艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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さて、作戦が始まる……!(今回始まるとは言ってない)

さて、抜錨!


Chapter5-3 白い闇を

 

 

 

 

 

「だれかぁ! だれかいませんかぁ!」

 

 霧の中―――――正確には霧に包まれた海上で少女の声が溶けていく。

 

《子日、そっちに誰かおらんか?》

「だめー、静かすぎるくらいで何の反応もないよぅ」

 

 半ば諦めた声がする。子日と呼ばれた彼女は手にはめ込んだ単装砲を周囲に予断なく振り向けながらも声をかけ続ける。

 

「ねえちゃんは見つかった?」

《見つかったら誰かおらんかなんて聞かないじゃろうて》

「それもそっか――――行方不明から2日かぁ……この海水温じゃ絶望的かなぁ」

《海に投げ出されておれば、な。機関の故障で漂流とかなら生きとるじゃろうし、この辺りにいるとすれば見つかるはず、なん、じゃが……》

 

 この霧の中で航海灯が何とか見える距離、そのぼんやりとした距離から声が帰ってくる。姉にあたる初春が僅かに先行しながら航行していた。

 

「……やっぱり沈んでるのかなぁ」

《もしくはもっと遠くまで流されてるかじゃな。じゃが、わらわもそろそ戻らねばならん。あと5分進んでも見つからなければ引き返すぞ》

「はぁい」

 

 子日はそう言って進んでいた。

 

 足元に白い航跡が真横から迫ってることなんて気がつかないまま進んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「子日の非常用位置指示無線標識装置(ELT)が作動した?」

 

 一通りの下準備を終えた高峰に非常用電脳通信が飛び込んできていた。

 

《はい! 初春さんが対潜戦闘機動を開始。子日さんはごく低速で回頭、最短ルートでキスカ本港を目指しています》

 

 高峰はあたりを見回してから人気のない方に少々早足に向かった。スラムのはずれから村に向かう方向へ歩いていたが途中から枝道に入った。この先はせり立った山に通じるだけであり、後3時間で避難作戦が開始されることが周知された状況ではここを通る人は皆無だった。

 途中まで登ってから後ろを振り返る。海なんて見えないほどに濃い霧がかかっていた。

 

「潜水艦相手に重巡じゃぁ分が悪すぎる。この霧じゃぁ航空機でのサポートも無理だ。……パッケージロメオまであとどれくらいだ?」

《あと15分です!》

「パッケージロメオもおそらくELTを受信してるはずだ。合流したら応援を出してもらえ」

《了解です!》

 

 高峰はそう言ってからウェストバックから三日月型の機械を取り出すと首の後ろに接続する。

 

 ユーザー認証開始、パスコード入力、承認。簡易中継器が正常に起動すると周囲の海図と通信情報が表示される。確かに子日の非常事態を告げる電波が発されていて。その周囲をぐるぐると回るように初春が動いている。そこからかなり離れたところを青葉のマーキングが進んでいく。その行く先には薄い半円が描かれておりそこには救難用輸送船団(パッケージロメオ)到達予測域と注釈が振られている。

 輸送船団本隊は電波封鎖状態でスタンドアロン運用がなされている。敵が無線通信に割り込みをかける可能性があったためだ。それで避難民収容中に襲撃を受ければ大変なことになる。収容が終わるまでは絶対に位置を知られることは避けなければならない。青葉が15分と言ったがそれが確かなのかどうかはわからない。だが……

 

「青葉、左舷一ポイント転進用意、方位1-8-7へ回頭、かかれ」

《方位1-8-7了解ですっ!》

 

 高峰は迷うことなく指示を出してから無線を切った。高峰には船団が“視えて”いた。

 

(合流まではおそらく12分……おそらく応援といっても二人くればいい方だ。そして子日が攻撃を受けて応援がすぐに駆けつければ……敵はこちらに増援が来ていることを知る)

 

 その偵察のために深海棲艦がこちらに来てしまったら。

 

(急がないとヤバそうだな……)

 

 そう言ってから中継器を隠すように防寒着の襟を立てて坂を下りる。坂を降り切ったところで赤いハンチングをかぶった男とすれ違いつつ、あたりを見回す。もう少し下ればキスカの港がある村に出るだろう。

 

(――――――赤いハンチング?)

 

 高峰は浮かんできた疑問に足を止めた。

 そっと振り返ると霧のヴェールの向うに足だけが見えた。革靴の底を見せるようにしながらその足も白い闇に消える。

 

(この先にあるのはただの山林とわずかな畑だけ、民家もない。そんなところにこのタイミングで“革靴で行う用事”があるか?)

 

 赤いハンチングを被り、革靴で土を踏みしめながら消えていく姿、それを思い出しながら坂の上方を睨む。

 

(――――――まさか)

 

 高峰は電脳のチャンネルを開き、ある文章を呼び出す。出版年1951年、作者J・D・サリンジャー。書名―――――『ライ麦畑でつかまえて』

 

 検索して、ヒットした。主人公の男とその友人アックリーの会話のシーン。

 

 

 

――――――「違いますね」、僕は帽子を脱いで、眺めた。それに狙いを合わせるみたいに片目を軽くつぶった。「こいつは人間撃ち帽なんだ」と僕は言った。「僕はこの帽子をかぶって人間を撃つのさ」

 

 

 

 この『僕』の帽子は……

 

 

 

(1ドルで買った赤い鹿撃帽(ハンチング)! くそ!)

 

 

 

 道を引き返す。懐の拳銃を引き抜き低く構えながら初弾を薬室に送り来んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深い霧の先頭をゆくのはシフトを後退した阿武隈だった。

 

「みんな、気を付けてね!」

 

 この霧の中で無線封鎖状態で動くには前の船の航海灯を頼りに進むしかない。すなわち、航海灯が見える範囲で密集して進まねばならないのだ。

 

「初霜。寄るな。」

「しっかり距離を取ってますっ!」

 

 その中で弄られすぎた猫のように警戒心を丸出しにしているのは若葉だ。

 

「全く、同じ轍は二度も踏みませんって」

「お前は信用ならん。」

「……いくら妹とはいえさすがに扱いひどくないですか、若葉」

「でもこの霧は確かに怖い」

 

 その会話に乗ってきたのは響だ。

 

「いつぞやのことを思い出すね。島風はどうだい?」

「……はやくかっ飛ばしたい」

「はいはい、しっかり耐えるよー」

 

 阿武隈がそう言うとそわそわしながらも島風は黙った。というより黙ってじっと耐えてないと走り出しそうなのだろう。阿武隈がそれに苦笑いしていると島風がばっと振り返った。手に持った信号灯を護衛船団の先頭を征く旗艦“あきつ丸”に向けた。

 

「どうしたの?」

非常用位置指示無線標識装置(ELT)、結構近いところで船が沈みかけてる」

「え?……ここで?」

 

 信号灯の発光モールスでそれを伝えるとすぐに返信が帰ってくる。同じように発光信号だ。

 

「カ・ク・ニ・ン・シ・ジ・ヲ・マ・テ……だってさ」

「ELTってことは結構危険だよね。島風、場所わかる?」

「うーん、方向と強さからして……ここからざっと40キロ、キスカ港から東に60キロってところかなぁ」

「深海棲艦……なのかなぁ」

「その可能性が高いと思うよ。アッツ島にでかいのがいるって言っても、敵がそこだけにいるわけじゃないもん」

 

 阿武隈はそれを聞いてどうするべきか考えた。

 

 島の安全を考えるなら応援に行くと、艦娘の応援が来ていることが敵にばれる。そうなれば、秘密裏にキスカ島を空にするという作戦が瓦解することになる。4000人近い人員を避難させることを考えれば見捨てるという選択肢も考えられる。最大多数の最大幸福だ。

 

 

 でも、それを私たちは許せるだろうか?

 

 

 それをして、いいのだろうか?

 

 

 

 そんなことを考えていると前の霧が揺れた。

 

「……深海棲艦!?」

 

 反射的に安全装置をオフ。この距離なら魚雷を放射状にばら撒いたほうが確実だ。

 

「こちら阿武隈、深海棲艦を捕捉! 防衛戦闘に入ります!」

「あ、阿武隈待っ……!」

 

 島風が制止するより前に阿武隈は魚雷を撃ちこんだ。酸素魚雷が伸びていく。

 

「うひゃぁ!」

 

 遠くでそんな叫び声が聞こえた気がした。

 

「阿武隈、魚雷自爆させて!」

「え?」

「早く!」

 

 島風が焦った声を上げる。阿武隈は訳が分からない。直後魚雷を放った方向がちかりと光った。断続的に光が続く。

 

「あれ、味方だって!」

「ワ・レ・ア・オ・バ………………え? 青葉さん!?」

「だから待ってって言ったじゃん!」

 

 島風にそう言われ慌てて魚雷の自爆コードを送信する阿武隈。結構走っていたのかかなり遠くで爆発音がする。

 

「も~。酷いじゃないですかー。本気で当たるかとビビりましたよ」

 

 霧の中からよろよろと浮出てきたのは額の汗をぬぐっている青葉だった。損傷はなさそうだ。

 

「ごめんなさい! ほんっとごめんなさいぃぃ!」

「一番が敵だ敵だとなんとやら……」

 

 響のあきれたような声にも取り合わず、ひたすら頭を下げる阿武隈。実弾誤射とは絶対にやってはいけないミスであるだけに必死だ。

 それに追い打ちをかけるようにあきつ丸の艦橋から発光信号だ。先ほどの魚雷は何かと説明を求めている。なんとなく事情が分かっていたのか、島風が代表して状況を伝えると“周辺警戒を厳にせよ”と信号が来ただけだった。

 

「で、青葉さん、ランデブーポイントってもっと先でしたよね?」

「それがそうとも行かなくなっちゃって……こっちでELTって掴んでます?」

「うん、さっき確認したけど……」

 

 島風がそう言うと青葉は若葉と初霜の方を見てから、落ち着いて聞いてね、と前置きした。

 

「それ、子日さんのなんです」

「え!?」

「キスカ港を母港にする漁船が一隻行方不明になってるんです。それを捜索に出た初春さんと子日さんが深海棲艦と接触、交戦しました。潜水艦のみだったみたいで初春さんが対潜警戒に入ってからは攻撃なし、今キスカ島に向けて動いてます」

「子日の状況は?」

 

 そう聞いたのは若葉だ。

 

「今のところは動けてます。ELTを打つには少々軽いくらいの損傷らしいです」

「ってことは沈んでないし、すぐ沈んでしまうような状態ではないんだね?」

「はい、でもこの速度ではキスカ島撤退終了までに港にたどり着けるかどうかわかりませんし、初春さんの負担も大きすぎます。曳航役だけでも必要だと判断しました。青葉はそのメッセンジャーです」

 

 そう言うと有線通信用の鉄線をあきつ丸に分投げた。磁石兼用のおもりが舷側に張り付いた。

 

「こちら青葉、有線にて交信中。あきつ丸座上中の月刀司令どうぞ」

《こちら月刀、こちらの部下が失礼した》

「いえいえ、ワレアオバで撃ち返されたらどうしようかとそっちの方が内心バクバクだったのでよかったです。それで……」

《ELTの件だね?》

「はい。実は――――」

 

 状況を確認すると月刀は数刹那の間迷ったように間を取った。がそれも本当に数刹那で切り替わる。

 

《島風に走らせる。島風ならELT逆探も上手いし、何より足がある。護衛に暁も連れて行かせる。そこで深海棲艦に襲われたならもうこっちも捕捉されてる可能性が高い》

「了解です。なら私はこのまま予定通りですかね?」

《あぁ、45分後にLCACを発進させる。その護衛は暁を除く特Ⅲ型と阿武隈、初霜・若葉で貨客船とキスカ港の防衛だ。青葉はあきつ丸他揚陸艦の直掩に入ってくれ》

 

 本当は若葉たちも揚陸の護衛チームだった。初春たちが港の護衛をしてくれるはずだったからだ。しかしそうはいかなくなった。

 

《ランディングゾーンの確保は?》

「こっちの司令が何とかしました。予定通りバラック街の北の端の浜辺に二隻、中央に4隻でいけます」

《了解だ。何事もなければ45分後に作戦を開始する。次の発光信号まで待機》

「わかりました。次の発光信号まで待機します。通信おわり」

《通信おわり》

 

 そう言う電磁石の電源を切り、通信ケーブルを回収する。

 

「やっぱり月刀司令って冷静で優秀ですね。応援に初霜たちを入れませんでした」

 

 青葉は満足したようにそう笑った。

 

「どういうことだい?」

「たとえば響さんは暁さんが無線の奥で沈むかもっていうと助けに行きたいと思いますよね?」

「当然だね」

「でもそれは周りを見ずに突っ込む可能性が高いってことがわかるわけです」

「それは……そうだね。否定できない」

 

 青葉は笑った。

 

「だから月刀司令は島風さんを出したんです。暁さんも同じ一水戦とはいえ若葉三よりも落ち着いて対処してくれそうです。もし睦月型のだれかがこっちに来てたら睦月型の子を出したでしょうね。救助はできるだけ要救助者と関係のない人が行うってのは鉄則です」

「なるほど……言われてみればそうだね」

 

 青葉の声に納得した響はそう言ってあきつ丸の船橋を見上げる。この距離ですら僅かにかすむほどの深い霧だ。

 

「でも―――――」

「響さん?」

「いや、何でもない」

 

 響は目線を船橋からそらした。

 

 たしかに司令官は優秀だ。そして冷静なのだろう。兵器である私たちをまるで本物の人間のように扱ってくれる、優しい人でもある。

 

 

 でも、本当にそうだろうか?

 

 

 今回の作戦、艦娘の配置に響は疑問を持っていた。

 北方難民の避難キャンプの人員の避難にLCACを使って避難させるが、そのLCACの護衛に電他特Ⅲ型が割り振られていた。またそちらの指揮は月刀司令が直接執ることになっている。

 避難キャンプの住民が避難に反対して攻撃してくる可能性も指摘されている。その対策として警棒やスタングレネードなどが艦娘に搭載され、非殺傷武器であるそれらの使用は自衛に限り独断での使用が可能となっている。つまり。そういう事態が十分に考慮される地域に電を投入することになる。

 

(電は今戦う理由を見つけられないでいる。その状態で、守るべき人間に向けて武器を使うことになったら……)

 

 今度こそ電の精神は耐えられるかどうかわからない。

 

 響は自分の盾の裏側に固定された武器を眺める。

 

(電は自分が兵器であるということを知っている。でも、傷つけたくないと思っている)

守るための兵器といえば聞こえがいいが、要は守るために他の何かを傷つけて蹴落とすための兵器。電はそのことを認識しているのだろう。その上で――――司令官を守ろうと考えているのだろう。司令官を守るために誰かを傷つける、それは致しかねないことだと納得したいのだ。

でも電自身がそれを善しとできないのだ。

 そんな状況で、電と司令官が一緒に危険地帯に飛び込む。もし司令官が攻撃を受けた場合、そこに電が居合せれば……

 

(どちらに転んでも、電は自分を許せなくなる。司令官を守れなかったとしても、守るために誰かを殺したとしても)

 

 響は艦列を離れていく島風を見送った。暁らしき影が霧の向うにおぼろげに見えた。二人は霧の向うに消えていく。もうしばらくすれば揚陸艦の後部ハッチが開き陸に向けて滑走を始めるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 お願いだ、神様。どうか

 

 

 

 

 

 どうか私の妹の心を壊さないでくれ。

 

 

 

 

 

 

 




さて、作戦が始まる……!(今回始まるとは言ってない)

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
さて、次回こそ島での話になります。

最近冷えてきて足元が寒いです。もう少ししたらこたつの時期ですね。
こたつでぬくぬくとパソコンとか勉強をしてると惰眠を取ってダメ人間になりそうです。ダメ提督になれば雷ちゃんが……来ませんね、はい。

それでは次回お会いしましょう。

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