艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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グロテスクな描写があります! 注意してください

それでは気をつけて、抜錨!

2014/09/28追記
言い回しや誤字を修正しています。


第4話_雷雨・追憶

 帰還直前にスコールに捕まった。

 

《態のいいシャワーになったかな?》

 

 リンクの先で航暉が笑うと、電は苦笑いだ。

 

「私はスコールってちょっと苦手なのです」

《そうなんだ?》

「はい。服も重くなってしまいますし、ちょっといろいろ思う所もあるので……」

《そっか》

 

 それだけ言って、会話が途切れる。電は口に出したことを少し後悔した。

 

 そっか、と言った後は何も言わずにいてくれる、その優しさに甘えているのが身にしみる。本当は話すべきなのかもしれないし、話すと楽になるかもしれないが、話すには心の準備が必要だった。

 

「そういえば司令官さん、部隊の増員ってまだ着任しないんですか?」

 

 あからさまな話題転換だが、それになにも言わずに付き合ってくれる司令官はやっぱりやさしい。

 

《あー、一応選考は終わっているらしいんだけど詳しい情報はまだ。こんな末端の基地だし、現状前線とはいえ激戦地って訳でもないから後手にまわるのもしかたないんだけどね》

「アッツ島のあたりでしたっけ……」

《そうだね、なんでも深海棲艦の層が急に厚くなってるんだそうだ。北部方面隊は今頃真っ青だろうな》

 

 そんな会話をしているうちに、出撃ドックの入り口が見えてくる。ギアを後進に入れて減速。十分に減速した後に微速前進。誘導用のランプを見ながらドックに進入していく。

 

《帰還を確認。お疲れさま》

「司令官さんもお疲れさまなのです」

 

 航暉の声が遠ざかり、中継機の出力がゼロになる。定位置についてからドックの排水が始まり、上から降りて来たクレーンが艤装を固定し始める。今日は遠距離からの雷撃戦となったが、なんとか無傷で切り抜けた。敵が駆逐艦一隻だったのが幸いしたのだ。

 艤装がキャニスターから伸びた電源コードに繋がれたことを確認して動力を落とす。出発と逆の手順で偽装を取り外していく。体がどっと重くなるような疲労感を感じるのもこの時だ。キャニスターのフタが閉じられ武装保管庫に吊られていく。ここ2週間で大分見慣れた光景だ。レーダーの誤報も含めて緊急出撃が三回、哨戒航海もあるためかなりの回数出撃していることになる。風見大佐の部隊が壊滅してからマーカス基地やエニウェトック基地がカバーしてくれていた地域の一部を哨戒しているだけでこれである。この先元々ウェーク基地が管轄していたエリアの海防を任されたらどうなるのだろうと思わなくもない。

 

「ずっと天龍さんや疾風ちゃん、睦月ちゃん、如月ちゃんはこれをこなしていたのです……」

 

 以前の部隊で哨戒部隊として海域を飛び回っていた面々の顔がよぎる。毎度燃料か弾薬を使い切るか誰かが戦闘不能になるまで出撃を続け、休む間もなく次の出撃を命ぜられていた、旧551水雷戦隊のメンバーだ。

 疾風ちゃんや天龍さんはもう二度と会う事は叶わないだろうし、部隊解隊まで生き残っていた睦月ちゃん達だってもうぼろぼろの状態で別の部隊に保護されて去っていった。

 

 胸が詰まる。

 

「どうすれば、良かったんでしょうね……」

 

 ドックから外に出ると艤装調整士のハルカが手を振ってきた

 

「電ちゃんおつかれー……ってどうしたの!?」

 

 ハルカが血相変えて駆け寄ってくる。ハルカの手に触れて、緊張の糸が切れたのか膝から力が抜けてしまった、そのまま上半身をハルカに預けるようにしてへたり込む。

 

「だ、だいっ……だいじょうぶっ、です……」

 

 声が震えて泣いていることに気がついた。背中をさすってくれる手の温かさに次から次へと涙が溢れてくる。

 

「大丈夫、大丈夫だよ。電ちゃん、私も司令官も味方だよ。大丈夫……」

 

 ハルカの声を聞きながら嗚咽をこらえることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「またお前か電ァ!」

 

 鬼の形相の提督が睨む。装備の補修も食事や休息も与えられないまま司令官室に連れて来られ、怒声を叩き付けられた。窓ガラスに叩き付けられる雨粒が耳障りな音を立てていた。

 

「実戦で一発も撃たずに帰って来てよく澄ました顔で立ってられるなえぇ!? だからウェークの艦隊が腰抜けだって言われるんだ!」

「まともな装備も渡さずに実戦に押し出しておいてその言い草は無いんじゃないのか、提督」

 

 横から声が割り込む。男にしては高く、女にしては低めの声。

 

「天龍、お前は黙ってろ。俺はこのガキと話している」

「提督が話しているそのガキは俺の部隊の部下だ。口出しする権利ぐらいあると思うんだけどなぁ」

「黙っていろと言ったはずだCL-TR01。兵器は黙って話を聞いていろ。二度言わないと分からん馬鹿者か?」

「兵器に頭脳はいらないみたいなんで、どこかに置いて来てしまったようです、提督」

 

 へらへらとそう言って天龍は電を庇う位置に立った。

 

「それに今回は戦艦、重巡、空母が複数出てくると分かってる攻略作戦に水雷戦隊のみっていう編成で酸素魚雷も高角砲も渡さずに倒して来いっていうのが無理ないか?」

「ほう……天龍、お前はいつから俺に意見できるほど偉くなった?」

「今回の作戦で戦果を挙げて来いというのはほぼ無理なんだよ。二航戦……533航空戦隊の航空支援が間に合わなかったら全員沈んでたんだ!」

 

 それを言った途端、司令官が手に持っていた万年筆をぶん投げた。それは天龍の顔にぶつかり、赤い液体を引きながら床に落ちる。

 

「身代わりで死ぬことぐらいしかできん車引きがどの口聞いてんだ!?」

「その車引きすらまともに指揮できない指揮官はどこのどいつだ!」

 

 その叫び声に横の秘書艦控え室から担当秘書の千歳が飛び出してくる。

 

「何事ですか!?」

「お前がそんなんだから! そんなんだから疾風も沈んだんだろ!? 連日補給も食事も与えずに戦っていたら戦艦だって沈んじまうだろうが!」

「やめてください天龍さんっ!」

「止めるな電! もう我慢できねぇ! こいつのせいでみんn――――――!」

 

 天龍がいきなり動きを止める。電や千歳は目を見開いた。天龍の後ろに男が一人立っている。天龍の首の後ろに金属の機械を叩きつけていた。直後天龍は今まで事がまるでなかったかのように棒立ちになる。

 

「助かったよ、鬼龍院特務大尉。動きも言葉も操られる気分はどうだ?天龍?」

 

 天龍のうなじにコードを叩き込んだ男がニヤリと笑う。

 

「嬢ちゃんたちは初めてみるかな? 電脳錠(インターセプター)

 

 そういいながらコードの先にあるコントローラを倒すとそれ似合わせて天龍が首を傾げる。目を動かす自由はあるのか、左目だけで男を睨む。

 

「おうおう、怖いおめめだなぁ。で、風見提督、どうします。こいつ」

「そうだなぁ、“お前にまかせる”よ」

 

 そう言った提督がにやぁと気味悪く笑った。

 

「あぁ、電は入渠でも休息でも好きなようにするといい、退出しろ」

「そんな……」

「ぃなづまぁ、だぃじょぅぶだから……ぉれはしななぃ、から……」

 

 機械的なぎこちない声が発せられる。

 

「ほう? 電脳錠の影響下でもしゃべるか。すごい根性だこと。でも喋っていいとは言ってない、ほら、お仕置き」

「――――――!」

 

 声をあげることすら叶わない状況で天龍が悶絶する。

 

「いけぇ、いなづまぁ!上官命令だ!」

 

 天龍の絶叫に反射的に足が動いて後ずさってしまう。

 

「あぁ、そうだ。やっぱり551水雷戦隊はやっぱりもう一度出撃してくれ。天龍がいないからそうだな、睦月を旗艦で近海警備だ。くれぐれも潜水艦には気をつけたまえよ?」

 

 

 指揮官からの命令には従うべき。そう自分を騙して司令官室から退出したことを電は後悔し続けている。

 

 次に帰って来た時にはもう天龍は“左の眼球を残してもういなかった”のだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして、どうして……っ!」

 

 睦月、如月、電の三人が警備任務を終えた報告にいくと妙に満足げな提督とテーブルの上に置かれた瓶がこちらを“見つめていた”。

 

「どうして天龍さんが殺されなきゃいけなかったのですかぁ!?」

 

 睦月の涙まじりの絶叫が乱反射する。それを冷ややかに笑って提督が明るく言う。

 

「司令である俺に抗弁したあげく、殴り掛かって来たのでね」

 

 提督を除いた全員が凍りつく。電はその場で立ち尽くすしかできなかった。

 

「う、う、うわゎああああああああああああああああっ!」

 

 睦月が手に持っていた12.7センチ短装砲を提督に向ける。主砲には先の警備のせいでもう弾は残っていない。それでも向けてしまった。向けてしまったのだ。そのことに電も如月もぎょっとする。

 

 これで睦月は上官への敵対行為を成したとして“不良品”の烙印を押された上で解体されるのだろう。でもそれでここから逃げられるのなら、それでもいいと思った。そう思えるほどに、天龍は風見提督配下の第551水雷戦隊の柱だったのだ。

 

「あなたの、あなたのせいですっ!」

「心外だなぁ。恨むなら君たちの旗艦か、そうだな、電でも恨んでいたまえ、半ば電を庇って死んだようなものだし」

 

 きっと天龍にはこっぴどく怒られるのだろう。それでも、それでも。

 これ以上はもう耐えられないのだ。

 

 なら、“一度くらいはいい子でいなくてもいいだろう”。

 

――――――いい子じゃなくても、もういいや。

 

 睦月が引き金に静かに力をかけだした時だった。

 

「睦月、やめなさい!」

 

 無理矢理に割り込み睦月の砲塔を弾き飛ばす影が一つ。艦娘独特の艦載機が飛ぶ音が聞こえて睦月の主砲が部屋の隅に転がった。

 

「千歳、さん……?」

「武装を下ろしなさい。如月、あなたもです」

「でも、でも提督は!」

 

 抗議の声を無視して千歳が睦月を庇うように立った。背負っていた艤装のカタパルトが稼働を始める。

 

「あなたたちが手を汚す必要はないわ。人間様に楯突く悪者は1人で結構」

 

 千歳の持つ虎の子、爆装済みの試製晴嵐の発動機が回り、僅かな火薬の匂いとともに打ち出される。

 

「どういうつもりだ、千歳?」

「最後に一杯お酒でも飲んでおきたかったのですが、致し方ありません。風見提督、もうこれ以上私は目を閉じ、口をつぐむことはできそうにありません。あなたの行為はあまりに目に余るのです。確かにあなたの戦績は誇るものでしょう。敵泊地の発見に切り込みはそう易々とできるものではありません」

 

 ですが、と言って彼女は形ばかりの笑みを送った。

 

「こんなくだらないプライドで味方を見下し、海に帰ることすら許さない行為を見過ごす訳にはいかないのです。……一瞬で終わらせます、覚悟してください」

 

 そう言った千歳の背に影が落ちた。彼女が振り返ると鬼龍院特務大尉が電脳錠を振りかざしていた。

 

「!?」

 

 それが振り下ろされる直前、電と如月が猛ダッシュで鬼龍院に突っ込んだ。電脳錠の狙いは外れ、硬質な音を立てて床を滑る。

 

「千歳さん! 早くっ―――――!?」

 

 鬼龍院にぶん投げられた如月が壁に叩き付けられる。息を詰まらせた如月は一言も発する事無くずるずると壁伝いに崩れ落ちた。

 

「ま、まて――――――」

「さよならです、提督」

 

 狭い部屋の窓ガラスが吹き飛ぶ。勲章などで飾り立てていた体はあっという間に爆炎に包まれ、叫び声すら残さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そっか……」

 

 ウェーク島基地の司令部棟2階には食堂兼集会室がある。そこのテーブルの一角で航暉はただそれだけを言った。

 

「そのあとは、きっと司令官さんも知っている通りだと思います。海軍警邏隊と陸軍憲兵隊がウェーク島にやってきて、基地に所属していた第535戦隊、第539航空偵察隊、第551水雷戦隊、第557駆逐隊は一度解隊。みんないろいろ部隊に引き取られていきました。千歳さんは本国へ送られて、睦月ちゃんと如月ちゃんはマーカス基地へいきました……」

 

 もう冷めてしまってぬるいとも言えないお茶をただ見つめる電。今となっては珍しいアナログ時計の音が響く。

 

「大変だったね。よく耐えた」

 

 正面に座った航暉が優しい笑顔でそう言った。

 

「私……涙も出なかったのです」

 

 俯いて絞り出すような声でそう言った。

 

「弱虫だ、泣き虫だ、腰抜けだって言われ続けたのに、みんないなくなっていったときは、涙なんて一つもでてこなかったのです……。どうして、なんですかね……。いなづまは……ほんとは薄情なんですかね……っ」

 

 ただでさえ小さい体がさらに小さくなる。なにかに怯えるように震え、行儀よく膝に乗っている手に暖かな滴が落ちた。

 

「んー、電ちゃん」

 

 その手にそっと触れてハルカが電の顔を覗き込むようにしゃがみ込んだ。

 

「みんな出て行ったのに、電ちゃんはここに残ったんだよね?」

「はい……」

「異動を希望すればここを離れられたのに残ったんだよね?」

「はい……」

「それは、残らなければいけないと思ったからかな?」

 

 そう言われて黙り込む電。口を開こうとした航暉を夏海が目で制した。今は伊波少尉に任せろ。

 

「どうして、でしょう? 自分でもよく分からないのですが、ここからだれもいなくなったら、何も無くなってしまうような気がして。それで……天龍さんたちもいなかった事になってしまいそうで……」

「そっか。なら私は電ちゃんに言わなきゃいけないことがある」

 

 ハルカがそういって彼女を抱きしめた。

 

「電ちゃんは薄情なんかじゃない。そんなこと絶対にない」

 

 優しい声だった。そう言った言葉には血が通り、電に確かな質感を持って伝わった。

 

「電ちゃんは私たちが来るまで、ずっと1人で1ヶ月、ウェーク島を守って来たんだよ。みんなを忘れたくなかったんでしょ? だから、一人でここを守ってきた。いつみんなが帰って来てもいいように。悲しいだけの場所にしないように」

「……はい」

「泣くのは我慢しちゃだめだよ、電ちゃん。一人でずっと抱えてちゃだめ。背伸びして強くなくてもいいんだよ?」

「はい……!……!?」

「空気読まないお出ましだな、おい」

 

 緊急用のサイレンが鳴る。ハルカが厳しい顔でタブレットを取り出す。

 

「CTCからのSTBY命令です」

 

 スタンバイ……艤装装着の上で合図があり次第出撃できる体勢で待機せよ。

 

「ウチリック環礁北東150キロに艦隊を捕捉。構成は現状不明ですが空母ないし戦艦クラスの存在を確認しています。現在西北西に航行中の模様。このままだと約75分後にウェーク島哨戒圏をかすめるようにしてグアム隊の哨戒圏に入ります」

 

 渡されたタブレットを確認する

 

「クェゼリンの553水雷戦隊が西方へ急行中。グアムの防衛隊に警戒態勢でマーカスからも応援の水雷戦隊が既に出航、ウェーク島とグアムの532戦隊にスタンバイってことはグアム哨戒圏で蹴りをつける気か」

 

 532といえば重巡を主体にした高火力部隊だ。第53中部太平洋艦隊の中核を成す部隊と言っていい。そこまで引き出すとすれば相手はかなりの艦隊だ。

 

「夜戦で艦載機を使えないなら、駆逐艦を接近させて敵と接触し続け相手をリポートしろってとこかしら」

「どうやらそういうことらしい。今CTCからもそう言う感じの命令文が出た」

 

 航暉がタブレットを掲げる。[STBY-551stTSq/ Monitor EF on point FC230]と表示され、出撃時の想定航路、接敵予想位置と時間が埋め込まれた地図が表示される。“迎撃(インターセプト)”でも“接敵(エンゲージ)”でもなく“監視(モニター)”を指示してくるということは駆逐艦一隻では相手にならない状況であることの現れだった。

 

「電、出れるかい?」

「……大丈夫、です」

「……条件はいつも通り。必ず生きて帰ってくること。いいね?」

 

 電がうなずく。作戦を了承したことだけをCTCに叩き返し出撃準備にとりかかる。時刻は1945。

 

(雨、か……)

 

 航暉は地下へと続く階段を下りつつ窓から外を見た。

 

 

(死ぬなよ)

 

 

 それだけをただ願い、作戦指揮所に足を踏み入れた。

 

 




次回はバトル回

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