艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

49 / 159
やっぱり司令部のターン!
いつもに輪をかけて作者の設定が暴走してます。
艦娘の空気感がすごい回です。



それでは、抜錨します!


Chapter4-4 真と偽を

 

 

 

 龍鳳は矢をつがえ呼吸を落ち着かせると弦を引き絞る。矢羽が空気を切る音と共に鋭く弦が鳴り、空中へと航空機が飛び出していく。

 

「こちら龍鳳、全艦載機発艦完了」

《ホテルケベック了解。高度を限界まで上げろ。誘導経路を今送る》

 

 司令部の月刀の通信が帰ってくる、いつもより早口で、それほどに切羽詰まった状況なのだろう。

 

「まぁ、それもそうよね。……というよりこの全機の航空指揮をほぼ一人で執り切るって、MIの時も思ったけど、正気の沙汰じゃないよね?」

 

 そう笑うのは瑞鳳だ。海松色の袴は波に映え、噴煙の合間から射す光をわずかに煌めかせた。

 

「こんな状況で空を飛ばすことは初めてなんですが、大丈夫でしょうか……?」

 

 不安げなのは祥鳳だ。すでに発艦を終え、彼女の直掩機を除いた機体は編隊を滑らかに組みつつ大きく北回りで敵へと向かっている。

 

「そんなのみんな一緒だもん、言っても仕方ないよ、祥鳳」

「そうなんだけどね……」

 

 やれやれといった雰囲気で溜息をついた瑞鳳に祥鳳はやはり不安げに笑う。

 

「大鳳さんも大丈夫かなぁ……大鳳さーん」

《なに龍鳳? 潜水艦でも見つけた?》

「いたら睦月ちゃんたちが見つけてますって。……大鳳さんの方が噴煙に近いですし、大丈夫ですか?」

《私の所は大丈夫。問題ないわ》

「私の所“は”というと?」

《司令部通信のウォッチ、ちゃんとしてる?》

 

 大鳳の言葉に一瞬ぽかんとして、中継器の反応を確かめる。

 

 

 

「え?……応答なし?」

 

 

 

 そんな馬鹿な。

 

「第一班龍鳳より全隊、ホテルケベックへのリンクを確認してください!」

《こちら第二班古鷹、オフラインになってます!》

《第三班電です、し、司令部の応答がありません!》

 

 全ての作戦部隊の無線が生きている以上、噴煙が原因の通信障害と言うことはあり得ない。司令部は硫黄島基地であり、作戦域からざっと300キロは離れているから司令部がこの戦闘に巻き込まれることはないだろう。

 

《……こちら第一班大和、全作戦部隊に通達します》

 

 龍鳳の思考を大和の声が遮った。

 

《司令部機能が回復するまで私が代行して指揮を執ります。間もなく第三班が交戦距離に入ります。電探に捕捉視し次第第一班より砲撃支援を開始、航空隊もそちらに優先的に回します。全機全艦、風向きに注意し戦闘行動を開始してください。これは最優先命令です》

 

 機械的とも取れる大和の指示に祥鳳がさらに不安げな表情をした。

 

 作戦参加艦の総指揮をとる大和が指揮代行を宣言した。この措置が取られる場合はそう多くない。頭の中に叩き込まれた知識が引きずり出される。

 

 

 

 国連海軍水上用自律駆動兵装交戦規定第47条。水上用自律駆動兵装の完全自立運用のための規定。

 

第一項 水上用自律駆動兵装は以下の場合において、事前に、時宜によっては事後に国連海軍司令部の承認のもと、完全自律運用による作戦実行が許可される。

 

第二項 水上用自律駆動兵装の完全自立運用が許可さるる場合を以下のように定む。

 

一、人命や人権の保護のためにやむを得ないと判断されるとき

二、司令部機能を喪失、またはそれに類する状況下での作戦行動が不可避であるとき

三、軍司令部が必要であると認めたとき

 

第三項 完全自律運用時において、複数の水上用自律駆動兵装が自律行動をとる場合、旗艦たる水上用自律駆動兵装が作戦指揮を代行し、可及的速やかに国連海軍司令部の承認を受けなければならない。

 

 

 

 

 大和の宣言が不安を掻き立てる。

 

 

 大和は“司令部機能を喪失、またはそれに類する状況”だと判断したのだ。

 

 

 急速に不安が広がっていく。それは個を超えて伝播していく。

 

 それをどうすれば打ち破れるのか、龍鳳にはわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 航暉が三次元の噴煙分布予測をもとに、航空隊の安全が確保できる最短ルートを組み立てていると、一瞬だけブラックパネルの一角が点った。赤いランプに目を走らせ、内容を理解するころにはライトが消える。

 

「……不正規アクセス警告?」

 

 戦術ネットの情報インポートがエラーを示すが、すぐにキャンセルされる。誘導経路の予測を続けながら、異常判断プログラムを走らせる。

 

「……B-2月刀より司令部員、不正規アクセスエラーを確認。電脳活性の確認を――――」

 

 そう言っていると暗い司令部の中、視線の先で何かが動いた。位置は真正面、個人ディスプレイの陰だ。そこは……C-1卓か。

 

「合田……?」

 

 明るいスクリーンのせいで黒に塗りつぶされた彼がゆっくりと水平に腕を伸ばしていく。そのシルエットは何かを手に持ちゆっくりと“それ”を横に伸ばしていく。

 

「――――――! 杉田!」

 

 直後に響く破裂音。同時に杉田がのけぞるように頭を振った。鉄とプラスチックが混じった破片が飛び散る。その無機質な破片の隙間を埋めるように赤黒い液体も飛び散った。

 航暉はその音に反射的に右手を腰の後ろに回し、スナップボタンを乱暴に親指で弾きつつそれを引き抜いた。昨日の夜に薬室に弾を送り込んだままになっている。右手でセレクタをセミオートに、その流れで親指付け根の位置にある安全装置をオフに。

 立ち上がり、右腕をディスプレイに乗せ安定させると、引金を握りこむ。鋭いショック、ほぼ同時にスライドが高速で後退し次弾が薬室に叩き込まれる。飛び出した弾は“彼”の右手に握られた拳銃、ベレッタ90-Twoの横っ腹を狙うがそれより早く目標が動いていた。

 航暉の放った9x19mmパラベラム弾が空を切り、スクリーンの一枚をブラックアウトさせた数瞬後、航暉の鼓膜を叩き割らんとするかのように.40S&W弾が起こした衝撃波が突き抜けた。

航暉と“彼”は互いに銃の照準を相手の眉間に合わせながら睨み合う。

 

『こちらホテルケベック、緊急事態発生』

「無駄だよ。司令部無線も含めて全て掌握したからね。いくらあなたたちがここで喚こうともあなたたちを思ってくれている“あの子たち”には届かない」

 

 “彼”はそう言うと航暉に笑みを送った。

 

「……“ホールデン”」

「やっぱりそう呼ばれてるのか“ボク”は」

 

 その直後に戦闘指揮所のスクリーンが真っ白に輝いた。さらに“彼”の表情を見えなくする。その光を正面から受けて中路は僅かに呻いた。二発目の弾丸が肩を掠めていたのだ。視線を“彼”に向けたまま、航暉は隣に声を投げる。

 

「杉田、無事だな?」

「左耳を吹っ飛ばされたがな……クソ痛てぇ、俺の耳は生身だっつーの」

「中将」

「無事だ。……まいったね。これだけでラインを監視しておいて誰も気がつかないとは」

「全くだ」

 

 中路の声に返事をしたのは渡井だ。彼も無事らしい。それを聞きつつ、航暉は椅子を後ろに引き、立ち上がった。左手でQRSコードを抜くと床に落とす。床で跳ねたコードが軽く音を立てる。

 

「何者だ、合田正一郎じゃないな?」

「己が誰かを証明する手段がないから、その質問には意味がないな」

 

 “彼”は右手一本で銃を保持したまま、部屋の壁際の通路へ向けて歩き出した航暉の眉間に狙いをつけ続ける。

 

「何が目的だ?」

「説明しても理解してもらえる気がしないから説明しないでおきます、月刀大佐」

「わざわざ軍の戦術ネットに乗ってやってきてんだ、来訪の理由くらい話してくれてもいいんじゃないか?」

「……偽善で戦うしかできないあなたには、まだ話したくない、それだけです」

 

 航暉はその答えを聞いて鼻で笑った。

 

「なら本当の“善”とやらを教えてくれ」

 

 航暉は部屋の端のゆっくりと階段状の部屋を下っていく。互いに銃を向けながらの嘲笑のキャッチボールが続く。

 

「人間は“偽善”に走らずに生きることなど不可能だ、なら偽善を突き通すしかない」

「いつかそのインチキが誰かを殺すとしても?」

「さも自分が純粋で“善”であるかのような物言いだな」

 

 航暉の言葉に“彼”は肩を震わせて笑う。

 

「ボクが純粋かどうかはわからないけどね、あなたたちほど汚れてもいないつもりだよ」

「“あなたは世界中で起こる何もかもが、インチキに見えてるんでしょうね”……そのインチキを除いていった先に真実があるとして、その真実は“偽善”で動いている。そしてその偽善のイツワリを剥いでいったとしてもその先にあるのは人の本心だ。善なんてどこにもない。それでもお前は“善”を騙るか?」

 

 航暉の言葉に笑みを浮かべ“彼”は銃口を上に向ける。直後、B-1卓の陰で動いていなかった渡井が急に飛び出そうとした。

 

「動くな渡井!」

 

 直後渡井の目の前を弾丸が横ぎった。慌てて卓の陰に隠れる渡井。

 

「……いい判断です、月刀大佐」

「視覚野に侵入しておいて気づかれないとでも?……目を盗むのはいいが、投影する映像はちゃんと物理的に可能な動きにしておこうな」

「やれやれ、こんなに早くばれるとは。弾丸がためらいもなく飛んでくるなんて思ってなかったんで」

「合田少佐とは組んで時間があまり経ってないし、そもそも指揮系統が違うからね。信用できるほどの交流はなかったのさ」

 

 直後ノイズが走り“彼”の姿が揺らぐ。背格好は変わらないが両手に拳銃を構え一方を航暉に、もう一方を渡井に向けていた。

 

「世界を守るなどと歯の浮くような理由を並べ、彼女たちを戦争に駆り立てておきながら、その“偽善”を是とする? それほどのインチキを僕は見たことがない」

 

 そう言って航暉を見据える“彼”は両手の銃を航暉に集中させた。

 

「その偽善が彼女たちを追いこみ、世界が彼女たちを切り捨てようとするのを黙認させているんじゃないのか?」

「軍人に今更道徳の授業か? 何様のつもりだホールデン」

 

 航暉はそう言うとC-1卓のある通路に立ち、足を止めた。同じレベルの床に降り立ち、相互に銃口を向けあう。

 

「“ある種のものごとって、ずっと同じままのかたちであるべきなんだよ。大きなガラスケースの中に入れて、そのまま手つかずに保っておけたらいちばんいいんだよ”」

 

 歌うようにそう言った“彼”はくつくつと笑う。

 

「彼女たちを兵器に変え、この世界を変えようとした。それがこの結果だ。無理に世界に逆らうからどこかで傷つき、痛みが出る。そしてあなたもそのことに気がついているはずだ」

「ほう? ならこのまま殺されろとでも言うつもりか?」

「あなたは彼女たちが純然で無垢なことを知っている。そしてそれが傷つくことを恐れている。だからあなたは電の問いに応えられなかった。“戦う理由”にされることを恐れたからだ。それが彼女たちを穢すことを知っているから」

「黙れよ」

「あなたは偽善で戦っていることを自覚している。だから恐れた。無垢な彼女たちがあなたの心に触れて穢れることを恐れた」

「黙れ」

「あなたはわかっているはずだ。自らの“偽善”が彼女らを傷つけ、同時にあなた自身を傷つけることを知っているはずだ。そしてそれでも偽善を嘯き続けることに酔っている」

「黙れっつってんだよ!」

 

 航暉は銃のセレクタを三点バーストに押し下げた。

 

「ふざけるなよホールデン。てめぇの哲学は結構だ。理解した。そんなに世界が嫌いなら箱庭作って死ぬまで遊んでろ。てめぇの大好きな修道女と“ロミオとジュリエット”について語り明かしていればいい」

 

 航暉はそう吐き捨てた。

 

「それでてめぇはさもホールデン・コールフィールドになりきったかの如く、世界とてめぇのインチキについて語り明かしてそれで満足するだけだ。電たちが俺の心に触れて穢れることを恐れた? 余計なお世話だ馬鹿野郎」

 

 “彼”はどこか侮蔑が混じった目を航暉に向ける。

 

「てめぇは耳と目を閉じ、口を噤んだ人間になろうと考えた。それでもその孤独に耐えられず、さも自らが善かのように高説を垂れる。それこそがてめぇの偽善だ“ホールデン”!」

 

 航暉はそう叫んだ。直後に“彼”が溜息をつく。

 

「……僕は期待してたんですよ。あなたならボクの気持ちを理解してくれるんじゃないかって。でもやめた。やっぱりあなたからは“偽り”のにおいがする」

「そうしてくれ、未来永劫俺らに関わるな。てめぇの死体はせめて海に沈めてやるから安心しろ」

「良心があるふりですか?」

「偽善者にはちょうどいいだろ?」

 

 航暉はそう言って銃を握りなおした。それがゴングだった。

 響く銃声。音は一回、単発だ。放たれた弾丸は過たず航暉の頭を突き抜け後ろに吹っ飛ぶ。

 

「――――“何でもそうだが、あんまりうまくなると、よっぽど気をつけないと、すぐこれ見よがしになってしまうものだ。そうなったら、うまくも何ともなくなる”。……技術に酔ったな“ホールデン”」

 

 後ろに吹っ飛んだ航暉の体は地面に着く前に空気に溶けて消える。次の瞬間には“彼”の足を薙ぎ払い地面に叩ねじ伏せた。右手で“彼”の頭を地面に押さえつけた。

 

「視覚情報に頼りすぎだし、明らかに罠を張ってるやつほどハメやすい奴はいないぞ」

 

 首筋に黒光りする機械を叩きつける。直後にずっと白く輝いていたスクリーンがブラックアウトした。

 

「……終わったか?」

 

 真っ暗になった作戦指揮所の隅から声が響く。渡井の声だろう。

 

「最新式の電脳錠(インターセプター)を噛ませた。いくら凄腕のハッカーでも自前の脳だけで暗号化済み64ケタ32進数の乱数コードを解こうとしてたら寿命が終わる」

 

 息を荒くした航暉が暗闇の中でそう答える。

 

「で、“お前”は何をした?」

 

 真っ暗な部屋の上の方から声が振ってくる。最上部にいる中路だろう。

 

「“彼”は渡井にしたように全員の電脳の視覚野に侵入していた。そのラインに逆進入をかけました」

「……“ホールデン”もトンデモだがお前のトンデモだな、月刀」

 

 荒い息でそういうのは杉田だ。

 

「で、システムは復旧できそうか?」

「ホールデンに食い荒らされてめちゃくちゃだ。これを復旧しようと思ったら時間がかかりすぎる」

 

 渡井がそう言って溜息をついた気配がした。

 

「めちゃくちゃだってわかるってことは……システム自体はこちらのスクリプトに反応してるんだな?」

「あぁ」

「なら勝ち目はある。とりあえずはどこでもいい、外部との連絡手段の確保が必要だ」

 

 航暉はそう言って立ち上がる。手探りでC-1卓のジャックを探し出し、QRSコードを差し込んだ。

 

「航暉、戦術リンク、音声無線、スクリプト、レーザー衛星通信、なんでもいい、破れるか?」

「破りますよ。こんなことで倒れてたまるか」

 

 航暉の言葉に笑う気配がした。

 

「銀弓作戦はまだ実行中だ。艦娘は今、深海棲艦と対峙しているはずだ。戻るぞ」

 

 暗闇の中でそんな声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵艦隊捕捉よ~。戦艦ないし空母3、重巡5……おそらく後方にもまだいるわね~」

 

 呑気にも捕れる声でそう言うのは龍田だ。

 

「くっそ、なんでこんな重要なときにあの司令はつながらないんだ、ちくしょう。どこで遊んでやがる」

「怒りたいのは山々じゃが、ここを何とかしないと生きて帰れないのぅ」

 

 利根の声に頷くのは筑摩だ。

 

「とりあえずは航空隊が来るまで足止めしないと……」

「どうする、電。……電?」

 

 天龍は後ろを振り返る。返事がないことを訝しく思ったのだ。そして、認める。

 

「電!? どうした! おい!?」

 

「どうして、なんで、なぜなのです……!」

 

 天龍は海面にうずくまるような姿勢で頭を抱え込んでいる電に慌てて駆け寄った。

 

 

 

 

「どうして、なんで繋がらないのです……司令官さん、いやっ、いやぁああああああ!」

 

 

 

 

 電の絶叫がこだまする。

 

「電! 電っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界の壊れる、音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




……orz

いっつも訳わからん文章ばっか書いてますが、今回は輪をかけて訳わからんですね。
艦娘の空気感もすんごいですし、司令部も酷いことになってます。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回は艦娘たちの戦いです。
航暉から切り離された電はどうなるのでしょう?

それでは次回お会いしましょう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。