艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー 作:オーバードライヴ/ドクタークレフ
それでは抜錨!
海上を進む艦影はうっすらと見えてきた島影に溜息をついた。
「はぁ~、やっと到着かぁ」
「結構長かったのです」
溜息をついたすぐ上の姉の隣で笑うのは電だ。
「もー、みんな遅いんだもん、退屈だよ~」
「島風さんが速いんですよ」
ぼやく島風をどうどうとなだめるのは龍鳳、赤に近い服は海の上では結構目立つ。
「えへへ、やっぱり? 深海棲艦がいるってわかってるのに海は静かなもんだよねー?」
「だからこそ気を付けなくちゃいけないだろう? 潜水艦だっているかもしれないんだ」
響はそう言うと隣を進む暁に目を向けた。
「姉さん、何か見えるかい?」
「硫黄島とこの艦隊以外にはなにも……利根さんたちはどうかしら?」
「こっちもなにも見えんのぉ」
利根と筑摩も付近の確認に入っている。この辺りは睦月たちがすでにクリアリングを行っているはずだから大丈夫だとは思うが、それでもやっておくに越したことはない。
「……雷撃だけは怖いからね」
「大丈夫だ。安心しろ。私たちが守ってやる。」
「なんだかえらそうだな、若葉」
不安そうな大鳳を励ましたのは若葉だ。それに突っ込むのは天龍、横では龍田が笑っている。その反対側でクスリと微笑んで初霜は目を横に向けた。わずかに煌めく海面を見て、声を張り上げる。
「方位三時半、距離2000に潜望鏡!」
「マスターアームオン、対潜戦闘用意なのです!」
初霜の報告に電がほぼ反射でそう叫び、自身の舵を右へと切る。アクティブソナーを一発。
「捕捉! ASPパターンアルファで応戦します!」
《対潜警戒が薄いけど、動きはいいから及第点、なのね!》
訳のわからない無線が飛んできて、電は一瞬戸惑う。その間に電の目線の先に一つの影が現れる。
「ぷはっ! 遠路はるばるお疲れ様、そして硫黄島へようこそ西部太平洋第一作戦群第三分遣隊の皆さん、潜水総隊第一潜水隊群第597潜水隊の伊19なの!」
「み、味方ぁ……?」
暁が気の抜けた声を出した。
「長旅で疲れてるのはわかるけど、距離2000まで近づかれたらもう魚雷を撃たれてるのね。もっと気を付けるのがいいの」
青い水着が豊満な体の曲線を強調している。そんな彼女が横に並ぶ。背泳ぎのようにしながら電を下から捉える。
「あなたが電ちゃん?」
「はい……伊19さん」
「イクって呼んでもいいの。……アクティブソナーの発振のタイミングが少し早いと思うのね」
「あ、ありがとうございます。イクさん」
「さっきのお詫びなのね。……同じことを睦月ちゃんにもしようとしたら殺されかけたのね。あの子、こっちが無音潜航に入ったのにきっちり居場所と深度きっちり合わせて爆雷落としてきたの」
「あっちゃあ……味方に対して何してんだ、あの野郎……」
頭を抱えるのは天龍である。
「初めてソナーでモールス撃ったのね……。とりあえずドックまで案内するのついてきて……あと電ちゃん、もっと派手なもの履いても似合うと思うの、味気ない綿の白よりいいと思うのね」
イクがそう言って先頭をすいっと滑っていく。電は何を言われたかわからなかったが、5秒ほどたって理解すると瞬間湯沸かし機並みの速度で頬を染めた。
「ハーイ、第三分遣隊の人たちを連れてきたの!」
「ロ、ロリっ子じゃぁあああああああ!」
作戦会議のために会議室に足を踏み込んだら、男の人が奇声を上げながら宙を飛んで向かってきていた。ターゲットにされた初霜はかなりの速度で飛び退いて事なきを得る。まぁ、飛びつかれる前に彼女の司令官たる月刀航暉大佐が腰の入った蹴りを決めて止めたのだが。
「な、なんなんですかこの人!」
「一言で言うなら、“変態”」
床に突っ伏している第一種軍服の横で航暉が溜息をついた。
「潜水総隊第一作戦群第597潜水隊司令、渡井慧大佐だ。案内を頼んだ伊19の直属の上司にあたる。潜水艦指揮だけは信頼していい」
航暉がそう言うと、突っ伏したまま渡井は左手だけを上げて挨拶をした。体形は中肉中背、突っ伏したままで顔は見えないが短く切りそろえられた髪は清潔感もあり、悪い印象はない。
「ちょ、容赦ぐらいしてよ……」
「初対面の女性に飛びつこうとする犯罪予備軍にどう遠慮しろと?」
突っ伏したまま呻いている渡井に冷たく返す航暉。その背後でケラケラと笑う声がして、電は声の方向へと注意を向けた。その視線の先にある椅子に窮屈そうに腰掛けている大がらな男が目に入る。第一種軍服の前ボタンをはずしたラフな格好、大きくはだけたワイシャツの胸元にはドッグタグが光っている。
「ちげぇねぇな。渡井、そろそろお縄につけよ」
「……杉田中佐?」
「おぉ、電の嬢ちゃんは覚えてくれてたか。MI撤退戦以来だな。その時は世話になった」
杉田は電のところまで来ると彼女に向かって右手を差し出した。褐色の骨ばった手が電の小さな白い手と重なり握手を交わす。
「いえ、お元気そうでなによりなのです」
「おう、月刀の部下はきつかろう。飽きたら俺んとこに来いや」
「おいこら、長距離専門のスナイパーが駆逐艦口説いてどうすんだ?」
航暉があきれたようにそう言うと地面に突っ伏していた渡井が起き上がりながら笑う。
「月刀の命令は結構無茶振りがくるからね。その下で働く彼女たちが心配なだけじゃない?」
「潜水母艦にスク水着せたら潜れるんじゃないかなんてほざくお前よりはマシな判断だと思うがなぁ、渡井」
「……誰から聞いた?」
「高峰」
「……あの野郎」
苦虫を噛み潰したような表情をする渡井を笑って杉田は振り返る。
「その点うちはクリーンだよな? 武蔵」
「さぁな」
壁に寄り掛かるようにした少女にしては背丈の高い女性は眼鏡の奥で笑う。褐色の肌が艶やかに光る。
「楽ではないが、そうひどくもないぞ。32キロ精密射撃は勘弁してほしいが」
「そうかい、だがそれができるのはお前と大和ぐらいなものでね。しばらく耐えてくれや」
武蔵と呼ばれた女性は腕を組み、小悪魔のような表情を浮かべた。
「武蔵、そういやお前の姉はどこへ消えた?」
「あいつは恥ずかしがりやだからな、中路中将といっしょだろう」
「ほう、本当に二人とも引っ張り出したのか?」
航暉がそう言うと杉田が肩を竦めた。
「“作戦が作戦”だからな。金剛たちじゃ射程が足りん」
「それでガンナー付きで派遣してきたって訳ね」
そう言うことだ、といったタイミングで会議室のドアが開く。
「提督―? ブリーフィング始まるんだってー?」
水着の上にセーラー襟の上着を着た少女を先頭に潜水艦らしき艦娘が3人と割烹着風のエプロンをつけた女性が入ってくる。それを見て驚いた表情をしたのは暁たちだ。
「あれ、龍鳳さんコスプレ?」
暁が振り返るといつもの赤い服の龍鳳がにこにこと微笑んでいる。
「え、あれ、龍鳳さん? え、じゃあ、こっちの龍鳳さんは?」
雷がすごい勢いで首を振りながら見比べていく。
「お久しぶりです、龍鳳」
「お久しぶりです、大鯨“姉さん”」
「姉さん!?」
暁型の声がそろった。
「はい、こちらは私の双子の姉、潜水母艦“大鯨”です」
「妹の“龍鳳”がお世話になってます。第597潜水隊旗艦、AS-TG01大鯨です」
「「あらためてどうぞよろしくお願いします」」
ステレオ状態でそう言われてぽかんとする第三分遣隊の面々。それを見てくつくつと笑うのは渡井だ。
「それにしても驚いたよ。大鯨に双子の妹がいたなんてな」
「軽空母が足りなくなりそうってことの苦肉の策なんですけどね」
そう言って笑うのは龍鳳、その隣で大鯨も笑う。
「でもこうやって会うのは本当に久々なんです。少しうれしいですね」
「大鯨優しいし、いい人だしね」
会話に割り込んできたのは大鯨と一緒に入ってきたスク水+セーラーの女の子の一人だ。日焼けした肌にオレンジのセーラー襟が映える。
「えっと、あなたは……」
「あ、そっか。私もMI攻略隊救出作戦に参加してたんだけど、会わずに帰ってきたんだっけ。ごめんごめん。申し遅れました、潜特型の二番艦、伊401です! しおいって呼んでね。そしてこっちが」
「伊168よ、イムヤでいいわ」
「伊58でち。ゴーヤって呼んでもいいよ?」
「その三人とイク、大鯨で597潜水隊だ。改めてよろしく頼むね」
最後に締めくくったのは渡井だ。痛みが引いたのか普通の笑顔を浮かべていた。
「MI作戦、潜水艦なんて参加してたの?」
「中路のおっさんが別命をだして先行配置してやがったんだ。最後の最後の雷撃だけ参加」
暁の声に航暉が苦笑いを浮かべそう言った。それを励ますように肩を全力で叩いたのは杉田と渡井だ。
「いてぇなお前ら」
「中路のタヌキを出し抜くにはまだまだってことだな」
「お前までタヌキになられちゃこっちも叶わないけどな」
「誰がタヌキだね?」
「げ、中将」
そのタイミングを見計らったかのように中路中将が顔を出した。その後ろには神通や雪風の姿、そして551水雷戦隊と合田少佐の姿も見える。
「待たせた。ブリーフィングを始めよう」
皆が席に着く。教壇のような正面の指揮官卓に中路中将が付き、残りの指揮官が最前列その後方に艦娘たちが着席する。
「現状を確認する。西之島周辺に確認された敵艦隊の規模は3個艦隊以上の規模と推測されるものの、詳細についてはわかっていない。現状確認できるのは戦艦ないし空母5、その他補助艦艇多数だ」
照明が落とされ、西之島周辺の海図が表示された。
「だが、最大の問題はそこではない。一番の問題は西之島及びその近海の火山活動によりその周辺に近づけないことだ」
西之島を中心にした半径20キロほどの円が一つ描かれ、内側が半透明な赤に塗りつぶされる。それに重ねて一つの焦点する東西に長い黄色い楕円が地図にオーバーレイされる、東西35キロ、南北20キロぐらいだろうか。
「赤の楕円が西之島火山の噴煙により接近が難しいエリアだ。ここは静電気を帯びた火山灰が噴出しており、無線及び戦術リンクも使用できない。また、このエリアでの行動は缶の停止を招く恐れが高く、我々にとっては“死の領域”となる。黄色い楕円は噴出した火山灰が風にのって流れているエリア、ここでの戦闘も可能な限り避けなければならないことに留意しろ」
地図にはもう一つ点が現れる。西之島のすぐ西側だ。
「敵艦隊が停留していると思われる地点がここだ」
「思いっきり危険域の中心じゃのう……」
コメントをしたのは利根だ。それに中路が頷く。
「どういう原理で活動しているかがわからないが、深海棲艦はこの状況でも活動が可能であるらしいな。さて、我々がこの艦隊を叩くにはこの敵艦隊との距離を詰めなければならない……そこで、だ」
中路は目線を走らせた。
「521戦隊の大和・武蔵による超長距離砲撃により敵艦隊を噴煙危険域から引きずり出す」
「射撃条件はどうなります?」
目を閉じ思案をしているらしい杉田が聞き返した。
「国連空軍のEA-18Gが高高度から
EA-18Gといえば、深海棲艦発生前から活躍していたマルチロール機の電子戦対応バージョンだ。
「で、そのポッドが無事にデータを送ってくれる保証は? そのポッドだって無線かレーザー通信方式だったはずだ。長距離通信よりも信頼性が高いとはいえ、火山活動の最中で使えるもんじゃないのでは? 曳航式の有線作戦ポッドは使えないのか?」
上官相手にする言葉遣いではないが、中路の部隊では日常的なものなのだろう、中路も気にせず進めていく。
「それを実行しようとすれば噴煙の中に空軍機を突っ込ませることになる。そうなれば火山灰がエンジンの中で固まってフレームアウト、墜落だ」
「曳航索の長さが足りんか……」
「いっそのこと空軍ご自慢のスマート爆弾で絨毯爆撃したほうが早い気がしますね」
そう言ったのは渡井だ。
「沈めることができないとしても通常爆撃がある程度の効果があることはわかっています。それでおびき出せませんか?」
「絨毯爆撃できるほどのスマート爆弾を用意するだけで1ヶ月以上かかる。そんな長い時間小笠原諸島沖の飛び石航路を封鎖していたら日本をはじめとした極東諸国が干上がる」
「……D-TACポットに託すしかないのか」
天井を仰いでそう言った杉田が目を開いた。
「精度がどこまで出せるか未知数だが何とかやってみる。だが移動する艦隊を砲撃だけで指定方位に誘導できる保証はないぞ」
「もちろんわかっておる。だが相手が危険域から出てしまえばこちらに有利だ。今ここには龍鳳君と大鳳君がいるし、明日には525の祥鳳、瑞鳳が合流する。正規空母1、軽空母3で航空戦力を固める。大和・武蔵をはじめこちらには532戦隊の利根君、筑摩君、524戦隊の古鷹、加古、神通以下526水雷戦隊、538水雷戦隊、551水雷戦隊、578駆逐隊、597潜水隊」
「大攻勢と言っても差支えない編成だな」
笑うのは航暉だ。
「だが今回は事情が事情だ。危険域を挟んだ場所での戦闘が発生してもそう簡単には応援にいけない。数がいても少数で多数を相手にせねばならん状況は十分に考えられる。また急な風向きの変化や海底火山の影響、有毒ガス、噴煙、戦闘以外の状況の変化も考慮しなければならん。指揮官はいつも以上に慎重に部隊を動かさねば艦娘を沈めることを自覚し、艦娘たちはそう言う危険な状況で戦わねばならないことを肝に銘じろ」
中路の言葉が部屋に響く。
「主に部隊は四つだ。大和を旗艦に戦艦、空母及び551水雷戦隊、578駆逐隊からなる第一班、古鷹旗艦で524戦隊、526水雷戦隊で第二班、電が旗艦で532戦隊、538水雷戦隊で第三班、潜水隊で第四班だ。戦況によっては主導権を私以外に渡すこともありえる。航空戦主体になった場合は航暉、お前が執れ」
航暉は簡単に了解とだけ答えた。
「作戦決行予定時刻は明日1030を予定。明朝の風向きや噴火の状況を確認したうえで実施判断、フォーメーションの確定を行う。各員はそれまでに作戦用のコードの確認や艤装のチェックなどを行っておくように」
第一次ブリーフィングは終了。作戦決行は、明日だ。
なんか、いろいろすいません。
少し”龍鳳”と”大鯨”について補足を。
皆さんご存知の通り、龍鳳と大鯨は”同じ船”です。同じ船を同時に出すことは避けたかったのですが……”別名かつ別艦種の場合は同一艦でも同時に存在できる”という例外として処理します。響とヴェールヌイは別名であっても同一艦種ということで同時には存在しませんが、潜水母艦から軽空母と言うことで存在できた、という少々無理のある形で……、まぁ、この辺りの理論などは今後詳しく触れることにはなるかと思いますが……。
感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回はこの日の夜、戦いを前に艦は何を思うのでしょう?
それでは次回お会いしましょう。