艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー 作:オーバードライヴ/ドクタークレフ
でも後悔はしてない!
そんなこんなで、抜錨!
通常照明が落とされた中央作戦指揮所では司令部が最後の調整を行っていた。
「それで、昨日はお楽しみだったのか?」
階段状になっている巨大な指揮所でそう言ったのは杉田勝也中佐だ。目線は彼に割り当てられた管制卓、B-3のディスプレイをなぞるが、声は隣のB-2卓をいじっている月刀航暉に向いていた。
「お楽しみってなんだよ」
「電ちゃんさ。目を腫らしてた。泣かせでもしたかい?」
「……まったく、変なところ気がつくよな、お前」
航暉はそういいながらキーボードを叩いた。かしゃかしゃと爪がキーにすれる音が響く。
「お前のことだ、“そういう誘い”があったとしても受けなかったとは思うが、引きずるなよ」
「わかってるさ……わかってる」
「どうかな。お前にしては反応が鈍い気がするが」
杉田はそういいながらヘッドセットに頭をはめ込んだ。パシュンという音と共にクッションが広がりヘッドセットが固定される。目の周りをすっぽりとおおうように視覚デバイスを下ろすと、キーボードを叩き始める。
「グラスデバイス・ヘッドギア・レディ・チェック。“鷹の目”
「ベストとは言えないがな……
声に出しつつ機材と自分の体をなじませていく。部屋のいろいろなところから同じように声が飛ぶ。脳はすでに戦術ネットに繋がれ、個人管制卓のディスプレイ、壁一面に広がる戦術スクリーンそして艦娘たちの視覚情報とさまざまな情報を受けて状況を整理していく。
「なぁ、杉田」
「どうした」
「もしお前の部下から、お前を守るために戦わせてくれと言われたら、どうする?」
航暉は手を止めそう言うと一瞬横目で杉田の方を見た。杉田はトラックボールを動かし何やらディスプレイをいじっている。
「そうだな……ふざけるな。かな?」
くつくつと笑いながら杉田はそう言った。
「信頼してくれるのは悪い気はしないが、上官への英雄信仰に近い盲信はそれが解けた時にその部下自信を危険にさらす。他人の戦う理由を拝借したところでそいつが強くなれるわけじゃない。理由のなき力をふるえばそれはただの暴力だ」
杉田が振り向いて視覚デバイスを跳ねあげた。
「……月刀、悪いことは言わねぇ。そろそろ電の指揮から外れろ」
杉田はディスプレイの青白い光の中で航暉を見据えた。声のトーンが落ち、航暉にぎりぎり届くかどうかの声量になる。
「電がそう言ってきたってことは、指揮官と部下の関係以上になろうとしてる可能性が高い。そしてお前はそれを否定してない。そうだな?」
「……あぁ」
「ならその先は泥沼だ。銃を乱射しながら暴力反対って言うようなもんだ、早々に破綻する。電ちゃんがお前に依存しきる前にお前から離れろ。電は大人じゃない、艦娘なんだ。国連軍という閉鎖的な世界で過ごしてきた分、そこらの子どもと比べても初心で無垢だ。戦争に関係ない感情への対処法を知らないだろう。理性的に動かなきゃいけないのはお前の方だ。お前が離れなきゃ破滅するまでのめり込むぞ」
そう言って杉田は視覚デバイスを改めて下ろし、目線を隠した。
「……お前の悪いクセだ。お前は艦娘の強みを飛躍的に伸ばすが、その艦娘に干渉しすぎる。金剛がいい例だ――――お前が去った後、あいつは他の指揮官に馴染まない。中路中将の言うことなら渋々ってところだ。最近は榛名も似たような傾向を示してる」
杉田はそういうとわずかに口角を持ち上げた。
「艦娘をスポイルするのは大概にしておけ。いつか艦娘から刺されるぞ」
「……気を付ける」
そうしてくれや。と言いながら杉田は右手を上に掲げる。
「B-3杉田、オールシステムグリーン・レディ」
それに呼応するようにB-1卓の渡井が右手を掲げる。
「B-1渡井、グリーン・レディ」
「C-1合田、グリーン・レディ」
それにワンテンポ遅れて航暉の目の前のディスプレイに緑色のタグが現れる。左脇のブラックライトパネル……警告パネルが全て消灯していることを確認し、右手を掲げる。
「B-2月刀、グリーン・レディ」
全ての作戦参加士官の管制システムが正常接続されたことを正面のスクリーンが告げる。作戦指揮所の最後方――――
「全作戦参加士官、オンラインチェック。
《シルバーボウ、レディ》
無線が答える、第一班“シルバーボウ”の旗艦、大和の声だろう。直後にスクリーンに《SLVB》とタグがついた船団が投影される。西之島の東南東38キロのあたりに固まって配置されている。
「チェックオンモニタ。ゴルフアルファ」
《ゴルフアルファ、レディです》
今度は古鷹の声。第二班“ゴールデンアロー”だ。同じく西之島の東北東42キロに《GLDA》のマーカー。
「チェックオンモニタ。シエラアルファ」
《シエラアルファ、レディなのです!》
航暉にとっては聞きなれた声。どこか張りすぎた、から元気が混じったような声に航暉はわずかに目線をそらした。その間にもスクリーンには《SLVA》がプロットされる。西之島南西40キロ地点。
「チェックオンモニタ。サブマリナー」
《サブマリナー、レディ》
声はしおいだろうか。プロット位置は西之島北西36キロに一つだけ。他の潜水艦はもう潜っているらしい。
「チェックオンモニタ。気を引き締めろ。これより
銀弓作戦の開始が静かに無線に流れ、大和は僅かに俯いた。
「やはり不安か?」
そう聞いてきたのは同じ速度で並走する武蔵だ。褐色の肌が雲の合間に差す光を照り返す。
「いいえ、大丈夫です。武蔵こそ大丈夫ですか?」
「ふっ、私か? 私たちの後ろには杉田がいるんだ。心配の必要などないさ。それに心強い同伴艦もいるんだ」
その視線の先には先導艦を務めるかのように前を進む阿武隈たち第551水雷戦隊の面々がいる。すぐ後方には装甲空母大鳳が、さらに1キロ後方には改造空母瑞鳳型軽空母――――瑞鳳・祥鳳・龍鳳が揃い踏みしている。このアウトレンジ部隊を守るのは合田少佐指揮下に入った第578駆逐隊の村雨・夕立・春雨・五月雨と535航空戦隊所属の若葉・初霜だ。
「これだけのメンバーが揃ってるんだ。不安になる必要なんてないだろう」
「……しかしここまで変数が多い作戦もないと思うの。天候・火山活動……そして、軍内部の事情」
大和がそう言うと武蔵は鼻で笑った。
「そんなもの、私達で吹き飛ばせばいい。世界は広大でいくら私たちが小さい存在だとしても、相棒が望んでいるのなら、私は噴煙だろうが吹き飛ばすさ」
「……強くなりましたね、武蔵」
「強くならなきゃ生き残れない世知辛い世の中だからな」
武蔵はそう言うと無線を開く。
「それで、どうする気だ?」
《空さんの戦闘機がD-TACポットを指定位置にしっかり落としてくれればいいが、そうならなければめっちゃくちゃな当てずっぽう射撃になる》
無線に答えるのは杉田中佐だ。作戦開始した後だというのにテンションは軽い。
「そこは何とかならんのか?下手なのは嫌いだよ?」
《先走りたくもないし無駄なタマも撃ちたくねぇ。ちゃんとしっかりナカに撃たなきゃな》
「なっ……?」
一瞬で顔が赤くなる大和。その横で大笑いするのは武蔵だ。
「頼むよ、杉田勝也中佐。こちらには太くて長いブツがあるんだ。失敗したらそれを突っ込んでやろう」
《おーこわこわ。“縮み上がる”じゃねぇか》
「杉田中佐! 武蔵も! 無線で何を破廉恥なことを白昼堂々話してるんですかっ!」
大和が叫んでも堪えた様子もなくけたけたと笑う杉田。武蔵も涼しい顔だ。
《わりぃわりぃ。箱入り娘には辛かったか》
「駆逐艦娘だって聞いてるんです! 少しは慎重に発言してくださいっ! まだ午前中ですよ!」
「ほう、夜ならいいのか?」
武蔵が茶化すと、副砲が武蔵の方に向いた。
「……少しはリラックスできたか?」
「えぇ、仕事が終わったら育つ方向性を間違えた妹にひざ詰め説教確定ですけどね」
「おーこわこわ。“縮み上がる”じゃねぇか」
武蔵が杉田のマネをしてそう言うと、大和は口だけで笑った。
「中佐も同罪ですからね?」
《へいへい。……と、マスターアームオン。“鷹の目”スナップモードでリンクスタンバイ》
直後に会話が切れる。大和は逃げましたね?と思ったが、作戦が優先だ。しかたがない。
《D-TACポットリリース。“鷹の目”
杉田はD-TACポットの“賞味期限”を6分程度と予想していた。D-TACポット自体は投下後翼を展開し無線誘導で滑空しながら母機もしくは早期警戒機にリアルタイムで映像やデータを転送し続ける。その寿命は敵に撃墜されるか対地高度ゼロ――――即ち墜落するまでで、リリース高度にもよるが1時間近い偵察行為が可能である。だが、今回は話が違う。どうやっても火山灰のせいで視界が確保できないうえに確保できた時点ではもう通信が通じない可能性もある。だから実際に使えるデータが得られる時間は6分もあれば上出来というところと予測していた。
「くっそ、敵艦隊の予測位置がずれてやがる!」
一度に投下された3基の情報ポットのうち、2基が艦影を捉える。慣性航法装置とGPSからポッドに位置を、カメラの画像の写り方から敵位置を修正する。スクリーンには元画像とそれの合成による敵艦隊の位置が投影される。予測位置から5キロほどずれていた。
「武蔵! 第一主砲左へ1.42、仰角追加で0.23!」
微調整を行いエンターキーを叩き込む。
直後に着弾予測地点が正面のスクリーンに投影される。その時には大和の主砲が小刻みに位置調整を繰り返す。
「月刀、お前の脳も貸せ!」
演算処理も間に合わないらしい。サブの演算装置として航暉の電脳も活用する気だ。
「ポッドの通信が荒くなってきた!……通信断絶まであと30秒ちょい!」
「ふざけんじゃねぇ! なにが空軍の虎の子だ! 着弾観測の修正も間に合わねぇ!」
通信のモニタに入っていた渡井の警告に毒づく杉田。
「しゃらくせぇ!」
コンピュータが悲鳴を上げた。杉田が
「杉田てめぇ! 全員の脳を焼き切る気か!?」
「耐えろ! 後2秒!」
杉田が叫ぶ。きっちり二秒後、負荷が一気に減る。同時にスクリーンに着弾予測地点が18か所現れた。
「……これで相手は焦るはずだ」
「こっちも焦ったぞ馬鹿野郎。司令部まとめて吹っ飛ばす気か?」
息を荒くしてるのは航暉だ。髪をガシガシと掻き上げている。
「次のD-TACポット投下可能時間は何時だ?」
「あと3分後、1041」
「なら頼む。また脳借りるぞ。3分も通信が持たないんじゃ一斉射が精一杯だ。着弾地点の状況把握に最低でも2分欲しいとこだ」
「1分半」
「……やってみる」
航暉の要求ににやりと笑みを浮かべると次の用意に入る。
「敵艦隊の位置よりわざと南側にずらした。敵が利口なら第二班の方に逃げるはずだ。そっちなら空母の支援も出しやすい」
「だといいが……」
現状の風向きは北北西から。風に乗って噴煙は南南東に長く流れている。今の位置だと大和旗艦の第一班と電旗艦の第三班を分けるように噴煙が伸びている。
ここで一番怖いのは第三班の方に敵が集中する場合だ。噴煙が邪魔で航空支援が難しく砲撃支援も困難を極める。北からの潜水隊の第四班の応援に頼ることになるのだ。
「第二次D-TACポット投下30秒前、次行くぞ」
「“春の日やあの世この世と馬車を駆り”って感じだ」
「心をあの世に置いてくるなよ、月刀」
「るせえ」
航暉は溜息をつきほぼ間違いなく襲ってくる強烈な頭痛に備え、腹に力を入れた。
「……なんだかリンクにノイズが走ってないかい?」
そう言ったのは響だ。自身の右手を遠く緩く流れている噴煙を見つつ横を進む利根を見る。
「噴煙のせいかな?」
「どうじゃろうか……。通信のせいなのか提督たちのせいなのかわからないからのぅ……」
利根はそういうと後ろを振り向いた。
「電よ。お主はどう思うかの?」
「はわっ!? えっと……どうでしょうか?」
「電、作戦中なんだしそんなんじゃダメよ。もっとしゃきっとしなさい、しゃきっと」
雷にそう言われちょっとしゅんとする電。それを見て響は少し眉を顰めた。
やはり、昨日のことを引きずっている。
「電」
「響お姉ちゃん、どうしたのです?」
「敵の本隊がこっちに来たとして、電はどうする?」
電の目が驚いたように見開かれた。それを響は目をそらさずに見続ける。……いま目をそらしたらいけない。
「……どうしたら、いいんでしょうね? 司令官さんに任せるのです」
「そう言うことを聞きたいんじゃない。“電”はどうしたいんだと聞いてるんだ」
「えっと、司令官さんに任せたいって言うのはだめなのです?」
響は黙った。横で暁が不安げに響を見ている。
言葉を絞り出す。
「電、考えることを放棄しちゃだめだ。考えるのをやめたら、私たちはただの兵器だ。誰かを殺すための機械に成り果てる。ただの銃と同じになるんだ」
「響お姉ちゃん、まさか……」
「私はそれを認めない。電、考えるんだ。思考を止めるな。機械になるな。それはただの逃げでしかないんだよ」
響は足を止める。視界の先では電の瞳が不安げに揺れていた。
「電、君はなんのために―――――」
言い切る前に警報が鳴った。
《ホテルケベックよりシエラアルファ。“パッケージ”がそっちに向かってる。迎撃用意!》
無線の声は中路だが、そこに航暉の声が割り込む。
パッケージ……敵の艦隊が丸々こっちに向かってきているらしい。
《航空隊をを迂回させて回すが交戦開始にはギリギリ間に合わない。無理な攻撃は禁ずる。航空隊到着まで生き残れ!》
航暉がリンク率を上げる。直後、電はほっとしたような表情を浮かべ、それを見て響は心の中で苦虫を噛み潰した。
――――
司令官とリンクした電に、私の言葉が、届くだろうか。
「利根さん・筑摩さんを中心にした輪形陣に移行します!」
響は下唇を噛みしめながら、電の指示に従い、ゆっくりと安全装置を解除した。
ちょっと下ネタに走りましたかね? 不快感覚えた方がいらっしゃいましたらすいません。
感想にてご指摘がありましたのでこちらでも一応。
Q.瑞鳳って祥鳳型の二番艦じゃないの? あと龍鳳って別型艦だよね?
A.その通りですが、わざと変えてます。
船として就航したのは確かに剣崎(祥鳳)の方が先なんです。ですが、改装して軽空母となったのは瑞鳳のほうが先です。そして書類の上では瑞鳳・祥鳳・龍鳳・千歳・千代田が同型として登録されているものもあるんです。おそらく”改装軽空母”をひとくくりにしようとしたものと思われます。
これに則り今作でのナンバリングは
CVL-ZH01瑞鳳
CVL-ZH02祥鳳
CVL-ZH03龍鳳
としています。(ちとちよコンビは水上機母艦で活躍してるのでカウントしてません)
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次回は艦隊戦? 電たちはどうなるのでしょう?
それでは次回お会いしましょう。