艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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戦闘前の前置きが長いのはもはやお約束?

それでも、抜錨!


Chapter5-1 心の中を

 

 

「退院おめでとうというべきかな? 航暉」

「転院扱いですがね。で、なんで俺がいきなり国連海軍医療隊のクリリスク病院に転院になるのか説明してもらえますか」

 

 航暉は病院着から第一種軍装に着替えて西部太平洋第一作戦群司令部に出頭していた。

 

「術後で安静にしてなければいけないのは重々承知だが、中央戦略コンピュータが

お前しか適任がいないという結果を弾き出した。重要度AAA+、最優先事項のカテゴリーⅤだ」

「……とんでもないランク付けですねカテゴリーⅤとかMI撤退戦よりも重要度高いじゃないですか」

 

 MI撤退戦のカテゴリー分けはⅣa。そのさらに上、最重要かつ最優先の事項だ。

 

「話してる時間も惜しい。……お前には奇跡の作戦を再現してもらう」

「キスカ島撤退戦?」

「そうだ。アッツ島に未確認種が確認された。敵性コード“北方棲姫”。陸上活動が可能かつ高度な指揮能力、人語による無線への介入が確認されている」

「……それはまたぶっ飛んでますね」

「それの撃滅に向けて今523一航戦、533二航戦と511の長門型姉妹、うちからも金剛型全艦が用意を進めている。高雄型も予備戦力としてクリリスクに待機することになる。それに先立ってキスカ島の全島民と難民キャンプの人員を避難させる。その輸送船団を護衛してもらいたい」

「輸送船の速力は」

「船団の速力としては最速27ノットだ」

「もっと速い船は?」

「用意しようと思ったらアッツの姫様が押さえられるかわからない」

 

 中路が印刷した資料を渡してくる。それを捲りながら航暉は中路を見た。

 

「現地の状況は?」

「いま高峰君がキスカにいるし、565駆逐隊の分遣隊が現地にいる」

「565?」

「DD-HH01“初春”とDD-HH02“子日”、あと高峰君のパートナーのCA-AB01“青葉”が現地に入っている」

「避難要員は?」

「民間人534人、軍人132人に難民キャンプに2100人程度だ」

「で、輸送船10隻で敵に気がつかれることなく収容して避難させろというわけですね?」

「そうだ。護衛に使えるのは君のところにいる軽巡駆逐と現地の艦だ。残りの部隊総出で姫のご機嫌取りをしなきゃいけない」

「つまり航空支援も期待するな、と?」

「君たちの動きを姫に知られるわけにはいかないんだ。そしてこれは――――――君に選択権はない。月刀航暉大佐しか適任者はいないとCSCが叩きだした。活躍を期待する」

 

 そう言ってから中路は一枚の書類と箱を航暉に差し出した。

 

「今回の任務は北方難民が反抗する可能性が高い。彼らは日本国が加盟した連合軍によって住処を失い、追い出された人たちだ。最悪の場合暴動騒ぎになる可能性もある。持っていけ」

 

 箱を開けると航暉の拳銃、ベレッタM93Rが綺麗に整備されて入っていた。書類は武装の使用許可証だ。防弾装備にライフル、スタングレネードなどの携行非殺傷兵器、電脳錠複数。

 

「……自衛用にしては物騒だな」

「現地での誘導などを行う警邏隊の標準装備だFive-seveNももってけ。お前に死なれるわけにはいかんのだ」

 

 航暉は拳銃を取り出し、腰のベルトにホルスターを取り付けた。

 

「……ひとつ質問してよろしいですか?」

「なんだ?」

「アッツ島にも守備隊がいたはずです。彼らはどうなりました?」

「行方不明だ。だが、全員死んでるだろう」

 

 表情を変えずに中路は言い切った。

 

「おそらく他の基地に状況を伝える間もなく死滅したんだろう。それだけの敵だ、そんな敵の目の前に軍人以外を並べるわけにはいかん。だからこそお前たちの作戦が必要だ」

「ついでにもう一つ質問しても?」

「なんだね」

「この作戦、生きて帰れる確率は?」

 

 中路はそれには答えずに敬礼の姿勢を取る。

 

「……死ぬなよ、航暉」

「えぇ、死にませんよ」

 

 それだけ交わして航暉は部屋を出ていく。一人になった部屋で中路は溜息をついた。

 

「……次の世代の礎とならんことをと願ってやってきたが、いやはや」

 

 中路はデスクに戻り椅子に腰かけ目を閉じた。

 

「恨むなら俺を恨めよ、航暉」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「周囲の状況は?」

「いまのところ問題なしです。霧が濃いので今日明日で攻めてくるってことはないでしょうし。そっちの村長さんのほうはどうでした?」

 

 キスカ島でのねぐらにしていた安宿で高峰は帰ってきた青葉に声をかけた。

 

「村民への根回しは協力してくれるそうだ。ここから先はキスカ軍港の港湾長の仕事だ。もう任せても大丈夫だろう。そしてもう一つ笑えない新情報だ」

「何です?」

「三日前から船が一隻帰ってきてない」

「え?」

 

 その情報に青ざめる青葉。

 

「今初春たちが近海を探ってる。もしかしたら深海棲艦の潜水艦が港の入口を張ってる可能性もある」

「ちょ、ちょっとそれヤバいじゃないですか!」

「あぁ、かなりヤバい。まったく、ホールデンの問題も残っているってのに」

「せめてホールデンの傀儡がどこから月刀大佐たちに紛れ込んだかくらい掴めればいいんですけど、民間人の保護が最優先ですもんね」

 

 当然だと返した高峰はホルスターに突っ込まれていた拳銃を取り出すとマガジンを抜き取り薬室に残った弾も抜き取った。それをビニール袋に突っ込みバックにしまう。

 

「……青葉、お前はキスカ防衛隊の傘下に入れ。高火力艦が来た時に駆逐艦二隻だと危ない」

「司令官はどうするんですか?」

「俺はスラムの様子を確認してからじゃないとまずいから、そっちに合流できない。軍の狗だとバレると動きづらいところだしな」

「……ひとりでいくんですか?」

「大丈夫、相手は化け物じゃない。人間だ。言葉も通じるし安心して潜れる」

「嘘じゃないですね?」

「当然」

 

 防寒着を羽織りながら高峰は胸元に拳銃を突っ込んだ。軍正式拳銃のFive-seveNではなく、黒星と呼ばれるトカレフ拳銃のコピーモデル。そうはいっても銃身などを高精度なものに改装してあるので見かけが粗雑にみえるだけだ。拳銃だけではなく、身分が割れそうなものは全てすり替えるか外しておく、ボディチェックで現役軍人だとばれればその場で殺されかねないデリケートな地域に向かうのだから用心にこしたことはない。

 

「青葉、これ預けとく。必ず返せよ」

 

 そう言って青葉に放ったのは国連海軍所属を示す軍属バッジだったそれを見て青葉が複雑な表情をした。

 

「形見分けじゃないですよね」

「返せって言ってるだろ。それ恐ろしく高いんだぞ」

 

 薄手の帽子をかぶった高峰は部屋のドアを開けた。

 

「ここを引き払っといてくれ。いろんなの残すなよ」

「了解です。……ご武運を」

「お前もな」

 

 高峰は非常階段から飛び降りて裏道に出ると、そのまま素知らぬ顔で街を歩く。

 

「……さて、ここに深海棲艦が来るといってどれだけの人が信じてくれるかね」

 

 そんなことを思いながら高峰は進む。メインストリートとはいえ人通りは少ない。いるのはいつのものかもわからない缶詰を売っている店の店番をしている少年と値切り交渉で紛糾しているしなびた赤いハンチング帽を被った男、家に帰るのかよろよろと杖をついて歩く老婆、物乞いの男に子供をあやす少女ぐらいだ。

 ポケットに手を突っ込んで肩を縮めながら速足で街を抜ける。しばらく行くとバラック街が見えてくるだろう。

 

「とりあえず長老に声をかけてみるか」

 

 どこか笑顔を張り付けたまま高峰が霧の中に消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冬の入り口11月ではもう雪がちらついてもおかしくない時期だ。実際みぞれ交じりの冷たい雨粒が落ちてきている。

 択捉経済特区、その一角にある国連海軍極東方面隊クリリスク基地に降り立った航暉は防水外套に制帽を被り大型の輸送艦を見上げていた。

 

「司令官さんっ!」

 

 遠くから投げかけられた声に航暉はゆっくりと振り返る。ピーコート風の雨衣に士官用の作業帽を身に着けた電が駆けてくる。

 

「こんなところにいたのですか。風邪ひいちゃいますよ」

「すまんな。……少し頭を冷やしたかった」

 

 航暉は横まで駆けてきた電の頭を作業帽越しに撫でてから改めて船を見上げた。帽子は雨で冷たく冷え切っていた。

 

「……国連陸軍が船を持ってたんですね」

「正確にはこれ丸々艤装らしいが。陸軍用にチューンされた輸送特化型水上用自立駆動兵装、念動式水上輸送船のプロトモデル、開発コードLHD-AM01X、パーソナルネーム“あきつ丸”。陸軍義制研とポセイドンインダストリー社が満を持して発表した新造艦だ」

「……これ全部艤装なんですか?」

「既存の船の船体を改装して艦娘の義体制御とリンク可能なようにラインを構築……まぁ、お前たちの艤装とやってることは変わらない。だが、このシステムが安定したらお前たちも本格的なミサイルを撃ったり、ポストイージスシステムを搭載したり、そんな話も出てくるかもしれんな」

 

 どこか遠い目をしている航暉に電がどこか不安げな視線を投げる。

 

「……なにかあったのですか?」

「何もないと言ったらウソになるな。……今回の作戦内容、聞いているか?」

「キスカ島の人たちの避難ですよね」

「それも水雷戦隊だけで、だ。コンピュータもゲン担ぎってものを覚えたのか旗艦に阿武隈を指定、若葉・初霜・島風に特Ⅲ型4隻……一水戦で奇跡の撤退戦をリプレイしろってさ。残りは北方艦隊に臨時編入、俺の指揮下から一時的にではあるが外れることになる……航空戦力はこのあきつ丸のVTOLだけになる」

 

 制帽のつばを伝って落ちる冷たい雨が航暉の襟首を濡らした。

 

「相手は無線に割り込みをかけて人語を発する以上、隠密行動をとる俺たちは無線を使えない。また戦術リンクも最小限にとどめなければならない。“ホールデン”の問題だって片付いてないしな。その状況で霧の湾内に進入、ごく短時間で約3千の人員を回収し最速で離脱。これだけでも難易度が高いが……」

 

 航暉がこめかみを叩く動作をした。電はそれを見て戦術リンクを起動する。航暉の電脳からファイルが一つ送られてくる。

 

「回収する人員のほとんどが北方難民、第三次世界大戦で住処を失った人たちだ。形を変えたといえども軍の命令には反発してくる可能性が高い。住人が暴徒化した場合などに備えて作戦参加者には対人兵器の携帯が許可される。……もちろん、お前にもだ。電」

 

 それを言うと、電が緊張したように肩をこわばらせた。

 

「特Ⅲ型の防弾板2枚の裏それぞれにに伸縮式のスタン警棒、音響手榴弾、電磁パルスグレネードをそれぞれ携帯することになった。残りの艦もスタン警棒と音響手榴弾を携帯する」

「そんな……」

「もちろん使わないに越したことはないしお前たち艦娘が使う機会はまずないだろうが、万が一の可能性もある。……これは総司令部の決定事項だ」

 

 そう言って航暉は視線を落とした。制帽のつばから水が滴る。

 

「攻撃は強制しない。そう言うのは男の仕事だ」

「……司令官さんは武器を持っていくんですか?」

「フルセットでな」

「司令官さんは、武器が重いとか、怖いとか思いませんか?」

「思うさ。でも“もう何人も殺してきた俺にはそんなことを口に出す資格はない”」

 

 そういいきって航暉は電の方を見た。涼しげな目元が細められ、航暉の冷えた右手が電の頬をなぜる。

 

「俺はそんな男だよ、電。お前が思い描くような立派な司令官じゃない」

「そんなことないのですっ!」

「……そう言ってくれるとうれしいがな」

 

 どこか卑下した笑みを浮かべて航暉は電の肩を叩いた。

 

「いこうか、さすがにここは冷える。レディを寒いところに立たせておくのもあれだしな」

 

 航暉が荒れだしそうな鈍色の海を横目に歩き出す。その横を歩きながら電はどこか距離を感じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……合田正一郎、男、13歳」

 

 調べ上げた資料を印刷し杉田は頭を掻いた。

 

「国籍日本国、出生地は神戸、母親は彼が4歳の時に深海棲艦の侵攻に巻き込まれて死亡、父親の合田直樹は日本国自衛海軍時代から名をはせる叩き上げの軍人で根室上陸阻止戦やPKFフィリピン派兵に従軍。その息子として英才教育を受け、10歳にして国連軍の情報トライアルをクリア、情報オリンピックでの優勝が決定的となり国連海軍にスカウト……」

 

 荒れに荒れた部屋にはビールの空き缶や山盛りになった灰皿、食べたあとのサラミのビニールなどが散乱している。カッターマットが置かれたデスクに半分座るようにしてプリンターから吐き出された紙を眺める。

 

「まったく、どこに手がかりが転がってるやら」

「書類整理とは珍しいな」

「これが整理に見えるか?」

「いやなに、書類をいじってるのじたいが珍しいじゃないか」

 

 杉田は振り返ることなくそう言った。見なくてもだれだかわかる。

 

「……少しお疲れかい?」

「慣れないことをするもんじゃないね……で、姉の様子は大丈夫なのか、武蔵。大和のところに行ってたんだろう?」

「問題ない。被害は艤装に集中していたから大和自身がどうこうってもんだいじゃないしな」

「そんなのを聞きたいわけじゃない、心の方だ」

「……さぁな、今回特攻まがいの攻撃を受けたのはかなり堪えたらしいな。自分たちがしてきた攻撃がどれだけ悲惨か目の当たりにした。だがそれを否定することは昔の大和が守ろうとした国を否定することになるかもしれない。それが怖いんだろうよ」

「……そうか」

 

 杉田は手に持った書類から目を上げる。

 

「なぁ、ひとつ聞いていいか」

「お前の質問ならスリーサイズまで答えてやってもいい」

 

 武蔵の冷やかしには答えなかった。

 

「今の自分を幸せだと思うか」

「いきなりなんだい。……難しい質問だ」

 

 武蔵はそう言って笑った。

 

「だが、私の場合は単純だ。“イエス”」

「……なぜだか聞いても?」

「“武蔵”の幸せは二つの面で満たされている。一つ目、兵器としての幸せだ。私の実力を十二分に引き出してくれる人物と万全な整備体制、私の存在意義を満たしてくれる環境が揃っていることで、私は私として戦える。二つ目、あんたの存在だ、杉田勝也。あんたの下で働けるという私個人の幸せだ」

「俺が何かしたか?」

「質問に質問で返すのはどうかと思うが聞かせてくれ。艦娘が主体的な感情を持つと思うか?」

「……さあな」

「そうやってはぐらかし自分の立ち位置を曖昧にするのは悪い癖だな、杉田よ。まあいい、私はあると信じたい。この気持ちが船の記録をもとに人類が製作した偽の個の情報(アイデンティティ・インフォメーション)だとしても。それによって指揮官に好意を抱くように作られたとしても、この気持ちを信じてみたい。そう思えるほどにこんなにも気の合う男の下で働ける。それが幸せだと私は感じる」

 

 武蔵はそう言って不敵に微笑み杉田に詰め寄った。

 

「この感情が人工的に生成された偽物の魂だとしても、それに組み込まれた自己学習プロトコルの果てに見えた最適な行動パターンの出力(アウトプット)だとしても、だれがそれを証明できる?」

 

 武蔵は杉田の肩に腕を回し、そのまま正面から抱きしめた。

 

「艦娘が抱いているのは本当に感情か? そう見えているだけの現象か? 人間に受け入れてもらうための手段か? ……艦娘である私にはその判別がつかない。なぁ、お前はどう思う?」

「……感情なんてそんなもんさ」

 

 抱きしめられたまま笑った杉田はそっと彼女の肩を押し返した。

 

「お前の電脳がゼロとイチのデジタル信号で動いていることが感情を持つかどうかの判断基準にはならないし、その羅列で感情が構成されるかは不明だ。それなら人間の脳にコンピュータを直結した時点でとっくに心のしくみが丸裸にされてるはずだ」

「なぁ、同じ質問を返させてほしい、杉田勝也。今の自分を幸せだと思うか?」

「……これじゃあ、月刀を笑えないな。ああ、言ってやる。幸せだとも」

「なぜだか聞いてもいいか?」

「一つ目、今生きてる。二つ目、この先もうまくやれば生きていけそう。三つ目、仲間に恵まれた。上げだせばきりがないが、まぁこんなところだろう」

「ふふん、なら私のことは部下な訳だ」

「ああ、それ以上の関係にはならんだろう。……誰かへの思い、特に好意は抱けば抱くほどその分だけ重みを背負うことになる。それはやがて枷となり、枷は力を奪い、失った力は死神を招く。だから俺は誰かを好きになることをやめた。守るものは少ない方がいい。そうでなければ、生き残れない」

「どうだか、私には好んで背負ってるようにしか見えないがね」

「それは男の性ってもんだ。艦娘が司令官に気に入られるように刷り込まれるように男には何かを成すことで自らの立場を守ろうとするという意思が刷り込まれる。それぐらいしないと男は女に勝てないのさ。今も昔も、多分これからも」

 

 杉田はそう言うと脇に置いていた書類を改めて手に取った。

 

「で、杉田よ。なんでいきなり幸せかなんて聞いたんだ?」

「……これを読んでると、どんな気持ちでこれを実行したのかなと思ってね」

 

 手渡された紙を見て怪訝な顔をする武蔵。

 

「合田正一郎少佐……あぁ、ウェークの月刀大佐の部下だったか?」

「その彼が軍を脱走して行方をくらましてる。その情報を集めてくれと月刀の頼みでね、集めてみたがどうも妙だ」

「なにがだ?」

「彼が脱走する理由が見えてこない」

「……経歴だけでわかるもんなのか?」

 

 武蔵が紙から目を上げると机に置いた紙に杉田が何かを書いているようだ。それをのぞき込む。

 

「なんの理由もなく人は行動を起こさない。行動を起こさないという意思を示さずなんとなくで進むこともあるが、今回のように脱走するには必ず理由があるはずだ。そのかけらを探しているんだが。そのかけらが見えてこない」

「それがさっきの質問につながるのか?」

「行動理由としてあり得るのは復讐。母親殺しの復讐なら深海棲艦相手だから軍に残るはずだ。父親殺しの復讐だとするならターゲットはおそらく俺、月刀、高峰、中路の親父のだれかだ。だがこれにしても軍を離れるメリットがない」

 

 紙に復讐と書いた杉田はその上にバツをつけた。

 

「脱走は重罪だ。それを決意するほどの出来事があるならきっとどこかにその経験の記録が残る。今回はそれが見当たらない」

「つまり何が言いたい?」

「可能性は三つ。そもそも俺の見当違い。この記録が間違っている。かれがホールデンである、だ」

 

 杉田はホールデン=合田?と紙に書いた。

 

「いくら凄腕のハッカーで病院のセキュリティを全て破ったとしても、所詮子供の足だ。逃走には無理がある。そもそも彼は電波暗室から消えたんだ。その電脳戦ができないところからどうやって消えた。……彼だけでは不可能なんだ」

「つまり、共犯者がいると?」

「俺はそれを国連軍そのものだと見てる。国連軍がわざと彼を逃がした。彼をホールデンと接触させるのか、彼をホールデンとして処理するのかは知らないが、なにかが動いてる」

 

 そう言ってその資料にライターで火をつけると灰皿の上で燃やした。

 

「仮に彼がホールデンもしくはその共犯者だとして、愉快犯にしては手が込んでいるし目的も理由も見えてこない。だからおそらく合田正一郎はホールデンじゃないんだ。そこで“ホールデンはどんな気持ちでこんなことをしてるんだろう”とか考えてしまったわけさ」

 

 そう言って杉田は笑った。

 

「彼はこの戦いをインチキだと言った。この戦いを憂いているんだろう、なにを憂い、何を思っているのか。その結果として誰の幸福を願い、どこに敵を作るのか。考えていると自分すらその感情に呑まれそうになる」

 

 ほぼ燃え尽き小さくなった火を見て杉田が肩を揺らした。

 

「要は自信がないのさ。この戦いが是であるという理由が。この先に幸せがあるという確証がない。だから揺らぐ」

 

 武蔵は初めて見る杉田の姿に声をかけられないでいた。灰となった紙の後を見つめたまましばらく時間が立つ。

 

「……お前の意見を聞けて良かった、少しは整理がついたよ」

 

 話を打ち切るようにして杉田が立つ。

 

「飯にしよう。この戦いは、ホールデンとの戦いは俺たちに無関係じゃねぇ。いつかまた俺たちに襲い掛かってくる可能性もある。休める時に休んで、食える時に食っておこう」

 

 杉田はそう言うと部屋を出ていく。

 

「……まったく、守るものは少ない方がいいと言いながら、守る気満々じゃないか」

「自分にかかる火の粉は自分ではらうだけさ。それにここで月刀に恩を売っておくのも悪くない」

 

 杉田の目に色が戻る。それぞれの戦いが始まろうとしていた。

 

 

 




今回結構いろんな情報詰まってます。一気に情報出しすぎかとも思いましたがこんな感じで。
杉田中佐と武蔵の組み合わせ書いてて楽しくてつい書いてしまいました。でも後悔はしてない!

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回から作戦決行になりそうです。

それでは次回お会いしましょう。

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