艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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一週間以上間隔が開いてしまいました。うぅ……申し訳ないです。
そしてこの形までトータル6万字分くらい書き直しをした模様。つらい。

そんな愚痴はさておいて、抜錨!


Chapter4-7 友と敵と

 

 

 銃声は立て続けに3回。ベレッタM93R独特の上面ガスポートから漏れるマズルフラッシュが閃く。管制卓の一つにへこみを作り、金属の鱗片が火花となって一瞬あたりを照らした。

 

「そろそろやめにしないか、杉田」

「月刀のボキャブラリを勝手に引用してんじゃねぇ、虫唾が走る」

 

 火花の影にいた杉田はその大ぶりな図体に似合わずわずかな物音のみを残して壁をなぞるように横へ、暗闇の中、それを追って横なぎの三点バーストが走った。杉田の左腕にあたるが、ボスンと妙な音を立てるだけで血はにじまない。

 

「義体化率高いんだったな」

「それをわかって撃ってるわけじゃないだろうに」

「痛覚を切れるというのは便利なものだな、撃たれても動ける」

「月刀なら“生身でなければ感じれない空気がある”って言うぜ?」

 

 人工筋肉とタンパク由来のナノマシン溶液のシミが制服を少し濡らした。すぐにその溶液の弁が閉じられ油圧の低下を抑えにかかる。すぐに溶液の流出は止まる。腕の動きを確認、伸ばす側にすこし違和感があるものの、動く。

 

「そろそろ限界かい? お前にはこの状況を止めることはできないだろう」

「さあね」

 

 杉田は手の内にあるFN Five-seveNを暗闇の中で見下ろす。たしかにこのままでは勝ち目がないのだ。

 

「お前には撃てないんだよ、杉田。俺を撃ち、結果として停止するのは月刀航暉の脳だ。俺との肉体的対決に意味はない。また、お前はハッキング技術ではホールデンに勝てない。コンピュータのバックアップが受けられれば話は別だがアクセスできる全てのコンピュータは俺の掌握下だ。そこに接続した途端にお前の体が乗っ取られる。その状況で安全なアクセス方法はキーボード入力による手動でのスクリプト入力だが、それでQRSプラグ直結の高速通信に追従できるはずがない」

 

 そう、現状のままでは勝ち目がない。それでも諦めればここで終わるのだ。

 

 管制卓の影から飛び出す。電脳通信を自閉モードへ移行させた。どうやらこの電脳にはまだホールデンは進入してきていないらしい。軽い銃声、わずかな間隔を置いて2回。暗闇とはいえある程度気配で動きはわかる。

 向こうも応射、ヘッドショットを狙ってくるが左腕で防ぐ。チタン合金の骨にあたり、生身にも衝撃が響くが無視できる程度だ。そのまま姿勢を低く“彼”の射線を避けつつ懐に飛び込んだ。

 

「――――――セィッ!」

 

 当身をかける。金属交じりの115キロの当身を喰らえば必然的に相手は後方にたたらを踏む。勢いを殺すことなく前へ。左の掌底を態勢が整ってない“彼”の鼻頭目がけて繰り出す。それを後ろに重心を意図的に崩すことで回避した“彼”は大きく後ろに足をすりだし、腰を落とすことで態勢を持ち直す。

 杉田はそこへ向け右足で低く回し蹴りを繰り出す。決して重心を上げないように低く繰り出されたつま先を“彼”は左腕で受け止めた。一瞬表情が歪むが、暗闇ではまともに表情は見えないだろう。

 

「――――ホールデン。お前には大きな弱点がある」

 

 受け止められた右足で“彼”の左の膝を潰すように踏み切った。空中に放り投げたFN Five-seveNの放物線を追うように側転の要領で体を上に回す。相手の左腕を掴み無理やり捻り上げつつ彼の後ろに降り立つとそのまま首の後ろに左の肘を叩き込んだ――――左肩が外れたような感覚が残る。航暉に心の中だけで謝りながらも、右手は地面すれすれをなぞり、彼の獲物が地面に落ちる寸前にかっさらう。

 

「確かに傀儡を使っての電脳ハックは便利だ。だがその相手の動きまでトレースできるわけじゃねぇ」

 

 痛みに呻く“彼”は無理やり腕を振りほどき距離を稼ぐ、その横を5.7x28mm弾が通過した。

 

「新品のアンドロイドやガイノイドでもない限り個体差は存在する。その置かれた状況や個の情報(アイデンティティ・インフォメーション)によって体の発達・摩耗具合はことなり、それに合う形での体の運用がなされているからだ」

 

 “彼”が振り向き銃を向けようとしたタイミング、ちょうど銃の横っ腹が無防備にさらされたタイミングでFive-seveNの弾丸が“彼”の銃を弾き飛ばした。

 

「お前が間借りしている月刀航暉の体はな、電脳化以外はほぼ生身で戦闘用義体って訳じゃない。戦闘用の義体制御プログラムをそのまま流し込もうとしたところでそのプログラムと月刀航暉の肉体とがコンフリクトを起こすのは当然だわな。まして月刀は自分の体を陸軍などでしっかり使い込んで自分用にチューンしている。他人がおいそれと使いこなせるわけじゃねぇ」

 

 杉田は自分の左目――――義眼化したその眼で彼の熱を捉える。重心は右に寄っている。おそらく左ひざを今動かすと激痛が走るはずだ。左肩も脱臼させ銃も弾き飛ばした。杉田は地面を蹴り彼の懐に改めて飛び込むと右足を払う。左足でバランスを取ろうとしたようだがあっけなく“彼”は地面に引き倒され、マウントポジションを取られる。

 

「月刀航暉は眼も自前のはずだ。この暗闇の中で戦闘を繰り広げるには機械のバックアップがいる……たとえばこの部屋の赤外線センサーのモニタリング情報を合成して使用するとかな。それに加えて戦闘中は有線での接続はできない上に、お前は他のシステムを破られないように維持しなければならない。無線式の通信を常に展開しつづけ、電子攻撃と物理攻撃を同時に捌く。そんなジャグリングが続くはずがないよな?」

 

 バーチョークをかけられ、“彼”の顔が紫色を帯びてくる。

 

「意識をなくすまであと45秒、死亡まで2分ってとこかな」

「あ……がっ、……」

「苦しいだろう? 生身の体だから痛覚の切断もできない。上手く絞めれば7秒で意識を刈り取ることもできるんだが、あまりに味気ないだろう?……さて、電脳化及び義体化した兵士が死亡すれば軍用電脳はサージ電流によって破壊される。情報漏洩防止の通常処置だ。傀儡とはいえ己の魂を分けた分身が焼き殺される衝撃に、お前は耐えられるかな?」

「……ゆ うじん を ころ  す の、か?」

「殺せるさ。なに、俺の体を砕きやがったのは中等教育校時代の親友だったからな。ためらいなんて無い」

 

 腕で相手の首を押しつぶすようにしながらどこか影のある顔を浮かべる杉田。

 

「月刀の電脳にある俺の人事記録を参照してみるといい。俺の母親はフィリピン人でな。第三次大戦期の外国人排斥運動に巻き込まれ、家族そろってリンチにあった。そのリンチの首謀者は父親の同僚。くだらない国粋主義に酔った馬鹿な青い親友は日本人であるために鍬で俺の体を腐葉土の中にすきこもうとしたんだ。命からがら逃げ延びたものの、左腕と腰から下が壊死して。ダルマ状態で病院で腐っていたところに日本国自衛軍のスカウトだ」

 

 右手の拳銃を“彼”の頭に突き付ける。

 

「国連派兵団の一員でフィリピン内紛に介入したこともある。ゲリラになった現地の人たちを皆殺しにしたこともある。仙台の外国人排斥運動デモの過激派を抑え込むためとかいって弱装填弾をぶっ放したこともあったけな。……仲間に殺され、殺し返して、仲間を殺し、そうするうちに泥沼化した戦場さ。その経験は俺の血肉になって今も流れてる。今更一人増えたところで何が変わるわけでもないさ」

 

 セーフティを解除、引金をなでるようにそっと触れた。

 

「最後の警告だ。サージ電流で魂を焼き殺されたくなければさっさと出ていけ」

「……おま えは 撃てな い」

 

――――――そうかな?

 

 “彼”はその回答に驚愕した。目の前の男の声のほかに自らの声が混じったように思えたからだ。

 それを最後に感覚が途切れる。“彼”の体は力を失ったようにぐったりと倒れた。

 

「……オルタネート電源、切り替わります」

 

 渡井の声に杉田は我に返るように腕を航暉の首元から外しポケットから何かを取り出した。それを航暉の首の後ろにはめ込んだ。

 

「悪く思うなよ月刀、今お前を指揮に上げるわけにはいかないんだ」

 

 スクリーンが再起動する。そのあかりに目を細めながら部屋の最上部、総合司令卓――――A卓を見上げる。

 

「……これで終わったんだろうな」

「さぁ、わかりませんよ。“ホールデン”は消えたのか、はたまた月刀中佐の中に残ったままなのか。今答えを出すには危険です。ここにいる全員がいつ“ホールデン”になってもおかしくない状況には変わりありませんよ、中将」

 

 左腕に4発、義手の付け根が傷むが無視できるレベルだ。

 

「渡井、ITCの初期化、実行できるか?」

「……無理やり全消去するのでどう転ぶか知りませんよ。それに通信はどうする気です?」

「とりあえず“ホールデン”のこれ以上の拡散は避けたい。オルタネート電源が入ったってことはドアも開くはずだ。外にでて簡易中継器経由で指揮をとる」

「……簡易で3個戦隊の指揮をとると?」

 

 杉田の声に中路が頷いた。

 

「航暉が使えんのは痛い。空戦指揮は門外漢なんだが、やるしかないのはわかり切ってるのでな」

「とりあえずは部隊を何とか抑えなければ、ってとこですか?」

「あぁ、杉田君力を貸してくれるかね?」

「お望みとあらば」

 

 ドアの開閉端末に非常用サインを流す。ロックだけが開いたドアを杉田が無理やりこじ開けた。

 

 

 

「さて、艦娘たちを迎えに行くとしよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敵艦隊を遠目に認め電はさらに速度を上げる。

 

「さて、こちらも速力限界な訳だがちゃんと相手より早いんだろうな?」

「大丈夫なのです」

 

 天龍の問いに電は落ち着いた声で返した。横から浅い角度で合流してきた島風と暁を認め手を振った。これで水雷戦隊が改めて集合したことになる。

 

「龍鳳さん、こちらを捕捉できましたか?」

《なんとか、今暁ちゃんたちをコンタクト》

「今から先に艦隊戦に入ります。艦爆、艦攻はこちらの指示があるまで上空待機してもらえますか?」

《いいですけど、敵の艦載機が来たら保証できませんよ?》

「大丈夫です、たぶん」

 

 電はそう言って敵艦隊との距離を測る。10,000メートルを割った。

 

「8500までこのまま接近します!」

「了解だ!」

 

 天龍はそういって笑った、後ろをちらりと見やると最後尾の龍田までの僚艦を見て取れる。そこに島風と暁が合流する。第538水雷戦隊の勢ぞろいだ。

 龍田が天龍の視線に気がついたのか目で笑って見せる。残り9000。

 完全に敵艦隊の射程内。だがそこで下がる訳にも行かないのだ。

 

「逐次回頭用意!左舷取舵160度!……回頭、はじめ!」

 

 電が取り舵を切る。そのあとをトレースするように天龍が続く。船速を維持できるうちの最小半径での旋回、できる限りコンパクトに。電は重心を思いっきり倒し、遠心力に打ち勝とうとした其の間にも相手の先頭艦―――――戦艦ル級を見据えたまま、回頭の角度を見極める。

 

「……本当は戦いたくないのです。それでも」

 

 電は下唇を噛みしめた。わずかに鉄のような味を感じ、それでも噛みしめた。

 

 

――――それでも、それが司令官の望みなら

 

 

 いなづまを信じてくれた司令官がこれを望むなら、いなづまは引き金を引く。それで誰かを守ることになるのだろうか、誰かを救うことになるのだろうか。

 もっと平和な海だったなら、わたしは戦わなくて済んだのだろうか? 深海棲艦が現れなければ、わたしは戦わなくて澄んだのだろうか? そんなことを考えても仕方がないのだろう。なにせ前提条件がおかしい。現状わたしは水上用自律駆動兵装、兵器だ。戦わなくなれば私はただの廃棄物に成り下がるのだろう。

 

 わたしがわたしであるためには敵を屠らなければならない。それが兵器に課せられた使命だ、その屠った屍の上に平和を積み重ねるための凶弾だ。

 

 不思議なことにそれを悲しいとは思えなかった。間違っているとも思えなかった。ただ“そうあるべきだからそうなのだ”。

 わたしは兵器、水上用自律駆動兵装。深海棲艦を殲滅し、人間を守る、そのための兵器。

 

 それで――――いいのだろうか? いや、いいのだ。

 

 

 電は一人そう納得し――――納得したふりをして声を張り上げる。

 

「回頭終了! 目標、右舷敵艦隊先頭艦、戦艦ル級! 砲戦はじめ!」

 

 敵艦隊を右舷に見渡した。反航戦から一気に同航戦よりの丁字戦このままいけば三分もかからずに互いの航跡が交差する。そんな近距離では魚雷を外す方が難しくなるだろう。敵艦隊も転進、距離を保とうとするように逃げれば結果的に同航戦に持ち込むことになる。

 

「決まったじゃねぇか! 東郷ターン!」

 

 そう、敵前大回頭、日露戦争で日本の有利を決定づけた日本海海戦。バルチック艦隊を打ち破った東郷平八郎が取った戦術だ。

 

 これの最大のメリットは敵の進路を圧迫し、敵に進路の変更を強いること。これで丁字戦に持ち込めれば御の字だが、敵もおそらくバカではない。そうなる前に回頭し、相手の前に出ようとしてくるだろう。だが、戦艦が水雷戦隊相手に速力で追従できるはずがない。最初に頭を抑えてしまえば、敵は相手の進路に沿って、同航戦で戦うことを強いられる。

 駆逐艦の主砲が先頭のル級に集中する。電探が不明瞭とはいえ、この距離なら外すことはない。

 

「右舷雷撃用意!敵艦列同位の艦を狙ってください!」

 

 電の声に合わせて皆が雷撃の用意をする。ル級の砲撃が電の鼻先を飛び抜けたが足は止めなかった。

 

「雷撃構え! 一斉射(サルヴォ―)!」

 

 海面に飛び込んだ酸素魚雷が静かに海面下を走る。同時に回頭の用意をかけ、ル級の足元に水柱が立ったタイミングでさらに取舵。相手を噴煙から引き離していく。

 追従してくる敵艦は8隻。先頭を曳いていたル級は目に見えて速度が落ちているが砲はいまだにこちらを向いている。

 

 だが、ここまでくれば彼女たちの独壇場だった。

 

「――――――龍鳳さん!」

 

 太陽を背に艦爆隊が急降下を決める。いくつもの爆炎が立ち、その爆炎を目がけて利根たちの砲火も飛来する。電に挨拶をするように翼を振って目の前を通過した艦攻隊が魚雷を落として去っていく。その後には海面を包む炎だけが残された。

 

「……これで、よかったのでしょうか?」

「さあな、だがお前の指揮があったから上手くいったと思うぜ。お疲れさん、旗艦殿」

 

 天龍が電の頭をぽんと叩いた。

 

「あとは大和たちの第一班だ。応援にいければいいが、この噴煙を抜けていくのは……無理だな。初霜たちを信じるしかないか」

「はい……」

 

 電は返事をするがどこか上の空で、天龍は僅かに目を顰めた。

「気を抜くなよ電。そういうのは全部終わってからだ」

「はい……」

 

 わずかな後悔のような気持ちが去来する。それでも、電は顔を上げた。

 

 涙は出なかった。




……うわぉ。

こんなんでいいのか? と思えるような戦闘シーンでした。
司令部の肉弾戦は攻殻の戦闘を参考にしています。リアリティはないかもですが、アニメ戦闘力学と言うことで勘弁してください。
艦娘の戦闘、マンネリ化を防ごうとしたらどんどん飛び道具になってますね、これでいいのか国連海軍。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回はやっと大和たちの戦闘です。……これを書きたくてこの銀弓作戦編を組んだので気合入れて書きますが、また更新が遅くなりそうです。すいませんがよろしくお願いします。

それでは次回お会いしましょう。

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