艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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少しだけ小話を。

それでは、抜錨!


Chapter3-1 熱を出し

 

 

「風邪ね、安静にしてなさい」

 

 デジタル体温計が37.9℃を示し、ドクターストップがかかった。

 

「あなたは働きすぎ、マニラ湾観艦式緊急戦闘後も働きづめだったじゃない。少しは休めっていう神のお告げね。さっさと寝てなさい」

 

 航暉は投げてよこされた解熱剤とビタミン剤を片手でキャッチするとゆっくりと立ち上がる。六波羅夏海ウェーク島基地医務長は溜息と共に言葉をかける。

 

「医務室のベッドで寝ていったら?」

「俺の部屋なら電脳通信使えるから……」

「 い い か ら 寝 て な さ い 」

 

 ずいっと詰め寄った夏海に航暉は目線をそらす。

 

「んなこと言っても書類はたまる一方だし」

「何のために合田少佐に副基地司令の肩書があると思ってるのよまったく。あなたのサインが必要なもの以外は私と合田少佐で振り分けるから安心しなさい」

「しかしだな……」

「……医師権限で電脳錠噛ませましょうか?」

「わかったわかった、横暴ドクター」

 

 そう言って頭を掻きながら、かなり短くなった髪を掻いた。

 

「熱が下がるまで寝て得ればいいんだろ?」

「よろしい。さっさと寝てなさい」

 

 手をひらひらと振って医務室を抜けると雷が立っていた。

 

「ほら、あたしの言った通りでしょ? 見るからに顔赤いんだから」

「と言ってもなぁ……」

「ほらほら、部屋に戻って寝た方がいいわ。歩ける?」

「歩けるから押すなよ……」

 

 ぐいぐいと押され階段を上り司令官室の隣の私室の前へ。

 

「寝てなさいよ。今日は仕事しちゃだめ! わかった?」

「お前は俺の母親か何かか?」

「なんでもいいから寝てなさいっ!」

 

 月刀航暉は部屋に押し込まれると後ろでドアがパタンと閉まった。ぱたぱたと足音がするところを見ると雷は部屋の前からいなくなったらしい。航暉は上着を脱ぎ捨てハンガーに掛ける、久々の快晴に書類整理日和だと意気込んでいただけに気が抜けた。

 

「……マジで寝てろってか」

 

 部屋に戻ると基地内へのコンピュータへのアクセスがブロックされていた。こちらからアクセスできるのは医務室のみ、中央戦略コンピュータ(CSC)はこちらを認識しているようなので何かあったら連絡は来るのだろう。

 

「……ベッドで寝てもいい夢見ないんだよなぁ」

 

 あの医者のことだ。下手したら監視体制を敷いてる可能性もある。医務室へ通信をつないで抗議してもいいが、そこまでの気力はなかった。もそもそとワイシャツを脱ぎ捨てこちらもハンガーに。まずい、本格的にだるい。

 腰を締め付けているベルトをはずしてスラックスを脱ぎ捨てると、そのままベッドに倒れ込む。

 

「……まぁ、いいか」

 

 静かなまどろみは緩やかに彼を包んだ。そして、意識が落ちていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、年頃の女の子捕まえて母親か何かかはないでしょ」

「あふれ出る母性ってわけだね」

「うわっはぁ!? 響姉ぇ! どっから湧いて出た!?」

「油虫みたいに言わないでくれるかな?」

 

 ぷりぷりと怒りながら廊下を突き進む雷の背後に薄い青にも見える銀髪の少女が現れた。

 

「で、司令は?」

「今部屋に送ってきたわ。やっぱり風邪みたいね」

「そうかい。まぁ、マニラ湾観艦式から帰ってきてからも忙しかったしね」

 

 響はそういいながら艦娘の待機室(レディ・ルーム)――――実際は艦娘たちの談話室だ――――の扉を開けた。

 

「あ、響、雷、お疲れ様。どこ行ってたの?」

「姉さんもお疲れ。私はお手洗いさ。雷は司令の付き添いで医務室。やっぱり風邪だって」

「そうなのですか……」

 

 中でティーパックの紅茶を飲んでいたのは暁だ。その隣では電が目をつむって椅子に深く腰掛けたまま足を軽く振っていた。響はコートハンガーに掛けられた暁の帽子の隣に自分の帽子も掛けて、暁と向かい合うように座る。座面が高く、踵が床から浮くのが少々気持ち悪いがまあいいだろう。

 

「で、風邪ひき司令は?」

「私室に戻ったらしい」

「夏海医務長が医務長権限で司令の電脳アクセス権一時的に止めたらしいし、しばらくは寝てると思うわよ。……電は何してるの?」

「基地と司令官さん宛てのクラスC以下の書類の確認です。演習の申し込みやら補給日程やらそういうのなのです」

 

 電は目をつむったままそう言った。

 

「クラスC以下で昨日の17時以降だけでも70件近く来てるのです。これの倍以上の数を合田司令官と二人で普段捌いてるんですよね……」

「……それと並行してマニラ湾観艦式緊急戦闘の事後処理、グアムで第一作戦群司令部定例会議に出席してとんぼ返りしてきたら基地運営、訓練実施と海域偵察? そりゃ倒れるわ」

 

 うわー、という顔をするのは雷だ。その横でぐでっとテーブルに突っ伏しているのは響―――――彼女は朝が少し弱くて、その状態を長く引っ張ってしまう。彼女のスイッチが入るにはもう少しかかるのだろう。

 

「で、無理がたたったわけだ。頭の傷もまだ完全には治ってないんだろう?」

「なのです。左肩もまだ時々痛そうにしてますし」

 

 マニラから帰ってきたのは一週間前ほどである。後頭部という繊細なところを挫傷したためかマイクロマシンの修復も慎重に行わなければならなかったため治療には時間がかかっていたことと、あまりに忙しくて医務室に行くことを航暉がサボっていた経緯もある。―――――結果として、まだ治ってない。

 

「まぁ、ゆっくりさせてあげましょう? 昨日も利根さんたちの出撃の戦闘指揮取ってたんでしょう?」

「昨日ウチリック環礁ってことは、今クェゼリン?」

「なのです。もう少ししたら向こうを出港して荷を下ろした油槽船と一緒に夕方には帰ってきます」

 

 暁の質問に答えて電は目を開いた、一通りの確認を終えたらしい。小さく溜息をついた。

 

「しばらく538は第三種待機よね?」

「何かいい案でも思いついた?」

 

 暁は自分でもちょっと砂糖を入れすぎたと後悔した紅茶を口に含みながら雷を見る。

 

「……しれーかんに恩返し、したくない?」

 

 トーンを押さえて紡がれた言葉に皆が耳をそばだてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうしてほしいんだ、お前は。

 

 その銃で、私を撃って、と彼女は言った。

 

 なぜ?

 

 殺してくれなきゃ、私たち永遠にこのまんまだよ、と彼女は言った。

 

 殺せば、終わるのか?

 

 殺さないと、終わらないんだよ、と彼女は言った。

 

 手にはAR-57、M-4カービンと似て非なるアサルトライフル。

 

 カズにぃに殺されるなら、それでいいかな。と彼女は言った。

 

 安全装置解除、樹脂製のストックは嫌になるほどよくなじむ。セレクタをセミオートへ。プルは2.3kg、ことりと落ちるように

 

 

「ごめんね、ありがとうなのです」

 

 と、彼女は言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――!」

 

 跳ね起きた。案の定ベッドで寝ると夢見は最悪だ。

 

「……あー、くそ。今何時だ?」

 

 デジタル時計が11:48を告げる。三時間弱、睡眠は90分1サイクルと言われてるから2サイクル寝たわけだ。東向きの部屋は窓際に太陽光が薄く張り付くように伸びていた。改めて枕に頭を押し付ける。横にはなるが寝る気は起きなかった。

 

「……ベッドに呪われてんのかなぁ」

 

 殺したり殺されたり、よりによって子供と、だ。ここのところの夜のお伴はずっとそれだった。全く気が滅入る、仕事になればまだ幼い雰囲気もある少女を戦場に送り出さないといけない分なおさら堪える。

 

 悶々としているとドアがノックされた。

 

「あいてるよ」

「失礼するのです。お昼持ってきたのです」

「あぁ……そういえば昼だな」

 

 部屋に入ってきたのは電だ。一瞬“先ほどの子供”とシルエットが重なり、わずかに目をそらす。

 

「熱は……大丈夫なのです?」

「あ、あぁ、解熱剤が効いてて少しぼうっとしてるけどな」

「無理はしちゃだめなのです。……食べられそうです?」

「いただくよ。動いてないのに腹が減った」

「わかりました。おねえちゃーん!」

「呼ばれて登場じゃじゃじゃじゃーん、暁型デリバリーでーす!」

 

 ハイテンションで入ってきたのは土鍋を抱えた雷である。その後ろにはお盆を持った暁と響が続く。

 

「風邪ひきなしれーかんにお粥と白和えを作ってみました。みんなで食べよっ!」

「納豆オムレツもあるよ。……本当は出し巻を作ろうとしたんだけどね」

「しかたないじゃない! 上手く巻けなかったんだから!」

 

 部屋の中央のローテーブルに土鍋とお盆が置かれる。暁のお盆には五人分の取り皿とお箸とレンゲ、あとコップと麦茶の入った薬缶。響のお盆からはほうれん草と人参、こんにゃくを使った白和えが乗っていた。大皿に盛ったものと小ぶりなさらに小分けにしてあるものと一つずつ。どうやら航暉のものだけ別盛にしてくれたらしい。

 

「これ全部作ったのか?」

「龍鳳さんに教わりながらね。ちなみに私と電がお粥担当、響姉ぇが白和え担当で暁姉ぇがオムレツね」

 

 雷がウィンクをしつつお粥をよそっていくそれを見つつ布団から出て、艦娘たちが硬直した。

 

「……あ」

 

 そういえば制服脱いだだけでベッドに倒れてたんだっけ?

 

 今航暉が着ているのは黒のノースリーブとトランクスのみ。暁型の面々が例外なく顔を赤く染めていく。

 

「……すまん」

 

 その後の昼食が気まずくなったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督よ、お主が暇そうにしてるのを初めて見た気がするぞ」

「体調崩されたと聞いたのですが、大丈夫ですか?」

 

 夕方近くになり、部屋に入ってきたのは利根と筑摩、若葉と初霜だ。ウチリック環礁の敵拠点夜間砲撃作戦から無事帰ってきてくれたらしい。

 

「何を読んでいるんじゃ?」

「ん? 『マクベス』だ。シェークスピア」

「提督も。劇作とか読むのか。」

 

 そういったのは若葉だ。ベッドの端にちょこんと腰を下ろしのぞき込んでくる。

 

「紙媒体の本ってのはいいぞ。重要書類が未だに紙に印刷されるように紙媒体ってのは人類始まって以来の優秀な外部記憶装置だ」

「かっこいいこと言ってますけど、電脳使えないからですよね……」

「冷めたツッコミありがとう筑摩……利根、作戦の状況を改めて口頭で頼めるか?」

「うむ。飛龍さんたち第一作戦群本隊の合同作戦じゃが、状況は無事終了じゃ」

「こちらの被害は?」

 

 航暉が聞くと利根は腕を組む。

 

「大鳳が中破ってところじゃな。今、六波羅医務長のところで診察を受けとるはずじゃ。……雷撃を気にしすぎて艦砲射撃の圏内に入っているのを忘れとった、改善の余地ありってとこじゃろう。後は筑摩が小破しとったがクェゼリンで修復済みじゃ」

「打撃状況は?」

「敵勢力の完全排除まではいかなかったんじゃが、3週間はあそこも使えんじゃろうしクェゼリンの千代田がトラッキングもしとる。鈴谷と熊野がクェゼリンに待機しとるしうちも動ける、今のうちに潜水総隊が後方の補給路を断ってくれれば程なく瓦解するじゃろうて」

「わかった……戦術レポートはCSCに提出済みだな?」

「もちろんじゃ」

「お疲れさん。クェゼリンからの帰還組は明日1000までオフシフトだ」

 

 航暉がそう言うと敬礼を交わす。

 

「そういえば司令の部屋に初めて入った気がします」

「そうか?……まぁ、初霜たちが来てからは忙しかったしな」

「いろんな本があるんですね……提督はどんなご本読まれるんですか?」

 

 筑摩が興味深そうにきょろきょろとあたりを見回す。

 

「そうだなぁ……普段は忙しくてあまり読めてないんだが、SFとか古典とか好きで読んでる。未だに海大の教科書とかも引っ張り出すことあるし、基本なんでも読むかな」

 

 微妙に嬉しそうにしているのは若葉だ。

 

「若葉もこういうのを読むのか?」

「少しな。――――“人はおおむね自分で思うほどには幸福でも不幸でもない。肝心なのは望んだり生きたりすることに飽きないことだ”」

 

 それを聞いてクスっと笑ったのは航暉だ。

 

「―――――なるほど。彼は“魂の致命的な敵は、毎日の消耗である”とも言っている。なるほど、休息も刺激も人が生きていくには必要だ。忠告感謝するよ、若葉」

 

 少し硬い髪の感触を手のひらに感じつつ航暉は少しくすぐったそうにする若葉を見て微笑んだ。

 

「確かに提督には休息が必要かもしれませんね。……お邪魔になってはいけませんし。この辺りでお暇いたします」

 

 筑摩が頭を下げて出ていく。それに続いて艦娘たちが出ていくと航暉は静かに溜息をついた。

 

「……やれやれ、新入りにも気を使われるか」

 

 航暉は本を開く。紙と黴の匂いはどこか懐かしく、また寂しかった。

 

 

 

――――ごめんね、ありがとうなのです。

 

 

 

 夢の中の少女、あの少女は誰だったか。

 

 その面影を、あったことのないはずの少女の面影を探してしまう。

 

 手に収まるはマクベス。開かれた頁は第五幕第五場。

 

 

「――――消えろ、消えろ。束の間の灯火、人生は歩く影法師、哀れな役者だ。舞台の出の間だけ大威張りで喚き散らし、幕が下りれば沈黙の闇、たかが白痴の語る一幕の物語。怒号と狂乱に溢れていても意味などひとつもありはしない」

 

 それは諦観か、はたまた嘆きか。航暉自身にも判断がつかない。

 

 その胸騒ぎも含めて全て納得したことにして、彼は改めて横になった。

 

 

 

 




若葉ってなんだか文庫本持ってそうなイメージありません?
しかも、難しい系のやつ。トルストイとか持ってそう。
――――――なお持っているだけであまり読んでいなさそうと思うのはなぜでしょうか。

ちなみに彼女の引用は20世紀初頭のフランス人作家ロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』からです。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
風邪ひき提督編は少しだけ続きます。

それでは次回、お会いしましょう。

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