艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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投稿遅れましたが撤退開始です。
また長くなってしまった、うぅ……

それでは、抜錨!


Chapter5-8 夜の海で

 

 

 クリリスクで巨大な風車が高速回転を始める。数は6つ。ティルトローター機が離陸推力を得るために回転数を上げていく。

 

「だから何度も言わせるな。出撃ナンバーEOP08211010001A、キスカ島救援のための戦力派遣だ。CSCにそのミッションが登録されている」

《しかし……総合司令部から待機指示が……》

「待機指示だぁ? むざむざと2千人規模の死者を出す気か! グレイハウンド01、これより離陸する」

《ツー》

《スリー》

《待ってください、許可が出るまで……》

 

 航空管制を振り切って3機のティルトローター機が夜空に飛び出していく。

 

「……すまんな。こんなことに付き合わせてしまって」

「国連の飛行士を舐めんでください。長門さんみたいな美女に頼まれて動かんかったら男が廃るってもんでしょう。それに杉田一曹……もう中佐っすね、杉田さんには大きな借りがあるんで、返せてよかったです」

 

 一番機の機長席をのぞき込んだ長門に機長は笑う。

 

「杉田中佐とは懇意だったのか?」

「懇意って程でもないんですけどね、仙台での在日外国人排斥運動鎮圧作戦の時に、杉田さんの部隊に救われたんです。ゲリラがどこから手に入れたかわからないスティンガーを封じてくれたのは杉田さんだった。あれがなけりゃ俺たちはとっくに墓の下だった。その杉田さんに頭を下げられちゃあ、断る訳にも行かないし、積み荷が女の子ならなおさらね。いつも冷静沈着、北方艦隊の守護神、長門さん。一緒に飛べて光栄です」

 

 操縦桿はいま副操縦士が握っている。それを確認してから機長は後ろを振り向いた。後ろには長門と睦月型、天龍が乗っている。緊張した面もちだが貨物積載責任者(ロードマスター)となにか話している。

 

「このまま巡航高度で最速で飛ばします。現場海域につくころには夜が白みだすでしょう。今は少しでも休まれた方がいい。何かあればサイレン鳴らしますんで」

「ん、なら頼めるか?」

 

 長門は頷いた機長の肩を叩いて機体後方に向かう。

 

「ここで緊張していても仕方がない。今は休ませてもらうとしよう」

 

 そう言って長門は機内の椅子に腰かける。横に座っていた睦月はどこか緊張した顔で長門の方を見た。

 

「なんだ、私の顔に何かついているか?」

「い、いえ……そんなことはないんですけど……」

 

 どこか顔を赤くした睦月に怪訝な視線を向けていると睦月を挟んで反対側に座っている如月がくすくすと笑った。

 

「まさか長門さんと一緒に出撃できると思ってなかったから緊張してるんですよ。暖かい目で見守ってやってくださいね」

「む~、如月は睦月の母親かなにかですか~」

「あら? お姉さんって言ってくれないの~」

「お姉さんは私だし……って痛い痛いっ!肩をギリギリ締めないでっ!?」

 

 弥生は睦月如月姉妹の通常運転ぶりに上瞼だけを器用に細めた。いわゆるジト目と呼ばれる表情をした。

 

「睦月たち……緊張してないのかな?」

「んぁ? 考えるだけ無駄でしょ。無視でいいよ無視で、それよりあたしは寝ときたいなぁ」

 

 そう言う望月もかなりのものである。大物揃いなのか、案外考えていないだけなのか、弥生には判断がつかなかった。

 

「それにしてもよかったのかよ?」

「ん? 何がだ?」

 

 長門の方を見てそう口を開いたのは弥生の隣に座る天龍だ。行儀悪く開いた両ひざに肘をついて手をみ、口の端だけで笑った。

 

「お前北方第一作戦群の連合旗艦だろ? 司令官の信頼も篤いはずだ。この出撃で全部ふいにしたかもしれないんだぜ?」

「これくらいでふいになるようなら私の提督はそこまでの男だってことだ」

 

 長門は腕を組んで目をつむりそう言った。

 

「天龍、お前は義賊って言われてどういう輩か想像つくか?」

「義賊?」

「犯罪者ながら民衆に支持される人物のことだ。日本なら石川五右衛門とか鼠男、外国文学ならアルセーヌ・ルパンとかロビン・フットとかがそう呼ばれるな」

 

 長門はそう言うとわずかに首を前に倒しすべり止め付きの床を眺めるように俯いた。

 

「義賊には定義が2つあるそうだ。一つは権力者からみれば紛れもない犯罪者だが、民衆から『正義』を行ったイメージとされていること。もう一つは民衆と必ず関わり合いをもっている賊であることだそうだ。政府や軍が成せなかった正義を成すことで誰かを救おうとした。その心意気と覚悟はきっと賞賛に値するものだろう」

 

 長門はそれを言うと笑った。

 

「私はそういうものに憧れていたのかもしれないな。だから軍を裏切ってまで仲間を救おうとする杉田中佐に賛同したのかもしれん」

「……義賊、ねぇ」

「今のこの状況がまさにそうじゃないか。軍は2千人を超える難民と水雷戦隊一つを生贄に世界を救おうと考えた。でも私たちはそれにNOと言った。それが民衆に支持されるかはまだわからんが、こちらに“義”があると感じる人は少なくないだろうと思う」

 

 長門はそう言うと薄く瞳を開いた。

 

「私は、あの戦争を生き抜いた。私の船員だった人たちはあの世界の中で必死に生き抜いた。それぞれがそれぞれの“義”を抱いて生きていた。それを守って戦艦として、核に身を焼かれるまでずっと守ってこられたことは私の誇りだ。この体を得てからも幾度も作戦に参加したが、その誇りを違えるようなことは一度もなかったと自負している。己の信じる正義に殉じてきたつもりだ。今もだ。ここで誰かを見捨て勝利を得たとしても、それは私の正義に反する」

 

 薄く見える目はどこか遠くを睨むように据えられる。

 

「私が私であり、海軍を代表する艦であるためには、私は正義であらねばならない。ここで引いては、私は私を失いそうだったから話に乗った。これで我々が罰せられるというのなら、私は国連軍っていう組織を過大評価していたってことだろう。その組織で戦うよりはきっと解体された方が私は幸せだ」

「……そういうのは一人でつぶやくもんだぜ、長門さんよ。艦娘は人じゃねぇ、思想統制の対象になるぞ」

「上層部の待機命令のなか無理矢理出撃しておいて、今更思想統制もないだろうし、言わせてほしいものだな」

「そういやそうだな」

 

 天龍は笑った。しばらくは無言の時間が続く。

 

「……そういや下手したらこれが俺たちの最終出撃の可能性もあるわけか。なんなら間宮羊羹とか食ってくるんだったかな?」

「最後の晩餐か? 少しばかり辛気臭いな」

 

 長門がそう言うと天龍は肩を揺らして笑った。

 

「大丈夫だよ、長門。うちの指揮官ならうまくやる。駒さえそろえば国連軍相手でも何とかするだろうよ。40隻の深海棲艦相手に水雷戦隊他数隻で傷ついた主力艦隊を逃がし切る化け物級の腕前だ。きっと大丈夫だろうよ」

「……そうか、いい上官を見つけたな」

「だろ? めったにない上玉だと思うぜ。残念ながら長門にはやらん。すでに狙ってるのがいっぱいなんだ」

「ほう……?」

 

 長門が僅かに視線を横にずらした。視界の端にどこか落ち着かない睦月を捉える。天龍の方を見ると笑みを深くした。

 

「電もそうだろうし、響もかなり強敵だ。利根もチャンスがあれば狙いに行くだろう。電いわく南方第一作戦群の笹原中佐ってやつともいい空気だったらしいしな」

「……天龍、お前もか?」

「いんや、俺は上司部下で十分だ。あの下なら存分に動けるし退屈しねぇ。司令官助けに命令無視なんて熱い展開の出撃もできる」

 

 長門はそれを聞いて笑った。

 

「なら、笑い話にできる程度には頑張らないとな」

「だな」

 

 ティルトローターは北東を目指して闇夜をかけていく。戦域まであと6時間を割っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あきつ丸のブリッジに航暉が入ると、数人の見張り員と共に海域を睨んでいた少女が敬礼をしてきた。

 

「お疲れ様であります」

「あきつ丸もお疲れ。乗員は?」

「乗員34名、事故0名、航空要員23名、事故0名、乗客は増えて1254名であります」

「下甲板は一杯か……」

「ぎゅうぎゅうとは言いませんがかなり一杯でありますな。資料よりも難民キャンプの人員が膨れてたので仕方ないのではありますが」

「わかった……あきつ丸、第一種警戒体制を維持。攻勢防壁全種展開、ECMやCWISも即時使用可能な状態で維持してほしい」

「穏やかではないでありますね」

 

 あきつ丸は無表情ながらそう言った。

 

「事態は急を要する可能性もある。勘だが……おそらく戦闘になる」

「腕がなるのであります」

 

 あきつ丸がそう言うとブリッジにもうひとり入ってくる。

 

「高峰春斗中佐、入室します」

「高峰、子日の様子はどうだった?」

「高速修復材ってホントすごいよな。完全回復とは言わないが、怪我はほぼ回復。副作用で船酔い状態になってるがそれもあと1時間ちょっとで抜けるそうだ。艤装は初霜若葉の予備武装が使える。戦闘行為も大丈夫だろう」

「緑のバケツサマサマだな」

 

 高速修復材――――他のクスリと分けるために蛍光緑の台形型容器に入った注射薬だ。使い切り容器だが見た目がブリキのバケツのミニチュアに見えるため、バケツと呼ばれることがある。艦娘の負傷を治すための薬品である。普通のマイクロマシンでもまる2日はかかるような怪我でも1時間少々で最低限動けるようになる。半ば強制的に怪我を治すため艦娘側の負担も大きく、修復終了まで痛覚を切らなければならないほどに強引な治療だ。使用は最低限に収めるべきという投薬ガイドラインも存在する。

 

 子日は修復をほぼ完了、副作用で三半規管がやられているらしいがしばらくすれば回復するそうだ。今は一隻でも戦力がほしい。

 

「カズ、リンクは?」

「とりあえず霧を抜けてからだ。この霧で深海棲艦を呼び寄せると回避行動もままならん」

「……わかった。が、反対だ」

 

 紺の作業服を着た高峰は腕を組んでそう言った。潜入用のコートなど一式はもう脱ぎ捨てたらしい。

 

「指向性のレーザー通信ができるところまで抜けるのにおそらく2時間以上、そして……約270キロ先、キスカとアッツの中間地点あたりが臭い。反対側の匂いもヤバそうだ。仮に2時間で霧を超えたとしてもそれからじゃ対応が間に合わん」

「……それの確度は?」

「金曜カレーを諦める程度には」

「無類のカレー好きのお前が言うには確かだなそりゃぁ」

 

 航暉は高峰の首の横を指さした。中継器がもう首筋に刺さっている。艦内の艦隊指揮システムとリンクしているはずの中継器だ。今手に入る情報すべてを統合し、高峰がそう言った。

 “幻視”の高峰がそう言ったのだ。その索敵・誘導技術と並外れた危機察知能力を航暉は全面的に信頼していた。

 

「で、高峰。艦隊誘導は任せていいのか?」

「あぁ、回頭2ポイント、転進1-9-3。前進強速」

「あきつ丸、各艦に伝達、回頭2ポイント転進1-9-3、前進強速。艦隊機動は高峰中佐に従え」

「了解であります!」

 

 船が僅かに方向を変える。後続艦も発光信号を頼りに方向を変えた。

 

「カズ、アクティブレーダーを短信一発試したい」

「おいおい正気か? 艦娘の電探ならともかくここで艦隊のレーダーを作動させればどうなるかわかっているだろう」

「なにもすぐにじゃない。艦娘たちの補給作業が終了したらだ」

「……マジかよ」

「おおマジさ。……アッツ側の塊は十中八九深海棲艦だ。だが反対側の塊が妙だ。……深海棲艦の可能性も捨てきれないが、おそらく……有人艦だ」

 

 航暉の眉がピクリと動いた。

 

「指方向性を高めてその塊を狙い撃ちしてみるか?」

「どっちにしても艦娘の補給作業を急いで完了させて全員出した方がいい。カズ、最速だ」

「といっても1時間近くかかるぞ」

「45分でできないか?」

「らしくないな。なにを焦ってる?」

 

 航暉がそう言うと高峰は溜息をついた。

 

「……あきつ丸、3分ほど指揮権を譲渡、大佐と俺は少しだけ下がる」

「指揮権譲渡了解であります。早く戻ってきてほしいのであります」

「すぐ戻る」

 

 高峰は半ば強引に航暉を引っ張り出すと海図保管庫に航暉を押し込み、自分も中に入った。

 

「ここにきてホールデンの正体“らしきもの”が割れ、失踪騒ぎを起こした合田少佐は見つかり、その父親の合田中将射殺事件への足掛かりが出てきて、軍用施設の秘密が飛び出てきた。偶然にしてはいくらなんでもできすぎてる。電脳ハックを受けた指揮官をすぐに実践に差し戻すのも怪しすぎる。それに日本国自衛軍が絡んでるとしたら、“お前の頼み事”にも関わってくる可能性すら出てくる。……軍の奴ら、臭いものをまとめてポイするつもりでこの編成で送り込んだんじゃないのか?」

 

 航暉の頼み事、ウェーク島の前司令官の前歴と行動の意味を探ってほしいと頼んだやつのことだろうと。航暉は思い出していた。ここ最近はそれすら考える余裕がないくらいにいろんなことがありすぎた。

 そんなことが頭をよぎるが今はこちらが優先だと、高峰の言葉を精査する。

 

「……可能性としてない訳じゃないだろう。俺もお前もいろんなところで恨みは買ってるだろうからな。で、それが焦る理由か?」

「もしこのまま動いたら夜明けとほぼ同時に両方の艦隊に挟み込まれる形で接触する。有人艦と思しき東の艦隊が味方ならいいが、そうじゃなかったときは難民を満載した鈍足な貨客船を守りながら両舷戦闘だ。お前の部下がどんなに優秀だろうと両舷から挟み込まれた状態で一発も難民に当てないままに抜け切るのは無理だ。それにエアカバーも望めない状況で昼戦になったら、青葉以外短射程艦じゃとてもじゃないが太刀打ちできない。航空機が出てきたら一巻の終わりだ。だから両者の距離があるうちに夜闇に紛れて突破。もしくは片方を排除したうえでもう一方を落としたい。今俺たちが生き残るにはこれしか方法はない」

「……うまくいく確率は?」

「知らん、そんなもん。だがこれを逃して霧もなく夜が明けたらそれこそほんとに打つ手なしだ。まだ手が打てるうちに足掻かなければ死ぬぞ」

「……わかったよ高峰。俺の負けだ」

 

 そう言って海図保管庫から出る。艦内通信を開いた。

 

「初霜・若葉・島風・初春、補給は終わってるか?」

《初霜です。子日さん以外はいつでも出れます、戦闘ですか?》

「まだ先だが艦列らしきものがあるようだ。夜明け前に接触することになりそうだ。できるだけ早くに戦闘準備を整えたい」

《わかりました。なら電さんたちと交代ですね》

「そうだ。休みなしですまないが頼む」

《24時間、寝なくても大丈夫。》

「その声は若葉か。いつぞやのサラリーマンみたいだな。無茶はするなよ」

 

 航暉はそう笑うと通信を切る。暗いブリッジで航暉は腕を組む。

 

「高峰、失敗しましたじゃ許されんぞ」

「それはお互い様。――――――補給が終了したら、前進強速、24ノットで進路を維持。東の艦隊に向けてレーダーを照射、正体を突き止める。その後は戦闘態勢を維持したまま全速でクリリスクまで最短ルートで直行だ」

「上手くいったらカレーと牛乳で乾杯だな」

 

 高峰がそれを聞いて笑う。その笑いは瞬時に引き締められた。航暉に目配せをすると航暉があきつ丸に声をかける。

 

「第二種戦闘用意に入る。俺たちはCICに潜るよ」

「……ご武運を! っといっても下では私のホログラムがサポートできるのでありますが」

「それでもあきつ丸はこっちにいるわけだ。あきつ丸もご武運を、だな」

 

 互いに敬礼を交わして、司令官二人はブリッジを降りる。海戦が幕を開けようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令官、あの人に何を言われたの……?」

 

 LCACを格納したドライデッキの片隅で、阿武隈は自分の指揮官だった男に声をかけた。その男、合田正一郎少佐はすべり止めの利いた床に座り込んだまま、阿武隈を見上げた。

 

「父さんも僕も人間じゃなかった」

「え?」

「違う……元々父さんなんていなかったのかも」

「わかんないよ。わかるように説明して」

 

 それを聞いて彼は侮蔑と諦観が入り混じったような、悲しい顔をした。

 

「……阿武隈はさ、ゴーストダビングって知ってる?」

「ううん」

「クローニング手術とかに使うんだ、人間の魂――――個の情報(アイデンティティ・インフォメーション)をコピーしてアンドロイドとかに移植する。でも完全なコピーをしようとすると元の脳が耐えられない。うまくできてもその魂は劣化する。だから人間でやることは禁止されてる。父さんは……合田直樹のオリジナルはゴーストダビングで僕が生まれる3年前に死んでるらしいんだ」

 

 阿武隈は静かに彼の言葉を待った。正確にはなんて言葉を返せばいいかわからないからだ。

 

「ゴーストダビングで生まれた魂の入れ物は機械の体じゃなきゃいけない。体と脳が一致しないから拒否反応が出る。生身の体は個の情報(アイデンティティ・インフォメーション)の記憶を持ってるから、そことの拒否反応で死んでしまう。じゃあ、クリリスクで撃たれた僕の父さんは誰? クリリスクで死んだあの体の遺伝子情報は僕の肉親だってことを示した、生身の部分の体組織が一致した。なら、ずっと僕たちのために戦ってくれた合田直樹は誰? その子供の僕は、何?」

 

 そう言うと正一郎は俯いた。

 

「ゴーストダビングで生まれた固体は人間としての権利を持ちえない。遺産の相続権もないし、生存権だって持ちえない。それはモノとしてあつかわれるからだ。なら“機械の子供”はどうなるの?――――父さんが人間じゃないなら、僕は何なんだよ。劣化した合田直樹というモノの魂と母さんの魂を合成してできたこの体は? 魂は?」

 

 阿武隈は耐えきれずに彼を抱きしめた。

 

「司令官、司令官は人間だよ」

 

 阿武隈は彼の頭を抱くようにしたまま、目を閉じる。

 

「ほら、司令官はあったかい。ちゃんと生きてて、ちゃんと悩んで、ちゃんと泣いて、ちゃんと悲しめる。だから、人間なんだよ」

 

 そう言ってもどれだけの慰めになるだろう。兵器であり、機械の体であり、合成された魂をもつ阿武隈がそう言った所でどれだけの意味があるだろう。阿武隈は自分の言葉が届かずに落ちて行くのを感じ取っていた。

 

「機械はね、泣かないんだよ。悩まないんだよ。だから司令官は人間なの。機械にそんなこと言われてうれしくないとは思うけど、私はそう思ってる。大丈夫、大丈夫だよ。司令官は人間だし、私たちはそれを知ってる。不安になることだって、怖くなることだってある。だから、合田正一郎さん、あなたは、司令官は人間です」

 

 阿武隈は彼を抱きしめたまま彼の肩に頭を預けた。彼女の目からあふれた水が彼の肩に染み込んでいく。

 

「人間じゃないなんて言わせない。絶対に言わせない。それはあなたにも言わせないよ。司令官は優しくて、意地っ張りで、一人でなんでもしようとするのに寂しがりやな男の子です。私の大切な司令官です。そんな素敵で、大切な人が人間じゃないはずない」

「阿武隈……」

「司令官がもし、それでも信じられないなら、自分を信じられないなら、阿武隈のことを信じてほしい。私だけは絶対に司令官の味方。絶対に、何があっても、世界中が司令官を否定したとしても、私は司令官を信じる。だから」

 

 私から司令官を奪わないで、と彼女は強く抱きしめた。

 

「ごめん、司令官。あたし、司令官に無理させようとしてるね。でも、いま司令官にいなくなられたら私がもたないんだ。司令官のためならいくらだって頑張れる。深海棲艦が相手でも、なにが相手でも頑張れる。でも、司令官なしじゃ、私が駄目なんだ」

 

 あぁ、そうか。と彼女は思う。

 

 

 

 私は、彼のことが好きだったんだ。

 

 

 

「阿武隈じゃ、だめですか。あなたが自分を信じる理由になりませんか?」

《国連軍総員、コードラズベリー、エコー2-3-1》

 

 艦内放送が戦闘用意を告げる。阿武隈は彼を抱きしめたまま静かに笑みを浮かべた、

 もう少しこうしていたい。いま目を合せたら、泣いていたことがばれる。

 

「いってきます、司令官。帰ってきたら言いたいことがあるんだから、ちゃんと待っててくださいね」

 

 阿武隈はゆっくりと腕をほどき、ゆっくりと見つめ合う。彼が驚いたような表情をするのを見て、笑った。

 阿武隈は頷いてから。立ち上がり、デッキの後方に向かう。甲板員が阿武隈の艤装の用意を進めていた。小型クレーンで吊り上げた艤装を背負い、両腕の主砲を手首にはめ込んだ。正規接続確認、武装管制システムアライン。缶の始動を確認。

 

(こういうの死亡フラグっていうのかなぁ……)

 

 阿武隈はそんなことを考えながら、夜の海を見る。別の艦から飛び出した舷灯がぼんやりと見える。あれは青葉さんだろうか?

 

「阿武隈、出撃用意完了」

 

 甲板員が脇に整列し敬礼を送る、それに答礼を返してから海面に向けて足を踏み出した。そして振り返る。四角く照らされたドライデッキの奥に小さく彼が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……レーダー波確認?」

 

 北太平洋を驀進中のティルトローターの反応を追っていると長門からの通信が入った。空路はもう半分を過ぎ、あと2時間ほどで現場海域だ。

 

《そうだ。位置的にはどう考えても月刀艦隊だ。レーダーの波長からして護衛艦のレーダーを単発で打ったんだ。レーダー照射時間は0.3秒、その後また沈黙した》

 

 杉田が使っている管制卓にデータが転送される。

 

「……思い切った位置でレーダー使いやがった。こりゃあ、向こうもおかしいって気がついてる――――――長門」

《これ以上飛ばせは無理だぞ。すでに全速だ。夜明けに向かって全速力で飛んではいるが、この夜闇じゃ空母のメンツはまともに戦えない》

「別に何かを頼みたいわけじゃねぇ。でもこのレーダーで月刀もおかしいって気がついてるってことがわかったんだ。朗報だ」

 

 レーダーの弱い反射波が帰ってくる。どこかから反射した波をティルトローターが捉えたのだ。

 

「……うわぁ、ビンゴ。当たってほしくない予想だけ当たるよな全く。大型船舶確認だ。これで中路中将の告白が立証されたわけだ」

 

 ……おそらく華僑民国の艦隊はいま騒然としているはずだ。電波を封じてのサイレントランで来るはずの相手が、自らレーダーを打ってきたのだから。

 

「どうする気だ? これですぐに戦闘になったら間に合わないぞ」

「だな、少し早いがパッシブからアクティブへ切り替えるぞ。長門、無線の用意を。最大出力全方位へ向けかき鳴らせ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《……こちら国連海軍極東方面隊、キスカ島沖200キロを航行中の所属不明艦船に告ぐ。速やかに艦名、所属と航行目的を述べよ》

 

 それは緊急コール用の無線周波数に乗り、航暉たちの耳にも届いていた。

 

「この声……」

「長門どのでありますな」

 

 LEDディスプレイのみに照らされた部屋でほぼ青く光るあきつ丸(のホログラフィー)が答えた。

 

《貴艦は国連海軍の作戦海域に侵入している。ただちに応答せよ》

「長門たちの位置、逆探できるか?」

「方位2-1-4、500キロオーバーで距離不明であります。おそらく航空機かなにかから通信を行っているかと。東の艦隊を指名して所属不明艦と言ったとなると、レーダー派をキャッチできるところにいるはずでありますから、航空機で飛んでいる。もしくは飛んでいる航空機の報告を受けて呼びかけたかであります」

「どちらにしても長門が声をかけるのはまずありえない……少なくとも軍規に沿っているかぎりはあり得まい」

 

 そんな会話をしていると無線の奥は黙り込んだ。

 

「……無線の故障を決め込む気かねぇ。ここで馬鹿正直に答えたらこちらの艦隊に送られた情報に齟齬があったことがばれる。民間艦船の名前を使えばこっちが保護をするという目的で艦娘を差し向けられたら嘘がばれる。国連海軍の艦艇を名乗るにしても問い合わせてるのが国連海軍だからなぁ、使えない」

 

 高峰がそう言っていると相手の艦列に動きがあった。

 

「おっと、撤退していくかと思えば奴さん、まさかの回頭、ヘッドオン」

「レーダー波の解析は終わった?」

 

 航暉の質問にはあきつ丸が答える。

 

「完了しているであります。ホンコン型イージス巡洋艦が3隻、たしか今保有しているのは東アジア軍事同盟だけでありますね」

「となると華僑民国とかシャム共和国とかか。うわ、渤海の人たちを目の敵にしてるんじゃない?」

 

 あくまで軽い調子でそう言った高峰は椅子の座り方を深くする。

 

「で、どうするの? イージス巡洋艦相手だと戦術がかなり変わる。VLSで対艦ミサイルとか洒落にならんよ」

「……口にするとほんとに起こりそうで怖いな」

 

 直後、警報。

 

「高速熱源確認であります! 10時方向から数2!」

「マッハ1.2!? 速いっ! 到達まで17秒!」

「あぁもう、高峰がそう言うこと言うから!」

「ぅるせぇ!」

 

 対艦ミサイルであることはわかり切っていた。高峰が驚いている間にも航暉は無線のキーを叩いていた。

 

「無線封鎖解除! 戦術リンクサイレントモードカット! あきつ丸、ECMモードバラージ! フレアー放出!」

「了解であります!」

 

 即時にあきつ丸が欺瞞手段を実行する。

 

「電・響・初春・阿武隈! 10時方向から対艦ミサイル! 機銃掃射用意!」

《りょ、了解なのですっ!》

 

 左舷側を守っていた4人が慌てて砲を振る。レーダーの光点は瞬く間に接近してくる。

 

「攻撃開始!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その命令を受けた阿武隈たちの視界にはミサイルを示すターゲットマークが表示されていた。1秒ごとに500メートル近く接近してくるそのターゲットに向けてひたすらに弾を吐きだしていく。

 

「着弾まであと5秒!」

 

 暗闇ではミサイルを目視することは叶わない。だがターゲットマークの奥にぼんやりとマークが見えている気がした。

 横で機銃をふるっていた電の“主砲”が閃いた。重い砲撃音が響く。主砲は当たれば一発でミサイルを撃ち落とせるかもしれないが、当たるとは思えなかった。

 

「4・3・2……」

 

 ミサイルの推進剤の炎がまっすぐこちらへ向かってくる。狙いはあきつ丸かその奥の護衛艦“さろま”か。

 

「当たってぇ……!」

 

 阿武隈がそう言った頃にはもう彼我の距離は一キロを割り、はっきりとミサイルの明かりが見えた。

 

 そして、阿武隈の目の前で爆裂した。

 

 強烈な爆風に体が煽られる。海面を削るように強制的に体が後退する。鋼鉄が軋むような音が響く。

 気管が焼けるように熱い。でもその熱は急激に引いていった。

 

 

「――――こちら電、迎撃成功なのですっ!」

 

 

 喜びに弾んだ声が無線に乗った。

 

「電ちゃん……なにしたの?」

 

 声を出そうとすると喉が焼けるように痛かった。熱風をわずかだが吸い込んだらしい。

 

「主砲のガス圧を使って、電磁パルスグレネードを撃ちだしました。ミサイルの近くで強いサージ電流を発生させてミサイルの電子回路を焼き切ったんです」

「それで自爆させたのじゃな?」

 

 

 無線越しにそう言ったのは初春だ。それを聞いて頷く電。

 

「私たちの軍用電脳なら至近距離でサージ電流が流れない限り大丈夫ですから」

 

 下手したら、自分たちも戦闘不能になりかねない攻撃法だが、電には自信があったらしい。

 

「司令官さん、そっちは大丈夫でしたか?」

《レーダーがざりざり言っている以外は問題なし。対艦ミサイル飛ばしてくる馬鹿はどこのどいつだ?》

 

 無線の奥の声は以外に落ち着いていた。

 

《さて、夜でアウトレンジ戦だ。……長門達に助けてもらうこととしようか》

 

 航暉はそう言うと無線チャンネルを切り替えた。

 

《パーンパンパン、こちら国連軍艦船“あきつ丸”、現在対艦ミサイルによる攻撃を受けている。至急応援頼む》

 

 無線は軍用チャンネルだけ“ではなく”、一般艦船なども使用する緊急用のチャンネルだった。全ての国の機関が傍受しているはずのチャンネルだ。

 

《あきつ丸へ、こちら国連海軍極東方面隊第522戦隊。これより応援に向かう》

 

 男性の声がその無線にすぐに応答した。

 

「この声……」

「杉田中佐だ」

《感謝する、攻撃対象と思われる艦船はキスカ島沖200キロ地点。レーダーの反射波からしてイージス巡洋艦ホンコン型と思われる》

 

 攻撃の対象まではこの無線で告げる必要はない、だがここでわざと相手に聞かせることに意味があった。

 国連軍の艦船に攻撃をすることは深海棲艦に加担することと同義だ。唯一ともいえる深海棲艦への攻撃手段を握っているのは国連軍だからだ。

 この無線が不特定多数に発せられた時点で相手には人類の敵といった評価がつけられる。

 

《あきつ丸、こちら552戦隊、貴艦の位置を捕捉した。近海に深海棲艦の反応もある、そのまま注意して航行されたし》

 

 杉田中佐の声がそれで途絶える。どうやら通信チャンネルを軍用の秘匿回線に切り替えたらしい。

 

「さて……、これで深海棲艦も寄ってくるかもしれないとなると怖いけど……」

 

 この状況でやけっぱちの攻撃が来る可能性は減った。一発なら誤射の可能性があるが、これ以上撃ってきた場合は国連議会が許さないだろう。

 

「あとは、深海棲艦をどう捌くか、かな……」

 

 阿武隈はそう思いつつ、弾薬の残りを確認するのであった。

 

 

 

 

 

 

 




扶桑姉様改二おめでとうございます。
我が鎮守府では練度が足りずに改装できず、不幸姉妹が揃って睨んできてます。うぅ……うちの戦艦は伊勢が主力なんだよぅ……

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次回は深海棲艦戦闘編? それとも……?

それでは次回お会いしましょう

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