

 あらあらと言いたげな笑みでそう言う如月に酸素不足の金魚の如くパクパクと口を動かす阿武隈。

 

「も、もしかして……見てた?」

「えぇ、ばっちり」

「ど……どこから?」

「明日でさよならなんですね、あたりからかしらぁ」

 

 さらっとそう言うのは龍田である。

 

「ほぼ全部じゃない! ~~~~~~~~~~っ!」

 

 顔を真っ赤にして如月たちに襲いかかる阿武隈。

 

「人の恋路を邪魔して楽しいかぁあああああ」

「楽しいわよ~!」

 

 逃げる野次馬追う阿武隈。残された正一郎は一人で笑いをかみ殺した。

 

 

――――――あぁ、今頃になって名残惜しくなってきた。

 

「指揮官復帰は最速で1年半後、かぁ……」

 

 長いようで案外短いものだ。そう思いながら合田正一郎は阿武隈(かのじょ)の後を追いかけるのだった。

 

 

 

 




さて、いかがだったでしょうか。

ちょっとだけ話を。
じつはこの回、すごく難しかったんです。ここまで書くのにかなりの時間をかけました。バトル回にほっぽちゃんとの交渉、電の過去に阿武隈の強い心の動き、ほかにも書きたいことが多すぎて泣く泣くカットしたものもあります。それは今後どこかで拾っていこうと思います。

合田司令官のラスト、書きながら感極まってる作者です。最後は結構ベッタベタな展開になりました。書いてて(あ、ロマンス俺向いてないかも)と改めて実感しました。これでいいのか物書き。


まぁそんなこんなで何とか形にしました、一週間、長かった!

この作戦をもって中部太平洋第一作戦群第三分遣隊編の正規作戦を終了します。といってもこの章はしばらく続きます。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回からとある方との共同立案作戦、Chapter5.5“中部太平洋大規模合同総合演習”編をお送りします。久々のシリアル脱却予定です。

それでは次回お会いしましょう。

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