艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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前回の戦闘のその後

それでは、抜錨!

2014/09/28追記
言い回しや誤字を修正しています。


第3話_ウェーク・夜

 

「それでは、第551水雷戦隊結成を祝って、乾杯」

『乾杯!』

 

 湯のみを掲げる手が4つ、夜の帳が降りたウェーク島でささやかな、本当にささやかな祝いの席が設けられていた。

 

「それにしても初日のお祝いの席なのに食事が質素ですよねー。生野菜のサラダは特別な感じしますけど、メインが豚肉のソテーってどうなんです?」

「なら六波羅医務長に“ウェーク島では栄養失調の危険性あり”とでも打電してもらえば十分な補給きますかね?」

 

 保証はしかねるわ、としれっと言ってソテーと一緒に白米をぱくつく夏海。それを見てクスクスとわらうのは伊波ハルカ特務少尉だ。

 

「まあまあ、ほぼ2週間ペースで補給が来る事になってますし、電気も冷蔵庫も使えるんですから……」

 

 そういって片手に持った安い缶チューハイを煽るハルカ。それを見て心配そうな顔をしたのは電だ。

 

「少尉さんは、その、成人されてますよね……?」

「もっちろーん。電ちゃんと同じぐらいの背丈だけども、ちゃんとこれでも国立工業大学出身の24歳なのだー」

 

 プハーと息を吐きながら上機嫌に答えるハルカ。ポケットからごそごそとパスケースを取り出して電に見せている。「国際連合海軍極東方面隊中部太平洋第二作戦群第551特別根拠地隊」と長々しい所属部隊名と共に名前と生年月日、性別、血液型などが記されたIDカードだ。出生年を見ると確かに24年前だ。

 

「軍のID持ってると何がいいってお酒が一人で買えるのがいい!」

 

 そう断言してケラケラと笑うハルカに電はたじたじだ。電ちゃんも飲むー?と言い出した時点で、間に割り込んだ夏海の判断は正しいと言えるだろう。

 

「お酒なんてあんまり飲むもんじゃないですよ、電さん。特に未成年の飲酒は体に毒です。興味本位でも飲まないようにしてくださいね」

「は、はいなのです」

 

 そんなやり取りに苦笑いしつつ航暉は手元のお茶を少しすすった。

 

「そうだ中佐、伊波少尉から電さんとの初出撃でなんだかごいリンク率叩き出したって聞いたけど本当なのかしら?」

「すごいリンク率……? あぁ、とっさに限度まで上げてしまったやつか」

 

 そういうと夏海は眉をひそめた。

 

「中佐、完全同調の危険は知っておいででしょう?」

「まぁ、そりゃぁ」

「中継機が身代わり防壁になるとはいえ、ちょっと不用意すぎません?」

 

 急激な同調率の変化や艦娘側の痛覚などが指揮官の脳に影響を与えるというのは航暉も十二分に理解していた。

 

「まぁ、あの状況で確実に電を生還させるにはあれが最善だったと思ってるしなぁ。リンクの相性も良さそうだったし」

「まぁ、中継機のデータ抽出した限りだと問題なさそうですし、六波羅大尉もそうかっかしなくてもいいんじゃないですかぁ?」

「呂律がもう回らなくなってきている伊波少尉に言われても説得力ないですけどね」

 

 そうため息をつく夏海。あまり咎める気も無いのだろう。

 

「まぁ、ご自身のためにももっと慎重に同期なさってください」

 

 そう言って夏海はこの話をおしまいにした。

 

 

「そんな事よりもっと飲みません?」

「あんたはもう飲むんじゃない! 伊波少尉!」

 

 

 大人二人が一斉に突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 周りに灯りがほとんどないせいか、夜闇が闇で無くなるほどの星明かりが降りて来ていた。ミルキーウェイとはよく言ったものだ。藍のキャンバスに白を垂らして引き延ばしたように、青白く光を発している。どれか一つすくねても誰も気がつかないのではないかと思えるほどの星空は、司令部の屋上からなら、手を伸ばせば触れられそうだった。

 

「意外にロマンチストなのかしら、月刀中佐」

 

 そんな空を見上げていた航暉に声がかかった。屋上の手すりに体重を預けるようにしながら航暉は振り返る。

 

「現実逃避がロマンチックになるなら、そうかもしれませんね、六波羅軍医大尉」

 

 屋上への入り口に立った夏海はその答えを鼻で笑った。

 

「ロマンチストが軍を率いるとは、いささか面白い状況ですかね? 中佐はどう思われます?」

「まあ、リアリストの塊でなければならない軍隊ですからね。自分が異端であることは十分知っていますよ、大尉」

「それでもやっていけている理由ぐらいわかってるんでしょうね?」

「俺が“月一族”の人間だっていうこと?」

 

 相手の口調が崩れたのにあわせて航暉も素の話し方に戻す。航暉が笑顔でそういうと夏海は薄い笑みを浮かべた。

 

「否定しないのね?」

「したくてもできないからね。月刀(つきがた)と言えば“月”の中でも最大派閥。そこの男子だというだけで嫌でも担がれ、本人にそんな意思があろうとなかろうと周りは勝手に利用していくんで。結果的に自分も上に押し上げられる……」

 

 本当は士官なんてやる器量は無いとおもうんだけどなぁ、と無責任に嘯いて航暉は夏海を見据えた。

 

「で? 玉の輿を狙って交際を申し込みに来た訳じゃないんだろう? 六波羅夏海軍医大尉」

「当然。……良くも悪くも軍人としてはかなり特殊な考え方をするみたいだけど、彼女達を“使う”覚悟はあるのか確かめたかっただけよ」

「覚悟、ねぇ……」

 

 軽薄にも取れる笑みを浮かべて、航暉は一度空を見上げ、視線を戻した。

 

「その覚悟っていうのは、艦娘を戦場に送り込む覚悟ってことかい?」

「そうね、そう解釈してくれて構わないと思うわ」

「なら、感情としては“ノー”、意思としては“イエス”だね」

「それはできれば送り出したくないが、上の命令があれば送り出すということかしら?」

「ノー。“彼女達”にとって上官の感情など意味を持たない。現状、彼女達を出撃させないという選択肢が無い以上、指揮官は“いかなる感情を抱いていようとも”彼女達を指揮し、生還させる義務を負う」

「それは貴方の経験に基づく貴方の言葉?」

「イエス、かな。半分はある中将の言葉の受け売りだけど。――――感情に流されて一瞬の契機を逃し彼女達を沈める事は許されない。部下を不安にさせず必ず生還させるという意思の下で彼女達を送り出す覚悟がある、とでも解釈してほしい」

 

 互いに薄い笑みを浮かべたまま、屋上で向き合う。しゃらしゃらとした波音が言葉と言葉の間を埋めていく。

 

「なるほどね、なるほど。DD-AK04を生還させるために、彼女と完全同調し、攻撃を回避させた上で、彼女の疑問に答え、生き残る事を納得させた」

「……難しい言い方をすればそう言う事もできるかな。実際にはそこまで意識的に行動したつもりではないんだけど」

「確かに貴方の行動でDD-AK04は戦場で初戦果を上げ、駆逐艦娘としての行動を果たす第一歩を踏み出せた。でもそれは中佐への信頼に似た依存によるものに見える」

「それは軍医としての意見? もしくは六波羅夏海大尉の主観による判断?」

「どちらでも好きなように。もっとも、正式に“診断”をするには情報が足りないわね。カウンセリングをお望みならいつでも対応するわ」

「フムン。考えておく事にしよう」

 

 航暉が半分冗談めかしてそう答えると夏海は苛立ったように腕を組んだ。

 

「“艦娘は人に非ず”……士官学校で全員が叩き込まれるはずよね? “水上用自律駆動兵装”は船の記憶を持ち、異形に対抗するために開発された兵器に過ぎない。DD-AK04もそれは変わらないはず。兵器に感情移入することがどれだけ危険なことか分かってる?」

「電って呼んであげてくれ。登録番号だと味気なさ過ぎるからね」

 

 そう言った航暉をまじまじと見る夏海。口調は柔らかいが声が一気に硬質になる。星明かりが浮かべる彼のシルエットの中で鳶を思わせる焦げ茶の瞳が光って見えた。

 

「……まあいいわ。確かに感情を持ち、一概に兵器と言いきれない部分があることは認めるわ。けれども今の貴方の行為は彼女達をアンコントローラブルな状態に置く可能性が高い」

「その通り。だが彼女達は“人間が作った兵器ではない”ということを忘れてないかい? これまでの軍事システムでは対応しきれなかった“異形の軍”に対応するために“フェアリィ”が人間にもたらした存在だ。それを人間の一存でどうこうできると考える方がどうかしていると思うがなぁ」

「それは貴方の管理不徹底に対する開き直りに聞こえるのだけれども」

「彼女達は兵器という言葉でひとくくりにしていい存在じゃないというだけだよ」

 

 航暉は即答してから軽く笑った。

 

「どちらかと言えば兵士に近い。人間が人間を完全に掌握することが不可能なように、人間が艦娘を完全に掌握することもまた不可能だ。ならば互いに独立した主体を持つ存在として信頼関係を築くことで、双方向な関係を確立しなければ、最大限のパフォーマンスを発揮することはできない」

「アンコントローラブルな状況下で発生する不確定要素のリスクと天秤に掛けてもそれは勝るもの?」

 

「そうして縛り付けた結果がどうなった?」

 

 

 一瞬空気が張りつめた。柵によりかかったまま両手を広げる航暉。別に銃を取り出した訳でも、剣を抜いたわけでもない。蛍光塗料でも塗ったかのように爛々と輝く一対の目玉が夏海をその場に貼付けたのだ。

 

「……どう? これでだいぶコンセンサスとれたと思うんだけどどうだろう?」

「そうね、なかなか有意義な話し合いになったと思うわ」

 

 そう言って腕を組んだまま笑う夏海。もう一度口を開く。

 

「あなたと話は合いそうも無いわね」

「奇遇だね。今自分もそう思っていた所だ」

「その上で言うけど、今のやり方じゃ必ずいつか破綻する。貴方が先に壊れるか、艦娘の方が先に壊れるかはわからないけれども、必ずいつか破綻するわ。それが誰の命も奪わない事を願うけど、事が起こらないとどうなるかわからないし、事が起こってからではもう遅い。いい方向に転がる事を願っておくわ」

「肝に銘じとく、六波羅大尉」

 

 ひらひらと手を振って建物の中へと消える夏海。航暉はそれを目で見送ってから空を仰いだ。相変わらず澄まし顔な空はチカチカと瞬くだけだった。

 

「破綻なんてさせてたまるか」

 

 ぽつりと呟いたが、だれにも聞かれる事無く夜空に吸い込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女子の部屋にしては殺風景な部屋だと部屋の主たる電もそう思う。

 

「なにか絵でも飾るといいんでしょうけど、飾るものがないのです……」

 

 制服であるセーラー服が予備含めて数着を始めとした衣服と地下に保管してある武装、戦法などがまとめられた本数冊、体一つ。それが電の所有するものの全てだった。ほとんどロッカーにしまってあるので殺風景にみえるのも当然だった。二段ベッドの上段に腰掛けて浮いた足を軽く振る。

 

「天龍さん……やっと私も一人前になれるかもしれません」

 

 最近独り言が増えたかもしれない。部屋を殺風景だと思うようになったのもここ最近だ。兵器には必要ない事ばかり上手くなっている気もする。

 それでもやっと、自分の本来の役割……深海棲艦と戦うことができるようになる。これでやっと一人前の艦娘になる事ができるかもしれない。

 

「明日も頑張らないといけませんし、もう寝ちゃいましょうか」

 

 電気を消すとうっすらと星明かりがカーテンを四角く光らせる。それを頼りにベッドと毛布の隙間に体を滑り込ませた。

 

「おやすみなさい……」

 

 誰にでも無く呟いて、瞼を閉じる。すぐに睡魔がやって来て、それに抵抗することなく眠りに落ちていった。

 

 




文才のなさを痛感する今日この頃

電「問題、ないですか?」
問題しかないよね、うん。

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