艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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今回、まさかの次回へのジャンピングボード的な感じになったかも……
それでもたぶんバトル回、抜錨!



Chapter5-6 戦う訳は

 

 

 

 響は慌てて陸に上がる。思い艤装を背負った体では足を取られそうになるがそれでも全力でなだらかに傾斜した砂浜を駆け上がる。横には雷もついてくる。

 

「まったく、どうなってるのよ!」

「わかんないね。とりあえず、危ないってのは確かみたいだ」

 

 響は雷にハンドサインを送る。二手に分かれて回り込もう。

 雷はそれを見て頷くと、走る方向を変える。今上陸したままになっているLCACを挟み込むように抜けて、今騒ぎが起きている広場に回り込む。

 

「落ち着いてください! 落ちつ――――――っ!」

 

 電の声が途絶える。LCACのランディングゾーンに飛び込むと難民キャンプの住人達が国連兵士に向けて鉄パイプを振り下ろしたり、何かを投げつけたりしていた。電は国連兵の塊と難民キャンプの人たちの塊のちょうど中間ぐらいの位置でうずくまっている。

 

「電っ!?」

「お前らが来たからこんなことになったんだっ!」

 

 誰かが叫んで電を蹴り上げる。半ば狂気をはらんだ声がこだまし、共鳴し、ひとつの波になっていく。

 

「ここはいい場所だった。銃声なんて響かないいい村だったんだ!」

 

 響は蹴り上げられて咳き込んでいる電のところに駆け寄ろうとした。その直後自分の目の前に鉄パイプが繰り出される。とっさにバックステップ、両腕を顔の前に出して顔面を守りつつ姿勢を低く。鉄パイプは響の帽子を掠めるようにして後ろに振りぬかれた。

 

「それがお前らが来て一時間も経たないうちにこれだっ! 市民を守るとかどのツラさげて言う気だお前らっ!」

 

 電の胸に男のつま先がけり込まれたらしい。電の体が激しく上下する。響はとっさに叫ぶ

 

「やめてくれ! その子を蹴るなっ!」

「こんなにしても血の一つも流さない相手に手加減なんてできるわけないよなぁ?」

 

 国連の警邏隊が楯を構えながら前進する。そこに向けて今度は火炎瓶が投げられた。隙間なく盾を並べた向こう側に火炎瓶は消え、直後に盾の陣形は崩れる。数人がアルコールを被ったのか、燃えようとする服を砂浜に押し付けて消火を急ぐ。その間にも一つ、二つと火炎瓶が宙を舞う。

 

「ほら、だれもお前を本気で助けようとしてないみたいだぜ。お前が命がけで飛び込んだのに、だれも前に出てきてくれない」

 

 電の髪を乱暴につかみ無理やり上を向かせた男はその顔を見て笑った。響は艤装につけられた盾を回しロックを解除、飛び出してくるスタン警棒を振りぬいた。当てることは叶わなかったがそれで鉄パイプを持った男はそのリーチ分下がらなければいけなくなる。その隙に響は前進する。

 

「自分のことしか考えてない人たちに使われている気持ちはどうだ? え、嬢ちゃん?」

「…………使われているんじゃ、ないのです」

 

 その姿勢のまま電はそう言った。呼吸器を集中的に蹴られたせいで、発声は安定しない。かすれたような声でそういう。

 

「私たちは兵器かもしれない、それでも誰かに言われたから戦っているわけではないのです。守りたい、自分の力で誰かを守れたらって、そう思いながら戦っているのです」

 

 苦しそうに胸を抑えていた手を男の腕に添える。髪を乱暴につかんだままのその男の腕に添える。

 

「……深海棲艦を殺せる化け物が人間のマネをしてると笑いますか? ただの兵器だと蔑みますか? いなづまはそれでもいいのです。それであなたたちが救えるなら、それでも、いいのです」

 

 電の手に力が入る。その直後に男が呻いた。

 艦娘は少女の外見をしているがその体は極限まで強化された作り物だ。

艤装につけられた水素エンジンによる発電があればナノマテリアルによる対貫通防護膜と強化骨格によって砲弾を喰らってもある程度は耐えられるし、自分よりも重い艤装を背負って駆け回れる人工筋肉をフルスペックで活用することもできる。

 

 そんな艦娘がもし加減をせずに生身の体を掴んだら。

 

「あ、あああああああっ!」

 

 痛みに男は電の髪を手放す。同時に電も力を抜いた。血の代わりに涙で顔を汚した電はゆっくりと上体を起こす。

 

「あなたがどんなつらい思いをしているか電は知りません。国連軍にどんな考えを持っているかもわかりません。でも、ここでこうやって戦うことがあなたにとって本当に最善なのですかっ!?」

 

 電の声を聴きながら響はスタン警棒を袈裟に振りぬいた。それを受け止めようとした鉄パイプに触れ、相手の男はけいれんを起こして膝をつく。

 

「――――――電っ!」

「わたしは、いなづまはそうじゃないと思うのです。戦わなければいけないのは、本当に戦わなきゃいけないのは、誰ですか?」

 

 電は立ち上がる。武器のない両手を横に広げとおせんぼをするように広げる。

 

「それがわたしだというならば、殴るなり蹴るなりしてください」

 

 電はその姿勢のまま一歩前へ、それに気圧されるように男は一歩下がる。

 

「そうでないなら、攻撃をやめてほしいのです。ここでこうしている間にも深海棲艦が来てしまうかもしれない。そうなったら、あなたが守りたいものも消えてなくなってしまうかもしれないのです。それは避けるべきではありませんか?」

「お……お前らになにがわかる!?」

 

 男は叫んだ。

 

「守りたいものなんてとっくになくなった! お前ら戦勝国が土地も仲間もお金も全部むしり取っていったんだろうが! それでのうのうと俺らを守るとか言ってるやつに、お前らみたいに戦場に出てもまともでいられる狂ったやつに何がわかるんだぁっ!」

 

 殴り掛かろうとしたところにもう一つ小さな影が飛び込んだ。その影は相手の腕をからめとると、そのままコンパクトに体を回し、相手を砂の地面に叩きつける。

 

「確かに私たちは狂ってるかもしれない。でも、それは貴方の暴力を正当化していいものじゃないと思うわ」

 

 相手の腕をとったまま、雷は泣きそうな顔でそう言った。

 

「電、ごめん。あたしは電みたいに優しくはなれそうにないわ」

 

 わずかに顔を向けて雷は妹に微笑みかけた。そして顔をすぐに引き締める。

 

「ごめんなさいね、お兄さん。あたしは電の……あなたが殴ったりけったりした子ね、電のお姉さんなのよ。妹を殴られるところを見て何も感じないほど化け物でもないわ」

 

 そう言うと雷は彼の首の後ろに電脳錠をあてがった。彼の動きが止まる。それから雷は声を張り上げる。

 

「他にどうしても戦いたい人はいるかしら!」

 

 雷は俯いたまま盾に固定されたスタン警棒のロックを解除する。それを手に取り、袈裟に振りぬいて中段に構えた時には警棒が展張されていた。

 

「いるなら前に出なさい、私が相手になるわ。他の人は避難を続けてください。キスカ島の60キロ沖合で深海棲艦が確認されてます。もういつ深海棲艦が来てもおかしくないの。死にたくなければ、誰かを泣かせたくなければ戦うのをやめて避難してください」

 

 その宣言に双方がざわついた。

 

「何をするきだい? 雷」

 

 横に並んだのはなんとか追いついた響だった。姉二人で電を守ろうとするような位置取りだ。

 

「言った通りよ。どうしてもわたしたちを許せないって人だけを残して他の人を先に船に乗せる」

「そんなでたらめな。全員動かなかったらどうする気だい?」

「私はそれでも信じるわ」

 

 ゆっくりと人ごみは後退していく。戦う意思はないというかのようだった。

 

「まったく、電も策士よね?」

「あぁ、自分の外見ってのを利用してうまくやってる」

「……ふぇ?」

 

 雷と響はそう笑うと要領を得ていない電の方を見た。

 

 世論や感情というのは金属のようなものだ。熱しやすく冷めやすい。今回だって銃声によって引き起こされた恐怖が国連軍への攻撃という形で吐きだされた形だ。それを電は国連軍を守る形で攻撃を受けることによって、民衆が少女に対して暴力をふるうという構図にすり替えた。涙を流す少女に対して暴力をふるうというのは普通の神経ならばそうできることではない。それは“悪役”のすることだからだ。

 そこで一気に熱を冷ましてしまった。そうなればこの暴動騒ぎもこれ以上加熱することはないだろう。

 

「――――――何やってる、やっちま」

「そこまでだ」

 

 民衆の中で声があがるが、その前に止められた。そのあたりが一瞬で人が引ける。

 

「……司令官さん?」

「サプレッサ―付きの銃とは物騒なものを持ってるな。最近撃ったみたいだが、何に使ったかおしえて頂けますか?」

 

 その男の右手を押さえ、銃をひねりとった航暉がマガジンを引き出してそう笑う。

 

「……」

「お答えいただけませんか?」

「……クソッタレ」

「クソッタレで結構。別に正義のヒーローになりに来たわけではないのでね。……国連軍への発砲の疑い、及び暴力の扇動行為を働いた疑いにより拘束します」

 

 航暉がそうしている間にも避難民のLCACへの誘導が再開される。そこに担架に乗せられた国連警邏隊の隊員も混じった。

 

「電、雷、響。大丈夫か?」

「大丈夫なのです」

「電が大丈夫なら全員大丈夫よ」

 

 雷はそう言って軽くウィンクした。その頭を航暉は軽くはたいた。流れ作業で電にも軽く。

 

「なによ、雷たち頑張ったじゃない!」

「無茶しすぎだ馬鹿野郎。後ろだと火炎瓶だけじゃなくて爆薬も用意してやがったんだ。あのままやってたらお前ら爆薬で吹き飛ばされてたかもしれないんだ」

「え……」

 

 あとで警邏隊の人にお礼言っとけよ。といってから、二人の頭をなでた。

 

「まぁ、無事だったことに免じて今回は不問に処すが次はないぞ。……響もだ」

「私がなにかしたかな」

「三人とも海上警戒はどうしたんだ? いま海側ががら空きだ。全員で陸に回ってたら深海棲艦対策はどうなる?」

「あぁ、そういうことか……」

「少しは仲間を信じな、響」

「そう……だね、うん。気を付けるよ」

 

 響の頭を一撫でしてから航暉は改めて表情を引き締めた。

 

「避難民の誘導を最優先、あともう一往復しなきゃいけないとなるとかなりきついぞ。負担をかけるが、頼む」

「了解」

「それぐらいなら楽勝よ」

「がんばるのですっ」

 

 三者三様答えを聞いてから航暉は改めて陸に目を向ける。

 

「おれは……阿武隈を連れ戻してくる」

「大丈夫ですか?」

「さあな、でも連れて帰ってくるさ」

 

 航暉は改めて霧の中へと駆けていく。それをみて雷は笑った。

 

「まったく、もっと私たちを頼ってくれてもいいのに……さ、私たちを信じて置いていってくれたんでしょうし、頑張りますか」

「なのです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――遊んでいる暇もないんだ。そろそろ本題に入ろうぜ、ホールデン。お前、何者だ?」

 

 高峰はゆっくり一歩前に踏み込んだ。“彼”はオペラ役者のように堂々と両手を広げた。それに警戒するように拳銃を構え直す高峰。

 

「モーセは神に言った。『私がイスラエルの人々の所へ行って、彼らに〈あなた方の先祖の神が、私をあなた方の所へ使わされました〉と言う時、彼らが〈その名はなんというのですか〉と私に聞くならば、なんと答えましょうか』」

「――――――出エジプト記、第3章第13節」

「それを聞いて外部記憶装置を探るようじゃぁ君もまだまだだね。これくらいは覚えておいた方がいいよ、高峰審議官。長きに渡り読み継がれ淘汰されることのなかったものには、必ずそこに価値がある。後世に残すにふさわしいものだけが残るんだ」

「お前の講義には興味ない。質問に答えてもらおうか」

「焦るな焦るな。それに神はなんと答えたかな?」

 

 高峰は鼻で笑うように声を漏らした。だが顔は笑っていない。

 

「『我は我である』、お前は神にでもなったつもりか?」

「それほど豪胆ではないよ。ただ、己という存在を表現する方法がほかにないだけさ。君のいう何者かという問いは範囲が大雑把すぎる」

「なら言い直そうか、お前の姓名と所属する組織があるならその組織名を述べろ」

 

 高峰は苛立ちを隠そうともせずそう言った。相変わらず“彼”は余裕の笑みを崩していなかった。

 

「そうだねぇ、それもまた難しい。君たちに関係ある名前でいいなら……そうだね、合田直樹とでも名乗っておこうか」

「ほー、やっぱり死んでなかったか。合田中将」

「もう中将じゃないだろう。もう軍籍は抹消され、僕の死亡は受理されているはずだ」

 

 “彼”はそこで笑う。

 

「もっとも、この記憶が“本当に僕の記憶なのか”すらもうわからないんだけどね。……僕の中には既にいろんな人の記憶が混在していてね、自分なんてどこにもないのさ。そう言う意味としては一種の超越状態、神に近しいと言ってもいいのかもしれないが」

 

 “彼”はそう言うと指を鳴らした。

 

「さて、君の質問に答えた。あと君が聞きたいのは、ここは何なのかとか、なぜこんなことをしたのか、かな? それにはあいにくながら答えられない。君は聞くべき人間じゃない。聞いたらまた君はインチキを擁護してしまうだろうからね」

「それはおまえが決めるのか?」

「主観というものを無くした僕なら君たちよりは客観的だ」

「そうかい、じゃあ、誰なら答えられる、ホールデン? 答えられる人のところまで連れて行ってやろう」

「それには及ばない、もう呼んである(、、、、、、、)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 阿武隈がバラックの中を駆けていく。

 

「司令官! 司令官待ってください! 合田司令官っ!」

 

 叫びながら、木の根に躓きそうになりながらも駆けていく。

 

「司令官、返事してください!」

 

 

 

 

「……きちゃだめだ、阿武隈」

 

 

 

 

「司令官! どこにいるの?」

 

 どこか沈んだ声に阿武隈はあたりを見回す。霧であたりが見えないのがもどかしい。バラックの壁に反響してか、どこから声が響いているかもわからない。

 

「きちゃだめなんだ。阿武隈」

「司令官、どうして! 出てきてよ! ねぇ!?」

「これは僕の戦いなんだ。阿武隈は関係ないんだ。だから、来ちゃだめだ」

「戦い? 司令官の戦いってなんですか?」

 

 少年の声がまるで亡霊のように響いてくる。空気中とはいえ環境音からわかるかもしれないとソナーをオン、耳を澄ますようにあたりに注意を向ける。

 

「父さんの敵を取るんだ」

 

 息をのむ。その空気を感じ取ったのか少年の笑った気配がした。左手前方、近い。

 

「こんなことするのを阿武隈に見られたくないもん、だから見ないで。来ないで」

「――――――なんで」

 

 阿武隈は走ってそこまで向かう。小さな路地を曲がると足元で何かが光っていた。通信機の液晶と金属のプレート。

 

「ごめん、阿武隈。心配してくれてるのもわかってる。阿武隈ならそんなことしないでっていうのもわかってるよ。でも、僕は僕の父親を奪った人たちを許せない。だから、さよならだ」

 

 無線機の声に阿武隈は涙する。足元のプレートを拾い上げる。冬服の名札と夏服用の少佐の階級章だった。

 

「合田正一郎は軍を脱走した。阿武隈特務官の上司だった合田少佐はそのときにいなくなった」

「そんな、私は認めません! そう言う大事なことはちゃんと目を見ていってください!」

「目を見て言ったら僕がもたないよ。だからごめん。……阿武隈、ありがとね」

「司令官、司令官!」

 

 阿武隈は泣きながらも耳を澄ます。

 足元に落ちてる通信機はワンウェイトーク用、ボタンを押している間だけ話せるタイプだ。それで阿武隈と会話が成立した。

 すなわち、まだ阿武隈の声が届く範囲に司令官はいる。

 どこだ、近くにいるはずだ。まだ追いつけるはずだ。

 

「司令官のバカ! かってにさよならいって逃げないでよ!」

 

 そう叫んで阿武隈は走り出す。ソナーの耳を頼りに霧の中を駆けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 択捉島、国連海軍極東方面隊クリリスク軍港。コンクリートの四角い無機質な建物が並んでいる。

 睦月は荒れ気味の海を眺めていた。窓ガラスに移る顔は我ながら浮かないものだと思う。

 

「……睦月、大丈夫?」

「にゃっ?」

 

 真横から人差し指で頬をつつかれ、肩をびくんと跳ねあげる。

 

「や、弥生……? 来てたの?」

「ノックしたけど返事がなかったから。……如月は?」

「たぶん艤装調整棟にいると思うけど、如月に用事?」

「ううん、用事はないんだけど、最近睦月や如月が元気ないから気になって」

 

 弥生はそう言うと、窓の近くまで寄ってきた。

 

「そんなに落ち込んで見えた?」

「うん。基地に慣れてないからかなって最初は思ったけど、違うんでしょ?」

 

 水上用自立駆動兵装管理棟――――睦月たちがんこの基地で寝泊まりしている部屋には簡単なつくりのベットと机ぐらいしかない。それでもここに不満があるわけではない。二人一部屋で寂しくないし、部屋は快適に保たれている。

 

 ここで睦月たちが待機しているのにもわけがある。

 アッツ島の打撃部隊に対潜警戒要員として参加するためだ。キスカ島の作戦が終了し次第出撃命令が出るのだろう。そのための待機である。

 

「……そっか、ふふ。妹にまで心配かけちゃうようじゃお姉ちゃん失格かな」

「やっぱり月刀司令がいなくなったから?」

「……うん」

 

 睦月は頷いた。弥生はベッドに腰掛けると睦月の方を見て少し首を傾げた。

 

「睦月は月刀司令のことが好きなの?」

「うん……って、にゃぁあああっ! 違うっ! そう言う意味じゃなくてっ」

 

 さらっと言われたことにあまり考えずに返事をしたことを睦月はすごく後悔した。顔が赤くなる。

 

「?」

 

 それを訳が分かってない顔で弥生はその反応を眺めた。

 

「……月刀司令って睦月にとってどんな人?」

「うー、……提督は、優しくてちょっと変な司令官、かにゃあ」

 

 どこか顔を赤くしながら睦月は椅子の向きを変えた。弥生と向き合うようにして改めて腰掛ける。両手を行儀よく膝の上に乗せる。

 

「睦月型って、他のみんなと比べても弱いでしょ? 特Ⅰ型の吹雪ちゃんたちとくらべても、電ちゃんたちと比べても、島風ちゃんとかと比べても、火力はないし、装甲薄いしってずっと言われてきたじゃない」

「うん。いいのは……コストくらいって……言われたっけ」

 

 弥生の言葉に睦月は頷いた。

 

「弥生はここに来る前、どんな司令部にいた?」

「私は……586でずっと商船警備だった」

「その時、なにか言われたりしたことあった?」

「ううん、……司令部の人とはあんまり話したこと、ない。コンテナ船とかの船長さんから、時々無線で話しかけてくれるぐらいだった」

 

 睦月はそれを聞いてわずかに考え込むような表情をした。

 

「そっか、私は、さ。提督が私の上司になる前にね、敵を沈めて帰ってくるか、帰ってくるなって言われたこともあったんだ」

「え?」

「風見司令……今はもう死んでるんだけどね、その人。その人はすごく喧嘩っ早い人で怒りっぽい人だった。叩かれることなんてしょっちゅうだったし、私たちを完全な兵器として扱うし、完全な兵器であることを求める人だった。それが、少し嫌だったんだ」

 

 睦月は椅子に深く腰掛けると足を軽く振った。

 

「おかしいよね。睦月たちは兵器なんだよ。水上用自立駆動兵装、“かんむす”って書くときは(むすめ)ってつくけど、私たちにはお父さんやお母さんはいないし、ふつうの女の子は何十キロもある艤装背負って戦ったり、砲弾にあたっても生きてることなんてないんだよ。だから私は兵器だってわかってるし、それで平気じゃないとおかしいんだよ」

 

 睦月はそう言ってふふっと笑った。

 

「だけどさ、少し嫌だって思うことを提督は認めてくれたし、睦月たちをまるで人間のように扱ってくれる。睦月型は特型のみんなと比べても弱いって言われるし、実際弱いし。それでも提督はそれでも睦月たちを大切にしてくれているのです。それを暖かいって思うし、そうしてくれるのがうれしいんだにゃん」

 

 そういっってから少し視線を落とす睦月。

 

「だから、提督の力になりたいって思うんだけど……指揮系統が違うから話す機会も減っちゃったし、なんだか遠くなっちゃったし。ずっと一緒にいる電ちゃんたち見てるともやもやしたり……」

「嫉妬?」

「……弥生、結構さくっと気にしてること言うんだにゃー」

 

 睦月は肩を落とす。

 

「電ちゃんたちはすごいもん。戦艦や空母を相手にしても結構互角の戦いしたりするんだもん。戦果じゃかなうことないんだなぁって思っちゃう」

「でも、睦月は対潜トップクラスでしょ?」

「駆逐艦は対潜はできて当然だもん……あー、どうしたら提督は振り向いてくれますかねー」

 

 大きく天井を仰いだところで電脳通信が接続を求めてきた。視線を弥生の方に向けると弥生も戸惑った顔を見せた。

 

「問答無用で回線が開かないってことは、命令以外の通信だにゃぁ……どれどれ、相手は……」

 

 

 

「――――――杉田中佐?」

 

 

 

 

 

 




次回から艦これらしくなっていく、はず……!

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回、杉田中佐たちも動き出します。

それでは次回お会いしましょう。

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