艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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更新が開いてしまいました。申し訳ないです。

そんなんですが、抜錨!


Chapter4-6 焔の釜を

 

 

 一瞬舵を当て方向を調整するとすぐ真横に砲弾が着弾する。その勢いも載せてしま風は前へ前へと加速する。

 

「スターボード!」

 

 暁が叫ぶ。それを受けて島風は右に舵を当てる。暁がその航路をなぞるようにほぼ全力で駆けていく。暁の予想通り敵の砲弾が左舷側に着弾。爆風の殺傷域の縁をなぞるように飛び抜けながら暁は空を睨み、10センチ高角砲をまわした。対空電探がさっきからなりっぱなしだ。その方位に目を向ければ米粒――――否、ゴマ粒くらいの黒い点が見えている。

 

「あーもう、ただでさえ少ない水雷戦隊を分けてるのに……」

「文句言っても仕方ないじゃない。敵航空隊、くるわよ!」

「わかってるっ! 連装砲ちゃん、対空戦闘用意だよ! 戦闘モードを航空戦で固定。ついてきて!」

 

 島風が合図を出すと背中に乗っていた連装砲ちゃんが海面に飛び降りた。島風を守るように周囲に散開する。自律砲台の防空域はかなり広がり、暁の隣にも一基展開した。

 

「あなたの支援なんていらないんだけど」

「私が必要なの。ここで倒れられたら誰が弾道を“視る”のよ。期待してるんだよ。暁“先輩”?」

 

 島風の言葉を聞いて暁がくすりと笑う。

 

「面白いじゃない、期待してなさい、島風」

 

 ここで先頭が交代。暁が最前列に出る。

 

「暁より電、敵航空隊視認、ホットよ。数は16、艦戦と艦爆のミックスね」

《了解なのです。大丈夫なのです?》

問題なし(のーぷろぶれむ)!」

《では、島風さん、暁お姉ちゃんはそのまま前進してください。間もなく筑摩さんたちが敵艦隊との交戦域へ入りますが……そっちの航空隊落とせますか?》

「大丈夫っ!」

「お姉さんを信じなさい! こっちは大丈夫。姉と最速を信じてて!」

 

 味方の直掩機はまだ到着していない。その状況で戦艦込みの敵の主力打撃部隊を叩かなければならない。電たちの第三班主力から斥候部隊の暁たちに追加の戦力を送ることはできないのだ。

 

《……ご武運を、お姉ちゃん》

「そっちもね。……信じてるわよ、電。第三班第二小隊、戦闘開始!」

 

 暁は無線を切って飛び出す。その後ろから島風と自律砲台が追従する。暁は敵の航空隊を遠くに眺めつつ主砲弾を打ち上げる。決して一機だけを睨んではいけない。視界を狭めては思わぬところから敵の攻撃が飛び出してきて驚くことになる。

 主砲弾が敵航空隊のど真ん中を突っ切る。当たるものではないが出鼻を挫ければ十分だ。

 

「島風、いけるね?」

「もっちろん!」

「ついてこないと置いてくわよ」

「……38ノットがぬかすじゃない」

「盆踊りに付き合うつもりはないわ。下手に踊りたくなければついてきなさい」

 

 暁が敵航空隊を嘲笑うかのように突っ込んでいく。砲弾一発で陣形を崩された航空隊がむかってくる。位置としては左舷前方に敵機だ。

 暁に向かってくる先頭の敵機が爆散する。その破片を避けるように相手の僚機は右にブレイク。直後に連装砲ちゃんの砲撃を受けて散る。

 上空をフライパスした残りの敵機のうち数機がインメルマンターン。そのまま頂点を通過し垂直降下の姿勢に持ち込もうとする。それを見て島風が何かを撃ちだした。敵機の鼻先で砕けたソレが敵機を切り裂いて周りの数機を道連れにした。

 

「けっこう上手いじゃない」

「こんな信号銃みたいなのでフレシェット弾を撃ちだすなんて誰が考えたんだろうね」

「たぶん……杉田中佐」

「あー……」

 

 確かに無茶な発案しそう。と島風は納得した。手に持っているのは後込め式の単発銃。マニラの時に信号弾を撃ちだしたのとほぼ同じ型だ。そこに詰まっているのはフレシェット……短い矢を詰めたような弾だ。発射後に一定時間立つと爆裂、周囲に金属弾が飛び散るという凶悪兵器だ。それが敵の航空隊のど真ん中で弾けたわけである。

 島風は連装砲ちゃんにエリア防空を任せ、信号銃の発射筒の根本を折るように叩くと発射された後の馬鹿でかい空薬莢が飛び出す。次弾を突っ込み、スナップを利かせるように振り上げ薬室を閉鎖、ロックがかかったことを確認して頭上に掲げる。

 暁が舵を左に切る。島風もそれに追従。直後右脇に敵の爆弾が落ちてくる。爆弾を抱いているのはあと3機。その残りの機体に向けて島風が発射筒を向けるが暁が叫ぶ。

 

「高度が高すぎる!」

 

 それを受けてわずかに迷って島風は発射筒を下ろす。

 

「じゃあどうするの?」

「ここは突っ切れればいいの! だから無理に落とす必要なない!」

 

 暁は主砲で艦戦を牽制しながらそう言って方位を修正。水上電探の影を正面に見るように舵を切る。

 

「それに……くるよ!」

 

 残りの三機が慌てて降下してくる。

 魚雷が主兵装の駆逐艦が夜戦で活躍する理由。それは夜闇に紛れて接近でき、魚雷を十分に使えるからという言葉に尽きる。昼の太陽の元では航空機の爆撃や重巡などの射程の長い砲の餌食となり、魚雷の射程に入る前に疲弊してしまう。だから夜闇に紛れての奇襲を強いられるのだ。

 だがもし、昼戦で航空戦をかわし、砲撃も逃げ切り、被弾せずに魚雷の有効射程まで近づいてくる駆逐艦がいれば?

 魚雷は船の天敵だ。そんなものを満載して迫る敵を本隊に近づけるわけにはいかないのだ。

 慌てて飛び込んだ敵艦爆が弾け飛ぶ。島風は信号銃を振りおろし、空薬莢を排出していた。

 

「お見事。んじゃ、敵の二次攻撃が来る前に取り付くわよ。リードは任せるわ」

「ついてこないと置いてくからね!」

「島風が言うと洒落にならないのよね……」

 

 ここで改めて先導が交代、島風が飛び出していく。敵の輝きが水平線に薄っすらとのぞいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、こっちも行こうかの!」

 

 暁たちが交戦を宣言したのを聞いて利根が砲を動かした。その横では筑摩が海を睨む。

 

「なんとか相手が上手く避けてくれればいいのですが……」

「どうなるかのぅ……まぁ、なるようになるし、なるようにしかならんもんじゃ。吾輩たちに任せておくのが最善じゃろう。電は時に頑張りすぎる」

「そうでしょうか……?」

「なんでも背負おうとしすぎるからのぅ。そこは周りがカバーせんといけんことじゃろうて」

「利根姉さんが言うならそうなんでしょうけど……」

「不安か?」

 

 筑摩は横でわらう姉艦を見てどこか不安が混じった笑みを浮かべた。

 

「……電ちゃん、やっぱり今も無理してます」

「当然じゃな。さっきの天龍たちの言葉は答えになっとらんからの。期待されているからとか周りから信頼されているから戦うというのは、電がここで相手を殺める理由にはならんじゃろう。それでも、あそこで電の疑問から目をそらさせなければ彼女を切り捨てるしかなかった。だからあんなふうに言ったのじゃ」

 

 砲の角度を見極めつつ、利根は儚げに笑う。

 

「わざと疑問をすり替えたのじゃ、筑摩。彼女の疑問を周りの期待でかき消した。信じているというより甘い真実で目を眩ましたのじゃ。そうでもしなければ、彼女を切り捨てざるを得なかった。そうして、電にその期待に応えることを強いたのじゃよ」

 

 利根はそう言って無線を開く。

 

「第一小隊利根より本隊電へ、砲撃用意完了じゃ。電探も何とかとらえておるぞ!」

《了解なのです。砲撃を許可します!》

「許可を確認、砲撃を開始するぞ」

 

 利根はそう言って砲を撃ちだした。噴煙の危険域が近く偵察機の飛行可能エリアも限られる。うまくあたるかどうかはわかったものではない。

 

「それでもな、筑摩。吾輩たちは生き残らねばならんのじゃ! 吾輩も、筑摩も、天龍たちも電も! 提督もじゃ! 全員で生き残らねばならんのじゃ!」

 

 利根は着弾の報告……偵察機の報告もいつもより大雑把だ……を聞きながら砲を調整、再度砲撃。

 

「これが最適だったのか、吾輩にはわからん。それでも突き進むしかなかろう。ここでむざむざと殺されるのを待つよりはよっぽどマシじゃった。だから、彼女を焚きつけたのじゃよ」

 

 着弾観測。敵艦隊の駆逐艦に命中、爆炎確認。再装填、修正、発射。

 

「……本当はこういう問答は、戦う前に終わらせたかったのじゃがのぅ。もう間に合わん。じゃから、今できるのは電たちが殺されることのないように全力で撃ち続けるしかできんのじゃ。不甲斐ないことにの」

 

 利根の目の端にわずかに涙が浮かんでいることに筑摩は気がつく。それでも彼女は見ないふりをした。

 

「……生き残るぞ、筑摩。皆を生きて帰すのじゃ」

「はい、利根姉さん」

 

 爆炎が二隻分、飛び出していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――武蔵」

「どうした?」

 

 大和はゆっくりと隣を進む武蔵に声をかけた。

 第三班が戦闘を開始したことは無線で知っていた。大鳳が言うには航空隊の到着にはあと10分はかかるらしい。

 

「……私たちにできることはないんでしょうかね?」

「さぁな、だが向こうの司令艦がなにも言ってこないと言うことはないと判断していいだろう。……怖いか?」

「何がです?」

「戦場から離れることが、さ。奴らは私たちを避け、第三班の方に戦いを挑んだわけっだろう? 最終兵器として温存され、死にゆく仲間の最期を無線で聞くだけなんじゃないか、違うか?」

「……そうかもしれませんね」

 

 大和は儚げに笑った。

 

「それでも国を守る最後の砦であり続けることは、私の使命であり、誇りでしたから、不満はないんです。日本民族の誇りであり矜持であること、それを背負うことができた。それに胸を張っていられる。それが私を私でいることを許した。そうじゃなきゃいけないのよ。そうであるべきなのに、どこか否と言ってほしいだなんて思ってしまうのは――――――驕りなのでしょうね」

「そんなことはないだろうさ。あの海に―――――私が知らんあの海に死んで来いなんて言われた過去はもう変えられん。あの時はあれが最善だったっと信じるしかできん。でもな、大和。それをお前が望まないなら、それでもいいと思うぞ」

 

 武蔵はついと目線を落とす。

 

「過去は変わらない。一億特攻の先駆けたれと言われた過去も、私がシブヤンの海に沈んだ過去も変わらんさ。どんなに地団太を踏んだっていくら砲を撃ったって変わることはないだろう。だが“これから”はいくらだって変えられる」

「……ほんと、杉田中佐に似てきましたね」

「うれしいことを言ってくれるじゃないか。アイツもきっとこういうぞ――――“君の“これから”は果てしなく、世界は無限大だ。肩の力を抜いていこうぜ”」

 

 昨日の夜の彼の声が蘇る。大和はそれにわずかに笑う。

 

「ほんと、武蔵はいい殿方を見つけたのですね」

「当然だ。私が選んだ」

 

 武蔵はそう言うと割り込んだノイズに眉を顰めた。

 

「……ほう、こっちにも来客だぞ?」

 

 武蔵がそう言った直後、かなりの前方でピケッターをしていた阿武隈の無線が乗る

 

《こちら551阿武隈、水上電探コンタクト! 大型反応複数です!》

「こちら武蔵、こちらでも捉えた。空母もしくは戦艦が2、そのほか反応があるが数はわからん。奴さんは隊を二分したらしいな。……どうしても戦いたいと見える」

 

 武蔵は獰猛な笑みを浮かべる。

 

「大鳳、艦載機はあといくつある?」

「艦戦24、艦爆16、艦攻16ね。第三班の方は軽空部隊のほうがやってくれてるから結構余裕があるわ」

「よし、大和……。大和?」

「艦載機は全機発艦させてください。ただし第一次攻撃のみ、それが終わったら直掩を残して後退を」

 

 大和が速力を上げる。

 

「……何をする気だ?」

「女の顔のあなたを見れて良かったです。武蔵、貴方に指揮艦権限を委譲します」

 

 進行方向は……捕捉した敵艦隊、第二敵艦隊。

 速力全開で一気に飛び出していく。

 

「やま―――――――、あのバカ!」

 

 武蔵はそう叫んで手を伸ばそうとして、やめた。

 

「あいつがそうそう止まる訳ないな、なんだかんだでじゃじゃ馬だ」

 

 どうしてこんなところだけ似たのだろうと武蔵は思いつつ無線を開く。

 

「こちら武蔵、これより第一班“シルバーボウ”の指揮を執る。大和が最前線で戦線をかき回す。乱戦になるぞ、各艦は対艦戦闘に備えろ。戦艦同士の殴り合いだ。しっかり避けろ」

 

 武蔵はそういいつつ安全装置を解除した。

 

「――――大和。後で杉田と中路中将に怒鳴られる覚悟はできてるだろうな?」

「当然です」

「なら結構、一緒に怒鳴られてやるよ。―――――作戦目標は変更なし、敵艦隊の撃滅だが、全員の生還を以て作戦を成功とする。総員くれぐれも早まるな。ここは坊ノ岬沖じゃない、小笠原諸島の西之島沖だ、沈むなよ?」

 

 武蔵は笑顔で砲をまわす。

 

「戦闘開始だ、諸君。遠慮はなしだ、撃てぇ!」

「大和、推して参ります!」

 

 武蔵が戦いの火蓋を切って落とす。その号砲は高らかに海の上を鳴り渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……敵艦隊を分けてきた?」

 

 電は武蔵の無線を聞きつつ頭上を駆けていく味方の砲弾の着弾を眺める。敵のわずかに西、噴煙から引き離すように砲弾が落ちていく。

 電の横に天龍が並んだ。

 

「まぁ、こっちにとっては楽でいいじゃねぇか。これ以上デカブツは来ないんだろ?」

「それはわかりませんが、三個艦隊全てを相手取ることにはならずに済みそうなのです。……龍鳳さん聞こえますか?」

《こちら龍鳳、ノイズは酷いけどなんとか!》

「今、島の南西方向の噴煙はクリアー。最短距離で回してもらえますか?」

《なんとかやってるけどもう少しかかります。一番クリアな高度はどのあたりかわかりますか?》

 

 電が目を凝らし空を睨む。

 

「極低空か高度1500から2000の間が薄そうです」

《わかった。艦攻を低空で回して残りを2000で回すね。現着まで……あと7分!》

 

 200メートルほど左に立った水柱を見つつ電は速度を上げる。

 

「反航戦で敵艦隊と接触、状況が許せばその後、急速回頭し丁字戦もしくは同航戦に持ち込みます」

「あら~……」

 

 龍田が不敵な笑みを浮かべる。その横では響が、しんがりの雷も笑みを浮かべた。

 

「面白いじゃない……!」

 

 天龍が速力を落とし電の後ろに入った。

 

「単縦陣で切り向けます。右舷戦闘用意!」

 

 

 電の戦いも切って落とされる。

 

 

 戦場が加速していく。

 

 

 

 




物語が、動かん!
しばらくリアルが修羅場なので更新が不定期になりそうです。申し訳ありません。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回は司令部回メインの予定

それでは次回、お会いしましょう。

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