艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー 作:オーバードライヴ/ドクタークレフ
それでは、抜錨!
(さっそく誤字を修正しました)
「再接続、いけそうか?」
「これで、なんとか」
デスクの下に潜っていた渡井が顔をのぞかせる。QRSプラグを中路に渡すと渡井は額の汗をぬぐった。
「物理的に司令部の回線を切断、それと連動して横須賀などの他の司令部には疑似信号で目を眩ませ、CTCやCSCとの戦術リンクに枝を付けたうえで再接続……となると月刀と合田少佐以外にもまだ協力者がいるな」
「ぞっとしねぇな」
「だよな、まだ月刀や合田少佐みたいに乗っ取られてるやつがいるかもしれない訳だ」
基地の司令官室に詰めていた三人、中路中将、杉田中佐、渡井中佐はそれぞれQRSプラグを首の後ろから伸ばしデスクの有線ジャックに突っ込んだ。
「ここの三人にいないことを信じるが、先に作戦行動中の部隊を確認し、最速で戦闘を切り上げさせることが最優先だ」
中路の言葉に二人の中佐が頷く。意識は同時にネットの海へ。部隊のレーダー情報を呼び出す。
「第一班が交戦中。大和が単騎駆けしてるな」
「現状交戦中は第一班のみ、と言うことは第三班は捌ききったのか?」
杉田の声に中路はレーダーの表示範囲を広げるが、第三班の方に流れていた敵の部隊は見当たらない。それは即ち沈めきったか第一班の方に流れていったと言うことだろう。
「まて、響はどこだ?」
中路は第三班の表示が一隻分足りないことに気がついた。同時に汗がどっと噴き出る。
響のシグナルは出ていないが、作戦参加艦の情報を見ると響が沈んだという情報も表れない。ただ“作戦行動中”と出ているだけだ。
(つまり、まだ沈んでいない? なら響はどこだ?)
中路はデスクの音声入力装置のスイッチを入れる。
「第三班に繋ぐぞ」
「いや、こっちで捕まえました」
そう言ったのは渡井だ渡井は潜水艦の位置を表示する。
「過去15分のソナーデータログ解析完了、音響パターンからして海域の潜水艦は現在4隻、イク、イムヤ、ゴーヤ、あと未確認一隻」
「未確認?」
「潜航音からしてかなり大型、伊400型かそれ以上の大きさだ。位置は噴煙の真下」
「敵の増援か?」
杉田の声に首を振る渡井。
「ならとっくに電たちが落としてるさ。しおいが何かを水中で曳航してるんだ」
「……無茶をするな」
「月刀の部下ならありえるな」
中路があきれたようにいうと、杉田が笑った。
「曳航しているとして、どこに向かってる?」
「おそらくは大和のところでしょうな」
中路の疑問には杉田が答えた。
「大和はこの作戦に天一号作戦を重ねていた。彼女もそう考えてもおかしくない」
そうか、とつぶやくようにいった中路は声色を切り替える。
「渡井はしおい以外の潜水隊と第二班を担当、第三班と第一班の航空隊は私が持つ、第一班の打撃群は杉田、お前がやれ」
「了解」
作戦指揮所のような十分な設備はないが、今使える設備では最上のものだ。その回線を手繰り、それぞれの意識が戦の海に散っていく。
司令部が息を吹き返した。
時は僅かにさかのぼる。
「……大和さんが?」
響は無線の奥の状況に眉をしかめた。それを見た天龍が怪訝な顔をする。
「どうした、響?」
「大和さんが単騎突撃したらしい」
響は噴煙の向うを見据えると一瞬焦りのような表情が見えた。
「……気になるのです?」
「気になるさ。あの時も私は傍にいることができなかったから」
「そら、そうだよな」
天龍はそう言って優しい目で響を見つめた、天一号作戦では彼女が最後まで戦うことは叶わなかったのだ。
「……信じるしかできないのかしらねぇ」
「もどかしいけど、それしかないんじゃない?」
龍田のどこか諦めが入った声に返したのは島風だ。空の方を見ると龍鳳の艦載機が上空をグルフルと回り、付近の哨戒を行っていた。
「――――――そうでもないかもしれないのです」
そう言ったのは電で、周りの目が一斉に電に向く。
「どういうことだい、電?」
「響お姉ちゃんだけなら大和さんたちの方に送ることができるかもしれません……」
そう言うとモールス式の通信を飛ばす。
「……潜水艦用の通信符号?」
「はーい、呼びました?」
「しおいさん、やっぱり待機してたのですね」
「パッケージがそっちに向かってるって聞いたから、北はイクたちがいればなんとかなるし、伏兵はいるに越したことはないでしょ?」
海面を割って飛び出してきたのはしおいこと、伊401である。日差しで小麦色に焼けた肌と、海水で茶色に焼けた髪を輝かせながらしおいは海面に姿を現した。
「で、呼び出したってことはなにか御用?」
「あの噴煙の下、潜って通過することってできますか?」
「うん、水温がおかしいところもないし、問題ないよ」
「では、もう一つ質問です。晴嵐とか下ろせるものを全て下ろしたとして、余剰浮力どれくらいですか?」
電がそう聞くとはっとしたような表情を浮かべる天龍。その横でしおいがニヤリと笑った。
「――――――いいね、いいと思います」
「まさかとは思うが電、お前は響を潜らせる気か?」
「迂回しては間に合いませんし、ここから全艦を動かすわけにはいきません。ですが、潜水艦と駆逐艦一隻位ならなんとかなると思うのです。それでしおいさん、駆逐艦娘一人曳航して潜ることってできますか?」
「晴嵐全機下ろしておけばいけるかな。呼吸用の空気は飛行機格納塔のものを使えば行ける。この距離なら5分くらいで着けるよ」
「どんどんお前の思考回路がぶっ飛んでいくな」
呆れた表情でそう言った天龍は頭をかいた。
「おそらく月刀司令なら許可しないと思うぞ」
「浮上に関しては動力リソースを全部浮力にすれば持っていけますし、海面近くまではしおいさんのサポートが受けられます。それに噴煙をかわせればいいので深く潜る必要もないのです。しおいさんの浮力なら大丈夫です」
電はそう言って響の方を見た。
「お姉ちゃんは、どうするのです?」
響は噴煙の方―――――噴煙の奥の大和たちを眺めるように視線を投げかけた。
「やるさ」
「決まりですね。とりあえず晴嵐さんを全機下ろすのでだれか持っててくださいね」
しおいは肩にかけた飛行機格納塔を開くとぱたぱたと航空機を組立て、海上に置いていく。
「それじゃ、潜ります?」
「あぁ、ナビゲート頼むよ」
しおいが右手を差し出し、その手を響の左手がつかんだ。直後、浮力装置を切った響と艤装の動力を燃料電池に切り替えたしおいが海面下に消えていく。それを不安げに見送ったのは暁だった。
「本当に大丈夫かしら……」
「お姉ちゃんなら、大丈夫だと思うのです。私たちは索敵範囲を広げつつ、こちらに深海棲艦が流れてこないか警戒します」
電は噴煙の向う側を気にしつつ踵を返すようにして哨戒に戻るのだった。
海中ではなく海上にあるということがこんなにもいいものかと思いながら、響は顔を海面に出した、そのまま浮上する。武装制御システム再起動、各武装の情報が網膜に直接投影される。
「よし、いける」
大和を探そうとして視線を巡らせ、目を見開いた。大和に航空機が突っ込もうとしている。初霜や若葉もいるようだが位置的に間に合うまい。
考えている余裕もなかった。マスターアームオン、連装砲が駆動し、砲身が動き出す。
「ダメだ、近すぎる!」
響の射線だと風に流されたら大和や初霜にあたってしまう。そんなシビアな射撃ができるか。
一瞬の迷いが命取りになるとわかっていても、迷ってしまう。その迷いがまた守れないことにつながるかもと恐れているのに、ためらってしまう。
そのことへの怒りと悲しみをごちゃ混ぜにしたような感情に歯噛みをしつつ、砲を動かす。
《慌てるな、力を抜け》
そんな声が無線に乗ると、ずっとフラットだったリンク率が跳ね上がった。その数刹那後に砲が発砲。ごく低い放物線を描く砲弾が初霜の鼻先を掠め、大和に迫っていた物体を弾き飛ばした。
「――――――杉田中佐?」
《司令部も大概だがこっちも大概だな、おい》
その声にどこか安堵を感じつつリンク率を確認する。ちゃんと戦術リンクが復旧している。
「なんとか間に合ったみたいだね……」
《無茶した甲斐があったってもんだろう、響嬢》
初霜が驚いた表情で響を見る。それに軽く微笑み返した。
「響さん、噴煙の向う側にいたはずじゃ……」
「大和さんが頑張ってるのに一緒にいれないのは嫌だからね。やっと追いついたよ、初霜」
響は初霜の肩をぽんと叩いて大和に向かう。
「大和さん、無事でよかった」
「……そうでしょうか?」
「安否を気遣う言葉に裏の意味なんて込めないさ。今度こそ、一緒に戦える」
そんな会話を交わしていると無線に感が入る。
《ホテルケベックより全艦、これ以上の戦闘の続行は危険だ。これより先、積極的戦闘は停止、追撃してくる敵艦への防戦に専念せよ》
声は中路だ、それを聞いて大和が息をのむ。
「私はまだ戦えます!」
《誰も艦娘が力不足だなんて思ってねぇよ、大和。これは司令部の問題だ》
「……どういうことですか?」
大和の叫びに応えた杉田の声に、思わず聞き返してしまう。
《司令部コンピュータ及び司令部員がクラッキングを受けた。深海棲艦の攻撃ではなさそうだが、司令部員に負傷者も出ている。これ以上の戦闘に司令部が耐えられない可能性が高い。すまん、耐えてくれ》
そう杉田が言っている間に敵機が近づいて来ていた。初霜が飛び出す。
《初霜・若葉・響は大和の直掩に入れ、対空見張りを厳とせよ。方位0-9-3へ転進、相手の艦隊は武蔵で蹴散らす》
「了解!」
低空で寄ってくる敵機に向かって響は砲を向ける。今度は視界にいくつもの情報が投影される、電探の情報が統合され相手の位置が明瞭に見て取れる。主砲弾を撃ちだすと過たず先頭の敵機を弾き飛ばした。その僚機はたけり狂ったように突っ込んでくるがそれを初霜が撃ち落とす。
「若葉、左舷側おねがい!」
「大丈夫だ。」
若葉は大和の前を回り込むように動きながら上空を飛びかう敵の艦爆隊に脅しをかけていく。その精度は段違いに上がっている。
響も負けじと砲を振る。今度は高めの高度だ。おそらく艦爆機だ。その機体の翼をもぎ取り煙をあげさせ海面に叩きつける。
対空射撃は対艦砲撃と比べても難易度が跳ね上がる。なにせ的は小さいうえに三次元で動き続けるのだ。また予測して撃つにしても相手の機動は自由度が高い。そんな目標に主砲弾を撃ち込もうとしてもまず当たらない。
それをほぼ確実に当ててくる。
(これが……“千里”の杉田勝也の実力)
初めてリンクした相手、しかも重巡や戦艦を指揮してきた人が駆逐艦の砲で航空機のような三次元で動き回る小さい的を落としていく。その曲芸をこなしながら杉田は撤退戦の指揮も飛ばしていく。
敵の航空隊が瞬く間に減っていく。大鳳の航空隊がエアカバーを奪取していく。その圏内に大和や響が逃げ込んだ。武蔵の砲煙が遠くに見えた。もしかしてあれも杉田が同時にコントロールしているのだろうか?
《響、武装制御を渡してくれるか?》
「了解。武装制御を全て中佐に渡す」
そんなことを考えていると杉田の声が割り込んだ。武装のコントロールを移譲された杉田は砲をまわすと右砲と左砲を交互に発砲しながら敵の航空隊を次から次へと撃ち落としていく。そのための照準を響は見ているのだが、そのあまりの情報量とせわしなさに目が回りそうになった。
それが5分ほど続いただろうか?
《―――――よし、敵航空隊撤退、今のうちに帰投するぞ》
艦娘だというのに船酔いしかけた響にすべての制御が帰ってくる。
「――――――大和さん、こんなリンクを毎回こなしているのかい……?」
見るからに青い顔をしていたのだろう。不安そうな表情をしていた大和が微笑んだ。
「あんな航空戦を捌くことはあまりないんですけどね。時々あります」
「……正直、杉田中佐の部下はきついかもしれない」
《悲しいなぁ、響嬢。これでも鷹の目使ってないぞ、使うともっと情報量が増える》
「まだこの上があるのか……」
けらけらと杉田の無線が響く。
《なぁ大和、気が済んだか?》
「……さぁ、自分でもわかりません」
そう言うと杉田の声がふっと柔らかくなる。
《それでいいんじゃないの? 誰だって自分の気持ちなんてよくわからないもんさ。電脳化ですべての情報が数値化されたってそれでも人の心はその数値を超える。でも、その思いはきっとお前ひとりのものでもないだろうさ》
そう諭され黙り込む大和。
《もっと周りを頼れ、頼ってくれないと周りもお前を頼れない。それはお互い辛いもんさ。お前の孤独も悩みも葛藤もお前のものだ。でもな、周りだってその悩みを抱えてる。だから勝手に心を閉ざすな。理解されないだろうと勝手に見切りをつけるな。お前の周りには体を張って守ろうとしてくれる仲間がいるだろうが》
初霜が、響が頷く。若葉は涼しい顔だがわずかに頬が赤くなっているのを初霜は見逃さなかった。
「はい―――――」
大和が頷いた直後、中路の無線が飛び込んだ。
《作戦海域におけるすべての戦闘の停止を確認した。伊401はそのまま敵艦隊をトラッキング。第2班と大鳳は現地にとどまり哨戒を続行。残りは硫黄島に帰投しろ》
しおいのものだろう、無線のオンオフによる返答が届き、残りの艦隊の旗艦の声が続く。
《中路中将、あの、月刀司令は……? 合田少佐も無線にでないですし……》
電の声がノイズまみれで帰ってくる。返答にはかなりの間が空いた。
《……月刀司令と合田司令官は、電脳ハックを受け負傷している》
《それは……!》
《命に別状はない、そこは安心しろ。……とりあえず帰投してくれ。西之島周辺の深海棲艦の状況によっては再出撃の可能性もある》
それだけ言って無線は一方的に切られた。
「……司令部にクラッキングなんてことがあり得るのかしら?」
呆然としながらそう言った初霜は響の方を見やる。
「深海棲艦との戦いが続いてほしい人がいる……?」
響は浮かんできた可能性に戦慄しつつ、船速を速める。とりあえずは司令官のことが心配だ。
「―――――とりあえず、戻りましょう」
戦闘がひと段落ついたはずなのに、休める気配はなさそうだった。
主砲で航空機スナイプとかかなり難易度高そうですね。それをやり切る杉田中佐ぇ……
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次回はおそらく帰投とその後? もしかしたらチャプターを変えて進むかもしれません。
それでは次回お会いしましょう。