艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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さて、次のChapterに入ります!

それではさっそく、抜錨!


Chapter5-0 霧の中に

 

 真っ白な部屋の中で航暉は頭を起こす。正確には飛び起きる。

 

「……どうして、電なんだ?」

 

 夢の内容に頭を抱えながら航暉は溜息をついた。

 見えるのは病院着のような浅黄色の上下。あと清潔な白いシーツ。

 病院着というのは間違いではない。ここは実際に病院だからだ。国連海軍極東方面隊後方支援部隷下、横須賀電脳義体研究所付属病院。そこの電波暗室のひとつに航暉は“収容”されていた。

 

 銀弓作戦第一次戦闘―――――つまり航暉が指揮に参加したあの戦いからもう一週間たっていた。その戦闘でのこちらの被害は大和が中破した程度で終わったらしい。そのほかの被害はほぼ皆無。相手は最低で轟沈8、中破以上7。取り逃がしたのは11隻。それも応援に来た金剛たちが潰し切ったと聞いている。西之島周辺ではいまだ火山活動が続いているものの深海棲艦の反応は消滅。中路中将が昨日作戦終了を宣言したらしい。こちらの被害は大和一隻、修繕のためにかなり長時間大和は動けないがそれで飛び石航路が維持できたのなら安いものなのだろう。

 

 航暉にはそれらの情報は印刷された紙媒体として渡された。航暉の電脳をまだネットにつなぐことが許されないからだ。

 航暉の電脳は何者かの侵入を受けて汚染された。それも確実に悪意を持った何者かの侵入を受けたのだ。そんなものを軍のネットワークに接続されたらどうなるかわからない。だからその情報の削除が行われるまではネットワークから隔絶された電波暗室で電脳通信を封じられたまま過ごさなければならない。

 

 

《……よう、お目覚めか》

 

 

 部屋のスピーカーから声が流れる。マジックミラー式の面会窓のくもりが取れて向こう側が透ける。そこには杉田が立っていた。

 

「あぁ、暇すぎて死にそうだ」

《うなされておいてよく言うぜ。ほら、差し入れだ。後で医師から受け取れ》

「なんだ?」

《ここなら電嬢たちに見つかる心配もないだろ? ……ボインとつるぺた、どっちが好みだ?》

「軍病院にそれを持ちこむか?」

 

 杉田はブリーフケースから取り出した冊子を二冊航暉に見せる。肌色成分マシマシの薄い冊子である。民間向けの資源が潤沢にないこの日本において“そういう本”は超がつくほどの贅沢品。褒められた部類の本じゃないことも後押しして値段が跳ね上がってる。それを二冊も抱えてにやつく戦友に割と本気で頭を抱えた。

 

 病院とはいえ軍施設、見つかったら大目玉であるのは間違いない。

 

《答えろ。どっちが好みだ?》

「…………………………ボイン」

《よし、電嬢に今後頑張れと伝えておこう》

「なんで電が出てくるんだよ」

 

 航暉がそう言うとニヤニヤ笑いを深くする杉田。

 

《電嬢はお前のことを大層気に入ってるらしいな。俺のところに“司令官さんの具合は大丈夫なのですか”って連絡が来たよ。軍の情報規制に引っかかってるらしくてお前の状況が向こうには透けないからな》

「そうか。ウィルス除去は明日にはできるらしいからもうすぐ戻れると伝えてくれ」

《……大丈夫か? お前》

「なにがだ?」

 

 雑誌をしまって窓ガラス張り付くようにした杉田が不安げな声を出した。

 

《いや、お前も何かを抱え込む癖があるだろう? 今回も抱え込んでないかって話さ。うなされて飛び起きるような奴が大丈夫だと思えないんだけどな》

「……ここの所夢見が悪くてね」

《ほおう。どんな夢だ?》

「電を撃ち殺す夢さ。状況は違えど必ず最後は俺が電を撃ち殺して目が覚める」

《……そりゃぁ悪夢だな》

「だろ? ここの所ずっとさ。これもウィルス除去と一緒に消えてくれると助かるんだが」

 

 航暉はそう言ってベッドから立ち上がる。病院着と同じ色のスリッパをつっかけ、杉田のように歩いていく。

 

「子供を撃ち殺す夢自体は何度も見てるが、ここんところはずっと電で固定だ」

《子供を撃ち殺した経験は?》

「あるよ。……フィリピンのスールー国独立紛争で、爆弾抱えた子供相手に。死んだかどうかわからないのも含めれば3人ほど撃ってる。爆撃支援も含めれば陰で何人殺したやら」

 

 そう言って自嘲するように笑った航暉はスツールを引きずってくると、杉田の前に腰掛けた。

 

「あの時はそうでもしないと生きて帰れなかったからな。それ自体は後悔してないさ。あそこで撃たなきゃ部隊全員が死滅してた」

《お前の陸軍時代か。初めて聞いたな》

「そう話したいものでもないしな。……電たちには言うなよ。話すときは俺が話す」

《わかった。まぁ明日には汚染情報の除去か。退院は5日後ぐらいか? それまで体は大丈夫そうか?》

「何事もなければな。銀弓作戦における記憶の全てを消去したうえで今後に必要だと思われる部隊の情報や戦闘の推移だけを脳に再入力する。乱暴な情報手術さ」

《この手術、何回目だ?》

「まだ初めてだよ。大丈夫、一回の手術で記憶中毒の症状が出たって話はない」

 

 大規模な記憶の改ざんや消去はその脳に大きな負担がかかる。記憶や思い出などの過去の出来事を消すということはそこで発生した変化を消すという意味だ。しかし自分が経験した物事自体が消え去ることはない。そこに生じた齟齬に脳が拒否反応を起こすことがある。体や精神自体はその経験を経て変化しているが、その記憶はごっそりと抜け落ちた状況になるのだ。その違和が誤差の範囲に収まればよいがそれを超えた時に人間の体は記憶と体を合致させようとし、機能不全を起こすことになる。その状況に合うように記憶を改ざんし続けなければ生きることすらままならなくなってく。“記憶中毒”の症状だ。

 

「まあ、ここでやって失敗するならどこでやっても失敗するだろう。そう不安そうな顔をするな」

 

 航暉はそういって、わざとらしく“そういえば”といった。

 

「高峰はどうしてる?」

《今は“ホールデン”を追ってアリューシャンに飛んでるよ》

「アリューシャン?」

《銀弓作戦の不正規アクセス、お前と合田少佐が乗っ取られたシグナルになった時のやつだ。そんときの枝を逆探知できたんだ。それをたどると最後にたどり着いたのがアリューシャンなんだとさ》

「これまだ妙なところに……あのあたりは人も少ない。世を隔絶して暮らすにはいいかもしれんが部外者が入ったら一発でばれるだろう」

《それが目的なんじゃないの? もしそこに昔から住んでいる、もしくは顔なじみなら問題ない。そこに怪しい調査員が来ただけで一発で知れ渡る。もしくは北方難民のスラムとかに潜伏してるか、だな。キスカやウガマク島には難民キャンプがあるし違法キャンプも含めればかなりの数がある》

 

 杉田がくつくつと笑った。

 

《前はマニラ、さっきは火山列島、今度はアリューシャン。奴さんも忙しいな》

「それに伴って高峰も大変だ」

《実質的被害はお前さんたちが被ってるがね、迷惑な話だ》

 

 互いに笑いあった時に非常灯が灯る。反射的に顔を引き締めいつでも動けるように身構えた。直後、杉田のいる廊下に拳銃型のスタンガンを構えた病院職員が飛び込んでくる。

 

《何事です?》

《あなたは?》

《西部太平洋第一作戦群第521戦隊所属士官杉田中佐だ。手伝えることがあれば協力するが、なにがあった》

《はっ!》

 

 どうやら病院職員は下級士官だったらしく敬礼の姿勢をとる。

 

《合田正一郎少佐の病室からの脱走が確認されました。いま身柄の確保に移っています》

「合田少佐が?」

 

 航暉の言葉にその職員は一瞬眉を顰めた。

 

《逃走幇助の疑いをもたれたくならなかったらそこでじっとしていてください》

「言われなくてもそうするよ」

 

 同じ基地で働き、同じ容疑でここに収容された正一郎と航暉は共犯関係としてあつかわれている。ここで動けばお互いにとってマイナスにしかなるまい。

 病院職員がスタンガンを構えて再び走ってどこかに向かう。それを見て杉田は盛大に溜息をついた。

 

《……どう思う?》

「合田少佐が脱走するメリットが見当たらない。逃げる必要もないはずだ」

《……彼が“ホールデン”もしくはホールデンの関係者である可能性を除いては、か?》

「さあな、どうしてもここから逃げ出さなきゃいけない事情があるんだろう。もっとも、ここで逃げるのが彼の意思かどうかわからないがな」

 

 航暉はそう言って目を閉じた。

 

「杉田、頼みがある」

《いってみろ》

「合田少佐の経歴、調べられるだけ調べてくれないか?」

《そういうのは高峰の仕事だろう》

「今頼めるのはお前くらいだろう?」

《……期待はすんなよ》

「恩に着る」

 

 杉田にそう言うと航暉は目を閉じ、考えを巡らせ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、青葉」

「何か見つけました?」

 

 冬の入り口で僅かに霧が出ている寒村を歩きつつ、私服の高峰は隣の少女に声をかけた。隣の少女は大きな荷物を背負って、長身の男を見た。朝早いせいか息が白くなるほど冷え込んでおり、二人分の息が空気に溶けて消えていく。

 

「あれ、なんだと思う?」

「んー?」

 

 薄い霧のヴェールの向こう、街並みよりも高い位置を太陽光を遮るように何かが横ぎった。

 

「なんでしょうかね~……司令、実はわかってんじゃないですか?」

「予測はついてる。じゃぁ、せーのでそれぞれ答えをいってみよう」

 

 高峰はそういってかるく“せーの”といった。

 

「「深海棲艦の艦載機」」

「……やっぱりそう思う?」

「司令官こそ目がいいんですね」

 

 互いに笑ってから向かう方向を海の方に変える。

 

「こちらの偵察機は?」

「3機用意してますよ~」

「なら、アポを取れてないのは恐縮だがお邪魔させてもらおうか」

「了解です。久々の取材ですね~」

 

 誰もいない防波堤にたどり着くと高峰は青葉が背負った大荷物……背負った艤装の偽装カバーを取り外した。青葉が海面に飛び降りる。

 

「艦載機に飛ばさせるのはいいとして、私たちはどうします?」

「敵戦力がつかめない。少なくとも空母がいるのは間違いないだろう。艦載機だけでこちらは動かずここで操作するだけにしよう」

「なら、青葉一番機、いっけー!」

 

 火薬式のカタパルトを使って撃ちだした偵察機がぐんぐん高度を上げて空気に溶けていく。

 

「この辺りも激戦地だからな、なにが出てきてもおかしくはなさそうだが、さて何が出てくるかなぁ」

 

 高峰はそういいながら空を眺める。霧のような薄ぐ雲の下でぼうと考える。

 

「まったく、こうやっての実戦は久々だっけ?」

「特調六課だと人間相手の情報戦が主ですもんね~」

 

 青葉は苦笑いしつつもうきうき顔で航空機を操っていく。航空機は西へ西へと向かっていく。

 

「その情報戦の結果こんな北の端で戦わなけりゃいけない訳だ」

「それにしても“ホールデン”はどうしてこんな北の外れに来たんでしょう?」

「……枝の終着はここだった。ここのサーバーがホストになっていたのも裏がとれた。だが、どこだれがそのサーバーに出入りしていたのかが分からなかった」

「物理的に爆破されましたもんね。黒なのは間違いないんですけど……」

 

 ここに来た理由であある“ホールデン”の捜索は行き詰っていた。

 

「サーバールームに出入りしていた人物はなし、電気系の支払い口座から辿るとペーパーカンパニー化したダミー会社につながるだけ」

「サーバールームの監視カメラの解析ってまだ終わってないんでしたっけ?」

「解析班の結果待ちだが、スカじゃないかな。スカだったと想定して動いておけば失敗はないか」

「どうするんです?」

「電子的な情報が途切れたとしても現地のどこかに足を運んでいた以上、どこかにその痕跡が残る。基本に戻って地道な聞き込みからかかろう。とりあえず、深海棲艦の問題を片づけてからな」

 

 そう言って高峰は防波堤に腰掛けうなじからプラグを引き出す。

 

「青葉、パス」

「うわっとと」

「艦載機の情報、リアルタイムで俺に送れ。俺の方にもバックアップを取る」

 

 青葉の電脳と高峰の電脳が直結される。青葉の偵察機の回してくる映像が彼の電脳に流れ込んだ。前方遥か遠くに先ほどの深海棲艦の偵察機。それを遠くからトラッキングしていく。

 

「斥候ですかね?」

「だろうな。このまま飛ぶと……アッツ島か?」

「ですです」

 

 しばらくはその後ろを追いかけていくだけに終わった。30分も飛んでいただろうか。

 

「……高度落としていきますね」

「……高度そのまま。敵がいると思われる上空でエンドレスエイトに入れ」

「りょーかいです」

 

 高度と降下率から計算しておそらくこのあたりに下りただろうと予測を付ける。そこで大きく八の字を描くように旋回に入る。ここからは互いに言葉もなく八の字を保ったままゆっくりと高度を落としていく。

 そしてその前兆を高峰は見抜いた。

 

「――――――キックレフトラダー!」

 

 急激に舵が切られたことでバランスを崩した機体が頭を左に振りつつ斜め下にスライドしたその横を機銃の曳光弾が通過した。

 

「急降下! 速度を上げろ!」

「もうやってます!」

 

 一気に視界がぶれ一気に雲を突き破る。

 

「なん―――――――!?」

《――――――コナイデ》

 

 直後に視界がブラックアウト、反応が途切れる。

 

「……落とされる寸前、あれ、なんに見えた?」

 

 巨大な火砲に滑走路をかたどった航空機の射出装置、それらが納まる巨大な艤装らしき鉄塊につながったのはあまりに肌の白い幼子の容姿をした“なにか”。

 

「もしかして青葉、すごいもの見ちゃいました?」

「あれ、どこかで見たことあるか?」

「あったら“すごいもの”なんて言わないでしょう……」

「だよなぁ……」

 

 青葉がQRSプラグを引き抜いて高峰に返した。

 

「アレが立っていた場所、陸上だったよな?」

「ですね」

「お前、無線に“来ないで”とか言ったか?」

「言ってないです」

「最後に質問だ。アレ、深海棲艦だと思うか?」

「それ以外ない気がします」

「だよなぁ……」

 

 高峰が頭を抱える。青葉も難しげな表情をする。

 

「“ホールデン”捜索がかすむくらいの大スクープになりましたね」

「お偉いさん方腰抜かすぞ……戻るぞ。今のデータ持ってるな?」

「もちろんです!」

 

 青葉が再び陸に上がる。あの様子だと単騎で突っ込んでも勝てる相手ではない。最低でも一個艦隊、それも第一作戦群の攻勢部隊が必要だ。

 その⒖分後、二人が送信したスクリプトと偵察機の映像が極東方面隊司令部に蜂の巣をつついたような騒ぎを起こすことになる。

 

 

 

 

 

 

 

発 国連海軍極東方面隊特設調査部第六課 高峰春斗中佐

宛 国連海軍極東方面隊総合司令部元帥 山本五六大将

 

 アッツ島に未確認種の深海棲艦を発見す。未確認種は陸上における行動能力を持つとみられ、人語を解す可能性が高い。また現状のキスカ島の勢力での撃破は不可能であると判断される。深海棲艦の発生に伴い難民キャンプの人員を含めた住民の避難が急務である。

 

したがって戦艦及び空母を含む強力な打撃群、および大規模輸送船団による支援を求む。




さて、次の戦域に突入です

第三分遣隊のメンツならこの作戦をやらなきゃ嘘でしょう!
次回よりAL/ケ号作戦を開始します。

消えた合田少佐、不安要素を抱えた月刀大佐、そして現地に入っている高峰中佐。そしてそれぞれの艦娘たち。第2章最後の大規模作戦の開始です!

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
それでは次回お会いしましょう。

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