艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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決戦前夜。恐ろしく難産でした。
先に謝っておきます。電ファンの方、すいません。

それでは抜錨します。


Chapter4-2 夜の帳に

 

 

 

「……ここにいたか、大和」

 

 杉田はそう言ってにかりと笑った。

 

「杉田中佐……」

「初霜たちが探してたぞ。会いに行かんでいいのか?」

「……会ってなにを話せばいいのかわからないので」

 

 わずかに硫黄がかおる屋上で杉田はマッチを擦る。そのあかりが彼の褐色の肌をオレンジに照らし、咥えた煙草に火がともる。

 

「……不安か?」

「何に対して不安なのかがわかればいいのですが……」

「それがわかれば大抵の不安は解決するからなぁ」

 

 何が面白いのか杉田はけらけらと笑い紫煙をくゆらす。

 

「大和は生真面目だからな。何事も全力で向き合いすぎるところがあるだろ?」

「そうでしょうか……?」

「もっと力を抜けばいいと思うぜ。気楽にいこうや、大和。過去を忘れろとは言わないし、忘れてはいけないこともあるだろう。だが、この世界は果てしなく、俺たちはちっぽけだ。なのにそんな風に肩肘張ってちゃ見えるものも見えなくなる」

 

 遠くに月が光る。薄雲の向こうに霞んだ月に向けて杉田は手を伸ばした。

 

「お前が知ってるよりも世界はきっと明るい。跳んでも跳ねても届かなかった月まで人は足を踏み出したし、今もまだ“俺たちは死に絶えていない”。あの時のような捨て身の戦術をしなければならないほど世界はまだ追い詰められてないぞ」

 

 大和の背中がびくりと震えた。

 

「中路のオヤジも月刀のバカも、“そういう見極め”は的確だ。アイツらが俺たちのヘッドにいるうちはそう酷い作戦にはならんさ」

「そうでしょうか……」

「まぁ、信じろとは言わん。信じるも信じないもお前の自由だ。だが、俺の目が黒いうちはそう言うことをあいつらにさせる気はないぜ?」

 

 杉田は携帯灰皿に灰を落とすと少しちびた煙草を咥えなおす。

 

「連合艦隊の最終兵器、その重責を背負わねばならぬことは俺も理解しているつもりだが、周りはお前が思うほど、お前に過去を求めていないぞ。第二次世界大戦は終わったんだ。今の戦争には関係ないぞ」

 

 大和は黙り込んだ。その間にも杉田のタバコがフィルター直前まで燃え尽きて、彼は灰皿に押し付けた。

 

「君の“これから”は果てしなく、世界は無限大だ。肩の力を抜いていこうぜ、大和」

 

 そう言って杉田は屋上から階段室に足を踏み入れる。リノリウムタイルの階段を下ると階段の出口で立ち止まった。

 

「……大和なら上にいるぞ」

「あぁ、知っている。だが、今会いにいっても逆効果だろうからやめておく」

 

 武蔵はそう言って肩を竦めた。

 

「皮肉なもんだ、戦争はとっくに終わったっていうのに、みんな終わらない戦争にはまった挙句、命にけりをつけたがる」

「それ以外に止める手段がないみたいに、か?」

 

 武蔵の言葉に杉田はへっと短く笑う。

 

「そういうお前はどうなんだ、武蔵よ」

「私か? そう簡単に沈むつもりはないし、なにより、お前を見張るのがけっこう楽しいのでな」

「そう言うセリフは言う相手を選べよ」

「十分選んでいるつもりなんだが……遊んでほしいのかい?」

「遊んでほしいのはどっちだ?」

 

 さぁてね、とはぐらかして武蔵は杉田の肩を叩いた。

 

「……あの戦争は、終わってないんだろうよ。きっと、だれもがまだ戦ってるんだ」

 

 武蔵はそう言った。

 

「私のなかでも、な」

「……そうか」

 

 杉田は無表情に戻ってそう言ってから、彼女の肩を叩き返した。

 

「なら、終わらせよう」

「ほう? それができると?」

「できるんじゃない。やるんだよ」

 

 杉田はそう言って笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僅かな気配に航暉は目を覚ます。暗いランプシェードのみに照らされた部屋で彼は机から頭をもたげた。気配の出どころは部屋の外、ドアの前に誰かいる。

 

「……電だろう? 入っておいで」

 

 そう言うとそろりとドアノブが回り、小さな影が入ってくる。

 

「こんばんはなのです。どうして私だとわかったのです?」

「足音の消し方。そろりそろりと歩くとき、電は若干右足を引きずり気味に歩く癖があるだろ。あと夜中に俺の部屋の前でドアを開けるのをずっとためらってるのは電ぐらいだからな」

 

 電は彼女の制服ではなく、ゆったりとしたパジャマを着ていた。時刻は0114、深夜と言って差し支えない時間になっているからある意味当然といえた。

 

「眠れないのか?」

「少し変な夢を見てしまって……。司令官さんは寝ないのです?」

「いや、寝てたよ」

「椅子に座ったままですか? それにまだ制服姿なのです」

「ベッドで寝るのが苦手なんだ」

 

 そう言って笑ってみせると、電はくすくすと笑った。

 

「もう、司令官さんもしっかり寝ないと駄目なのです。明日戦闘中に眠くなってもしらないですよ?」

「そうだな。気を付けるようにしよう」

 

 航暉は備え付けのベッドの方に体を移す。それから電に手招きをした。とてとてと歩いてきた電は航暉の左側に腰掛ける。ふんわりと甘い香りが航暉の鼻孔をくすぐって何とも言えない感情を湧きあがらせた。

 

「……司令官さん。今回の銀弓作戦って“深海棲艦の撃滅を目的とした作戦”なんですよね」

「……あぁ」

 

 なるほど、そういうことか。と航暉は一人納得した。優しい彼女らしいなとどこか冷めた思いが過る。

 

「深海棲艦を一隻残らず沈めろって作戦なんですよね」

「……そうだ」

 

 電は体をわずかに右に倒し、航暉の肩に頭を乗せた。

 

「……司令官さんは怖くないですか?」

「怖いって、なにが?」

 

 電はその姿勢のままゆっくりと口を開く」

 

「誰かを傷つけることが、怖くないですか?」

「……怖くないと言えばうそになるよ。でも、あまり抵抗はないかな」

「そう、ですよね……」

 

 寂しげに俯いた電はいつもよりゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「……変な夢を見たのです」

「どんな夢?」

「私が沈んでいく夢でした。気がついたら深海棲艦になっていて、司令官さんの部隊に……」

「……そっか。変な夢だな」

「なのです。でも、どこかしっくりきてしまっていて……」

 

 パジャマの裾を握りこみ、電は言葉を切った。

 

「……深海棲艦の噂、知ってますか?」

「噂?」

「沈んだ船の魂が深海棲艦になるって噂、聞いたことありますか?」

「……たしか数年前にそんな論文が出てたな。一笑に付されたはずだが」

 

 電はこくんとうなづいた。

 

「確かにそうなのです。でも、MI作戦で人語を発する深海棲艦が確認されて、本当はどうなんだろうって思ってしまうのです。『守りたいものがあるのはあなたたちだけじゃない』……私たちはなにと戦っているんでしょうか、何のために、戦っているんでしょうか」

 

 そういう姿はか弱く、まさに少女のそれだった。

 

「時々、不安になるのです。もう“私”なんていなくて、電はもう亡霊に過ぎなくて、実はもう沈んで深海棲艦になってるんじゃないかって。そうして……」

 

――――――いつか、司令官さんたちを殺しちゃうんじゃないかって、と震えた声で言った。

 

「おかしいですよね。私の体はここにあって、今だってこうやって司令官さんとおしゃべりできているのです。なのに、どこかこれが幻なんじゃないかって、思ってしまうのです。夢幻に酔っているんじゃないかって」

 

 電は静かにそう言った。

 

 

 

「司令官さん……“私”はなんなのですか?」

 

 

 

 そう言った彼女はそっと航暉のワイシャツの袖を握った。

 

「……“事実など存在しない、存在するのは解釈だけである”」

 

 航暉は彼女の手にそっと触れた。航暉は見上げてくる澄んだ瞳からわずかに目をそらした。

 

「ニーチェの言葉さ。己とは何なのかという答えを出せた人間はいない。いるとすれば“神の子”や“悟りを開いたもの”ぐらいだろう」

 

 航暉はそっと微笑んだ。

 

「……深海棲艦の正体がなんであれ、人間の領域に攻撃を仕掛けて無辜の民を危険に晒している以上、軍人は戦わねばならない。それが後の禍根になるとしても人民を救わねばならん。それが負の連鎖を繋げ、後の争いを招くとしても、軍人は守るべきものを守るためにいつでも武器を取ってきた」

 

 航暉は右手をそっと背中に回しホルスターに触れる。

 

「それはいつの時代も男の役割で、野蛮でなければできない行いだったはずだ。それに大義名分をこじつけ、さも権威あるかのような理由を述べ、同族殺しに勤しむ。野蛮で、何も生まないもののはずだ」

 

 ホルスターのスナップボタンをはずしゆっくりと拳銃を引き抜く。M93R――――三点バースト射撃が可能な治安部隊向けの拳銃だった。電が目を見開く。

 

「……俺はずっとそんな世界で生きてきた。深海棲艦が襲ってくる前から、な。その戦いの本質は今も、この戦争も引き継いでいる……そこに君たちを巻き込んだ。戦い、死していく、不毛で何も生まない戦場に、君たちを巻き込んだ」

 

 そう言って航暉はチェンバーを引いて、放す。金属の擦れる音。驚くほど聞きなれた質感の音に電は目を伏せる。

 

「君たちは銃と同じで指揮官の指示に従うことのみを求められた。それを指揮する指揮官は“艦娘は人に非ず”と心を騙して指示を出し、その中で感覚を鈍らせていく。相手が変わっただけで戦争の本質は変わってない。そこに君たちが巻き込まれている異常を最近は誰も異常と思わなくなった」

 

 コッキングされたハンマーをゆっくりと戻す。そうして安全装置をかけて右手の中でもてあそぶ。

 

「俺はきっとこの世界では異端なんだろう。どうやってもこれとお前を同一視できない。だから、模範解答である“お前は水上用自律駆動兵装だ”という単純な定義を口にできない」

「司令官さん……」

「……だから、こういうしかないんだ。“お前はお前だ”そうとしか言えない」

 

 航暉はそう言って拳銃を置き、電の頭をなでた。

 

「……時々、俺も怖くなる。いつかお前たちを殺してしまうんじゃないかって怖くなる」

「司令官も、なのです……?」

「あぁ、俺もな」

 

 航暉はそう言うと寂しげに笑った。

 

「でも、俺は戦うことしか知らん。何かを守りたいと思っても、暴力で解決することしかできん、矮小で愚かな人間の男だ」

「……そんなこと、ないのです」

「そうかい? お前たちに戦うことを強いているというのにか?」

 

 一瞬怒りにも似た感情が過り、電は一瞬肩を緊張させた。

 

「戦うことしかできないのに、自らは安全域でのうのうと指示を出すだけだ。戦いのリスクをお前たちに押し付けて、冷房がかかった地下室で戦場を傍観するだけの、ね」

 

 酷い話だろう? と自嘲気味に笑って天井を見上げた。

 

「……それでも、司令官さんは電たちと一緒に戦ってくれてると思うのです。それはきっと矮小なんかじゃなくて、優しくて強いことなのです」

「そんなできた話じゃないんだ」

「だとしても、です。あと、そう思ってるのはきっと私だけじゃないのですよ? お姉ちゃんたちも、天龍さんたちも、睦月ちゃんたちも、利根さんたちも……きっと司令官さんの下で戦ったことのある艦娘ならそう思ってるのです」

 

 電はそっと彼の頬を両手で挟んだ。彼の頬は少し冷えていた。

 

「司令官さんを守るにはいなづまはまだまだ弱いです。でも、司令官さんのためなら強くなりたいと思うのです」

 

 電はそう言ってはにかんだ。

 

「司令官さんは優しくて強くて、電みたいな艦娘も信じてくれたのです。だから、電が司令官さんを信じることも許してほしいのです」

 

 電は素直にそういい、航暉はそっと彼女の手に触れ、その手を優しく押し戻した。

 

「……私じゃ、ダメですか」

「違うんだ電、いいとかダメとかそういう話じゃないんだ」

「……そう、ですか」

 

 しゅんと俯いた彼女は航暉の方に体重を預けるように体を倒した。彼女の体はぽすん、と彼の胸板に収まる。子供特有の高い体温をワイシャツ越しに感じる。

 

「電……?」

「なら、せめて。せめて司令官さんのそばにいることを許してもらえますか? DD-AK04としてでも“いなづま”としてでもいいです。あなたのそばにいることを許してくれますか」

 

 じわりと浮かぶ水滴を彼のワイシャツに押し付けた。どこか汗が混じった硬い胸板、鼓動も小さく聞こえるなかで電は彼の体に腕を回す。

 

「怖いのです。司令官さんがどこかに行ってしまいそうで怖いのです。また、一人になるんじゃないかって、怖くなるのです」

「……もうひとりじゃないだろう?」

「それは司令官さんがいるからなのです。司令官さんが繋げてくれたのです。司令官さんがこの部隊をまとめてくれているのです」

 

 不安定に揺れる声が航暉の耳朶を打つ。彼女の肩を抱こうとする手を航暉は一歩手前で止めた。彼女に触れる資格は俺にあるのか?

 

「いなづまに理由をください。司令官さんを守るんだって言わせてください。この部隊を守るんだって言わせてください」

 

 

 

 司令官さんをいなづまの戦う理由にさせてください、と彼女は泣いた。

 

 

 

 どこかに軋んだ不協和音の気配を感じながら、航暉は電の泣き声を黙って聞くしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そっとドアの前から離れ、ゆっくりと部屋まで戻る。おそらく司令官は気がついていただろうが、一応マナーだ。あそこには電と司令官以外いなかった。だからこそ、電は心中を吐露できたのだろう。

 

 割り当てられた部屋のドアを開け、中に戻る。ベッドの中から寝返りを打つような音が聞こえた。電気の消えた部屋は窓からの月明かりがほんのりと輪郭を照らすだけだ。

 

「……スッキリしたって顔じゃないわね?」

「なんだ、起きてたのか。姉さん」

 

 ベッドから藍色の瞳が彼女を射た。

 

「電のことでしょ? 気になってたの」

「……Да。電は優しいからね。殲滅戦の艦隊旗艦なんてやりたくないはずだ」

 

 ベッドから上体を起こした暁は響をまじまじと見つめた。

 

「それで、あの子は?」

「司令官のところだ。……もっとも、司令官も悩んでいるみたいだけど」

「……電を銀弓作戦に出すことに?」

「水上用自律駆動兵装を戦場に出すことそのものに、といった方が正しいかもね」

 

 響はそういいながら暁のベッドの端に腰掛けた。

 

「……司令官は優しすぎる。私たちの意義を殺してしまうほどに優しすぎる。このままじゃ……」

「司令官自身が壊れてしまう、かしら?」

「……いま電は戦う理由を司令官に求めてる。このままいくと二人とも“潰れる”気がするんだ」

 

 響は無表情なまま暁を見た。

 

「姉さん。私は電を、司令官を守れるだろうか?」

「……真っ先に沈んだ一番艦にそれを聞く?」

 

 小さく笑って暁は響に抱きついた。

 

「あんたは大丈夫よ、響。あんたのことはみんな信頼してる」

「……ありがとう(Спасибо)、姉さん」

「雷の方はたぶん大丈夫。あの子はあの子で割り切ってる。少なくとも割り切れてない自分をわかって向き合おうとしてる」

 

 後ろから抱き着かれた形のまま響は暁の腕に触れる。そうして目を閉じた。

 

「みんなで乗り越えよう。私たちで、司令官たちを守るんだ」

「……そうね。特Ⅲ型の力を合せればきっと大丈夫よ」

 

 その声は響に向いていたのか、暁自身に向いていたのかわからなかった。だが区別する必要もないのだろう。

 

「明日よ、響」

「わかってる、姉さん」

 

 時刻は0132、後1時間半あとには天候調査機が飛行場を飛び立つだろう。空軍の早期警戒機はもう三沢基地を飛び立って、こちらに向かっているはずだ。

 

 戦いの幕が、開こうとしていた。

 

 

 

 




……どうしてこうなった。
電ファンの皆さんすいません。こんな形で電を泣かせることになるとは思ってませんでした。


感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回は銀弓作戦が幕を開けます。

それでは次回お会いしましょう。

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