艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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お待たせしました! 遅れてすいませんでした。
この時期に風邪を引きかけました。おうふ。

書きたいように書いてたらいつもの倍近い量になりました。でもこの回は分けずに入れたかったので一度に投稿です。

それでは、抜錨!



Chapter5-7 愚か者は

 

 

 睦月たちに送られた通信はテキストメッセージだった。

 

――――月刀大佐に関わる緊急要件、協力求む。

 

「……このリンクを踏めってことだよね、弥生はどうする?」

「睦月は、行くの……?」

 

 弥生がそう聞くと、睦月はタイムラグなしに頷いた。

 

「これが罠だとしても、提督が危険になってるとしたら行かない理由はないのです」

「……わかった、弥生もいく」

「そっか、じゃ、行くよ」

 

 睦月はメッセージに添付されたアドレスを踏む。意識は吸い出されるようにネットへと繰り出し、ひとつのチャットルームに行き着いた。

 アバターの再構成が行われ、それぞれの姿がチャットルームに投影される。睦月たちは制服姿で投影された。暖炉の火が一番明るい光源であるような薄暗いチャットルームだった。睦月たちは部屋の中央にある大きなローテーブルを囲むように置かれたソファの上に落とされた。上質なソファなのだろう、適度な柔らかさで睦月たちの体を押し返した。

 

(……むー、かなり凝ったつくりのチャットルームです)

 

 壁沿いには猟銃や鹿の剥製が飾られ、狩猟小屋のようなイメージだ。暖炉の熱も再現されているところからみると、かなりお金をかけたチャットルームであることがわかる。

 

「……これで全員だな。あんな文章で呼び出してしまって申し訳ないが、感謝する」

 

 暖炉の火に照らされた男の姿が見えた。呼び出した張本人、杉田勝也中佐だ。

 

「……それで、作戦参加士官でもない杉田中佐が何の用だ?」

 

 少々陰険な空気を出しながらそう言ったのは天龍だ。睦月が部屋を見回すと、睦月たちのほかに天龍と龍田、如月に望月、大鳳、龍鳳、利根、筑摩の月刀大佐隷下の艦娘が揃っている。そのほかに一航戦と二航戦、511戦隊の長門と西部太平洋第一作戦群から参戦している金剛型4姉妹の姿も見える。

 

「結論から言おう。極東方面隊上層部は月刀大佐及びキスカ島撤退戦参加艦を見捨てる算段で作戦を進めている」

「……どういう意味ネー?」

 

 眉を顰めたのは金剛だ。杉田が頷いてテーブルを叩くと立体ホログラムがローテーブルいっぱいに立ち上がる。

 

「君たちにこの情報がわたっているかどうかで話が決まると思う」

 

 ホログラムには立体地図が投影され、アリューシャン列島近海が表示された。キスカ島近海には月刀大佐の指揮する揚陸艦隊群の予測位置が表示されており、アッツ島のあたりには北方棲姫のマーカーが付けられている。そのほかにも味方の早期警戒機の飛行パターンや旧来の護衛艦の位置情報などがマップに示されていた。

 

「君たちに知らされている情報はこれで全部か?」

「これでも多いくらいだが……」

 

 長門がのぞき込んで答えた。長門は今回の作戦における総旗艦を務めることになっている。彼女が知らなければ他の艦にも知らされることはないだろう。

 

「そうか。なら上層部は“クロ”だ。……正しくはこうだ」

 

 杉田がホロを切り替える。直後にキスカ島の近海にいくつものマーカーが現れる。

 

「な……」

「キスカ島周辺にもうアッツ島の主力が移動している。それを潜水艦隊で事前に把握していた。月刀大佐が作戦に参加する以前から知っていたんだ」

 

 アッツ島に予測されていた戦力の七割がキスカ島へ向けて航行中となっている。もしキスカ島撤退作戦が滞りなく進んでいたとしたら、輸送船団と敵艦隊が接触するまで、あと8時間。

 

「だがもし35ノット以上で航行できる部隊、すなわち艦娘部隊だけなら、交戦せずに逃げ帰ることも可能だ」

「……杉田中佐は何が言いたいんだ? うちの司令が避難民を乗せた船を見捨ててくると思ってるのか?」

 

 そう聞くのは天龍だ。

 

「まさか、彼ならそんなことはしないさ。月刀大佐に指揮権があればな。……これがなければ、だが」

「……?」

 

 杉田が改めてテーブルを叩く。周辺諸国の戦闘艦艇、つまり艦娘以外の戦闘艦の位置情報がオーバーレイされる。

 

「華僑民国の護衛艦隊が3日前から消息を絶っている」

「それがどうしたっていうんだ」

 

 

 

「中路中将から聞き出した。国連海軍極東方面隊と華僑民国が所属する東アジア軍事同盟との間に密約が存在する。深海棲艦よりも先に華僑民国海軍が月刀たちに接触して拿捕、艦娘と司令官を華僑民国に連れ去る。その後は“突如として現れた深海棲艦の大群から避難民を守ろうとしたものの全員戦死”と言うことで処理する算段だ」

 

 

 

「……そ、そんな馬鹿なことが可能なのか? というよりその密約というのは何なんだ?」

 

 面喰った顔でそう言うのは長門だ。杉田は俯いたまま声を絞り出した。

 

「水上用自立駆動兵装開発技術及びそのサンプルの輸出、国連海軍が独占している技術の一般軍事への転用への足掛かりとして、即時運用可能なユニットを一つ、華僑民国に譲渡する。その代償として国連海軍への資金援助の拡大と基地提供、そしてこの密約の存在が知れた場合には華僑民国側が泥をかぶることが条件ってところだろうな。――――もしこれが成功すれば艦娘の増員が爆発的に行える。その輸出ユニットが」

「……今回のキスカ島撤退戦の参加メンバーってことか」

 

 苦虫を噛み潰したような天龍の声を否定する声がどこからも出なかった。

 

「ふっっっっざけんじゃねぇっ!」

 

 ガンっ!とテーブルが揺れた。天龍が八つ当たりでテーブルを蹴りつけたのだ。それに睦月と弥生の肩が跳ねる。

 

「電たちが何をした!? 月刀司令が何をしたっていうんだ!?」

「天龍ちゃん、杉田中佐に怒鳴ってもどうにもならないわよ~」

 

 龍田にそう言われ、渋々押し黙る天龍。だが黙ったことで逆に陰険な雰囲気になった。

 

「でも、私も天龍ちゃんと同意見かなぁ。優秀な司令官と水雷戦隊のユニットを殺してまでやるメリットがあるのかしら? ばれたときのリスクの方が大きいと思うけれど」

「深海棲艦との戦いが膠着状態に入って人間側のインフラもある程度回復した。このまま技術革新が進めば、近いうちに深海棲艦を退けることが可能だろう。と背広組のお偉いさんは考えている。対深海棲艦戦争が終結したあとの戦後処理は、どうなると思う?」

「戦後処理なんて考えたことはねぇよ。俺は深海棲艦と戦ってる記憶しかないからな、それが終わったらなんて考えたことないな」

 

 天龍が半ばやけっぱちにそう言った。

 

「戦後処理で一番の問題はな、深海棲艦のせいで主権不在となった海岸地域、国連海軍が占有している港、深海棲艦によって国自体がなくなった海洋島嶼、これらをどこの国が手に入れるか、そのパワーゲームが展開されることだ。これはおそらく国連軍にどれだけ貢献したかでパワーゲームの優劣が左右される。それを承知で艦娘に関わるすべての技術やノウハウを数か国で握っていた。いわば寡占状態だ。日本国はその寡占を行っていた国の一つさ。だから西太平洋、東南アジア戦線に日本由来以外の艦娘は存在しないし、君たちが普段使う言語も日本語だ。それは日本以外の国の参入を避けるためにやっていたことだ。その構図自体が狂っていたのさ」

 

 杉田は笑う。

 

「実際今の上層部はほぼ全員が日本人だ。それがアジアでの国連軍への風当たりの強さにつながっている。ウェーク島は全域が国連軍租借地だから世間の風当たりは気にしなくていいかもしれないけどな」

 

 杉田の言葉にくもりを見せるのは龍鳳だ。

 

「では……月刀司令はその体制を崩すために……?」

「だろうな。これで華僑民国が水上用自立駆動兵装を保有したとしたら国連海軍上層部は華僑民国を無視できなくなる。同じようにして国連海軍の上層部にいろんな国が参入していくことになるだろう。日本国にとっては痛い状況だがそのほか多数の国々にとってはこれ以上の福音はない。月刀大佐は避難民を守ろうとして散る悲劇の英雄として没し、華僑民国の軍人として国連軍に切り込みをかける民衆の英雄に祀り上げられることになるだろうな」

 

 それを聞いた加賀は右手を軽く上げた。

 

「状況や背景はわかりました。ですがその通りに進む可能性はどれくらいでしょうか?」

「……霧島、お前はどう見る?」

 

 杉田にそう言われ、霧島が立体地図をのぞき込んだ。

 

「……この配置が本当なら、不可能な話じゃありません。勿論国連海軍が華僑民国の動きを容認しているならという条件がつきますが。ですが月刀司令がそれに素直に従うとは思えません」

「まぁそうだろう。俺も月刀が避難民を見捨てて生き残れなんて命令を聞くとは思っていない。だがそこで戦闘を行いながら撤退戦を繰り広げられるだけの戦力はない。アウトレンジからのミサイル攻撃を受ければ揚陸艦のECMとCWISくらいしか護衛方法はない。相手を沈めてもいいならいくらでも対策を練ることはできるが、電嬢たちがいる状況で相手を沈めろと命令するとも思えない。そこで逃げ回っていたら深海棲艦の大艦隊とご対面になるのは間違いない。このままいけば死人が出るのはほぼ間違いないと言っていいだろう」

 

 そこで、だ。と杉田が本題を切り出した。

 

「この状況を防ぐには方法は一つしかないと考える。月刀たちが拿捕されるより前に我々が現場海域へ向かうしかない」

「なるほどな。近くに空母を含めた艦娘の艦隊がいれば突如湧いた深海棲艦によって戦死というシナリオが使えなくなるわけか」

 

 長門が腕を組んで笑った。その後を龍田が継いだ。

 

「その指揮をとる指揮官が日本国内にいるのに現地の指揮官たちを連れ去ろうとすれば、その情報が公に流れる可能性がある。そうなれば叩かれるのは華僑民国でしょねー。まともな指揮官なら私たちがいる時点で作戦は失敗するわけね~」

「そういうことだ。現地に実働隊を飛び込ませてしまえば。たまたま近くにいた護衛艦に援軍を頼むこともできる。そうして月刀たちが情報にない護衛艦隊の存在を知れば、裏になにかあると気がつくはずだ。そうしてしまえばこちらのものだ」

「要するにだ」

 

 話をまとめるように天龍が大声を上げた。

 

「深海棲艦の大艦隊の動きを察知した態で現場に急行すればいいだけだろう?」

「そう言うことだ。ただし、これは明らかな抗命行為だ。しかも後に尾を曳くタイプの命令違反だ。成功するにしろ失敗するにしろ、動き出した時点でもう今後の華々しい活躍は諦めなきゃいけないレベルのヤバい話だ。それを知ったうえで選んでくれ。今から俺は一度ログアウトする。3分経ったらもう一度ログインする。その時点で……」

「その必要はねぇよ」

 

 天龍がそう言った。口の端を凶悪に引き上げて笑う。

 

「俺たちを指揮した指揮官と、可愛いガキどもが絶体絶命の危機に瀕しているのに自分の今後の算段を整えられるほど頭はよくないし、薄情でもねぇ。俺は行く」

「そうねぇ、ここまで焚き付けておいて判断は自分でとか杉田中佐も卑怯じゃないかしら~?」

 

 龍田の言い草に苦笑いを浮かべたのは卑怯と言われた杉田本人だ。

 

「睦月も行く! 提督がいなくなっちゃうのは絶対にやだ!」

「お姉ちゃんがそう言ってるのに妹が行かないのはアレよねぇ……」

「ふたりが、行くなら……」

「たまには本気出さないとマジィかなぁと思ってたところだしまぁいこうか」

 

 睦月型が行くことを宣言すると後ろでずっと黙っていた利根が笑った。

 

「めったにできない恩返しじゃな。提督には後で責任取ってもらわんといけんのぉ。のぉ筑摩?」

「まぁ、たまにはいいでしょうしね」

「命令を踏み外すのは初めてですけど、まぁ……」

「いいじゃないですか大鳳さん。これでだれも死なずにすむならそれが一番です」

 

 第三分遣全員がそう言うとそれを待っていたかのように金剛が声を上げる。

 

「カズキが危ないなら行かない理由は無いネー!」

「お姉さまのためなら、たとえ火の中水の中! 比叡、ご一緒します」

「これだけの深海棲艦を相手取っての戦いでは高火力艦が必須です。勝利のためには私の参加が必要でしょう。霧島、志願します」

「榛名は大丈夫です! MI撤退戦の借りを返します!」

 

 表情を引き締めて視線を上げたのは赤城だ。

 

「月刀大佐には一宿一飯の恩がありましたし、MIの借りもありますね。加賀さん」

「えぇ、借りを返さないのは落ち着かないですし、いいでしょう。私たちを無視した命令で頭に来ていたところですし。二航戦の二人はどうするの?」

「アハハ……。この空気で断れないよねこれ……」

「断る気なんてないんだからいーじゃんいーじゃん。二航戦飛龍・蒼龍、志願します」

 

 正規空母4隻が戦列に加わることが確定し、最後に笑ったのは長門だ。

 

「ここの全員大馬鹿だな」

「なんだよ? 文句でもあるか?」

 

 軽くメンチを切りながら天龍がそう言うと長門はいよいよ大笑いした。

 

「こんなに馬鹿げた事態に馬鹿げたことを無許可で行おうとしている。深海棲艦と人間との両面戦争だぞ。これに即答で参戦宣言が揃うってのは、くくく」

「長門、豪傑と蛮勇の違いを知ってるか?」

 

 その笑いに吊られたように笑いながら杉田はそう問いかけた。

 

「生きて帰るかどうかだ。生きて帰れば豪傑、帰ってこれなければ蛮勇だ。どっちも思いっきりのいい馬鹿だってことは変わりねぇ。さて長門、お前はどっちだ? 事なかれ主義の臆病者か、無謀な馬鹿か。どっちだ?」

「舐めるな、ここの誰よりも大馬鹿者だ。久々に馬鹿になって暴れられそうでうずうずしてる」

「なら頼りにしてるぜ馬鹿野郎ども。15分で艤装の使用許可とティルトローター3機の手配を完了させる。出撃は45分後。作戦指揮は俺がとる。水雷戦隊の指揮はもうひとり応援を読んである。現地合流後の空母部隊は航暉の指揮下に入れ。いくぞ」

「了解!」

 

 揃った返答を残して全員のアバターが掻き消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「阿武隈」

 

 ライフルを抱えた航暉が駆け寄ると阿武隈は弱々しく振り返った。

 

「……この中か?」

「間違いないです」

 

 急な土の坂を上ったところで航暉は阿武隈が見ている小さなトンネルをのぞき込んだ。入口は小さく食糧庫の一つといっても通じそうな様相だ。入口の土のところを見ると足跡は三つ。

 

「一番新しくて小さ目なのが合田少佐、少なくともあと二人、この中にいる、か……」

「司令官は父親の敵を討つんだって言ってました。おそらく敵討ちの相手がこの中にいるはずです」

「……残りの二つの中一つはヘヴィサイボーグかアンドロイドだな。体重3桁なけりゃこんなくっきり靴跡は残らない。もう一つは……おそらく高峰だ」

 

 航暉はそう言ってから壁に触れた。

 

「古いものだな、おそらく第二次世界大戦頃のものだろうが、これだけ厚ければしばらくは保ちそうだ。艦娘の砲撃に耐えられるかどうかは未知数だがこの小銃程度なら何ともあるまい」

 

 そう言うと航暉は銃を構え直した。

 

「阿武隈、45分だ。45分経った時点で撤退する」

「大丈夫です。45分で片づけます」

 

 阿武隈が前に出ようとするのを航暉は腕で抑えた。フラッシュライトを銃のマウントに取り付け、点灯させる。赤いフィルターを通した光が前を照らす。その上で首の後ろからQRSプラグを引き出すと、阿武隈に手渡した。

 

『悪いな、俺が先行させてもらう。後方警戒は任せた』

『……わかりました』

『大丈夫だ。俺だって助けられるなら助けたい。時間を無駄にする気もない。……いくぞ』

 

 ゆっくりと踏み込んだ航暉は足元を照らしつつゆっくりと坂を下りていく。下層にむかってトンネルが緩やかに傾斜しているのだ。

 

『阿武隈にとって合田司令官はどんな人だ?』

 

 航暉の問いに阿武隈は考え込むような間が空いた。

 

『……目の離せない弟、みたいな感じでしょうか。司令官は賢すぎて、周りの求めてることがわかりすぎて、抱え込んでしまうんです。だからちゃんと見てないと破滅するまで突き進んでしまいそうで……』

『その司令官は親の敵を討つためには人殺しも辞さない男だったか?』

『……わかりません。軍人だった合田中将を尊敬してたのは確かです。でも敵討ちのために人殺しなんて、司令官は似合いませんよ』

『同感だ……っと、』

 

 航暉が歩みを止める。濡れた壁に向けてライトを向ける。ライトの赤フィルターをわずかにずらして、白い光で壁を照らす。

 

『……間違いないな。少なくともここに高峰が来てる』

『わかるんですか?』

『あぁ、高峰たちとは海大時代にいろいろバカやったからな。ある時銀蠅用に誰がどこをどう通ったかがわかるようにオリジナルのマーキングを作ったんだ。仲のいい5人しかわからないマーキングだがな。……このチョーク跡、高峰のマークだ。これがあるってことは……』

 

 そのマークの下あたりをごそごそと手入れて何かを探す航暉に阿武隈はそわそわしていた。早く先に進んで司令官を探したかったのだ。

 

『……あった、マイクロチップだ』

 

 航暉はそのマイクロチップを防壁越しに開く。いつでもその内容を焼き切れるように待機したまま航暉は中に入っていた音声ファイルを再生した。

 

 

―――――これを聞いてるということはカズがここに到達し、俺がまだ脱出していないと言うことだと思う。この先に“ホールデン”と思わしき人物が消えていくのを確認し、それを追っている。マークを残して進んでいくが、間に合わないと思えば捨てていけ。

 

 

『……ったく、こういう時だけ頼るなよな』

 

 阿武隈に合図をして先ほどよりも速足に進んでいく。いくつもの分かれ道があったが、そのたびに高峰が残したマークがあった。右は行き止まり、直進せよ。左に行け。この先に行くな。など航暉が確実にマークを見つけて進んでいく。

 そして、足が止まる。

 

『……電磁波確認。こんな山奥で電子機器を盛大に動かしてるやつがいるな。阿武隈、有線終了、電脳を自閉モードへ。覚悟はいいな?』

『はい……!』

 

 航暉は有線コードを回収し、ゆっくりと前進する。阿武隈にはそこにいろとハンドサインをだしてから部屋に向けて歩みを進めていく。ライフルを両手に構えたままゆっくりと部屋から伸びるあかりの中に体を晒していく。

 

「そこまでだ、合田少佐、銃を下ろせ」

 

 航暉のその声に弾かれたように阿武隈が部屋の中に突入する、航暉は通路を阿武隈に開けつつも部屋の中にライフルを向け続ける。

 

「司令官っ!」

 

 阿武隈は正一郎の姿を認めると彼に飛びついた。彼の右手を無理矢理捻るように外に向ける、飛び出した弾丸が阿武隈を掠めて飛び抜けた。

 

「あぶ……くま……?」

「なにしてるんですか! なんで自殺しようとしてるんですかっ!」

 

 目の焦点があってない正一郎の肩をゆすりながらその手元の拳銃を遠くに放り投げる阿武隈。硬質な音をたてて地面に落ちた拳銃はからからと床を滑って“彼”の足元で止まった。

 

「高峰答えろ、この男は誰だ。合田少佐が自殺しようとしてたのはなぜだ。お前はそれを止めなかったのはなぜだ?」

 

 足元で止まった銃を拾い上げる“彼”に銃を向けながら同じように銃を向ける高峰に問いかけた。

 

「彼は自称合田直樹元中将で“ホールデン”の最初の一人にてその代表。合田少佐が自殺しようとしてたのは、合田元中将の正体に絶望したから。それを止めなかったのは彼にその選択の自由があるからだ」

「……、大体把握した。……こんばんはって言うべき時間だな。こんばんは“ホールデン”硫黄島以来らしいが俺は覚えてないんでね、マニラ以来だな」

「会いにくるならそんな物騒なものがなくてもよかったんだけどね。歓迎しましょう、月刀航暉海軍大佐」

 

 “彼”はそう言って笑った。

 

「高峰君も劉さんとも話してて楽しくはあったんだけどね。一番は君との話し合いを楽しみにしてたんだ。やっと面と向かって話ができる」

「俺は顔なんて合わせたくなかったよ」

「つれないなぁ、君からもインチキの匂いがするんだけど、君のはまだ耐えられる。それに、僕と似ているんだ」

「ほう、どう似ている?」

「大切なものを失い、その復讐に燃え、壁を感じているところ、かな?」

「……!」

「君の経歴を見せてもらったよ。これだけのことがあったのによく軍部で働き続けることができるなって思うくらい君の精神は強固で健全だ」

「それが似ていると? イージス艦で乱射騒ぎを起こした人物がよく言うな」

 

 その切り替えしに“彼”は笑う。

 

「何がおかしい」

「いや、手厳しいね。……まぁ、似ているといえば似ているかな。でも“僕”のやり方ではうまくいかなかったらしい。まぁ、これも国連海軍が狂ってるからでもあるんだけどね」

 

 彼は両手を見上げ天井を仰いだ。

 

「君たちはここがどこか疑問に思ったはずだ。第二次世界大戦時に日本軍が設営した防空壕を拡張して作られた巨大な地下空間。その奥に設置されたこの巨大な電波暗室。ついでに言うならこの壁の後ろは巨大なスーパーコンピューターが稼働中だ。……ここまでわかれば月刀大佐あたりなら見当つくんじゃない?」

「――――――旧日本国自衛軍の電脳実験施設」

 

 航暉の答えに満足げに笑って見せる“彼”は航暉の方に向けて歩き出した。

 

「正解だ。ここは日本国自衛陸軍の管理下にあったみたいだね。もっともこの辺りは“僕”も知識でしか知らないけど」

 

 革靴の音が硬い床に反響する。航暉はそれを聞きつつほぼ無表情にライフルを構えるだけだった。

 

「君たちの電脳が実用化するまで莫大な犠牲があった。デジタルな情報をアナログな人間の脳にぶち込むんだ。危険には違いないがこればかりは動物実験という訳にも行かない。すなわち人体実験が必要になる。だがそれを公にはできない。だから地下でやる必要があった。……ここは適地だっただろうね。戦争で死亡扱いになった捕虜を連れ込んでも霧がでてればまず見つからないし、民間人が好き好んでここに来ないからね。他にもあったんでしょ? アリューシャンのほかには? 北海道の山奥が一番日本寄りだったのかな? フィリピンの山奥にもあったって聞いたし、まだまだわからないことがありそうだ。この手の研究所のナンバーが23まであるしね。それで得たノウハウで安全な電脳化ができるようになり、それに伴い義手義足の発展形である全身義体が実用化、歩兵の強化が進んだ」

 

 そう語ったころには航暉の目の前まで“彼”が迫っていた。

 

「そうして戦争の高威力化が頂点に達したころ、深海棲艦が現れた。全ての軍隊が勝てもしないまま、海を奪われている間に、人間は何をしていた? そう、まだ人間同士で殺しあってたんだよね。エネルギー問題、食糧問題、難民問題、これらが一気に噴き出してそれでもまだ誰かを恨んで妬んで殺し合う。電脳化によってさまざまな情報に感覚的に触れるようになってからは住民感情も過激化したしね」

 

 もはや銃よりも拳の方が近い距離になってやっと“彼”は足を止めた。

 

「人類共通の敵が現れて以降も人類は同族殺しをやめられなかった。それが僕は悲しくてね。最近やっと収まってきて、恒常的な外敵の存在による人類統一国家の形成なんてヴィジョンも見えてきたと思ったんだけどね」

「それがお前の目的か? お前の行動は人間同士の争いを加速させているだけに見えるが」

「うん? そうなってる根源はインチキだらけの国連海軍にあるんだよ? それを壊さないでどうするの」

 

 子供のような笑顔を見せた“彼”は極至近距離で笑った。

 

「おかしいと思わなかったのかい? 全ての海軍が意味をなさないほどに壊滅し、シーレーンが破たんしているのにたったの3年で艦娘という存在が人間にもたらされた。そんな幸運があるはずないって」

「なにが言いたい?」

「わかってるくせに」

 

 “彼”はその距離で狂ったように笑う。

 

「答えろ月刀大佐、“艦娘”とは何だ?」

 

 笑い声が乱反射する。それに重なるように声が響いた。

 

「月刀大佐、君は答えを知っているはずだ。答えられない時点で君は自分に嘘をついている!」

 

 直後航暉の姿がぶれるように後ろに動いた。間髪置かず響く銃声。

 

「……ほざくな、“ホールデン”。“艦娘”とは何か? 俺の部下だ」

 

 態勢を後ろにずらし、下がるようにしてライフル分のスペースを稼いだ航暉は3点バーストモードで引き金を2回引いた。正確に“ホールデン”の左ひざを砕く。ホールデンは前に跪くように体を崩したのを見てさらに3点バーストを1回。今度は左肘から先が吹き飛んだ。その断面からは金属質なホースが幾重にも見える。

 

「それ以上戯事を弄するようならお前の電脳を吹っ飛ばす。もっともそれがお前の本体じゃなさそうだがな」

 

 床に這いつくばったホールデンの頭を銃口で押さえつけながら僅かに視線をずらす。

 

「……合田少佐、大丈夫か?」

「ぼく、は……」

「何を言われた?」

「……父さん、は……電脳操作の、ウィルスを開発して、それで……人を操作して……」

「マニラのテロそのものだな。安心しろ。“ホールデン”がまともな存在ではないこととお前の父親がまともでないことはイコールじゃない。そして父親がどうであってもお前の存在には何ら影響を及ぼさない」

「息子を前にしてそう言われると、傷つくんだがね」

 

 その姿勢のまま声を出す“彼”を航暉は鼻で笑った。

 

「息子? 何を言っている。彼の父親合田直樹元中将はもう死んでいる。クリリスク市で狙撃されて死んでいる」

 

 航暉は冷ややかに見下ろしたまま笑った。

 

「“ホールデン”、ひとつでも思い出せるものはあるか? 生まれ故郷の風景、母親の顔、幼心に響いた宝物、怒られた記憶、母親の顔。何か思い出せるものはあるか?」

「……」

「思い出せないならお前が“生きてない”ことの証左だ。お前に合田直樹元中将の記憶があり、それを引き継いでいたとしても、その背景にある経験が引き継がれるわけじゃない。記憶と経験、その組み合わせによって人は意志を決定し、行動していく。お前には記憶はあっても生身の体、ネットに広がる意識以外で成長した経験がない」

 

 航暉はそう言って銃のセレクタを単発にセットした。

 

「お前の正体はいくつもの記憶で練り合わされた疑似記憶。取り込んだ合田直樹元中将の記憶が色濃く出ているだけの記憶の集合体に過ぎない。違うか?」

 

 “彼”は黙りこくってしまう。返答を航暉は辛抱強く待ったが、答えは出なかった。

 

「電脳化や義体化によって自らのアイデンティティすら塗り替えることが可能になったかもしれない。だれだってこの記憶はたしかなものか、はたまた誰かに植え付けられたものかと怯えながら暮らさなければいけない社会になったさ。それでもな、俺たちは機械でなければ物でもない。誰かの記憶を借りて生きてるように振る舞う人形とは違うんだ」

 

 そう言うと“彼”は笑った。大声で高らかに笑った。

 

「それが偽善さ、月刀航暉! 生きていないというのなら、俺をモノだというのなら、艦娘はモノだな! それを生きてるように扱うお前は人形遊びに興ずる狂人って訳だ!」

 

 “ホールデン”は叫んだ。狂ったように叫んだ。

 

「生きているという否定はできまい! 何せ国連海軍は水上用自立駆動兵装として艦娘を“開発”したんだもんなぁ! 全身義体に昔の船の戦歴を記憶に見立てて組み立てた自我を入力したガイノイドだもんなぁ! 俺を否定することは彼女たちを否定することだ!」

 

 ホールデンはバネのように跳ね起きると生きている右手で航暉のライフルを抑え込み自らの頭にひきつけた。

 

「インチキと一緒に死の舞踏を踊り続けろ、国連海軍! 自らの業にその身が焼け落ちるまで踊り続けるがいい。そこまで行けばお前と僕は似た者同士だってことがわかるだろうよ!」

「あぁそうかい。せいぜい気を付けておくよ」

 

 銃声が一発分、力なく地面に伏せ落ちた義体は活動を止める。

 

「……殺してよかったのか?」

 

 高峰が銃を下ろす。同じ姿勢で長時間いたからか、渋い顔で肩をまわしながら低い声でそう問いかけた。

 

「言っただろう。これは本体じゃないって。本体はこの奥のスーパーコンピューターだ。おそらくここは電脳の情報共有による兵士の平均化とかそんな研究をしていたんだろうな。そのデータが蓄積された結果として、こういう事態が可能になった」

「笑えねえな。お前らは機械に殺されかけたってことかよ」

「深海棲艦に殺されるのとどっちがましか微妙なラインだよな。……ここの外部通信装置を破壊して撤収するぞ。急いで逃げよう。嫌な予感がする」

 

 航暉はそう言うと、通信装置を探し始めた。

 

 阿武隈の方を一切見なかった。

 

 

 

 

 

 

 




はい、艦隊戦の前にどうしてもこの辺りを片づけたかったんです。もっとも片づけたのは一部だけですし、伏線っぽいものの貼り直しもしてますが。……この風呂敷畳めるんだろうか?

ここらへんの話の設定は近いうちに活動報告で整理したいと思います。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回から艦隊戦に入ります。あと数話お付き合いください。

それでは次回お会いしましょう。

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