艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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か、艦娘のターン……
嘘は言ってない。

それでは、抜錨!


Chapter4-5 由の訳を

 

 

 

 

 

「どうして、なんで繋がらないのです……司令官さん、いやっ、いやぁああああああ!」

 

 

 

 

 

 電の叫びが水面に反射する。

 

「おいっ、電、どうした、どうしたんだ!?」

 

 電はうずくまったまま叫び続ける。それについていけていないのは島風だ。

 

「え? なに? なにがあったの?」

「……Плохо(ブローハ)

「響? 電ちゃんどうしちゃったの?」

「司令官とのリンクが切れたせいだ。その状態での戦闘に耐えられないんだろう」

 

 響はそう言って武装を前に向けた。

 

「天龍、今回電に旗艦を任せるのは無理だ。天龍か利根が旗艦を代行するべきだ」

「……それでどうなる」

 

 渋い顔をして天龍が聞き返す。響は表情を消して天龍のほうを見つつ前進する。

 

「どうもならないよ。でも、いまここで死ぬわけにはいかないんだ」

 

 響は振り返る、その背後遠くに水柱が立った。

 

「……向こうにも捕捉された、距離からして重巡以上がいるのは確かだよ。撃ち返さなきゃ、殺される」

 

 響の言葉に電の肩が震えた。

 

「……電、司令官を守るんじゃないのかい?」

 

 響の声に電はうずくまったまま答えない。

 

「……タイムリミットだ。電、司令官に何かあったとしても私たちは戦わなきゃいけないんだ。ここでうずくまっていても敵にいいようにされるだけだ。私は御免だ、そんなことは。その危険に司令官を晒すことも、私が晒されることも御免だ」

 

 

「――――――ならどうしろっていうのですっ!」

 

 

 海面に向かって叫んだ電に暁が不安げな表情を浮かべた。

 

「沈めるために沈めて、殺されたから殺して……私はそんな戦争は嫌なのです。なのに私も砲を振るって、相手を沈めて。それで守れたって言って満足して! そうやって沈めながらずっと戦っていかなきゃいけないのですか? 誰かを殺せばこの戦いは終わるのですか!?」

 

 電は顔を上げて響の方を睨んだ。赤く腫れた目に涙を浮かべ、響を睨む。

 

「もう、嫌なのです……誰かを沈めることしかできない私が、嫌なのです」

 

 直後電の横に影が差す。その影は思いっきり電の頬を張った。乾いた音が響く。

 

 

「……電のバカチン!」

 

 

 そのまま涙をぽろぽろと落としながら雷は電を見下ろした。

 

「沈めることしかできない? ならなんでマニラ沖の魚雷艇のみんなを助けることができたのよ、MI攻略部隊のみんなを助けることができたのよ、エンカウンターの乗員を助けることができたのよっ!? それすら助けたあんたが否定するの!?」

 

 雷はそう言うと右手を後ろに回し、錨を手に取る。

 雷は相手に肉薄しての戦いを好む。錨を振り回して届く範囲での戦闘を得意としていた。

 

 その距離は、相手の手を取ろうと思えば届く距離だ。助けたいと思ったときにすぐに手を差し伸べられる距離だ。

 

「私はあきらめない。今は戦うしかないかもしれない。助けられないかもしれない。ううん、助けられないことも絶対沢山ある、でも! 私は手を伸ばすことをやめない。やめないって決めたんだ。それが私の誇りだから。戦う理由だから!」

 

 雷は背筋を伸ばした。次から次へと流れる涙は止まることはなかったが、それでも目を開く。

 

「……それが、あの日、艦長が見せてくれた、私の……道だから。いくら偽善だと言われても、蔑まれたとしても、あの日の誇りを私は忘れたくない。だから私は戦う。生き残って、ひとつでも多くの命を救うために!」

 

 守ってみせる、救って見せる。それがあの”オヤジ”が見せた力だった。あの残酷な歴史の中で、今でも誇れる魂だ。

 

 それを聞いて暁はクスリと笑った。

 

 

「……いいじゃない。レディにしては男らしいけど」

「なによ暁姉ぇ、文句ある?」

「文句なんてないわ。男らしいぐらいの方がいい女って聞くこともあるし……それで、電、どうするの? 本当にそろそろ動かないと射撃の的になるわよ」

 

 暁の言葉に電の視線は再び落ちる。

 

「私は、いなづまは……雷お姉ちゃんみたいに強くはないのです」

「電、あんたね……!」

 

 再び声を荒げようとした雷を遮るように天龍が手で遮った。

 

「そうかい。なら沈むか?」

 

 天龍は薄い金属音と共に赤い刃を鞘から引き出し電の目の前に切っ先を突き付けた。

 

「ちょ、ちょっと天―――――」

「黙ってろちんちくりん。……電、オレは今とんでもなく頭に来てる。こんなにキレそうなのは生まれて初めてかもしれねぇってくらい頭に来てる。なんでかわかるか?」

 

 隻眼がすっと細められ電を見据えた。

 

「……電、いつまで“ひとりで”戦ってるつもりだ? お前の周りには司令官しかいないのか?」

 

 電の震えが、止まる。

 

「確かにお前は弱い。戦うには致命的なほど甘い。今のお前ひとりじゃ誰かを守ろうなんて、ましては戦いをやめさせようなんて夢のまた夢だろうさ。それはお前がひとりで何もかも背負おうとしてるからだ」

 

 天龍は切っ先をわずかに下げ電の首元へ。

 

「周りを見ろ電。誰がいる?」

「……」

「答えろ!」

 

 天龍が怒鳴る。一瞬ぴくりと震えた電の首筋に一瞬刃が触れる。

 

「……天龍さんに龍田さん、お姉ちゃんたちに利根さん、筑摩さん」

「そうだ。今お前は月刀大佐からその目の前の奴らを指揮しろという命令を受けているはずだ。銀弓作戦第三班“シルバーアロー”を率いる部隊の旗艦であれと言われているんだ」

 

 天龍はそう言うと刀を電の肩に預けた。

 

「他の班を見ろ。第一班は大和、第二班は古鷹……その部隊で一番の強さを誇る艦に旗艦は預けられた。でも第三班だけは違う。他の班に習えば利根に与えられるはずだ。利根の方がこういう作戦になれてるはずだ。それでも月刀司令は、お前の指揮官は“お前”を指名したんだ。それがどんなにすごいことかわかるか?」

 

 一瞬間を開け、天龍は声を張った。

 

「それだけ“お前”を信頼してるんだ。駆逐艦の、戦うこともままならないようなお前じゃないといけないって判断したんだ、あの大佐は。これ以上の答えが必要なのか?」

 

 天龍は刀を肩からおろすと鞘に戻した。そうして膝をつくように腰を落とし電の頬にふれた。

 

「電、お前には旗艦を全うする義務がある。月刀大佐の期待に全力で応えようと努力する義務がある。一人じゃ無理だというなら、周りを見ろ。力を貸してくれって言え。この部隊でそれを拒むヤツはいねぇよ。お前に頼られてるんだ、信頼されてるんだって思えるだけできっと十分におつりがくるだろうさ」

 

 そう言って天龍は電の目をのぞき込んで笑った。

 

「もちろん、俺も、な」

「天龍、さん……」

「なんだ?」

「……いなづまを、信じてくれますか?」

「もちろんだ。いつだってそうしてきただろう?」

 

 電は手の甲で目元をこすった。

 

「……力を、貸してくれますか?」

「任せろ」

 

 電の肩を叩いて勢いよく天龍が立ち上がる。

 

「島風、電探は?」

「捕捉済みは戦艦2、重巡5、軽巡3の駆逐艦2!」

「暁、敵の砲撃精度、割り出せるか?」

「あんまり高くないみたい。向こうは噴煙の真っただ中だから電探なんてあってないようなものじゃない?」

 

 天龍はそう言って、立ち上がった電の肩に腕を回した。

 

「みんなお前を信頼してる。お前の指揮なら生きて帰れるって信頼してるんだ。情報も、仲間も揃ってる。あとはみんなで乗り越えるだけだ」

 

 隣にもうひとり影が差す。龍田だ。

 

「銀弓神――――――アリュギュロトクソスの話、知ってるかしら?」

「いえ……」

「アリュギュロトクソス―――――アポローンはね、文化の守り神にして神託を授ける神、そして弓矢の神なの」

 

 龍田はそういって電の頭をなでた。

 

「馬鹿にしたり敵対したりすると、結構ひどいことをあっさりやっちゃう神様なんだけどね。銀の弓を使って矢を射ると百発百中なの。金の矢を使えば射られた人はあっという間に死んでしまうらしいわ。でも、彼はそれだけじゃないのよ。医学の神様でもあったのね~」

 

 龍田はいつもより優しく笑った。

 

「銀の矢を放ち、それに触れた人はどんなに瀕死の状態でも瞬く間に元通りに治した神様よ」

 

 龍田は薙刀を右手一本でくるくると回すとそのまま切っ先を前に向け構えた。

 

「なにもすべてを焼き尽くす必要なないわ~。その力はきっと誰かを守るための矢となるわ。やさしくて強い、そんな世界を切り拓く銀の鏑矢になるって思えるの~」

 

 龍田はそう笑って己の持つ薙刀の切っ先を見つめた。

 

「命を守り、命を吹き込む強くてしなやかな矢になるわ。……それをみんな信じてる。天龍ちゃんも暁ちゃんも、響ちゃんも雷ちゃんも利根さんも筑摩さんも睦月ちゃんたちもみーんな信じてる。もちろん私も信じてるわよ」

 

 あなたの力を見せて、と龍田は微笑んだ。天龍がそれに頷き、笑う。電は深呼吸を一回。

 

 司令部とのリンクはい未だに復旧しない。それでも、戦えるか。この戦いを終えられるか。

 

「……第三班旗艦電より全艦、敵主力艦隊との交戦に入ります。誘導方位2-3-0、公海中央部へ向け敵艦隊を退けます!」

『了解!』

 

 電の声に僚艦の声が呼応する。

 

「利根さん筑摩さんは敵艦隊への砲撃を開始。照準を若干東側にずらして砲撃を」

「了解じゃ! いくぞ筑摩!」

「はい、利根姉さん!」

「水雷戦隊は前進強速、敵の陣形を崩しにかかります。島風ちゃん、一番槍頼めますか?」

「任せて! 指示遅かったけど、ま、許したげる!」

 

 島風が飛び出す。その後ろを天龍が、龍田が、響が、暁が、雷が続く。

 

「……助かった」

 

 横に並んだ天龍に囁くように言ったのは響だ。

 

「なんも解決してねぇぞ。今のは寄ってたかって餌撒いて食いつかせただけの応急処置だ。電自身が答えを見出さなきゃ意味がねぇんだ。わかりやすい一例だけを置いちまった。……この後の方が問題だぞ、響」

「わかってるさ。でも、お礼を言いたかったんだ」

「そうかい。じゃ、ありがたくいただいておくよ」

 

 彼我の距離が詰まっていく。付近に水柱が立ち始めた。

 

「第三班、交戦開始!」

 

 電の声が、無線に乗った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グアムの時も思ったけどなんで司令部のドアを戦闘指揮所の管制システムに組み込むかなぁ……」

 

 真っ暗な部屋の中で航暉はそうぼやきながら手探りで壁際のジャックを探していた。

 

「ってか、なんでオルタネート電源に切り替わらないんだよ」

「ぼやいてる暇あったら手を動かせ月刀」

「なら杉田も動けよ、ほら」

 

 内部の電源が落ち真っ暗になった地下室で外部への連絡手段を確保する。そのために一番手っ取り早いのは“外にでてしまう”と言うことなのだが、ドアがうんともすんとも言わなくなってしまっている。無線もホワイトノイズを返すだけであり、完全に孤立している。通風孔がふさがってないから一酸化炭素中毒になる心配はないもののあんまり気持ちのいい状態ではない。

 

「なぁ、やっぱり“ホールデン”に吐いてもらった方がいいんじゃないか?」

「吐くと思うかあの野郎が」

「電脳錠を解くことと引き換えにしたら?」

 

 そう言う渡井を航暉は鼻でわらった。

 

「あの“ホールデン”は傀儡(リモート)だ。本体は遠く離れたどこかにいるよ。電脳錠を解いたところで逃げられて終了だ」

「ならなんで今も電脳錠かけっぱなっしなんだよ。電脳自体は合田少佐のものだろう?」

「電脳錠がかかっていれば傀儡といえども動けない。電脳自体の動きを封じるわけだからな。忘れたか? まだこの管制システムはホールデンの掌握下だ。ここで電脳錠を解いたらどうなるかわかったもんじゃない。それに傀儡を抑えていれば感染経路や方法が割り出せる」

「証拠隠滅の防止ってわけね」

 

 そう言う会話をしながらも壁際のQRSプラグのポートを探り当て、航暉はそこにコードを差し込んだ。

 

「さて、ドアの制御スクリプトが全削除されてましたとかやめてくれよ……?」

 

 航暉は壁際に寄り掛かるようにして体を楽にした。意識はドアの制御部に行き着き、パスワード入力エリアにとってかかる。とりあえずはパスコードの変更と暗号化だけらしい。

 

「……中将、無線の方はどうです?」

「さっぱりだ。というよりよくこんなのをいじれるなお前ら。どれをいじればいいのかすらわからん」

 

 中路が疲れ切った声を出した。どうやら中路の知識の範囲を超えていたらしい。

 

「……みんな無事っすかね?」

「やめろ辛気臭ぇ」

 

 杉田がそう言って渡井の泣き言を叩き切った。沈黙が降りる。

 

「月刀、ドアの解除は?」

「素数をもとにアトランダムに暗号を変えてやがる。最短で4時間ってことろか?」

「んなに待てるか。無線の方が早いんじゃねぇか?」

「物理的に一度回線を切ってCTC用のラインにバイパスすれば……」

「ミスったら外部への連絡手段が一切なくなるが覚悟の上か?」

「なんでバックアップ削除用のゴミデータまで暗号化してやがるんだ。暗号の手がかりが一切ねぇ」

「艦娘との無線ダイアログ一字一句照らし合わせてみれば?」

「……ありだな。この暗号化されまくってるテキストのどこからどこまでが無線のバックアップかがわかればだが。渡井、任せた」

「お前はどうすんだよ?」

「ドア解除を続行する。くっそ……せめて空調システムぐらい残してほしかった。どんどん暑くなってねぇかこの部屋」

 

 そんな会話をしながら航暉は暗号の変動パターンの解析に入る。

 

「……月刀」

「なんだ」

「……どうして電ちゃんを旗艦に据えたんだ?」

 

 杉田の声に航暉は笑う。

 

「……さあな。似た者同士だからかな?」

「ハン、よく言うぜ」

 

 杉田が動く気配。

 

「……偽善、偽善ねぇ。月刀、お前、どうして水上用自律駆動兵装運用士官になったんだ?」

「そんな昔のことは忘れたよ」

「……あっそ、ならいいや」

 

 くつくつと笑い声が響く。

 

 

 

「なら月刀、お前はいったい誰なんだ?」

 

 

 

 空気が冷える。一気に張りつめ、息苦しくなるほどの重圧がかかった。

 

「……なにが言いたい?」

 

「なんで“ホールデン”が昨日のお前と電の問答を知ってたんだ?」

 

 航暉の動きが止まる。

 

「考えてみれば変だった。確かに月刀航暉は艦娘の空戦管制ができるほどの電脳使いだ。そう転がっている人材じゃない。だが、軍用ネットを食い破れるほどの腕は持ってない。そんな人間が特A級のハッカー“ホールデン”に気付かれずに視覚野に逆進入した? 嘘だ」

 

 金属が擦れる音、誰かが拳銃のスライドを引いた。

 

「可能性は二つ、月刀航暉の電脳が完全にハッキングされており、月刀航暉の体にホールデンが侵入しているか、月刀航暉自身がホールデンかだ。……どっちにしてもお前の電脳がこの状況の元凶だ」

 

 きゅるきゅると何かをひねるような音。拳銃用の弱音器(サプレッサー)だろうか?

 

「上手いこと考えたよな。合田少佐は俺たちに恨みがあってもおかしくないし、彼がホールデンならこれ以上わかりやすい構図はない。そして彼を檻にして傀儡を捉えるというのもまぁ無理のないシナリオだ。でもな」

 

 杉田の声が一気に荒くなる。

 

「月刀を侮ったな。お前が言った通り電と月刀は似た者同士だ。電が敵に向けて銃を向けるのをためらったように、いくらいけ好かないガキが相手でも“アイツは絶対仲間に銃を向けないんだよクソッタレ!”」

 

 杉田はそう叫んで銃を発砲。“彼”の真横に弾丸を送る。バシュッという抑制された発砲音が響く。マズルフラッシュがちかりと光った。

 

「こちとら国連海軍大学広島校以来アイツと何度も組んできたんだ。気がつかんと思ってたのか?……その体、返してもらうぞ」

 

 杉田は暗闇の中、にかりと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、第二ラウンドと洒落込もうや“ホールデン”。俺は月刀のバカほど甘くないぞ」

 

 

 

 

 

 




天龍ってイケメンだと思います。
なんだかフフ怖さんのイメージでネタキャラにされがちですが、彼女はじつはすごく誠実でしっかり者なイメージがあります。だからこそ龍田さんがついていくわけで、駆逐艦娘たちがついていくわけで。
そんな彼女のかっこよさが出てればいいなぁ……

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回はどう転んでもバトル回です。

それでは次回お会いしましょう。

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